キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

長州藩があって、坂本龍馬がいて、新しい時代がやっと来た。
江戸幕府を倒そうと、中心になったのが、長州藩。
若者を指導し、思想面を支えたのは、吉田松陰。
      ※ 彼の妹は、文(ふみ)。   来年の大河ドラマの主人公。
木戸孝允は、維新3傑と呼ばれ、長州藩を中心になって動かした。   ※ 最初は、桂小五郎。

萩の町は、普通に、古い家並みが残っていた。
木戸孝允旧邸や松下村塾を、見た。
途中で雨。 100円バスも利用。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

萩は、国道9号線から離れる。  行こうとしなければ行けない。
津和野には、いい町並みが。201005022307460c0.jpg   山口には、瑠璃光寺五重塔。20120420212142b50_20141130204351fd1.jpg   秋芳台には秋芳洞。20120419234810d3f_20141130204349f89.jpg   角島には、橋。20100428223140ce5_20141130204340f56.jpg
萩の近くには、魅力いっぱい。   (どの写真も、数年前)

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左周りに歩く。   最後は、バスで、松陰神社へ。

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どこまでも歩くぞって、道の駅をスタート。
ところが、右足の人差し指が、腫れていた。    ※ あとで知ったが、化膿していた。 消毒して、次の日に治った。

あっち痛い、こっち痛い。  あれを悩んで、これを悩んで。
全てから、解放される日は、来るんだろうか。
もし来なくても、忘れさせてくれるだけ、うれしいことがあれば、いいことにするか。
でも、それだって・・・。
 ※ 楽天的というか何かで、日々悩んではいないけど。

左に行ったら、松陰神社。   最後に行く。

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この人の歌に、時どき出会った。  心は、どこにあるのでしょう。

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梅屋七兵衛旧宅。   

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この人は、鉄砲1000丁を、長崎から買ってきた。   苦労して。

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※ 上の鉄砲は、戊申(ぼしん)戦争で役立った。  
   大政奉還の後、江戸幕府の残り火と、長州藩・薩摩藩を中心とした新政府軍との戦い。
   この戦いの最後が、函館戦争。  土方歳三は、鉄砲の弾で死ぬ。
   会津で戦った、若い兵士が、白虎隊。 幕府側に付いて。
       鶴ヶ城  さざえ堂  白虎隊士の墓 ~会津若松市~  明日 吾妻山へ  他  (2010/7/20)

古い家は、どこにでも。  少しだけ見た。

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上の家と下の家を比べたら、上の家は、2階が低い。  窓の部分が、狭い。
狭いほうが古く、広い方が新しい。
殿様を2階から、見下ろさせないため。   規制が少しずつ、甘くなる。

間口3軒ほどで、奥が深い。

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古くからの港。

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菊ヶ浜。   ここも、萩の魅力。   右の山は、指月山(しづきやま)。   麓に、城跡。

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沖には、島が浮かんでいる。  学校のある島が2つ。   いつか、行かなければならない。  来年か。

また、歌があった。   さっきの人。   
活眼(かつがん)は、物事の道理や本質をよく見分ける眼識、だそう。
張り切りすぎて、つまづいたのか。  どんな意味?

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指月山。   ※ トンボロっぽい。   元々は島で、砂でつながったのかなと。(確認はできない)

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萩城跡。  

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有料なので、入らなかった。  航空写真ではこう。tizu3333_2014120108500117c.jpg    ここは、毛利氏の居城だった。

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※ 余談   長州藩ってどこなんだろう。  覚え難いなって思っていた。
         その理由を、今回知った。
         長州藩の中心は、萩なんだが、幕末に山口に移った。
         だからだった。
         もし移っていなかったら、山口県の県庁は、萩市になったかも知れない。

毛利一門の長屋。   他もあったが、これだけが残った。   江戸時代のもの。

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家臣が住んだのか。  3本の矢の話は、毛利家の話だった。

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萩は、どこに行っても、「花燃ゆ」。  萩での撮影は、終わっているそう。
本当に面白くなるのか、不安。  
脚本がおかしかったら、井上真央の魅力だけでは、どうしようもない。

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山の上と下に城。  他に知らない。

大河ドラマでは、何を描くのだろう。  家族愛だけでは、1年間持たない。

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こんな場所も。

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このような通りは、どこにでも。   萩の町並みの、大きな特徴。

30㌢ほどの、小さなお地蔵様。    誰が着せてあげたんだろう。  間もなく、雪。

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横を見たら、こんな通り。

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萩は、萩焼の町でも。   カットしている意味は、何でしょう。  焼く時に、空気が出るようにかな。

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藤田伝三郎とある。   どこかで、出会った人。   
  ※ 知恩院の墓には、江の娘の千姫の墓がある。(2010年)  
小坂鉱山で会っていた。
    日本最古の芝居小屋 康楽館  小坂鉱山事務所 ~どちらも国の重要文化財 小坂町~   他  (2010/7/29)

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町屋風の古い家に入った。   旧久保田家住宅。  呉服商とか酒屋をやっていたよう。
江戸時代後期に、近江商人として、近江から来た。

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雨が降ってきて、動けなくなった。   傘は忘れた。  あっても、風が強く使えない。

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蔵の中にあった、昔の灯り。   それと、萩城の天守。

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弱くなったので、走って、近くの木戸孝允旧邸へ。  読みは、たかよし、こういん、どっちでも。

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彼は、ここで生まれた。

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池田屋事件で、長州藩は襲われた。   多くの命が失われた。
襲ったのは、新選組。   新選組は、この事件で名を上げた。  土方歳三が活躍。
木戸孝允も、池田屋に行ったが早かったので、近くの対馬藩邸に行っていた。 命拾い。
  
  ※ 屋根伝いに逃げたという話もあって、管理人に、どっちが正しいのと聞いた。
    対馬藩邸に行ってた方と、言った。

  ※ 彼は命を狙われる。 隠れ家に食事を届けたのは、京都の芸妓 幾松。
     京都から脱出して、出石(いづし)に潜伏。  その後、幾松と一緒に長州へ。
        但馬の小京都、出石 ~豊岡市~   他  (2011/6/10)
     下のブログに、木戸孝允(桂小五郎)の像と、幾松について。
        維新の史跡を残す、木屋町通を歩く ~京都市~  キッスは目にして(ヴィーナス)  他  (2012/6/17)

彦太郎は、妹の子。    右写真の後ろ中央が、木戸孝允。   前列中央は、殿様。

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※ 木戸孝允の墓は、京都霊山護国神社にある。(撮影は、2010年)  龍馬の墓の近く。
  磯松の墓がそばにあるそう。 知らなかった。

雨は小振りのまま。  アーケードまで走った。 100円バスで、松陰神社に行くことに。

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松陰神社。

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吉田松陰の歌碑。   安政の大獄を進めたのは、井伊直弼(なおすけ)。
井伊直弼は、桜田門外の変で、殺される。
   ※ 現場の指揮者は関鉄之助。  映画で演じたのは、大沢たかお。
     彼は大河ドラマで、文の2番目の夫を演じる。  好きな俳優。
     ちなみに、最初の夫は、久坂玄瑞で、演じるのは 東出昌大。  
     29日の晩、久しぶりに、1時間だけテレビを見た。
     チンギスカンの墓のある、モンゴルの旅。 東出昌大が出てた。

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松下村塾。   ここで、みんな学んだ。   学んだ者たちの力が、維新の原動力に。

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久坂玄瑞もいる。   
珍しいのでは、前原一誠。 佐賀の乱で捕まって処刑される。
殺したのは、大久保利通。   江藤新平も殺された。
 
大久保利通は、江藤新平を恐れた。 彼がいたら、明治新政府の中で、主導権が取れないから。
大久保利通は、以前から、嫌い。
                 土佐の東の玄関口 甲浦 ~仏頂造りの家と、江藤新平が捕まった地 東洋町~   他  (2011/1/3) 
 
  ※ 余談 民主党の前原誠司と名前が似ている。 調べてみた。 
       直接は関係なかった。
       前原一誠の先祖は、尼子氏の家臣で、出雲の出身。  前原誠司の先祖は、境港の出身。
       2つの町は近い。 遠くの先祖で、つながっているかも知れないけど。

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こんな部屋も。

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松陰は、幕府につかまって、ここに幽閉される。
下田で海外渡航に失敗とある。  その場所は、下のブログに。
   下田の町を、道の駅から玉泉寺まで散策。  龍馬の夢。  爪木埼灯台。~下田市~  他  (2014/6/2)

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反対側から。   幽閉された部屋。

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一番奥に、松陰神社。

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花畑を見ながら、戻る。  向こうから来た。
雪降るのに、今植えて大丈夫なのか。

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日本の夜明けは、萩から始まった。
でも、新しい時代は、戦争の始まり。
どこで、狂ったんだろう。
 
萩の全体は、まだ見ていない。
いつかまた。

【今日の歌】   James Last: Slavonic Dance (ジェームス・ラスト スラブ民族のダンス、の感じか)

 

【停泊場所】   28日、29日は、門司の和布刈(めかり)公園駐車場。

【今後の予定】
         萩を見た後、九州に渡る。
         29日は、門司港近辺を、タカリンさんと。  夜景は、1人で。
         30日現在は、さらに南下して、青春の門の舞台の遠賀川の流域に。
         そこの、小さな町、糸田町に。
         30日と1日は、ブログの整理。
     
         終わったら、長崎県の諫早(いさはや)市に。
         春にお世話になった、Kさんと、山に登る。
         10日頃に、鹿児島県の長島町に。  
         夏、北海道に来た人たちが、いる。
         楽しみ。     

         この数日間、ずいぶん走った。 
         バッテリーの調子が悪く、南下を急ぎ、いつもお世話になってる、長島に行くため。 

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

         meisigazoupppm.jpg

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光雲寺に、先日の撮影のお礼の挨拶に行った。
住職さんと、少しお話し。
今日も見て行ってくださいと、言われた。

あの美しかった聖観音像に、再度会いました。
新しい発見がありました。

また、住職さんから、うれしい話がありました。
どうぞ、聖観音像の写真を、ブログに載せてくださいと。

   ※ 仏殿内の写真の整理が終わり次第、他の像も一緒に、20日のブログに載せます。
      今日のブログには、先日撮った聖観音像の写真を、3枚ほど載せます。 
       驚きの、表情です。

光雲寺は、高松のMさんの紹介でした。
どうしてそうなったか。
実は、Mさんの息子さんが、光雲寺に下宿しています。
   ※ 寺のお手伝いもするので、雲水の雰囲気。(彼は京都大学)
そんなことで、今回の光雲寺です。

Mさんの息子さんとは、しばらく話した。
最後は、住職さんからという、抹茶と和菓子をごちそうになった。

今日の庭の写真は、別の写真になった。
曇っていたから。
先日、東山方向の写真が、うまく撮れなかった。
今日は、まあまあのが。

特別公開日の今日は、お客さんが来ていた。
仏殿とか展示室の写真は撮れないが、掛け軸などを見た。

帰り、哲学の道を通って、あちこち、紅葉を見ながら帰った。
最後に、大好きな、八坂の塔を。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

真っ直ぐ行って、左に曲がったら、哲学の道。   
正面に、熊野若王子(くまのにゃくおうじ)神社。   帰りに寄る。

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場所は、ここ。     哲学の道を歩き出したら、直ぐに光雲寺はある。

tizu1119.jpg    tizu2225.jpg

見えました。   手前は、顕子(あきこ)内親王の墓。
東福門院和子(まさこ)の第4皇女。   東福門院は、後水尾天皇の中宮であり、江(ごう)の末娘(5女)。

光雲寺は、東福門院の菩提寺。

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いいですね。   1本の傘だって、アクセント。

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先日住職さんにお会い出来なかったので、今日は撮影のお礼に。
日高の浦河のTさんからいただいた昆布を、少し持って。

