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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

日米和親条約で、下田と函館が開港した。
この時、長く続いた鎖国が終わった。
                ※ 実際は、長崎で、オランダとの貿易が続いていた。
黒船がやってきたのは、下田。
ペリーロードと呼ばれる石畳の道は、幕末ロマンの漂う小道だった。

唐人お吉(きち)という人に、出会った。
ハリスの世話をした、という関わりで、唐人と蔑(さげす)まされ、つらい人生を送った。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

下田は、湾の中にある、良港なんですね。   それで、選ばれた。  開国にですね。



古い町並みの方を、歩く。

14年6月1日 (46)

道の駅の建物。   複合施設の感じ。  車での、下田観光の拠点。
向こうに行く。

14年6月1日 (1)

建物の上から、上の写真の反対側。   黒船が見える。  観光船。

14年6月1日 (40)

川のようであり、海のようでも。

14年6月1日 (2)

橋を渡って向こうに。   なまこ壁の家が目立つ。

14年6月1日 (3)

中心街に入って、宝福寺。

14年6月1日 (4)

こんなのが。   龍馬の写真ではない。   右は、唐人お吉。

14年6月1日 (5)     14年6月1日 (6)

ハリスが来た時、病に伏せた。  世話人が必要となった。  お吉がその役を。
日本側は、お妾さんとして出した。  アメリカ側は、病の看護をする人として、受けた。
言葉を訳すときに、ずれが出た。

お吉は、やめて戻ってきても、外人の妾になった女として、冷たい目で見られる。
唐人は、人を蔑(さげす)む時に使った言葉。

下の動画の中で、唐人お吉は、ハリスを悪く思っていない。
つまり、本人は妾を覚悟で行ったけど、ハリスはそんな扱いはしなかった。
それへの感謝で、この表現かなと。

下の動画、何回見ても、涙が出る。  芸なんだけど、それを忘れる。
彼女の深い悲しみが、分かる。  
   ※  彼女について、詳しくはここに。(Wikipedia)  写真については、はっきりしないとある。



龍馬への脱藩の許しが、藩主がこの寺にいる時に出したことで、龍馬が大きく登場。
でも、龍馬は脱藩した段階で、許しなんか考えてなかったと思う。

勝海舟は、許してもらっておけば、土佐藩の刺客に襲われないか、と考えたのか。
大政奉還まで、あと4年という時。

観光に、目いっぱい利用しようという姿勢が、見受けられるでしょうか。

14年6月1日 (7)     okiti899.jpg

※ 藩主の山内容堂は、のん兵衛。
  それはいいとして、彼は、龍馬の仲間の武市瑞山(半平太)を殺している。
  それを、彼は生涯後悔する。 生きていたら、明治を動かしたかもしれない人物。
  瑞山は、那須俊平と、藩主の部下の吉田東洋を暗殺している。 それがあったからか。
    (那須俊平は、龍馬の脱藩を助けた男。 韮ヶ峠まで送った)
      龍馬脱藩の道、茶や谷から、韮ヶ峠までを歩く。  迷いそうな、6㌔の道。~梼原町~  他  (2014/4/3)

※ 寺にある、唐人お吉の写真は、違うかも知れない。
   調べている人がいる。  もしかしたら、上の説明の右の人かも。
   この人にしても美人。 賢そうで、気が強そう。  
   お吉は、うりざね顔だったと言われている。 (面長、受け口、色白など)
   この人なら、合う。
     詳しくは、ここに

少し歩いて、八幡神社。   ちょっと、のぞいてみた。   お祭りの準備をしている人がいた。

14年6月1日 (8)

門に、変わった像があった。   あばら骨が見えている。   見たことない、形相。

14年6月1日 (11)     14年6月1日 (9)     14年6月1日 (10)

鳥居のそばに、太鼓橋があって、横に池。  金魚と亀がいた。
2年生くらいの女の子がいた。  亀と金魚に、エサをやっていた。

お吉は小さい時、こんな子だったかも知れない。
賢そうに見えたその表情が、そう思わせた。

彼女は、何かをちぎってやっていたが、それがなくなった。
私は、パンを持っていた。 小さなのを、1つあげた。
2人で、亀と金魚に、細かくしてやった。
金魚は食べるけど、亀は食べない。

彼女は、どうして食べないのかを、考えていた。
私は、どうしてだろうって、口にした。
彼女は、見えてないのかも知れない、と言った。
自分の考えを持とうとすること、それが、賢さなんですね。

右写真は、サヨナラをした後に。  誰と分かる写真は、撮れない。  一輪車がそばに。

14年6月1日 (12)     14年6月1日 (14)     14年6月1日 (15)

※ 上の一番右の写真は、この場所。
   当時、撮る時、10分くらい動かないでいた。  これは、そうしたんだろうか。

こんな道を歩く。

14年6月1日 (13)

昔からの商店街の雰囲気。  向こうでなく、立っている後ろに行く。

14年6月1日 (16)

密航を企て、自首した吉田松陰は、ここにあった寺に、監禁されていた。
松陰は、幕府に対して、毅然とした態度を取る。  いつでも、殺してくれと。

14年6月1日 (17)     14年6月1日 (19)      14年6月1日 (18)

