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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

知覧(ちらん)は、薩摩の小京都と云われる。
京都と云うから、軽やかな日本風をイメージしたくなる。

でも、知覧の武家屋敷通りには、ごつさを感じる。
生け垣の刈込だって、西郷さんの眉毛のように、力強い。

個人の庭が見学できる。
これがいい。
立派な武家屋敷に住めるのなら、殿様にならなくても、上級武士で十分。
    
知覧に行く途中、小さな規模の、磨崖仏を見た。
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知覧は、薩摩半島の内陸に。



駐車場が有料なので、町外れから歩き出した。  歩くのは、1㌔程。
いっぱい歩いて、足を、開聞(かいもん)岳に間に合わせたい。

豊玉姫陵は、後で見ることに。
気づかなかったが、左遠くに、写っていた。

14年1月31日 (1)

10分ほど歩いたら、石橋が見えた。
歩くと、このようにおまけで、何かが見られる。

矢櫃(やびつ)橋。 昨日いた川辺と知覧を結ぶ街道の橋。
左上の山には、亀甲(きっこう)城跡がある。  ※ 知覧城の出城。(出張所の感じ) 
見晴らしはよくないと聞いたので、行かなかった。

石橋には、2つの穴。  右に小さく。 こんなの初めて見る。

14年1月31日 (2)

武家屋敷通りの、西の端。
このそばに、無料駐車場があった。 知らなかった。  他はすべて有料。

14年1月31日 (3)

家並みは、1㌔ほど続く。
通りを歩くだけなら無料。  7つの庭園を見るのが、有料。

14年1月31日 (4)

薩摩藩は、藩を113に分けた。  そこに、武士の集団を住まわせた。  外城(とじょう)と呼ばれる。
知覧の武家屋敷通りは、その代表的な1つ。

14年1月31日 (6)   14年1月31日 (5)

私の後ろにお店があって、そこで、見学料を払った。 
昔はこの辺りに、豊玉姫神社があった。

14年1月31日 (8)

お店で、知覧茶を御馳走になった。
  ※ 知覧茶の特徴は、透き通った若緑色とさわやかな香り。高い評価。(Wikipedia)

緑のお茶の方が、お茶って感じがする。  美味しかった。
知覧茶は、私は知らなかった。 
知ってますかと聞かれたら、〇〇〇って答えるしかない。

14年1月31日 (7)

これが、知覧の武家屋敷通り。 他では見られない。

14年1月31日 (9)

この写真は、普通に撮った写真の一部を、引き伸ばしたもの。
こんな写真は、望遠レンズで撮ると、いいんですね。
遠近の詰まった、味のある写真に。

今日は撮ってて、望遠レンズがあればって、思った。
  ※ 明るくいいレンズのが、近々登場します。(富士フィルム)。
    でも、高いですね。 

14年1月31日 (10)

7軒の家の庭が、見学できる。  入口からして、ごっつい。  薩摩の雰囲気。

14年1月31日 (11)

向こうから来た。 豊玉姫神社跡は、正面にあった。  梅が咲き始めた。

14年1月31日 (12)

あるお家の庭。 枯山水の庭が多い。   梅の花。

14年1月31日 (14)

天気がいい。   まぶしいねって、花に言いたくなる。

14年1月31日 (13)

知覧の家並みは、江戸時代の中頃に作られた。
戦いはない。

武士は、毎日何をしていたのでしょう。 剣の鍛錬と、畑の作業か。

14年1月31日 (15)

石垣と、刈りこまれた生垣。

14年1月31日 (16)

あっちのぞいて、こっちのぞいて。

14年1月31日 (17)

台湾からの人が多い。

14年1月31日 (18)

石の並びには、きっと、意味がありますね。
これは鶴、これは亀ってのもあった。

14年1月31日 (19)

薩摩の武士は、いざとなったら、命をかけて戦うのは、平気。
激しい剣。 刀ごとぶった切る、っていう感じ。 キエ~って、声をあげて。
桜田門外の変で、井伊直弼の首を一刀で切ったのも、薩摩の剣。

休める所も。 ここ数日、薩摩には春が来ている。 20度を越えている。

14年1月31日 (21)

道を、向こうから、曲がって曲がって、来た。
正面に、魔よけの石。

14年1月31日 (23)

14年1月31日 (22)

刈込は、1つのまとまった、大きな形。  大刈り込み、と呼ぶよう。
繊細とは違う。 西郷さんの眉(まゆ)のイメージ。

14年1月31日 (24)

武士は、縁側に座って、何をしゃべったのでしょう。

住まいは立派でも、裕福だったかどうかは、別でしょうね。
食べ物とかは、意外に質素だったかも。

14年1月31日 (26)

