キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

朝の4時に、たまたま目が覚めた。
今のうちに、名古屋を抜けようと、亀山市にある関宿の道の駅から、1号線を走った。

今日の見学場所は、下呂温泉と、走りながら決めた。
雨情公園の駐車場が、無料と分かって、10時ころ着いた。

下呂温泉は、泉質がいいと、それなりに評判がいいようだ。
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下呂(げろ)温泉は、高山の少し南。

下呂温泉 広域

印の所が、雨情公園。
 ※ どこを見学する時も、駐車場を真っ先に探す。
   駐車場が見つかっていない時、その町に、あと1~2㌔になったら、空き地を探しながら走る。 
  
下呂温泉

湯のまち雨情公園。

13年6月30日 (22)

野口雨情。 この温泉に来てるんですね。

13年6月30日 (23)

この説明は、少し分かり難い。 下呂歌謡って何なのか。
こうなんですね。 下呂小唄というのが、元々あった。
下呂小唄の新しい歌詞を作った。

13年6月30日 (24)   13年6月30日 (25)

※ 下呂小唄は、少し聴いて感動とは、ならないかな。



※ 野口雨情は、シャボン玉、赤い靴など、数えきれないほどたくさんの詩。
  波浮の港もいい。

※ シャボン玉は、中山晋平が作曲。
  でも、この讃美歌にそっくり。  (昨日、賛美歌を少し聴きました)



温泉街は、雨情公園の下の方に。

13年6月30日 (26)

歩き出した。 地図の左の方へ。 温泉寺に向かう。

13年6月30日 (1)

この道は、昔の街道。 それで、風情がある。

13年6月30日 (2)

ミニ動画(23秒)



ここの町のカエルは、どう鳴くんだろう。 きっと、○ロ○ロ、ですね。

13年6月30日 (27)

石段を上がって、温泉寺。

13年6月30日 (28)

武川久兵衛の墓。 この人は、飛騨屋久兵衛ともいう。
説明では立派な人に書いてあったが、蝦夷地で起きた、クナシリ・メナシの戦いの原因を作った人。
根室の納沙布岬に、こんな説明が
和人は商取引で、ずるかったというが、それは、この人のこと。
 ※ 例えば、こんなことも。
   魚5匹と交換と言ったら、最初・1・2・3・4・5・最後、って数えて、実際は7匹とる。

13年6月30日 (3)

温泉寺から、温泉街の風景が。

13年6月30日 (5)

上の右側。 この下を歩いている。

13年6月30日 (6)

温泉寺の本堂。
シラサギが止まった松の木の下から見つかった、薬師如来像が本尊。
※ この説明は、後で出てくる。

伝説と、実際にあるものが結びついている。 それが、面白い。

13年6月30日 (7)

さるやの石。 さるやは、さるや、って呼ぶ時の言い方。

13年6月30日 (29)

さるやの石は、昔賢いサルがいて、そのサルのお墓だった。

石に願い事と名前を書いて、さるやの石の周りに置く。 1個、200円。  ※ 考えるのが、上手。

13年6月30日 (4)

※ さるやの石のお話は、こんなお話。(10分ほどの動画。 面白いですよ)

本堂の裏への道。

13年6月30日 (8)

飲み水があった。 湧水なのかな。 そうでないと飲めない。
建物は、水屋と云うそう。

13年6月30日 (10)

13年6月30日 (9)

観音様だろうか。 手に持っているものは・・?  ※ 真央ちゃんは、観音様に似ている

13年6月30日 (11)

再び、街に。

13年6月30日 (12)

こんな人には、会わなかったな。 誰が、描いたんでしょう。
右は、チャチャ。 今日は、この踊りの歌に。

13年6月30日 (30)   13年6月30日 (13)

飛騨川で、鮎釣り。 そんなに、釣れてない。  橋を渡ると、下呂駅。

13年6月30日 (14)

露天風呂。 水着が必要。  夜なら・・・。

13年6月30日 (15)

正面に、小さな駅。

13年6月30日 (16)

駅前から、反対側を。

13年6月30日 (31)

足湯。 ここに、私も入った。 
高校生が、学校の帰りに寄る。 そして、おばあちゃんたちと、お話。
女の子が今、1人入るところ。  こんなの初めて見る。

13年6月30日 (32)

どこの温泉の話も、みんな同じ。

13年6月30日 (17)

下呂温泉のいい所は、歩く楽しみがある。 それがいいでしょうか。

13年6月30日 (18)

ここのずっと上に、最初の公園。

13年6月30日 (19)

にぎやか。

13年6月30日 (20)

像は、林羅山だそう。 この人が、下呂温泉を、日本の3名湯と言った。
下呂温泉は、日本の100名湯には、入るようです。 それだって、大したもんですね。

13年6月30日 (34)

