キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

白糸の滝は、全国に、たくさんある。
その中で、軽井沢の白糸の滝は、トップクラスの美しさでしょうか。

ここの滝は、川が流れ落ちているのではなく、岩の隙間から、水が噴き出して、落ちていた。

美しさには秘密があった。
水は、昔は、岩の隙間から落ちていた。
でも、今のように、美しく流れ落ちては、いなかった。

それで、人工的に手を加え、滝のように落ちるように、した。
池を作って、庭園のようにも。
だから、本物でないと言えば、そうかも知れない。

でも、元々あったものを生かして、美しい滝にしたのだから、いいかなって思う。
自然のままと言って、悲惨な状態を見ることがあるので。

絹糸と言っていいほどの、繊細さを持った部分もありました。

市街地へ抜ける途中に、軽井沢の鹿鳴館と言われた、旧三笠ホテルがありました。
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白糸ハイランドウェイを走る。  ひどい舗装の、有料道路。



観光地だった。 店の前を、左に行く。

13年10月30日  (1)

○を通って、軽井沢の市街地へ。

13年10月30日  (2)

前を歩くのは、バスで来た人たち。  台湾かなって、感じの人たちも。

13年10月30日  (3)

登ったところに、まるい池。   その周りに、小さな滝がいっぱい。
手前の部分も、人工的なもの。

この川の源流点は、上にある、白糸の滝。

13年10月30日  (4)

山の上に登ってきて、全体を。
この池も、掘ったもの。 
 
元の状態の写真は、見つからない。 
想像だけど、一部は滝で、なんとなく斜面を流れている部分が多かった。
今は、全体が滝。

13年10月30日  (14)

ここは、長野県。 川は、千曲川に。 最後は信濃川。  
先日までいた群馬県の川は、利根川に。

13年10月30日  (13)

滝の上が、ずいぶんあります。

13年10月30日  (6)

いい風景です。  右に、倒れた木。  取り除くでしょうね。

13年10月30日  (16)

同じ3㍍程の高さから、水が出ている。  横幅は、70㍍。

13年10月30日  (22)

水が出ている所の、下の地盤は、水を通さない。 はるか昔、湖の底だったそう。
上の部分は、噴火による、軽石層。

軽石層の中を、均等に流れているのではなく、流れやすくなっている所がある。

13年10月30日  (23)

滴(したた)り落ちている所も。

13年10月30日  (10)

水量はいつも同じ。  濁ることはない。 

13年10月30日  (8)

浅間山に降った雨が、ここに出るまで、6年だという。(説明版)
それは、どうやって、調べることが出来るのでしょう。
  ※ どこかの学者が、想像で言ったのが、広まってる場合もある。

13年10月30日  (9)

これぞ、白糸の滝。  絹糸の滝と言っても、言い過ぎではない。

13年10月30日  (7)

黄色い地盤と、上の軽石層の間に、隙間があるのように、見える。  
実際は、どうなんでしょう。

13年10月30日  (11)

この水を飲んでみたい。  
口を開けて、上を向いて。 暑い時は、服が濡れたっていい。

13年10月30日  (12)

水温は、年間通して、11.8℃。  
説明で地熱のため高めとあったが、湧水の温度はこんなものかなと。

13年10月30日  (15)






山を下って、竜返しの滝。  

道からどのくらい歩くか、調べていなかった。

13年10月30日  (24)

案内板の地図では、白糸の滝と、同じ大きさで載っていた。
でも、こっちは、人っ子1人いない。

  ※ 人っ子一人いないは、全くいないという感じ。
    人っ子って、どうして、子なんでしょう。
    大人だけでなく、子供だっていない、という意味かな。
    大人の半分を、子供と考えて。
    
橋が見えて来た。  滝までの距離は、分からない。  表示はない。
4時を過ぎて、谷は、薄暗くなるのが早い。 クマが動き出す。

13年10月30日  (25)

橋まで行って、戻るかどうするか、考えていた。
そうしたら、川の上流の、木の隙間に、白く滝が見えた。

13年10月30日  (26)ああああ

着きました。  小さな滝。  

13年10月30日  (27)

感動するって滝ではないけど、これを見るために、自然に入り込むのがいいのかな。

13年10月30日  (28)

この高さは、魚にとっては、無理ですね。 昇るのが。

 ※ 3㍍の高さなら、昇りますね。 滝つぼに、スピードを付ける広さがあって。
   このように。  北海道の、さくら滝。 魚は、サクラマス。(2010年)

13年10月30日  (17)



戻る。  本当に、この道でよかったかなと、夕方だと、不安になることも。

13年10月30日  (30)

軽井沢市街の、入り口に、旧三笠ホテルはあった。

13年10月30日  (20)

門を閉める直前。 建物だけ、撮らせてもらった。

13年10月30日  (18)

開業は、明治39年。  日本で2番目に古い、木造の洋風のホテルだそう。
軽井沢の、鹿鳴館とまで言われた。  そんな時代が。  使われたのは、昭和45年まで。

デザインに、味がありますね。

13年10月30日  (19)

豪快な滝は多いが、美しい滝は少ない。
白糸の滝は、いい滝でした。
感動の滝でした。

いつか、もう一度見ます。
新緑の頃が、ベストでしょうか。

【関連ブログ】

① 白糸の滝
   碇ヶ関 関所資料館  白糸の滝  葛西善蔵文学碑 ~平川市~   他  (2010/7/31)
   白糸の滝  音止の滝  田貫湖 ~富士宮市~   他  (2010/6/29)
   最上川船下り ~五月雨を あつめて早し 最上川~    稲刈り   他 (2009/09/29)
   赤沢宿は、身延山と七面山を結ぶ道の、中間にあった。  白糸の滝。~早川町~  他  (2013/6/4)

② 湧水(地下水)の滝
   フンベの滝  黄金道路  豊似湖  襟裳岬 ~広尾町・えりも町~   他  (2010/9/16)
   高さ68㍍の吊橋から見る、神川大滝  小滝は裏見の滝 ~錦江町~  マーラが与えた人生(百万本のバラの原曲)  (2012/3/8) (大きな滝の横に)
   上ホロカメットク山は、火山と花の山。  青い池は、本当に青かった。~上富良野・美瑛~ 他 (2013/8/13) (白ひでの滝)
   奈曽の白滝 元滝伏流水  芭蕉追記   他  (2009/09/23)

【今日の曲】   昨日と同じ人です。




【停泊場所】  雲場池の駐車場



【明日の予定】   軽井沢を歩きます。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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浅間山が、一瞬光った。
と思った、その瞬間、真っ赤な火炎が、天に向かって吹きあがった。

同時に、灼熱の火砕流が、猛スピードで北斜面を襲った。
そこには、鎌原(かんばら)村。
村人477名は、必死で逃げた。 家族そして知人を、思いやりながら。

高台は、観音堂の場所しかない。 みんな、そこを目指した。
火砕流は、次から次と、人々を飲み込む。
石段の数は、50段。
登り切って、たどり着けたのは、たったの93名だった。

若い女性が、母親と思われる人を背負って、石段まで何とかたどり着いた。
最後の力を振り絞って、登り始めた。
でも、間に合わなかった。  力尽きた。

火砕流が収まった時、石段は、15段しかなかった。
35段は、埋まっていた。
十数分の、出来事だった。

天明3年(1783年)7月8日の、午前10時過ぎのこと。

火砕流の後、浅間山は、溶岩をさらに出した。
上で固まった溶岩は、山の斜面に、ずり落ちた。
今、その跡は、鬼押出し園として、公園になっていた。
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嬬恋村(つまごいむら)は、群馬県の西の端。
鎌原観音堂の位置。



※ 嬬恋カルタがあって、「嬬恋の由来は古し 吾嬬者耶(あずまはや)」というのが。
  その解説は、こうだった。(嬬恋村文化協会)

    日本武尊が碓日阪(今の鳥居峠)にお立ちになって、なき妻弟橘姫を追慕のあまり
   「あづまはや」とおなげきになって、妻をいとしまれたという故事にちなんで、
    嬬恋村と名づけられた。

  妻と嬬の意味の違いが、難しい。 ネットで、見つからない。
  気になったので、上を載せました。  

鎌原観音堂。  
   ※ かまはら、が、かんばら。 「ん」への変化は、最近3度目の出会い。
     八ッ場(やんば)ダム。 向城(むこんじょう)。

13年10月29日 (28)

橋の向こうに、15の石段。  この手前に、35段が、地面の下に。

13年10月29日 (4)

右の建物に、人がいた。  今でも毎日、観音堂を守っている。

13年10月29日 (25)

浅間山の噴火による火砕流は、このように、流れて来た。

13年10月29日 (29)

鎌原村の人口は、570名。  観音堂に逃げられたのは、93名。

13年10月29日 (23)

石段の数は、50段と、語り継がれていた。
実際に掘ってみた。  残りの35段が、出て来た。

そして、二人の骨。  骨の位置とかで、背負っていたと、考えられている。

※ 頭の位置は、分かりますね。
  2つの手は、何を意味するでしょう。 
  負ぶっている、手か。  最後、抱きしめたのか。

13年10月29日 (24)   13年10月29日 (22)

2人の前の人は助かった。 石段に、他の骨はなかったから。
後ろの人は、助からなかった。

背負われた女性は、私を置いて、お前だけで行け、と言ったでしょうね。
でも、背負っていた女性は、離さなかった。
命(運命)を、共にした。

13年10月29日 (3)

※ 嬬恋郷土資料館に、2人の女性の、復元した顔がある

真っ赤な溶岩が、全ての飲み込んで、襲ってくる。
浅間山からここまでは、ほぼ、10㎞。
15分で来たとすれば、時速40㌔。 加速していたら、時速60㌔に。

    ※ 大正時代に起きた、上富良野の、十勝岳からの泥流は、時速60㌔。

13年10月29日 (2)