初対面でしたが、私の不安は、すぐに消えてしまった。
そう感じさせてくれる人。
住職さんは、ただの住職さんでないことは、知っていました。  
      ※ サイトがあるので紹介。  作家か学者が書くような文です。
             と東洋の心
  
      ※ 余談 山岡鉄舟ほか、少ししか読んでませんが、面白いです。 学ばされます。  
             山岡鉄舟については、旅で何度も出会っています。
             日本最後の復讐の、臼井六郎に関わっても、出てきます。 (映画になっている)  
             臼井六郎は、秋月で出会った人。
             詳しくは書きませんが、鉄舟は大政奉還に関わっても、大きな仕事をしている。        

20日のブログに失礼がないか、その確認も、今日の目的でした。
ところが、こう言っていただきました。
仏像の写真を、ブログに載せていいことを。

ありがたいことでした。 うれしいことでした。

その後、住職さんは、高松のMさんの息子さんを紹介してくれました。
やわらかな物腰の、さわやかな感じ。 
もし寅さんが生きていたら、「よ! そこの青年」って、声をかけそう。
雰囲気は、お母さんのMさんのようでもあり、住職さんの影響も、でしょうか。

住職さんが、今日も見て行ってくださいと云うので、甘えて、見ることに。

下の写真は、東山を見たときに、左にあった棟の部屋から。  前回は、そこに行ってない。

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今日は、雨上がりの曇り空。   光は落ち着いているので、写真は撮りやすい。

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先週の金曜日から、特別公開。   お客さんが来ている。

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途中、部屋の掛け軸などを見た。
明正天王の色紙、そして、東福門院の掛け軸が。(Wikipedia)  いい表情でした。

写真を撮っているとき、Mさんの息子さんが来た。
燃える紅葉の写真と、揺れる池の鯉の写真が、珍しいと言った。

20日の写真には、逆光を利用した写真が多いこと、魚が波を立てるのを待ったこと、
写真の透明感を出すには、レンズの明るさが必要なことなどを、伝えた。
 
 ※ プロでないのに、偉そうに言った。   
    私のブログは、写真だって、文だって、みんな素人。
    山にも登るけど、これだって素人。  
    プロになれないから、何にだって、首を突っ込む。

彼と話していたら、頭の聡明さを感じた。
変な例えだけど、レンズなら、F1.4。
大学では、深い研究をしている。 その道のプロを目指して。

後で、抹茶を飲んで行ってくださいと、言っていただいた。
その時にまた、話した。

そうそう、こんなことも伝えた。
住職さんが、聖観音像の写真を、ブログに載せていいですよって言ったんすすよ。
それを一番喜ぶのは、あなたの、お母さん、って。

仏殿に行きました。  見たのは、聖観音像だけです。
写真は、20日に撮ったもの。

こんな仏像です。
まず正面から。    レンズは、23㍉のF1.4。  カメラは、フジフイルムのX-T1。
仏像だけでなく、後の光背や台座などの、全体のバランスが、絶妙に感じます。

そして、聖観音像そのものについて。
少しうつむき加減の、たたずまいが、大きな魅力。
その魅力が、この仏像の大きな特徴でもあります。

仏像 3ppp    仏像 3aaaa 

運慶作と伝わっている。
私は、たたずまいの良さと、表情の品の良さが、運慶作の証拠かなと。
例えば、運慶作と言われる、円成寺大日如来像六波羅蜜寺地蔵菩薩像に、似ています。

光雲寺の聖観音像の方が、さらに洗練されてる印象を受けます。

下の左は、APSで35㍉F1.4のレンズで撮影。  仏像などが、得意。
カメラは、X-T1。
この写真が、本物の色に近い。
この表情です。   

右は、望遠レンズで撮影。   カメラは、X-E1
この角度の近辺に、ベストの表情がありそう。
ベストの表情と云うのは、聖観音様の心が、一番よく感じられる表情でもあります。

仏像 5ppp  仏像 8

この像は、東福門院の念持仏。
右の写真の目は、東福門院を見つめてるように、感じる。
東福門院のつらさを、みんな知って。

聖観音像の心を想像して観ると、その時々、表情が変わる。

この像のいい写真を撮るためには、深く、東福門院を学ぶことが必要でしょうか。
「東福門院和子(まさこ)の涙」を、読まなければならない。

今日気づいたことは、どの角度からも、いい表情に見えること。
それに、驚き。

真横近くから見た表情は、完璧。  
鼻、口、あごのラインは、一直線。  ほんの少し、口が下がっている。
それが、気品を作り出している。

今日も、たくさんの時間はありませんでしたが。
いい像ということが、分かりました。

   ※ いつの日か、この像を数時間かけて撮ることが出来たら、三脚を使いますね。
      いろんな撮り方をする。  光の当て方も変えて。
      被写界深度を深くして、聖観音像の全てに、正確にピントが合わさるように、なども。

   ※ ただ、あくまで、私の写真は、素人。
      この聖観音像は、プロの方に撮ってもらうのがいいかなと。

   ※ 私は、東福門院になって撮るとか、プロがやらない方法で挑戦。
      いい写真でなく、いい表情、いい佇(たたず)まいを追う。

中庭です。

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ここから見ると、正面に東山。   それを借景にして。
上の方の庭の写真は、左の棟から撮った。

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右は、一文字手水鉢。   先日紹介。

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左の建物。   ここの部屋に、展示物が。

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この後、抹茶をごちそうになった。  あんこの入った和菓子も。  
  ※ 食べ物になったら、すぐに写真を忘れる。
     こんなのです。(京都のITベンチャーで働く女の写真日記から)
食べながら、ゆっくり庭を見た。

息子さんは、宇宙のことを勉強しているという。
特に、太陽のこと。
彼は、4年終わっての、その後の学び、研究。
あと2年だったかな。

すごいなと思ったのは、専門でないのに、ポアンカレ予想も、リーマン予想も知っていた。
それくらい、当たり前か。
ポアンカレ予想が解けて、宇宙がドーナツの形でないと、分かった。
リーマン予想は、まだ解けていない。
    旅は一休み、23日目。  リーマン予想が解けたら、宇宙の何が分かるのでしょう。~亀岡市~ 他 (2013/12/15)

息子さんにお礼を言って、光雲寺を後にした。
足取り軽やかに、哲学の道を。

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哲学の道の入り口にある、熊野八王子神社。
神様は、熊野神社からの分霊ですね。
王子が付くのが、不思議。
でも、熊野に行くと、王子の付く神社は、いっぱいある。 その影響で、ここもですね。
 ※ 熊野には、こんな感じであります
     熊野古道、昨日の続きを歩く。 ~継桜王子から熊野本宮大社まで。(22.1㎞)~   他  (2010/6/8)

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永観堂の紅葉です。  いい状態。  人が並んでいる。

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こっちに入るのは有料。
   永観堂は、古くより、「秋はもみじの永観堂」といわれていた。  東山を少し。~京都市~  他  (2013/11/19)

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左は、どこかの入り口。   右は、南禅寺の三門。
日本の禅宗の中心はどこかと聞かれたら、それは、南禅寺。  光雲寺は、南禅寺の塔頭。
   平安神宮から南禅寺、そして、哲学の道を通って銀閣寺へ ~京都市~  アスタ・シエンプレ(カルロス・プエブラ)  (2012/5/10)

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インクライン。  船を引っ張り上げたり。  琵琶湖との落差があったので。
知恩院の山門は、修理中。  ライトアップで、並んでいる。
   知恩院のライトアップ。  三年坂→二年坂→石塀小路→ねねの道→知恩院。~京都市~  他  (2012/11/26)

s-14年11月25日 (12)    s-14年11月25日 (13)

ねねの道。
   高台寺と圓徳院、春の夜間特別拝観。  寺照らす、生命(いのち)万華鏡。~京都市~ 他 (2014/4/28)

s-14年11月25日 (14)

龍馬の案内。   有料なので、見たことない。   墓は、上の方にある。
           龍馬の墓  八坂神社  祇園花見小路  河原町   他  (2010/5/21)  

s-14年11月25日 (15)    s-14年11月25日 (16)    s-14年11月25日 (17)

二年坂。

s-14年11月25日 (18)    s-14年11月25日 (19)

八坂の塔。   好き。   ライトアップはしていない。  

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八坂神社。

s-14年11月25日 (21)

京都駅。   京都には、歴史の他にも魅力があると感じさせてくれるので、気に入っている。
             ※ 歴史の他というのは、京セラ、島津製作所などの、国内屈指の最先端技術産業のこと。

s-14年11月25日 (31)

大げさと思うかも知れないが、東福門院の心を想像して、聖観音像の写真を何度もを見た。
そうしたらですね、涙が出そうになったんですね。
こんな仏像に出会うのは初めて。

光雲寺の聖観音像には、ドラマが秘められている。
東福門院和子の涙のドラマです。
その全てを知って、写真を撮ってみたい。

※ この像は、ずっと秘仏だったから、きっと鑑定はしていない。
   最低、重要文化財。
    ガラスに囲われてもいいから、大事にしてほしいですね。

【今日の歌】  James Last - Orange Blossom Special



【道の駅】     ガレリアかめおか

【今後の予定】   バッテリーの調子が悪く、予定を変更して、鹿児島に急ぐことに。
            26日は、日本海側を通って、西にまっしぐら。
            電気がたまったら、ブログの作業。  それの、繰り返し。
            27日の朝に、宍道湖に着いています。

            この後も、時々ブログを書いて、萩に向かいます。
            萩は、来年の大河ドラマの舞台。

            あと、200㌔。   午後の、2時ころ着を、目指します。
            ブログが、途中になるかも知れません。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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西光(さいこう)寺のモミジの木は、ただの木ではなかった。
紅葉の名所、神護寺の木を、移植したものだった。
境内の森は、紅葉で、赤く染まっていた。

今いる亀岡市の近くに、隠れた紅葉の名所はないか、探してみた。
あった。  南丹市の西光寺。
遠くない。  十数㌔。  今が見頃と分かって向かった。

寺の説明に、本堂の造りが、詳しく書いてあった。
意味が分からないのもある。
これのことかと、想像するのが、また楽しい。
戻って、確認。 今日は、少しの勉強。

それから、西光寺は、文覚上人の得度の地だった。
この上人は、頼朝を動かした人。
面白いことが、ある。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

西光寺は、南丹市の中心の、園部に近い。

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ここから入る。   車は、近くの空き地に。   実は、この先に、パーキングがあった。

文覚(もんがく)上人は、ここで僧になった。
また、高倉天皇が、来てることも。

s-14年11月23日 (1)    s-14年11月23日 (27)

※ 文覚寺が、亀岡市にある。
   文覚上人は伊豆に流された。 そこで、頼朝に会った。
   兵を上げることを、頼朝に進言する。
   頼朝は、天下を目指して動き出す。   

   最後は、壇ノ浦で平氏にとどめを刺す。
   その時、安徳天皇は、海に沈む。  安徳天皇の父が、上にある、高倉天皇。

   文覚寺は、下のブログに。
      光秀が本能寺の変で通った、明智越。 その、のぼり口を探しに。~亀岡市~  他  (2014/4/24)

   安徳天皇については、下に。
      大原の里を歩いて、三千院へ。  往生極楽院、わらべ地蔵、他。  途中、建礼門院の墓に。~京都市~ 他 (2014/11/8)