祭りは、8月の初め。

13年6月30日 (35)

13年6月30日 (36)



坂を上がってきたら、ここにも足湯。

13年6月30日 (21)

下呂温泉は、遊歩道や足湯など、楽しめる場所を、きっと増やしていますね。
他の温泉地が、視察に来るようになったら、ほぼ完成。

下呂温泉は、楽しめます。

【今日の歌】   チャチャです。 少し前にも、紹介しています。



【道の駅】 奥飛騨温泉郷上宝

【明日の予定】  西穂高岳に。 穂高で、一番楽な山。

西穂高


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ここ数日間、いくつかの用事を、京都・奈良で済ませました。
今日は、奈良で、息子の結婚式。
無事に終わって、ほっとしています。

自分の日記、また記録は、このブログしかないので、少しだけ、写真を載せさせてくださいね。
本人たちも、会場の人も、顔が小さく写ってるのを。
他には、もらった花とかの写真も。

明日30日から、また、元の旅に戻ります。
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式場は、イリス ウォーターテラス あやめ池。

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円く見えるところが、披露宴の会場。 茶色の屋根は、結婚式場。

あやめいけ

神前でも仏前でもなく、人前結婚式だそう。 来ていただいた人の前で、誓う。 そんな結婚式。

しきじょう56

披露宴の会場に、2人が入ってきた。(3時) 
左側、目の前にいるのは、娘。 息子の妹。

13年6月29日 (1)

2人は、付き合い始めて、10年。

ケーキへの、入刀。

13年6月29日 (2)

息子が小さかった頃、何度か奈良と京都に連れてきた。
それが影響してか、学校も仕事も、こっちになってしまった。
最後には、奈良の人と一緒に。

カーテンを開けたら、外が見える。

和服に着替えて。

13年6月29日 (3)

披露宴の中での、新婦の挨拶は、心に浸みた。
とくに、おばあちゃんとお母さんへの言葉。
  ※ 彼女は、中川政七商店のデザイナー。

私の出番は、お礼の挨拶。
お守りである、モモンガのネックレスを、ポケットに入れてあった。
効果抜群。 特に、緊張することなく、話せた。 決まりきった文の所は、紙を見た。

多くの人の前で話すのは、4年ぶり。 

花とかをいただきました。

13年6月29日 (4)   13年6月29日 (5)

13年6月29日 (6)   13年6月29日 (7)

13年6月29日 (8)

無事に終わって、一安心。
本人たちも、ほっとしていることでしょう。

御列席いただいた多くの人に、感謝します。

今日の結婚式があるため、北上が遅れていました。
これからの、細かなコースは、決まっていません。

この夏の、北海道でのメインの目的地は、天売・焼尻(てうり・やぎしり)島。
オロロン鳥を、見たい。

【今日の歌】  少し前に、息子夫婦は、新婚旅行に行っていた。(籍は、昨年入れている)
        どこに行ったか、聞いてなかった。 
        披露宴の中での、ビデオで知った。
        ロシアの西の端にある、バルト3国に行っていた。

        もちろん、真ん中にある、ラトビアにも。
        昨日の音楽の舞台は、ラトビアです。
        百万本のバラの、原曲が生まれた国。
        そんなことで、今日も同じ曲。
        この風景の中を、息子と彼女は、歩いていました。



結婚式の中で、バックミュージックで、外国の方がピアノを弾きながら歌った曲。

マディソン郡の橋  The Bridges of Madison County



ローズ



【道の駅】  関宿(亀山市) 30日の御前4時過ぎ、高山に向けて出発。  朝のうちに、名古屋を抜けた。

【明日の予定】   下呂温泉を歩く。

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時間が少しあったので、奈良公園を歩いた。
奈良の町を歩くのは、久しぶり。

大和路へぐり、という道の駅から、電車で向かった。
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近鉄生駒(いこま)線の、平群(へぐり)駅から乗る。
道の駅は、印の、少し南。  歩いて10分。    ※ 地図が貼り付けられない。 下のは、写真。

地図ならpp

平群駅。

13年6月28日 (1)

線路は、単線。 15分おきに来る。 近鉄奈良駅まで、390円。

13年6月28日 (2)

奈良の町に入る前に、平城宮跡。 奈良時代の都は、今の中心街の西の方にあった。
復元した建物。 電車から撮影。

13年6月28日 (3)

奈良公園に向かって、歩き出した。

13年6月28日 (4)

興福寺。  大きな五重塔と東金堂。 どちらも、国宝。
      東大寺大仏殿 興福寺阿修羅像 ~奈良市~   他  (2010/5/30)

13年6月28日 (5)

東金堂。 興福寺は、藤原氏の氏寺。

13年6月28日 (6)

