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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

国宝の鉄宝塔があるという。
一体何なんでしょう。

奈良から遠く離れた所に、東大寺別院。
それも不思議。

紅葉の魅力もあって、阿弥陀寺に行ってきた。
    ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に)

山裾から、石段を上がっていく。

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文化財収蔵庫とある。

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源平の時代、戦乱で東大寺は焼けた。
復興を中心になって進めたのは、重源(ちょうげん)。

木材が必要になった。
阿弥陀寺の奥から、木材を切り出すことになった。 大木、130本程。

現場で指揮したのは重源。
その時代に、重源が阿弥陀寺をつくった。

再建した大仏殿は、江戸時代に焼けた。
しかし、国宝の南大門はその時に建てたもの。(写真は以前撮影)

切り出された木材は南大門にも使われた。

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仁王門。   今は修復中。  そのため、仁王様は収蔵庫にある。

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仁王門を過ぎて右手に、建物が。  

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 昔のお風呂。   木材を切り出す人が使った。
      ※ 古いもの。   国重要有形民族文化財。 重要文化財の下か。

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石風呂。 決まった日に、誰でもが入れる。

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石菖(せきしょう)を敷くとある。   細い葉の植物。

右の句の、石菖香るは分かるけど、その右が読めない。
老い〇ちり。  〇の中は何でしょう。   

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石室に入る感じ。 ※ 真っ暗で撮れない。 小さなストロボをリュックに入れとくかな。

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参道に戻って。 本道への道は左だった。  知らないで右に。

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楽しくなる石段。   右に、ヤマモモの巨木。

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上がった所に、鐘楼。
後で見る鉄宝塔に、この鐘の先代のことが書いてある。

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遅い秋の日差しの中で、おだやかな表情。

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大きな宝篋印塔。  新しい念仏堂とかがあった。
古い時代は、この辺りに本堂があったのでしょうか。

今は、下の写真の向こうにある。 谷っぽい。

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石段を下りて、こう。

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開山堂。   ここに以前は、重源上人の座像があった。
今の時代は、火災に遭ったら焼けるので、普通置かない。

像は収蔵庫(宝物館)にある。  後で見る。

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お堂はいっぱいある。

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川も庭になって。  
〇の中に華の字。 「か」の他に「はな」「はる」と読めますね。  いい字です。

東大寺もここも、華厳宗ですね。    筆者は、北河原公典。   東大寺関係の人。(上の方)

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本堂。  1731年毛利氏により、再建。

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普通はここを上がって来る。

  ※ 住職さんは、古い向こうが本当の道ですよと言った。
    今の皇太子夫婦も、以前向こうの道からと。(自分が着た道)

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本堂に入っていい。

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奉納された絵馬がずらりと。  何の絵だか分からない。
教訓と云うか、教えの絵ではあるんですね。

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いちばん右端。   どれか1つと思って、真ん中を調べてみた。
左は老いた母親。 仏様を描いた絵を息子に渡す。  息子は仏のおかげで戦いを生き延びる。 そんな絵。

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上の絵について詳しくは下に。  ※ 観音霊験記というHPからお借り。






 畠山基国の家来 内山源蔵
 当山は慈覚大師がこの地に堂舎を建立された時に、多くの小男鹿が来て道の案内をしたので小鹿坂という。誠に絶景の地で霊験もまた数ある中、畠山基国の家来である内山源蔵の話がある。内山源蔵は観音をよく信じる者で、ある時大内介義弘の討伐を基国が命ぜられ、源蔵も出陣の役にあたることとなった。武門の面目とはいいながら、七十に近い年老いた母と離れることを深く嘆くと、母はこれをいさめて言った。「この守り仏は秩父の音楽寺の御影です。これを懐に収めて、私を偲ぶ時は南無大慈大悲と唱えなさい。必ず勝利を得られましょう」と渡したので、源蔵は喜び兜の内に収め出陣したところ、このお守りのおかげで危うく矢先や剣先をのがれた。そして、ついに義弘の軍は敗れ、基国は勝利を得て凱陣をした。そして源蔵は功を成し名を遂げ、身を退き、母共々に出家をして、観音を供養し、なおも霊験を頂いたということである。

鳳凰の絵も。

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池の向こうに護摩堂。

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本堂の屋根。   遠くに月。  家より大きい。

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収蔵庫(宝物館)。    400円。   住職さんが説明してくれる。

