キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

1918年、雪の降る師走の朝に、ちひろは三姉妹の長女として生まれた。

いわさきちひろの、Wikipedia の、人物紹介の1行目。
「雪の降る」なんて、筆者は、どうしてそこまで、書いたのでしょう。
何がそうさせたのか、知りたいところです。

下の絵は、いわさきちひろの絵。
「おにたのぼうし」の挿絵(さしえ)の1つ。

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大好きな絵です。
    花の森公園から動けず ~佐世保市~  今日は節分、追われた鬼はどこに・・。  他  (2012/2/3) 

彼女は、子供の絵を描いた。
絵に不思議な力があって、どれを見ても、子供が愛(いと)おしくなってくる。

武生(たけふ)の町に、「ちひろの生まれた家」があった。
今日は、そこを見て、武生の古い町並みを歩いた。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

越前市は、福井市の南に。

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ここは、越前市の中心街。

  ※ そうなんだけど、地元の人は、旧武生市と思っている人が、多いよう。
     合併して越前市になったが、市民の声が生かされなかったという経緯がある。
      法的に決め直せるのなら、そうせばいい。 (越前町・南越前町も不満だし)

そんなことで、武生の町並みを歩くとした。  (マップルの情報誌も、武生で紹介)

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ちひろの生れた家 記念館。   ※ 近くに、駐車場がある。
1918年に、この家で、いわさきちひろは生まれた。
   
家の基本は、昔のまま。  2階の低い、町屋風。

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女性の方が、案内してくれた。  入館料、200円。
中は、改築されている。  壁に、絵が展示されている。
  ※ 入って、正面からの写真を、撮り忘れた。   正面から撮ると、右の写真。(BIGLOBEから、お借り)

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左に、入り口。  右奥に、通路。   右手前は、部屋。 
いわさきちひろは、こんな人。   笑顔の人。  ※ 最後に紹介するお孫さんも、笑顔の人。
正面上に、赤い帽子の絵。  赤い帽子も。

14年10月30日 (67)    14年10月30日 (7)

赤い毛糸帽の女の子。  よく知られ、また親しまれている絵。  人気も高い。
「ゆきのひのたんじょうび」と云う絵本の中の絵。
彼女は、お母さんから、
「しんしんと雪の降り積もる日に生まれた」、と聞かされていた。

だから、この絵は、彼女自身。 
この作品があるために、Wikipedia の紹介が、
1918年、雪の降る師走の朝に、ちひろは三姉妹の長女として生まれた。
となった。      正面から見たら、こんな絵。 表紙。 
ほんのりと笑顔で、うれしそう。  理由は、右を読むと分かります。  こんな感じのお話。面白い。

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この奥の離れに、彼女の母親、岩崎文江は、住んでいた。
当時の部屋は、今はないけど。

右の部屋は、昔の雰囲気に。  ちょっとした家具が、高級そう。  武生は、家具(タンス)の町でも。  

14年10月30日 (10)    DSCF5939ppp

家全体は、古い柱を残して、改築。   2階から。  
左は、ぶどうを持つ少女。  
真ん中は、立てひざの少年。   
   こんな写真を、どこかで見た。 1人息子の、猛さん。 同じポーズ。 (最後に紹介する、春野さんは、この人の子供かな)

14年10月30日 (63)

絵は本物ではなく、リトグラフの作品。  そう、説明していただいた。
版画に似ている。  緻密(ちみつ)。   本物そっくり。

左の絵は、はなぐるま

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2階の廊下は、資料室。   右に部屋。

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中央に、母の岩崎文江がいる。  現在の奈良女子大の、1期生。
しゃきっとした、いい表情。   彼女は、スポーツ万能だったよう。
元々、文江は、長野県の松本の人。 

  
武生には、教師として、6年間いることになる。
6年目の、12月15日に、ちひろを生む。  
次の年の3月に、武生を離れる。   ちひろを抱いて、東京へ。

14年10月30日 (3)    14年10月30日 (4)

※ 余談  上の文に、母の文江は、松本高等女学校を出たとある。
       東洋のマタハリと言われた、川島芳子も、この学校。
       文江より、10年ほど早くに。  浅間温泉から、馬で通った。
         松本城は黒かった。  あゝ野麦峠の山本茂実  男装の麗人川島芳子   他  (2010/6/23)

2階の踊り場に。

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1階。  奥への途中。  商品。   
       ※ そういえば昔、ちひろのカレンダーを教室に下げることが、多かった。  
一休みして、本を読んだりできる。

奥に小さな庭があって、その向こうに離れがあった。 母はそこに住んだ。
来たのは、ちひろが生まれる3ヶ月ほど前の、9月。
それまでは、寄宿舎にいた。  学生を監督する立場で。

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左端が、文江。  ヘアスタイルを変えたら、感じよくなる。
右の写真。   〇が、いわさきちひろ。   聡明と分かる。  子供の表情を、越えている。

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井戸。  産湯(うぶゆ)はこの水ですねって、説明の方が。
年表。   彼女の人生は、いそがしい。  55さいで、なくなる。   
後、10年でも生きていたら、どれだけの絵を描いたでしょう。    詳しくは、ここに。(Wikipedia)

14年10月30日 (15)    14年10月30日 (16)

説明していただいたのは、この方。  素敵な方。
    ※ 観光協会から、派遣されていたんだったかな。

箱階段の上の、赤い帽子と手袋は、誰が編んだか聞かなかった。  
もしかしたら彼女かなって、後で、思ったんだが・・。

14年10月30日 (19)

最初の写真には、自転車があった。  じゃまでしたねと、移動してくれた。
それで、記念に1枚。
  
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上の石碑の文は、読みにくい。(石の材質の関係)  だいたい、書いた内容です。

映画になっているんですね。  予告編。
   ※ 彼女の周りにいる人は、私の好きな人ばかり。



駐車場を使わせてもらって、町並みを歩くことに。
左に見える広い一角を、蔵の辻と呼んでる。 
この交差点が、古くから、武生の中心の交差点のよう。   それで、ここが辻。  説明もあった。

向こう隣の家に、「うだつ」が見える。   
そで壁の感じ。   時々、出会った。  うだつについては、下のブログに。
      うだつの町並みの元祖 脇町を歩く ~美馬市脇町~   他  (2010/12/26)

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お店です。   いい感じ。

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車道から入り込んだところに、白壁の家並みがあった。

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ずっと入って行って、右を見た。   いいですね。

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入った突き当りの家。   家が下がっているのがいい。  少し小さく。
家の前の雰囲気もいい。  狭い空間も、工夫次第で、こうなるんですね。
カゴを洗っていた。   何に使うのかな。

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武生のこの町並みは、重伝建地区にはなっていない。
町並みの貴重さに気付くのが、20年ほど遅かったかも知れない。

左の方。

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花嫁行列。 今度の日曜日。  来るのが、少し早かった。  写真を撮りたい。
   昭和の花嫁ちょうちん行列 (馬曲温泉開湯30周年記念)~木島平村~  阿弥陀堂  他  (2012/10/27)

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この道を通り抜けて行く。

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エンジェル・トランペット。    
こんな小路の奥に、小さな雑貨屋があっても面白い。  歩きたくなる道にして。

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振り返って。   左には、コイ。

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紫式部の石碑。
  降り積みていとむつかしき雪を、掻き捨てて山のやうにしなしたるに、人々登りて、「猶、これ出でて見給へ」といへば

  ふる里に帰る山路のそれならば心や行(ゆく)とゆきも見てまし
      (都に帰る途中の「かへる山」の雪ならば、心も晴れるだろうかと出ていって見るでしょう。)
  ※  解釈は、このサイトに。   紫式部と、武生。 

14年10月30日 (37)

  宇治を歩く。  興聖寺。  宇治上神社。  三室戸寺。  宇治十帖。~宇治市~  他  (2014/4/26)

※ 式部の父は、国司として、越前にやってきた。  式部も一緒に。
   律令時代、越前の中心は、武生だった。
   柴田勝家が、今の福井市に、北ノ庄城を作ってから、越前の中心はそっちになる。
     (北ノ庄城で、浅井3姉妹は育つ。  茶々・初・江)
   
寺町通りに向かう。   総社大神宮。
この神社には、越前にある神社の神様が、みんなあると書いてある。

式部の父も、ここに来た。
  ※ 来た時に、神様がみんないなかったら、国中の神社に行かなければならない。
     それが大変だから、こうした。

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武生の中心の神社。   昔は、越前の中心。  

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寺町通りです。   昔栄えた町は、寺が多い。

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このように、寺。

14年10月30日 (43)

面白いことが書いてないかなって、読む。
あった。  妙覚寺。   この寺の本山。   京都の、御所の少し北にある。

本能寺の変があったが、あの時、信長は本能寺に。
長男の信忠は、妙覚寺にいた。(今の場所とは違う)

本能寺に向かったが、明智軍に反撃されて、二条城に逃げる。
どうしようもなく、切腹。
          亀岡市から、明智越を通って、水尾へ。  保津川沿いの風景。~亀岡市~  他  (2014/4/27)

寺は、戦いにも使われた。   兵の宿泊場所とかにも。   だから、敵は焼きたくなる。

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引接寺(いんじょうじ)。  大きい。

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山門の彫り物が、見事。

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羅漢像ですね。

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石大仏堂。  高さ4㍍の石仏。   反射して、顔だけ。    全体は、こう

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寺の横に、幼稚園。   この建物は、旧福井県警察部庁舎。  そう書いてあった。  屋根に望楼。  眺める。

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この道を歩いて、突き当りを右に。

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渡辺洪基という人は、東大の初代総長。  政治家でも。
タンス町通りに、向かう

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宮崎童安は、詩人。   初めて見る。  1つ紹介。 
   必然に従う
     生命の必然に随(したが)って動く その良さを知った
      花がひらくように   雲が動くように    水が流れるように
     私は私の生命の     必然に従おう

私の必然は、何なんだろう。
タンス町通りに入った。

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向こうから来た。

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越前タンスとある。  鉄製金具や漆塗りで装飾されるのが大きな特徴のよう。  重厚な感じ。
たとえば、こんなの。  越前武生の箪笥(タンス)。 

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こんな説明。   下は店で、作業場は2階のよう。

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武生は、2日に分けて見学してもよかった。
2日目に、町並みと菊人形。   菊人形は、別の機会に。  
8号線が近いから、来易い。   新しい道の駅もあるし。  花嫁行列の日がいいかな。

いわさきちひろは、ここで生まれて、いたのは3ヶ月ほど。
でも、生まれた地の重さは、大きい。

※ 逸話  ちひろの息子さんの猛さんは、生まれた後、事情があって、安曇野にいた ちひろの両親に預けられた。
        ちひろさんは、乳が張った。  それで、近所の子に飲ませた。  その子は、三宅裕司。(Wikipedia)

【その他】   下の動画は、松本春野さん。 いわさきちひろさんの、お孫さん。  猛さんの子。  絵本作家。
        笑顔が素敵。     ※ ちひろさんの本名は、岩崎知弘。   結婚して、松本知弘。



下のポスターの絵も、松本春野さん。  (アマゾンから、お借り)
おばあちゃんの影響を受けている感じ。  真似でなく、本質の部分。
右の題字も、彼女が。   みんな好きな俳優。

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 ※ 対談 山田洋次×松本春野 映画と絵本の『おとうと』を語る

【道の駅】   若狭おばま 

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【今後の予定】    町並みを歩く。   海沿いもいい。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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東の空が白みがかった頃、修行僧の読経の声が、山内に響く。
永平寺の1日は、こうやって始まる。

倶利伽羅(くりから)峠は、歩くのに時間がかかる。
急ぐ用事があって、今回はあきらめ。

永平寺の写真を撮ることにした。
90㌔ほど走って、3時過ぎに着いた。

  ※ 晴れでない日は、ソーラーで生まれる電気は少ない。
     たくさん走っても、無駄にならない。 電気をつくる。

深山幽谷の地にある寺で、これ程人の集まる寺は、他にあるだろうか。
さすが、曹洞宗の本山と、思わせてくれる。

紅葉は、色づき始めていた。
それはそれで、またいい。 
別の魅力。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

那谷(なた)寺の紅葉も、考えた。  まだ早かった。
いつかは、再度永平寺にと、思っていた。

石川県を通り抜けて、福井県に入った。  ※ 能登半島は、遠くない将来に、再度。

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山の中に。

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無料駐車場があった。  知らなかった。
機嫌よく歩いた。  町並みに。     朝倉氏遺跡が近い。

正面奥に、建物が見える。   永平寺。

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着きました。   右を、上がって行く。

14年10月28日 (3)    14年10月28日 (4)

小さな建物を入れると、70程。
昔はあったという寺はよく聞く。  今70ある寺は、地方では聞かない。

7つの赤い建物が、7堂伽藍(がらん)。   中心になる建物。 
右から、入る。  500円。

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傘松閣(さんしょうかく)。  222畳の大広間。   天井画が、見どころ。  

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一流画家の絵も。  私は、知らない人。   床の間を、背にして見る。
団体さんの方が、多い。

