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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

徳川幕府を倒さないと、新しい時代は来ない。
土佐で出会った、吉村寅太郎や那須信吾も、龍馬と同じように考えていた。
彼らは、天誅組の中心人物となり、戦った。

幕府にまだ余力があり、負けてしまうが、維新に向けての戦いの、魁(さきがけ)になった。
この戦いにより、幕府の力は見透かされ、4年後には大政奉還。 翌年明治に。

最後に戦った地、鷲家口(わしかぐち)を、東吉野村に訪ねてみた。

また、東吉野村は、ニホンオオカミが、最後に見つかった地だった。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg

東吉野村は、奈良県の東部。



鷲家口に着いた。 右に旧道があって、そっちにまず、湯ノ谷墓地がある。
後ろに国道がある。  前の道を入っていくと、東吉野村の中心街。
ここを含めて、村の中心が、鷲家口。

13年4月15日 (1)

天誅組の動き。 鷲家口で壊滅。

13年4月15日 (40)

旧道を少し歩くと、墓地があった。 その一角に、天誅義士の墓。 ここには、5名。
鉄石、奎堂という人は、天誅組での役割は、上から2番目の総裁。 吉村寅太郎も同じ。

13年4月15日 (44)   13年4月15日 (3)

天誅組は、討幕を考えていたが、大義名分が必要。
天皇中心の世の中を作ると考えており、それで支持を得ようとした。

このような立派な墓。 天誅組が、この地の人々の心をつかんでいた。

13年4月15日 (4)

幕末に、攘夷(じょうい)運動というのがあった。 外国を退ける動き。
この動きは、天皇中心の国を作るという、尊王運動と結びつく。 尊王攘夷。

1863年に、孝明天皇が神武天皇陵を参拝し、攘夷を祈願することになった。
攘夷祈願というけど、もちろん、それだけではない。
    ※ 神武天皇陵は、橿原市にある。 ここから遠くなく、西の方。

いろんな説明では、天誅組は、この天皇の行幸の先鋒として動いた、とある。
先鋒として戦うことの意味が、難しい。

天皇は、天皇中心の世の中になることを願うのだから、それを叶える意味で戦った。
こんな感じか。

1㌔ほど走ったら、吉村寅太郎の最期の地。

13年4月15日 (45)

天誅組は、五條市で戦いを始めるが、すぐに、8月18日の政変が起きる。
それまでは、攘夷運動が盛り上がっていた。
反対勢力の、幕府を守ろうとする、会津藩・薩摩藩を中心とした公武合体派が、反撃に出た。
攘夷派を、京都から追い出した。

孝明天皇のこっちの方への行幸も中止になった。 出来なくなった。
天誅組は、逆賊として、幕府から追われる身となった。

下の像は、高知県の檮原(ゆすはら)にあるもの。
吉村寅太郎は、後ろで手を挙げている、赤○の男。 
その前にいるのは、この後出てくる、那須信吾。 右の方に、龍馬。
  ※ 寅太郎の生まれた村は、こんな所。(一昨年)

13年4月15日 (43)   13年4月15日 (41)

天誅組に関わる、地図。 いっぱいある。

13年4月15日 (5) 

辞世の句は、生まれた村にもあった。  すごい内容。

右は、東吉野村の天誅組のおさえ。

13年4月15日 (6)   13年4月15日 (7)

左の写真の石に、原瘞(げんえい)とある。
 ※ 瘞(えい)の字は、尾道で見ましたね。 瘞紅(えいこう)の碑があった。
   瘞は埋(うず)めるの意味で、葬ったということ。
   寅太郎の遺骸は、最初ここに葬って、後に、明治谷墓所に移す。
   最初はここに埋めたので、原瘞。 そういうことかな。 

今年村では、天誅組サミットがある。

13年4月15日 (9)   13年4月15日 (8)

いろんな説明。 この近くで、見つかった。

13年4月15日 (10)   13年4月15日 (11)

橋の向こうの、右に墓。

13年4月15日 (12)

