キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

知覧(ちらん)は、薩摩の小京都と云われる。
京都と云うから、軽やかな日本風をイメージしたくなる。

でも、知覧の武家屋敷通りには、ごつさを感じる。
生け垣の刈込だって、西郷さんの眉毛のように、力強い。

個人の庭が見学できる。
これがいい。
立派な武家屋敷に住めるのなら、殿様にならなくても、上級武士で十分。
    
知覧に行く途中、小さな規模の、磨崖仏を見た。
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知覧は、薩摩半島の内陸に。



駐車場が有料なので、町外れから歩き出した。  歩くのは、1㌔程。
いっぱい歩いて、足を、開聞(かいもん)岳に間に合わせたい。

豊玉姫陵は、後で見ることに。
気づかなかったが、左遠くに、写っていた。

14年1月31日 (1)

10分ほど歩いたら、石橋が見えた。
歩くと、このようにおまけで、何かが見られる。

矢櫃(やびつ)橋。 昨日いた川辺と知覧を結ぶ街道の橋。
左上の山には、亀甲(きっこう)城跡がある。  ※ 知覧城の出城。(出張所の感じ) 
見晴らしはよくないと聞いたので、行かなかった。

石橋には、2つの穴。  右に小さく。 こんなの初めて見る。

14年1月31日 (2)

武家屋敷通りの、西の端。
このそばに、無料駐車場があった。 知らなかった。  他はすべて有料。

14年1月31日 (3)

家並みは、1㌔ほど続く。
通りを歩くだけなら無料。  7つの庭園を見るのが、有料。

14年1月31日 (4)

薩摩藩は、藩を113に分けた。  そこに、武士の集団を住まわせた。  外城(とじょう)と呼ばれる。
知覧の武家屋敷通りは、その代表的な1つ。

14年1月31日 (6)   14年1月31日 (5)

私の後ろにお店があって、そこで、見学料を払った。 
昔はこの辺りに、豊玉姫神社があった。

14年1月31日 (8)

お店で、知覧茶を御馳走になった。
  ※ 知覧茶の特徴は、透き通った若緑色とさわやかな香り。高い評価。(Wikipedia)

緑のお茶の方が、お茶って感じがする。  美味しかった。
知覧茶は、私は知らなかった。 
知ってますかと聞かれたら、〇〇〇って答えるしかない。

14年1月31日 (7)

これが、知覧の武家屋敷通り。 他では見られない。

14年1月31日 (9)

この写真は、普通に撮った写真の一部を、引き伸ばしたもの。
こんな写真は、望遠レンズで撮ると、いいんですね。
遠近の詰まった、味のある写真に。

今日は撮ってて、望遠レンズがあればって、思った。
  ※ 明るくいいレンズのが、近々登場します。(富士フィルム)。
    でも、高いですね。 

14年1月31日 (10)

7軒の家の庭が、見学できる。  入口からして、ごっつい。  薩摩の雰囲気。

14年1月31日 (11)

向こうから来た。 豊玉姫神社跡は、正面にあった。  梅が咲き始めた。

14年1月31日 (12)

あるお家の庭。 枯山水の庭が多い。   梅の花。

14年1月31日 (14)

天気がいい。   まぶしいねって、花に言いたくなる。

14年1月31日 (13)

知覧の家並みは、江戸時代の中頃に作られた。
戦いはない。

武士は、毎日何をしていたのでしょう。 剣の鍛錬と、畑の作業か。

14年1月31日 (15)

石垣と、刈りこまれた生垣。

14年1月31日 (16)

あっちのぞいて、こっちのぞいて。

14年1月31日 (17)

台湾からの人が多い。

14年1月31日 (18)

石の並びには、きっと、意味がありますね。
これは鶴、これは亀ってのもあった。

14年1月31日 (19)

薩摩の武士は、いざとなったら、命をかけて戦うのは、平気。
激しい剣。 刀ごとぶった切る、っていう感じ。 キエ~って、声をあげて。
桜田門外の変で、井伊直弼の首を一刀で切ったのも、薩摩の剣。

休める所も。 ここ数日、薩摩には春が来ている。 20度を越えている。

14年1月31日 (21)

道を、向こうから、曲がって曲がって、来た。
正面に、魔よけの石。

14年1月31日 (23)

14年1月31日 (22)

刈込は、1つのまとまった、大きな形。  大刈り込み、と呼ぶよう。
繊細とは違う。 西郷さんの眉(まゆ)のイメージ。

14年1月31日 (24)

武士は、縁側に座って、何をしゃべったのでしょう。

住まいは立派でも、裕福だったかどうかは、別でしょうね。
食べ物とかは、意外に質素だったかも。

14年1月31日 (26)

この美しさは、繊細ですね。  小京都と言ってるのは、この感じか。

14年1月31日 (25)

庭を眺めながらのビール、そんな経験は、記憶ない。
テレビの野球を見ながら、が多かったか。

14年1月31日 (27)

薩摩の島津家は、徳川をよく思っていなかった。
それなのに、どうして、篤姫を徳川家に嫁がせたのでしょう。

徳川を攻める薩摩藩を、篤姫はどう思っていたのでしょう。
薩摩に戻ることはなかった。

あの西郷さんと、関係あるのでしょうか。(調べても、分かりません)

14年1月31日 (28)

庭園の説明。   名勝に指定されている。

14年1月31日 (29)

反対側に出て来た。  このように、市街地が。

14年1月31日 (30)

正面の入り口は、こっち。

14年1月31日 (31)

へっぴり腰を、撮ってみた。  
右の人は、それを見て、最初笑っていた。 そして、撮りだした。

14年1月31日 (32)

感じよく人を撮るのは、難しい。 

14年1月31日 (33)

最後に、振り返って撮影。

14年1月31日 (34)

出て来ました。   左奥に、無料の駐車場。  やっと分かった。

14年1月31日 (35)

左に石橋が、小さく。   山の上に、亀甲城跡。

14年1月31日 (36)

畑の中に、豊玉姫陵。 神武天皇のおばさん。  神話の世界の人。
この人には、小豆島の豊島(てしま)と、嬉野温泉で会っています。 どちらも神社。

14年1月31日 (37)

14年1月31日 (38)

知覧の武家屋敷通りは、見応えがありました。
古い物を壊さないで、よく残したなって、感じました。

薩摩の時代を大事にしているんですね。

【その他】

高田の磨崖仏があると分かった。
道の駅で、道を聞いた。
丁寧に地図を描いて教えてくれた。

行くと決めてなかったけど、行かないと失礼なので、行ってみた。

場所は、この辺り。 少し遠回りして、知覧に。



道路沿いにあって、これで、全部。

14年1月31日 (39)

江戸時代に彫られたもの。  
彫った人は、鹿児島の石工久保田太右衛門。
それと、頴娃(えい)の脇七兵衛。  ※ 頴娃(えい)は、今は、南九州市。

14年1月31日 (40)

大黒様がいる。

14年1月31日 (41)

1つだけ、大きく。   保存状態がいいですね。    何を願ったのでしょう。

14年1月31日 (42)

【今日の歌】    見える山は、ベスビオ山。   噴火で、ポンペイの町が、灰の下に。
         メロディに、悲しみがあるような・・・。



【道の駅】   喜入



【明日の予定】   指宿に近づくか・・。

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磨崖仏(まがいぶつ)と云えば、大分県の臼杵(うすき)磨崖仏。
時の権力者が作り、国宝に指定されている。

一方、清水磨崖仏は、小さな権力者、また庶民の願いが岩に刻まれた、磨崖仏。
平安時代末期から明治までのが、あった。
五輪塔や梵字(ぼんじ)などの、線刻が多いのが、特徴。
大きな五輪塔も。

岩にへばりついて彫ったんだろうけど、どんな願いがあったのでしょう。
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南九州市は、合併してできた、新しい市。
ここは、その中の、川辺町。



一帯は、清水(きよみず)岩屋公園になっている。  広い駐車場。  近くに道の駅。
公園の中に、磨崖仏と清水の湧水がある。

向こうの橋を渡って、左奥に磨崖仏。

14年1月30日 (2)

花園橋。  山茶花の木が、まるい。  

14年1月30日 (4)

万之瀬川(まのせがわ)。
昔は、万之瀬川のこの辺りは、清水(きよみず)川、と呼んでいた。
それで、今も、清水の磨崖仏。 湧水は、清水の湧水。  清水という地名も。

正面の崖に、磨崖仏。

14年1月30日 (6)

こうです。  左にずっと続く。  左に行くほど、古い。

14年1月30日 (8)

清水川のほとり。  200基。  平安時代の初めの、文字が。

14年1月30日 (11)

