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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

たまには勉強を。
そう思って、佛教大学宗教文化ミュージアムに、行ってみた。

「お念仏のかたち」というテーマで、念仏を紹介している。
多くの文化財も展示。   無料。

説明を読むと、難しい。
自分は、仏教を学んだことはないからか。

ただ、面白いことが分かった。
それは、一番知りたかったことでも。

何かというと、なぜ、庶民は、念仏に夢中になったのか。
庶民の心を、何が惹きつけたのか。
これが、分かりました。  大きな収穫。

広沢池から大沢池まで、田園の中を散歩。
最後に、百人一首の名古曽滝に。
     ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

嵯峨嵐山駅から、歩く。

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左まわりで。

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駅にあった地図を見て、適当に歩いてきた。    遍照寺。   ここから目的地は近い。
お目当てのポスターが、あった。


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少し北に、広沢池(ひろさわのいけ)。   その辺りに、昔はあった。  広大な敷地で。

御室(おむろ)派の本山は、仁和寺でしたね。    春に、御室桜を見た。
御室は、オムロンのオムロでも。   

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5分ほど歩いて、佛教大学宗教文化ミュージアム。

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佛教大学自体が、多くの文化財を保有している。

念仏に関わる、多くの資料や絵画・仏像が、展示してあった。

  ※ 撮影は出来ない。   下のは、資料を撮影。

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南無阿弥陀仏と唱えるのが、念仏。

何の目的があって、仏教が生まれたんでしょうね。  いろんな宗派も。
人のため、は2番目の目的と思う。

広める側のプラスが、知りたいですね。

往生要集など、聞いたことのある物もあった。

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展示室に入った直ぐの所に、館長の挨拶文があった。

    人間は、言葉という複雑で微妙な感情を伝える媒体を、獲得しました。
    その働きは、様々な効果をもたらすことになります。

    別の個体に伝えるだけではなく自分自身もその声を認識しますから、自身の意思や感情や決意を記憶に
    とどめ確認する作用もあります。

    動物にとって吠えた記憶は忘れられやすいでしょうが、人間にとって自らが発したことばは記憶の深くに
    刻み込まれることになります。
    聞名の功徳や称名の功徳はこんな風に高度な意思の確認なのです。

   「身体性」つまり五感で感じられる「もの・かたち」を欠いた、観念的あるいは哲学的な文化は、
    中世の庶民には、ほぼ別世界のことがらと、映ったのではないでしょうか?

   「南無阿弥陀仏と唱えなさい」と教えた法然上人の教えは、まさしく画期的な転換点だったのです。

当時の庶民にとって、生き方を考えるとか、死後の世界がどうだとか、そんなのは考えていなかった。
観念的、抽象的なことは、生活とは、離れていた。

そこに、理屈っぽい、仏教の考え。
ところが、そこに、庶民は、魅力を感じていく。

生き甲斐とつながったのかもしれませんね。

今日は、写真は撮れなかったけど、上のことを知って、それで十分に感じた。

この後は、適当に、散歩。
広沢池のほとりに、児神社(ちごじんじゃ)。

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さっきの寺の遍照寺があったこと。

ある子供が、師の寛朝僧正が亡くなって、池に身を投げた。
この子供は、調べてみたら、侍児(じじ)って呼ばれる、小間使いの女の子でした。

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雰囲のいい、田園風景。  ここを歩くことにした。  
正面に愛宕山。  向こうから、このように見えた。 左の方に。

花があって。

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少し歩くと、ここに。    はるか昔、遍照寺があった場所。

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この道は、どこに行くか分からない。

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シラサギがいた。   小さい。  飛ばないで、歩いた。

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この後、トンビが私の頭を、たたいた。  帽子を取ろうとしたのか。

そのトンビが、別の鳥に追われていた。 
右の鳥がそれ。   トンビよりずっと小さい。   手前なので、大きく写っている。

右写真が、その鳥だが、タカの仲間ではない。   分からない。

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私はトンビのことを、カラスのように悪くは書かないで来た。
でも、それもお終い。  今後は、カラスと一緒。