※ 余談  文覚上人は、なかなかの人だったよう。
       月岡芳年(よしとし)という人が、彼の絵を描いている。
       那智の滝で修業している絵。 一番下の人。  こんな絵⇒Kuniyoshi_The_Waterfall.jpg (Wikipedia) から。

      月岡芳年は、紅葉(もみじ)伝説の、紅葉も描いている。 これ⇒Yoshitoshi_The_Demon_of_Mount_Togakushikkk.jpg
      そんなことで、今日の歌は、鬼無里(きなさ)の道。
         紅葉(鬼女)伝説 鬼無里  他  (2009/06/20)
         鬼無里の紅葉伝説  青鬼集落 ~長野市・白馬村~  明日、黒部ダムへ  他  (2010/10/30)

楼(ろう)門が見えた。  紅葉の色が、はっきりしている。  期待もてそう。
     ※ 楼門と云えば、武雄温泉の楼門を思い出す。 美しい。

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境内の森が燃えている。   予想以上。  左写真は、望遠で。  

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いいですね。   右の小さな滝は玉泉紅葉の滝。  高倉天皇ゆかりの滝。

s-14年11月23日 (15)

今がベストかもしれない。  これなら、京都市内に持って行っても、恥ずかしくない。

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神護寺にあったのを、移植したというんですね。 
モミジの木にも、どのくらい赤くなるかは、個体差が大きい。
優秀な木は、真っ赤っ赤。
    神護寺  高山寺  京都御所 ~京都市~  他  (2011/11/20)

s-14年11月23日 (17)    s-14年11月23日 (19)

黄色が混ざることも、大事なのでしょうか。

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百人一首の歌に、いいのが、2つありますね。
   「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」    竜田川の今(2009年)。
   「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の  声きく時ぞ 秋は悲しき」

これから赤くなるのかな。   これも悪くない。  
   ※ 葉っぱの色がいつも赤で、秋だけ緑になったら、この色は、感動の色でしょうね。
      カラスだって、絶滅寸前の鳥だったら、美しい鳥だって、褒められる。 関係ないか。

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貫禄のある、本堂です。

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本堂の説明があった。   これを見て、全部理解するのを、今日の目標にした。
昔は八木町。  今は南丹市。

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建物全体は、入母屋造。  こんな屋根
お参りする人が、雨にあたらないように、出っ張った屋根全体が、向拝(こうはい)。
前から見たら曲線なので、唐破風(からはふ)

向拝の先の屋根は、銅板葺(どういたぶき)。  赤○に少し見える。 
他は、桟瓦葺(さんかわらぶき)。  本堂全体も。 こんなの。 これでない本瓦葺は、こう

s-14年11月23日 (7) 

妻入とある。  広い屋根が、左右に流れているが、左右からでなく、前後から入るのが、妻入。
これが、分かりやすい

向拝の前の部分。  曲線ですね。  曲線の屋根が、唐破風。
黄色の〇の板が、虹のようなので、虹梁(こうりょう)。  
          ※ 梁(りょう)は、梁(はり)のことで、横の柱の感じ。
赤〇は、木鼻。
虹梁と木鼻を中心に、彫物がある。

右の写真の柱全体を、几帳面付角柱と云っている。  角柱は、四角い柱。
几帳面(きちょうめん)は、柱の角の装飾。
面倒がらず、几帳面にやった。  几帳面の語源は、これ。

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下の部分の、盛り上げた土が、亀腹基壇。   亀の腹のよう。 ひっくり返った。
擬宝珠高欄は、赤の擬宝珠の付いた、欄干のような柵。
切目縁(きりめえん)は、黄色のように板の切り口が見えてる、縁側。
           ※ このように板を張ると、拭き掃除がしにくいのでは・・。 4つ足での、ぞうきんがけが。
青〇の柱は、一番大事な、身舎(もや)柱。  上部に粽(ちまき)があるという。
見えにくかった。  少し、細くしてるのが、粽(ちまき)。 こう

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本堂の中。  柱の手前は、外陣(げじん)。  向こうは内陣(ないじん)。
天井は、折上げ。   ふちがまるくなって、高くなっている。 このこと。

小組格天井について。  格天井は、マスになってる天井。 
四角の中に、小さな四角がある。 これが、小組。

また、彫物のある所は、欄間(らんま)。   龍の彫り物。
6代目、中井権次(ごんじ)の作品。   実は、上の方のも、中井権次。
      ※ 彼は丹波を中心に、作品を残した。   作品の一覧は、ここに。 写真付き。 

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西光寺の六斎念仏踊は、下の。   すぐに踊りが始まる。
  ※ 六斎日(ろくさいにち)に踊ったので、この名前のよう。
          六斎日は、8日・14日・15日・23日・29日・30日の、6日。  殺生(せっしょう)を禁じるとか、あった。
             確かに下のは、23日。



棟札は、このようなもの

最後は調べて、何とか全部わかったでしょうか。  でも、半分以上はすぐに忘れる。 
3つ覚えて、2つ忘れる。 その繰り返し。

※ 覚えた知識に、くっ付いた知識は、忘れにくい。 そんな感じがします。

いいですね。    右写真、住職さんが出てきた。   この後、お話しする。

s-14年11月23日 (12)    s-14年11月23日 (32)

以前は、夜に、ライトアップしていたそう。

落ち葉が、屋根の上で一休み。  強い風が来るまで。
桟瓦葺(さんかわらぶき)ですね。   右の写真の、右端だけが、本瓦葺。

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下から撮影。  満足。

s-14年11月23日 (13)

雪印の、大きな工場があった。

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建物のことを少しでも知ってると、見学の時、面白いでしょうか。

京都は、この3連休と、月末の連休が、人出のピークですね。
紅葉を見てるのか人を見てるのか、分からなくなる。
下のブログのように。  嵐山を紹介。
    東風さんと嵐山・嵯峨野を歩く。  化野念仏寺。 ~京都市~  他  (2011/11/25)
    夕暮れの嵐山 ~京都の紅葉、始まる。~(2009年11月27日)
    夜の嵐山。  宝厳院、「獅子吼(ししく)の庭」のライトアップ。~京都市~  他  (2012/11/20)

【今日の歌】   鬼無里(きなさ)の道    西島三重子    鬼無里を、この曲で知った。



【道の駅】   ガレリアかめおか

【今後の予定】    25日に、京都に出る。   最後かな。

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江(ごう)の娘達は、みんな魅力的で、優秀な女性だったのでしょうか。
完子(さだこ)が、九条家に。
秀忠に嫁いで生まれた、末娘の和子は、後水尾天皇の中宮に。
後に、東福門院と呼ばれるように。          ※ 和子・・・まさこ   後水尾・・・ごみずのお

徳川家の狙いは何だったんでしょう。
それは、天皇家の血に、徳川の血を入れることですね。
この時期、紫衣事件とかがあった。
そんなのを通して、実質、徳川家は天皇家の上に立つ力を、持つようになる。
幕末に尊王運動が起きるまで、それは、続く。

東福門院は、幕府と皇室とのパイプ役を果たしたよう。
賢い人だから、できた。

今日は、彼女の菩提寺、光雲寺に。
公開前の前日で、人はいない。
見学できるように、光雲寺と連絡を取ってくれたのは、高松のMさん。

庭は、東山を借景として作った、池泉式(ちせんしき)庭園。
紅葉は、頂点を目指している、途中の状態。
これはこれでいい。
光に輝き、まぶしいほどの美しさだった。

ブログには載せられないけど、仏像も撮らせていただいた。
久しぶりに、美しい像を見た。
それは、東福門院の念持仏の「聖観音像」。 感動。

宝物のように、厨子に入っていた。
運慶作と伝わり、長年秘仏だった。
光雲寺のHPを紹介します。 (そこで、見られるので)
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

地下鉄の東山駅で降りて、歩いた。

通路に、下のポスター。  光雲寺がある。
東福門院の聖観音像と、紅葉の映える借景庭園とある。
                  
光雲寺 (1)    s-光雲寺 (2)ppp     tizu1116.jpg

適当に向かっていて、そろそろ探そうかと思ったら、下の場所にいた。
この道の先に、光雲寺。   地図の赤○から撮影。

s-光雲寺 (3)    tizu2229.jpg

上の写真の石柱に、後水之尾天皇の、勅願(ちょくがん)所とある。
勅は天皇の言葉のような意味。
後水尾天皇が、何かあったらこの寺にお願いした。  そんな意味でしょうか。

最初に書いた、江の末娘が嫁いだのが、この天皇。
ポスターにあった、東福門院ですね。  彼女の菩提寺。

石の右に、顕子内親王、久邇宮とあるけど、後程。

光雲寺に着いた。
2時にお邪魔することになっていた。 30分ほど時間があるので、周りを散歩。

s-光雲寺 (4)

屋根の上に、アオサギ。  しょっちゅう、ここにいた。
ここが居場所のよう。  居場所があるなんて、うらやましい。
右足で立っている。  左足で立つのが多いかなって、思うんだけど。

光雲寺の仏殿を、北側の道から撮影。   

s-光雲寺 (47)    s-光雲寺 (48)    s-光雲寺 (25)

哲学の道に来た。   紅葉の季節。   土日に関係なく、人が多い。
仏殿が見えますね。   正面手前の木の向こうに、庭園。   明日から特別公開。

s-光雲寺 (23)

立派な庭木が見える。
庭の隣に、墓がある。  これが、入り口で見た、顕子(あきこ)内親王の墓。
東福門院和子(まさこ)の第4皇女。   ※ Wikipediaでは、昭子内親王。
生涯独身だったよう。

s-光雲寺 (58)    s-光雲寺 (24)

※ なお、久邇宮家の墓が、寺の北側にあるそう。 写真では、右。
   久邇宮家については、以前紹介したけど、昭和天皇の香淳皇后を出していますね。
   この写真の、前で座ってる人。  嫁ぐ前。(Wikipedia)
      彼女の碑には、長篠城で出会った。  歴史が好きだったのかな。
         長篠の戦い。 長篠城。 決戦の地、設楽原。 鳥居 強右衛門。~新城市~ 他 (2013/6/12)

    ※ 余談だけど、家康は、家臣との信頼関係が、誰よりも強かった。 この戦いでも、分かる。

戻ってきた。

s-光雲寺 (26)

光雲寺は、南禅寺の塔頭。  南禅寺の禅センターの役割を果たしている。
小学生でも大人でも、誰でもが受けられる。  1時間ほどの日程で。  修学旅行生も、大丈夫。
      ※ 詳しくは、住職さんのHPのここに。 東福門院の像の写真も、そのページに。

右の説明には、観音像、手水鉢など、寺の見所も。

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明日に向けて、準備が出来上がっている。

s-光雲寺 (40)

住職さんは、急な用で、留守だった。
寺の人に説明して、庭を見せてもらった。 

後ろに、東山。   それを、借景(しゃっけい)と云っている。
間に、哲学の道が通っている。

s-光雲寺 (27)    s-光雲寺 (11)   

庭の中心に池がある庭を、池泉式庭園って云うんですね。
東山も、ここの庭のよう。

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昭和の初めに作られた庭なので、東福門院は知らない。
  ※ どこの寺も、明治になって大変な思いをした。 光雲寺だって、もっともっと広かった。

庭園は、部屋からも眺められる。

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後ろに、手水鉢がある。
庭の木が育ちすぎて、困らないんだろうか。  きっと、剪定(せんてい)で切り抜けますね。
冬が近づくと、赤い実が目立つ。

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上の写真は、向こうから撮った。
この寺の大事なものが、奥にある、手水鉢。

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朝鮮から持ってきたのを、東福院が寄進したとある。  瑪瑙(めのう)手水鉢。