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こうです。

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※ 防府市の文化財からお借り。

まずこれ。   水晶の五輪塔は小さい。   外に展示していた。  本来は、鉄宝塔の中に。
鉄宝塔の下の部分に、鐘のことなどが書いてある。
国宝工芸品
てつほうとう(すいしょうごりんとうとも)
鉄宝塔(水晶五輪塔共)1基
所有:宗教法人 阿弥陀寺
所在:防府市大字牟礼
指定:昭和29年(1954)3月20日

 
 阿弥陀寺の鉄宝塔は、重源上人(ちょうげんしょうにん)が願主となって建久(けんきゅう)8年(1197)に鋳造された。鋳工は東大寺の大仏を鋳た日本鋳師を代表する草部宿祢是助(くさかべのすくねこれすけ)・助延(すけのぶ)・是弘(これひろ)たちである。
 総高301.3cm、屋蓋(おくがい)部・塔身部・基壇の三部をそれぞれ鋳造し組立てている。塔身部には両面開きの扉が付いていたが、今は失われている。その中には仏舎利(ぶっしゃり)七粒を納める、高さ13.9cmの水晶五輪塔を安置している。露盤および相輪は後補で、寛文(かんぶん)2年(1662)の修理銘がある。
 方形の基壇の四方の側面に銘文を陽鋳している。各面とも中央に金剛界四仏(こんごうかいしぶつ)の梵字(ぼんじ)をあらわし、その左右に阿弥陀寺の四至(しいし)・本尊・堂・塔・諸社の造立の趣旨、勧進(かんじん)・奉行(ぶぎょう)・檀那(だんな)などの名、造立紀年・鋳物師(いものし)などを詳細に記録している。
 この宝塔は、鉄塔としてはわが国最古の遺品で、金工史上の優作であるだけでなく、銘文が示す内容は歴史的意義も極めて深く、中世において金石文(きんせきぶん)中最も高い価値を有するとされている。
写真をクリックすると拡大します。

重源挫創。  この寺の木造は、どれも、快慶一派の作と考えられている。
重要文化財彫刻
もくぞうちょうげんざぞう
木造重源坐像1躯
所有:宗教法人 阿弥陀寺
所在:防府市大字牟礼
指定:昭和25年(1950)8月29日

 
 俊乗房(しゅんじょうぼう)重源上人(しょうにん)は、治承(じしょう)4年(1180)、平重衡(たいらのしげひら)の乱のため焼失した東大寺再興の大勧進(だいかんじん)に命ぜられ、諸国を勧進し10年余の歳月を費やして、建久(けんきゅう)6年(1195)3月13日東大寺大仏殿の再興を成就した。
 阿弥陀寺は、重源上人が後白河(ごしらかわ)上皇の現世安穏を祈って、大平山々麓の霊地を選び、自ら荒地を開き、別所寺として創建したものである。
 重源像の彫刻は、当寺のほか東大寺、伊賀の新大仏寺、播磨(はりま)の浄土寺に現存し、いずれも国宝もしくは国の重要文化財に指定されているが、作柄のもっとも優れているものは東大寺と当寺のもので、特に本像は最古の寿像(じゅぞう)(生前につくっておく人の像)といわれ、その面貌には東大寺再興を期す不退転の決意と気配がみなぎっている。
 像高88.2cm、ヒノキの一木(いちぼく)造りで彫眼(ちょうがん)である。写実に徹しながらも自由奔放で、よく老僧の風格を現し、写実主義を基調とする鎌倉肖像彫刻の白眉といえる。制作者は、上人と関係の深かった快慶一派と見られている。
写真をクリックすると拡大します。

手の先とか無い。   大分傷んでいて、今後修復の時が来るかもしれなと、住職さんが。
仁王門に収まると、像の後は狭い。

今は、後から離れて見ることができる。 今だけですよと、住職さん。 
2つの背中は違った。   左は、背骨の凸凹があった。
重要文化財彫刻
もくぞうこんごうりきしりゅうぞう
木造金剛力士立像2躯
所有:宗教法人 阿弥陀寺
所在:防府市大字牟礼
指定:昭和31年(1956)6月28日