下の説明も、資料として、載せます。
火砕流は、吾妻川をせき止め、それが破壊し、泥流となって下流の村を襲う。
多くの人が亡くなる。

13年10月29日 (1)

赤い橋の下に、石段が見えた。
  
隣の石は、計りばばあ、とあった。 亡くなった人の服をはぎ取る、奪衣婆(だつえば)か。
15段から下は、地獄と考えて。

右は、「天明の 生死をわけた 15だん」

10秒早くて助かって、10秒遅れて火砕流につかまった。
そんな世界に、なっていた。

13年10月29日 (26)   13年10月29日 (27)

天明3年の、浅間山の噴火は、日本の空を曇らせた。
その前から不作は続いていたが、この噴火によって、天明の大飢饉を招くことになる。
    ※ 飢饉と、天明の大飢饉については、関連ブログで、最後に。 
日本の人口が減ってしまう、大飢饉。

次は、浅間山の、鬼押出しをみる。



道は有料道路。  西武が昔作った。 鬼押出しの施設も、西武。
観光面で、邪魔な道。  当時、国はどうして、作ることに、許可を出したのでしょう。
  ※ 何があってもおかしくない政治が、日本で、続いていた時代かな。

1度だけ見ておこうと、やってきた。 異様な風景。

13年10月29日 (5)

遊歩道が整備されている。  赤い門は、惣(そう)門。

13年10月29日 (30)

鬼押出しの、鬼。

鎌原村への火砕流の後、火口から溶岩が出て来た。  それが固まって崩れて、ここに押し出されてきた。
押し出したのは鬼と考えて、鬼押出しの名前に。  それで、鬼がいる。

13年10月29日 (6)

惣門の中に、二天尊像。   
ガラスで、全体は撮れない。  お腹にも、顔があった。

13年10月29日 (7) 

ここには、浅間山観音堂がある。 東京上野の寛永寺の別院として。
このような灯篭も、持ってきた。

13年10月29日 (8)

延宝九年は、1681年。 噴火より前に作られている。 五月八日も読める。 
辛酉(かのととり)も、読める。(右から読んで)

13年10月29日 (9)

  ※ 辛は、「甲、乙、丙、丁、・・・」の8番目。 全部で10個。
     酉は、「子、丑、寅・・・・」の10番目。  全部で12個。

    甲子、乙丑、丙寅、と順に組み合わせていくと、60通り。 そして、元に戻る。
    辛酉は、上で組み合わせた、干支(えと)と呼ばれるものの、1つ。
    60年に1度、同じのが、巡って来る。

    石塔の年号の下に、たいてい書かさっている。
    これが見えたら、年号の一部が見えなくても、何年かが分かる。

    ちなみに、辛酉の年は、60で割ったら1余る年。
                 1681÷60=28あまり1。
    2013年は、60で割ったら、33余る。  癸巳(みずのとみ)の年。
    壬申の乱や、戊辰戦争の名前は、干支から取っている。 

話がそれました。

固まった溶岩が、ごろごろ。  大きい。

13年10月29日 (10)

それでも木は、たくましく生えて来る。

13年10月29日 (11)

ヒカリゴケがあった。  少しだけ。

13年10月29日 (32)   13年10月29日 (31)

観音堂が近い。

13年10月29日 (12)

温泉によくある、地獄の風景とも違う。

13年10月29日 (33)

こんな岩が。

13年10月29日 (34)

お金を、はさんでいる。 こんな、たまに見ます。
  ※ このお金を持ってきたら、泥棒になるんだろうか。

13年10月29日 (35)

観音堂です。

13年10月29日 (36)

寛永寺とありますね。 
 
  ※ 寛永寺の開基は、天海僧正。
    こんな話が、歴史の論争から消えません。 以前触れたことがあります。
    この天海という人は、信長をやっつけた、明智光秀でないかと。
    筆跡が似ていて、本人でないとしても、光秀に近い人ではと。

13年10月29日 (37)

溶岩が、もこもこと山の上に出てきて、固まった。
それが、ずり落ちてきて、大きな岩だらけになった。  上でも触れたけど。
これが、現在の考え。 
溶けたのが流れてきたら、大きな岩にならない。  岩手山の麓の、焼走りのようになる

13年10月29日 (38)

後ろから流れてきたが、今日は曇って、後ろの浅間山は見えない。
1時間ほど歩けば、みんな見られる。

13年10月29日 (39)

ここは、奥之院。  

13年10月29日 (13)

岩の中に、仏様。   観音像。

13年10月29日 (14)

小さな木の、紅葉。  終わったのかな。

13年10月29日 (15)

ここの入園料は、600円。 道も有料だから、お金がかかる。 

13年10月29日 (16)

見える範囲、ずっと、大地は凸凹。  
それでも、鎌原村の助かった93名は、他に行かないで、元の場所で、村を復活した。

  ※ これについては、上に書いた上富良野も同じです。
    それを小説にしたのが、三浦綾子の泥流地帯。
    上富良野の人たちは、泥流を災難と考えないで、試練と受け止めた。
    そうして、ある人を中心に、立ち上がった。 関連ブログは、最後に。

もしかしたら、鎌原村の人たちも、同じように考えたかも知れない。

13年10月29日 (17)ccc

こんな道を、戻る。

13年10月29日 (18)

花の紹介がある。 花の時期なら、もっと楽しめる。  ハクサンシャクナゲも咲く。

13年10月29日 (19)

戻ってきました。  お土産の中心は、オニ。  大事にされている。

13年10月29日 (20)   13年10月29日 (21)

鬼押出しは、美しいというより、滅多に見られない風景。
自然にあったものだから、散策路だけ作って、無料で見られたら、一番。
そうしたら、この場所が、廃墟になることはない。

今の観光に失敗したら、鬼押出しは、悲惨な場所になってしまう。

鎌原村の人たちには、意志の強さを感じましたね。
村を復興させたことと、決して忘れることはないという姿勢に。

力尽きてしまった、あの女性に、心を打たれます。

【関連ブログ】    天明の大飢饉について、書いてあります。
         家の周りの瓦礫の撤去。  東北は、今も昔も、大変な苦労をしている。  それでも、キム・ヨナを中心に動く。  他  (2011/4/30)

ブログの中で、さらに、ブログを紹介しています。 面白いのも、ありますよ。
   ファーム富田 泥流地帯の舞台に・・。 他 (2009/07/26)

【今日の歌】   一昨日の人。  クラークって云う人。



【停泊場所】   国道沿いのパーキング。



【明日の予定】   白糸の滝    変わった滝です。

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「草津よいとこ 一度はおいで」って言うから、行ってみた。

平日なのに、人でいっぱい。
草津温泉は、日本屈指の名湯と呼ばれている。
それは、湯量の豊富さと効能の高さが、あるから。

でも、日本でトップクラスの名湯にしたのは、草津の人々の知恵。
歩いていたら、随所に感じることができた。

どんな観光客をも、温かく迎える。 
それは、草津の人々が考えた、基本姿勢だった。
長い間の取り組みが、今に実っていた。
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草津温泉は、群馬県だけど、生活圏は長野県でしょうか。



道の駅の案内所で、見所を教えてもらった。  湯畑が、メインと分かる。

13年10月28日 (12)pp

歩道橋の上から。 温泉街は、向こうに行って、下がる。

13年10月28日 (29)

坂道を下っていたら、足湯。  本を読んでいる。  
こんな入り方があると知った。 いい風景というか、シーンですね。

13年10月28日 (1)

ここを下ったら、草津温泉のシンボル、湯畑。

13年10月28日 (2)

左に、ホテルや旅館の建物。 この不景気な時に、荒れてる建物がない。

13年10月28日 (3)

湯畑に着いた。  この人です。  平日です。

13年10月28日 (4)

旅番組の撮影をしていた。 
真ん中の女性は、女優の大島さと子さんですね。
右の人は、何度も見たことあるけど、分からない。  
            ※ 追記  藤田朋子(ともこ)さんでした。 ある人からの情報。

 ※ 2人は話している。 大まかな設定はあっても、アドリブで演じている。
   そんな風に見えた。 どちらの方も、雰囲気が良かったですよ。   男は、?

13年10月28日 (30)

広い湯畑は、こうです。  日本一の湯の量のよう。  毎分、4000㍑。
手前で、湧き出ている。

13年10月28日 (5)

ここから、湧き出ている。

13年10月28日 (6)



足湯で楽しんでいる。  寒くなって来たので、気持ちいい。

13年10月28日 (7)

湯畑で、湯の温度を下げている。 
そうすると、水を混ぜないで、源泉のまま、温泉に使える。  かけ流し。



下から撮影。 湯けむりの、湯畑。

13年10月28日 (8)

滝になって、落ちて来る。 ここから、ホテルや旅館に、行くのかな。

13年10月28日 (9)

温泉街に、観光客が集まれる場所を作った。
そこで楽しむことが出来、そこから、別の見どころに行く。
戻ってきて、別の所に。 例えば、共同湯とか。

どのように楽しんでもらうかの、基本の考えが、あるんですね。

反対側の上から下を。

13年10月28日 (10)

別方向から。

13年10月28日 (11)

共同湯、白旗の湯。  
  
  ※ 共同湯は、いくつもある。  みんな無料。 足湯も。
    これらは、草津温泉に来た観光客への、感謝の気持ちなんですね。
    おもてなしの、心。
    この取り組みは、草津温泉の大きな特徴。

13年10月28日 (13)

湯畑の上に、御座之湯。  500円。   施設が充実している。
左に、白旗源泉。 頼朝が発見したと伝わる源泉。 上の共同湯も、これを使用。

13年10月28日 (31)