  ※ これについて、調べてみたけど、書いてあること以上は、分からなかった。
     メノウは宝石。  大黒様の袋に入っている、7つの宝石の1つ。
     巨大なメノウ。  ただものではないことは、確か。

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空まで、美しくしてくれる。   ほめすぎか。

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右奥に、手水鉢があった。   右の写真は、庭の奥への道。

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何に使われる部屋かは、分からない。  庭の整備は、完璧。   準備完了。

s-光雲寺 (33)

仏殿です。  鬼瓦かな。

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庭の中に入ってきた。  7代目小川治兵衛という人が、作ったそう。
デザインするときの、基本の考えがありますね。 

調べてみたら、ただ者ではなかった。
近代日本庭園の先駆者とされる作庭家、だそう。
円山公園のも、大徳寺も、仁和寺も、京都には、彼の庭がいっぱい。 改修を含めて。
   日本最古の紫宸殿が残る、仁和寺 ~京都市~   海が死んでもいいョって鳴いている(森田童子)  他  (2012/6/7)

そして、「東山の借景と、琵琶湖疏水の引き込みを活かした、近代的日本庭園」を作ったことで、有名だそう。(Wikipedia)
光雲寺の庭園は、まさにこれ。 ぴったり。   こんな人。(Wikipedia)

最初から知っていれば、もっと、感動して見たかもしれない。

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これが、琵琶湖疎水の水。    白いサザンカと、右は何だろう。

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天竜寺の庭のように、広い所もある。
でも、庭の魅力は、それだけでは決まらない。

戻っている。   日陰は、苔。

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この蛾(ガ)は、何に化けてるつもりでしょう。   白いサザンカの花びらか。  向こうから来た。

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左の建物から出て、庭を見始めた。   飛び石が、リズムよく並ぶ。

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スタート地点に。   左に、一文字手水鉢が見えている。   これも、貴重。

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大きな宝篋印塔(ほうきょういんとう)。  大乗妙典塔とあった。
大乗妙典(だいじょうみょうてん)という経典には、悟りの道への教えが書いてあるという。

この塔には、どんな意味があるのでしょう。  
この寺で、何かがあった。  苦しみを乗り越えた印か。  それとも、感謝か。

s-光雲寺 (18)

紅葉が、燃えた。   右写真の左に、一文字手水鉢。

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庭を見終わって、仏殿に行った。
お客さんが来ると言うので、時間は短かかったが、仏像を見て、写真を撮らせてもらった。

本尊の釈迦如来像の、両脇の像がよかったでしょうか。
東福門院の像もあった。

何と言っても、誰でもが立ち止ってしまう像があった。
仏像の表情に、人間の表情がプラスされているのか。
聖観音像。  女性の表情。

これは、東福院門の念持仏。
彼女は、つらい時、この仏に手を合わせた。
仏に助けられて、時代を乗り越えた。

写真は、ここにあります。  大きな写真ではないけど。  住職さんのHP。

※ いつの日か、2時間ほどかけて、この仏像の表情を追ってみたい。
   東福門院に見せた表情は、どんなのか。 それが撮りたい。
   隠れて、発見できていない表情が、きっとある。

ここは、大事な客しか通れないのか。   玄関への途中で。

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仏殿です。 この中に、上で見た仏像が。

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光雲寺の開山は、大明国師(だいみょうこくし)。  南禅寺と同じ。
無関普門(むかんふもん)とも、言われる。
調べてみたら、面白いことが。

彼は、1288年(正応元年)、亀山上皇の離宮に出没する妖怪を、降伏(ごうぶく)した。
その功により、南禅寺開山となった。(Wikipedia)     ※ 降伏(ごうぶく)は、祈りで鎮めること。

亀山上皇の離宮は、嵐山の方にあった。  今は、亀山公園。

昔は、妖怪のようなのは、何でもあった。
鬼、天狗、狐、お化け、・・・。
それらが出て、困った。  無関普門は、祈りで鎮めた。   その手柄で、南禅寺、光雲寺を開山。

そうそう、妖怪は、鵺(ぬえ)だったかも知れない。
その鳴き声を、みんな恐れたから。   おびえる心を、さらに震わせる鳴き声。
   竹屋町通を歩く。 幽霊絵馬の革堂(こうどう)。 鵺(ぬえ)退治伝説の、鵺大明神。~京都市~ 他 (2013/6/25)

※ 京都の人たちは分からなかったけど、鳴き声の主は、トラツグミなんですね。
   日光から会津若松に抜ける山の中で、一度聞いた。  一晩中鳴いた。
   これが、鵺の声。   水の音で、聞きにくい。  耳を澄まして。



砂は、掃き清められている。

s-光雲寺 (41)    s-光雲寺 (42)

鐘は、明正天皇の寄進。  明正天皇は、東福門院の、第2皇女。

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仏殿は東福門院の時代に建てられて、340年以上経っているそう。

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美しい庭と、感動的な聖観音像。

今思ったんだけど、聖観音像のうつむき加減な視線の先に、東福門院の顔があった。
お互い見つめ合って、彼女は話しかけた。 心が軽くなる。
そして、静かに手を合わせた。

東福門院になって、写真を撮ればいいのかな。
分かってきましたよ。

忘れていました。  東福門院は、こんな人。(Wikipedia。  光雲寺にあるものです。 見てないけど)
穏やかな表情の中に、意志の強さが見て取れます。

いい一日でした。
光雲寺の住職さん、そして、世話してくれた高松のMさんに感謝です。

 ※ Mさんは、以前、The Wedding の日本語訳をお願いした方です。 
   香川県の観光の情報面で、今もお世話になっています。
     天草キリシタン館。  祇園橋付近、川は血に染まった。~天草市~ The Wedding の日本語訳  他  (2013/2/9)

【仏像の写真の紹介】     掲載していいですよ、となったので紹介。

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【関連ブログ】  江をはじめ、浅井三姉妹が生まれた小谷城 ~長浜市~   他  (2010/12/1)

【今日の歌】  「東福門院和子の涙」という本が出ている。  読んではいない。 
                 ※ 京都の図書館にある。  読んでみたい。
         彼女は朝廷の冷たい仕打ちに耐え忍び、心から笑った日はなかった。(あらすじの一部)
         最初から、「幸せ」はもらえていなかったよう。
         それでも、弱音を吐かなかったというから、強い人。

         ラトビアの国は、神様から「幸せ」だけがもらえていなかった。
         邪魔してたのは、ソ連。
         それでも、1991年に独立する。
            ※ ラトビアは、バルト三国の真ん中の国。(Wikipedia)



※ 上の曲は、ソ連で百万本のバラとなって、日本に入ってきます。
   日本で最初に歌ったのは、下に書いたニーナさん。 NHKのラジオ講座で。
      ニーナさんが歌う 「百万本のバラ」と、「大好きなあなた」 ~稚内市 ロシア料理店 ペチカにて~  他  (2012/8/29) 

【停泊場所】   亀岡市の運動公園駐車場。

【今後の予定】    東山方面に一度だけ。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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再来年の大河ドラマは、真田幸村。(真田丸)
彼の最期は、大阪城の落城の時。

落城の前日、娘と息子を、城から脱出させる。
行先は、伊達政宗の家臣、片倉小十郎。

娘の阿梅(おうめ)は、後に小十郎の息子の重長の妻になる。
息子は、秘密裏に育てられ、真田の血を引き継ぐ。(幕府は最後、秘密はもういいって、認めたよう)

片倉小十郎は、上の戦いの大坂夏の陣に向かう時、愛宕山に寄った。
戦勝祈願。
そして、無事に勝ったので、絵馬を奉納した。

絵馬は、かなり傷んだ状態だが、今も愛宕山にある。
仙台に近い、白石(しろいし)城で、再現した絵馬を見た。
白石城は、小十郎の城。

そんなことで、愛宕山に登ってきた。

      白石城は、木造での復元。  片倉小十郎の妻は、真田幸村の娘、阿梅(おうめ)姫。~白石市~ 他 (2014/10/12)
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

嵯峨嵐山駅から出発。  帰りは、水尾を通って保津峡駅に。  距離は、20㌔弱でしょうか。

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※  足の調子は、すっかり良くなった。 
    右足を骨折したのは、1年前の、11月21日。  大原で。
    ずっと、アキレス腱の辺りが、膨らんで固くなっていた。
    その部分が、小さくなってきたと、はっきり分かったのは、1ヶ月ほど前。

    このままなんだろうかと、ずっと心配していた。
    これで一安心。  今年は、山に十分登れなかった。
    最近は、右足が先に疲れることもない。
    本格的に、また登るぞ~って、気合の入れ直し。
     
    今日の愛宕山(あたごやま)は、標高差800㍍。
    ちょうどいい訓練。

嵯峨野を通って、清滝に向かう。   ※ 清滝は、地名。
少し行って、左に、土佐四天王の像。   右に、少し離れて、落柿舎(らくししゃ)。

左から、吉村寅太郎、武市瑞山(半平太)、龍馬、中岡慎太郎。 
  ※ 今回は、寅太郎と慎太郎の、出生地を紹介。
       四国カルスト、天狗高原。  吉村虎太郎生誕地。  早瀬の一本橋。~津野町~  他  (2014/4/4)
       中岡慎太郎の故郷、北川村を訪ねる。~生家 慎太郎館 遺髪墓地 他~   他  (2011/1/6)

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落柿舎です。   芭蕉が来ていて、ここから清滝に行っている。  「清滝や波に散り込む青松葉」の句を。
左に小さな鳥居。 そこに、有智子内親王(うちこないしんのう)の墓。  人のほめ方がすごい。 そんな漢詩。
    紅葉を求めて、保津峡駅~清滝~鳥居本~嵐山、と歩いてみた。  有智子内親王の漢詩。~京都市~  他  (2012/11/19)

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鳥居本に入ってきた。   重伝建地区。   (京都市には、他に、祇園新橋、三年坂、上加茂の社家町)
ここまで来たら、嵯峨野も静かに。 
右写真、左に上がって、化野(あだしの)念仏寺。
   東風さんと嵐山・嵯峨野を歩く。  化野念仏寺。 ~京都市~  他  (2011/11/25)

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清滝への道。   
右写真は、愛宕山の第1の鳥居。   この辺も、紅葉の見どころスポット。
亀岡から歩いてきたら、ここに出てくる。

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昔の愛宕電鉄のトンネルを抜けたら、清滝のバス停。   坂を下って、渡猿橋(とえんきょう)。

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地図です。

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愛宕山への参詣は、昔の方がにぎやかだった。 清滝の宿も、繁盛した。
名残の集落を過ぎて、第2の鳥居。
登山道入り口。

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愛宕神社は、頂上に。  4.2㌔。  
ニワトリがいた。  小さいのは、イギリス産の、セブライト バンタムという種類。
話しかけたら、逃げなくなった。
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登山道横に、昔のケーブルの跡。 愛宕電鉄。   こんなのが、走っていた。8合目辺りまで。(自分のブログから)  
右の写真の所に、学校があった。   昔は、茶屋などがいっぱい。   観光地。

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ここにも、茶屋があった。

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少し、微笑んでるように見えた。  大きな木があって、ここからの見晴らしがいい。

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保津峡が見える。 奥の鉄橋は、今のJRの。   手前は、トロッコ列車。  
車の橋は、もっと手前。 左の山を越えて、第1の鳥居に出る。  いい散歩道。

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下の小さな山は、百人一首の小倉山でしょうか。 その向こうが、嵯峨野や嵐山か。

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広沢池が見えた。  見えないけど、右手前に、大覚寺がありますね。   この一帯も、歩ける。
   大沢池・名古曽(なこそ)の滝跡から、広沢池へ ~京都市~   モーツァルト、ピアノソナタ第11番 K.331 第1楽章  (2012/6/6)