寅太郎は、この残念岩の下で、力尽きた。 村人が葬った。

13年4月15日 (13)   13年4月15日 (14)   13年4月15日 (15)

少し走って、ニホンオオカミの像。  ここで、日本で最後に見つかった。

13年4月15日 (46)

※ 反対側。 高見川。 吉野川の支流。 吉野川は、奈良県を出たら、紀ノ川。
  宇陀松山は、ここから近く、小さな峠を越える。 そっちは、淀川の流域。
  奈良方面は、淀川。 吉野方面は、吉野川で紀ノ川に。 初めて知った。

13年4月15日 (17)

明治38年のこと。 それ以来、証拠のはっきりしているオオカミは、見つからない。
体重15㌔。 小型犬の大きさ。 
シカだってイノシシだって、みんなやっつける。

13年4月15日 (19)   13年4月15日 (20)

剥製は、大英博物館に。 骨と皮は、別に。 研究のためですね。

右の石碑に、下の句が。
  「 狼は亡び 木霊(こだま)ハ 存(ながら)ふる 」 三村純也
      ※ 三村という人は、俳人。 木霊は、樹木にやどる精霊。
        「存(ながら)ふる」は、生きている、とうこと。 意味が難しい。

13年4月15日 (18)   13年4月15日 (16)

市街地の少し先に、明治谷墓所。 役場の人が、道の清掃をしていた。 
役場に資料があるので、寄ったらいいよって、親切に対応してくれた。
  ※ この後役場に行くが、若い女性が、同じ対応。 村に来てよかったなって、感じる。

寅太郎、そして、信吾の墓もある。

13年4月15日 (21)   13年4月15日 (22)

小さな山の上に。

13年4月15日 (23)

一番手前が、吉村寅太郎。 隣が、那須信吾。

13年4月15日 (24)

土佐を出て、何年も経っていない。 2人並んで。

13年4月15日 (26)

真吾は、檮原(ゆすはら)の人。 竜馬の脱藩を助けた。 韮ヶ峠(にらがとうげ)まで送ったとある。
この峠は、高知県と愛媛県の間にある。 彼の義理の父の那須俊平は、龍馬を、さらに内子まで送る。

13年4月15日 (42)

真ん中の人は、昨日のブログの慶恩寺に石碑があった。 宇陀松山の人。

13年4月15日 (25)

役場に寄って地図をいただいて、歩き始めた。 古い町並みが残っていた。

13年4月15日 (27) 

あっちこっちに説明が。

13年4月15日 (29)

那須真吾はここで、絶命。

13年4月15日 (30)

刀や槍では強くても、鉄砲には適わない。

13年4月15日 (31)   13年4月15日 (32)

ここよりつまらない伝建地区も、たまにある。 通る車が少ないのがいい。

13年4月15日 (33)

またありました。  最後は、血みどろになって戦いますね。 指の1本や2本千切れたって。

13年4月15日 (34)   13年4月15日 (35)

建物は役場。 左手に山があって、そっちから、天誅組は、この村に入ってきた。
しかし、彦根藩や紀州藩が、待ち構えていた。

13年4月15日 (36)

天誅組の動き。  右は、橋の欄干にあった。

13年4月15日 (37)   13年4月15日 (38)  13年4月15日 (39)

天誅組については、初めて、少し分かりました。

戦った人間がいるから、明治がやってきて、今の時代があるのでしょうか。
夢に向かって、命をかけて戦った。 
戦いは、維新に向けての魁(かきがけ)となったと、後に評価される。

東吉野村は、天誅組の1人1人にやさしい。

【今日の歌】  生きている不思議、死んでいく不思議、って・・。



【道の駅】  宇陀路大宇陀

【明日の予定】  国宝の建物の神社があるので、そこを。 昨日走っていて、気になるところが・・。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • 天誅組終焉の地、鷲家口(わしかぐち)を訪ねて。  最後のニホンオオカミ。~東吉野村~  他  (2013/4/15) 
  • 2013年04月16日 (火)
  • 08時46分57秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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