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建物は、斜面に並んでいる。  そっちに行く。   
少し下に、山門が見えた。  最後に行く。

 ※ 昔、こんな番組を見た。
      あの門の前で、若い僧が、入門を願って立っている。   何かを叫んで。
      寺側は、簡単に入門させない。  入れさせない。
      意志の強さを、何らかの形で、確認する。
      あの時の若い僧は、雪の降る中、一晩立ってたような気がする。
      これについては、最後に。  (動画を探している)

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仏殿。   寺の中心。   本尊がある。

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長い階段が、永平寺の特徴。   山門の屋根が見える。    

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横への廊下。   どこの場所かな・・・。(混乱)   
修行僧が、すっと下りて行った。  修行の場所に、入り込んでいる。

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永平寺は、鎌倉時代に、道元が開いた。
その道元の墓がある所が、承陽殿(じょうようでん)。

一番上に行って、左に行く。
門が見えた。  その左に、上がってきた階段がある。
ここです。

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正面の承陽の額は、明治天皇が贈ったとある。
廃仏毀釈の嵐は、終わったのか。  (明治の初めだけで、4年ごろには終わったよう)

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永平寺が、なぜこの地にあるかですが、
上の説明に、波多野義重の像があると、ある。
この人が、この地に、道元を呼んだ。  そして、永平寺を作った。

   ※  彼と道元については、「朔北(さくほく)の雲」という本に、載っているよう。
       朔北は、都から離れている意味。   オホーツクの舟歌に、出てくる。
       このブログの最後に、触れた。 港の見えるカフェテラス  山  (2008年9月25日) 
          ※ 上のブログは、働いてたときの。  勤務中に、半分遊んでいる。  サケ釣りを見た。

少し戻って、ここは、一番上にある、法堂(はっとう)。  ※ 法の読みは、法被(はっぴ)と同じですね。
講義を受けたり、法要に使ったり。  中央に、聖観世音菩薩。    像は見えないけど、顔はこう

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白獅子の狛犬(こまいぬ)が、可愛い。

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下の動画の最初に、法堂での修行僧の様子が、映ります。  他、いろいろと。  全体が分かるかな。



法堂は、広い。  部屋の左に、三界万霊塔。    過去・現在・未来の全ての霊を、供養する。

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法堂の前から下を。   階段の廊下は、両側に。   下の、左右への廊下は、絵地図になかった。
さっき、どこか分からなかったのは、ここだ。

14年10月28日 (69)

※ 永平寺の冬は、寒い。  この場所の冬は、こう

法堂の説明が、あった。   ここは、法堂の前。  1本の木の紅葉が始まった。

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法堂を、もう一度、覗(のぞ)いて。  ここが一番大きな建物。
右は、法堂の右にある建物。(下の方から見て。 絵図に、名前はない)

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下から見て、右の、階段。  この廊下が、楽しい。

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窓は、平行四辺形。

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仏殿と、仏殿の上の廊下。(名前は、一文字廊)

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一文字廊の中間から、法堂を見上げた。
紅葉の木を撮りに、法堂に戻った。  側から見たら、美しくなかった。  お日様が、当たっていなかった。

法堂の角に、護美箱。   本当に入れていいか、不安。   木は、たたかれて、凹んだ。

 ※ ゴミの漢字は、難しい。   正式なのは内容。  間違い、無いよう、です。
    ずっと昔は、木の葉が、ゴミだったよう。  ネットでは、分からない。
     ゴミのゴは、木(コ)なのか。  
     それとも、葉っぱが混み入ったように集まったから、コミで、ゴミになったのか。

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瑞雲閣(ずいうんかく)とある。   お客様の、接待所。

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仏殿の中。    4時半を過ぎたので、人はいない。   見学は、5時まで。 

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像は、見えにくいけど、3つ並んでいた。  

須弥壇(しゅみだん)中央に、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)。
     ※ 牟尼(むに)は、サンスクリット語 muni のことで、聖者とかの意味。  釈迦の、尊称だそう。
左に阿弥陀仏(あみだぶつ)。  右に弥勒仏(みろくぶつ)。

左から、過去・現在・未来・を表しているそう。
つまり、三界万霊の三界か。

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中雀(ちゅうじゃく)門の向こうに、山門。

14年10月28日 (37)

仏殿の前から。   見える門は、中雀門。   
左の大きな建物は、庫院(くいん)。  ここで、食事を作る。
普通の僧は、4時起き。  庫院の僧は、2時起き。  

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庫院の前の、廊下。   右は、仏殿。

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永平寺の修行僧は、3年ほど、ここにいるそう。
寺の息子が多いと思うけど、大変な修行。   

朝の食事は、こう。(上の方の、動画にもあった)。  お腹空きそう。 
      
空腹を我慢、冬の寒さを我慢。 我慢も修行のうちか。
中雀門。   後ろに、山門。

14年10月28日 (80)

庫院(くいん)にあった像。   韋駄尊(いだそん)天。
そう云えば、高岡市の瑞龍寺の厨房にも、この像があった。

14年10月28日 (38)    14年10月28日 (39)

すりこぎ棒。  最初の部屋で、寺の説明を少し聞いた。  こう言った。
男の人が触ると、ごますりが上手になる。
女の人が触ると、料理が上手になる。   

話がつまらない。 面白いのを考えればいいのに。  遊びなんだから。

14年10月28日 (41)    14年10月28日 (42)

山門を、後ろの正面から。

14年10月28日 (83)

中雀門。   色づき始めた、モミジの木。   見ごろは、間もなく。
ぽっと、頬(ほお)が薄く染まった感じ。   ※ 頬は、ほほと読んでもいいよう。

14年10月28日 (43)    14年10月28日 (82)

仏殿を、正面から。

14年10月28日 (84)

修行僧は、戸締りなど、後始末に入っている。    山の上への石段。

14年10月28日 (46)    14年10月28日 (47)

山門に入ってきた。   下から見た、中雀門。   美しい。

14年10月28日 (48)    14年10月28日 (85)

庫院(くいん)と、モミジの木。

14年10月28日 (49)    14年10月28日 (50)

山門。   向こうから来た。

14年10月28日 (51)    14年10月28日 (57)

山門の四天王。   山門にはふつう2人。  ここは、4人。

14年10月28日 (52)    14年10月28日 (53)

14年10月28日 (54)    14年10月28日 (55)

右の額を先に。  宝治2年(1248)に、山号を吉祥山(きちじょうざん)と改めた。  それが書いてある。
その3年前に、永平寺の名前に。

14年10月28日 (86)    14年10月28日 (87)

上の左の写真に、柱がある。   そこに、聯(れん)と云う、木が下がっている。
そこに書いてあることが、厳しいので、ここから入るのが、大変。
こうある。  むずかしい。
   右側  【家庭厳峻  不容陸老従真門入】  かていげんしゅん りくろうのしんもんよりいるをゆるさず
   左側  【鎖鑰放閑  遮莫善財進一歩来】  さやくほうかん、さもあらばあれ、ぜんざいのいっぽをすすめきたるに

この人の解説が、分かりやすい。  厳しい表情。



鐘楼。  除夜の鐘は、これが鳴る。   納経堂。   永平寺で書いた写経は、ここに納める。

14年10月28日 (56)    14年10月28日 (58)

ここには、人がいっぱいいた。   この人たちは、3泊4日の修行に来た人のよう。

14年10月28日 (59)    14年10月28日 (60)

出口に、ふれあい観音。

14年10月28日 (61)

別の道を、下った。

14年10月28日 (62)    14年10月28日 (63)

ここを通って。   駐車場まで、5分ほど。     5時過ぎ。   日が短くなった。

14年10月28日 (64)

曹洞宗の寺には、時々出会う。
永平寺の紹介が必要な時がある。

そんなことがあって、写真を多くしました。

忘れてましたが、私の家は、曹洞宗でした。
私の信心深さの程度が、分かってしまう。

【雲水の生活】   禅宗の修行僧を、雲水と呼ぶようです。  写真は、パンフレットから。
            修業は厳しい。  休めるのは、トイレの中だけ。  
            だから、しょっちゅうトイレに行く僧が、いる僧。 (ある修行僧の、手記から)

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【ブログ紹介】
   山中温泉を歩く。  山中漆器祭。  菊の湯。~加賀市~  他  (2013/5/3)
   一乗谷朝倉氏遺跡  越前大野城~福井市・大野市~  他  (2013/5/4)
   白山に登る ~日本三名山、深田久弥のふるさとの山  白山市~  他  (2011/7/6)
   紅葉の那谷寺 ~芭蕉も来ていた。 小松市~  世界のガラス館  他  (2010/11/13)
   金沢ひがし茶屋街・主計町茶屋街 ~金沢市~   他  (2010/11/12)

【今日の曲】    Cartas de Amor (ラブレター)   ※ Cartas は、手紙・カード。  Amor は、愛。



【道の駅】   パークイン丹生(にゅう)ヶ丘

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【今後の予定】    武生の町かな。  蔵の辻ってのが、ある。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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寺の鐘が、ゴ~ンって鳴り響く。
美しい音色だったら、それは、高岡市で作られた梵鐘(ぼんしょう)。
シェアは、70㌫。
この町は、高岡銅器の町。

以前、一度歩いている。
今回は、国宝の寺と、城跡を見た。

加賀百万石って、聞く。
中心は、金沢市。
加賀藩の藩祖は、戦国時代を生き抜いた、前田利家。

江戸時代になっての加賀藩の初代藩主は、前田利長
この人、隠居した後、金沢から離れて、高岡市を整備した。
立派な城も作った。
最後は、この町で亡くなる。
だから、菩提寺の瑞龍(ずいりゅう)寺が。

利長は、高岡の町の、発展の祖。

上のことは、初めて知った。
寺を見て、城を見て、最後に高岡大仏。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

高岡市は、富山県で2番目に大きな町。

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駐車場が広いので、瑞龍寺は、観光寺院なんだと分かる。
拝観料は、500円。

14年10月26日 (1)

総門。  普通ある山門は、次。
  ※ 総門は、禅宗の寺院にあるよう。  ここは、禅宗で曹洞(そうとう)宗。
     曹洞宗の本山、永平寺は、遠くない。    
         曹洞宗大本山 永平寺   越前竹人形   他   (4月13日)
             ※ 上のブログ、写真少ない。  もう一度、行くか。

前田利長を、加賀藩2代藩主とある。  
  ※  一般的には、初代藩主。  父の前田利家は、加賀藩主の祖。(Wikipedia)
      江戸時代に入ってからの領地が、藩なので。

書いてないが、総門も重要文化財。

14年10月26日 (2)    14年10月26日 (3)

次は、山門。   そこまでが、広い。
山門の後ろに、仏殿。  そして、法堂(はっとう)。 3つが、国宝。

14年10月26日 (73)

※ 山門の2階部分は、下のように。  中に、宝冠釈迦如来と十六羅漢像。  窓が開いて、見える時がある

DSCF7302gggg.jpg

江戸時代の、代表的禅宗建築、ということで国宝。

3代藩主は、利常。  2代藩主利長の子ではない。  
この立派さは、自分を藩主に指名してくれたお礼ですね。

14年10月26日 (74)

仁王像。

14年10月26日 (5)    14年10月26日 (6)

仏殿。  普通は本堂とか金堂。  中心の建物。

14年10月26日 (7)

右に、大庫裏(おおくり)。   台所は、そこに。
山門から、廊下を通って、左に行った。

14年10月26日 (8)    14年10月26日 (9)

烏芻沙摩(うすさま)明王。  東司(とうす)、つまり、トイレの神様。
トイレは、悪魔や悪霊の出入口と、考えたので。

 ※ 烏芻沙摩は、Ucchuṣma(ウッチュシャマ)を、漢字で書いた。  インド神話に出てくる、火の神。

14年10月26日 (11)    14年10月26日 (10)

曲がって、禅堂に。

14年10月26日 (12)     14年10月26日 (13)    14年10月26日 (14)

一度、座禅をしてみたい。  バシッと、肩をたたかれて。

14年10月26日 (15)    14年10月26日 (16)

外に出た。  山門を反対側から。

14年10月26日 (17)

境内図の右の方に来た。   鐘楼。

仏殿の入り口は、山門の反対側に。  入ったら、この像。

14年10月26日 (19)    14年10月26日 (20)

本尊です。   高い天井。

14年10月26日 (21)    14年10月26日 (22)

広い空間。   天井の造りを、わざと見せている。

14年10月26日 (75)

釈迦三尊像。   中央、釈迦如来像。  左、普賢(ふげん)菩薩像。  右、文殊菩薩像。
板の模様が雲のようだと、説明の人が行った。

14年10月26日 (79)

文殊菩薩は、獅子の上に。   普賢菩薩は、ゾウの上に。 そして、釈迦如来像。

14年10月26日 (80)    14年10月26日 (81)    14年10月26日 (82)

団体さんには、このように説明。   一緒に聞いても、かまわない。 

14年10月26日 (24)    14年10月26日 (25)

仏殿から、出てきた。

14年10月26日 (26)

法堂(はっとう)。   講義を受ける場所。

14年10月26日 (18)