さあ見るぞ、と思ったら、通行止め。 せっかく来たのに。
川の対岸から見学できると、あった。  近くでは見られない。

14年1月30日 (16)

磨崖仏の写真が、ちゃんと撮れないかも知れないから、公園の写真を撮りだした。
金閣寺に似ている。

DSCF9540pp.jpg   14年1月30日 (17)

花壇の花は元気だけど、自然の花は、まだまだ。

14年1月30日 (19)

橋に戻って来た。  渡ってすぐに、右に行く。

14年1月30日 (20)

川のこっちから見ている。 何とか、写真は撮れる。
肉眼では、少し遠い。

〇の部分の、説明があった。

14年1月30日 (21)

一番新しい磨崖仏の紹介。  吉田知山という人が彫った。   明治。
右端のが、どこにあるか、分からなかった。  

14年1月30日 (22)

宝篋印塔と、十一面観音像(中央右)。  十一面観音は、奈良の長谷寺のと同じと説明に

仏像を彫ってるのは少ない。  仏像には表情があるので、難しいのでしょうか。

14年1月30日 (3)   14年1月30日 (21)b

16枚の板碑。  鎌倉時代の物。   亡くなった人の供養のためにと。

14年1月30日 (23)

右です。   四角の中。

14年1月30日 (1)

左の3枚が、はっきりしている。

14年1月30日 (1)m

次は、大きな梵字(ぼんじ)。  直径は、人の背丈ほど。

14年1月30日 (24)

下から、10㍍程。  足場を作ったのでしょうか。 梯子(はしご)の上では、不安。
梵字を彫るのは、仏を彫るのと同じこと。  それで彫るんですね。

14年1月30日 (15)

※ 月輪の意味ですが、辞書では、こう。

    完全に円形の月。
    仏の智徳が欠けることなく円満であること,衆生の菩提心などの象徴とされることが多い。
    がつりん。げつりん。

  京都の愛宕山の麓に、月輪(つきのわ)寺があった。

宝篋印塔(ほうきょういんとう)。  
今はお墓にすることが多いけど、昔は、お経を収めていた。  和泉式部の墓も、宝篋印塔。(京都誠心院)

14年1月30日 (25)

中央です。  小さな仏塔も、いっぱい。

14年1月30日 (14)m

※ なぜ宝篋印塔を彫るかですね。
  供養で彫ったんですが、輪廻転生(りんねてんせい)の考えがあったんですね。

  死んでも、また生まれて来ることが出来る。 死ぬことと生まれることの繰り返し。
  またこの世に戻って来られると考えたら、死ぬ不安は、小さくなりますね。
  今だって昔だって、死ぬということは、大きな不安であり、大変なこと。

川沿いの道を行きます。

14年1月30日 (26)

大五輪塔。  高さ11㍍。  日本一。

14年1月30日 (28)

中央左の岩。   大きな板碑の中に、五輪塔。 周りには、墨で梵字が書いてあったそう。
読めないけど、赤外線では読めると言う。 

14年1月30日 (30)   14年1月30日 (27)m

このようなものは、亡くなった人の、供養にためにつくる。
先祖を思う気持ちは、昔と今は、違いがあるのでしょうか。
 ※ 私なんか、旭川に戻った時、おやじの墓に行くのを、忘れることが多い。

磨崖仏は、対岸に、ずっと続く。

14年1月30日 (29) 

五輪塔が並ぶ。  これなら、誰でもが彫れそう。

14年1月30日 (32)   14年1月30日 (13)

石橋を渡って、向こうに。   石橋だけど、手作り感がない。

14年1月30日 (33)

橋の上から。  あっちの崖を眺めてきた。

14年1月30日 (34)

古いからか、消えかかっている。

14年1月30日 (36)

岩の質が違うのか、鮮明。

彫る間所を決めたら、そこを、まっ平らにするんですね。
そうして、掘り始める。

DSCF9590vv.jpg

今見てきたのは、鎌倉時代。

14年1月30日 (37)

初期のは、そんなに高い場所でない。

14年1月30日 (38)   14年1月30日 (39)

この宝篋印塔は、見つからなかった。  木の陰か。

さっきの宝篋印塔もそうだけど、平家幸という人が、彫らせていますね。
鎌倉時代だから、壇ノ浦の後。
平家の落人でしょうか。  九州は多いですから、あってもおかしくはないですね。

  久連子古代の里。  鬼山御前の祠。  伝説は、歴史の残り火か。~八代市五家荘~  他  (2013/2/27)
  五家荘、平家の里。  鬼山御前。  梅の木轟の滝。~八代市泉町五家荘~  他  (2013/2/25)
  平家落人伝説の里、五家荘。  末裔の屋敷、緒方家。  樅木の吊橋。~八代市~  他  (2013/2/24)

14年1月30日 (12)

橋の下に、清水の湧水。

14年1月30日 (40)

飲んでみたら、冷たさが弱く感じた。 甘露水と呼ばれる感じの水。
明日、汲む。

14年1月30日 (41)   14年1月30日 (42)

岩の切り立つ谷に、岩を打つ金槌の音が、響いた時代があった。
どんな風景だったでしょう。
彫り終わった時、これで願いが叶うと、満足したでしょうね。

願うしか方法がなかった時代。
それが、昔かな。   
願うことは、優しさでもあるか。

【今日の歌】 いそがしい踊り。



【道の駅】   川辺やすらぎの里

【明日の予定】   知覧で武家屋敷を見ます。    

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登山と言っても、小さな山。
ハイキングの感じ。
でも、右足にとっては、リハビリであり、訓練。

花はないけど、天気はいい。 上着はいらない。

冠岳の頂上からの風景は、絶景。   雄大。
いつものように、霞んだ空気だったが。
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標高、516㍍。



展望公園の駐車場に車を。  頂峯院(ちょうぼいん)の境内を通って行く。

14年1月29日 (1)

頂峯院(ちょうぼいん)への石段を行く。
頂峯院は、江戸時時代まで、昨日見た冠嶽園の所にあった。
1983年に、冠岳の麓に移転して、復興した。

14年1月29日 (2)

振り返ると、大きな徐福像。

14年1月29日 (3)

頂峯院の正式名は、冠嶽山 鎮国寺 頂峯院(かんがくさん ちんごくじ ちょうぼいん)。
参道が続く。
暑いから、上着を脱ぐ。 20度以上ある。

14年1月29日 (4)

冠岳の山道には、このような小さなお堂が、たくさんある。
山岳宗教の山。

14年1月29日 (5)

頂峯院に着いた。  石段の左に、ミツマタ。

14年1月29日 (6)

まだつぼみかな。

14年1月29日 (21)

※ 咲いたらこのように。 可愛い顔が見える。
  4年前の2月に、東側から登った。
  下山して、ここに登って来た。 その時に撮影。  同じ木。

IMG_0201ccxzdnnnpppb

薬師堂の屋根越しに、冠岳。 見えるのは、冠岳の中の、西岳。 ここが、一番高い。

14年1月29日 (7)

黄不動堂。  
新しい頂峯院は、この地に建てた。 いい場所かもしれない。
頂峯院は、峯の頂が見える寺(院)の意味になった。

14年1月29日 (13)

節分の豆まきに向けての、準備をしていた。
お茶を飲んでいきませんかと、声をかけていただいた。
尼さんというか、女性のお坊さん。

ハイとは、返事が出来ない、事情があった。
私は、特別にだらしない恰好はしていないが、今日は問題があった。
      (車の中と外の恰好は、別にしている。 戻ったら、着替える)
靴下は長いのははかない。 足首を締め付けて、むくんでる足の血行を悪くするから。
だから、足首の下までの、短いのを、はいている。

今日急いで靴下を探したら、見えたのが、みんなバラバラだった。
探すのが面倒なので、適当なのを2つ。
だから今日は、左右別の色の靴下をはいていた。

これがまずい。
お坊さんだから、失礼な笑い方は、決してしない。
でも、きっと、横を向いて、プッて笑う。 
これを想像して、断るしかなかった。

境内を通り抜けていく。

14年1月29日 (8)

右から来て、左に行く。

14年1月29日 (9)

靴下は、左右バラバラのファッションが、流行ればいい。
そうしたら、洗濯の後、同じのを見つけなくていい。

少しして、登山道に入った。  また、お堂が。

14年1月29日 (10)

しばらく歩いたら、天狗岩の案内。

14年1月29日 (11)

説明。   三国名勝図会(さんごくめいしょうずえ)は、島津藩が作った。  江戸時代の終わりに。

※ 串木野市とある。 合併する前かな。   
  市杵(いちき)町と串木野市が合わさって、いちき串木野市。  2つくっ付けただけ。

14年1月29日 (12)

