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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

脱藩したのが28歳。 近江屋で殺されたのが33歳。
幕末の6年間を、風のように時代を通り抜けた。
歴史に大きな影響を与えて。

自分の頭の中は、龍馬について整理されてないことが多い。
今日は少し、いくつかについて考えてみますね。
    ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に)

龍馬に、たくさんの写真はない。
下は、京都に出て来てからのですね。   右写真は、長崎でのよう。  中央。

遠くを見ている。

s-19年2月9日 (3)    s-19年2月9日 (20)

生まれたのは1835年。 印の所。 高知城が近い。
親が薩摩藩士だから、龍馬も藩士ということですね。

藩士でも、上の方ではなく、普段は農業。  今は碑がある。
自分は行ったことがない。 高知城までは行ったけど。

s-19年2月9日 (1)    s-19年2月9日 (4)

年表です。

龍馬は剣に興味を持っていた。
19歳で江戸に。 22歳で再び。

ただ、その間に知識を持った人間に出会っている。
興味は、剣よりそっちに移っていったみたい。

20歳の時に、ジョン万次郎のことを学び、外国のことを知る。
中国は植民地化されてるとかを知って、日本を心配するようになる。

土佐藩は尊王攘夷で、外国とは関わらない姿勢。
龍馬は、攻められたらどうするんだと考える。
外国は大砲を持っているから太刀打ちできない、と。

藩外の人とのつながりも出来、28歳の時に脱藩。
普通脱藩したら、お家取り潰し。
龍馬は長男でなかったために、家は守られた。

s-19年2月9日 (23)

京都にいたのは2年間。  途中、鹿児島にも。
33歳で殺されるが、敵はいっぱいいた。

薩長を結びつけたために、幕府はひどい目に合う。
龍馬の活躍は知れ渡っていた。

幕府側の者は面白くない。 新選組など、幕府関係から当然狙われる。
あと、紀州藩のいろは丸と衝突したとき、多額の賠償金を取っている。 紀州藩だって、狙っていたはず。

現在は幕府関係と言われている。

s-19年2月9日 (2)

印は殺された近江屋の場所。 京都では、赤〇の酢屋の二階に住んでいた。  
右は東山にある墓。  隣は中岡慎太郎。   ※ 関連ブログは、すべて最後に。

s-19年2月9日 (24)    s-19年2月9日 (6)

脱藩の道は、高知から長浜に行って、下関に渡った。
韮ヶ峠(にらがとうげ)までが土佐。

s-19年2月9日 (7)

吉村寅(虎)太郎は一緒に脱藩。
慎吾は用事があって、韮ヶ峠で引き返す。 危険がそこで減るので。

俊平は山を下りるまで一緒に。 2人が脱藩。

最終的に8人が脱藩する。

s-19年2月9日 (8)    s-19年2月9日 (13)

8人の像が梼原(ゆすはら)にある。

s-19年2月9日 (14)

韮ヶ峠への道。 最後の難関。

s-19年2月9日 (9)    s-19年2月9日 (10)

韮ヶ峠。  

s-19年2月9日 (15)

今は車でも行ける。  ※ 自分は戻るとき、道に迷いそうになった。

s-19年2月9日 (17)

再度地図を。 

s-19年2月9日 (16)

山を下って、この橋に。   龍馬も通っている。
無事に下関に着いている。

s-19年2月9日 (18)

京都に出てから、伏見の寺田屋で襲われた。
傷を治すために鹿児島の温泉に。  高千穂峰に登っている。  世話したのは、小松帯刀(たてわき)。

s-19年2月9日 (19)

龍馬が姉に送った手紙に。  すぐ上の姉にだったかな。 
右写真は、昨年の12月31日に登った時の写真。(長島の社長さんとAくんで)

s-19年2月9日 (11)    s-19年2月9日 (12)