カワラケ投げのことが。   輪を通すとある。 投げたカワラケが、輪を通ればいいんですね。

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上の写真を撮っていたら、樒(しきみ)を手にした人が、下りてきた。
頂上の愛宕神社で買ってきたもの。  
地元の人。   町内会の係り。   しきみの葉を1枚くべると、その日、火事にならない。
  ※ 花は、こうですね。(Wikipedia)。   これが樒の花と、初めて知った。  たまに見る。
右の人は、左の人を、迎えに来た。

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水尾への分岐点。   水尾分かれ。   左が、水尾へ。   帰り、そっちに。

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少し行くと、花売り場。  昔は、水尾の人が、毎日やってきた。  3㌔の急な登りを。

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登山口から、2時間が過ぎた。

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黒門が見えた。  もう少し。   昔は寺があって、その門。

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近くなったら、雰囲気が変わる。   灯篭があったり、長い石段に。

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最後の鳥居か。

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着きました。

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正面に本殿。   拝殿は?
愛宕太郎坊天狗は、イノシシにまたがる。   イノシシは、愛宕の神の使い。

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本殿は、周りが通路。  後ろの通路に、愛宕太郎坊の絵馬はあった。

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この絵馬を奉納したのは、伊達家の家臣、片倉小十郎。
夏の陣が終わった9日後の、5月24日に。

やっと残っている状態。

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下のは、2分の1のサイズで、本物に忠実に作ったものを、写真に撮ったもの。
本物の下書きが残っているので、それを元に作った。  白石城で撮影。

右のお札は、神社に売っている。  100円。
夏の陣の時、小十郎の兵は、お札を兜に貼って戦った。  写真のように。 

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上の写真と比べながら見ると、この部分だと、分かるでしょうか。

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この後、神社の人が、説明してくれた。
この愛宕太郎坊の絵馬は、復元の計画があるそう。
古い部分はそのままにして、足りない部分を、付け足す。
古い部分を使った時に、初めて復元。

復元したら、その段階で、重要文化財なるという。

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詳しい計画は、下の動画に。
  京都愛宕研究会 「京都から東北へ~愛宕太郎坊に託す想い~」



見たいなと思っていたものを見て、満足。
石段を下って、戻る。   足取りが軽い。

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ここで、水尾に曲がる。   水尾山稜参道とある。  水尾山稜は、清和天皇陵のこと。

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急な下り道が続いた。   石段はない。  3㌔。
40分ほどで、着いた。   柚子(ゆず)が売っていた。

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清和天皇陵は、谷を一度下って、向こうの山を少し登る。
   清和天皇の墓がある、京都の隠れ里、水尾 ~京都市~  ききょうの花(山崎ハコ)  他  (2012/6/25)

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水尾は雰囲気のいい、里山。    右に、柚子がなっている。
保津峡駅まで、3㌔。

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足は快調。   元気に歩いて、着いた。
ちょうど電車が通った。    プラットホームは、橋の上。  両側は、トンネル。
  ※ 珍しい駅ですね。 しかし、日本最強の秘境駅は、トンネルとトンネルの間が、たったの80㍍。
     北海道の室蘭本線に。  近くに、円空が仏像を彫った洞窟も。
         室蘭本線の秘境駅、小幌駅 ~全国秘境駅ランキング、NO.1。 豊浦町~  他  (2011/8/4)

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右は、トロッコ列車の線路。   来ないかな~って待ったけど・・。

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山は、登るだけでいい。  だけど、今回のような楽しみがあると、なおいい。
小十郎の絵馬が残っているなんて、歴史のロマンですね。

大河ドラマ「真田丸」で、小十郎は、誰が演じるでしょう。
そして、阿梅(おうめ)は。

【今日の曲】   Tango Flamenco (ARMIK)



【その他①】   高倉健がなくなりました。   2つ紹介。
   増毛のレトロな町並み。  國稀酒造。  『駅 STATION』、ロケ地。~増毛町~ 他 (2013/8/5)
   幸せの黄色いハンカチ、想い出広場  他 ~夕張市~  他  (2011/8/8) (写真だけ)

【その他②】   子供が助かったニュースです。

maityann111.jpg    maityann222.jpg



※ ずっと昔、名前が同じ読みの、女の子を担任したことがある。  「健康以外はみんな贅沢」、それを知った。
    あれから、17年。(2008年8月2日)

【道の駅】    ガレリアかめおか

【明日の予定】    光雲寺

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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今日も、東風さんご夫妻と、一緒の旅。 
その、最終日。

錦小路、新京極、寺町通、木屋町通、先斗町通を歩いて、祇園新橋へ。
最後は、花見小路通。

主に寄ったところは、和泉式部の誠心院。
信長の、本能寺。
龍馬が住んでいた、酢屋。
悲運の武将、豊臣秀次の瑞泉寺。
祇園は、小路にも入って。
 
 ※ 昨日11月14日の、二条城のブログの最後の方に、追記の文があります。
   龍馬は、頭が良かったのか、どうなのかについて。
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今日歩くところは、京都一番の繁華街。

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地下鉄の四条駅から歩いた。
錦小路に入る。   昔からの、京都の台所。    鯖街道の鯖も、ここに来た。

万願寺とうがらしは、舞鶴市出身の京野菜だそう。  大きくて、種が少ない。

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錦小路の突き当りは、錦天満宮。   小さいけど、好きな神社。
拝殿の中に、狛犬。   そして、本殿。

前の通りが、新京極通。

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新京極通に、和泉式部の寺、誠心院。  

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墓である宝筐院との場所が、変わっていた。   図の場所に、以前はあった。

s-14年11月15日 (6)    s-14年11月15日 (7)

※ 式部より先に、娘の小式部内侍(こしきぶのないし)が先に死ぬ。 強い悲しみ。
     大江山 いく野の道は遠ければ まだふみもみず 天の橋立 ~生野の道、細野峠~   他  (2010/5/18)
     貴船もみじ灯篭。 和泉式部恋の道。  牛若丸 修行の地、鞍馬寺。~京都市~  他  (2012/11/21)

誓願寺。  能の曲目に、誓願寺がある。  この寺のこと。  
和泉式部が上のお墓から、幽霊になって出てくるお話。  見てみたい幽霊。  詳しくは、下に。
     誓願寺と誠心院。  和泉式部縁起絵巻(上・下)~京都市~  他  (2013/4/10)

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東風さんの希望で、本能寺。   信長の墓がある。

s-14年11月15日 (9)    s-14年11月15日 (10)

信長の他に、蘭丸、坊丸、前回のブログの信忠が眠る。

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※ 本能寺の変の時の本能寺は、二条城の下に。  この地図に

高瀬川沿いの木屋町通に来た。  維新の史跡がいっぱい。

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佐久間象山の塾から、松陰ほかいっぱいの門下生。   松陰の塾からも、同じように。

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少し下って、右手に、酢屋(すや)。    龍馬が住んでいたところ。

   ※  ここに来る前、池田屋があったが、寄るのを忘れた。
       新選組が長州藩の志士達を襲った場所。  この報復のように、禁門の変が起きる。
       土方歳三、そして、新選組が一躍名を上げた。

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酢屋の前に花があった。   今日は、旧暦の11月15日。  
龍馬が亡くなった日だった。  命日。  (生まれたのも、11月の15日)
高知県知事と高知市長からの花。

あの日、襲われた瞬間の龍馬に、機関銃で何でも、貸してやりたい。

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別の場所。  この辺りは、武市瑞山と吉村寅太郎が住んだ場所。
 ※ 2人の像は、嵯峨野にある。  これ⇒ 201206250745202faggggg   中岡慎太郎は、龍馬と一緒に襲われた。

s-14年11月15日 (20)

吉村寅太郎。   血気盛んな雰囲気。
天誅組を組織して、幕府と戦った。
負けたけど、戦った意味は大きかった。  幕府の力が大きくないと、世間が知ってしまった。
   天誅組終焉の地、鷲家口(わしかぐち)を訪ねて。  最後のニホンオオカミ。~東吉野村~  他  (2013/4/15)   

s-14年11月15日 (21)    s-14年11月15日 (22)

瑞泉寺。   豊臣秀次の墓がある。

s-14年11月15日 (17)    s-14年11月15日 (18)

秀吉が好きになれない理由が、いくつかある。
この寺で知ることは、その1つ。

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秀吉に子がいなかった。   跡継ぎにと、姉の子を養子にした。   それが秀次。
淀殿が秀頼を生んでから、邪魔になった。   難癖をつけて、殺した。

秀次と妻や子供たちの墓。

s-14年11月15日 (23)    s-14年11月15日 (24)

取り巻きの女性もみんな殺された。
彼は、高野山へ。  今の、金剛峰寺に送られた。   切腹の間が残っている。
   高野山真言宗の総本山、金剛峯寺 ~高野町~  君と淋しい風になる(森田童子)  他  (2012/6/9)

s-14年11月15日 (25)    s-14年11月15日 (26)

江(ごう)の2番目の夫は、秀次の弟。
その時の子が、完子(さだこ)。(昨日のブログに)
この時期は、どこにいたかだけど、亀山城だった。   知らなかった。   すぐ近く。

s-14年11月15日 (27)    s-14年11月15日 (47)

この後は、先斗町(ぽんとちょう)に。

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ここは、花街。   芸者遊びができる。   一見(いちげん)さんはダメ。  
数万円では無理なよう。   芸者さんを見て料理を食べるなら、1万円ほどのツアーが便利。

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店の途切れたところから、鴨川が見えた。

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寒かったので、近くのデパートを見て、少し休憩。

四条大橋を渡ると、南座。

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ここは、祇園新橋。   重伝建地区。   白川が流れる。

s-14年11月15日 (33)

「命短し 恋せよ乙女」と歌った、吉井勇の碑がある。

s-14年11月15日 (34)    s-14年11月15日 (35)

※ 彼の最初の妻は、こんな家系の人。   事件があって、別れる。   そして、四国の山の中に隠棲。
  戻ってきて、新しい人と一緒に、京都に。   祇園を愛した。
    轟の滝は、落差80㍍、3段の滝。  吉井勇はなぜ、この地、猪野々に隠棲を。~香美市~ 他 (2014/4/7)



橋近辺が、一番いい風景。

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橋のたもとにある、お店。   東風さんと、あそこで飲みたいねって。

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着物姿の人に、時々出会う。

s-14年11月15日 (40)    s-14年11月15日 (41)

少し歩いて、祇園の花見小路。   舞妓さんには、会わなかった。

s-14年11月15日 (42)

ここは、祇園甲部歌舞練場。
キンキキッズの堂本剛です。  大喜利ではない、小喜利とか、そんなの。 
中身の動画はネットにないので、彼の歌を。   青の時代。   左が、彼。

s-14年11月15日 (43)  

小路を歩いた。   紅葉の夜のライトアップが、始まっている。
高台寺より、永観堂がいいですね。
   永観堂は、古くより、「秋はもみじの永観堂」といわれていた。  東山を少し。~京都市~  他  (2013/11/19)

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あっちこっちの小路を歩いて、地下鉄で、京都駅に戻った。

s-14年11月15日 (46)

今日のコースは、何度も歩いたところ。
でも、歩くたびに、新しいものが見つかる。

京都の紅葉は、見頃ですよっていう所が、あちこちに。
今週末、来週末は、京都は人でいっぱい。

【今日の歌】   Hasta Siempre(アスタ・シエンプレ) 
             ※ 永遠の別れの際に、「ごきげんよう」の意味で使われる表現だそう。
                この曲は、チェ・ゲバラを讃えた曲。

