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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

牛追いの道と言われるのが、旧小本街道。  ※ 小本街道~おもとかいどう
その一番の難所が、早坂峠。
旧小本街道の早坂峠は、旧国道の早坂峠から、少し離れた所にあった。
草に埋もれるように、そっと残っていた。

南部牛追唄を歌いながら歩いた牛追いの面影を追って、歩いてみた。
哀愁を帯びた歌は、きっと、谷に響いた。

人や牛が歩いた道は、小さな谷のように、低くなっていた。
歩いて歩いて、水が流れて、昔の街道の山道は、どこもそうなる。
    ※    ※    ※    ※

スタートの段階で、大きな問題がある。
南部牛追歌の発祥は、どこなのか。

色々言われていて、はっきりしない。
ただ、ある時期になって、岩手県では、広く歌われていた。
今回やってきた、小本街道では、間違いなく歌われていたようだ。

 ※ 個人では色んな説を述べてる人はいるが、日本大百科全書(小学館)では、下のようになっている。

   この唄の源流は明確でないが、もとは南部領一円で広く歌われ、いまの青森県三戸(さんのへ)郡から、
   秋田県鹿角(かづの)郡、岩手県和賀郡や上閉伊(かみへい)郡、下閉伊郡あたりまで歌われていた。

 ※ 下閉伊郡が、今回の場所に当たる。
 ※ いくつかある個人の考えをまとめると、上に近いものになる。


現在地が、道の駅三田貝分校。
○の所が、昔の早坂峠。 そこに今日行く。
右に、小本(おもと)がある。  盛岡と小本を結ぶ道が、小本街道。

12年10月13日 (4)

上の地図に合わせるため、逆さまに。 

旧国道の早坂峠が見える。 その少し下に、旧小本街道の早坂峠。
※ 今日歩いたのは、峠の左側(西側)。 右は、道が無かった。

現在の国道は、トンネル。

12年10月13日 (24)

道の駅に、こんなのがあった。 
旧小本街道の道が、上と少し違う。 右の方。
上の図の、カーブしているのが、正しいと思う。
※ 理由は、その辺りが峠では一番急。 現場の風景を見て、真っ直ぐには登れそうにない。

12年10月13日 (45)

衛星写真から、私も作ってみた。

12年10月13日 (42)

と云うことで、場所の確認をしました。

ここは、道の駅、三田貝(みたかい)分校。

12年10月13日 (1)

ここを過ぎたら、谷は急に狭くなる。

12年10月13日 (2)

南部牛追の道だったことは、確か。  ここを通っている。

DSCF71ppppl05.jpg

岩泉町は、真っ先に、南部牛追唄発祥の地と、名乗りを上げた。
ネット上に、そのことが広まり始めている。
南部牛追歌の全国大会もやっている。

湯沢市の小野は、小町の生誕の地と、大々的に宣伝した。  ※ 小野は、旧雄勝(おがち)町。
小町祭りをやった。 米に、秋田小町と云う名前も付けた。
いつの間にか、小町の生誕の地として、有名になってしまった。

真っ先に名乗りを上げて取り組むことは、恐ろしい力。
いつの日か、岩泉町が、南部牛追歌の発祥の地として、固まってしまうかもしれない。

建物は、昔の学校に似せた。

12年10月13日 (3)

毎日参観日だから、誰が入ってもいい。

12年10月13日 (5)   12年10月13日 (6)

教室で給食を食べる雰囲気。

12年10月13日 (7)   12年10月13日 (8)

すずしい秋の風に・・・とある。  今の季節だ。

12年10月13日 (9)   12年10月13日 (12)

牛追いの道の説明があった。  
海の方からは、塩や海産物。 盛岡からは、米や雑貨。  1日60~70頭とある。

12年10月13日 (44)

お店。 

12年10月13日 (10)

12年10月13日 (11)

給食を食べた。 600円しなかった。 牛乳に、ミルメークを入れた。
揚げものは普段食べないから、やっと食べた。 途中から、衣を外して。 中は魚。

12年10月13日 (13)   12年10月13日 (14)

最初に赴任した学校に、足踏みオルガンがあった。 電気のより、音が優しい。 

12年10月13日 (15)

古い写真があった。  昔の人の表情を見たくなる。 
楽しみは、何だったんだろう。
先日、小川原湖で出会った歌でないが、縦糸と横糸で、どんな人生の綾を織っていたのか。

12年10月13日 (16)   12年10月13日 (17)

旧国道の早坂峠に、向かった。 10㌔程でしょうか。

昔、牛追いの人達は、この辺りまで来ると、いよいよ難所の早坂峠に入ると、気持ちを引き締めた。

12年10月13日 (18)