 ※ ここで問題です。
   草津温泉は、効能が高いと書きましたが、
   御座之湯に入れば、どんな病気も、治るそうです。

   でも、1つだけ治せない病(やまい)があるそうです。
   それは、何の病でしょう。 漢字、1文字。
   易しいかな。  答えは、右をクリック。 13年10月28日 (31)vv

白旗源泉。  お金がいっぱい。  黒くなってる。  どうするんでしょう。

13年10月28日 (32)

道に、こんなのが。 面白い。

13年10月28日 (14)

白根は、知らね、の意味もあるのかな。 ここは、高原なので。
  ※ 道の駅で、トラックの運転手さんが、ここまで来ると寒いな、って言っていた。

13年10月28日 (15)   13年10月28日 (16)

ここは、熱の湯。 
受付で、温泉に入れるんですかと聞いたら、入れません、と言われた。
湯もみの実演や、草津節の踊りを見る所だった。

3時半からのを、見ることにした。 時間があるので、西の河原公園に。

13年10月28日 (33)

お土産屋さんの通りを歩いて。

13年10月28日 (17)   13年10月28日 (18)

お店の感じは、今の時代に通用するものに、変わりつつある。 そういう、状態でしょうか。
悪くないですね。

13年10月28日 (19)

温泉卵。  65~68℃程度の湯に30分。  白身より黄身がやわらかい、半熟卵。

13年10月28日 (20)

草津片岡鶴太郎美術館。  お店の方は無料なので、そっちを見た。
色鮮やかなのが、特徴。     例えば、こんなの

13年10月28日 (21)

西(さい)の河原。  昔は、賽の河原だったけど、いつの間にか、西に。
  ※ 西の河原の中に、地蔵さんがあって、子供を抱いていた。
    確かに、賽の河原の時代があったと、分かる。

13年10月28日 (22)

お湯が出ているので、鬼の茶釜。

13年10月28日 (23)

工事をしていた。  全体に、少し物足りない。  何かを考えているのか。

13年10月28日 (24)

奥に、西の河原露天風呂。  有料。  人が見えた。 見える。

13年10月28日 (34)

急いで戻ってきて、熱の湯で、湯もみを見る。  500円。

13年10月28日 (35)

歌いながら。  これで、少しでも、温度が下がるのだろうか。



2階席もある。 私も、2階から。

13年10月28日 (36)

希望者は、お客さんも、やれる。

13年10月28日 (37)

草津節です。

「草津よいとこ 一度は おいで どっこいしょ」の、出だしの歌詞が、あまりにも有名。
それにつられて、私もやって来た。  

13年10月28日 (25)

見たことない、流れるような振付。 湯を混ぜているのか。



湯を、跳ねあげている。  少しは、下がりそう。

13年10月28日 (38)

階段の壁に、こんな絵。

13年10月28日 (26)

共同湯を見る。  最後に入る。

旅館街の道。

13年10月28日 (27)

千代の湯。

13年10月28日 (39)

近くに、もう1つある。  そっちに。
道に案内。  地図を見て歩いているが、不安が消える。

13年10月28日 (28)

地蔵の湯。  いい感じの建物。 もちろん、無料。 寄付の箱もない。

13年10月28日 (40)

浴室の中に、靴置場と脱衣所。  物が無くなる心配はない。

13年10月28日 (42)

こうです。  湯の量が多いので、湯がきれい。  少し熱め。  これがいい。
 ※ 外が寒いので、最初は、かなり熱く感じる。 でも、少し経って、少しの熱めと分かる。

出ていく人は、お先にと、みんな言った。
地元の人が、言ってるんですね。
挨拶する習慣が、広まってるよう。

ちょうど人がいなくなった時に、撮影。

13年10月28日 (41)

湯畑に戻ってきたら、まだ撮影をしていた。 左側で。
同じところを、何度も行ったり来たりかな。

最後は、1回しか歩いていないように、するでしょうね。
放映されるのは、実際のが、前後していたり。

13年10月28日 (43)

下を見たら、まだ、人がいっぱい。

13年10月28日 (44)

坂道を上って、道の駅に戻った。

13年10月28日 (45)

温泉街を、どう変えて行くかは、難しい。
必ず、昔はよかったという声が、出る。
でも、その声を尊重しすぎるのは、危険と思う。

若者に、どう思われるかが、大きなポイント。
歩いて楽しい温泉街。

新しい時代のセンスを、どう生かすかだと思う。
その部分を学ぶのなら、九州の黒川温泉が、参考になります。

草津温泉は、湯畑から出かけて楽しい所を、数か所作る。
それを、今は目指しているでしょうね。
西の河原と、共同湯と、あと、2~3ヶ所必要でしょうか。

新しい時代に乗り遅れている温泉街が多い中、草津温泉は、いい状態に見えました。
若者を中心とした、観光客の多さが、それを示しています。

おもてなしの心を、いつまでも大事にですね。
たくさんお金を使わなかった観光客も、いい所と知ったら、「いつか泊りに来たいね」、となります。

私も、いつか、また来ます。

【今日の歌】   草津節です。  踊りには、柔らかな独特の動きがあります。 



【道の駅】  草津運動茶屋公園

【明日の予定】  浅間山の麓にある、鬼押出し。  火山流の跡。  
           悲しい話がある。 それを、詳しく知りたい。 

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田舎の集落が、重伝建地区になるのは、珍しい。
赤岩地区は、養蚕農家の建物も、昔のまま残っている。
富岡製糸場との関係で、世界遺産の暫定リストに、入っている。

江戸末期、幕府を批判して投獄された、高野長英が、一時隠れ住んだという家があった。
  ※ このことを言ってるのは、中之条町だけ、という問題はあるけど。

神社や小さな祠(ほこら)が点在している風景は、懐かしい、日本の風景に見えた。
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昨日いた吾妻渓谷からも、草津温泉へも、近いです。



下には、吾妻川の支流の、白砂川が流れている。
自慢してもいいくらいの、立派な渓谷。

川の向こうに、赤岩地区。  普通の集落に見えるので、ちょっと不安。

13年10月27日 (32)

赤○の所を、歩くことになる。
駐車場があるようなので、集落に入ることに。  ※ 不安なら、ここから歩く。

13年10月27日 (13)

右は、ふれあいの家。  ここで地図をいただいた。

13年10月27日 (1)

水車小屋。  動いている。  実際に使える。

13年10月27日 (2)

細い道を山に登ったら、上(かみ)の観音堂。  
何気ないこの建物が、1764年の建物。   赤岩では、一番古い。  
茅葺は、ここだけ。
中に仏像があるけど、見えなかった。  聖観音立像とか。

13年10月27日 (33)

六面地蔵ですね。   たまに見ます。  六地蔵と同じ意味なんでしょうか。

13年10月27日 (3)

住宅は、普通。  一目古くは見えないけど、古いのも。

13年10月27日 (4)

家々の庭の隅には、このようなのが多い。

13年10月27日 (34)

湯本家。   高野長英の隠れ家、と言われる家。 

13年10月27日 (36)

13年10月27日 (35)   13年10月27日 (5)

小説には、このように出て来る。  ※ いただいた資料に。
文中の、暮坂峠は、四万温泉に向かう途中、左の山に入ると、越える峠。

13年10月27日 (39)

※ いつのことかですね。

  高野長英や渡辺崋山は、幕府の鎖国的な考えに反対。
  幕府は、言論を弾圧し、蛮社の獄で、彼らを捕まえて、投獄。
  しかし、長英が入っていた伝馬町牢屋敷が、火事になる。 (長英の仕業とも)
  1844年のこと。(弘化元年)
  その翌年、逃亡の途中、この地の、湯本家に一時、かくまわれたという。

※ このことを言ってるのは、湯本家と、中之条町だけ。
  第3者がどういっているか探したが、見つからない。

  小説で言ってるので、可能性があるのかなと思う。
  高野長英の研究者が言っていると、可能性は高いのだが。

※ なお、高野長英は、5年後の1850年に、江戸で捕まる。
  その時の暴行で、亡くなったと言われる。
  明治政府は、長英の名誉を回復している。  

※ 湯本家には、長英の間が残されている
  
ここは、少し歩いて、稚蚕飼育所跡。(ちさんしいくしょあと)

DSCF2363ppp (2)

他にも、養蚕関係の建物は残っていて、これがあるので、世界遺産の候補に。

 ※ 世界遺産は、直ぐに登録されることはなく、一旦、候補に入ってから。
   もし世界遺産になったら、ここは観光地。
   重伝建地区としての整備が、一気に進む。

中の見学は出来ない。  ※ 出来る日はあるよう。

ポスターが貼ってあった。  
人形の目に、物を言わすことが出来るんですね。  徳島で出会った浄瑠璃の人形は、私を見つめた

DSCF2363ppp (1)   13年10月27日 (8)

上の所から、少し、山の上に、石垣があった。 諏訪神社跡。 立派な石垣。
明治の終わりに、他の神社と合わさって、赤岩神社として、山の上に。
後で行く。

13年10月27日 (6)

青空に、柿の実。 柿が食べたくなってきた。  ※ ついでに、牡蠣(かき)も。 ポン酢で。 熱燗。

13年10月27日 (7)

先に進む。  右に、はしご。  今は脚立だから、滅多に見ない。

13年10月27日 (9)

赤岩全体を、この風景にする必要がありますね。  今は、全体の3分の1でしょうか。

13年10月27日 (10)

寒くなって、菊の出番。  寒いから、押しくらまんじゅうのように、咲くのか。

13年10月27日 (11)

枝道を、山の中腹に。  向城の観音堂。 むこんじょう。

13年10月27日 (14)   13年10月27日 (15)

元々の読みは、むこんではなく、むこうでないかな。
むこうが、むこんに。

  ※ そういえば、やつば(八つ場)は、やんば(八ッ場)になった。
    似ている。  
    この地方は、言葉の発音が、「ん」に変化するのは、珍しくないのか。

1811年の建物。  昔は、茅葺だった。  中は、散乱していた。  小さな仏像が。

13年10月27日 (37)