この美しさは、繊細ですね。  小京都と言ってるのは、この感じか。

14年1月31日 (25)

庭を眺めながらのビール、そんな経験は、記憶ない。
テレビの野球を見ながら、が多かったか。

14年1月31日 (27)

薩摩の島津家は、徳川をよく思っていなかった。
それなのに、どうして、篤姫を徳川家に嫁がせたのでしょう。

徳川を攻める薩摩藩を、篤姫はどう思っていたのでしょう。
薩摩に戻ることはなかった。

あの西郷さんと、関係あるのでしょうか。(調べても、分かりません)

14年1月31日 (28)

庭園の説明。   名勝に指定されている。

14年1月31日 (29)

反対側に出て来た。  このように、市街地が。

14年1月31日 (30)

正面の入り口は、こっち。

14年1月31日 (31)

へっぴり腰を、撮ってみた。  
右の人は、それを見て、最初笑っていた。 そして、撮りだした。

14年1月31日 (32)

感じよく人を撮るのは、難しい。 

14年1月31日 (33)

最後に、振り返って撮影。

14年1月31日 (34)

出て来ました。   左奥に、無料の駐車場。  やっと分かった。

14年1月31日 (35)

左に石橋が、小さく。   山の上に、亀甲城跡。

14年1月31日 (36)

畑の中に、豊玉姫陵。 神武天皇のおばさん。  神話の世界の人。
この人には、小豆島の豊島(てしま)と、嬉野温泉で会っています。 どちらも神社。

14年1月31日 (37)

14年1月31日 (38)

知覧の武家屋敷通りは、見応えがありました。
古い物を壊さないで、よく残したなって、感じました。

薩摩の時代を大事にしているんですね。

【その他】

高田の磨崖仏があると分かった。
道の駅で、道を聞いた。
丁寧に地図を描いて教えてくれた。

行くと決めてなかったけど、行かないと失礼なので、行ってみた。

場所は、この辺り。 少し遠回りして、知覧に。



道路沿いにあって、これで、全部。

14年1月31日 (39)

江戸時代に彫られたもの。  
彫った人は、鹿児島の石工久保田太右衛門。
それと、頴娃(えい)の脇七兵衛。  ※ 頴娃(えい)は、今は、南九州市。

14年1月31日 (40)

大黒様がいる。

14年1月31日 (41)

1つだけ、大きく。   保存状態がいいですね。    何を願ったのでしょう。

14年1月31日 (42)

【今日の歌】    見える山は、ベスビオ山。   噴火で、ポンペイの町が、灰の下に。
         メロディに、悲しみがあるような・・・。



【道の駅】   喜入



【明日の予定】   指宿に近づくか・・。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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磨崖仏(まがいぶつ)と云えば、大分県の臼杵(うすき)磨崖仏。
時の権力者が作り、国宝に指定されている。

一方、清水磨崖仏は、小さな権力者、また庶民の願いが岩に刻まれた、磨崖仏。
平安時代末期から明治までのが、あった。
五輪塔や梵字(ぼんじ)などの、線刻が多いのが、特徴。
大きな五輪塔も。

岩にへばりついて彫ったんだろうけど、どんな願いがあったのでしょう。
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南九州市は、合併してできた、新しい市。
ここは、その中の、川辺町。



一帯は、清水(きよみず)岩屋公園になっている。  広い駐車場。  近くに道の駅。
公園の中に、磨崖仏と清水の湧水がある。

向こうの橋を渡って、左奥に磨崖仏。

14年1月30日 (2)

花園橋。  山茶花の木が、まるい。  

14年1月30日 (4)

万之瀬川(まのせがわ)。
昔は、万之瀬川のこの辺りは、清水(きよみず)川、と呼んでいた。
それで、今も、清水の磨崖仏。 湧水は、清水の湧水。  清水という地名も。

正面の崖に、磨崖仏。

14年1月30日 (6)

こうです。  左にずっと続く。  左に行くほど、古い。

14年1月30日 (8)

清水川のほとり。  200基。  平安時代の初めの、文字が。

14年1月30日 (11)

さあ見るぞ、と思ったら、通行止め。 せっかく来たのに。
川の対岸から見学できると、あった。  近くでは見られない。

14年1月30日 (16)

磨崖仏の写真が、ちゃんと撮れないかも知れないから、公園の写真を撮りだした。
金閣寺に似ている。

DSCF9540pp.jpg   14年1月30日 (17)

花壇の花は元気だけど、自然の花は、まだまだ。

14年1月30日 (19)