早坂トンネルの手前で、旧道に入った。
道は、この後、右の方に大きく迂回して、○の所に登っていく。
旧小本街道は、この風景の左側の方を、一気に登っていく。 難所だと、想像がつく。

12年10月13日 (19)

早坂峠に着いた。 早坂高原でもあるので、お店もある。 小さな観光地。
旧小本街道は、この写真の、左の方にある。

12年10月13日 (20)

南部牛追唄発祥の地とある。

※ 私は、岩泉町の役場に電話して、南部牛追歌の資料はどこにあるでしょう、と聞いた。
  図書館か郷土資料館のような所にありますかと。
  返事は、はっきりしなかった。

  発祥の地としての根拠は、文書では無いだろうと想像した。
  それが事実でも、仕方ない。
  どこからかクレームが付いたら、発祥の地の一つと押さえている、と答えると思う。

見える道を向こうに行く。 500㍍程で、旧小本街道の、早坂峠に着く。

12年10月13日 (21)

牛追いの道の説明。
道の駅で読んだのと、同じでしょうか。

12年10月13日 (22)

ここで、もう一つ。
南部牛追歌の、「南部」とは、どこなんでしょう。 大辞泉では、次のように。

  陸奥(むつ)の豪族南部氏の旧領地で、現在の青森県東半分から岩手県中部にわたる地域の称。
  特に、盛岡をいう場合もある。

上の説明が分かりやすい。 青森県の東半分の中心は、八戸。
八戸も盛岡も、南部藩だった時代がある。 なお、青森県の西半分は、津軽ですね。

下の地図の逆さまのを、最初で使った。

12年10月13日 (23)

この後、牛追いの道を探しに行った。
ネットの情報で、入り口に、標識があるはずだった。

見つけられず、通りすぎてしまった。 広い牧草地帯に出た。 一帯を、早坂高原と云う。
牧場の向こうには、深い谷。 向こうが、三田貝分校の方向。   北上山地。
早坂峠には、向こうの谷底から登ってくる。

12年10月13日 (25)

牧場には、黒牛がいた。 途中で引き返した。
地元の人の車とすれ違った。 聞いた。 やっと分かった。

旧国道から、400㍍ほど入ったところに、空き地があった。
そこに、車を停めた。  ※ 上から3枚目の地図の、黄緑の小さな○の所。

下の写真は、そこからの写真。 右に道がある。 
写真中央少し左辺りに、旧小本街道の早坂峠はあった。

12年10月13日 (39)

上の写真の左の方。 写真の右の部分の林の中を通って、旧小本街道は、谷底に下っていく。

12年10月13日 (40)

探しに向かった。 旧小本街道の入り口は、2本目の電柱の辺りにあった。
左への道は見えなく、右への道だけが、何とか残っていた。

12年10月13日 (26)

朽ちかけた標識があった。

12年10月13日 (38)

通りすぎた所から見たら、こう。

12年10月13日 (27)

正面から。 分かりますね。
道は、人が削って低くなったのではない。 
多くの人が通って、長い年月の間にこうなった。 流れる雨も、道を削る。

標識は、読めない。

12年10月13日 (28)

何年か前に、ここへ来た人がいる。 その人の写真の標識は、何とか読める状態。
「旧小本街道 早坂峠」と読める。

12年10月13日 (43)

牛追いは、小本街道を、どのようにして通ったのか。
熊もオオカミもいる道。 1人では、危険すぎる。

牛7~8頭が、1つの群れ。 1つの単位。
上の方にあった説明の最後に、追われる牛にとっても、追う牛方にとっても、難所中の難所であった、とある。

100㌔以上(約30貫)の荷物を積んだ牛と人は、どのような感じで進んだのか。
手綱のようなひもを前から引いたのではなく、後ろか横の方から、牛を追うようにしていたのか。
それで、追う牛方と云う表現か。  少しはっきりしない。

※ 元々は、荷物を運ぶ時の歌は「牛方節」、牛を運ぶ時の歌は「牛追唄」だった。
  現在は、両方とも、「牛追唄」と言われている。

耳を澄ませば、南部牛追歌が聞こえてきそう。

12年10月13日 (29)

昔、荷物は馬で運ぶ地方が多かったが、ここ岩泉地方(下閉伊郡~しもへいぐん)は、牛で運ばれた。

海岸から盛岡までは、2泊3日の日程。 野宿だったそう。
1日目は、行けたとしても、三田貝分校の辺りまで。
2日目に、早坂峠を越える。 越えたどこかで、野宿。
3日目は、盛岡まで。

※ 本当に野宿だったんだろうか。 もし雨が降って来たら厳しい。
  どこかの民家の軒先でも、借りたのではないだろうか。

向こうから、道を下りてきた。

12年10月13日 (30)