法堂の正面。   お話を聞いている。 
話している人は、物真似が好き。   誰かになり切って、時々話す。   女性の声も。

14年10月26日 (27)    14年10月26日 (28)

ここで、映画の撮影。   黒田官兵衛かと思った。

14年10月26日 (29)    14年10月26日 (30)



大きな部屋の前の廊下。

14年10月26日 (32)

石廟(せきびょう)と云う。   石の建物の中に、宝篋印塔(ほうきょういんとう)の墓。

14年10月26日 (33)    14年10月26日 (34)    14年10月26日 (35)

仏殿。  後ろに、山門。  
仏殿の屋根は、鉛瓦(なまりがわら)  瓦の形をした木に、鉛の板を張り付けてある。  約42トン分。

   ※ いざという時、鉄砲の弾(たま)が作れるとか。  本当の目的は、屋根の雪が落ちやすいように。
   ※ 2階の屋根の雪は、落ちる時、1階の屋根にぶつかる。  
      山門の2階の屋根が大きい。  落ちた雪が、1階の屋根にぶつからないように。  ここの山門の特徴。
   
      山門は、1階と2階の屋根の間隔が大きいから、そうしたのかな。 衝撃が大きいから。

14年10月26日 (36)

長い廊下の右に、延命地蔵。 
   ※ お願いする前に、飲みすぎない、食べ過ぎない、運動する、いっぱい寝る。 することいっぱい。
   ※ 食べたいだけ食べて、やせますようにってお願いしても、神様、きっと困る。

14年10月26日 (37)    14年10月26日 (38)

大庫裏に来た。   韋駄尊天(いだそんてん)。  中国にある像に、似ている。   厨房を守る神。

14年10月26日 (39)    14年10月26日 (83)ppp

大きな釜。  向拝(こうはい)戻してくれたという話。  こんなの初めて聞く。
 
向拝は、建物から出っ張った部分。
この建物で言えば、ここ。⇒ 14年10月26日 (8)vvv

14年10月26日 (40)    14年10月26日 (41)

浴室の神。   やわらかな目の表情。

14年10月26日 (42)     14年10月26日 (44)   14年10月26日 (43)   

ここを見終わって、次は、高岡古城公園。   駐車場がある。

広い芝生。

14年10月26日 (45)

全体が、少し高くなっている。  市民の憩いの場になっている。   人が多い。

14年10月26日 (46)     14年10月26日 (47)

多くの像がある。

14年10月26日 (48)    14年10月26日 (78)

周りは堀。   何ヶ所か、入り込んでいる。

14年10月26日 (49)

お店もあって、いい感じ。  用事がなくたって、歩いていい。
金沢から遠いこの地に、城が必要と考えたんですね。

14年10月26日 (50)    14年10月26日 (51)

無料の小さな動物園。   子供が楽しめる公園かな。

14年10月26日 (52)

射水(いみず)神社。  左に、立派な梅の木。    咲くと、このように

14年10月26日 (53)

別の広場。  像が並んでいる。   像の女性は、姿勢がいい。   この辺りに、本丸があった。

14年10月26日 (54)    14年10月26日 (55)

前田利長像。   
昔の人は、作ったものの半分を税として取られても、尊敬したんだろうか。

14年10月26日 (56)

与謝野鉄幹と晶子。  鉄幹の五足の靴を、思い出す。
   五足の靴、文学遊歩道。  鬼海浦、岩登り。  下田温泉、五足の足湯。~天草町~  ラ・ノビア  他  (2013/1/29)

晶子の歌の中に、羅津(らじん)とある。  今は羅先(らそん)。   北朝鮮の町。  ここ。⇒hhhhh.jpg
歌に、どうして登場したかが、分からない。  彼女と、何か関係があるのかも、分からない。

14年10月26日 (57)    14年10月26日 (58)

噴水。

14年10月26日 (59)

朝陽の滝。

14年10月26日 (60)    14年10月26日 (61)

朝陽橋。

14年10月26日 (62)    14年10月26日 (63)

ここで、高岡大仏を思い出して、見に行った。  公園から200㍍。   以前見ている。
お寺は、大仏寺。

14年10月26日 (64)

入り口の像。    今風。

14年10月26日 (76)    14年10月26日 (77)

坐像の高さ、 7m43cm。   分かりやすい造り方の説明は、ネット上にはない。  
何段かに分けて作ったと思うんだが。   

14年10月26日 (65)

説明の、焼型重ね吹きの意味が、分からない。
キリークは、像の頭の上に見える。   中に入れる。  
鎌を持った男。    上に僧。   仏の力で、助けられるか。

14年10月26日 (66)    14年10月26日 (67)    14年10月26日 (68)

戻ってきた。  駐春橋。    渡らないで、堀の外を歩く。 

14年10月26日 (69)   

本丸橋。   遊覧船の乗り場。    船は、このように

14年10月26日 (71)    14年10月26日 (72)

高岡市は、これで、2度目。
他に、まだ見るところがありそう。

富山県には、国宝の建物が3つ。
その3つが、今日見た、瑞龍寺にあった。

【関連ブログ】  銅器鋳物の町、高岡を歩く ~高岡古城公園、高岡大仏、金谷町  高岡市~   他  (2010/11/6) 

【その他】   25日の晩、滑川市の道の駅の隣で、「あかりがナイトin滑川」をやっていた。
         写真を紹介。

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【今日の歌】   1つのギターを、2人で演奏。



【道の駅】   万葉の里 高岡

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【今後の予定】  倶利伽羅峠かな。   さがしています。

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昔、山奥にお婆ちゃんは、捨てられた。
死ぬのはいやだって、生きた人がいた。
山姥は、そのお婆ちゃんかも知れない。

観光地でない所を、歩いてみたい。
道の駅 中条(なかじょう)に、地域の詳しい絵地図があった。
何かがありそう。
道の不安を抱えて、出発。

小さな見所がいっぱいあった。
山姥(やまんば)伝説、不動滝、ハコネサンショウウオ、二十三夜塔、観音堂、他、他。

集落は、虫倉(むしくら)山の斜面にあった。  
抱かれるように。

虫倉山の向こうは、鬼女伝説の鬼無里(きなさ)。
山姥は、鬼女とも呼ばれる。
関係あるんだろうか。

信州中条の人々の生活は、都会とは縁のないように見えた。
また、道端にたたずむ、古い石碑や石塔を見ると、
今もまだ、遠い歴史とともに、生きているようにも。

廃校の校舎があった。
校歌の石碑に、都はなれし山里は、とあった。
鬼無里を知らなければ、この文は書けないようにも。
面白い。
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中条は、長野市から白馬に行く道の、途中。

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印の場所が、今日行った中心地。   水車小屋があった。
虫倉山の北は、鬼無里(きなさ)。   
   紅葉(鬼女)伝説 鬼無里  他  (2009/06/20)
   鬼無里の紅葉伝説  青鬼集落 ~長野市・白馬村~  明日、黒部ダムへ  他  (2010/10/30)

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中条は、以前は、中条村。  中条の名前は、道の駅の名前で、残った。

道の駅から見た中条地区の、家並み。  左と真ん中方向。

14年10月23日 (3)    14年10月23日 (2)

少し、右方向。   今日は、向こうに上がって行く。   虫倉山は、見えない。
この地図を見て、行きたくなった。

赤〇の、左の道を行って、⑥に向かう。

14年10月23日 (1)    14年10月23日 (4)

斜面を曲がりながら登った。  停車出来たので、写真。   深い谷。

14年10月23日 (5)

下の方。   斜面に家。   硬い岩盤の上に、土。  地面が、ずれ易い。

14年10月23日 (6)

少し走って、ここに。    こんな道。  不安はない。   斜面に家。   

14年10月23日 (7)

大きな谷の、上に出た。   空が広くなった。
家は、谷の斜面にある。  虫倉山に抱(いだ)かれるように。

14年10月23日 (8)

栃倉(とちくら)の棚田。    収穫は終わった。   標高が高いので、涼しい。  美味しい米が出来る。

14年10月23日 (9)

水車小屋に着いた。   道の分岐点。   
山姥(やまんば)伝説の里、とある。

左にずっと行くと、小川村に入って、少し太い道に出る。  その道を北に行くと、鬼無里(きなさ)。  以前走った。

14年10月23日 (10)ppp     14年10月23日 (11)

変わった山姥伝説。  「ととっ毛」という言葉は、この地域でしか使われない。
ここの山姥は、やさしい。  
  ※ 虫倉山の向こうの山姥は、鬼女とよばれて、最後は退治される。

赤〇の所に行く。

14年10月23日 (13)    14年10月23日 (12)

※ ととっ毛の「とと」の意味が分からない。  調べても。
   想像では、ニワトリの幼児語が「とと」とか「とっと」。
   ニワトリの尻尾の毛のようだから、その名前か。   当たってそうな気がする。

左は、同じ話。  右は、別。  たくさん出てくる徳利もいいな。

totokke.jpg    image-4sake.jpg

少し歩いた。  下の方に、さっき見た、栃倉の棚田。  
棚田は、先祖が残してくれた、財産。  少なくても、江戸時代にはあった。

14年10月23日 (14)

向こうから来た。 車が少し見える。
さらに行くと、右の写真。   集落の中心。   戻って車で行く。

14年10月23日 (15)    14年10月23日 (16)

移動したら、虫倉山は、このように。  山の手前に、不動滝があるという。
道は細いと、地元の人が。  行けないことないと言うので、行くことに。   対向車はないと決めた。

二十三夜塔が、道端に。

14年10月23日 (18)    14年10月23日 (19)

※ 月が、信仰の対象だった。  月に、いろいろ、お願いした。
   月は、勢至菩薩の化身であるとも、考えていた。  (勢至菩薩は、冠が大きい
    だから、勢至菩薩の像が、二十三夜塔のそばにあることも。 こんな塔も、たまには
 
   夕方から、何かをみんなで食べて、月の出るのを待った。
   だから、二十三夜待ち。  ※ 考えたら、今日は、23日。
   娯楽の少ない時代だから、信仰も、楽しめるものに、したのでしょうね。
   月は、至勢菩薩は、集まった人たちを守ってくれた。 
   地獄に行かないようにも。

少し登ってきて、下を。  

14年10月23日 (20)

左方面。  山の上に向かう。

14年10月23日 (21)    14年10月23日 (22)

道は細い。  脱輪しないように、それだけを注意した。
車5台ほどの、駐車場に着いた。   2台、車があった。  きっと、虫倉山への登山。

下に行って、左に不動滝。

14年10月23日 (24)

ハコネサンショウウオが、いるという。   このサンショウウオだけが、肺がない。 いつも、水の中。
何を飲んだら、ダメなんでしょう。 

14年10月23日 (23)

小さな滝。   落差、10㍍程か。  
ハコネサンショウウオを探したが、見つからなかった。

14年10月23日 (25)    14年10月23日 (26)

滝の前の道を通って、奥に。   道は、さらに狭くなった。
星のきらめく公園に着いた。  近くに、トイレもある。

14年10月23日 (27)

少し高い所に、銀河の館。  木が育って、遠くは見えなかった。
ここに泊まって、酒を飲んで、次の日に登山。  楽しそう。
夜には、星を見て。

  ※ 昨年、大原で、東風さんと夜酒を飲んで、星がきれいだねって空を見た。
     足元を見なかった。  1㍍ちょっと暗闇に、落っこちた。  このまま地獄かと、思った。
     右足を骨折。  2ヶ月京都で、足止め。
     あのお蔭で、より用心深くなった。  臆病ではなく、と自分では思っているが、・・。

クマには、注意している。  地域の放送で、クマが出たとあった。  道にいたら、聞こえた。

14年10月23日 (28)    14年10月23日 (29)

戻る途中。   滝の近くに、虫倉山への、登山道。   1時間で着くのかな。
山を下るとき、家の前に、右のを見た。   初めて。

14年10月23日 (30)    14年10月23日 (31)

無事に下って、ホッとした。   広福寺に向かう。  途中で、下を撮った。
いい風景。  風景だけでは、飯は食えないと言ったりする人が・・。

14年10月23日 (32)

赤〇は、左。   黄色の〇は、右。

14年10月23日 (50)    14年10月23日 (49)

右下に、駐車場。   上がってきた。  5分ほど、おばあちゃんとお話。
耳が遠かったので、私は、大声。   中央に、おばあちゃん。  畑の帰り。

14年10月23日 (33)

さらに行くと、見えた。   観音堂みたい。

14年10月23日 (42)

ここのお家の、男の人とも、お話。  1人暮らしが多いという。  若い人がいないとも。
上の方に、また、二十三夜塔があった。

14年10月23日 (43)

文政7年とある。  二十三夜待ちは、この頃から、盛んになったよう。
        ※  待つは、元々は、仏と一緒という意味だった。  月と一緒ということ。
            後に、普通の意味にも。
この年は、1824年。  勝海舟とか、幕末を動かす者たちが、生まれ始める。  龍馬はまだ。

14年10月23日 (34)    14年10月23日 (35)