例えば、名所図会の霧島神宮は、こんなの。

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天狗岩の一番上。

14年1月29日 (14)

上からの風景。  そして、横から見た、天狗岩。  偶然重なったのか。

14年1月29日 (15)   14年1月29日 (17)

頂上までは、ここから200㍍程。

14年1月29日 (16)

急な登りになった。

14年1月29日 (24)

着きました。  ちょっとした広場。  西岳神社。

14年1月29日 (18)

この辺り全部が、冠岳。 冠嶽の頂上は、西岳(嶽)の頂上。

14年1月29日 (25)

与謝野鉄幹が、ここに来ていた。
   「風の中 枯れし すすきの原に入る 冠岳の 北側のみち」

北側の道は、西側の道だろうか。
  ※いつのことか調べてみたら、昭和4(1929年)年7月に、近くの市比野温泉を訪れている。
   他に、薩摩川内なども。 この時のよう。

14年1月29日 (26)

雄大な風景。

14年1月29日 (27)

昨日いた場所から、こっちが見えなかったので、こっちからも見えない。

14年1月29日 (19)

霞んでる。  中央遠くは、金峰山かなと思う。 上の部分が、分かれているので。
4年前に行った。

冠岳と金峰山は仲が悪い。  物をぶつけたり、目を突っついたり。
神としてあがめられてる山にしては、人格(山格)が、疑われる。

14年1月29日 (20)

下に寺があるが、はっきり見えない。

14年1月29日 (28)

隙間から、薬師堂が見えた。

14年1月29日 (22)   14年1月29日 (23)

前回は、東側から登って、そっちに戻った。
東側からも帰れるが、遠いので、行かない。

戻る途中に、千両でしょうか。 花がないからうれしい。

14年1月29日 (29)

下る時、急な階段で、右足に重心がかかった時、ふらつく。
右足の足首が、弱い。   まだむくんでいる。

西岳の頂上が見えた。

14年1月29日 (31) 

寺の前で、また声をかけていただいた。
さっきの理由で、行けない。
先を急ぐのでって、断った。

本当は、私の生活に、先を急ぐなんてことは、滅多にない。
時計がなくたって、生活できるんだから。

寺の石段を下る。  右に、ミツマタ。

14年1月29日 (32)

3つに分かれるので、ミツマタ(三俣)。
枝の太さが違う。 
どんな条件のが太くなるのか、しばらく見ていたが、分からなかった。

14年1月29日 (30)

小さな山が、私の足には、ちょうどいい。
開聞岳は、2時間半ほどかかるのか。
今の足では、4時間はかかりそう。
それでも、登ってみるか。 

鹿児島県には、少しだけの春が来ています。

【今日の歌】   桜はまだだけど、走っていて、梅の花を見た。  



【道の駅】   きんぽう木花館



【明日の予定】   雨の予定。  大きな磨崖仏を見たい。

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冠岳(かんむりだけ)という、小さな山。  昔からの霊山。
そして、徐福(じょふく)伝説が残る。

伝説を生かした、中国風の建物が、建っていた。

山の上には明日行くことに。
今日は、冠嶽園(かんがくえん)を中心とした、中国風庭園を歩いた。
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目的地は、いちき串木野市に。  薩摩川内の南隣。





冠岳歴史自然の里。

霊山なので、山道に、祠(ほこら)がいっぱい。
古くから栄えた。

もう1つは、徐福(じょふく)伝説がある、その顔も持っている。

14年1月28日 (1)

この場所には、昔は、頂峯院(ちょうぼいん)があった。
冠岳の山岳霊場の中心地。
明治に入っての、神仏棄却で、破壊された。

そこ跡に、中国風の建物、冠嶽園がある。

14年1月28日 (2)

徐福は中国の人。 
紀元前に、多くの家来を引き連れて、不老不死の薬を求めて、日本に来た。

2200年前のこと。
伝説と言っても、後の世に、何かの文書から、作られた伝説。
徐福伝説は、日本中に、たくさんある。

14年1月28日 (3)   14年1月28日 (4)

伝説だから、基本的には史実ではないのだが、そうとは言い切れない部分も。

三重県にも徐福伝説が伝わっている。
その地から、2200年前の中国の硬貨が発見された。

ということで、徐福伝説は、伝説で終わらない部分が、ある。

不老不死の薬を探すのなら、あちこち歩く。
色んな土地に伝説があっても、不思議ではなくなる。

このデザインが、中国風なんですね。  日本のと、どこか違う。   面白い。

14年1月28日 (5)

池の向こうに、徐福像。

14年1月28日 (6)

14年1月28日 (7)

以前一度、ここに来たことがある。 建物の修復がなされず、いずれ廃墟になるのか、と思っていた。
現在、屋根の修理をしていた。

14年1月28日 (8)

花が咲いたら、見ごたえあるでしょうね。  数人の観光客がいた。
ここの見学は、無料。

管理人に、どこから来たのと聞かれたので、北海道と答えた。
詳しい案内書をくれた。 特別にって。

14年1月28日 (9)

価値のある物の展示はないけど、雰囲気だけある。

14年1月28日 (10)

徐福がここの山の風景に見惚れて、山に冠を置いて行ったので、冠岳の名前。

14年1月28日 (11)

左の葉の無い木は、ノムラモミジ(野村紅葉)だという。  園芸種。
最初は赤い葉っぱ。  その後は、普通の緑になって、秋に紅葉。   
確かに、たまにですが、見ることはありますね。

14年1月28日 (12)   14年1月28日 (28)

冠岳神社。 
祭神は櫛御気男命(くしみけのみこと)。 スサノオの別名という、考えを持っている。
串木野という地名は、これから来たとの話が。

九州には、神話の伝説が多い。 宮崎県に行ったら、どこにでもある。

14年1月28日 (18)

中国からプレゼントされた、狛犬(こまいぬ)。

14年1月28日 (13)

粒粒が見えないけど、大理石。 
 ※ 石灰岩が熱で変質したので、ガラスのように固いんですね。

口の中に石は、取り出せるのか。

14年1月28日 (14)   14年1月28日 (15)

左隣に、大師堂。  廃仏棄却の後に、新しく作られたものですね。
この地の中心は、頂峯院(ちょうぼいん)という寺だったから、後方の山には、修験のためのお堂が、何ヶ所もある。

14年1月28日 (17)

ここを行くと、崖を登る道がある。 その中腹の穴の中に、仏像があったり。
他にも、いろいろ。
前回は行ったが、今回は行かない。

昔のように、どこにでも行くぞって気持ちは、あの頃ほど、大きくない。
どうして、あんな気持ちになれたかが、今も分からない。

3年と3カ月ほどで、あることがあって、急に消えてしまった。
どんな考え方をすれば、戻せるかを、今も考えている。

車の中を使いやすくしてるのも、そのための手順。

14年1月28日 (16)

高い岩山が見える。  仙人岩。
登る道がある。 上に行っても、立つことは出来ない。
前回行ってみたけど、命がけ。 
どうやって降りるかが分からなくなったら、身動きが取れなかった。
上からの景色はいい。

14年1月28日 (19)

※ 前回の写真。

IMG_0038bbvhj.jpg   201002210810389f1.jpg

今は、右の方に。   明日、赤〇の所に。

14年1月28日 (20)   14年1月28日 (27)

反対側は、この風景。  建物は、望嶽亭。

14年1月28日 (21)

屋根の先が、ツンとしている。

14年1月28日 (22)

望嶽亭の上から。
ここの建物は、あと20年は持たない。
いずれは取り壊して、この辺り一帯は、水辺の公園になるのかな。

14年1月28日 (23)

道を戻ると、石の仁王様。  ここを行くと、さっきまでいた場所に。

14年1月28日 (24)

この像も、廃仏毀釈で壊されて、転がっていたとある。

14年1月28日 (25)   14年1月28日 (26) 

※ 明治に入って、天皇中心、そして、神社の考えが中心になっていった。
  寺は、それで、邪魔に。
  元々寺は、特権を持っており、それを庶民は、好ましく思っていなかった。
  廃仏毀釈の号令がかかると、みんなで壊しまくった。
  九州は時にひどかった。
  日本人は、それって、右ならえをし易い。  

  寺側の反省もあって、後に、復活。
  神社より寺の方が、どんな生き方がいいのか、どんな世に中がいいのかを、
  考えているように見える。 今は。

  明治に入って、神社中心になり、戦争への準備が進んでいった。
  江戸時代が終わり、人々の生活は少しずつ変わっていくが、人の命だけは軽くなる。
  軽くなると言っても、軽くなるのは、庶民の命だけ。
  