峠の見晴らしのいい所に出て、そこで歌ったら、きっと谷に響いた。

しばらく歩いたら、道が不安になってきた。
道がはっきりしなくても、少し行ったら、また道は見えてきた。

12年10月13日 (31)

南部牛追唄は、多くの人が歌っている。
その中で、歌いながら早坂峠を越えることのできる人は、下の人だけでしょうか。
頑強な体が無ければ、牛を追って峠は越えられない。

歌詞は10番以上あるが、下の動画は、そのうちの2つを歌っている。

  田舎なれどもサーハーエ 南部の国はサー 西も東もサーハーエ 金の山 コラサンサエー
  今度来る時サーハーエ 持って来てたもれヤー 奥の深山のサーハーエ なぎの葉を コラサンサエー


谷に響き渡っている声に、聴こえる。   でも、もうちょっと押さえて歌ってほしい。

 

上の唄の中で、
「キャラホー」は牛の進行を促す。つまり、進め。
「パォパォパォ」は、牛をなだめる掛け声で、静かに止まれと云うという意味でもあるよう。
両方とも、お囃子(はやし)と云われるもの。

再度、不安になってきた。 

12年10月13日 (32)

歌詞について少しだけ。

「田舎なれども」の言い回しは、よくある。  田舎であるけれども、のような意味。
「西も東も金の山」も、ありそう。 すばらしさを、「金の山」で表現。
岩手では、元々黄金の平泉を支えるだけの金が、採掘された。

「なぎの葉」のなぎ(梛)は、神木。 なぎの葉は、お守りのような物で、道中の安全を守ってくれる。

まだ、行ってみる。

12年10月13日 (33)

九州の「刈干切唄」などに似ていると云う声もあるが、似てる民謡は見つからない。
南部牛追唄のメロディは、他の民謡と比較して、飛びぬけて美しい。
そのために、似ているようには、聴こえない。

※ 似ていなくて美しいのは、五木の子守唄。
  山口淑子の歌うそれは、南部牛追唄と同じくらい、哀調を帯びたものになっている。
  いや、こっちは、哀(かな)しみが、より深いか。



斜面でない所は、道はそんなに低くならない。
今は、この旧小本街道を通る人はいない。 使われることもない。

道を再現できたらいい。 特に、三田貝分校側の急斜面を。
岩泉町は、ここを南部牛追歌の発祥の地として定着させたいのなら、お金を使っても価値はある。
観光の目玉は、鍾乳洞と南部牛追唄。

何とか、まだ行ける。

12年10月13日 (34)

ここまで来て、お終い。 道の先は、ササ薮。 ここまで、何百㍍か入った。  大した距離でない感じも。

12年10月13日 (35)

戻った。
キノコ。 食べられそう。

12年10月13日 (36)

戻る時、道が分からなくなった。 迷った。
斜面を下らないようにすれば、上の道に出る。 不安は、少しだけ。

しばらく歩いたら、道は見つかった。

12年10月13日 (37)

旧国道の早坂峠に戻って来た。 左に行ったら、盛岡。 そっちに向かう。

12年10月13日 (41)

南部牛追唄を、完璧に歌っているのが、YouTubeにはない。
満足できるのが、見つからない。

私は、牛追いの人は、そんなに力んで歌ってはいなかった、と思う。

曲が醸し出す、哀調・哀愁のようなものから、想像は広がる。

最後に、南部地方の何がこの民謡を生み出したのか、また、南部牛追唄はいったい何を意味しているのか、
それをまとめて、終わります。

① 曲の哀調を生み出したのは、南部の貧しさと思う。
  南部は「やませ」という風が吹いて、冷害が多かった。
  秋田や津軽のようには、米は獲れなかった。  
  貧しさが、この曲の全てを表しているのではなく、曲の根底に「まずしさ」があった、と云う意味。

② 南部に暮らす人達に、心の貧しさは、全くなかった。  
  メロディは、ネット上で、下のように評価されている。
      伸びやかで勇壮  粘り強さ  洗練された落ち着き  品がある
      ゆうゆうと旅する牛方  おおどかさ
          ※ おおどか ~ 性質がこせこせしないで、おっとりしているさま。 おうよう。おおらか。
  私も、そう思う。
  南部牛追歌の、際立ったメロディの美しさは、南部に生きる人達の豊かな心と、繊細で鋭い感性が生み出していた。

これで、一段落です。

「 南部牛追唄は、その時代に生きた南部人の『心』を歌った唄 」で、まとめます。

下の感じで歌ってくれる人がいたらいい。   哀愁を感じる歌い方。



【道の駅】   遠野に来ています。

【明日の予定】  遠野

  ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • 南部牛追の面影を追って、早坂峠の旧小本街道を歩いてみた。~岩泉町~  道の駅三田貝分校  (2012/10/13)
  • 2012年10月13日 (土)
  • 22時38分59秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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