お堂の横に、転がっていた。 宝珠の形。  何の一部だろう。
石塔の上の部分かな

13年10月27日 (17)

今日の一番大変な所。  山の上に、赤岩神社。 ここから、15分。

13年10月27日 (12)

荒れ気味。  昼なお、薄暗い。

13年10月27日 (18)

供養塔。  四国 西国 坂東 秩父 供養塔。
四国以外は、巡礼地の数は、33。
全部お参りが終わって、それで、つくった。

宝暦11年の物。 1761年。  ※ 宝暦11年は、少し前にも出て来た。  北斎が1歳。

誰かが、柿を1つ。  右の石像が、変わっている。  後でまた会う。

13年10月27日 (19)

山を上がって来た。   大変な状態。   工事中だった。
木の根は、力持ち。

13年10月27日 (20)

紅葉です。

13年10月27日 (21)

着きました。  ここは、木を切った。
ここは、世界遺産の候補。 このままなら、恥ずかしいということで。

13年10月27日 (22)

下の谷に、集落がある。

13年10月27日 (38)

この機械は、クレーン。  石段の石を持ち上げるのか。

13年10月27日 (23)

山を下りた。  さっきの石仏の辺りで、柿を拾った。
上を見たら、大きな柿の木。  実がいっぱい。  周りにはたくさん落ちていた。
動物がかじったのもあった。  拾ったのは、飾っておく。

13年10月27日 (24)

この花を、時々見た。  ※ 追記  アメジストセージって名前でした。 ある方に教えていただきました。

13年10月27日 (25)

川の近くにある、東堂(ひがしどう)。 江戸時代の終わりか、明治の初めの建物。

13年10月27日 (26)

よく見る、三界満霊塔。   右に、変わったのが。

13年10月27日 (28)

念仏供養塔。   このお堂では、念仏を唱えていたんですね。
女人講中(こうじゅう)とあるので、女の人だけか。  ※ 講中は信者の集まり。

13年10月27日 (27)  

山の上で見た像と、同じ。    お堂の中。   中心に地蔵菩薩。  十王像も。

13年10月27日 (29)   13年10月27日 (30)

戻る途中に、毘沙門堂があった。

13年10月27日 (31)

赤岩には、懐かしい風景や建物が、点在している。
工事していいる家が、数件。 

少しずつ、元の昔に戻そうとしている。
数年後に来たら、きっと、今より良くなっている。

江戸時代の物が、当たり前にある。   そして、明治の養蚕の遺跡も。
懐かしい日本の風景が、残っている。
それは、赤岩の特徴でした。

【関連ブログ】   農村風景と言えば、ここでしょうか。    五箇山とか、白川郷もかな。
              かやぶきの里 北村 ~南丹市~  他  (2011/12/1)

【今日の歌】 昨日と同じ人。  



【道の駅】   草津運動茶や公園



【明日の予定】   草津温泉

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八ッ場(やんば)ダムは、2020年完成予定。
あと、17年。
その時は、八ッ場地区も、川原湯(かわらゆ)温泉も、ダム湖に沈む。

八ッ場ダムの場所は、吾妻(あがつま)渓谷の、最上流部にあった。
渓谷を見ながら、そこへも、行ってみた。

川原湯温泉の共同浴場、王湯に入った。
地元の人と、話した。
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この辺りの川は、利根川の流域。  もしかして、群馬県のほとんどは、そうなのかな。



吾妻渓谷の全体。  八ッ場ダムの左に、あと少しある。  その部分が、ダムに沈む。

13年10月26日 (21)

橋の上から、下流を。 数百㍍で、渓谷はお終い。

13年10月26日 (1)

たてに。  渓谷の幅は、上流に行くと、狭くなる。  ここは、広い。

13年10月26日 (2)

走っていて、小さなトンネルだなと思った。
後で知るが、日本一短い、鉄道のトンネルだった。  
樽沢隧道(ずいどう)。  7.2㍍。  写真は、Wikipediaから。

どうして、岩を削らなかったんでしょう。  トンネルにした方が、落石がないかな。

※ 最長は、津軽海峡トンネル。  これは、鉄道でなくても、外国を入れても、全てで、1位。
  ダムの下流だから、ダム湖には沈まない。 この線路は使われなくなる。 
  トロッコ列車を、ダムの下まで走らせればいい。 片道乗って片道歩けば、楽しい。

13年10月26日 (20)

駐車場に車を置いて、鹿飛橋に向かっている。 少し戻る形。

国道沿いに、歩道。  ずっとある。  国道145には、バイパスもある。

13年10月26日 (3)

振り返って、撮影。  渓谷が狭くなってきた。  峡谷に。
この谷の、左の斜面に、草津、そして信州へ抜ける、街道があった。
それは今、遊歩道として残っている。

右は、真下を見た。  吾妻川は、小さな川ではないけど、細い。  下へ下へと、削った。 

13年10月26日 (4)   13年10月26日 (5)

久しぶりの青空なので、うれしい。  

13年10月26日 (6)

谷が狭くなったところに、鹿飛(しかとび)橋。

13年10月26日 (22)

橋の上から、下流を。  雨のせいか、濁っている。
右は、上流。   瀧が見える。

八ッ場ダムは、もう少し上流に。
ダム出来たら、夏場の雨の少ない時は、水はダムに貯める。  川にはほとんどなくなる。

13年10月26日 (23)   13年10月26日 (7)

鹿飛橋を渡ると、道は、このように続く。  昔の街道。
分からないのは、街道時代、鹿飛橋はあったのかどうか。

13年10月26日 (8)

こんな道を戻っている。 紅葉は、これからなのか。  それとも、よくないのか。

13年10月26日 (9)

八ッ場ダムの場所に気づかないで、通り過ぎてしまった。
滝見橋に行く。

13年10月26日 (24)

初め、鉄道の跡かなと思った。

13年10月26日 (10)

橋の向こうに、白糸の滝。   岩の途中に滝つぼ。
吾妻川の川底と、白糸の滝の滝つぼが、同じ高さだった時が、あったかも知れない。

13年10月26日 (25)   13年10月26日 (26)

下流を見たら、コンクリートの建築物。  八ッ場ダムは、この少し下流と、後で知る。

13年10月26日 (11)

上流。  八ッ場大橋。 鉄橋も、下に少し見える。  
遠くに、ダム湖を渡る大きな橋。 

13年10月26日 (12) 

写真が展示してあった。  木造の橋。  白糸の滝も。
右は、八ッ場大橋から見ている。 木造と分かる。

13年10月26日 (13)   13年10月26日 (14)

私も八ッ場大橋から。

13年10月26日 (15)

直ぐ近くの、川原湯温泉駅のパーキングに、下の地図があった。
八ッ場ダムの場所が、分かった。   戻ることに。

13年10月26日 (33)

滝見橋の駐車場に車を置いて、歩き出した。
さっき見た、コンクリートは、これだった。

13年10月26日 (16)

列車が通り過ぎた。   この場所は、全てが、ダム湖に沈む。

13年10月26日 (17)

同じものかな。

13年10月26日 (18)

少し歩いたら、何かが、見えて来た。  ここが、ダムの建設地だった。
大きな工事が、これから。

赤線は、ダムの中心線。

13年10月26日 (19)

こんな説明。   自分は今、ずいぶん下にいる。

13年10月26日 (27)

ダムの大きさを貯水量で考えたら、八ッ場ダムは黒部ダムの半分。
日本最大の岐阜県にある徳山ダムの、6分の1。   そんな大きさ。

重力式、とある。  コンクリートの重さを利用した、ダム。

13年10月26日 (28)   13年10月26日 (29)

※ それにしても、八ッ場の読み方は、変わっている。
  ダムの国道側が、八ッ場地区。  八ン場とは、書かない。

  元々は、八ッ場と書いて、文字通り、やつば、と読んでいた。
  いつの間にか、やつんば、になった。 この変化は、あってもおかしくないよう。
  そうして、さらに変わって、やんば、に。
  でも、表記は、昔のまま。

  こういうことでした。

近くに、何かの工事の跡か。  穴を掘って、何したんだろう。  地質の調査か。

13年10月26日 (30)   13年10月26日 (31)

再び、川原湯温泉駅に。 多くの新しい道が、完成している。

13年10月26日 (32)

案内地図で、共同浴場の場所を確認して、出発。
この辺り一帯、全てが、湖に沈む。  入っておこうか、となった。

共同湯、王湯。 普通は300円。 
 ※ 温泉のスタンプラリーのようなのがあって、それをするって用紙をもらえば、200円。

13年10月26日 (34)

新しい川原湯温泉は、代替地でスタートするよう。 泉質は違うけど、温泉は出た。

13年10月26日 (35)

地元の人が3人いた。 言葉になまりが少ないので、全てわかる。
みんな、ダムには賛成。  仕方ないという部分はあっても。

私の話なんか、私にとって、どうでもいい。
相手は聞きたい。 いろいろ聞いてくる。
でも、ちょっとだけ答えて、私は話を戻す。

もう、出てしまった人もいる。
代替地は、埋まらないよう。

13年10月26日 (36)

ダムには、莫大な予算が必要。 そこに利権が生まれる。
そのため、本当に必要かどうかの議論に、利権が影響を与える。
利権に絡んでる人間は、作りたくて仕方ない。

昔ほどは、露骨ではないにしても、見えない所で、今も続く。

民主党は、建設をいったん中止したり、いろいろやった。 
利権から離れて考えているかに、見えた。
でも、民主党は、小沢や鳩山をはじめ、誰もが自分のことしか考えなかったから、
組織として動けず、空中分解。
国民の信用を、すっかり失って、今はダムのことには、口を出せない。