上の写真の右は、全部読める。
   文久元 辛酉(かのととり)年
   馬頭観世音
   六月吉日  願主 定右エ門    ※ 願主は、これを作った人。 石屋でなく。

  ※ 文久元年は、1861年。  龍馬、27才。  次の年に脱藩。
       龍馬は、梼原から韮ヶ峠を越えて、脱藩した。  維新の門、他。~梼原町~  他  (2014/4/2)
    前年の1860年に、桜田門外の変。  こんなの。(映画の一部 出てくる滝は、茨城県の袋田の滝)

広福寺。  小さな観音堂。

14年10月23日 (36)

ここは、ずっと昔、伊折村だった。

14年10月23日 (37)    14年10月23日 (38)

伊折学校発祥の地とある。  この一帯で、最初にできた学校。   明治7年のこと。

14年10月23日 (39)    14年10月23日 (40)

像の説明。   分かりにくい。
 ① 聖観音立像は、右の写真。  端正な顔。  市のHPからお借り。
お堂の中は暗く、像は見えなかった。
 ② 内刳の読みは、うちぐり。  内側を、刳(えぐ)るように、削り取った。
 ③ 俯瞰の読みは、ふかん。   俯瞰する眼差しは、見下ろすような視線。
 ④ 条帛は、じょうはく。   たすきのようにかける、薄い絹の布。 帛(はく)は、絹のこと。
 ⑤ 衣文は、えもん。   えもんかけの、えもん。   
 ⑥ 煩瑣は、はんさ。   こまごまして、わずらわしいこと。

何とか分かりました。  すっきりとした像ですね。
補修をしたために、室町後期の特徴が薄れた。  壊れた。
それがなければ、重要文化財になりますね。  後に手を加えると、価値が半分以下に。
手に持っているのは、ハスのつぼみでしょうか。

14年10月23日 (41)    聖観音立像

はるか昔から、この地域は、寺が持てるだけの、集落だった。
長い歴史の中で、今が一番、寂しいかもしれない。

この後、地図の右の方に行った。  御山里小学校跡。
御山里の読みは、みやまさ。   里を、「さ」と読ませる。   鬼無里(きなさ)と同じですね。

14年10月23日 (44)    14年10月23日 (45)

この学校のスタートは、伊折学校とある。  さっき、寺で見た。  明治7年に。
この場所には、明治36年に。   中学校も一緒になったりして、昭和38年に、御山里小学校。
昭和53年に、閉校。  
学校を作ることを決めた「学制」は、明治5年。 2年後に、出来たんですね。

ここの校舎は、見晴らしのいいところに作った。   今は、木が生えたけど。

14年10月23日 (46)    14年10月23日 (47)

上の校歌について。
都はなれし山里が、面白い。  信州は、どこの地だって、都から離れている。
だから、当たり前。
でも信州に、離れていると意識した地があった。   となりの、鬼無里。

この地に、中央から、ある女性が流された。
都を懐かしんで、鬼無里には、西京(にしのきょう)など、都の地名がいっぱい。
歌詞の作者は、このことが頭にあって、この表現をしたと思う。   ※ 関連ブログは、上の方に。

6つの教えは、左の石碑に。  つづむればは、約むればと書く。  短くすること。

この校歌の精神を、短く表現すれば、下になりますね。   校訓にしてもいい。  中学の方が合うか。
     「凌(しの)げ 虫倉の嶺(みね)」

子供たちの声が、ここからいつも、谷に響いた。
40年前までのこと。

なお、作詞者は、浅井 洌(あさい れつ)という人。
長野県歌「信濃の国」を、作詞している。   長野県人は、誰でも知ってるそう。



この後、下の写真の方に向かうが、停車できるところがない。
道が細く、そのまま山を下りた。  小谷(おたり)村を通って、海に向かった。

14年10月23日 (48)

※ 行けなかったが、行きたかった所があった。
  清兵衛の義民の碑。  浅間山の噴火で、飢饉になった。  
  村人は、一揆をおこすが、彼は精神的な柱だったよう。
  多くが捕まったが、彼だけ、釈放されなかった。  
  このサイトの、下の方に、彼のことが。

中条地区は、朝早くから、太い道は車、細い道は歩く、そうすればちゃんと見られそう。
バイクがあれば、なおいいか。
見所は、まだまだありそう。  いつの日か。

この地域は、テレビとだけ、今の時代とつながってる。
おおげさだが、そんな感じが。
それが、私は、いやではない。

旅が飽きたら、こんな所に住んでみるか。
     (無理、無理って声が、聞こえてくる。・・・。)

【その他】  この日の朝は、須坂の動物園の駐車場で、東風さんと別れた。
        たくさん、お世話になった。   来月、また、京都で会う。

【ブログ紹介】
   姨捨の棚田。  田毎の月。  姨捨伝説。~千曲市~  他  (2013/7/4)
   雨の似合う、雨飾山に登る ~小谷村~  他  (2011/7/11)
   雨飾温泉露天風呂  鎌池・鉈池 ~小谷村~  明日、雨飾山へ  他  (2011/7/10)

【今日の歌】    鬼無里の道    西島三重子



【道の駅】   越後市振の関

23日の晩は、親不知の道の駅。  山の中は寒いので、海に出た。
山の陰なので、朝になっても、お日様が出てこない。
市振の関に移動した。

mitinoeki (6)    mitinoeki (5)

ここの名物は、たら汁定食。   晩に、食べた。
モンベルのカードがあったら、100円引き。  美味しい。 働く人の感じも好き。

mitinoeki (2)    mitinoeki (3)    mitinoeki (4)

朝、目玉焼きを作った。  小さな卵なので、2つ。  1つの卵に、黄身が2つ。
いいことありそう。  少し前、道の駅で買った卵。

mitinoeki (1)

【今後の予定】    高岡市かな。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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温泉に入る気持ちよさは、人もサルも、一緒のよう。
サルの顔を見たら、それが分かった。

サルが入る露天風呂は、地獄谷温泉の奥にあった。
駐車場から、30分ほど歩いて。
東風さんが、面白い所があると、連れて行ってくれた。

少し下った、湯田中温泉を歩いた。
昔ながらの温泉街。
改革に無関心なら、直ぐに取り残される。
もう、手遅かも知れないって、感じた。
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長野県のずっと北にいる。  千曲川は、新潟県に入ったら、信濃川。

tizu1378.jpg

志賀高原が近い。   昔ほど、今の人はスキーをしない。
そのことも、温泉街に影響を与えたよう。

tizu2767.jpg

向こうから上がってきた。   今日も、東風さんのジムニーで。  私の車は、BSのアンテナの修理中。
店の下に、公共駐車場。  無料。  ここは、店の駐車場。

帰りに何か食べることにして、ここに駐車。  
お店のママさんという感じの人と、少しおしゃべり。
この店のラーメン、最近テレビに出たよねって、東風さんとママさんが、会話。

14年10月21日 (1)

ここから、1.6㌔。  近くに有料の駐車場があるって、後で知る。

14年10月21日 (2)

このくらいなら、歩く方が楽しい。  サルがいた。
人に全く関心を示さない。  逃げないし、こっちを見ない。   こんな動物って、他に知らない。
人との関わりの中で、こうなったのか。

14年10月21日 (3)    14年10月21日 (4)

地獄谷温泉に着いた。

14年10月21日 (5)

温泉が噴き出していたので、行ってみた。

  ※ 説明の中の「ひん岩」は、今は使われないそう。 火山活動で生まれる、火成岩の一種だそう。
     岩漿は、がんしょうと読んで、マグマのこと。(Wikipedia)

長野県は、列島の中で、特に火山活動が活発。  地殻変動が激しい。  それで、高い山が多い。
この一帯は、マグマが、地表面に近づいている。

14年10月21日 (6)    14年10月21日 (7)



野猿公苑は、少し奥に。

14年10月21日 (8)

入苑料500円を払った。   美しい谷。

14年10月21日 (9)

露天風呂がある。   サルが入っている。   檻(おり)がないから、野猿ですね。
160頭ほどの、1つの群れ。

14年10月21日 (10)    14年10月21日 (11)

こんなに毛深くて、猛暑の時は、どうするんだろう。
傘がじゃまだからここにかけた。   子ザルがすぐにやってきた。   置いとけない。

14年10月21日 (12)    14年10月21日 (14)

160頭みんなは、入らない。    入るのは、50~60頭。   3分の1。   湯温、41度。

14年10月21日 (13)

混浴だけど、入るのは、メスと子供だそう。    極楽っていう表情。

14年10月21日 (15)    14年10月21日 (29)

水を飲んでいる。  子ザルは、泳いだりもぐったり。
子ザルは、好奇心旺盛。  
子ザルが、温泉の露天風呂に入ったのを見て、この風呂を思いついた。

14年10月21日 (30)    14年10月21日 (31)

いっつも、毛づくろいをする。   爪の形が、人間に似ている。

14年10月21日 (32)    14年10月21日 (33)

管理している人には、顔の形がみんな違って見えるという。

14年10月21日 (34)

子ザルの顔は、人間のおじいさんの顔に・・。

14年10月21日 (35)    14年10月21日 (36)

この子ザルも、これから、20数年生きる。

14年10月21日 (37)    14年10月21日 (38)

湯冷めはしない。   毛の奥までは、お湯が入らないそう。 

14年10月21日 (39)

少しの、虫歯。  磨かない割には、いい歯。   

14年10月21日 (42)     14年10月21日 (43)

温泉に入らないサルは、崖のあちこちに。
夜は山に戻る。   その日その日、寝る場所は違う。

14年10月21日 (40)    14年10月21日 (41)

こんな注意が。   失礼な表現がある。   そのことに、きっと、気づいていない。

14年10月21日 (44)

子ザルを背に、川を跳んだ。

14年10月21日 (45)    14年10月21日 (46)

もし、子ザルを落としたら、どうやって助けるのだろう。   子ザルは、泳ぐか。

14年10月21日 (47)    14年10月21日 (48)

一度休憩所に、戻った。  谷の奥に、霧が出た。

14年10月21日 (16)

エサやりがあると知って、戻った。   エサは、オオムギ。

14年10月21日 (17)

温泉の中にも、ばらまいた。

14年10月21日 (18)

お腹いっぱい食べるのは、大変。



手は、交互に。   エサをもらえるから、サルはやってくる。



湯田中温泉を歩くことに。   車は、廃屋の前の空き地に。
梅翁寺(ばいおうじ)。
小林一茶ゆかりの寺のよう。   雪深い、温泉地。

14年10月21日 (19)    14年10月21日 (20)    14年10月21日 (21)

感じのいいところを撮りながら、東風さんと歩いた。   人はいない。
閉鎖している旅館や店も。

14年10月21日 (22)

公衆浴場があるけど、地元の人と、宿泊客でないと、入れないよう。

14年10月21日 (23)    14年10月21日 (24)

古い湯田中温泉駅。  使ってる駅は、線路を挟んで、反対側に。
ここは、長野線の終点駅。   長野駅から、ここまで。   私鉄。
東風さんが、ここを走る電車は、東京の方から来ていると。  池上線かも、と。

14年10月21日 (25)    14年10月21日 (26)

※ 調べてみたら、この電車は、東京メトロと呼ばれる、東京地下鉄から買ったものだった。
   1993年のことで、長野オリンピックの5年前。
   池上線の電車については、最後に。

  
駅そばの、湯田中温泉の入り口。

14年10月21日 (27)

隣の渋温泉も見ようかと行ったが、駐車場が有料だったので、歩くのは止めに。
※ 車では、通って見た。  湯田中温泉よりは、少しいいかな。

14年10月21日 (28)

※ 人が集まる温泉地には、共通の取り組みがある。
   若い人が来やすいように。  日帰り客を大事に。  無料駐車場。  歩いて楽しい温泉街。
   安く入れる、温泉。  
   若い人に気に入ってもらえたら、いつの日か、宿泊で来るのが期待できる。
   若い人が離れたら、今の利益だけを考えたら、将来は期待できない。

   先日行った山田温泉は、上手だなって感じた。  小さな温泉地なのに。
   木島平村の、馬曲(まぐせ)温泉もいい。   最後に紹介。
   全国的な見本は、黒川温泉、湯布院温泉、草津温泉、など。
   改革を考える温泉地は、そこを見学に行って、学ぶ。

野猿公苑のサルは、冬にも温泉に入る。  寒い冬の方が、好きなよう。
スノーモンキーと呼ばれる。

あのサルたちは、あそこで暮らすから、人家には下りないという。
そんなプラスもあるよう。

【その他①】   温泉に入るサルは、野猿公苑が世界で唯一とかの表現が、ネット上にある。
         でも間違い。  函館の植物園のサルが、冬に温泉に入る
         秋に寄った時には、まだ入っていなかったが。