橋に戻って来た。  渡ってすぐに、右に行く。

14年1月30日 (20)

川のこっちから見ている。 何とか、写真は撮れる。
肉眼では、少し遠い。

〇の部分の、説明があった。

14年1月30日 (21)

一番新しい磨崖仏の紹介。  吉田知山という人が彫った。   明治。
右端のが、どこにあるか、分からなかった。  

14年1月30日 (22)

宝篋印塔と、十一面観音像(中央右)。  十一面観音は、奈良の長谷寺のと同じと説明に

仏像を彫ってるのは少ない。  仏像には表情があるので、難しいのでしょうか。

14年1月30日 (3)   14年1月30日 (21)b

16枚の板碑。  鎌倉時代の物。   亡くなった人の供養のためにと。

14年1月30日 (23)

右です。   四角の中。

14年1月30日 (1)

左の3枚が、はっきりしている。

14年1月30日 (1)m

次は、大きな梵字(ぼんじ)。  直径は、人の背丈ほど。

14年1月30日 (24)

下から、10㍍程。  足場を作ったのでしょうか。 梯子(はしご)の上では、不安。
梵字を彫るのは、仏を彫るのと同じこと。  それで彫るんですね。

14年1月30日 (15)

※ 月輪の意味ですが、辞書では、こう。

    完全に円形の月。
    仏の智徳が欠けることなく円満であること,衆生の菩提心などの象徴とされることが多い。
    がつりん。げつりん。

  京都の愛宕山の麓に、月輪(つきのわ)寺があった。

宝篋印塔(ほうきょういんとう)。  
今はお墓にすることが多いけど、昔は、お経を収めていた。  和泉式部の墓も、宝篋印塔。(京都誠心院)

14年1月30日 (25)

中央です。  小さな仏塔も、いっぱい。

14年1月30日 (14)m

※ なぜ宝篋印塔を彫るかですね。
  供養で彫ったんですが、輪廻転生(りんねてんせい)の考えがあったんですね。

  死んでも、また生まれて来ることが出来る。 死ぬことと生まれることの繰り返し。
  またこの世に戻って来られると考えたら、死ぬ不安は、小さくなりますね。
  今だって昔だって、死ぬということは、大きな不安であり、大変なこと。

川沿いの道を行きます。

14年1月30日 (26)

大五輪塔。  高さ11㍍。  日本一。

14年1月30日 (28)

中央左の岩。   大きな板碑の中に、五輪塔。 周りには、墨で梵字が書いてあったそう。
読めないけど、赤外線では読めると言う。 

14年1月30日 (30)   14年1月30日 (27)m

このようなものは、亡くなった人の、供養にためにつくる。
先祖を思う気持ちは、昔と今は、違いがあるのでしょうか。
 ※ 私なんか、旭川に戻った時、おやじの墓に行くのを、忘れることが多い。

磨崖仏は、対岸に、ずっと続く。

14年1月30日 (29) 

五輪塔が並ぶ。  これなら、誰でもが彫れそう。

14年1月30日 (32)   14年1月30日 (13)

石橋を渡って、向こうに。   石橋だけど、手作り感がない。

14年1月30日 (33)

橋の上から。  あっちの崖を眺めてきた。

14年1月30日 (34)

古いからか、消えかかっている。

14年1月30日 (36)

岩の質が違うのか、鮮明。

彫る間所を決めたら、そこを、まっ平らにするんですね。
そうして、掘り始める。

DSCF9590vv.jpg

今見てきたのは、鎌倉時代。

14年1月30日 (37)

初期のは、そんなに高い場所でない。

14年1月30日 (38)   14年1月30日 (39)

この宝篋印塔は、見つからなかった。  木の陰か。

さっきの宝篋印塔もそうだけど、平家幸という人が、彫らせていますね。
鎌倉時代だから、壇ノ浦の後。
平家の落人でしょうか。  九州は多いですから、あってもおかしくはないですね。

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14年1月30日 (12)

橋の下に、清水の湧水。

14年1月30日 (40)

飲んでみたら、冷たさが弱く感じた。 甘露水と呼ばれる感じの水。
明日、汲む。

14年1月30日 (41)   14年1月30日 (42)

岩の切り立つ谷に、岩を打つ金槌の音が、響いた時代があった。
どんな風景だったでしょう。
彫り終わった時、これで願いが叶うと、満足したでしょうね。

願うしか方法がなかった時代。
それが、昔かな。   
願うことは、優しさでもあるか。

【今日の歌】 いそがしい踊り。



【道の駅】   川辺やすらぎの里

【明日の予定】   知覧で武家屋敷を見ます。    

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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