            チェ・ゲバラは、坂本龍馬を知っていました。
            尊敬していたという話も、あります。
            龍馬が亡くなった60年後に生まれています。
            数年前、チェの映画がありましたね。

            2人の共通点は、世の中を変えたこと。
            そして、誰にも、好かれていること。                         
          
左には、歌詞の日本語訳が。    右は、今までに何度も載せたことのある、動画です。

  

【道の駅】    ガレリアかめおか

【今後の予定】   20日に、光雲寺です。    
            19日は、愛宕山かな。   気になる絵馬があるので。

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大政奉還があって、江戸幕府が終わると決まった。

その時を一番待っていたのは、坂本龍馬かも知れない。
龍馬は、ぎりぎり、見届けることが出来た。 (その時、京都のどこかにいたらしい)

しかし、1ヶ月後に、襲われる。   31歳までの命。
脱藩して、5年が経っていた。  
    (明日は11月15日。 龍馬が住んだ、酢屋に行く。 あっ!って、気づかされることに)

今日は、東風さんご夫妻の希望で、二条城に行った。
大政奉還は、1867年に、二の丸御殿で行われた。
国宝の建物。

京都御所も歩いた。
九条家の邸宅は壊されたが、茶室が残っている。
そこを見学した。  よかった。

    九条家には、江(ごう)の娘の、完子(さだこ)が嫁いでいる。  
    二代将軍、徳川秀忠に嫁ぐ前の子供。   末裔(まつえい)が、大正天皇に嫁ぐ。

    なお、秀忠との間の一番下の和子(まさこ)は、後水尾天皇の中宮(皇后)に。
    明正天皇の生母となる。 (明正天皇は女帝で、生涯独身)
       ※ 江の娘は、2人が、天皇家と関わることになる。
       ※ 女帝で独身の事情については、下のブログに。
           宇治を歩く。  興聖寺。  宇治上神社。  三室戸寺。  宇治十帖。~宇治市~  他  (2014/4/26)

    東福門院 和子となり、菩提寺は、南禅寺の塔頭(たっちゅう)、光雲寺。
    光雲寺は、彼女の寺。
    このことは、最近知った。

    光雲寺は、来週のどこかで、拝観できそう。 
    秋の拝観の時間帯でない時間にお邪魔して、写真を撮らせていただけることに。
    そのように手配してくれたのは、高松のMさん。
    楽しみです。
      ※ 追記  今週の20日の14時からの見学になりました。
              次の日から、一般公開。  前日です。  仏像も、撮らせていただけることに。
              ブログに載せられるかは、住職さんにお会いしてからです。
  ※    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

東風さんご夫妻と、3人で動く。
亀岡駅から二条駅まで電車。    そして、歩く。
二条城を見て、京都御所に行く。

tizu1114.jpg

陽が当たると暖かい、日陰は寒い。   そんな天気。
途中に、神泉苑(しんせんえん)。   お寺。   平安の昔は、天皇の庭だった。   
南北にもっともっと広くに。

  ※ 神泉苑の北に、平安京の、天皇たちがいた大内裏(だいだいり)があった。  このように

ss-14年11月14日 (1)    ss-14年11月14日 (2)

二条通。  左に、二条城。   入り口は、東側(むこう)に。

ss-14年11月14日 (3)

こんなお菓子が。    泥棒してでも食べたい。  それだけ美味しいそう。

ss-14年11月14日 (4)    ss-14年11月14日 (44)

東大手門から入る。  600円。   修学旅行生。

ss-14年11月14日 (74)

今の二条城は、江戸時代に入って造られた。

14年11月14日 (73)    ss-14年11月14日 (5)

唐門をくぐって、二の丸御殿に。

ss-14年11月14日 (6)

日光東照宮の豪華さに、似ている。

ss-14年11月14日 (45)    ss-14年11月14日 (46)      ss-14年11月14日 (54)    ss-14年11月14日 (55)

二条城は、城と言っても、山の上にない。  
石垣と堀を見なければ、寺に来たイメージ。

二の丸御殿。
元々の本丸御殿は焼けたので、これが、中心の建物。   国宝。

ss-14年11月14日 (7)

中の写真は、撮れない。   龍馬の夢は、二の丸御殿の大広間で、叶った。   内部の写真は、ここに

圧倒される、広さ、天井の高さ、柱の太さ、欄間(らんま)・襖(ふすま)絵の豪華さ。

ss-14年11月14日 (8)    553px-Taisehokan.jpg

二の丸庭園。

ss-14年11月14日 (10)    ss-14年11月14日 (11)

さっき見た神泉苑は、この辺りまであった。   両方に池。  この一帯には、水源があるんですね。

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本丸の方に来た。
今の、本丸御殿。   元々のは、落雷で焼けた。
   ※  これは、京都御所にあった旧桂宮邸を、明治時代に移築したもの。
       皇女和宮が、嫁ぐ前、住んでいたそう。

東風さんが、屋根がまるいと言った。   確かに、曲線。

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天守のあったところに、上がった。   正面に、さっき見た本丸御殿。

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本丸を囲む、内側の堀。   外側にもある。

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本丸御殿への入り口。

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曲がっている板や梁(はり)は、曲げたのか、曲線で切ったのか。

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本丸から出る。   石垣が大きい。   出て、橋を渡る。

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橋の上から。    さっきいた、天守のあったところ。   
右の天守があった。   貫禄が、足りないような。(写真は、Wikipedia)

ss-14年11月14日 (19)    800px-Nijo_Castle_6.jpg

向こうから来た。   子供が、橋から身を乗り出した。   お母さんが、危ないよって注意。
もし落ちたら、助けられるだろうかって、方法を考えていた。
後で気づくが、写真の少し左に、ロープの付いた浮き輪があった。

ss-14年11月14日 (20)

古い石垣だという。
先日のブログに書いたけど、本能寺の変の時、信長の長男の信忠は、妙覚寺から二条城に来た。
光秀軍に敵わぬと考え、自刃した。

その時、元々の二条城は、焼けてしまった。  古い二条城の石垣が、これだそう。

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さっき渡った橋。

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香雲亭。   花嫁さんがいた。   この辺りは、新しい庭。  

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イチョウの木。

ss-14年11月14日 (59)    ss-14年11月14日 (60)

御所に向かった。
ここは、御所の南側。      ※ 正確には、京都御苑(ぎょえん)の中に、御所がある。  

ss-14年11月14日 (24)    14年11月14日 (71)

旧九条家遺構、拾翠亭(しょうすいてい)。   100円で見学できる。

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九条家の離れとして、使われた。   茶室にも。   江戸時代の後期の建物。
後で、橋を渡る。

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暖かい日に、のんびり座っていたい。

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さっき見た二条城の、今はない建物で、大正天皇の即位の饗宴が、行われた。
その大正天皇に嫁いだのが、九条節子(くじょう さだこ)。  こんな人。(Wikipedia) 
江の娘の完子(さだこ)から、7代目くらい。

ss-14年11月14日 (52)

外から撮影。   紅葉は、だんだんよくなっている。
右の写真、水面(みなも)が赤く染まった。   下の歌を思い出す。
     「ちはやぶる 神世も聞かず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 」
           奈良斑鳩の里 ~法隆寺・竜田川~    他  (2009/11/26)

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拾翠亭から見えた橋の上に。  遠くに、御所の建物。

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※ 上の左の写真。   はしの少し向こうに、以前は、鷹司(たかつかさ)邸があった。
   禁門の変の時、久坂玄瑞(くさかげんずい)は、鷹司邸の中で命を断つ。
   彼の妻が、来年の大河ドラマの主人公、文(ふみ)。   井上真央が演じる。

   久坂玄瑞は、禁門の変では、指導的立場。
   長州藩は負けたけど、態勢の立て直し。
   龍馬が、長州藩と薩摩藩を結びつける。

   禁門の変の3年後、大政奉還。
   幕末の歴史が違っていれば、明治の始まる時期だって、別だったでしょうね。
   
橋の下に、厳島神社。

ss-14年11月14日 (36)

清盛の母も、祀られている。  

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下立売御門。  しもだちうりごもん。

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ここの敷地内に、私塾「立命館」を作ったとある。   立命館大学のスタート。  

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塀の中が、本当の御所。
少し先の角を右に見たら、大文字が見えた。
   「五山送り火」の大文字山に登る。 ~京都市~  他  (2011/11/30)
  
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蛤御門。   禁門の変で、一番戦いの激しかった場所。

ss-14年11月14日 (69)

門には、鉄砲の弾の跡が、いたるところに。

ss-14年11月14日 (41)    ss-14年11月14日 (42)

北に向かって歩いた。   御所内の見学には、手続きがいる。   難しくはない。   宮内庁は、すぐそば。
この後、地下鉄に乗る。

ss-14年11月14日 (43)   

二条城では、徳川幕府の力を見せつけられた。
ほんの少し前まで、今とは、全く違う時代だった。
貧しくても、平和だったかも。
   (明治に入って、新しい時代。 戦争の時代の始まり。 龍馬の願いとは、違う)

御所は広すぎて、全体は歩けなかった。
あの場所で、天皇や公家が生活していた。

いつもは1人旅。  
今日は3人。   にぎやかでした。

【今日の歌】  鞆の浦(とものうら)慕情 
            ※ 大政奉還、また、龍馬が亡くなる年の、1867年の5月。
               鞆の浦沖で、いろは丸が沈没。 
               紀州藩の船とぶつかった。
               いろは丸は、龍馬が大洲(おおず)藩から借りていた。
               龍馬は、相手の船に乗り移って、助かる。
               鞆の浦で、賠償交渉。
               龍馬は賢い。 秋遅くに、今のお金で、40億円ほど紀州藩からもらう。
               お金をもらった8日後に、龍馬は殺される。

           鞆の浦の港町めぐり ~龍馬がやって来ていた。 福山市~  他  (2011/12/15)



※ 追記 余談 上に龍馬は賢いと書いた。  本当に、頭が良かったのかというと、良かった。
        勉強したら、きっと、東大に合格できる頭。
        証拠は、龍馬の姉の孫に、坂本直道がいる。
        私の故郷の、旭川で育っている。
        この人は東大に行っている。
        それなりに出世して、昭和16年に、外相の松岡洋右に、開戦の反対を申し入れている。
        龍馬の血を引き継いでいる。
        姉の千鶴の子孫が、北海道に渡った。
        龍馬の夢を、受け継いで。   詳しくは下に。

       龍馬の夢は、本当に北海道開拓だったのか。  姉の子が、浦臼に。~浦臼町~ 他 (2914/8/7)      

【停泊場所】   亀岡市の運動公園駐車場。   2台並んで。   晩にはお酒。  楽しい。

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【明日の予定】     新京極、祇園、その辺り。

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飛鳥美人は、みな、ふっくら。
墓の内部に描いた壁画が、今の時代に残った。
奈良時代前の、墓。

巨石で作られた、石舞台古墳。
機械のない時代に、どうやって造ったんだ? って思う。
ところが、説明を見たら、なるほどってなる。
昔の人は、賢かった。

東風さんご夫妻と、飛鳥の里を歩いた。
日本の文化は、この地方から始まったかも知れない。
そんな、歴史の里。
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明日香村は、奈良市の30㌔ほど南に。  上のあかまるは、2回目に車を置いた場所。

yidu1113.jpg     tizu2224.jpg

邪馬台国の場所の論争が続いているが、今日の場所の、10㌔ほど北の、三輪山辺りが有力になっている。
飛鳥(あすか)地方は、古くから、文化が芽生えていた。

ここは、高松塚壁画館。  複製したものが、展示されていた。

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高松塚古墳の中の様子。  ※ 写真は、関係する機関のHPからお借り。