【ブログ紹介】   今日の近くの。
   外湯文化が息づく、情緒あふれる湯の町、野沢温泉。~野沢温泉村~  他  (2012/10/28)
   昭和の花嫁ちょうちん行列 (馬曲温泉開湯30周年記念)~木島平村~  阿弥陀堂  他  (2012/10/27)
   中山晋平記念館 ~信州 中野市~  他  (2011/7/14)
   北斎ゆかりの町 信州小布施 ~小布施町(おぶせまち)~   他  (2010/10/27)
   蔵造りの白壁の町並み、信州須坂を歩く。 忠治地蔵。~須坂市~   他  (2010/10/26)
   秋山郷最奥の切明で、アッカムイの足湯に入る。~栄村、津南町~   他  (2010/10/26)
   朧月夜が生まれた町 無料掛け流し温泉 他 (2009/06/21)

【今日の歌】   池上線   西島三重子



※ 池上線は、東急池上線。
   上の歌は、1976年に発売。   この頃走っていた、池上線の電車は、下の。
   東急3000系と呼ばれる。   あと10年ちょっとで、使われなくなる。   
   だから、当時は、古い電車。   隙間風が入っても、おかしくない。

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【停泊場所】    動物園横の、駐車場。

【その他2】    BSのアンテナは直った。   電気がうまく流れていなかった。

【明日の予定】   須坂を離れます。  富山県に向かいます。  途中どこかに寄って。

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こんな裏見の滝があるとは、想像してなかった。
雷(かみなり)滝。

水量が豊富で、豪快。
それを、上手に見せている。

全国に、どんな裏見の滝があるか、調べてみた。

   ※ 雷滝は、普通に見学できる裏見の滝では、規模の大きさが、日本一。
   ※ 美しさで言えば、熊本県の小国町に、鍋ヶ滝がある。  繊細な滝。
   ※ 大きさでは、白山の近くに、百四丈滝(ひゃくよじょうのたき)がある。 
      ここは、水が天から落ちてくる。
      見学は、普通の登山より大変。  簡単に、行けない。

雷滝は、豪快さ、水量、美しさ、滝を含む環境の良さ、見せ方等が、高いレベル。
トータルでの、裏見の滝としての、魅力の大きさは、日本一かも知れない。
悪くても、トップクラス。   そんな滝でした。

紅葉の季節に入って、高山村の松川渓谷は、観光バスがいっぱい。
松川渓谷の他では、洞窟も見て、ラジコンのグライダーも見て。
鉱山跡も、北アルプスも。

東風さんが、群馬県との境の毛無峠まで、連れて行ってくれた。
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東風さんのジムニーで出発。
大きな目標は、紅葉を見ること。  

初めは、人が行かないところに。  林道を走って。
行きつく先に、小串(おぐし)鉱山跡があるよって、東風さんの説明。

最終目的地の毛無峠は、須坂と草津温泉の、真ん中。

tizu13456.jpg

赤〇の道を走る。

tizu4789.jpg

深い谷に沿った林道を走る。   東風さんが、停車した。
谷に、鉄塔が見えた。
  
  ※ 昔、毛無峠の近くに、小串鉱山があった。   硫黄の鉱山。
  ※ その硫黄を、架空索道(かくうさくどう)で、須坂まで運んだ。  こんなの。   その鉄塔。
  ※ 硫黄は、マッチの原料。  今より必要な時代ですね。 
 
14年10月19日 (1)

こんな林道。  ジムニーは、砂利道は気にしない。
昭和30年代、小串鉱山の人々は、この道を通って、須坂市に。
1日がかりで、歩いた人もいた。

14年10月19日 (2)    14年10月19日 (3)ppp    

橋の上から、この風景。    紅葉が、それなりにいい。  カメラマンがいた。
滝があって、とんがった山も。
川は、樋沢(ひさわ)川。   
後で行く、松川の支流。  松川は、千曲川の支流。  千曲川は、信濃川の本流。

14年10月19日 (37)    14年10月19日 (40)

険しい岩山。   鉄塔が見えた。

14年10月19日 (4)

登山道が、あるかも知れない。

14年10月19日 (42)    14年10月19日 (41)

1時間半ほど走って、毛無峠に着いた。   大変な道を上がってきた。

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群馬県側を見た。  〇の所に、小串鉱山はあった。  
2000人ほどが住んでいたから、学校も店も、みんなあった。
正面遠く、左辺りに、草津温泉。
   名湯草津温泉は、湯けむりの中に。  湯畑は、草津のシンボル。~草津町~  他  (2013/10/28)

14年10月19日 (5)

鉱山の施設が、残っている。
元気なうちにもう一度って、見に来る人が、いるそう。
東風さんが先日下見に来た。  その時、老夫婦が来ていた。

14年10月19日 (46)    14年10月19日 (45)

右に、破風(はふう)岳。 写真左。  登山道が見える。  1999㍍。  立派な高さ。
石を積んで、2000㍍にするのは、違反なんだろうか。   こっそり。  

左に、毛無山。 写真右。  寒く風が強いから、木がない。

14年10月19日 (6)    14年10月19日 (7)

グライダーを飛ばしてる人がいた。

14年10月19日 (8)

プロペラはなく、舵(かじ)だけ、ラジコンで。   こんなの、初めて見る。
正面右に、浅間山。   江戸時代に噴火した。
   93名の命を救った、鎌原観音堂。  浅間山の、鬼押出し。(溶岩の集まり)~嬬恋村~  他  (2013/10/29)

14年10月19日 (9)

上昇気流を利用して、飛ばせる。
右は、最初はこう。 手で、すっと前に飛ばす。  すぐに、ラジコンで操作。
見てて、面白い。   電波の届く距離は200㍍か。

14年10月19日 (47)    14年10月19日 (48)

どこにでも、黒曜石が落ちていた。
元々あるのか。  道を作るのに、持ってきたものか。
大きな原石も、あった。

14年10月19日 (10)

長野県側の下には、中野市が見えた。  

14年10月19日 (11)

遠くには、北アルプスの北の方か。   白い。   山は、冬。  もう、登れない。

14年10月19日 (49)    14年10月19日 (43)

戻る途中、洞窟を見ることに。  距離が分からない。

14年10月19日 (12)    14年10月19日 (13)

10分ほど行ったが、着かない。  道は、よくない。
11時半過ぎ、45分まで行って無かったら、戻ろうねって、東風さんと決めた。

14年10月19日 (14)

そう言って、次を曲がったら、東風さんがあったと叫んだ。

14年10月19日 (15)

小さな洞窟だった。   ただの、穴の感じ。   見に来る程のものではない。
穴の中から撮影。

後で知ったが、ここは、貴重な遺跡だそう。
縄文時代の人骨が発見されている。

この洞窟で、どんな生活をしたのでしょう。

14年10月19日 (16)    14年10月19日 (17)

※ 洞窟から戻って、案内板に、10分とちょっとって、書いておいた。

同じ道を下って、山田温泉に行った。    左下の〇は、そこから紅葉を撮った。  滝のあった写真。

tizu3768.jpg

このそば屋さんで、ラーメンを食べた。  東風さん、おすすめ。
お腹が空いていたので、ライスまで頼んだ。  ライスは残した。
和風の味。  混んでて、並んでから食べるまで、1時間。  美味しかったから、いい。

14年10月19日 (20)    14年10月19日 (19)

山田温泉は、小さな温泉地。
ここは、秋川渓谷で、小さな温泉が、いくつかある。

14年10月19日 (21)    14年10月19日 (22)

共同浴場、大湯。  300円。  今回は、別の所に。 濁り湯に。
いつの日か、ここに入る。

14年10月19日 (23)

山頭火の句碑。
この温泉に来てるけど、ここで作った句ではない。

 ※ こういうことは、他の観光地でもやる。   

   芭蕉の句碑なんか、いっぱい。  どうしてでしょう。  
   山田温泉のある旅館は、この句でなく、この温泉に来た時の、文を紹介していた。
   下の文の一部を。   それがいのに。

       雑木山のうつくしさよ、青葉若葉の青さ、せぐりおちる谷水の白さ、山つゝじの赤さ。
       道は広くてよいけれど、山崩れがあって道普請が初まっている。
       ほどなく山田温泉に着いた。 まさに12時。 薬師堂があって吉野桜が美しい。
       山田温泉場はこぢんまりとして、きれいに掃き清められている。
       そこがかえって物足らないようにも感じられる。

     (昭和11年5月26日、山頭火は、朝7時に万座温泉を出発し、12時に山田温泉に着く)

足湯もある。
14年10月19日 (24)    14年10月19日 (25)

少し走って、雷滝を見る。  混んで混んで、大変。  
ジムニーは小さいから、停めるところを見つけるのは、楽。

深い谷に降りて行った。 滝の向こうにも、人がいる。
どうやって行ったんだろう。  滝の裏を通ったと、分かる。  大きな滝。

14年10月19日 (26)

こんなに大きな裏見の滝は、初めて。    水量の多さに、驚く。

14年10月19日 (27)    14年10月19日 (28)

裏見の滝は、全国にいっぱいある。  でも、崩れていたりして、裏に行けない所が多い。
ここの岩盤は、固そう。

14年10月19日 (29)





水しぶきで、濡れるほど。
ここは、滝百選には入ってない。   滝百選は、適当と分かる。   審査員は、実際には見てない。

14年10月19日 (32)

このように見学できる、裏見の滝では、日本一かも知れない。  他に、見つからない。

14年10月19日 (31)    14年10月19日 (30)mm 



滝から上がると、こう。   みんな、観光バスが来るのを、待っている。   ここに、駐車場はない。

14年10月19日 (33)

近くに、八滝も。  遠くに、大きく。 落差180㍍、八段と、ある資料に。
松川温泉の入り口に、赤い、高井橋。   
アーチ橋だが、三角の組み合わせもあるので、トラス橋でもある。  珍しい。

14年10月19日 (51)    14年10月19日 (52)

須坂に戻る途中、小安(こやす)温泉に。   濁っていて、泉質がよさそう。  1時間たっても、ぽかぽか。

14年10月19日 (34)    14年10月19日 (35)

雷滝が、普通に見学出来る裏見の滝では、本当に日本一か、確認が必要です。
どこが一番いいか、最後は、実際に見て決める。
他の裏見の滝も、見てみますね。

松川渓谷は、いいところでした。
その前に行った、檜沢川の渓谷も。

【関連ブログ】
   山彦の滝は、規模の大きな裏見の滝。  裏から見たら、水は空から。~遠軽町~ 他 (2014/8/30)

【今日の歌】    旅のサーカス   美空ひばりの、若いころの歌い方が好きです。  悲しい酒は、別。



【停泊場所】    須坂動物園横の、駐車場。

下の写真は、前日に停泊した、近くの河川敷の駐車場から。
白い山は、北アルプス。   

14年10月19日 (36)

町並みは、長野市。  白くない右の山は、戸隠連峰。
   戸隠神社奥社へ、樹齢400年の杉並木を歩く。  戸隠神社中社。~長野市~  他  (2013/10/17)
   高妻山は遠かった。 そして、危険でもあった。 ~戸隠連峰の最高峰~  他  (2011/7/13)
   国宝善光寺でお戒壇めぐり ~一生に一度お参りすれば極楽往生 長野市~   他  (2010/10/28)
   立山は、まだ雪の世界だった。   他   (2011/7/8)
   黒部ダム  室堂ハイキング ~立山黒部アルペンルート 立山町・大町市~   他  (2010/10/31)

14年10月19日 (39)    14年10月19日 (38)

【今後の予定】   須坂に、あと少し。   ネットで注文したものが、届くまで。
            どこか見学。   長野市も、すぐそば。

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群馬県には、大きな温泉地が2つ。
草津温泉と伊香保(いかほ)温泉。  
どっちも、県の西部に。  軽井沢が、遠くない。

今日は、伊香保温泉。
365段の石段が続く。
両側にお店。  石段街。
観光客はみんな、疲れるねって、登る苦労を楽しむ。

頂上に、伊香保神社。
その奥に、河鹿(かじか)橋。

戦国時代に、武田勝頼が真田昌幸に命じて、整備したという。
昌幸は、幸村の父。

歩くのを楽しみに、行ってみた。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

伊香保温泉は、山の中腹にあった。

tizu18987.jpg

見所は、石段街。   石段の下近くに、広い駐車場。  2時間まで、無料。  こういうのは、助かる。
こうです。  大きな温泉ホテルが見える。

14年10月16日 (1)

石段の説明。  長篠の戦で、武田軍は負けた。  鉄砲の弾がいっぱい飛んできた。  こんなの初めて。
    長篠の戦い。 長篠城。 決戦の地、設楽原。 鳥居 強右衛門。~新城市~ 他 (2013/6/12)
温泉は、傷を治してくれる。 
真田氏のあるのは、真田昌幸。  信玄の家臣だった幸隆の子供。  昌幸は、勝頼の家臣。
石段の頂上に、伊香保神社。

14年10月16日 (2)    14年10月16日 (3)

伊香保神社が見える。  今も、こんな風に。  後で分かる。
右は、明治の頃。

14年10月16日 (4)    14年10月16日 (5)

365段。  少し大変。   石段の温泉街は、他に知らない。
   ※ 急な石畳の温泉街なら、九州にある。  湯平(ゆのひら)温泉。  湯布院温泉に、近い。
        湯平温泉 ~美しい石畳と清流の温泉。湯布市湯院町湯平~   他  (2010/4/3)