  少し前にも書いたが、明治から昭和の戦前までが、日本の歴史上、最も命が軽くなった時代。
  戦争のことです。 その責任者が、今の時代になっても、英雄。
    (責任は、それって右ならえした、庶民にもあったのですが)
  不思議な国です。

朝方、少ししか寝なかったので、眠い1日。
串木野温泉の道の駅に行こうとしたら、直ぐ近くに、冠岳温泉があった。
280円。

その後、近くのパーキングに停泊。 9時頃には、爆睡。
朝の3時頃目が覚めた。
頭がすっきり。 何をしても、楽。

明日は、山の上に。

【今日の歌】  歌っているのは、ジェイド・イン。    中国出身。



【停泊場所】   近くに、パーキング。

【明日の予定】    冠嶽に登ります。   見どころは、色々あります。

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昨日、長崎堤防を見た。
小野神社の場所が分からず、戻って来た。
今日、再度行ってきた。

見学を少しにして、市内のスーパーセンターに。
そこの駐車場で、車の中の窓側の部分を、使いやすく変える作業を。
必要なものが手に入るので、ここに。
朝の4時まで、かかってしまった。

28日は、大変。 
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小野神社は、川内川の下流に。



この場所は、昨日見た、江之口橋の近く。



水路のための、水路桁橋(すいろけたはし)。 
川内市の高江町にあるので、高江の水路桁橋と呼んでいる。
説明とかは、なかった。  ネットにもない。 

14年1月27日 (1)

川は、八間川。 江戸時代の初めに、長崎堤防。
長崎堤防の少しあとに、八間川。 その後になりますね。

※  石橋には、普通のアーチ橋と、このような桁橋がある。
   桁橋を、久しぶりに見た。

   桁橋の大きいのが、天草の天草市にある。
   祇園橋。

   大きさは違っても、つくりは、とっても似ている。
     天草キリシタン館。  祇園橋付近、川は血に染まった。~天草市~ The Wedding の日本語訳  他  (2013/2/9)

14年1月27日 (16)

昨日の場所に来た。 長崎堤防。
堤防の上から撮影。  遠くの森に、小野神社。

14年1月27日 (3)

これが、堤防によって生まれた、長崎新田。

14年1月27日 (2)

※ なぜ、この一帯に、長崎という地名が付いたのでしょう。
  堤防が出来る前は、川内川(せんだいがわ)に突き出た小さな、半島のような地形だったのではないだろうか。
  岬のような地形は、長崎鼻ともよばれ、九州の多くの地域に見ます。
  堤防が出来て、昔の地形では、今はなくなったが。

小野神社の位置です。 印の右に、長崎堤防の、ギザギザ。



鳥居があった。 石碑は、顕彰碑。  どんな神社だろう。

14年1月27日 (10)

堤防を作った小野仙右衛門が彫った、磨崖仏ではなく磨崖「心」がある、とある。

14年1月27日 (9)

顕彰碑の説明も。 

14年1月27日 (11)

上には、神社の建物はなく、墓。  ここにも墓を作ったのか。

14年1月27日 (4)   14年1月27日 (5)

磨崖「心」は、反対側の崖に。

14年1月27日 (6)

あった。  心も見える。

14年1月27日 (12)

石の祠が、神社。  小さい。

14年1月27日 (7)

この場所からは、木が邪魔して、海が見えなかった。
下に降りたら、このように見える。

小野仙右衛門が、この岩に彫ったと言うことは、ここから、堤防を作る場所全体が、見渡せたんですね。
どこに、どう作るか、思案した場所。

14年1月27日 (8)

神お告げがあった。  娘を人柱にした。
人柱は、袈裟姫伝説として残っている。

14年1月27日 (13)

袈裟姫伝説の、詳しい話は、見つからない。
もしかしたら、無いかもしれない。

いくつかのネットの情報にあったのですが、
小野仙右衛門の娘さんが、川内川で溺れて亡くなった。
そのことを、袈裟姫伝説として、まとめたよう。

別の高い所からは、このように。

14年1月27日 (14)

仙右衛門は、水に浮かぶ娘さんを発見した。
帯の流れを見て、水の流れの何かを感じた。

仙右衛門は、縄を刻んで、川に流した。
藁(わら)くずは、蛇行しながら流れて行った。

流れに沿って、堤防を作ることを、思い付いた。
蛇行は、何によって生まれたのでしょう。
川底の地形でしょうか。

堤防と新田。

14年1月27日 (15)

時代は、今になっても、ここに暮らす人は、小野仙右衛門に対する恩を忘れない。
これが、日本人の心かなって、感じます。
神社は少し小さかったですが。

【その他 ①】

岩永三五郎は、昨日のブログに書いた人。
江之口橋を作った人。
彼は、薩摩に、他にもいくつかの石橋を作った。

薩摩に長くいて、薩摩藩のことも、詳しく知った。
工事が終わって、肥後に戻る時、薩摩藩によって殺されそうになる。
彼もそれを予想した。
しかし、刺客に、「日本人の心」があった。
殺すことが出来なかった。

詳しくは、Wikipediaの文を紹介。

  肥後藩内に聖橋をはじめとするアーチ式石橋を架け続けた三五郎に、天保11年(1840年)薩摩藩より依頼が来る。
  三平らを従え薩摩に赴いた三五郎は、鹿児島の町中を流れる甲突川に甲突川五石橋を川の護岸工事と併せて架けた。
  中でも西田橋は参勤交代に藩主が利用する橋だったため、三五郎のつくった橋の中で最も豪華な装飾が施されている。 
  鹿児島県内には、三五郎作の石橋がこのほか複数残されている。

  石橋の建造中、石橋建造技術の漏洩防止のため、三五郎達を永送り(暗殺)するのではないかという噂が立った。
  これは三五郎が藩の内情に通じ過ぎたためとも言われる。
  かねてよりこの事を心配していた三五郎は、連れてきた仲間たちを様々な口実をつけて肥後に返した。
  最後まで残った三五郎自身も、嘉永2年(1849年)に帰郷を許される。
  薩摩藩から送られた刺客により現在の出水市付近で捕らえられるが、腹を据えた三五郎の態度に感心した刺客が、
  秘密裏に三五郎を逃がしたと言われる。

  故郷に戻った三五郎は嘉永4年(1851年)、鏡町(現八代市)にて59歳で没する。同地には現在でも墓が存在する。

三五郎が、仲間を事前に帰したところに、彼の人間性が見えますね。

【その他 ②】

窓側を、このようにしました。
構想からスタートして、寸法を測って棚を買ったり、時間がかかる。
使いやすいようにしたい。 日常、多く使用するものを、近くに置く。

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以前は、下でした。

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ベッドの枕元にも、小さな本棚を置きました。
どこに、何を収納するかは、まだこれからです。

車を、走る居酒屋から、走る書斎に、イメージチェンジしたいです。

【今日の歌】  ゴールデンボンバー「抱きしめてシュヴァルツ」
        深夜に、鬼龍院 翔の、オールナイトニッポンを聞きながら、作業。
        鬼龍院 翔は、めちゃくちゃ。   めちゃくちゃが人気。
        曲は、7分50秒から。



【停泊場所】  ニシムタの駐車場



【明日の予定】   冠嶽(かんむりだけ)の山の道を歩きたいが、眠たいから、麓の公園を歩くかも。

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倒幕に燃えた、薩摩藩。
なぜ、あそこまでに。  幕府に恨みでもあったのでしょうか。

川内川の下流に作った、長崎堤防。
高い土木技術がなければ、作れません。
幕府への恨みの遠因は、長崎堤防から生まれます。

近くに、石橋がありました。
種山石工の中心的人物が作ったものでした。
岩永三五郎。

先日見た霊台橋も、矢部にある通潤橋も、彼の作った橋が手本になりました。
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橋は、黑之瀬戸大橋。  色の塗り替えが、あと少し。
こっちが長島。  向こうが、九州本土。

14年1月26日 (1)

道の駅 阿久根から、北方面を。  阿久根市の市街地が、遠くに。

14年1月26日 (2)

山に入ると、小さな温泉が、たくさんある。  高城(たき)温泉とか。 どこも安い。

長崎堤防を、社長さんに教えていただいた。
川内(せんだい)川の、左側にある。



川沿いの道を走った。  道はよく、駐車場も広い。 
遠くに、川内河口大橋。  橋の向こう、1㌔ちょっとで、海。

堤防の碑があった。

14年1月26日 (5)

これが長崎堤防。  ギザギザに、なっている。   石垣なので、古いと分かる。

14年1月26日 (7)