最後に拳銃について。 最初に所持した拳銃が下の。  高杉晋作からのプレゼント。
S&W モデル 2( アーミー)と呼ばれる。  32口径。(7.65㍉)

アメリカの南北戦争で使われたので、アーミー。  
  ※ 上の戦争では、後にこれより威力のある、38口径とかを使ったよう。

銃弾に火薬が詰まったのが発明されて、数年しか経っていない。

s-19年2月9日 (21)

6連発の回転式。(リボルバー)
完成度が高くないため、暴発とかの不安があったよう。

龍馬は弾は5発しか入れていない。  
一番上に入れなければ、暴発は防げるからか。

寺田屋では、3発目あたりを撃った時に、手をやられた。
多分、刀を拳銃で除けたんでしょうね。

5発撃ち終わったときに、弾を入れようとしたが失敗。
まるい部分がどこかに転がっていった。

何とか逃げたけど。
後に、別の拳銃を手に入れる。

s-19年2月9日 (22)

関連ブログを下に紹介しますね。

   肱川河口に、可動橋の長浜大橋。 龍馬は土佐から脱藩し、山を越え川を下り長浜に。~大洲市長浜~ 他 (2018/2/14)
   城下町長府を歩く。  龍馬を助けた三吉慎蔵は、長府藩の人だった。  国宝功山寺仏殿。~下関市~ 他 (2015/3/13)

   肥後街道 今市宿は、石畳の道。  その道をかつて、龍馬と勝海舟が熊本に向かった。~大分市~ 他 (2015/3/5)
   龍馬とお龍が立ち寄った、塩浸温泉。  レトロな雰囲気、嘉例川駅。~霧島市~ 他 (2015/1/5)

   隼人のA・Zで正月。  白い桜島。  龍馬の新婚旅行は、直ぐ近くの港から出発。~霧島市~ 他 (2015/1/2)
   木屋町、祇園を歩く。  酢屋など、維新の史跡。 瑞泉寺。  祇園新橋、他。~京都市~ 他 (2014/11/15)

   龍馬の夢は、本当に北海道開拓だったのか。  姉の子が、浦臼に。~浦臼町~ 他 (2914/8/7)
   龍馬脱藩の道、茶や谷から、韮ヶ峠までを歩く。  迷いそうな、6㌔の道。~梼原町~  他  (2014/4/3)

   龍馬は、梼原から韮ヶ峠を越えて、脱藩した。  維新の門、他。~梼原町~  他  (2014/4/2)
   六花の森は、北海道ガーデン街道の南の端。 坂本直行記念館。~中札内村~  他  (2013/9/5)

   鞆の浦の港町めぐり ~龍馬がやって来ていた。 福山市~  他  (2011/12/15)
   三崎港から佐賀関港へ  龍馬と勝海舟が泊った寺 ~大分市佐賀関~  ハノイ日本人学校  (2011/3/8)

   龍馬は、檮原を出発し、その日、韮ヶ峠を越え脱藩する ~檮原町~   他  (2011/2/21)
   坂本龍馬脱藩の道を歩く  屋根のある御幸の橋 ~大洲市 川辺町~   他  (2011/2/4)

   中岡慎太郎の故郷、北川村を訪ねる。~生家 慎太郎館 遺髪墓地 他~   他  (2011/1/6)   
   京都幕末スポットを歩く ~坂本龍馬遭難の地、池田屋騒動の跡 他~  錦天満宮のお祭り  (2010/5/25)   

   江戸幕府終焉の地 二条城 ~坂本龍馬の夢が、二条城の大政奉還へ~   他  (2010/5/22)
   龍馬の墓  八坂神社  祇園花見小路  河原町   他  (2010/5/21)

   龍馬とおりょうが歩いた道(その3)~塩浸温泉・犬飼の滝~   他  (2010/1/19)
   龍馬とおりょうが歩いた道(その2) ~隼人塚から日当山温泉まで~   他  (2010/1/18)