 
 金剛力士(仁王(におう))像は、寺門の左右に立って仏法の護持にあたる像で、隆々たる裸体の忿怒(ふんぬ)形をなしている。一つは開口、一つは閉口、これを阿(あ)・吽(うん)といい、一体の像の分身なのである。
 像高は、阿形(あぎょう)271.1cm、吽形(うんぎょう)271.4cm、共にヒノキ材の寄木(よせぎ)造りで内刳が施されている。玉眼(ぎょくがん)を嵌入、顔面・頭部・胴体・裳(も)の仕上がりがすばらしく、堂々とした体躯(たいく)、力量感あふれた雄健な表現は、鎌倉初期彫刻の特色を遺憾なく発揮しており、地方では珍しい傑作で、運慶・快慶一派に属する優秀作とされている。
 阿形像の頭部宝髻(ほうけい)のほぞ、四面に応安(おうあん)2年(1369)の修理墨書銘がある。
(左)吽形 (右)阿形
写真をクリックすると拡大します。

中央左に、湯田と見える。
湯田が初めて文献に出てきたのは、これでだそう。

湯田は、今は湯田温泉。   瑠璃光寺五重塔  湯田温泉 ~山口市~   他  (2010/5/6) 
重要文化財書跡
しほんぼくしょあみだじでんばたちゅうもんならびにめんじょじょう
紙本墨書阿弥陀寺田畠注文並免除状1巻
所有:宗教法人 阿弥陀寺
所在:防府市大字牟礼
指定:昭和25年(1950)8月29日

 
 縦32.7cm、全長575.7cm。楮(こうぞ)紙10枚が継がれた巻子(かんす)装となっている。
「阿弥陀寺用料(ようりょう)田畠坪付帳(つぼつけちょう)」、「阿弥陀寺四至(しいし)」の2つの書状が1巻の巻物に仕立てられている。国府保管の原本『周防国阿弥陀寺田畠注文』(国指定重要文化財)に対する阿弥陀寺側の控えと見られる。
 「阿弥陀寺用料田畠坪付帳」は正治(しょうじ)2年(1200)に目代(もくだい)(役人)の春阿弥陀仏(しゅんあみだぶつ)が作成したもので、俊乗坊重源の袖判があり、寺領の内容に対して承認を与えている。「阿弥陀寺四至」では、当時の境内地の東西南北の境界が示されている。
 中世の阿弥陀寺の寺領、勢力を知る上で貴重な資料である。

焼くのではなく、墨を付けるのかな。  柄の部分が木だから。
重要文化財考古資料
てついんとうだいじつちいん
鉄印 東大寺槌印1顆
所有:宗教法人 阿弥陀寺
 所在:防府市大字牟礼
  指定:昭和25年(1950)8月29日

 
  縦5.4cm、横3.3cm、高8.2cm(印部)、柄の長さ27.2cm。印面に「東大寺」の3字が陽鋳されている。「槌印」の名は形が槌に似ていることに由来する。
 俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)の指揮のもと、文治(ぶんじ)2年(1186)から東大寺再建のために切り出された材木は木屋所(きやどころ)に集積された。そこで東大寺が任命した山行事職(やまぎょうじしき)の橘奈良定(たちばなのならさだ)が材木を検査し、合格した材木に本槌印を押していたのである。
 その後奈良定の子孫は土着し、八坂(やさか)村(徳地町)で百姓となっていたが家に代々伝えていた槌印を寛文(かんぶん)5年(1665)、右田領主毛利就信(なりのぶ)がこれを求め、東大寺ゆかりの阿弥陀寺に寄進した。就信の名で出されたその時の寄進状は『阿弥陀寺文書』(県指定文化財)の第5巻に収録されている。東大寺再建時に、実際使用していた道具として貴重なものである。
写真をクリックすると拡大します。

山門を出た所に。

s-17年11月27日 (39)

重源がここに座った。   園芸用のユリか。  こんな秋深くに。

s-17年11月27日 (41)    s-17年11月27日 (40)ppp

上の右写真の徳地(とくぢ)は、以前通ったことがある。   その時の記事の一部。
tokudi8789.jpg

この道を下って。

s-17年11月27日 (42)

住職さんの説明があって、それが良かった。
たくさん人がいたら、自由に質問できない。

自分は寺に行ったとき、石段を登っていくときが一番好き。
昔のままの石段を。


【記事の紹介】  山頭火は、防府市で生まれた。  生家跡は、市街地の中に。~防府市~  他  (2015/3/14)

【今日の歌】   レクイエム~麦畑のひばり 岡林信康 2010

              ※ 彼は今、亀岡市に住んでいます。 場所を探そうとはしないけど。



君に捧げるLOVESONG 岡林信康 HD



【道の駅】    きららあじす

【明日の予定】    変わった自然がある。   石がごろごろ。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
                         (2008年4月~2010年9月までの
.記事)

         meisigazoupppm.jpg

 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg  今までの記事には、この2枚だけ。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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