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40年ほど前に見つかった。   中の状態は、急速に悪くなっているよう。  
それに対応するニュースが、以前にあった。

飛鳥の里は、こう。   高松塚古墳に向かっている。

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左向こうから来た。   大きな古墳ではない。   
絵が残っていたのが、不思議。   

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説明には、石室は別の場所にある、とある。   劣化が激しいんですね。

s-14年11月13日 (4)    s-14年11月13日 (5)

保存館の中の絵は、美しく複製していた。   こんな感じだったかな

ふっくらしてるのは、いい生活をしている証なんだろうか。
庶民は、食べるのがやっとで、痩せていたのか。

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何気ない通りがいい。  石舞台に行く。

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壁に何かを張っている。

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お花の草月流の人たちの、作品。    土曜日からのイベントの準備。

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着きました。   石舞台は、ずっと行った右に。

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ここです。   竹のオブジェがある。   これも、草月流の作品。
石室の中の土は、後で、取り出す。  なるほど、ですね。

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古墳の中の、石室が残った。 

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上のように作ったとしても、石を動かすのは、大変。

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立派な墓を作ると、あの世での幸せが約束されるのか。

s-14年11月13日 (37)    s-14年11月13日 (19)

こんなことを、やろうとしている。

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戻ってきた。

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犬養孝という人は、万葉集研究に生涯をささげた人だそう。
車庫の奥に、石仏。    趣味なんだろうか。

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やきもちだんごって、どんな団子なんだろうって、思った。
真ん中に、点があるので、焼き餅と団子が売ってるのかな。

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※ 焼き餅を焼く。  嫉妬(しっと)でも、使う。   不思議な表現。   嫉妬するのは、妬(や)くですね。
  遊びで、餅をくっつけた。

※ 焼き餅は、焼いた餅。   焼かさっている。  焼き餅を焼くは、2回焼いている。
  でも、他にもありますね。  こういう言い方は、あるのか。
  ご飯を炊く。   湯を沸かす。  など。
   
丘に上に、酒船石。   何に使ったか、分からない。   

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神事に使ったかもしれない。

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サトイモの葉っぱは大きいけど、イモは小さい。   美味しい。  煮ものでは、選んで食べたくなる。
冬は、もうそこまで来ている。

s-14年11月13日 (39)    s-14年11月13日 (40)

飛鳥寺。   行かなかった。    適当な道を通って、車を置いた場所に。

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目を楽しませてくれる。

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東風さんの車の屋根が見える。   地場産物の店があって、少し買った。

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東風さんたちと、ああだこうだ言いながら見学。
楽しい。   
晩はお酒で、いそがしい。

飛鳥は明日香とも書く。
懐かしい風景が、時代の流れに、置いていかれてるように見えた。
それが、いいなって。

明日の早朝に、京都に戻ります。

【今日の歌】 森田童子 ぼくと観光バスに乗ってみませんか   編曲は、石川鷹彦。  右の動画の人。

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【道の駅】   吉野路大淀iセンター

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【明日の予定】     二条城と京都御所の見学

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明智光秀の一軍は、前日の晩、亀山城を出た。
13000の兵は、3軍に分かれて、山を越えた。
次の日の朝、桂川付近で、合流。

光秀は、全軍に叫んだ。
「敵は、本能寺にあり」  1582年6月21日のこと。

あるえらい坊さんが、仲間を連れて、出雲大神宮にやってきた。
お参りしようとしたら、狛犬(こまいぬ)が背中を向け合って座っていた。

その坊さん、 これには、きっと深い訳がある、と感動する。
一緒に来た人にも、そう説明して、はらはらと涙まで流す。

神社の人に説明してもらった。
そうしたら、これは、子供のいたずらで、まったく困ったもんだ,、と言う。
えらい坊さん、立場が無くなった。

徒然草に出てくる話。
この舞台が、今日の神社。  紅葉が、始まっていた。
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亀山城跡は、亀岡市にある。
 ※ 亀岡の町は、昔は亀山だった。   伊勢の方にも亀山があるので、亀岡にした。

tizu1121.jpg

駅から歩いて、6~7分。

宗教法人に売ったので、今は、城跡全体が、市のものでない。
先日の小浜城と同じで、明治時代には、大事にされなかった。

石垣と、堀が残っている。   一部、歩くことは出来る。

14年11月 12日pp    14年11月12日 (35)

亀岡市は、明智光秀で、町おこしをしている。
先人は、もったいないことをした。

拝殿の後ろに、城跡。

14年11月12日 (26)

イチョウは、一足早く、葉を落とすんですね。

14年11月12日 (27)    14年11月12日 (28)

うっすらと、紅葉が。

14年11月12日 (1)

拝殿の横から、石垣の方へ。

14年11月12日 (2)    14年11月12日 (3)

このように、整備されている。

14年11月12日 (4)

奥にイチョウの木が見える。   明智光秀が植えたとされる木の、2代目。    この町では、有名。

14年11月12日 (29)yyy    14年11月12日 (30)

ここが市民のものだったら、天守の復元とか、いろいろできる。

14年11月12日 (31)    14年11月12日 (32)

上の右の写真の、右に見える石段を上がると、下の写真の場所に。
天守があった場所には、行けない。

1582年6月21日の前日の夕刻、光秀は、ここから出発。
老(おい)の坂など、3つのルートで。
光秀は、一番北のコース。
   亀岡市から、明智越を通って、水尾へ。  保津川沿いの風景。~亀岡市~  他  (2014/4/27)

14年11月12日 (33)

小さな神社があって、木の鳥居。
京都の嵯峨野に、木の鳥居で知られた神社がある。 野宮神社。 それと、同じ。
   嵐山の保津川沿いを歩く。  野宮神社 ~京都市~  Che Sera(Jose Feliciano)  他  (2012/6/1)

14年11月12日 (34)    14年11月12日 (5)

この後、出雲大神宮に向かう。   車で、10分ほど。

tizu2234.jpg

出雲大神宮。

島根県にある出雲大社は、江戸時代まで、杵築大社(きづきたいしゃ)と言っていた。
その時、こっちは、出雲神社。

今は、出雲神社(大社)と言えば、向こうになった。  
神社は、こっちが先と、今も思っている。  向こうの霊は、こっちのを分けたのが行ってると。(分霊)

14年11月12日 (6)    14年11月12日 (38)

紅葉が始まっている。

14年11月12日 (7)

狛犬がある。   最初に書いたのを、もう一度。

   あるえらい坊さんが、仲間を連れて、出雲大神宮にやってきた。
   お参りしようとしたら、狛犬(こまいぬ)が背中を向け合って座っていた。

   その坊さん、 これには、きっと深い訳がある、と感動する。
   一緒に来た人にも、そう説明して、はらはらと涙まで流す。

   神社の人に説明してもらった。
   そうしたら、これは、子供のいたずらで、まったく困ったもんだ,、と言う。
   えらい坊さん、立場が無くなった。

徒然草に出てくる話で、割と有名。
今のこの狛犬なら、動かせない。
当時は、木の狛犬だったよう。
   日本最古の紫宸殿が残る、仁和寺 ~京都市~   海が死んでもいいョって鳴いている(森田童子)  他  (2012/6/7)

14年11月12日 (37)

内容が分かって読むと、何となく意味が分かるでしょうか。

14年11月12日 (25)    s-14年11月12日 (18)

神社や寺には、時々、船の形をした岩がある。   龍安寺にもあったかな。

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拝殿の後ろの、本殿の方の紅葉がいいので、そっちに。   ここも、イチョウは散った。

s-14年11月12日 (10)

期待できますよ。

s-14年11月12日 (11)

色がはっきりしている。  重要文化財の、本殿の赤もいい。
広角レンズで撮った写真です。 広がりを感じさせてくれるので、面白い。

s-14年11月12日 (12)    s-14年11月12日 (13)

今回は、広角で撮る方が味があるということを、知ったでしょうか。  いい一日でした。

s-14年11月12日 (14)

本殿の裏の山は、古墳になっている。   行けない。

s-14年11月12日 (15)    s-14年11月12日 (16)

ここから6枚の写真は、望遠です。  

s-14年11月12日 (19)    s-14年11月12日 (20)

部分にも、美しい所がありますね。

s-14年11月12日 (21)    s-14年11月12日 (22)

1枚の写真に、何色か入ってくると、写真は面白くなるでしょうか。

s-14年11月12日 (23)    s-14年11月12日 (24)

出口の所に、遊びのハート。  飴を売ってる女性の方が、やった。  いいですね。

s-14年11月12日 (17)

こんな飴の名前。  のど飴と、いちご飴がいいかな。   かぼす飴の意味が、分からない。
漬物を買って、ポリポリ食べた。  ゆず大根。   100円。 

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こんな風景。   ここは、丹波の最南端。   遠い昔は、湖だったよう。   丹(あか)い波があった。
古くからの道は、山沿いに。   その道が、この道。    
道沿いに、寺や神社がいっぱい。

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今日は、明智光秀の城と、亀岡の紅葉を見ました。
紅葉の撮り方を、少しだけ、勉強しました。
広角と望遠が面白いと。

【今日の歌】   いつも通るこの道



【道の駅】    ガレリア亀岡

【今後の予定】    奈良に行きます。   東風さんがやってくる。   飛鳥かな。

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五番町夕霧楼の中に登場する、夕霧楼の場所を知りたい。
人に聞いて、やっと、五番町にたどり着いた。

道の角に、立ち話をしている、2人の女性がいた。
夕霧楼のことを、訊(たず)ねたけど、分からない。
何せ、お話の世界。

でも、次の日調べて、分かった。
私は、その時、夕霧楼の前に、立っていた。

   ※ この場所は、地図には、ネット上にない。
      調べるのに時間がかかった。        
      場所のヒントは、五番町夕霧楼の文にあって、それに気付いた人がいた。

最近のブログに2回登場した、妙覚寺。
本能寺の変の時、信長の弟の、信忠がいた寺。
場所は移っていたけど、行ってみた。 (元の場所も、分かった)

五番町夕霧楼を書いたのは、水上勉。
彼が9歳の時、家を出されて行った寺が、瑞春院。
そこにも。

今日は、五番町、妙覚寺、瑞春院と歩いた。
途中、面白いものに、いくつか出会って。
五色八重散椿とか。

うれしいことが1つ。
ヨドバシカメラで、写真の容量を一括縮小するソフトを、見つけた。
時間にして20分ほど、助かる。
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五番町の少し上に、北野天満宮。
ここへの参拝客を相手に、五番町は、遊郭の街として発展する。

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五番町を歩いて、北野天満宮へ。   そして、右の方へ。

14年11月10日 (59)

亀岡から円町まで、電車。   歩き出した。   適当な道。

椿寺があった。   五色八重散椿、とある。
椿は普通、花ごと、ポトンと落ちる。  首が落ちるみたいで、武士は嫌った。
ここのは、散り椿とあって、サザンカのように、花びらが散る。

14年11月10日 (1)    14年11月10日 (2)

他に、一色でないという。
正面右が、椿の木。

このように咲く。  写真は、フリー素材と、京都観光ナビから。
この寺のは、こんな椿の、代表のよう。   

14年11月10日 (3)    14年11月10日 (60)    14年11月10日 (63)

※ 1本の木に、赤と白の花は、たまに見る。  絞り染めのような花も、見る。
   散り椿は、はじめて。  園芸品種では、あるよう。

五番町に、近づいている。  この場所は、以前通った。
恵林寺の至宝は、花園大学で見られると。   歴史博物館で。
この絵は、以前見ている。  写真は撮れなかった。   人物は、武田氏の家臣、秋山信友。
   武田信玄の菩提寺、恵林寺  武田氏と縁の深い雲峰寺 ~甲州市~  他  (2011/11/1)