   龍馬とおりょうが歩いた道   隼人塚     他  (2010/1/17)
   霧島神宮 ~龍馬とおりょうは、高千穂に登り、ここに~   安納芋のやきいも    他  (2010/1/16)

   坂本龍馬家の墓が・・。その根拠は?  他 (2009/08/23)

龍馬の視線は、日本から飛び出していたように感じます。

【今日の歌】   歴史にドキリ ドキリ★ソング 坂本龍馬



【停泊場所】    亀岡市運動公園駐車場。

【明日の予定】    はなちゃんに会いに、木津川市へ。
             午後から奈良に。

             歯の治療が終わりました。  
            月曜日は道が混むので火曜日に出ようかなと。 九州に向かって。
            14日門司。 16日柳川の予定です。

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             (放浪の旅Ⅱと放浪の旅Ⅰの両方です。 記事の総数は3700ほど。)
          
 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg  今までの記事には、この2枚だけ。

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今日歩いた一帯には各藩の藩邸があった。
また当時繁華街でもあり、維新の志士達の多くが集まった。
  ・  ・  ・  ・  ・
風雲急な幕末、高瀬川沿いの三条周辺。
そこを歩いてみた。

龍馬とお龍(りょう)さんが出会ったのもここ。
名前が一緒だねって、お互い喜んだ。

多くの若者が歴史に名を残した。
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赤〇の辺りを歩いた。  印は、龍馬が襲われた近江屋跡。  今はファミマがある。

s-19年2月8日 (2)    s-19年2月8日 (1)

市役所前の御池通から南を。 高瀬川。 この付近に加賀藩邸が。
  ※ 加賀藩が京都のものを仕入れるときなどは、ここが窓口。 藩の支所の感じ。

s-19年2月8日 (8)    s-19年2月8日 (9)

高瀬川の左に、木屋町通。  写真左隅に、案内が。

s-19年2月8日 (10)

武市瑞山(ずいざん)寓居(ぐうきょ)の跡とある。 
    
    ※ 寓にも住むっていう意味が。 長い期間住んでいたら、使わないよう。
      偶然の偶と違う。 寓話の寓。(違う寓の意味)

半平太の方が知られている。 土佐四天王の一人。
ここにいた後、土佐に連れ戻されて切腹。 藩の重要人物を殺していた。 
誰もが認める大きな人間。 殺した方が後に悔やむ。

   ※ 文はないけど記事を紹介。 写真だけ。
       武市半平太像は横浪半島に。 浦ノ内湾沿いの風景。 橋本食堂で鍋焼きラーメン。~須崎市~ 他 (2017/2/15)

s-19年2月8日 (11)    s-19年2月8日 (3)

ちりめん洋服発祥の地とある。 確かなよう。
ちりめんは小さなしわのある絹織物。 夏に着てもべたつかない。

   ※ 水戸黄門の「ちりめん問屋」のちりめんですね。 越後(新潟県)でも盛ん。 小千谷縮とは別。

s-19年2月8日 (13)    s-19年2月8日 (33)

右隣に吉村寅太郎の寓居跡。 熱血漢。 龍馬より一足早く土佐を脱藩する。
天誅組を作って幕府と戦う。 吉野で死ぬ。 

この戦で、幕府の弱さが世間に知られる。
寅太郎は、新しい時代をこじ開ける戦いをした。

辞世の句は「吉野山 風に乱るる もみじ葉は 我が打つ太刀の 血煙と見よ」。    血煙・・・。

   天誅組終焉の地、鷲家口(わしかぐち)を訪ねて。  最後のニホンオオカミ。~東吉野村~  他  (2013/4/15) 
   四国カルスト、天狗高原。  吉村虎太郎生誕地。  早瀬の一本橋。~津野町~  他  (2014/4/4)

s-19年2月8日 (12)    s-19年2月8日 (6)