14年10月16日 (6)

地図があった。  右地図の、赤〇の所を歩く。

14年10月16日 (7)      14年10月16日 (8)    14年10月16日 (9)

平日だけど、人は多い。  

14年10月16日 (10)    14年10月16日 (11)

振り返って。  
遠くの谷を、吾妻(あづま)川が流れる。  左のずっと上流に、八ッ場(やんば)ダムが出来る予定。
      吾妻渓谷。  鹿飛橋・八ッ場ダム・滝見橋。  川原湯温泉。~長野原町他~ 他 (2013/10/26)

14年10月16日 (12)

公衆浴場、石段の湯。   ここに入る予定。  だったんだが、財布を忘れたことに、後で気づく。

14年10月16日 (13)

石段は、このように続く。   望遠で撮影。
温泉まんじゅうは、伊香保が発祥。  大丈夫のようです。

14年10月16日 (43)

一休みの場所。  小路を行くと、旅館やホテル。
右は、与謝野晶子の文。  羅馬ってある。  これは、ローマのことなんですね。
野外劇場は、コロッセオ。  こんな風に、ライオンに人を食べさせたり。  戦わせたり

全てが温泉宿とある。  

14年10月16日 (15)    14年10月16日 (16)

212段まで来た。  疲れたの声が、時々耳に入る。  おなかいっぱいだし、を付け足したり。
水沢うどんの名前を、よく見る。  食べたことはない。
  ※ 調べたら、伊香保の水沢地区で作られ始めた。
    観光客向けの店が多い。
    香川県のうどんのように、地域に広まってはいないそう。(Wikipedia)
    こんなうどん。  庶民的でないか。

14年10月16日 (17)

足湯。

14年10月16日 (18)

石段の下を、湯が流れている。  その湯が、旅館に行く。
中央下の小間口から、見える。  反射して、見えにくい。

14年10月16日 (19)    14年10月16日 (20)

右に少し入ったら、薬師堂があった。  温泉が病気にいいから、温泉街に薬師堂ですね。
ここを登って、伊香保神社。

14年10月16日 (21)    14年10月16日 (22)

着きました。 写真を撮りながらだから、疲れない。
お賽銭のお金は、ない。    長くお願いする人も、いる。

14年10月16日 (42)

伊香保温泉の中心地が、伊香保神社の感じ。  ここに、人が集まる。
さらに、先に行く人も。

14年10月16日 (23)

万葉集にある歌。  この歌があるからでしょうか、伊香保温泉は、少なくとも、奈良時代にはあった。
大きく発展するのが、勝頼が整備した、戦国時代。
調子のいい歌。  「ろ」の意味を、やっと見つけることが出来た。  そうしたら、例文が、伊香保ろだった。

14年10月16日 (24)    14年10月16日 (25)    14年10月16日 (45)

御手植えの松。  昌子内親王とある。   明治天皇の第6皇女。
もしかしてと思って調べてみたら、そうだった。
ネットで騒がせてる、あの男は、玄孫(やしゃご)だった。   華原朋美は、愛想尽かした。

14年10月16日 (26)

河鹿(かじか)橋を見に行く。

14年10月16日 (27)

赤い太鼓橋のよう。

14年10月16日 (28)    14年10月16日 (29)

よく見たら、刎(はね)橋のデザイン。   本物の、刎橋ではない。
下の川で、河鹿(かじか)が鳴くので、河鹿橋ですね。  ※ 河鹿~カジカガエル  可愛く、いい声。

14年10月16日 (30)    14年10月16日 (34)

※ 刎(はね)橋は、両側からの、刎(は)ね上がる木で、橋を支える。
  代表的は橋は、猿橋。    日本三奇矯の一つ、猿橋 ~大月市~  他  (2011/11/4)

地図。   一番奥に来た。

14年10月16日 (31)

少し行って、飲泉所。
万葉集の歌があった。   意味が書いてある。 
 ※  万葉集の奈良時代とかは、朝鮮半島から人がやってきた。  文化を持って。
     下の歌を読むと、渡来人の感覚のような気がする。
        (和泉式部の歌だと、ああ日本人の歌だなって、思うんだけど) 

14年10月16日 (32)    14年10月16日 (33)

群馬県は、山深い県。   観光地は、西側に多いような。  草津温泉。  富岡製糸場。 碓氷峠。

14年10月16日 (44)

戻る。  財布を忘れたのを忘れて、店に入ったりする。

14年10月16日 (35)

歩くのが、楽しい石段。   疲れたねって言っても、不満そうでない。

14年10月16日 (36)

先陣を切るように、温泉街を整備したというんですね。

14年10月16日 (37)

小路に、ちょっとだけ、入ってみた。
右上に、おちゃらか、と。  おちゃらかほいの、おちゃらかですね。

14年10月16日 (38)    14年10月16日 (39)

戻ってきた。

14年10月16日 (40)

駐車場の横に、徳富蘆花(とくとみろか)記念文学館。  この人の本は、読んだことない。

14年10月16日 (41)

石段の温泉街。  
歩ける温泉街は、いい。  しかも、石段だから、なおいい。

この後、草津温泉の道の駅に向かった。
草津温泉には、無料の公衆浴場があるので。

【今日の歌】   アントニオ・バンデラス です。   出身は、スペイン。



【道の駅】 草津運動茶屋公園   

tizu2547.jpg

鶴太郎美術館のお店にちょっと寄って、地蔵の湯に行きました。  途中、温泉まんじゅうを1ついただいて。

草津 (1)    草津 (3)    草津 (2)

草津 (4)    草津 (5)

【今後の予定】   須坂に一週間ほどいます。  BS のアンテナが故障。 直します。
             山奥に、紅葉を見に行くことになりそう。  東風さんと。
             ネットで購入するものを、東風さんにお願いする。

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これほど深く、そして狭い峡谷は、今まで見たことがあるだろうか。
感動できる峡谷には、滅多に出会えない。  久しぶり。
名前は、瀬戸合峡(せとあいきょう)。

そこに、渡らっしゃい吊橋があった。
尊敬をこめて渡りなさいと言ってるのだから、渡ってみた。
橋が信用できなかったら、渡るのはきっと怖かった。

場所は、川俣ダムの直ぐ下。
昔の川俣集落はダム湖に沈んで、新しい集落は、ダム湖の横に。
秋が深まり、寒くなってきた。
共同浴場があったので、そこで温まった。
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利根川の一番大きな支流が、鬼怒(きぬ)川。   その上流に、瀬戸合峡。

tizu111.jpg

駐車場の位置など、行ってみて、初めて分かった。

ここは、川俣(かわまた)地区で、川俣ダムがある。
渡らっしゃい吊橋は、ダムが管理していた。
それで、こんな入り口。   ごちゃごちゃした地図なので、見にくい。

14年10月14日 (3)    14年10月14日 (4)

峡谷や滝、そして洞窟などは、観光資源として、弱い。
今強いのは、山。
登山が大変なら、ロープウェーで行く。

黒部峡谷の室堂も、人人人。  そこからなら、3000㍍を越える立山に、誰だって登れる。
雄大な風景の魅力は、峡谷や滝などの、部分の魅力より、ずっと大きいようだ。
御嶽山には、子供も登っていた。

ダムへの車道があって、その屋根が、歩道。
直ぐに見えてきた。

14年10月14日 (5)    14年10月14日 (6)

川俣ダムと、川俣湖。

14年10月14日 (33)

※ 余談ですが、川俣という地名なので、川俣地区は、川が分岐していた。 俣(また)にように。
   ダム湖の形で、それが分かりますね。
   川の分岐点に、集落や、学校が出来ます。
   特に学校は、そこに作らないと、もめる。

pppp8.jpg

ダムが見えた。  そして橋も。  天空にあるように見えるのかなと、思っていた。

14年10月14日 (34)

資料室を通り抜けて、ここを行く。
200段以上下って、また登った。   大変。  何を考えていたのか、写真を撮り忘れた。

14年10月14日 (7)    14年10月14日 (13)

橋のたもとに着いた。
鐘がある。   説明では、ここは、天使の丘。  鐘は、天使の鐘。
この一帯には、イワツバメが棲んでいる。
ツバメは、幸せを運ぶと言われる。 (軒先のツバメの巣を、壊さないのは、そのためか)

幸せを運ぶって、その話の出どころはあるのでしょうか。
それは、「幸福(しあわせ)の王子」の話。  作者は、オスカー・ワイルド。   アイルランド出身。

ここに来たら、ツバメが幸せを持って来てくれる。
何かを願って、鐘を鳴らすのは、願いを伝えるためか。
願いが叶った人は、神への感謝。  ツバメへの感謝。
そんなことでしょうか。

14年10月14日 (8)    14年10月14日 (9)

※ こんな話。  ツバメも王子もかわいそう。



※ 「ナイチンゲールと赤いバラ」って話も、彼の作品。

横道に逸れました。  渡らっしゃい吊橋は、特別に大きくは感じない。 

14年10月14日 (35)    14年10月14日 (10)

ダムの上の方にも、家が見えた。  見晴らし茶屋。  後で行く。

14年10月14日 (38)    14年10月14日 (53)

下を見たら、こうだった。  驚き。   吸い込まれそう。

14年10月14日 (37)

下流側。   狭い谷。  鬼怒川。
後で行く茶屋への道が、旧道みたいだった。
この谷なら、下に道は、むずかしいですね。

平家の落人の話が本当なら、川伝いに逃げて来たけど、ここは山越えしかない。

14年10月14日 (39)      14年10月14日 (41)

見える山は、日光連山。  ここから、10㌔ほど。   山の向こうに、日光東照宮。
           日光 ~東照宮・華厳の滝・中禅寺湖~   他  (2009/10/15)

14年10月14日 (12)

真下です。   106㍍。   橋の長さは、75㍍。

14年10月14日 (42)

戻って、ダムから撮影。  下への道はあった。  関係者しか行けない。  少し下流に、小さな橋も。
水を放流しているのは、川の水量を、調節するため。
昔は、そんなことに、ダムは無頓着。
川は、自分たちのものと思っていた。
川は誰のものって声があがって、気を遣うようになった。

 ※ 海は誰のものって、思うこともあるかな。
    政治の力を使って、権利のほとんどを、漁業者のものにしてしまった。
    このことについては、いつか。

14年10月14日 (43)    14年10月14日 (45)

ここのダムは、有効に活用されているかは、何かで知れるんでしょうか。

  ※ 発電や治水とは分かっているけど、問題は、計画通りに機能しているかですね。
     実は役立ってないけど、じっとそれを隠しているダムが、全国にはきっとある。

14年10月14日 (44)

ダムの奥に来た。

14年10月14日 (47)

この、瀬戸合峡沿いの道は、右にあるけど、新しい道は、トンネル。  向こうも、瀬戸合峡。

14年10月14日 (48)    14年10月14日 (52)

再び地図があった。   右の地図の、赤〇を、動き回った。

14年10月14日 (16)     14年10月14日 (17)

資料館を見た。    集落のあるところは、広かったんですね。   出口が、狭かった。   そこに、ダム。
山の木を切るだけ切ったら、洪水が増えた。   ダムを作る理由が出来た。

14年10月14日 (18)    14年10月14日 (1)

湧き水の井戸でしょうか。   手前の方で洗濯。   その上は、野菜を洗う。  もっと上は、飲み水。
貧乏した時代だけど、それが当たり前と思っていた。
卵は、ごちそうだった。  今は、また卵か~って。   卵かけごはんは、美味しいけど。
    卵かけご飯専門店、「弁天の里」。  湯の花温泉、烟河(けぶりかわ)。~亀岡市~  他  (2104/1/15)

   
14年10月14日 (19)    14年10月14日 (20)

湯西川温泉には、この次、行ってきます。

川俣温泉も奥鬼怒温泉かと思っていたけど、違いました。
奥鬼怒温泉に、八丁湯があるけど、ずいぶんと歩いた。 大変だった。  
     奥鬼怒温泉郷 八丁湯の露天風呂 ~鬼怒川の源流 日光市~  他  (2011/10/24)

右は、展望茶屋からの写真。  

14年10月14日 (54)    14年10月14日 (21)

これも。  紅葉が始まりだした状態。   今年の紅葉は、期待できるそう。
京都は、11月の下旬。  愛宕山はや高尾は、11月の中頃ですね。

14年10月14日 (22)

そして、温泉に。  上人 一休の湯。
勝道(しょうどう)上人が、川俣に来て一休みした。
 
   ※ この上人は、日光山(男体山)を開いた人。  日光の祖。
     ただ、日光は、家康の東照宮が出来て、一大観光地に。

14年10月14日 (2)

内湯と露天風呂。  露天風呂は、ぬるかった。  体温より低い。
ガラスなど、清掃が不十分なのが、気になったかな。(シャワーのホースに、黒いカビ)
  
湯船は、問題なし。

14年10月14日 (49)    14年10月14日 (50)

川俣集落。  全戸に温泉があるよう。
一休の湯を、地域の人は、安く使えるようにすればいいのに。
そうしたら、地域の人が、毎日顔を合わす。
不便がいい時も。

14年10月14日 (51)