1600年代に、作られた。   中心になったのは、小野仙右衛門。
3平方㌔の田んぼが、生まれた。   それに、袈裟姫伝説。

14年1月26日 (4)

3平方㌔っていえば、広いですね。 長崎新田と呼ばれた。

写真の堤防の向こうが、その新田。  ちゃんと写真を撮らなかった。

14年1月26日 (6)

長崎堤防が出来た後も、洪水では苦しんだよう。
川内川の本流以外の水にも、悩まされたんでしょうね。
それで、八間(はっけん)川とかを作る。
  ※ このあと、その川の石橋を見に行く。

14年1月26日 (3)

なぜギザギザにしたのか。  
堤防沿いに流れる水の勢いが、弱まるなって、予想は出来ます。
ネット上に、科学的な理由を探したが、見つかりません。

 ※ 信玄堤(しんげんづつみ)に、似ています
   信玄堤は、田んぼに、静かになら、水が来てもいいという考えですね。

作っても流されるから、大変な工事。

14年1月26日 (16)

こっちは上流。  この一帯は、半分海。  漁が盛ん。

14年1月26日 (8)

河口近くの、川内河口大橋。

14年1月26日 (17)

なぜ、長崎堤防と呼ぶかが分からない。 長崎と関係があるのか。
市の説明にもない。  

そうしたら、近くに、長崎公民館があることが分かった。
地名ではないかと疑ったが、ヤフーの地図にはない。
ところが、グーグルの地図にはあった。
それが下の。

14年1月26日 (19)

上の地図には、どこにあるか分からなかった、小野神社も載っていた。

幕府は、薩摩藩の治水工事における高い技術を知っていた。
それで、尾張の濃尾平野の治水工事を命じた。

薩摩藩の財政力を落とすのが、目的。
薩摩藩は、元々、外様だから、大事にはされない。
藩の中には、幕府に逆らって、反乱を起こす考えも多かった。

でも従った。
工事を始めても、幕府の嫌がらせがあり、苦労する。
多くの犠牲者を出す。

宝暦治水事件を引き起こすことになる。

この事件は、杉本苑子が、『孤愁の岸』として、小説にまとめる。

「マーちゃんの数独日記」というサイトに、感想文が載っています。
分かり易いので、紹介します。

14年1月26日 (18)

倒幕に燃えるのには、他の要因もあったでしょうが、
上の100年後に、恨みを晴らすことになる。

石橋の案内があったので、何かなって見ることに。
場所は、長崎堤防の上流に。

14年1月26日 (15)

小さな祠に、お地蔵さん。

14年1月26日 (13)   14年1月26日 (14)

江之口橋。  人口の川。  排水のために作った。  幅が8間(けん)なので、八間川。
作ったのは、岩永三五郎(いわながさんごろう)。

14年1月26日 (12)

※ 岩永三五郎は、種山石工。

  種山石工の祖は、藤原林七。  この人は、ブログで紹介したことがある。
  岩永三五郎の妻は、藤原林七の長女。

  先日行った美里町に、岩永三五郎の石橋が、霊台橋の近くに山の中にあった。
  雄亀滝橋(おけだけばし)。

  霊台橋通潤橋も、この橋が手本となって、岩永三五郎の弟子たちが作り上げた。

眼鏡橋ですね。

14年1月26日 (9)

彼は、肥後から薩摩に来て、甲突川五石橋も作る。
薩摩を詳しく知りすぎたので、工事の後、殺されそうになる。

堤防側から。 川内川の水が増したら、水門を閉じる。 ポンプで水を流す。

14年1月26日 (11)

別方向から。

14年1月26日 (10)

明日また行ってきます。
小野神社とかに。  珍しい物があるよう。

また、袈裟姫伝説についてと、岩永三五郎が暗殺されそうになったことについて、もう少し調べてみます。
面白い話がありそう。

【関連ブログ】    川内戦国村、川内原子力発電所展示館 ~薩摩川内市~   他  (2010/2/15)

  ※ 上のブログは、2010年の2月。
    この中で、原子力発電所を見学して、こう書いた。

      原子力発電については、良く分からない。
      事故が起きた時に、隠そうとする体質があることは、以前から感じていた。
      一番危険性を知っているのは、発電所自身かもしれない。
      危険性の全てを、私たちは、知っていない可能性もある。

    約1年後に、震災があり、福島が起きます。
    東京電力は、疑っていた通りでした。

【今日の歌】   Whispering Hope - Hayley Westenra (希望のささやき  ヘイリー)



【道の駅】   樋脇   市比野温泉にあります。



【明日の予定】  もう一度、昨日の所へ。  小野神社や撮り忘れたのを撮りに。
         車の中を、少し変えます。 それに時間を。

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どこの島も、普通は過疎。
おじいちゃん、おばあちゃんが、静かに暮らしている。
若者と子供は、滅多に見ない。
それが普通。

ところが、長島の人たちは、いそがしく動き回っている。
若者がいるから、子供も多い。

国の政治がうまくいっていなくても、自立して、生きている自治体はある。
長島町も、そんな町でしょうか。

社長さんの農機具会社にも、しょっちゅうお客さん。
直ぐには、帰らない。
みんなコーヒーを飲んで、おしゃべりして戻る。
情報交換の場。

せっかく長島に来ているので、長島を紹介。
今回は、北の方。
動き出したら、雨は、どしゃ降りになった。
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道の駅長島は、ここです。  直ぐ上に温泉。



遠くに、天草が見える。  牛深の港は、左に。

14年1月25日 (11)

長島の、北方面。  遠くの山は、天草の山。

14年1月25日 (12)

長島は、石垣の島。 畑の多くに、ジャガイモ。

14年1月25日 (13)

下を見たら、ヤギがいた。 話しかけてほしそうな顔をして。
急な崖だけど、転びそうにならない。

おじさん行くからね、バイバイって、別れた。

14年1月25日 (14)

車に乗ったら、上がってきて、こっちを見ている。
さっきバイバイしたべや、って言いながらも、めんこい。

14年1月25日 (15)

蔵之元港に、向かった。



社長さんが、3時頃には雨って、昨日言っていた。
今は、2時45分。   小雨が降りだした。

蔵之元港に着いた。  左が、湾の出口。
ここから、天草へのフェリーが出ている。  ※ 今は、点検で休航。

14年1月25日 (1)

港の少し奥に、唐人石(とうじんいし)があった。 
ここにあるのは、社長さんに教えていただいていた。

船をつなぐ石だったという。

14年1月25日 (2)

鎖国前の話ですね。
オランダの海賊船が、アジアまで足を伸ばしていた、ということなんですね。

当時、倭寇(わこう)という海賊もいました。
海賊同士が戦うことは、あったのかな?

14年1月25日 (3)

長島には、島中に、こんな動物などが。  どうしてあるのでしょう。

説明を読むと、ながしま造形美術展の作品なんですね。
この島は、花を植えたり、いろんなことをやっている。  じっとしていない。

14年1月25日 (4)   14年1月25日 (16)

島の、100円ショップ。
今朝は、この前に停泊していたので、朝、ジャガイモとキャベツを買いました。 安い。

※ 早朝に、おじいちゃん達が、野菜を持って来て、並べる。
  3人いたら、5人いるくらいの、おしゃべり。 
  にぎやかさで、目を覚ました。

14年1月25日 (5)

※ 上に、みかんも売っている。
  冬に食べるみかんは、詳しくは、温州(うんしゅう)みかんですね。
  この温州みかんが生まれたのは、ここ長島です。
  このことは、誰もが認めていることです。

ここを上がると、神社。  雨と風で、行けない。

14年1月25日 (17)

島の北部の、内陸に入った。   
ジャガイモの芽には、このように、ビニールをかぶせる。  
この風景は島の風景の特徴。

14年1月25日 (6)

ここは、これから、種をまく。  ジャガイモは、時期を、さまざまにずらして作る。
長島の土は、赤っぽい粘土。  この土が、美味しいジャガイモを育てる。

長島産のジャガイモは、ひと目で分かる。 イモに付いてる土が赤いから。
今はブランドになっていて、人気のジャガイモ。

他の産地は、この赤い土を付けて売りたくなる。(そんな問題が、実際に起きたことも)

14年1月25日 (7)

目の前のは、間もなく収穫ですね。

14年1月25日 (18)

向こうの谷に、下りて行く。  畑に、空き地はない。

14年1月25日 (19)

傘のようなのは、何でしょう。  傘の下に、何があるのでしょう。  

14年1月25日 (20)