そうして、作ることが、再び決定。
2020年完成予定。

道の駅だって、出来ていた。 トイレの水は、温水。
全ては、ダムが嫌われないために。

13年10月26日 (37)

東京の水が足りていれば、八ッ場ダムは必要ない。
足りてなかったら、必要。
基本は、そういうことでしょうか。

完成まで17年あるので、桜の時期とかに、また来ることが出来ます。
その時はまた、共同湯の王湯に入りたい。

【今日の歌】   聴き比べです。  村治佳織は、体調悪いみたい。 大丈夫かな。   



編曲が違います。  いいですよ。

         

【道の駅】  道の駅八ッ場ふるさと館



【明日の予定】  赤岩地区。 山村の養蚕集落。  近くです。  伝建地区。

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雨の中、四万温泉の温泉街を歩いた。

元禄時代創業の湯宿、積善館に行ってみた。
東風さんの、お勧め。
元禄の湯に、入った。 いかにも、古い感じ。

そうして、こんな話が。
千と千尋の神隠しの、油屋という湯屋の舞台が、積善館ではないかと。
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草津温泉が近い。 その西は、信州。



ここを歩く。  ピンクの○が、積善(せきぜん)館。  上に、昨日行った薬師堂。

13年10月25日 (1)

上の道は、奥島ダムへ。  下を行く。

13年10月25日 (2)

紅葉が綺麗。

13年10月25日 (3)

市街地に入って来た。  通りすぎて、温泉街。

13年10月25日 (4)

途中に、飲泉所。 飲んでみた。  少しだけしょっぱく、他の味も。  温泉の味。
写真は、広くは撮れない。 町の中は、雑然としている。
  ※ 温泉地によって、商店街の様子は違う。 湯布院や山中温泉のように、いいところもある。

13年10月25日 (5)

ショウウィンドウの中に、お爺さん。 プロの人の、作品。

13年10月25日 (6)

ここから温泉街。

13年10月25日 (7)

共同浴場。 無料。  温泉街の環境の整備は、50点でしょうか。

13年10月25日 (8)

橋を渡ってこの道を。  少し行ったら、左に、積善館。

13年10月25日 (9)

積善館の前を、右に曲がった。  この道を、ずっと行くと、昨日の薬師堂に行く。
この道は、私の車は通れない。 山の上の道なら、通れる。

両側に、小さなお店。  温泉地の歓楽街。  
四万温泉は、昔のままの温泉地と分かる。  そこから抜け出せていない。
若い人は、この通りは、歩かない。

13年10月25日 (10)

スマートボール。   缶ビール片手に、やってる人も。

戻ってくるとき、また、ここを通った。 年配の女性3人が出て来た。
500円で楽しめたからいいよね、って言った。
いいことにしておこう、っていうニュアンス。 

その人たちは、大きなホテルに戻った。

13年10月25日 (11)

山に上がって来た。  後ろにずっと行くと、薬師堂。

13年10月25日 (32)

戻って、積善館の前を、山の上に少し上がった。  
大きなホテルの、四万たむら。   四万温泉を、代表するホテル。

13年10月25日 (12)

少し戻って、積善館。  元禄時代から続く、老舗旅館。  
新館は、山の上に。 廊下で繋がっている。

国ではないが、県の重要文化財。

13年10月25日 (28)

斜めから。  湯宿という感じ。

13年10月25日 (31)

※ 古いと言えば、松山に、道後温泉がある。
  道後温泉本館は、国の重要文化財。 古くても、中はピカピカ。 
  積善館も、そうであることを期待する。

風情のある建物。  元禄の湯と呼ばれる温泉は、右の建物1階に。 洋風の感じ。

13年10月25日 (30)

四万川の支流。   滝のように、流れて来る。

13年10月25日 (29)

これは、千と千尋の神隠しの、油屋と呼ばれる湯屋。

13年10月25日 (25)

油屋のモデルは、いくつかあるという。

宮崎駿が正式に認めているのは、2つ。  
1つは、下の道後温泉本館。(写真は、2009年に撮影。 お風呂だけなら、400円)

13年10月25日 (24)

もう1つは、江戸東京たてもの園の子宝湯。 (写真は、Wikipediaから)

Edo-tokyo-tatemono_kodakarayuppp

他にも、ここだと言われるところが。
これは、山形の銀山温泉。 (2010年撮影)
この温泉には、正面に、油屋のように、赤い橋がある。 

13年10月25日 (26)

※ 他には、宮城県の鎌崎温泉。  
  ここは、この秋に行こうとしたが、時間が遅かったので、遠刈田温泉に変更。

  あと、鳥取県の羽合温泉

  他に、長野県の渋温泉

この中で、赤い橋があるのは、銀山温泉と、四万温泉のここだけ。
宮崎監督は、何度か、積善館には来ているそう。

あそこだと言えば、他はがっかりする。
だから、監督は、言わない。

ぴったりの所はない。 
それぞれの温泉のイメージから、油屋は生まれたというのが、本当の所かな。

13年10月25日 (37)

休憩所があって、そこの前から、撮影。

13年10月25日 (36)

中に入る。  1000円。   少し高い。
もし良くなかったら、厳しく書くことになる。

13年10月25日 (35)

ここが、元禄の湯。  人がいなかったので、撮らせてもらった。
右に、小さなサウナがある。 2ヶ所。  入口が見える。
湯気が充満していたので、入らなかった。

かけ流しと思うが、湯は少ししか出ていない。 
人が入って出たら、元に戻るのに、しばらく時間がかかる。

清潔さは、大丈夫でしょうか。  ※ 元禄の湯の入口の前は、写真に撮れる状態ではない。
3ヶ所に、入った。

13年10月25日 (33)

館内の2階を歩いて、少し行って、下に下りて、岩風呂。  混浴。
左の、小さい方に入った。
混浴なのでしばらく待ったが、のぼせるので、上がった。
よくない心を持つと、うまくいかない。   ※ 恵山温泉では、うまくいったんだが

13年10月25日 (34)

展示物があったので、見た。

13年10月25日 (13)

元禄と見える。  確かにこの温泉は、元禄時代から。
芭蕉が来て、入ることも出来た。 
芭蕉になり替わって、1句作りたいもんです。
・・・。  出来ました。

 「 もみじ葉を ふり積もらせて 薬師堂

13年10月25日 (14)

13年10月25日 (15)

上毛とある。 群馬県の古い呼び名。
「世のちり洗う四万温泉」は、上毛カルタにある。  ※ 昨日載せている。

13年10月25日 (16)

どれも、何年も使う。 昔は、使い捨ての物はない。

13年10月25日 (17)

障子の格子が美しい。

13年10月25日 (18)

このように展示。

13年10月25日 (19)

知らない映画だけど、積善館で撮影。 

13年10月25日 (20)

吉永小百合。  赤い橋の上で。  

13年10月25日 (21)

実際にあった事件を映画化。  彼女は、死刑に。



昔の、積善館。  

13年10月25日 (22)

帰りにここを通った。  ちょうど閉まったところ。
人気の、焼きまんじゅう。   島村は、雪国の島村を思い出す。
今度来たら、食べる。

13年10月25日 (23)

積善館は、珍しい温泉に入れたということでは、よかったでしょうか。
館内の様子を見たら、1000円は高いかなという印象。 
廊下のカーペットを見たら、全てが見えてきます。

千と千尋の神隠しの、油屋については、積善館には赤い橋があって、有力です。

2日間の四万温泉。
昨日の、日向見(ひなたみ)薬師堂と、御(ご)夢想の湯は、完璧でした。
この2つのために、もう一度来ていい。
それが、四万温泉の印象です。

【今日の歌】



【停泊場所】   四万砂防ダムの駐車場。   四万温泉から、少し下ったところに。

【明日の予定】  吾妻峡と八ッ場ダム。

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群馬県の、左(西)の端に、草津温泉がある。
その右の山奥に、四万(しま)温泉。
東風さんが、いいよって、教えてくれた。

古くから、湯治で栄えた温泉地のよう。
何せ、四万もの病に効くという。

今日は、温泉街に入る前に、滝とお堂を見た。
そして、無料の共同浴場へ。
無料だから、入る前にもう、心は温まっていた。

美しく紅葉している木に、何度か、出会った。
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摩耶の滝は地図に載っている。 有名な滝なんだろうか。



四万温泉の地図。 (四万温泉協会からお借り)
上の方を、動く。

ezukkkkkk

滝への入り口に、駐車場はない。 脇道に、路駐。

駐車場がないのに、大きな滝とか、立派な滝って、見たことない。
先日の妙高高原の苗名の滝は、お店まであった。 
少し、不安。

13年10月24日 (1)

5分ほど歩いたら、説明。  20分あれば、着く。   伝説がある。

13年10月24日 (2)

深い谷の、急な斜面に道。  紅葉が始まっている。

13年10月24日 (3)

クマ除けの鐘がぶら下がっていたり、クマに対する注意が、続いた。
私は、鈴を鳴らしている。  ベストの右ポケットに、スプレーも。

視界を広くして、歩いている。

13年10月24日 (4)

古い遊歩道の柵は、壊れている。   下の板も。
新しい板が、その上に、40㌢ほどの幅で、敷かれている。

見える柵は、足で蹴ったら、間違いなく壊れる。 右の柵は、全部倒れている。

でも、紅葉は美しい。

13年10月24日 (5)

最後は、谷に下りた。 滝は、左前方に、まずある。
大きな滝は、右の奥。 ここからは、見えない。  轟音が聞こえる。

大きな音のするところは、熊が人に気付くのが、遅れる。  少し注意。

13年10月24日 (24)

この滝で、摩耶姫は男と出会った。  
滝不動の像があったが、今は、下の薬師堂の境内にあると、ある。
行かなければならない。

13年10月24日 (6)

大きい方の滝、摩耶の滝。

13年10月24日 (28)

高さは20㍍程だが、目の前なので、豪快。

13年10月24日 (25)