平家塚。   愛宕山への、登り口。

14年10月14日 (23)

平家塚。 持っていたら平家と分かってしまうものを、埋めたそう。
京都の愛宕(あたご)山の信仰ですね。
天狗のことが書いてある。
先日の白石城の絵馬に、イノシシに乗った天狗が描いてありましたね

14年10月14日 (24)    14年10月14日 (25)

地蔵さん。  この山を登ると、いっぱいあるという。   往復1時間なので、やめた。

14年10月14日 (26)

同じ人が彫ってますね。  いい表情。

14年10月14日 (27)    14年10月14日 (28)

上の右の写真には、六十六部供養塔とある。  宝永六年。
六十六部とは、法華経を書き写したのを66部持って、66の寺に納めてきた僧のこと。
全部終わったら、供養塔を作る。  旅の途中で倒れた場合に、作ったのも。

江戸時代の宝永の頃に、もっとも盛んになる。
ちなみに、宝永6年は、1709年。    2年前の宝永4年に富士山噴火。
海の方から見たら、富士山の中腹の右に、小さな山が見える。  宝永山。 噴火の跡。
          富士山五合目に。 そして、宝永山に。~静岡県~  他  (2011/11/7)
六十六部の僧は、大変な旅をする。
だから、下のような話も。
右をクリックすると、お話のサイトに。   「こんな晩」   怖いのが苦手な人は、・・。

帰る途中に、滝。   蛇王(じゃおう)の滝。   落差、30㍍ほど。  もっと高く見える。

14年10月14日 (29)    14年10月14日 (55)



国道に出て、西に向かった。   龍王峡があった。
写真を撮った。  来たことあると、思い出して、戻った。

14年10月14日 (30)    14年10月14日 (31)

この橋を渡って、ずっと行ける。
     竜王峡自然研究路を歩く ~日光市~  他  (2011/10/23)

14年10月14日 (32)

瀬戸合峡、そして、渡らっしゃい吊橋は、よかったですね。
峡谷を見に行っても、がっかりすることが多い。

平家のことが、気になります。
北の隣の、湯西川温泉が、ここと同じように、平家の落人を名乗っている。
同じ仲間かも知れない。
この次は、行って、調べてきますね。

※ 全国の平家の落人は、合戦で負けた平家の数より、はるかに多い。
 
  自分の先祖が普通なのはいやだから、源氏にしたり平家にしたり・・。
  そういうことも、多かった。

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【今日の歌】       下の歌です。  右をクリックしたら、下のサイトに。  もう森になんか行かない
           ※ 下の画面が出たら、▶ をクリックします。 歌が流れます。
             歌詞を見ながら聞くといいですよ。
             最後の歌詞が好き。 過ぎた過去を追いはしない。 森は過去かな。
             この歌は、多くの人が歌っている。
             彼女が歌うのが、飛びぬけていい。   好き。
             歌詞の解釈と、表現がいいのかな。

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【道の駅】   ぐりーんふらわー牧場・大胡

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【今後の予定】     16日に、伊香保温泉。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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「阿梅、城を出て、小十郎のもとに行け。 そして、大八を頼む」
父幸村は、娘の阿梅(おうめ)に、そう言った。

1615年5月6日、大阪城落城の前日の夕刻。
真田家の血を残すために。
次男大八を守るために、だった。

阿梅姫12歳、大八4歳。

この、真田家が血を残すというのは、関ヶ原から始まっていた。
幸村は、父と共に西軍。  兄の信之は、東軍。

阿梅姫と大八は、秘密裏に、無事に脱出。
片倉小十郎のもとに。  (2人が同時にでは、ないよう)

小十郎は、幸村から姫を預けられた責任の重さを両肩に感じ、体が震えた。
この阿梅姫は、のちに、小十郎の妻になる。

彼女の美しさは、すべての難題を乗り越えさせた。

次の7日に、大阪城は落城。
父の幸村は、討死。
家康を仕留める、あと一歩の所まで行っていた。

この日で、戦国時代は終わった。
    ※    ※    ※    ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

     
白石(しろいし)市は、仙台の南に。   左に、米沢や山形がある。
   ※ しろいし、と読むことは、昔から知っていた。  訳は、後で。

赤〇は、奥州街道。   北へのメイン街道。
オレンジは、分岐して、羽州(うしゅう)街道。
分岐点は桑折(くわおり)で、上山(かみのやま)、そして、山形へ。

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観光客に、広い駐車場が、用意してあった。   白石市は、優しい。
坂道を行く。   柿はまだ食べてない。  食べたら、鐘が鳴ってくれるか。

14年10月12日 (1)    14年10月12日 (2)

折り返して、この道。   人のいる辺りに、昔は門があった。

14年10月12日 (3)

明治に入って、城は取り壊し。   売れるものは、売った。  まだ持ち主は、幕府関係。
ここで問題。   売って手に入ったお金は、何に使ったでしょう。
ヒントは、今までの文にあります。  むずかしいかな。   答えは、写真の下に。

門はよその寺に、今はある。  寺は、決して、手放さないでしょうね。
白石城には、昔のままのものがない。   ここにあれば、どれだけ大きな価値か。

14年10月12日 (4)    14年10月12日 (5)

※ 答えは、北海道への移住に使った。
      仙台藩白石城主・片倉氏家中と、その家族約400名。  札幌近郊に、開拓に入った。  白石村とした。
      1871年のこと。   白石村は、現在、札幌市白石区。

左右で、石の積み方が違った。   左は、古くからの、野面積み。   のづらづみ。
右は、江戸時代に入ってからの積み方。  切込み積みでいいかな。

14年10月12日 (6)

城が見えてきた。   片倉小十郎の名前が。   江戸時代を通して、片倉家の居城。
ここは、仙台藩(伊達藩とも)。   藩に2つの城は、特別。 (白石城の天守は、天守でないことにする)   
この紋は、先日見たのと同じ

14年10月12日 (7)

阿梅(おうめ)姫です。  
彼女は、父の幸村と別れる時、何を言ったでのしょう。
大河ドラマで、どうなるか、楽しみ。   誰が演じるのかな。

14年10月12日 (8)    14年10月12日 (9)

白石城。   仙台藩に2つ目の城だから、本丸とは呼ばなかった。
木造での復元。   これがすごい。   ※ 木造の再建だけ、復元と呼んでいい。(文科省)
  
14年10月12日 (53)

※ 戦後、100位城が作られた。
  その中で、昔の通りに、しかも、木造で作ったのは、たったの3つ。  この3つだけが、復元天守。
        (昔のまま残っていたら、現存天守。  全国に12。  国宝になってるものが多い)
  復元天守は、ここ白石城と、掛川城と、大洲城。  白石市は、すごい。  これを勧めて人がいたんですね。 
     木造で天守を再建した、掛川城 ~山内一豊が10年間城主だった。 掛川市~  他  (2011/11/11)
     伊予の小京都、大洲の町並みを歩く ~大洲城、おはなはん通り、臥龍山荘 他~   他  (2011/2/2)

町の案内図。   〇の所を歩くことにする。  歩いて楽しい道は、少ないかな。  後で知る。
どう作るかが、今後の課題でしょうか。

14年10月12日 (10)    14年10月12日 (11)    14年10月12日 (12)

左向こうから来た。  
黒っぽい石垣が、元々のかなと。   明治に入って、石垣も壊された。
大手二階門から入る。   ※  大手門は、城の正門。  二階門は、上が家っぽい。 櫓(やぐら)門とも。

14年10月12日 (13)    14年10月12日 (14)

天守です。   ※ 幕府に対しては、大櫓ということにしていた。  天守がないから、本物の城ではないということに。

14年10月12日 (15)

この一帯広くに、二の丸。  ここにみんな住んでいた。  阿梅姫も。

14年10月12日 (16)

今は新しくても、復元天守だけは、いつかは価値がでる。

14年10月12日 (17)

別方向から。  いいですね。

14年10月12日 (54)

見学料は、300円。   城だから、入城料にすれば。   1階部分。
300年は、普通に、持ちこたえる。

14年10月12日 (18)

何だろうと思って、近づいてみた。

14年10月12日 (19)

片倉小十郎が、大阪に行く前に、京都の愛宕(あたご)神社に、戦勝祈願したんですね。
無事に勝ったので、お礼に、絵馬を奉納した。

それだった。  ここにあるのは、写真を印刷したもの。
本物も、古くなったので、修復したり、江戸時代に再度作って奉納したり。 
下絵を撮って、スクリーンに写したのが、ここにある。

絵は、愛宕神社ゆかりの内容。   愛宕太郎坊。

14年10月12日 (21)    14年10月12日 (22)

※ 上の説明には、慶長20年とある。
  でも、絵馬には、元和(げんな)元年5月24日とある。
  正式には、元和は、7月13日から。
  
  夏の陣が5月15日に終わった。
  世に中、戦いが終わったので、和の文字を入れた、元和に改元することになった。
  正確には、7月13日からだけど、 実際は、元和にする情報は、出回った。

  絵馬を作るとき、世の中は変わったということを示すために、慶長でなく、あえて元和にした。
  こんな風に、想像します。 

   愛宕寺へ行くことは、愛宕山への登山と同じだった。 標高差、840㍍。~京都市~  他  (2012/11/25)

※ 愛宕山には、明智光秀も、行ってますね。   
   亀岡市から、明智越を通って、水尾へ。  保津川沿いの風景。~亀岡市~  他  (2014/4/27)

※ 上の絵馬の復元の取り組みがあった。  上は、その時に撮った写真と、思われる。
   詳しくは、下に。



上への階段。   城の階段は、どこも急。

14年10月12日 (20)

2階に上がった。 そっちの部分は、城の石垣から、はみ出ている。  
床を開いて、石を落す。  小さな窓からは、鉄砲や弓矢。

14年10月12日 (23)

2階から、3階へ。  小十郎や、阿姫に関する資料はない。  置いてほしい。  売っていたが。

14年10月12日 (24)

最上階。   ここからの見晴らしがいい。   城の魅力。

14年10月12日 (25)

芝生の辺りに、二の丸があった。   

14年10月12日 (26)

見える家並みは、白石市の中心街。

14年10月12日 (27)

中心街の、北方面。

14年10月12日 (28)

遠くに、蔵王連峰。    蔵王山は、手前の山の向こう。  見えてるのは、不忘山(ふぼうさん)。
白石市の人たちは、この山に、親しみを持っているよう。  校歌には、この山が登場。
山の右に、遠刈田(とおがった)温泉。
    遠刈田温泉~蔵王の東麓に位置し、金売吉次によって開かれたとも・・~  他  (2011/4/23)

14年10月12日 (29)

城を出て、反対側から見た。

14年10月12日 (30)

別の道を下りて、武家屋敷に。  武家の家並みかどうかは、分からない。
左から、下りてきた。   右を行ったら、神明社。

14年10月12日 (33)

この神社が、誰に大事にされたかが、書いてある。
まず、藤原秀衡。   奥州藤原氏4代の3代目ですね。
そして、蒲生氏郷(がもううじさと)。   この人は、会津若松。  松阪にいたことも。
   松阪を歩く。(松阪城跡~駅)  空は 悲しいまで晴れていた。~松阪市~  他  (2013/4/24)
それから、甘糟 景継。  米沢藩の、上杉景勝の家臣。   
                   ※ 直江兼続は、景勝の家臣。 同じ時代を共に生きた。 
この人が白石城の城主としていたときに、油断して、伊達政宗に城を取られた。
その後は、正宗の家臣の小十郎が、城主になる。

14年10月12日 (31)    14年10月12日 (32)

こんな道を歩いて。   バラが咲いていた。  秋のバラ。

14年10月12日 (34)    14年10月12日 (35)

着きました。   左側です。  右に、受付。  200円。
武家屋敷の通りではなかった。

14年10月12日 (36)

片倉家中武家屋敷。  ※ 家中は、家臣か。
260年前の建物。  家臣の小関家の家。

14年10月12日 (37)

もちろん、解体修理が終わっている。

14年10月12日 (38)

広い土間があって、そこから撮影。  豪農の住宅のようでも。

14年10月12日 (39)

ここで食事。  夜は、 終わってもここに。   どんな会話でしょう。  聞いてみたい。
健康に生きられることを、今の時代より、当たり前には思っていなかったでしょうね。

14年10月12日 (40)    14年10月12日 (41)

武士だから、剣の鍛錬か。

14年10月12日 (44)

反対方向から。  向こうに、花。

14年10月12日 (45)

水の流れと花がいい。
ヒイラギナンテン。  メギ(目木)属の木だそう。  初めて見る。
葉っぱがヒイラギ(柊)、実がナンテン(南天)に似ているので、この名前。   
借り物でない名前にしてあげればいい。

14年10月12日 (43)    14年10月12日 (42)

表側の庭から。

14年10月12日 (46)

門から入ったところの、盆栽。

14年10月12日 (47)

この後、地図のおすすめのコースを歩く。   川は、沢端川(さわばたがわ)。
水の管理はよくなく、濁っている。    白石市は、このままには、しないでしょうね。 

コイがいた。  水が冷たくなってきた。  コイの楽しみは・・・。
楽しみや生き甲斐がないと不満を口にするのは、人間だけかな。

14年10月12日 (48)    14年10月12日 (49)