下の場所にやってきました。



平尾小学校。  児童数77名。 
小さな島に、小学校が10校。  しかもこの数。  閉校の心配なんか、どこにもない。
島の産業がしっかりしているから、若者がいて、子供がいる。

14年1月25日 (21)

50歳、うそでしょ、ってあった。  ネットにある宣伝みたい。
調べてみたら、卒業生が50歳になって、クラス会を開いたようです。
そして、秋の運動会に参加し、グランドを走り回った。
みんな若々しかったので、この表現。

14年1月25日 (22)

戻っている。  花壇と、さっきと同じものが、ここにも。

14年1月25日 (23)

十五社宮。  珍しい神社がある。
普通、この神社は、天草にある神社。

水仙が咲いている。 水仙は、どこにでも。

14年1月25日 (24)

※ 実は、長島は、昔は天草の一部だったんですね。
  天草は、肥後(熊本)の一部。

  ところが、薩摩の島津家が、長島を奪い取った。
  以来、長島は、薩摩の一部になった。
  そして今は、鹿児島県に。

  奪い取ったのは、昨日紹介した、薩州島津家。

社長さんに教えていただいていた、ツワブキ。   観賞用。  道沿いにずっと。
また、島には、酒造会社がいくつかある。   私は最近、飲んでない。
どしゃ降りです。

14年1月25日 (25)   14年1月25日 (26)  

蔵之元港の方に、少し戻った。   写真を撮り忘れたので。

花壇が、いたるところに。  みんなボランティアでやっている。
長島は、花の島。 町で花の苗を育てている。
どこに植えようが、町民には、無料で配布される。
 
14年1月25日 (27)

菜の花です。  いっぱい見たのは、今年初めて。

14年1月25日 (8)

海の方を見たら、こうです。  下りて行ったら、小さな古墳がいっぱい。
畑の土は、赤い。  遠くに、天草の島。

14年1月25日 (9)

以前、ここを歩いています。
ジャガイモの栽培の時期を、ずらしているのが、分かりやすい。

14年1月25日 (28)

今回は、島の北部。  いつか、別の場所にも行ってみます。

長島は、島を豊かにするプロジェクトが、成功した例ですね。
どんな世の中でも、それでも、方法はある。
学ばされます。

島は、まだまだ、変わっていきそうです。

【その他】  社長さんの奥様が、カレーをご馳走してくれました。
       長島のジャガイモがいっぱい。 これが美味しい。
       肉もいっぱい。

       少し食べてから撮影。 今日は、晩もカレー。
       ご馳走様でした。   満足。

14年1月25日 (10)

【今日の歌】  朧月夜    歌っている若い人たちは、高校生。 ドイツ。
        春には、まだ早いけど、菜の花を見たので。



【停泊場所】   長島温泉センターの下の駐車場。

【明日の予定】  南下します。  天気がいいので、どこかを歩きます。

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気温が上がった。 
出水市の高尾野の里山を、歩くことに。
小さな歴史遺産が、点在している。

上着はいらない。 気温は、20度近い。
日本には、同じ冬でも、流氷に震える所もあれば、春の暖かさの所も。

小僧さんが川の渕に落っこちて亡くなった。
可哀想と、寺の和尚さんが、石工に磨崖仏を彫らせた。
江戸時代のこと。
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出水市のドライブマップに、城跡と磨崖仏が載っていた。
天気がいいので、歩くだけで楽しい。

目的地は、紫尾山への道の、途中に。   いつだったか、寒くて頂上まで行けなかった。



歩き回った所の、航空写真。   印に車を。

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※ 写真の大きさを自由に変えられないので、困っていた。
  たまに、出来る日もあるけど。
  何かが邪魔してるんだが、突き止められない。
  
  最近ダウンロードした物を、外した。 勝手に入って来たのも。
  そうしたら、朝になって、元に戻っていた。
  また変になるかも知れないけど、うれしい。

  それで、久しぶりに、いろんなサイズの写真。
  写真の並びを、メロディのように並べるのが、目標。
  難しいけど、出来たら、楽しい。

停車したところに、庚申碑(こうしんひ)。

14年1月24日 (1)

庚申信仰の本尊は、青面金剛(しょうめんこんごう)なんですね。

人間の体の中には、三尸(さんし)という虫が住む。(庚申信仰の考え)
その虫をやっつけるのが、青面金剛。

三尸は、庚申の日の夜、その人が寝ている間に、体から抜け出て、その人の悪事を、天帝に告げに行く。
だから、庚申の日は、みんな、夜通し起きている。

 ※ 起きているということは、自分に悪事があることを、認めていることになる。
   自分にはないって、寝る人はいないのかな。
   私ならって言いたいが、ダメですね。

雑草をまき散らす邪気を、踏みつけている姿とある。

14年1月24日 (23)   14年1月24日 (2)

少し北に、紅葉城跡があった。  小さな城。  一部かも。

14年1月24日 (3)

城は古く、多くの人に利用された。
江戸時代に入って、宮原景晴という人が、この地、高尾野の地頭となり、整備した。
この人は、島津家の家臣で、後に仁礼秋扇に名前を変える。 出家した。

14年1月24日 (4)

南の方に歩き出したら、墓があった。
仁礼家の墓とある。  つまり、上の宮原景晴の墓だった。

中央の2つが、夫妻のです。 普通の仏塔ではなく、四角っぽい、宝塔ですね。
右には、納骨堂。

14年1月24日 (5)

納骨堂の隣に、奥への道。 奥には、洞亀寺(とうきじ)があった。
九州の石像は、この感じが多い。 睨みを利かした像。
ここは、寺への入り口だった。  明治の廃仏毀釈で、石像は壊される。

14年1月24日 (6)   14年1月24日 (24)

正面の竹林が、洞亀寺の跡。

14年1月24日 (7)

右側の風景。  向こうが山奥で、ずっと行ったら、紫尾山。

14年1月24日 (8)

寺は、薩州(さっしゅう)島津家の時代に作られたとある。
薩州島津家は、島津家の分家。 
島津家は、後継ぎなどで、もめごとが多い。
室町時代から、140年この地を支配するが、薩州島津家は消える。

小僧さんが、溺死したとある。
溺れた渕は、小僧渕として、今もあると言う。

磨崖仏は、竹藪の中の、崖に。

14年1月24日 (9)

昔のことだから、事故は、少なくないはず。
でも、和尚さんは少念という小僧さんを、我が子のように可愛がっていた。
それで、磨崖仏を。  想像。
※ まさか、少念は和尚さんの○○○ではと、疑ってみたりして。

今は、小さな神社が。

14年1月24日 (10)

小さな磨崖仏は、神社の右にあった。

14年1月24日 (11)

上の説明では、1717年に作ったとあるが、別の資料では、1735年。
これだと、磨崖仏に書いてあるのと、一致する。

14年1月24日 (25)

謹奉供養とある。  謹んで供養を奉(ささ)げる、という意味でしょうか。
下の方は、
右側に「施主 根占三左ェ門」。  
これは、読めますね。  根占(ねじめ)は、この地方に多い名前。

左側は、読めない部分があるので、調べました。
「享保二十年十二月吉日 明禅氏」。  明禅は、明禅和尚ですね。

右手に、錫杖(しゃくじょう)。  左手に、宝珠。

DSCF9397vvvv 

渕を見に行くことに。 突き当りの、左の方。

14年1月24日 (12)

今でも、小僧渕の名前で、残っていた。  小さな川なのに、渕は、深そう。
小さな子供が落ちたら、今でも、助からない。

14年1月24日 (26)

歩いて地図の南に。 最初に通り過ぎた時に、何かの案内があった。
途中で、湧き水のそばに、石像を発見。

14年1月24日 (15)

見る人が見たら、何を持っているかが、分かるんですね。

14年1月24日 (14)   14年1月24日 (13)

※ 他で見られる田ノ神は、こんなの。  右手にしゃもじを持ってるのが多い。

あそこから、脇道に入って行く。

14年1月24日 (16)

何だか分からないけど、これがある。

14年1月24日 (17)

実は、今日から、カメラは、大きい方を使っている。
   ※ 今日の写真は、大きいカメラのが9割。   少しだけ、小さいカメラ。(望遠と広角)
     小さいカメラには、ズームがあるので便利。
     足を痛くしてからは、小さいカメラ。

大きなカメラには、ズームはない。
その代り、明るい写真が撮れる。 写真の質が違う。
ズームは、自分。 歩いて前に行ったり、下がったり。

小さなカメラと、大きなカメラは、これです。

DSCF9325mmm    DSCF9412ppp


上着は着ていない。 20度は、越えているかな。  4月の天気だったよう。

なかなか、案内がない。 人がいないので、聞けない。

14年1月24日 (18)