摩耶の滝は、観光の滝としてではなく、信仰の滝として、有名だったんでしょうね。
滝を信仰する人は、少なくなった。

今の時代は、自然の美しさとしての滝を、誰もが見に行く。
信仰で栄えた、小さな滝は、どうしても、寂れていく。

狭いけど、深そうな滝つぼ。

13年10月24日 (26)

摩耶の滝への古い道は、温泉街の奥にある、薬師堂を通って、ここに来ていた。

ここは、深い谷の、突き当り。   別の表現では、どん詰まり。

ほんのりとした紅葉も、悪くない。

13年10月24日 (27)



クマ除けの鐘を鳴らしながら、戻る。  
途中に、こんな表示。  ミズキの名前の意味を、初めて知った。
その水を集めたら、どんな味がするのでしょう。

13年10月24日 (7)

※  調べてみました。  
   切り口から、樹液である水は、このように出て来ます。    こんな風に、採取
   甘い味がするけど、美味しくはないと、ネット上には。

   白樺の樹液は、商品として売っているのを、見ることがあります。
   こんなのです。 ほのかな甘みと木の香り

いい風景が現れたら、停まります。 
右に1歩ずれても、左に1歩動いても、ダメ。  ここがベスト。 

ずっと下に、温泉街。  少し見える。 

13年10月24日 (29)

戻って来た。  トンネルを行くと、奥四万湖に。
     ※ 奥 四万湖って、女の人の名前のよう。 湖がいやなら、奥 四万胡 か、奥 四万子。

車の向こうの、細い道を、歩いて、薬師堂に。

13年10月24日 (8)

6~7分歩いて、右奥に、薬師堂。  詳しくは、日向見(ひなたみ)薬師堂。
左は、無料の共同浴場、御夢想の湯。  真ん中に、足湯。

13年10月24日 (9)

沼田城主の、真田信幸の、武運長久を願って建てたとある。
この地は、上野国(こうずけのくに)だけど、沼田藩なんですね。

  1598年の時は、真田信幸は、豊臣方。
  少し前のブログで書いたけど、真田家の血筋を絶やさぬために、関ケ原の戦いでは、下のようにした。
  兄弟の幸村たちは、西軍。 豊臣側に。
  ところが、信幸だけが、東軍の徳川側に付いた。
  後に、信濃上田藩の初代藩主。 そして、信濃松代藩の初代藩主になる。

  武運長久の願いが叶い、この薬師堂を建ててよかった。

唐風建築という、珍しい建物、とある。

13年10月24日 (10)

これが、唐風建築。  日本のお堂というか、お寺っぽくない。

13年10月24日 (11)

お堂の近くに、滝の説明にあった、滝不像の像は、見当たらない。
ただ、お堂の後ろの部分の工事があって、境内は、全部見られなかった。

後ろの、本堂にあたる部分の内部。 ここは見られた。
奥に、小さな、薬師観音像。  手に、薬壺を持っていた。

13年10月24日 (12)

別方向から見た。  風情があるというか、・・。

13年10月24日 (13)

こんな地図が。  共同浴場の場所も、分かる。

13年10月24日 (14)

御夢想(ごむそう)の湯。 似た建物は、他にあるのでしょうか。 
オリジナルのデザインなら、見事ですね。

13年10月24日 (15)

開湯は、日向守(ひゅうがのかみ)碓氷(うすい)貞光、とある。
源頼光の四天王の、1人。

13年10月24日 (16)   13年10月24日 (17)

※ 四万温泉のこの辺りは、日向見(ひなたみ)という地域。
  それで、お堂も、日向見薬師堂。
  四万温泉の発祥は、ここ。

  碓氷貞光が、九州の日向守だったので、それから、日向見の名前が。

  源頼光は、大江山で、酒呑童子を退治した人物。
  その時、だまして飲ませた酒が、鬼殺し。
  酔ってるところを、やっつけた。
  
  一緒に戦った、家来の一人が、碓氷貞光。
  右端に、貞光。 (Wikipediaからお借り)

Raiko_tormented_by_the_earth_spider.jpg

  酒呑童子を退治する話の、一部。

20110617023337c94_201310251321314d3.jpg 

※ 詳しくはここに。  (大江山は、本当は、京都に近い大江山と思う。  光秀が越えた、老の坂の近く)
       地底に真っ直ぐ下りた、質志鍾乳洞  日本の鬼交流博物館 ~福知山市、京丹波町~  他  (2011/6/16)

無料というのは、有難い。  寸志を入れる箱があったので、100円。

13年10月24日 (32)

着替えの服を入れる所は、4つ。
最初2つを使っていた。 いつの間にか、3つ。 
これでお終いと思っていたのに、気づいたら、4つ。
だらしないのか。 脱ぎ散らかしていた。

こうです。 独り占め。

13年10月24日 (31)

ここに入った。  多くて3人の、小さな湯船。 ちょうどいい温度。
石をくりぬいた、湯船。   贅沢。

「世のちり洗う四万温泉」と、四万温泉は言われる。
入っているだけで、心も体も、綺麗になっていく。  極楽。

13年10月24日 (30)

向こうから戻って来た。 右上に行く。

13年10月24日 (18)

車で、奥四万湖に。   ダムがあった。  ダムの下に、四万温泉。
もし、ダムがずっと下流にだったら、四万温泉は、湖の底だった。

13年10月24日 (33)

湖を一回り。

13年10月24日 (19)

紅葉。 そして、霧。  間もなく日が沈む。

13年10月24日 (20)

夕暮れになって、動物の動きが活発になった。
最初に、うなるような大きな声は、クマかも知れない。
距離は、50㍍。  飛び出して来るかもしれないので、車から離れなかった。
他の声は、何だろう。 イノシシ、サル、鹿、そんなのだろうか。
問題が起きて、騒いでいるのか。

クマがやって来たので、一斉に騒いでいるのか。



湖の奥から。  滝が見える。  湖がなかったら、谷底まで。  大きな滝だった。

13年10月24日 (21)

あの橋から、こっちを撮った。

13年10月24日 (22)

ダムの上から、温泉街の、一番上。  薬師堂は、少し行って、右奥に。

13年10月24日 (23)

宿もあるよう。   すっかり、日が暮れた。  

13年10月24日 (34)

知らない所が、日本には、まだいっぱい。
四万温泉は、大きな温泉地。
半日では、見切れなかった。

明日、温泉街の中心に。  傘をさしてでしょうか。

【今日の歌】



【停泊場所】   四万温泉の入り口にある、パーキング。

【明日の予定】  四万温泉の温泉街を歩く。

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 「 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった 」

川端康成は、昭和10年前後、越後湯沢の高半旅館に、何度かやって来た。
                      ※ 高半(たかはん)旅館は、現在、雪国の宿 高半。
小説を書くために来た。 30代、後半の時。

部屋に遊びに来る女の子がいた。 名前は、キク。 芸者名は松栄(まつえ)。
最初に出会ったのは、昭和9年の夏。 川端が、2度目の逗留の時。

川端康成は、予定通り、小説を書き始めた。
何を書いたか。 キクとのことを、書き始めた。

キクの名前を駒子にして、主人公は、駒子。
日記を書いているのか、何を書いているのか分からない。 でも、小説。
最後は、名作、雪国としてまとめる。

キクは、何も知らない。
小説が完成して、知らされる。 彼女は、怒った。

川端には妻がいたから、キクは、別な人と一緒になる。

ずっと年月が経って、彼女は亡くなる。
遺品の財布の中に、丁寧に切り取られた、ノーベル賞の新聞記事が、折りたたんで入っていた。

キクは、川端康成を、忘れてはいなかった。 
もし、生涯思い続けていたのなら、あの百万本のバラの、マルガリータに似ている。
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行くところは、湯沢町であり、越後湯沢温泉。
        ※ 秋田の湯沢市にも湯沢温泉があるので、越後湯沢温泉と。



道の駅南魚沼から、まず、雪国の宿高半に向かった。  
その後、駒子の湯。 そして、越後湯沢駅。 (地図は、雪国観光舎からお借り)

無題ああああああ

川端は、高半旅館の「かすみの間」で、「雪国」を書いた。
全体の建物は新しくなったが、かすみの間は、今の建物の中に、そのまま移築した。

現在の高半の建物。 (写真を撮り忘れたので、県のHPからお借り)

P1020908pppp

かすみの間は、文学資料室になっていた。 見学料は500円。
ホテルの人が、案内してくれた。

13年10月23日 (1)

真ん中の説明に、昭和9年から12年にかけてと、ある。

13年10月23日 (2)   13年10月23日 (13)   13年10月23日 (26)

向こうに、部屋が見える。

13年10月23日 (27)

右の部分は、板の間だった。 
旅館の人は、右の方から、部屋に入ることが多かった。
駒子のモデルになったキクは、恥ずかしい時は、手前の部屋に隠れたよう。

駒子は強いので、人に知られても、平気になっていく。
角巻の着物は、キクの物。

13年10月23日 (28)   13年10月23日 (3)

湯沢温泉は、夏と冬は、人が多かった。  それで、川端は、春か秋に来ることが多かった。
そうなら、暖房は、火鉢で大丈夫なんでしょうね。
  ※ 戸を開けて、一酸化炭素に注意して、かな。

13年10月23日 (29)

2人は、どんな関係だったのか。 Wikipediaには、下のように表現されている。
男のずるさと言ったらいいのか、そんなのが垣間見える。

  女の一途な生き方に惹かれながらも、ゆきずりの愛以上の繋がりを持とうとしない
  男の冷たいほど澄んだ心の鏡に映された女の烈しい情熱が、哀しくも美しく描かれている。

13年10月23日 (30)

「 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった 」 の文が、あまりにも有名。
この後に、「夜の底が白くなった」と続く。