道しるべの標識がある。

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色んな紫陽花。  園芸種があるからでしょうか。

正面の森の中に、大覚寺の大沢池。   名古曽滝跡があるので、見ようかなと。

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裏口から、大覚寺の敷地内に入った。  大沢池。    庭園の池。

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多宝塔。  二重塔と呼んでもいいけど、多宝塔。   
         ※ 四重塔は、日本にあるのかな。  三重塔が、四重塔に見えるのはある。

実際にあるのは、奇数の塔ですね。

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庭園だから、ハス。

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私は、雨にあたっていない。   でも、ここは、少し前に降ったのか。

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近くに、石像。   表情は、これだけが、分かった。

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こっちに来た。  左奥に、名古曽滝。

 ※ この時、庭園を管理する人に、意見を求められた。

   正面の池に、花壇がある。 少し見えるが、右手前が広い。 左奥は、狭い。

   その人は、そこに、嵯峨菊を植えてほしいと、寺に頼まれている。
   寺の考えは、黄色の嵯峨菊でいいのではと。

   その人は、なぜ、私に聞いたか。
   全部黄色でないとすれば、他に、どんなのがあるのか。

   嵯峨菊は、黄色、白、赤、ピンク、の4種類。
   私はこう言った。

   池を広く見たら、島は、ワンポイントのアクセント。
   その時は、全部黄色でいい。

   ただ、島だけを見たときは、それでは物足りない。

   広い方に、色の柔らかな黄色を入れる。
   狭い方には、赤とピンクを、バランスを考えて入れる。
   ワンポイントのアクセント。

   そんなことを話した。
   その後、10分ほど、おしゃべり。

   寺と相談して、決めるよう。
   嵯峨菊は秋。   どうなっているか、秋に来なければならない。 

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名古曽滝は、左奥。   昔も、流れてない時があった。  それで、百人一首の歌の内容。

  「滝の音は 絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ」

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また、流れるようにすればいいのに。

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大覚寺。   有料。

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表から入ると、このように見える。

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ここは、嵯峨天皇の離宮だった。

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石碑があった。   何かなと思って、読んでみた。
面白いことが、いくつか。

   津﨑という女性は、近衛家に仕えるが、篤姫が徳川に嫁ぐ前、家柄の関係で近衛家の養女になる。
   その時、近衛家の母代りをしている。(代理と云うか)

   彼女の像が、嵐山の亀山公園にある。 いい像ではないので、写真は撮ってない。

   月照(げっしょう)のことも書いてある。  清水寺にある寺の人。
   安政の大獄で、幕府に追われる。

   西郷さんと共に、薩摩に逃げる。 
   西郷さんは、月照と、錦江湾に身を投げる。(藩主が死んで、後を追ったんだったかな)

   西郷さんは、助けられたが、月照は死んだ。

   京の町で、月照の行方を問われる者がいた。 2人の、仲間。
   名は、近藤 正慎(こんどう しょうしん)。

   知っていたが、白状しなかった。
   牢屋で、舌を噛み切って、頭を壁に打ち付けて、命を絶った。

      ※ 彼のひ孫が、俳優の近藤正臣。(このことは以前書いている)

   清水寺は、月照と近藤の子孫に、境内で店を出すことを許可。
   近藤の子孫の茶屋の名は、舌切り茶屋。

   明治に入って、2人とも、名誉回復された。

   彼女の像は、今度撮ってきましょうか。
   いい表情を見つけて。

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振り返って。  大覚寺の入り口。  秋には行ってみましょうか。  嵯峨菊のころに。

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天気が不安定なので、山でなく、ここに。

庶民は、仏教を通して、人としての生き方を考えたのでしょうか。
仏教の役割として、今の時代も、それはありますね。

人ごみの嫌いな人は、今日のコースいいですよ。
暑い一日でした。

【今日の一句】    「 ハスの葉の水玉  風におされて  ゆれた 」

【今日の歌】     大黒摩季 ら・ら・ら



【停泊場所】     亀岡市運動公園駐車場    虫が多くなってきた。  小さいのが。

【明日の予定】     山科駅から大文字山まで、歩こうかなと。    7㌔。    天気はいい。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの
.記事)

         meisigazoupppm.jpg

 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg     今までの記事には、この2枚だけ。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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