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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

明治に入って、北海道の開拓は進んだ。
それは、同時に、アイヌを悲惨な状況に、追いやることになった。
その状況を伝える人が、アイヌの中から出てくる。

まず、知里幸恵(ちりゆきえ)。 短い生涯だったが、アイヌ神謡集を著す。
「銀の滴 降る降る まはりに、 金の滴 降る降る まはりに。」と書いた。

有珠の地に、バチェラー八重子という人がいた。
アイヌの視線で、歌った。
「漕げよ漕げ うき世の浪の 荒くとも 腕(かひな)たゆまず 男の子等よ漕げ」 

彼女は、宣教師のバチェラー夫妻の養女となっていた。
有珠に、バチラー夫妻記念堂 があったので、行ってみた。

近くに、アルトリ岬。
有珠山が崩れて出来た、岬だった。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

道の駅あぷたから、南の方を。 駒ヶ岳は、見えない。
海の名前は噴火湾だけど、噴火した後のカルデラに海水が溜まったとは、証明されていない。

港にある丸いのは、定置網に使う浮き。 それが、目立つ。

13年7月27日 (1)

今日は伊達のKさんに会う。   雄武の沢木で一緒だった人。
伊達に何かないか、ネットで探してみた。
バチラー夫妻記念堂と、アルトリ岬に行くことに。

駅に案合図があるかと、行ってみた。  なかった。  再度ネットで調べた。
ここは、室蘭本線。 北方面。

13年7月27日 (2)   13年7月27日 (3)

バチラー夫妻記念堂は、駅の近くにあった。  ※ バチェラーは、バチラーとも表記。



バチラー八重子の歌碑。

13年7月27日 (4)

閑古鳥は、カッコーのこと。 
  ※ カッコーの鳴き声は、寂しいのか、例えに、閑古鳥が鳴く、がある。
コタンは、集落のこと。
有珠山に登ると、駒ヶ岳が見える。 

13年7月27日 (5)   13年7月27日 (6)   13年7月27日 (7)

記念堂は、教会だった。

13年7月27日 (8)

この教会は、昭和12年に建てられた。  有珠山の石で。

13年7月27日 (9)

教会は、信者の集まりのある日だけ、開いている。
駐車場に車がなかったから、今日は閉まっていると思っていた。

上の説明を読んでいる時、教会の入り口から、声がした。
男の人が、声をかけてくれた。

案内と、説明をしてくれた。
教会は、天草で見て以来。

13年7月27日 (21)

床は新しいけど、他は、昔のまま。  机も。

DSCF9315ppp.jpg

2階に、資料室。

13年7月27日 (10)

バチェラーという人は、神父さん。
この人は、布教以外にも、アイヌのために尽くした。
学校や診療所のようなのを、作ったりも。
晩年は、北海道庁の社会課で働いた。

13年7月27日 (12)

八重子は、元々は、向井八重子。
バチェラーの養子になって、バチェラー八重子に。
八重子が、バチェラーの下で学びたいと願って、そうなった。
聡明な子だった。

13年7月27日 (13)   13年7月27日 (14)

知里真志保(ちり ましほ)が、八重子と一緒に写っている。
彼は、アイヌの言語学者。 文学博士。
そうして、最初に書いた、知里幸恵の弟。

13年7月27日 (15)   13年7月27日 (11)

彼女の歌は、「若きウタリに」という本に、にまとめられている。   ※ ウタリは、同胞、仲間。
その中に、こんな歌も。
  「適度なる 野心家であれ ウタリの子等  欲の無い者 間抜けて見ゆる」

下の幻灯機で、スライドを映した。

13年7月27日 (19)   13年7月27日 (18)

朝日新聞デジタルに、「コタンのマリア」 バチェラー八重子、の記事がある。
その中に、こんな歌。
  「くるしさに 壁に頭を うちつけて 果てなんかなど 幾度思ひし」

下は、記念堂の落成式。   右は、八重子の年譜。

13年7月27日 (16)   13年7月27日 (17)

説明してくれた人が、天気が良ければ、アルトリ岬から、駒ヶ岳が見えると言った。
お礼を言って、岬に向かった。 下は、花壇の花。

13年7月27日 (22)

岬は、記念堂から近い。



アルトリ岬は、小高い丘の上。 遠くに、有珠山。

13年7月27日 (24)

 ※ 2010年に、Kさんと登った。     有珠山 外輪山からの風景 ~伊達市~   他  (2010/8/6)

13年7月27日 (25)   13年7月27日 (26)

7000年前に、有珠山が崩れて、土砂が流れてきた。 
この場所は、その時にできた、島だった。  それが今は、繋がっている。  陸繋島(りくけいとう)。

13年7月27日 (23)

海の中は、岩礁だらけ。 船は、すぐにぶつかりそう。 
全部流れてきた岩。 流れ山と呼んでいる。

駒ヶ岳もそうだったが、この辺の山は、崩れやすいのか。 
どこの山も、そんなには崩れない。

13年7月27日 (27)

山の上にウィンザーホテル。 洞爺湖サミットの舞台。

円空の最終目的地だった有珠善光寺は、正面森の中にある。
   有珠善光寺は、円空の蝦夷地の旅、最終目的地だった。~伊達市~  広島原爆の日  他  (2011/8/6)

13年7月27日 (28)

岬の北側は、恋人海岸。

13年7月27日 (29)

バチェラー八重子という人は、全く知りませんでした。
気になったので、行ってみました。

※ 北海道には、元々、アイヌが住んでいた。
  北方領土も、同じ。
  だから、ロシアも日本も、自分の国の物だとは、大きな顔して言えない。
  半分ずつすればいいのかな。。 

【関連ブログ】     アイヌ記念館  知里幸恵が遺した「アイヌ神謡集」~旭川市~  他  (2011/9/5)

【その他】   晩は、伊達のKさんに会いました。  食事とお酒。 
        車に戻って、遅くまで。

【今日の歌】 ピアノで。



【道の駅】   だて歴史の杜



【明日の予定】  有珠山を見に、かな。  天気は、ずっと良くない。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • アイヌの歌人、バチェラー八重子。  有珠山の流れ山、アルトリ岬。~伊達市~ 他 (2013/7/27)
  • 2013年07月28日 (日)
  • 08時22分39秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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