14年11月10日 (4)    14年11月10日 (5)

五番町の場所は、こうだった。
だから、歩いていて、どこからどこまでが五番町なのかが、分からなかった。
横100㍍。  たて、200㍍。   せまい。  古い家並み。

14年11月10日 (58)    14年11月10日 (6)    14年11月10日 (7)

昔の名残のような建物が、2~3軒。
水上勉の「五番町夕霧楼」の夕霧楼は、どこだったのか。

架空の遊郭だから、どこにも無いかも知れない。
知りたいのは、水上勉が、どの場所に設定して書いたか。

5人ほどに聞いたが、分からない。  当たり前か。

14年11月10日 (8)    14年11月10日 (9)

上の右の写真の、向こうに行くと、千本通。   向こうからこっちを撮ると、下の写真。
後で調べて分かったが、水上勉は、赤〇の場所に、夕霧楼を設定していた。
正面には、地図にある、千本日活。   500円で、成人映画。 (写真は、ネットからお借り)

sennbonnnikkatuaaaa.jpg

※ どうして、その場所と分かるのか。
   五番町夕霧楼の文に、下のがある。  

   「夕霧楼は、千本通りからわずかに入った角の地に建っていたが、その建物はずいぶん古びていた」

   「そのよく朝、まだ妓が起きない時刻に、かつ枝は急に思いついたように、茶羽織をひっかけて表へ出ていった。
    かつ枝は、同じような妓楼の建物が両側にならんでいる、人影まばらな通りを左に折れて、電車通りへ出た
    千本通りだった」
         〔新潮文庫〕p.23, 69)

上の文に合う場所は、決まってくる。  地図に書いた場所。  写真の、赤〇の所。
入り口は、千本日活の方に向いてあった。

※ 上のことを教えてくれたのは、泰東庵というサイトの、 夕子の歩いた道を辿る(6) ’13. 4.28、の記事でした。感謝。

最後に、2人連れの人に聞いて、少し立ち話をしたのは、少し行った、左の角。
この一帯は、五番町の中心。

歩いた時は分からなかったので、あきらめて、歩き出した。

中立売通に、下の説明があった。   〇の辺りが、五番町。
右下の遊郭の写真は、石梅楼。  五番町にあった。  
水上勉は、夕霧楼のイメージを作るとき、参考にした。

14年11月10日 (10)tttt   14年11月10日 (11)

10分ほど歩いて、北野天満宮。   

14年11月10日 (12)    14年11月10日 (13)

平安時代の初め、菅原道真を、太宰府に流した。  追放した。
都では、落雷など、崇(たた)りが続いた。
これは大変と、神社を作って、道真を祀った。   それが、この神社。

DSCF8287ppp    14年11月10日 (14)

立派な絵馬殿。   
絵の男は、日野邦光。   初めて知る。  この絵は、若い時で、阿新(くまわか)。
   ※  父の資朝は後醍醐天皇に仕える。
      天皇の討幕計画が分かり、一緒に、佐渡へ流される。(正中の変)。
      子の阿新は、父に会うため佐渡に向かいう。
      父はある男に斬られる。  復讐を果たして逃げる。
      島から出る時、船を引き戻す。    絵馬は、その場面。
      この話は、太平記にあるそう。

三十六歌仙。  2人紹介。

小野小町    「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」 (これは、百人一首にも)
小大君(こおおきみ)  「岩橋の夜の契りもたえぬべし明くるわびしき葛城かづらきの神」
                  【通釈】 久米路の石橋の工事が中途で終わったように、あなたとの仲も
                       途絶えてしまいそうです。 夜が明けるのがつらいことです。
                       葛城の一言主の神のように見目を恥じる私は。(千人万首より)

14年11月10日 (15)    14年11月10日 (17)    14年11月10日 (16)

正面は、三光門。   星欠けの三光門とある。   初めて知った。
星は、北極星があるので、彫らなかったそう。   右の写真の中央辺りに、三日月。

14年11月10日 (19)    14年11月10日 (64)    14年11月10日 (21)

拝殿。   灯篭が目につく。    山鹿灯篭も、こんな感じ。
   明治からの芝居小屋、八千代座。  金・銀の紙だけで作られる、山鹿灯篭。~山鹿市~  他  (2013/1/12)

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拝殿の裏の方。

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上七軒の上の方を歩き出した。  千本釈迦堂。     

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本堂が、国宝。   鎌倉時代。  京都には、中世の建物は少ないそう。    戦乱で焼けた。

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千本通りに、出てきた。

14年11月10日 (28)

釘抜(くぎぬき)地蔵。  もともとは、苦抜地蔵。   苦しみから、救ってくれる。
 ※ 苦しみがあっても、それが人生と割り切ったら、少しは楽か。 それでも、苦しみはいやだな。

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本堂と、裏にあるお堂。

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知らない道を通って、妙覚寺に向かう。    瓦と土の塀。

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ずっと奥まで、土間の通路。  ある会社。   右は、小路。

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広い、堀川通に出た。   横切って。

14年11月10日 (37)

宝鏡寺。  開放は、春と秋の、人形展の時だけ。

ここは、大原の記事で書いた、門跡寺院。   それも、尼門跡。
尼になった皇女に、御所から人形が贈られた。
寺に入ったら、結婚できない。  そのことと寺での生活を察して、贈ったのか。
  ※ 右のような人形。 品がある。 人形①⇒as.jpg 人形②⇒bs.jpg   HPの絵ハガキから。

14年11月10日 (53)    14年11月10日 (38)

何気なく通る道が、こう。

14年11月10日 (39)

妙覚寺に着いた。  本堂は、修理中。   この門は、聚楽第の裏門を移築したとある。

14年11月10日 (54)    14年11月10日 (40)

※ 上の説明に、2条にあったとありますね。  最初の地図を、もう一度。   確かに、2条ですね。
  元の本能寺が、直ぐ下に。
  
  本能寺の変の時、信長は本能寺に、長男の信忠は、妙覚寺に。  助けられなかった。
  なお、明智光秀は、下の方から攻めてきた。  13000の兵で。  信長は、100程。
  こんな絵がある。(Wikipedia) 左に、森蘭丸。 彼も、討死。

14年11月10日 (59)

※ 右のブログの時、元の本能寺に行っている。  亀山城から本能寺まで ~京都市~  他  (2011/11/29)
※ 森蘭丸については、下のに。 
      森蘭丸、坊丸たちが生まれた、美濃金山城。  可成寺。  兼山湊跡。~可児市~  他  (2014/5/14)
※ 大徳寺の唐門は、こんなの。(2011年)  西本願寺の飛雲閣は、撮影してない。

御霊(ごりょう)神社。   歩いた道では、ここが一番、右上(地図で)。
応仁の乱は、ここから始まった。
山名宗全の西軍が敷いた陣地は、西陣と呼ばれる。   ここより、1㌔ほど、南西。

人の世むなし応仁の乱で、1467年からでしたね。
戦国時代の幕開け。  100年後には、テレビドラマの戦国時代。  信長や秀吉たち。

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中を少しだけ。  能舞台かな。

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菊の花。   右は、絵馬殿か。

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相国寺に入ってきた。   両側には、小さな寺。   付属する寺で、塔頭(たっちゅう)。
金閣寺も、銀閣寺も、この寺の塔頭。
水上勉が9歳で修業に入った、瑞春院も、ここの塔頭。   この後行く。

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禅宗だから、本堂と呼ばないで、法堂(はっとう)ですね。
法堂を過ぎて、右に曲がった。   この道の、右手に、瑞春院。

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瑞春院。   子供の水上勉は、どんな生活を送ったのでしょう。  本名は、みずかみ。  ペンネームは、どっちでも。
きびしかったよう。  17歳で、脱走。
なお、彼が「雁(がん)の寺」を書いてから、ここは、雁の寺と呼ばれるようになった。(昔、読んだ。)

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この後、近くから地下鉄に乗った。
駅裏のイオンにある、モンベルに行った。  考えていたものは、なかった。
駅前のヨドバシカメラで、画像縮小のソフトを見つけた。 探していた。
いっぺんに、何十枚でもできる。   これから、助かる。
  ※ ウインドウズの8.1で使えるとは、書いてなかった。
     勝負って買ってみた。  使えた。
途中で、ラーメン食べたと思っている人がいると思います。
食べてません。  ・・・。  うそ、食べました。  第一旭たかばし本店で。 これ⇒ra0menn.jpg    他のたかばしは、味が違う。

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最近の記事に、五番町夕霧楼、、瑞春院、妙覚寺が、出てきた。  書いた。
忘れないうちに、行っておこうと、今日歩いた。

京都は、何気ない道に、見どころがある。 あった。
 
 ※ 妙覚寺は、下の2つのブログに。
     武生(たけふ)の町を歩く。  ちひろの生まれた家 記念館。 蔵の辻。 寺町通り、他。~越前市~ 他 (2014/10/30) 
     京の食文化を担った、鯖街道。  京極高次(お初)の小浜城跡。~小浜市~ 他 (2014/11/2)
 ※ 五番町夕霧楼は、下のに。
     水上勉の生家跡の位置を、はっきりさせる。  若州一滴文庫。  はなれ瞽女(ごぜ)おりん。~おおい町~ 他 (2014/11/6)

【今日の歌】  久しぶりに。 ショスタコービッチのセカンドワルツ。   ロシアンワルツとも。
         2つは、同じ演奏かな。

  

【道の駅】    ガレリア亀岡

tizu2243.jpg

【今後の予定】    少しだけ、奈良方面に。   東風さんが来る。   また、京都に戻る。

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2014年11月30日 (日)
討幕運動の中心、長州藩の本拠地の萩を歩く。 木戸孝允旧宅、他。~萩市~ 他 (2014/11/28)
2014年11月26日 (水)
光雲寺 聖観音像は、やはり美しかった。  哲学の道、永観堂の紅葉、他。~京都市~ 他 (2014/11/25)
2014年11月24日 (月)
西光寺の境内は、紅葉で赤く染まっていた。  本堂の造りの特徴を学ぶ。~南丹市~ 他 (2014/11/23)
2014年11月22日 (土)
南禅寺塔頭、光雲寺の庭。  江(ごう)の5女、東福門院和子(まさこ)の菩提寺。~京都市~ 他 (2014/11/20)
2014年11月20日 (木)
愛宕太郎坊を見に、愛宕山へ。  嵯峨野、清滝、愛宕山、水尾の道を歩く。~京都市~ 他 (2014/11/19)
2014年11月18日 (火)
木屋町、祇園を歩く。  酢屋など、維新の史跡。 瑞泉寺。  祇園新橋、他。~京都市~ 他 (2014/11/15)
2014年11月16日 (日)
二条城は、徳川家の居城。  ここで大政奉還。  京都御所、九条邸遺構の拾翠亭(茶室)。~京都市~ 他 (2014/11/14)
2014年11月15日 (土)
飛鳥の里を歩く。  飛鳥美人が描かれた、高松塚古墳。 巨石の石舞台古墳。~明日香村~ 他 (2014/11/13)
2014年11月13日 (木)
明智光秀の亀山城跡の今。  出雲大神宮、紅葉と徒然草に書かれた狛犬。~亀岡市~  他  (2014/11/12)
2014年11月11日 (火)
五番町夕霧楼の舞台を、歩く。  本能寺の変ゆかりの、妙覚寺。  雁(がん)の寺の瑞春院、他。~京都市~ 他 (2014/11/10)
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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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