でも、最初に発表した時は、下だった。
「 国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなった」

表現のくどさがなくなって、すっきりしましたね。

13年10月23日 (31)

湯沢の町が、窓から見える。  正面中央奥に、谷川岳。
ホテルの人は、同じこの風景が見える場所に、かすみの間を移築したと言った。

13年10月23日 (32)

昨日紹介した、雪国~駒子その愛~の歌詞は、「トンネルを抜けると、そこは」って「そこは」が入っている。
流れで、入れたくなる言葉。 
でも、プロの作家にとっては、「そこは」は、邪魔な言葉なんですね。

かすみの間の手前の部屋。  右は、何百年も前の祠。   ※ 神輿だったか。 説明していただいたんだが。 

正面に、写真などが展示。

13年10月23日 (33)

最初の映画化は、昭和57年。 島村を池部良。 駒子は、岸惠子。
最後に動画を載せたけど、2人の演技は、よそよそしい。 今の時代に見ると、不自然。

葉子という女性も登場する。  火事で、悲しい亡くなり方をする。
演じるのは、八千草薫。    今は、かわいいおばあちゃん

13年10月23日 (4)   13年10月23日 (5)

昭和20年ころの、高半旅館。 川端が逗留した部屋は、○の所」に。

13年10月23日 (6)

右端が、駒子のモデル、小高キク。  昭和10年。

13年10月23日 (7)

上の写真の1年前。  18歳ころ。

川端は、彼女を、清潔感が漂う人と言っている。
具体的には、足の指の裏までどうだったとか、何かに書いてあった。 見たんだろうか。

13年10月23日 (8)   13年10月23日 (9)

小高キクさんです。   映画の打合せ。

13年10月23日 (10)

右から2番目の人が、雪国を翻訳した。  英語にでしょうか。

右は、島村に会いに行く駒子。

13年10月23日 (11)   13年10月23日 (14)

左の写真は、ノーベル賞の表彰式でしょうか。

13年10月23日 (15)

ノーベル賞の後は、大変。 それなりの物を書かなければ、というプレッシャー。

13年10月23日 (16)

川端康成は、伊豆の踊子も、自分の経験をもとに、書いている。
吉永小百合、山口百恵が演じた。

  ※ 写真中央右に、二十四の瞳の大石先生と子供たち。
         二十四の瞳の舞台、岬の分教場。  映画村。 ~小豆島町~  大谷は、間違いなく、日ハムに。  (2012/11/28)

13年10月23日 (17)

下の2枚は、坂戸城の欄間(らんま)。   どうしてここにあるかは、分からないという。
坂戸城は、謙信の春日山城の出城。  
ここで、上杉景勝は生まれた。 
直江兼続は、ここで生まれたか、はっきりしない。 この近くは、間違いないが。

城は、ここより少し北に。 城跡だけ。  いつかは行ってみる。

13年10月23日 (18)

13年10月23日 (19)

高半ホテルから出る時、出会った人は、受付の女性だったでしょうか。
やわらかな笑顔の、挨拶だった。

ホテルの前から、駅方面。 新幹線が通っている。  大きな駅。  駅の右に、温泉街。
少し下がると、駒子の湯。 名前だけだけど、行ってみる。

13年10月23日 (34)

共同浴場、駒子の湯。 共同浴場は、少しお湯が熱く、料金が安い。
でも、ここは、普通の500円。  熱くない。

13年10月23日 (35)

少しだけ、雪国の展示。

13年10月23日 (39) 

  ※ 湯船はこう。 

当時の建物の写真があった。 ○の部分に。

13年10月23日 (36)

最初の映画は、この二人。    岸恵子さんは今もお元気。 美しい。

強い女性を演じるなら、若尾文子がぴったり。   彼女の今

13年10月23日 (37)   13年10月23日 (38)

駅に何かありそうなので、歩いて向かった。  17~8分。  車は、置かせてもらった。

13年10月23日 (40)

新幹線の駅は、普通と違うのか。

13年10月23日 (20)

駒子です。  どこに行くのかな。

13年10月23日 (21)

雁木(がんぎ)通り。   ここは、雪国。

13年10月23日 (22)

さげもん。

13年10月23日 (23)

この時、お腹が空いていた。 お菓子とかの試食を10回ほどした。 少し落ち着いた。
でも物足りないので、立ち食いのそばを食べた。 私の口には、ちょっと・・だった。
後味を消すため、再び、試食を。 漬物なども。 すっきり。

13年10月23日 (24)

ここまで飲んだことはない。  人の背中で寝ていたことはあるけど。

13年10月23日 (25) 

少し見学して、戻ることに。
雁木通りと言っていいのか。  ここは駅の、東側。  西側に温泉街。

13年10月23日 (41)

三国峠を越えて、群馬県に向かう。 
山の上から、越後湯沢の町を見た。

13年10月23日 (42)

川端康成は、清水トンネルを抜けて来た。
今は使っていないトンネル。 電車で。

「 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった 」

この文が生まれた舞台に、今日は行ってみました。
駒子のモデルのキクは、どんな思いで、後半生を生きたか、気になります。

彼女は、三条市に移りますが、思い出は、湯沢に置いてきたと言った。
でも、全てではなかったよう。

彼女には、気性の激しさもあった。
恋愛は、読むものではなく、するものよ、とも言っている。

三国峠は、大きな峠だった。
これだけ大きかったら、峠の向こうが雪国に変わっても、おかしくない。
そう思った。

【今日の動画】   最初の映画。



岩下志麻の時の、最初の部分。



岩下志麻が、駒子を。  いいですね。  画面をクリックすると、YouTubeに。

無題gggg 

【関連ブログ】      天城峠 ~旧天城トンネル・伊豆の踊子の歩いた道~    他  (2009/10/31)
            岩の山 谷川岳  一ノ倉沢   他  (2009/10/19)

【道の駅】    たくみの里



【明日の予定】    四万温泉になりそう。

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清津(きよつ)峡は、トンネルを通って、4ヶ所の見晴所から、眺める。
川沿いにあった遊歩道が危険なので、トンネルを作った。
安全を理由に、有料にすることも、大きな目的だった、と思われる。

見晴所からの風景は、物足りない。
清津峡本来の魅力は、もっともっと大きいはず。

峡谷の麓に、葎(むぐら)沢集落。 葎の字の読みが、難しい。

関興(かんこう)寺に寄った。 味噌なめたか、の話が。

道の駅、南魚沼は、新しい。  面白い展示があった。
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山越えして、十日町に。  遠くはない。



十二峠から、一気に、深い谷に下った。  谷の奥に少し走った。 
清津峡の入り口に、清津峡温泉。  

13年10月22日 (1)

温泉街を通り抜ける。

左に、湯処よーへり。
「よく入りに、いらしたな」が「よ~く、へ~りに、いらしたな」になって、短くして、「よーへり」に。
雪が多くて寒いから、口を動かすのが面倒。  それで、こうなった。

13年10月22日 (2)

清津川。   硫黄が混ざっている色。   北海道の美瑛川に似ている

13年10月22日 (3)

トンネルの入り口が見えた。 ここで、500円。

13年10月22日 (4)

峡谷に沿って、トンネル。 4ヶ所の見晴所。

13年10月22日 (5)

このようなトンネル。 
素晴らしいものが見られなかったら、歩くことは、つまらないものに。

13年10月22日 (6)

左に行くと、峡谷に。

13年10月22日 (7)

このように。

13年10月22日 (8)

下に、清津川。

13年10月22日 (19)

柱状節理の峡谷。

13年10月22日 (10)

切り立った崖。

13年10月22日 (20)

これは、隣の見晴所かな。

13年10月22日 (21)

玄武岩の柱状節理でしょうか。   北海道の、層雲峡に似ている。

13年10月22日 (22)

別の見晴所。

13年10月22日 (12)

最後の見晴所。

13年10月22日 (13)

トンネルは、左の山の中にあって、ここに来た。
古い遊歩道が、下に見える。
この風景が見える。 これ以上の写真は、撮れない。

13年10月22日 (14)

長い峡谷を、4つの点から見たけど、物足りない。
下からでなく、上から見てるからだろうか。
下に降りて行く階段があって、そこから見たら、別に見えたかも知れない。

他の峡谷は、どうなっているかですが。
   ① 高千穂峡。  別世界です。 どこから見せるかを考えて、遊歩道を作った。
     ② 層雲峡。   清津峡とは、高さが違うだけでなく、ここという場所から、見られる。
     ③ 天竜峡    上から、このように、全体が見えるように。
       ④  黒部峡谷    遊歩道がある。

上の4つは、どれも1つのまとまった風景。  絵になっている。
今日見た風景は、清津峡の、そのままの風景。 絵になっていない。  ベストの場所からは、見ていない。
美しく見える場所を調べつくしてから、トンネルをどう作るかだった、と思う。

清津峡の本当の美しさを、私は見ていない。

トンネルとは別に、登山道と呼ばれる、別の道がある。
何か所かで、峡谷が見られるよう。  機会があれば、歩いてみたい。

13年10月22日 (23)

細く深い谷は、雪であふれる。 (展示してあった写真)

13年10月22日 (24)

このように。  右は、雪のトンネル。 西興部村の、氷のトンネルに似ている。

13年10月22日 (25)   13年10月22日 (26)

帰りに、湯処よーへりの温泉に入った。 300円。
湯の温度は高くないけど、温まる湯だった。

13年10月22日 (15)   13年10月22日 (27)

清津峡で満足していたら、今日の見学はお終いだったが、そうでなかったので、いろいろ見ながら戻る。
清津峡温泉の少し下流に、葎沢(むぐらさわ)集落。  ※ 地区の方が、いいかな。