佐久間象山・大村益次郎はここで襲われた。
象山は信州の松代の人。 象山神社がある。

龍馬はこの人に出会い学んでいる。
新しい考えをっ持ってる人に、龍馬は惹かれる。

大村益次郎は長州藩の人。 藩の指導的立場の人。

三条通に出た。

s-19年2月8日 (14)

三条大橋に来た。  弥次さん喜多さん。  東海道の終点。

s-19年2月8日 (15)    s-19年2月8日 (16)

河津桜が2本。  花が咲いてたという情報があったので来た。 少しだけど。
赤くなったつぼみだった。

s-19年2月8日 (17)    s-19年2月8日 (18)

京都方面では、淀水路が見事。 3月に入って。
   淀水路の河津桜は今が見頃。 約200本、桜の名所に。 淀城跡公園。~京都市~ 他 (2917/3/14)

s-19年2月8日 (5)

高瀬川。  この川については、先日紹介。

s-19年2月8日 (19)

上の写真の左に、下のが。
  
この近くに志士たちが集まる場所があった。 食事とかで。
彼女は、そこで賄(まかな)いをしていた。 龍馬とは、そこで出会った。

名前が似てるので、すぐに打ち解けあった。
寺田屋で龍馬が襲われたとき、いち早く危険を龍馬に知らせたのは、彼女。

それがあって、仲間とともに戦う準備ができた。
龍馬は、拳銃で対応。 3発撃った辺りで手を怪我する。  (その時の拳銃は明日紹介)

再度銃弾を込められなく、窓から逃走。 
この時の怪我を治すために、鹿児島に行く。 お龍さんも一緒。 日本最初の新婚旅行と言われる。

   龍馬とお龍が立ち寄った、塩浸温泉。  レトロな雰囲気、嘉例川駅。~霧島市~ 他 (2015/1/5)

龍馬が死んで、後に再婚する。 でも、龍馬のことを忘れることはなかった。
晩年は不遇の時代を過ごす。(龍馬のことがあるから、心は幸せか)

s-19年2月8日 (20)    s-19年2月8日 (32)    s-19年2月8日 (4)

高瀬舟。  昔は水の量が多かった。 水運で栄えた。

s-19年2月8日 (21) s-19年2月8日 (22)    s-19年2月8日 (23)

少し戻って土佐藩邸。
脱藩したために土佐藩からはにらまれていた。

幕末になって、藩の力も弱まり世情も混乱し、取り締まりは適当になった。
龍馬も出入りしていたよう。

s-19年2月8日 (24)    s-19年2月8日 (25)

龍馬通り。

s-19年2月8日 (26)

少し入って酢屋。 材木問屋だった。  2階に住んでいた。  (詳しくは、明日の記事に)

s-19年2月8日 (27)

最初の地図にある、龍馬が襲われた近江屋の跡。(以前撮った写真)

s-19年2月8日 (7)

新しい時代を夢見る者たちは、幕府や新選組から狙われる。
危険の中で活動していた。

徳川幕府が間もなく終わる、そんな時代ですね。

※ その他   

市役所前の地下鉄駅に向かった。
地下街から歌が聴こえる。 行ってみた。

そうしたら、平山みきが歌い始めた。
はじめ素人が歌ってるのかと思った。 本人だった。

歌は真夏の出来事。

s-19年2月8日 (30)    s-19年2月8日 (28)

69歳。 気持ちは若い。 さわやかな雰囲気。

s-19年2月8日 (29)    s-19年2月8日 (31)

今回だけ、ロゴ入り。  



真夏の出来事    YouTubeに元々あるもの。



【停泊場所】    亀岡市運動公園駐車場。

【明日の予定】     龍馬はいつごろ京都に来て何をしていたのか。  なぜ脱藩。 持っていた拳銃について。
          ※ 午後、歯科医院。

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             (放浪の旅Ⅱと放浪の旅Ⅰの両方です。 記事の総数は3700ほど。)
          
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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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