酒造会社。   小十郎とある。

14年10月12日 (50)    14年10月12日 (51)

屋敷が見えたけど、戻る。

14年10月12日 (52)

お店に、こんな絵。   白石市は、温麺(うーめん)で知られる。
油なしの素麺の感じだそう。  こんなの。  食べたことはない。   しょっぱくなければ、体にやさしそう。

14年10月12日 (55)

この後、駐車場に戻る。

なお、阿梅姫については、知ることが出来なかったので、調べたことを、下に。

  彼女は、白石城の二の丸に育った。
  小十郎の妻に気に入られる。   
  5年後の1620年に、重長の側室となる。
    ※ 暮らす場所は、ここだけでなく、江戸屋敷でも。
  その6年後の1626年、妻である正室が亡くなる。  阿梅に妻となるように頼んで。
  阿梅は、後妻となる。
  1648年に父・幸村を弔うために月心院を建立。
  1659年、小十郎死亡。
  1681年、阿梅死亡。   77歳。  墓は、市内の当信寺に。
  阿梅姫はどんな人かって、漫画では、こう

また、大八は、多くの人の世話になり、仙台藩真田家の始祖になる。 
大八であることを隠し通した。   
途中で、幕府は知っていたよう。 もう名乗っていいって、許した感じ。
城が2つのことも、大八のことも、伊達政宗の力の大きさを、感じさせる。
詳しくは、ここに

阿梅姫のことも、大八のことも、大河ドラマを面白くさせてくれる、予感。

白石城に行って、多くのことを知りました。
ここまでの城とは、知らなかった。

※ 付け足し  
    ブログによく登場する、北海道の浦河の、Tさんの母方は、小十郎の家臣と分かっています。
    北海道の、現在の伊達に入植。 そっち方面のTさんの親せきには、町長さんや教育長さんがいる。
    代々、その町での名士なのか。

【関連ブログ】   下のブログを書いた時は、幸村が大河ドラマになることは、決まっていない。
   信州上田は、真田幸隆・昌幸・幸村、3代の郷。 上田城跡。 他。~上田市~  他  (2013/5/28) 

【今日の歌】 バラを見たので。



【道の駅】   那須野が原博物館

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【今後の予定】  14日は、川俣温泉。   奥鬼怒温泉郷。   最奥の八丁湯には、以前行っている。

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ずっと昔、骨寺村と呼ばれる、村があった。
髑髏(どくろ💀)伝説があって、この名前。

中世の鎌倉時代に、骨寺村の絵図が、描かれた。
その絵図の通りの風景が、今に残っている。  それが、珍しい。

家々には、屋敷林がある。
不思議なことに、見る方向で、家は現れたり、隠れたり。
まるで忍者。
最初に見たとき、家がなかった。  見えなかった。
骨寺だから、無いのかと思った。

ここは、世界遺産を目指している。
骨寺村の荘園は、世界遺産の平泉と関係ある。
でも、構成資産から、外されてしまった。
価値を、選定の調査をするイコモスへの説明が、不十分だった。
今、再度、価値を整理し、世界遺産を目指している。

骨寺は、今は本寺となっている。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

骨寺村は、今は、本寺地区。   一関市 厳美渓(げんびけい)町 本寺地区。

16567地図

ここは、平泉の観光地の一部。  

27768地図2

北の方の山道を抜けて、駒形根神社を目指した。  一度来ていて、以前も神社を拠点に。

神社から、東を見た。  広く水田。   家は見えない。  実際は、両側にいっぱいある。
これが、不思議。   
私は不思議に思うけど、現地では、ここの景観の魅力として、とらえてない。   宣伝してない。

14年10月10日 (57)

一番近い、左と右だけ、家が見える。

14年10月10日 (58)    14年10月10日 (59)

まず、駒形根神社へ。  こまがたね神社。     神社の前に、石碑がな並んでいる。

  ※ 珍しいのがあった。  右の写真の右端。  行山鹿子踊。   ぎょうざんししおどり。
        石碑には、文久三とある。  1863年。
        幕末。  大政奉還まで3年、明治維新まで4年、と云う時代。
     この踊りは、今に、続いている。  行山は、行山(ぎょうざん)流のこと。
     中尊寺での鹿子踊の写真がある。これ。  
 
  ※ 写真には、シカの角が写ってる。  本物なら、角が必要なので、シカを獲る。
    だから、石碑に、供養の字があるのか。  駒形根神社は、の神社。そこに、鹿の石碑。 
    字の上の紋は、伊達家の紋。 (江戸時代に入って、ここは、仙台藩の直轄地になる)

14年10月10日 (1)    14年10月10日 (2)

参道の石段を登る。

14年10月10日 (55)

駒形根神社は、地域の中心の神社。   鎌倉時代の絵図にも、載っている。   後ほど。

中に、動物愛護、自然に感謝と、書いてあった。
そうい云えば、この地方にも、草木塔の考えがあってもおかしくない。
日本の自然保護の考えの、原点とされる。
           草木塔のふるさと 他  (2009/06/26)

右の小屋に、馬がいた。  本物ではなく。

14年10月10日 (56)    14年10月10日 (4)

奉納された、絵馬がいっぱい。  2つ紹介。
  ① 関孝和の数学の問題。   以前も、どこかで、、奉納してるのを見た。
    関孝和は、数学(和算)の天才。
    でも、同じ1700年ごろのヨーロッパでは、ニュートンを中心に、微分・積分の時代に。
    その後、リーマン予想、ポアンカレ予想など、夢は宇宙に向かって。
    レベルが違うかなって思うけど、日本は日本で、それなりにだったか。

        ※ リーマン予想は、まだ解けない。 解けたら、ノーベル賞3つくらいの価値か。
          宇宙の壮大な仕組みが、解決されるかもしれない。        
             旅は一休み、23日目。  リーマン予想が解けたら、宇宙の何が分かるのでしょう。~亀岡市~ 他 (2013/12/15)
 
  ② 右は、那須与一。   屋島での様子ですね。  受けたのは、玉虫御前(鬼山御前)
      源平の古戦場、那須与一が扇の的を射た地。  85番札所、八栗寺。~高松市~  他  (2012/12/19)
      五家荘、平家の里。  鬼山御前。  梅の木轟の滝。~八代市泉町五家荘~  他  (2013/2/25)

14年10月10日 (5)    14年10月10日 (6)    14年10月10日 (7)

神社の下に、案内があった。

14年10月10日 (8)

昔は、ここは骨寺村。  中尊寺の、荘園だったと云うんですね。   荘園は、私有地の感じか。
後で、もう少し詳しく。

14年10月10日 (9)    14年10月10日 (10)

近い所を歩く。

14年10月10日 (11)    14年10月10日 (12)    14年10月10日 (13)

手持ちの地図がないので、国道沿いの案内所に行った。
そうしたら、近くに、交流館が出来たという。   勧められたので、行った。

下は、交流館の駐車場にあった地図。
全体の世界遺産を目指したが、いくつか、外れた。

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骨寺村荘園交流館。   お店もあって、ニンジンとピーマンと、草餅を買った。

14年10月10日 (16)

最初に映画を見た。   エンジン付きのパラグライダーで、撮影。
左は、西の端。

右の写真の向こうが、西。   冬、西からの風が強い。  それで、西側に、屋敷林。
神社は、向こうの方に。   そっちから見たら、家が見えない。   木の陰。

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中世の時の風景と、大きく変わらないと言われる。

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そして、展示室に。

14年10月10日 (21)

これが問題の地図。   2つの、陸奥国骨寺村絵図。   中尊寺所蔵。
道、川、山の位置は、変わらない。   家も、今もそこにある。
地図の上の方に、神社が見える。  駒形根神社。

左の地図の、神社の左の方に、骨寺堂跡とある。  この時代に、骨寺は、もうなかった。
右の地図には、同じ場所に、骨寺跡と。

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藤原氏の、初代清衡(きよひら)の時代のこと。
    ※ 義経が世話になるのは、3代秀衡(ひでひら)。

清衡は、お経の書写したのを作った。   書いたのは、蓮光(れんこう)。
それを保存する建物が、経蔵。   蓮光は、そこの別当に。  長官の感じ。
さらに、蓮光は、自分の土地だった骨寺村を、経蔵に寄付する。 (中尊寺の経蔵に寄付)
それは、荘園の形になり、租税は経蔵に入る。 (これでいいのかな)

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書いたお経は、これ。   金の文字と銀の文字が、交互に。   5300巻。

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※ 私は、経蔵の写真を撮っていない。   価値を知らなかった。   こんな建物
     
       雨の中尊寺を歩く。  五月雨の 降残してや 光堂。 ~平泉町~  他  (2013/10/2)

屋敷林は、イグネと呼んでる。   居久根。
   ※ 屋敷林は、隣との境界でも。  居久根の居は、家の意味。  久根は、境界の意味。
イグネが立派だと、家の格が上がる。

今も行事は、行われているのでしょうか。  過疎化すると、消えていく。

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この後、歩く。   交流館から歩くのが、一般的。
私は神社に戻って、そこから歩く。   上の方の地図の、赤〇を付けた道。

神社から、南の、国道に向かう。   東方面。  家は見えない。

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西方面の風景。   秋の風景。   冬に備える季節に入った。

14年10月10日 (33)

細い道に。  東に向かってる。  右の方に、国道。   
左は、家と屋敷林を挟んで、さっき見た広い田んぼ。

畑には、知らないものがある。

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家が見えた。   西側に、屋敷林。    イグネ。  家の向こうは、田んぼ。

14年10月10日 (36)

イグネ。   分かりやすいですね。  遠くの家も、見える。

14年10月10日 (37)

国道に出てきた。  家の向こうに、磐井(いわい)川。  南は、そこまでが、骨寺村だった。
石碑が、時々。

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交流館の前に来た。  
この立派な建物を見て、一関市の、骨寺村の世界遺産の追加登録への取り組みは、本気と分かる。

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交流館前で、曲がって、田んぼに。

出てきた。  向こうは、西方面。  
遠くに、さっきいた神社。   家がみんな見える。   これが、面白い。

14年10月10日 (60)

東方面。   こっちは、イグネで家は見えない。

14年10月10日 (61)

カキツバタが、秋に咲いている。  こんなのも、あるよう。    二季咲きとか四季咲き。
屋敷林に、囲まれて。

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遠くに、駒形根神社。    田んぼの中央を、本寺川。

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中世の風が流れるって、映画にあった。

14年10月10日 (43)

これらの家が、神社からは見えなかった。   北側の家並み。

14年10月10日 (44)

南側の家。   右の、西側に屋敷林。

14年10月10日 (65)

ここ数日天気がいいと分かっているから、干したのか。   確かに、米が付いている。
台風が来るので、急いで脱穀している所も。

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遺跡は、あちこちにある。  ここは、遠西(とおにし)遺跡。
常滑の三筋壺の破片とある。  常滑(とこなめ)は、名古屋の南の知多半島のの付け根に。
三筋壺は、こんな壺。 さんきんこ、と読むのが基本。 みすじつぼ、でもいい。  左の壺の鑑定額は、160万円。
     常滑、やきもの散歩道を歩く。  廻船問屋、瀧田家。~常滑市~  他  (2013/11/12)
※ カワラケは、素焼きの土器のこと。 運試しに、投げたりするところも。
  瓦(かわら)(け)って書く。 笥(け)は、器(うつわ)や入れ物の意味。 箪笥(たんす)の笥(す)。   

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田んぼの向こうの家。   歩いていると、隠れ始めた。

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振り返ると家は見えない。   

14年10月10日 (49)

忘れてた。  骨寺村の伝説は、ここに。(交流館のHP)  右上の×で戻る。

いい雰囲気の家です。   人には、会わない。

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神社が近くなった。   脱穀の終わった稲が、美しく並ぶ。

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この風景の中を歩いてきた。  1日だけでも、中世に戻ってみたい。  本物の中世の風に。

14年10月10日 (53)

戻ってきた。
少し前に、子供とすれ違った。
私が挨拶の声を出すより一瞬早く、こんにちわって、挨拶してくれた。
自転車で、家に向かっている。  
カラスはとっくに、山に帰って、中世の風は冷たくなった。

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全国に、美しい農村景観は、いっぱいある。
  ※ ダメでも、美しいって、宣伝してるところも。

骨寺村があったここは、いい。
景観がいいし、家が消える不思議さもある。
中世の絵図の通り残っているのも、いい。
美しさと歴史の両方を、兼ね備えている。

平泉の世界遺産に加わる日は、来るでしょうか。
一関市は本気なようなので、楽しみです。

【今日の歌】    安倍なつみ「光へ」     本田美奈子のような目つきをする。  視線の先を、見据えて。



【道の駅】   三本木

36567地図

【今後の予定】    12日に、仙台で、タイヤ交換。  前輪。  午後。  その後、白石市に。 初めて。
              昼頃、時間があれば、途中、モンベルに寄る。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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