葎(むぐら)は、初めて見る漢字。
葎は、雑草の意味で、棘(とげ)のある雑草だそう。

  ※ 芭蕉の句に、こんなのがありました。

     「山賎(やまがつ)の おとがひ閉(と)づる 葎(むぐら)かな」 

    解釈は、
      夏草の生い茂る山路では、山人(猟師)も、おとがい(あご・口)を閉じて歩かなくては
      口の中に夏草の穂先が入ってしまう。(ネットの情報を参考に) 

橋の横に、お堂。  庚申(こうしん)塔があったので、庚申堂かも知れない。
夜中じゅう起きていて、いろいろ願ったりする、庚申信仰が昔あった。
二十三夜待にも、似ている。
盛んだったのは、明治の頃までのよう。

13年10月22日 (28)

山の上から。  橋の左に、お堂。  
どの家も、基礎の部分が高い。 3階に見える。 雪に備えている。 新潟では、多い。

13年10月22日 (29)

別の見晴らし台から。 
目の前の岩は、柱状節理の玄武岩。  断面が玄武に似ていたので、この名前
高い所にも、家が見える。

13年10月22日 (30)

関興(かんこう)寺という、古い寺にも寄った。
「味噌なめたか」の話が、残っている。

戦乱の時、大事なお経の巻物を、味噌樽の味噌の中に入れて、保存した。
火事でお堂や焼けたけど、大事なお経は残った。

味噌に感謝して、その味噌をなめたら、ご利益があるとされた。
以来、関興寺の味噌なめたか、と言われるようになった。

魚沼地方では、昨日の「雲洞庵の土踏んだか」と「関興寺の味噌なめたか」が、セットになっている。

13年10月22日 (17)   13年10月22日 (16)

少しだけ見た。

13年10月22日 (31)

上杉景勝の時代からの寺。  雲洞庵の本堂に似ている。 雪が落ちやすいようにか。

13年10月22日 (32)

経蔵。  回転する。  たまにしか、見ない。

13年10月22日 (18)

道の駅、南魚沼に戻った。  



山の上に、家があった。  天空にあるよう。

13年10月22日 (33)

道の駅に、色んな展示。 

13年10月22日 (34)

中央の人は、ビルマ(現ミャンマー)の独立運動家。   ※ スー・チーさんの国。
戦前、イギリスの植民地だったので、イギリスと闘った。
イギリスは日本の敵だったので、日本に近かった。

戦争で負けて、日本に亡命。
その時、面倒を見たのが、ここ、石打の人。 今泉隆平。 
昭和21年1月16日に撮影。 次の日、連合軍(GHQ)に、自首する。

13年10月22日 (35)

今泉コレクションと呼ばれるもの。  世界の花嫁の人形。  
    ※ 今泉という人は、この地方では、それなりに力のあった人のよう。

13年10月22日 (36) 

直江兼続が、アニメになっている。

13年10月22日 (37)



清津峡には、不安はあったけど、行ってみました。
清津峡そのものは、素晴らしい所だと思います。

   ※ 無料で見せても、観光資源としては生きないので、清津峡のようにする所は、珍しくありません。
     でも、佐多岬をはじめ、失敗している所も、多いです。

     お金は、客の判断で落とす、の考えが、成功している観光地の基本でしょうか。
     もし入口でお金がかかり、トンネルをくぐるのなら、袋田の滝くらいの感動がないと、物足りないかなと。
     その、袋田の滝にしたって、300円です。   ※ 袋田の滝(2010年)

今いる所から、南に少し行くと、湯沢温泉。  その向こうは、群馬県。
向こうからこっちに来ると、雪国に来た、となります。

【関連ブログ】    小千谷縮  錦鯉  微笑仏の木喰観音堂 ~小千谷市~   他  (2010/10/20)

【今日の歌】  雪国~駒子 その愛~ 坂本冬美



【道の駅】  南魚沼

【明日の予定】  雪国の舞台、湯沢温泉に行ってきます。 

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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上杉景勝と、その家臣の直江兼続が、幼少期に学んだ寺、それが雲洞庵(うんとうあん)。
雲洞庵は、奈良時代から続く、曹洞宗の大きな寺。

参道の下には、法華経が書かれた石が、埋められている。
昔から、「雲洞庵の土踏んだか」、と言われるほど、ご利益があるとされた。

また、上杉謙信の家臣の、宇佐美定満の墓は、この寺にあった。

参拝者を信用し、写真の撮影は、全てOK。
見応えのある、寺だった。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

南魚沼市から、南に下ると、群馬県。 国道17で。   長野に下る道は、1本左の、国道117。



この辺りは、今は、南魚沼市。 合併する前は、六日町。

  ※ 六日町で、ちょっと変わったことが。
    新潟市でも、札幌市でも、どこでも、市を取って、新潟、札幌と呼ぶことがある。
    ところが、六日町は、町を取って、六日と呼ぶことはないそう。
    取ると、おかしくなるかな。 
    六日に六日に行くって言ったら、どっちが日にちで、どっちが町か、分からない。



広い駐車場。 参拝料は、300円。 良心的な値段。

山門にあたる、赤門。  どうして赤門かって、難しい。
昔は、偉い人しか通れなかった。 いつもは、開(あ)かなかった。 だから、赤門、ではひどいか。

13年10月21日 (1)

大きな草鞋。  赤門だから、仁王様も赤い。

13年10月21日 (2)

赤門からの、参道。
「雲洞庵の土踏んだか」は、この石畳を歩いたか、の意味。

13年10月21日 (3)

石畳の下には、有難い物が埋められている。

13年10月21日 (4)

参道の両側には、お地蔵様。

13年10月21日 (5)

雲洞庵のお地蔵さまは、みんな個性的。 人間の表情を見せている。

13年10月21日 (6)

お地蔵様の表情は、見る人の、その時の心の状態で変わる。
悲しい時に見たら、お地蔵様は泣いている。

上とこのお地蔵さまは、少し微笑んでいる。 今の私の心と、同じ。

13年10月21日 (7)

この灯篭は、宝暦11年に作られた。 1761年。
この年は、葛飾北斎が1歳。     江戸で評判の美人の、笠森お仙は、まだ10歳。

13年10月21日 (8)

正面に本堂。  左に、鐘楼。  昔の古い鐘は、戦争に持っていかれたとあった。

13年10月21日 (9)

本堂。   江戸時代の建物。

13年10月21日 (10)

本堂の右。  向こうから入る。

13年10月21日 (11)

中に入ると、ここは、大方丈。  何にでも使う部屋。
上杉景勝と直江兼続は、ここで学んだ。

大河ドラマでは、「わしは、こんなとこ、来とうはなかった」と叫んだ。
上の絵も、少し気が強そう。

何が不満で叫んだのか、忘れてしまった。

13年10月21日 (12)

普通の武士は、ひらがな程度しか、書けなかったそう。
私利私欲が少ないのは、謙信に似ている。

13年10月21日 (13)

本堂。  私は、昔よりは少し信心深くなって、手を合わせた。

13年10月21日 (14)

彫刻がこのくらいなのは、新潟では、当たり前。  石川雲蝶がいたからか。 ※ 関連ブログで紹介。
正面の額は、景勝が後に、この寺に持ってきた。
元々は、他にあったもの。 ある天皇から贈られたもの。
説明があったのだが、覚えたつもりでメモしなかった。    自分を信用して、失敗。

13年10月21日 (15)

本尊はここに。

13年10月21日 (16)

座禅堂や観音堂を見た。 見える建物は、客殿。 1階も2階も、広い和室。
自由に、休んでいい。   あそこにのんびり座って、庭の花を見るのもいいかも。
ポットにお茶など、用意して。 

13年10月21日 (17)

観音堂の中、観音様。

13年10月21日 (18)

本堂の、本尊の後ろに、この像。  先代の住職のよう。  右は、本堂の襖絵。

13年10月21日 (19)   13年10月21日 (20)

この形相。  山姥(やまんば)のようでも。   

13年10月21日 (21)

宝物殿の入り口に、客引観音。  しなっと、している。  この名前も、初めて。

13年10月21日 (22)   13年10月21日 (24)

景勝が書いた制札。  制札は、高札のようなもの。  どっちも、庶民に知らせるために。
左は消えてしまった。 墨の跡は、少しふくらんでいる。  右は、同じのを書いた。

13年10月21日 (23)

怪獣だそう。   何で作ったのかな。  
昔、カッパや怪獣を作るのは、珍しくなかった。 サルや鳥や木などを使って。

13年10月21日 (25)   13年10月21日 (26)

信玄が書いた文書。 本物。

13年10月21日 (27)

勝頼。

13年10月21日 (29)

ずっと後ろに、諏訪の娘が生んだとある。  大河ドラマでは、由布姫。

13年10月21日 (28)

これは、景勝。  勝は読みやすいですね。

13年10月21日 (30)

後陽成天皇からいただいた、袈裟(けさ)。  
この天皇は、天下が、信長、秀吉、家康と移るのを、みんな見ている。

13年10月21日 (31)   13年10月21日 (32)

本堂は、出雲崎の大工が作ったとあった。  出雲崎は、日本海沿岸に。
出雲崎と言えば、良寛。  それで、下のお坊さんは、良寛かなと。

子供たちの生活が、少し見える。

13年10月21日 (33)

本物がたくさんあって、そして、自由に写真が撮れる。
私にとって、一番好きなパターン。

宇佐美定満の墓は見学できなかったけど、境内、本堂、宝物殿は、見応えがありました。
面白い歴史を秘めていると、寺の魅力は、大きくなりますね。

いい一日でした。

【関連ブログ】  良寛ゆかりの地、わしまと出雲崎を歩く ~妻入りの町並、荒海や佐渡によこたふ天の川・おけさ~  (2010/10/17)
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【今日の歌】    スラッグ渓谷の朝



【停泊場所】   直ぐ上に道の駅があると、朝になって分かった。   新しい道の駅。
          右上に、雲洞庵。
 


【明日の予定】  清津峡。  いい所か、少し不安。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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