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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

瀬戸内の島に、こんな所があるとは思わなかった。 ここは、御手洗(みたらい)。
今は橋ができて、行き来が便利になった。
しかし、橋がなかった昔の方が、きっと魅力は大きかった。

島をつなぐ道は、とびしま海道。 ずいぶん東に来た。 大三島(おおみしま)も近い。


観光客のための駐車場があった。 無料。 ありがたい。
雪が舞ったのに、まだ咲いている。 

10年12月17日 (1)

島にある伝建地区は、ここと佐渡島にだけ。 島にあるのは、珍しい。 (沖縄にはある) 
 ※ 伝建地区~重要伝統的建造物群保存地区   群とあるように、ひとまとめにしている所が特徴。
島だったから、これだけ古い物が残ったのでしょうね。
30年前に橋ができていたら、経済が発展して、残らなかったかもしれない。

10年12月17日 (2)

ずっと昔はトラックがなかった。 重たい物は、船で運んだ。
瀬戸内海は、たくさんの船が行き来した。
海は、いつも穏やかではない。 潮の流れもある。

波が収まるのを待つ。 帆船はいい風を待つ。 都合のいい潮の流れを待つ。
ここ御手洗には、その船が集まってきた。

少し石段を登って、おいらん公園から撮影。 昭和の初期まで、この島には遊女がいっぱいいた。
※ おいらんは、遊女のトップの人たち。

10年12月17日 (3)

満舟寺(まんしゅうじ)の石垣。 お城の石垣のよう。 
寺の説明では、ここは、秀吉の四国征伐のときの最前線基地、とあった。 作ったのは、加藤清正。
大きな石の間に、小さな石がはさまっている。

10年12月17日 (4)

若胡子屋(わかえびすや)という茶屋が明治まであった。 ※ 茶屋~遊郭
建物は、お寺になったり、公会堂になったりした。
今は、復元の途中。 たまたま、中を見ることができた。 基礎から作りなおしていた。

なお、全国でこの辺りにだけ、おちょろ船というのがあった。 ※ ちょろは、女郎がなまったのか。(?)
遊女がこの船に乗っての、出張サービスをした。 
これは、船に乗ってる身分の低い者へのサービスで、身分の上の者は、若胡子屋に来た。(この部分の情報源は、旅人さん)

10年12月17日 (5)

若胡子屋の斜め向かいに、金子邸があった。 金子氏は、島の豪商。
ここは、慶応三年(1866)11月26日、「御手洗条約」が交わされた場所。 初めて聞いた。
その日、薩摩と長州藩はここで倒幕の密約を交わした。広島藩の軍も来ており、密約に参加している。

※ 倒幕に広島藩が関わっていたことは、初めて知った。
  どうして広島藩がと思った。 こうだった。
  広島藩の毛利氏は、関ヶ原で西軍についた。
  そのため、家康の怒りで、毛利氏は長州藩の殿様に移封されていた。
  長州藩と広島藩は、そんな関わりがあった。

※ 広島藩が倒幕に向けて、明確な態度を取らなかったことがあって、歴史に名が出てこないようだ。
※ 龍馬が暗殺されたのは、11月15日。 少し前のこと。
  龍馬も中岡慎太郎も、この島に来ている。

10年12月17日 (10)

天満宮。 菅公の井戸というのがあった。 その水で書き初めをすると、頭がよくなると説明があった。
誰だかが、ここで手を洗ったために、御手洗という地名になったという話も。

10年12月17日 (6)

ここは、常磐町通りで、江戸の町並みが残っていた。

10年12月17日 (9)

古い資料を展示している所があった。 
そこに、なつかしい木の風呂が。 中学生の頃まで、こんな風呂だった。 もう一度入ってみたい。

10年12月17日 (7)

車が通らない。 それがいい。 気分は昔に戻った。

10年12月17日 (8)

明治から続く、古い時計屋があった。 日本で一番古いという話も。
全国から、時計の修理の注文があるとも。

10年12月17日 (11)

復元した、乙女座があった。  壁の模様が「乙女の涙」と言われている。
    ※ 乙女の涙という滝が知床にあった。 岩の隙間から、涙のように水が出ていた。 関連ブログ 乙女の涙

10年12月17日 (12)

使おうと思ったら使える。 古い映画のポスターがあった。

10年12月17日 (13)

ここは、七卿館という建物。 
元治元年(1864)、三条実美ら倒幕派がの5人が、追っ手から逃れる際にこの建物に泊まった。
5人は、七卿落ち7人のうちの5人。 七卿落ちは、7人の公家が京都から追放された事件。
※ 庄屋竹原屋の家。 県重要文化財。 

10年12月17日 (14)

駐車場の近くに、江戸時代に作られた、防波堤があった。 面白い石が。

10年12月17日 (15)pp

鶴と亀のようだが、鶴がはっきり分かる。 遊び心、ですね。

10年12月17日 (16)

車に戻ったら、海遊旅人さんから電話が入った。 昨日私がいた県民の浜にいると。
これからそっちに向かうとあった。
歴史の見える丘公園に行こうとなった。 

この橋を右に渡ったら四国。 来島海峡大橋。

10年12月17日 (17)

旅人さんの車も見える。 右側。 遠くに見えるのは、本州。

10年12月17日 (18)

海に映る灯りが綺麗だって、旅人さんが言った。 言われて、私は気付いた。

10年12月17日 (19)

今日は、ここを歩いた。

10年12月17日 (20)

御手洗には、1日では見切れない程、たくさんの歴史が残っていた。
瀬戸内の島の中で、ここは最も栄えた島であり港だった。

旅人さんの車で、食べ物を持ち寄って、食事をした。

※ 動画を載せるのは、時間がなく、後になります。

【停泊場所】   歴史の見える丘公園

【明日の予定】  島のどこかに。 隣の島へも。

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。         

【ランキング】  国内旅行は7位、 旅行全体で19位です。  放浪の旅は70位です。  
          
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コメント

御手洗

御手洗、いい所ですね福山の鞆の浦のような感じでしょうか。細い路地が入り組んでいて・・・
丸亀の本島にも古い町並みが残っています。ここは塩飽水軍の本拠地でした。

Re: 御手洗


福山には分からないです。
丸亀には伝建地区がありますね。 行ってみたいです。
御手洗は、いいですね。 歴史が詰まっている。
19日の最終か、20日の朝、四国に渡ります。


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  • 江戸時代の港町、御手洗を歩く。 ~呉市 大崎下島~   他   (2010/12/17)
  • 2010年12月17日 (金)
  • 23時18分18秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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