道が無くなって、戻る。

14年1月24日 (19)   14年1月24日 (27)

ここは、高尾野。

14年1月24日 (28)

見つからなかった。
晩に調べたら、下のがあったよう。 (出水市のHP)

八久保頭首工水神碑(はちくぼとうしゅこう すいじんひ)

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※ こんな説明があった。(出水市のHPより)

    徳川時代、高尾野川から八久保井堰を起点に水路を開き、大久保・柴引・唐笠木・
    下原橋附近までの水利をはかる大事業をなした。
    八久保頭首工西側の水神碑は「寛延3年2月5日」(1750年)の刻字があるが、
    現在では摩滅して判読不能。

水を貴重に思う心は、私たち以上だったでしょうね。

歩いているだけで気分がいいので、見つからなくても、気にならない。

戻っていたら、畑を起こしていた。
カラスが、ミミズを見つけに、やってきた。

14年1月24日 (29)

丸っこい石の石垣は、この地方の特徴。  
薩摩はどこも、武家屋敷っぽい風景。

14年1月24日 (20)

さあ、長島に向かいます。 島に入って、 いつも、ここから撮る。
海も山も、豊かな島です。  みんな、島に住む人たちが、作り上げたもの。

14年1月24日 (21)

いつもお世話になる、農機具会社の社長さんの所に。
事務所には、今年も、大きなジャガイモがあった。
大きいのは、1㌔を越える。

14年1月24日 (22)

ここでは、電気関係、足回り、そのほかを見てもらいます。
いつも、ここで万全にして、日本中回ってきて、戻ってきます。
1年間、安心して走れます。

温泉の前から見た、天草の牛深の港。

14年1月24日 (30) 

少し長島にいて、指宿に向かいます。  
また戻ってきて、九州のあっちこっちに。

九州の新しい魅力を、探します。

鹿児島県の暖かさには、驚かされました。
寒い亀岡に2ヶ月いたので、なお、暖かさを感じます。

【今日の歌】  ラスト・ワルツ。   この曲で、森田童子を知りました。  彼女の歌では、一番好き。



【停泊場所】  蔵之元港。    道の駅が混んでいたので。
        会社も温泉も、道の駅の近く。

   

【明日の予定】   長島の、ジャガイモ畑を撮ります。

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目的地の、鹿児島県に入りました。

まず、今年もツルは元気にやって来たのか、それを見に。
出水市です。

昨年と同じように、12000羽以上のツルが、いました。

その中に、カナダヅルとクロヅルが、4羽づついます。
今日は、それを探すことにしました。
今まで、一度も見ていません。

探し始めて直ぐに、至近距離に、カナダヅルを見つけました。
まったくの、偶然でした。

クロヅルは、人に教えてもらって、遠くに。
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ツルは、寒いシベリアから、渡って来る。

飛来地は、出水市の海に近い、水田地帯。



ツル展望所から、見ることが出来る。  210円。

14年1月23日 (1)

例年の数が、今年も来ている。  ナベヅル4羽。 クロヅル4羽。

14年1月23日 (2)

雨の日でも、ここから見られる。

14年1月23日 (3)

マナヅルとナベヅルは、いっぱいいる。  
カナダヅルは、少し小さく、全体の色が他と違う。 そして、丹頂のように、頭に上が赤い。

クロヅルは、真っ黒ではない。

14年1月23日 (4)

この10年は、安定した数。

14年1月23日 (11)

屋上から撮った。

14年1月23日 (5)

左遠くに、水田に水。   ここで、ツルは立ったまま寝る。  キツネとかに襲われない。

14年1月23日 (6)

別な方にも。  黒っぽいのは、ナベヅル。  灰色っぽいのは、マナヅル。

14年1月23日 (7)

いますね。  田んぼの土の中の、虫なんかを食べている。

14年1月23日 (8)

寝る時以外は、あっちこっちに、出かける。   シベリアはまだ寒すぎる。   2月の中過ぎを待つ。
人間にとっては、この季節は寒い。  でもツルにとっては、ちょうどいい。

14年1月23日 (9)

家族ごとに生活とある。  また、ここでは、餌をやっている。

14年1月23日 (12)

今は、左の〇で見ている。   この後、右の〇に移動。  カナダヅルとは、そこで。

14年1月23日 (13)

マナヅルは、全生息数の半分が、ここに来るそう。 半分いて、2000羽なら、全世界に、1万羽はいないよう。

14年1月23日 (14)

全生息数のほとんどがここに来る。 それで1万。   マナヅルもナベヅルも、世界中には、ほんの少し。

14年1月23日 (15)

出水市の他に、山口県の周南市の八代(やしろ)にも、少し。  ほんの少しで、10羽ほど。

14年1月23日 (16)

本当は、八代にも、いっぱい行けばいい。 出水市もそう思っている。
万が一、病気が広がったら、全滅するかもしれない。 種の保存には、分かれていた方がいい。

場所を移動した。 地図の右の方に。
これは、ナベヅルですね。   夫婦と、子供。

14年1月23日 (17)

マナヅル。 ナベヅルより、少し大きい。  灰色っぽい。   目の周りが、赤い。

14年1月23日 (18)

喧嘩しないで、混ざっていることが多い。   飛ぶときは、首と足を伸ばす。

14年1月23日 (19)

カナダヅルは、どこかにいないかなと思ったら、これ。  いた。  私にも、カナダヅルとすぐに分かった。
左の2羽。  ナベヅルより、さらに小さい。

14年1月23日 (20)

1万羽の中から、どうやって探せばいいのだろう、と思っていたのに、直ぐに見つかった。

カナダに行けばいっぱいいる。  シベリアにいるのが、アメリカの方に行かないで、間違って日本に来た。

14年1月23日 (21)

頭の上の、前の方が赤いのが、分かるでしょうか。

14年1月23日 (22)

手前は、ナベヅル。  カナダヅルの頭です。

14年1月23日 (23)

毎年数羽来るけど、同じのが来るのでしょうか。
もし同じなら、自分のことを、ナベヅルと思っているかも知れない。
自分の姿を、鏡で見たことはないと思うので。

14年1月23日 (24)

カナダヅルは、シベリアに戻る時、編隊でなく、2羽か4羽で戻るのでしょうか。
他に、混ざるのか。

今度は、クロヅル。
自分で探すのは止めた。 見つけた人を探すことにした。

 ※ 知床で熊を探すときは、車で走り回って、人の集まってるのを見つければいい。
   そこには、必ずクマがいる。
   私は、大きなクマは、車の中から、4㍍くらいの距離。
   子供のクマとは、目の前で。 
   車の前にいたけど、いなくなったので、外に出て探した。
   そうしたら、急に、草むらから出て来た。 大きめの犬って感じ。

20年、30年って生きる。 このツルも、2羽、ずっと一緒かな。

14年1月23日 (25)

ナベヅルが確かに多い。   体力を付けておかないと、海を渡れない。  命がけ。

14年1月23日 (26)

マナヅルもナベヅルも、やっと命をつないでいる数。 
絶滅が危惧されている、絶滅危惧種に入っている。(環境省レッドリストに)

14年1月23日 (27)

ここには、広い田んぼがある。  近くには山があって、上昇気流がある。 わたる時に利用する。
人間が、住みやすい環境を、作ってくれる。

いい条件があるので、出水市に集まるよう。

14年1月23日 (28)

山口県の周南市から来ている人がいた。  女性2人。
周南市で、足環を付けて放したツルが、ここに来てるそう。
それを探しに来た。  1羽見つけたという。  
望遠鏡で、足環の文字が読めると言う。  驚き。

その人たちの望遠鏡が、クロヅルをとらえていた。
見せていただいた。 いた。  実際に見ると、違いははっきり。

14年1月23日 (30)

私は、望遠レンズは持っていない。 それでも撮った。
はっきりとは写らない。

〇の中にいます。

14年1月23日 (29)

今日は運が良かったです。
このところ、足を痛くしたり、いいことがなかったのに、感謝です。
誰に感謝でしょう。 神様にでしょうか。  
長島に向かったから出会えた。 神様は、長島ですね。

足の筋肉が痛いです。  3333段の石段は、厳しかったのか。
リハビリや訓練は、いきなりではなく、穏やかにしなければ、なんですね。

【関連ブログ】
  車の整備。  エアコンの修理。  カナダヅルは、見つからない。~長島町・出水市~  他  (2013/1/15)
  今年も出水市に、ツルは戻ってきた。  14日現在、13138羽。~出水市~  他  (2013/1/14)
  ツルは飛んだ!  行人岳から見たツルの北帰行  ファインダーを涙で曇らせ見送った ~長島町~  他  (2012/2/20)
  行人岳山頂から見た、ツルの北帰行ルート  明神古墳群  他 ~長島町~  シューベルトのセレナーデ(その2)  (2012/2/18)