※ 上の歌の、賤はせんと読むのか。  自分のことの意味。    賤ヶ岳(しずがたけ)の賤の字。 

開国博物館。   どこも高いので、入れない。   商業的な観光施設が、目立つ。 

14年6月1日 (20)

了仙寺に来た。   高い所の建物に行きたい。   (道はあったが、通行止めだった)

14年6月1日 (21)

当時、下田には、大きな建物は、寺くらいしかなかった。
黒船がやって来た時、どこのお寺も、さまざまに使われた。  

14年6月1日 (23)

寺の後ろに、洞窟があると・・。   花は、アメリカジャスミン。   名前は、後で知った。

14年6月1日 (22)     DSCF8724kkk

穴の中は、墓地だった。   はるか昔のこと。

14年6月1日 (41)

少し歩いて、長楽寺。

14年6月1日 (42)

日露和親条約は、この寺で。  ※ 間違いなく、ここで。  調べてみた。
北方領土の4島は、ここで決まった。

14年6月1日 (24)

※ 北方領土は、日本の島でもロシアの島でも、なかった。
   住んでいたのは、原住民。   彼らの島だった。
   今は、原住民はいなくなった。
   元々、どっちの島でもないから、半分半分の、引き分けでいいかも。 プーチンの言うように。
       納沙布岬から見た北方領土。 一番近い島はどれ? ~根室市~  根室のお盆は7月。  他  (2012/7/20)

ペリー通り。   了仙寺に、ここを通って来た。   下田で、一番風情のあるのは、この通り。

14年6月1日 (25)

お店。   白い所が、ナマコに似ている。

14年6月1日 (26)

こんなお店も。   他の町と違う。   下田の個性かな。

14年6月1日 (27)

旧澤村邸。   無料で公開。

14年6月1日 (43)

猫が、暑いからなのか。  スキありって、ポンと叩いてみたい。  いたくない棒で。

14年6月1日 (48)

山アジサイが飾ってあった。  普通のと違う。

14年6月1日 (28)     14年6月1日 (47)

下田公園に行く途中、振り返った。  左に、旧澤村邸。  真っ直ぐ、ペリー通り。

14年6月1日 (29)

上に上がってきた。  下岡蓮杖(れんじょう)の碑。   龍馬を撮った、長崎の上野彦馬も古い。 
他にもいるので、この人は、写真の祖の1人。  
有名な人を撮ってないか探したが、見つからない。

   ※ 彼が描いた函館戦争の絵は、こんなの

14年6月1日 (44)     14年6月1日 (30)

佐藤惣之助の詩碑。  いい詩かなって。     題の詩の一部のよう。
天辺は、てっぺん。    鴉は、カラス。  こうも書くよう。   戀しいは、恋しい。

14年6月1日 (31)

歌の詞も、いっぱい書いている。   下田には友達がいて、よく来たそう。

  

開国記念碑。

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記念碑の下は、広場。   アジサイ祭りが始まった。   咲き始めた状態。

14年6月1日 (33) 

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湊が見えた、港が見える、ですね。   林芙美子のように。

14年6月1日 (34)

右の方。  小さな島が見える。  今日はあそこに行ってお終いと、決めた。
駐車場の人が、行っても何もないという。   やめた。

14年6月1日 (35)

ここをのぞいて。

14年6月1日 (37)

途中、ローソンで、缶ビールを3つ買った。
それをぶら下げながら、歩いた。  小さなお店で、キュウリを5本買った。

14年6月1日 (38)     14年6月1日 (39)

気付いたら、缶ビール1つと、キュウリ1本が、消えていた。
この写真の、右のどこかから、出て来た。 
和服を着た女性が歩いていた。  写真は、間に合わなかった。

14年6月1日 (51)

※ 上の写真は、橋の上から。
   左に、稲生沢(いのうざわ)川の下流が見える。
   お吉は、もっと上流の淵に、身を投げている。

   明治23年(1890)3月27日のこと。
   身も心もぼろぼろになって。
   お吉、50歳。
   その淵は、『お吉ケ淵』と、呼ばれているそう。  
      (下田駅の1つ上に、蓮台寺駅がある。 その少し上に、お吉ヶ淵の名が見える)  

                                  無題bbb

道の駅の建物の上の通りで、ストリートライブ。  裸の人は、いい機嫌。



開国の歴史を、少し感じながら、風情のある町並みを歩く。
高台にある、下田公園に登って、下田の町並みと、港を眺める。
下田の魅力は、そこにありました。
温泉と、海の幸も。

唐人お吉の話は、悲しすぎる。
自分達と違う者に、みんな冷たくする。 これが、日本人。
日本人の、多くの人達が持っている、気質。
学校からいじめが消えない遠因も、ここにある。

でも、悲しい思いをする人間に、温かく接する人間が必ず出る。  これも、日本人。
日本人の、気質なんですね。

【関連ブログ】
   函館の坂道を歩く  函館山からの夜景 ~チャーミーグリーンの坂 宝石箱を・・・~   他  (2010/8/3)

【道の駅】    開国下田みなと

【明日の予定】    もう1日下田に。   明後日、天城山へ。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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