キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

禰寝(ねじめ)氏の墓は、以前別なところで見ている。
今回のはそれと違って、初代から4代まで。

その場所は、禰寝氏発祥の地かも知れない。
そんなこともあるので、行ってみた。

上の写真は、昨日佐多岬の帰りに撮った。
今日は、12月31日。
今年も終わる。  

1年なんかあっという間。
人生なんか・・・。
     ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

禰寝氏の発祥は、印の辺りと考えていいようですね。

s-禰寝氏累代の墓 (1)    s-禰寝氏累代の墓 (2)

錦江湾の反対の外海の方の道を走る。 県道かな。

人形。

s-禰寝氏累代の墓 (5)    s-禰寝氏累代の墓 (6)

狭いけど不安のない道。

s-禰寝氏累代の墓 (7)

小さな集落は、どこにでも。 でも、小学校はない。  そんな状態。

s-禰寝氏累代の墓 (8)    s-禰寝氏累代の墓 (9)

センターラインは、たまに。

s-禰寝氏累代の墓 (10)

目指す集落が見えた。 左の高台に、はるか昔城があったよう。

s-禰寝氏累代の墓 (11)

集落に入って来た。  薩摩は焼酎に決まっている。

s-禰寝氏累代の墓 (12)    s-禰寝氏累代の墓 (13)

小学校から上がった所に、目的地。

s-禰寝氏累代の墓 (14)

修造(しゅぞう)したとある。   この意味が難しい。

s-禰寝氏累代の墓 (15)    s-禰寝氏累代の墓 (16)

初代から4代の墓とある。

s-禰寝氏累代の墓 (3)       禰寝氏累代の墓 (4)

こうです。

s-禰寝氏累代の墓 (17)

上の右側。 鎌倉中期のものと説明に。

s-禰寝氏累代の墓 (18)

元々この辺りに、古い墓が散乱してた。
江戸時代、小松清香(きよたか)が、それを集めた。

ここのは、その集めた墓なのか。

清香に感服して会う寺の住職が、この碑を作って湛えた。

s-禰寝氏累代の墓 (19)    s-禰寝氏累代の墓 (20)    s-禰寝氏累代の墓 (21)

別方向から。

s-禰寝氏累代の墓 (22)

清香の名前。 この人が、ここの墓地を作った。
宝暦三年(1753年)と読める。  干支は、癸酉 。(みずのと とり)

この年に下のを造ったとしたら、集めた古いのは、どれだろう。

それとも、古い墓に、宝暦三年と彫ったのでしょうか。

s-禰寝氏累代の墓 (23)    s-禰寝氏累代の墓 (24)
    s-禰寝氏累代の墓 (25)

正面から。 上部が階段状のが宝篋印塔。 まるいのは、五輪塔。 どちらも墓。

s-禰寝氏累代の墓 (26)

この辺り一帯は、中世には禰寝院と呼ばれた荘園。 (当時の行政区画)
そこに、建部氏がやってきて、禰寝を名乗ったよう。

初代の小松清重は、平安末期から鎌倉初期の人。  詳しいことははっきりしていない。

  ※ 清香は、初代清重は平重盛の孫としたために、禰寝清重から小松清重に変えた。
    平重盛は、京都の東山の小松谷の小松殿に住んでいた。 (重盛は清盛の長男)

    小松帯刀(たてわき)は、肝付(きもつき)家の人。 喜入肝付家。 小松家の養子に。
    若くして病死するが、力のあった人。  龍馬と一緒に活躍。 生きていたら、明治の中枢。 

       喜入肝付家仮屋跡。  キイレツチトリモチ、発見地。  薩摩刀。  津田式ポンプ。~鹿児島市喜入町~ 他 (2014/12/29)    

一番右にも、宝暦三とある。

s-禰寝氏累代の墓 (27)    s-禰寝氏累代の墓 (28)    s-禰寝氏累代の墓 (29)     s-禰寝氏累代の墓 (30)

肝付(きもつき)は、肝属とも書くんですね。  属もくっ付くの意味ですね。

s-禰寝氏累代の墓 (31)

台地から下る。   開聞岳。  薬園のあった伊座敷地区の中心街。 昔の佐多町の中心。

s-禰寝氏累代の墓 (32)    s-禰寝氏累代の墓 (33)

錦江町の道の駅で年を越すと決めた。

s-禰寝氏累代の墓 (34)    s-禰寝氏累代の墓 (35)

31日に、この記事を整理。

今日で今年も終わり。
小さなスーパーで買い物。

フキもワラビも売ってない。
買ったもの美味しかったのは、タコの刺身だけ。

【今日の一句】 「 今年も終わってしまったな~ 時はもっとゆっくり進まないものか 」  地球がゆっくり回ればいい。

【関連ブログ】
            小松帯刀の墓。  帯刀(たてわき)は、薩長連合で活躍。 小松氏は禰寝氏でも・・。~日置市~ 他 (2014/12/24)
            大隅半島を横断  祢寝氏累代の墓 ~肝付町他~  百万本のバラ、そして、東日本大震災~未来への鎮魂~ (2012/3/11)

【今日の歌】

【道の駅】      錦江にしきの里

【明日の予定】    神川大滝公園

  ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの
.記事)

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 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg     今までの記事には、この2枚だけ。

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  • 禰寝氏累代の墓、初代~4代。  後の時代に作った墓かな。(?)  小松になった時に。~南大隅町~ 他 (2015/12/31)
  • 2016年01月01日 (金)
  • 17時38分00秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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