【今日の歌】 橋本淳作詞の曲の最後です。



【停泊場所】  スーパーセンターの駐車場

【明日の予定】   出水市のどこかを。   夕方、長島町のUさんの会社へ。

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石段の数、3333。  標高差、620㍍。
ちょっとした、登山。
山道を登るのに比べたら、石段は大変。

石段の頂上から、1㌔ほどの所に、釈迦院というお寺があった。
昔は、西の比叡山とまで言われたそうだ。
でも今は、管理する人もなく、ひっそりと、本堂と少しのお堂が残っていた。

足のリハビリで登ったが、やっとでした。
行って、戻って来るのに、4時間。
こんな調子で、開聞岳は、登れるのだろうか。
正式にギプスを外して、まだ1週間経っていない。
仕方ないかな。
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場所は、美里町の南部。   そこまでの道はいい。



登り口の近くには、個人の駐車場がいっぱい。
11時45分スタート。

14年1月22日 (1)

釈迦院というお寺の参道なので、お堂がある。

14年1月22日 (2)

3333段。  抜かれるまでは、日本一。  いつまで続くでしょう。 
   ※ 一度日本一になったら、抜かれても日本一と言ってる所が多い。

以前は、山形県羽黒山の2446段が、1位だった。
羽黒山の石段は、昔のまま。 
石段のそばに、国宝の五重塔があったりして、全体の価値は、羽黒山の方が比較にならないほど、大きい。

14年1月22日 (3)

東京都知事に立候補している細川護熙が、熊本県知事の時代、「日本一の物を作るぞ~」って叫んだ。
それで作った。

足の調子はいい。 でも、石段のぼりは疲れる。 50段登ったら、30秒ほど一休み。

14年1月22日 (4)

30年前に作り始めた。 8年かかって。  平均、1日1段ちょっと。   大変な工事と分かる。

上への細い車道もある。 

14年1月22日 (5)

人とは、しょちゅう、すれ違う。  
毎日登っている人も、いるよう。 5000回とか登っている人も。(回数は自己申告)

時々ある、石畳の道が、息抜き。

14年1月22日 (6)

高く、上がってきた。

14年1月22日 (7)

こんな雰囲気が好き。   今は冬だから、花はない。  と思ったら、あった。(?)

14年1月22日 (8)

釈迦院は、大行寺山(標高957メートル)の頂上の、すぐ下にある。
そこに向かって、登っている。  石段は、尾根にある。 左の谷に、釈迦院川。
昨日のブログの、石橋の下を流れていたのが、釈迦院川です。

石を踏まない方が、歩きやすい。

14年1月22日 (9)

中間あたりで一休み。 
昨夜、古いかぶせた歯が、病んだ。 亀岡の歯医者の先生が、ダメになったら、抜こうって言ってた歯。
食事をちゃんとしていなかった。
カロリーメイトのようなのを、食べた。 みかんも。  エネルギーが切れたら、動けなくなる。

前日ちゃんと食事をしていたら、私は、朝から何も食べなくても、たいてい、晩まで動ける。

2000段を越えたら、足も疲れて、30段登って、一休みになった。

3000段まで来た。  あと少し。 

14年1月22日 (10)

上の写真に、ザポロシエ産御影石とある。 場所を調べてみました。
ザポロシエ(Zapolos'e)は、バルト三国の右でした。 (グーグルの地図の情報で)
 ※ バルト三国の真ん中の国が、ラトビア。 ここで、百万本のバラの原曲が生まれています。



※ ラトビアです。   歌っているのは、小田陽子さん。
  画像の女性が彼女。 最初に歌った人と、作曲者も見えます。
  ラトビアは、ソ連からの抑圧に苦しみます。
  この歌の作詞者が、神様は、ラトビアに、たった1つ、幸せをあげ忘れた、と歌います。
  国の不幸を、露骨には歌えないので、そう歌いました。 不幸を作っているのは、ソ連です。

  ソ連は、そんなことに気付かず、メロディだけをいただいて、「百万本のバラ」の歌詞を付けます。
  それが大ヒット。 いつか紹介した、ニーナさんを通して、日本に伝わり、日本でもヒットします。



※ 上の方に、サンクト・ペテルブルグがありますね。 昔の、レニングラード。
  クラムスコイの描いた、忘れえぬ人の舞台です。

御影石は、火山の熱によってつくられた石で、火成岩と呼ばれますね。
磨けば光ります。
なお、大理石は、似てるけど、石灰岩が、熱で変わった石で、別物ですね。

着きました。  この人、動かないので、撮ってしまった。

14年1月22日 (11)

釈迦院まで歩きます。  約1㎞。  左の〇が、石段の頂上。   右の〇が、釈迦院。
隣町の、八代市に、釈迦院はあります。

14年1月22日 (30)

薄い手袋なので、手が冷たいです。

14年1月22日 (12)

確かに、参道です。

14年1月22日 (13)

半分、荒れ寺。   荒れている所は、撮っていません。
右の建物が山門。
  ※ 昔、多くの寺が、山にありました。 寺への入り口は、山への入り口でもありました。 それで、山門。

右は、寺務所兼庫裏(くり)ですね。 その陰に、本堂。 

14年1月22日 (14)

山門です。 この寺には、鎌倉時代の仏像が、10体ほどある。

14年1月22日 (15)

釈迦院の正式名は、金海山 大恩教寺 釈迦院。
これでは長いので、通称を、釈迦院にした。 通称を、大恩教寺にしてもよかった。

京都の知恩院は、華頂山 知恩教院 大谷寺。 ここも、大谷寺としないで、知恩院に。
院の付く寺が、上とか下とかは、ない。  

人形のような、仁王様。

14年1月22日 (16)

寺務所。  寺を守る人はいない。

14年1月22日 (17)

かつて坊数75坊、末寺49院が建ち並び、西の高野山とも称された、一大霊場だったとそう。
本堂。

14年1月22日 (18)

この寺の別名は、っくり寺。
元気に生きて、苦しまないで、ぽっくり死にたい人は、この寺にお参りすればいい。

春はまだ遠い。 暦の上では、あと10日だけど。 ここは、山の上。 水は氷る。
寒いから、みんな仲良し。  
もし喧嘩したら、何て言うんだろう。  もしかして、ぶ〇ぞ〇って言うのかな。 これを書きたいがための、2行。

14年1月22日 (19)

戦乱の世には、焼けているんですね。 兵士たちが宿泊に使うから、焼くのか。

14年1月22日 (20)

人が来ると、うれしい。 私が来たからうれしいんだったら、もっといい。 そうすることに。
今度来ることがあったら、唇に、うすく紅を塗ってあげたい。 似合うように、おしゃれに。

14年1月22日 (21)

少しだけ、写真に口紅。  喜んだ。  喜んでいる。 

14年1月22日 (21)ppp

この後、戻った。

さあ、石段の頂上から下ります。

14年1月22日 (22)

なんだかんだ言って、下りは楽。

14年1月22日 (23)

途中で足が痛くなってきた。 不思議と、元気な左足でした。 
知らぬうちに、右足をかばっていたんですね。

14年1月22日 (24)

ずっと真っ直ぐより、曲がったら何が見えるんだろう、の方がいい。

14年1月22日 (25)

着きました。 4時間かかりました。  疲れました。 でも、右足はよく歩きました。
今日は、温泉で、マッサージ。 たいしたもんだって、ほめてもやる。

14年1月22日 (26)

歩いていたら、この風景。
女性の方は、大根を2本抜いて、歩いてきた。  
これから、夕食の準備。  おでんの大根は美味しい。 体が温まる。

14年1月22日 (27)

下の地図の所で、いい風景に出会った。  停車できたので、撮影。



茶畑ですね。  お地蔵さんの前掛が、ぼろぼろでない。  それがい。

14年1月22日 (28)

川があって、橋があって、家。   上の方には、段畑。

14年1月22日 (29) 

衛星写真では、こうです。   印に車。



こうやって動き回っていると、足は、じきに、元に戻るでしょう。
今度は、山に登ります。

今日は、微笑んでいるお地蔵さんに出会えました。 それが、良かったですね。

【関連ブログ】   羽黒山 ~五重の塔・2446段の石段・三神合祭殿・南谷~  他 (2009/09/26)

【今日の歌】 今日も、橋本淳作詞の曲を。   青いリンゴ。



【道の駅】     たのうら



【明日の予定】    ツルを見に行くのかな。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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