ここは、奈良公園になる。

興福寺は、奈良公園の中に散らばっている。
明治の廃仏毀釈で、寺全体が、壊されそうになった。
何とか残ったのが、今ある建物。

明治の中頃には、廃仏毀釈の嵐は終わったよう。

13年6月28日 (7)

鹿は、人に悪さをしない。 おとなしい。



五重塔は室町時代に、再建。 日本で、2番目の高さ。 50.1㍍。 1番は、、京都の東寺の五重塔。

13年6月28日 (8)

南円堂。

13年6月28日 (9)

藤原氏は、冬嗣から力を付け始めた印象を持ちます。

13年6月28日 (10)

下に降りたら、猿沢池(さるさわのいけ)。

13年6月28日 (11)

猿沢池。 カメがいっぱい。 外国の亀が多い。 アカミミガメとか。

13年6月28日 (13)

この子、落っこちないか心配。

13年6月28日 (14)

悲恋の話の、柳。

13年6月28日 (16)

13年6月28日 (15)

池の向こうに、興福寺五重塔。

13年6月28日 (17)

七不思議。 

13年6月28日 (18)

先ほど見た、南円堂。 南円堂の左に、小さな三重塔がある。 見るのを忘れたので行く。

13年6月28日 (19)

こんなお祭りが。

13年6月28日 (20)

JRの奈良駅から、真っ直ぐ奈良公園に向かうと、ここに来る。 
右に、猿沢池。 左に、興福寺。

13年6月28日 (21)

見えた。  三重塔。

13年6月28日 (22)

小さいけど、国宝。 鎌倉時代の再建のよう。
建てたのは、崇徳天皇の中宮(皇后)だった人。
 ※ 崇徳天皇は、後白河天皇の兄で、弟に、讃岐に追いやられた。

13年6月28日 (23)

また電車で戻ってきて、道の駅の裏。 川は竜田川。
      奈良斑鳩の里 ~法隆寺・竜田川~    他  (2009/11/26)

13年6月28日 (26)

奈良近辺を、詳しく見たいですね。
拠点になる道の駅が、はっきりしないかな。
今いる道の駅は、少し小さい。 何日も、車を置けない。

奈良は、京都と比べたら、落ち着いた感じ。
別の魅力でしょうか。

【今日の歌】  この曲が、好きなので。



【道の駅】  大和路へぐり

【明日の予定】  息子の結婚式が、奈良であります。
         日曜日、信州に向かえたら、そうしたいと思っています。
         また、普通の旅に。

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面白い話がないかなって、探した。
御所の少し南を、東西に走る小路がある。 竹屋町通。
そこに、2つあった。
幽霊絵馬と、鵺退治伝説
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印の河原町通から、スタート。

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※ 私は、「京の町家小路散歩」という本を見ながら歩いている。

寺町通まで来た。 御所の右端を通る道。
左に、進々堂というパンのお店。 近くに、大きな工場も。 大正の初めからのお店。

13年6月25日 (18)

2つ買った。 豆パンと、蒸しパン。 
    ※ 豆パンは、夕方少しだけ用事で会った、息子に渡した。
これなら、お土産に人にあげても、恥ずかしくない。

13年6月25日 (19)   13年6月25日 (20)

パン屋さんを少し北に歩くと、行庵寺(ぎょうあんじ)。 
革堂(こうどう)とも云う。 町の人たちは、革堂さんと呼ぶそう。

13年6月25日 (1)

説明。 2つ面白いことが。
① 上人が、子を宿した母鹿を、弓矢で殺した。
  後悔した上人は、鹿の皮(革)を着て、憐(あわ)れんだ。

  そんなに憐れむ人が、どうして鹿を射ったのでしょう。
  子を宿していなくても、出来ないと思うんですが。

  ※ 話の中に矛盾があったら、作った話かもって、・・。

② 幽霊絵馬があるという。 ここの寺は、霊麀(れいゆう)山だから、ゆうれいの話があるのか。(?)

13年6月25日 (21)

町並みに埋もれるようにあるけど、中に入ったら、そうは感じない。

13年6月25日 (2)

絵馬は見られるのか、お寺の人に聞いた。 8月に、見られる日があると教えてくれた。
寺の奥に、大きな五輪塔の形をした、石灯篭。

13年6月25日 (22)   13年6月25日 (3)

※ 絵馬については、こんなお話。(京都新聞 ふるさと昔語り)

      江戸後期、寺近くの質屋に、江州からお文という娘が子守の奉公に来ていた。
      質屋の主人は、お文が寺に日参し、
      御詠歌「花を見て 今は望みも 革堂の 庭の千草も 盛りなるらん」をそらんじ、
      子にうたい聞かせるのが気に入らず、せっかんして死なせてしまった。

        主人は両親に「逃げた」と知らぬ顔を決め込んだ。
      だが寺に参った両親の前に、お文は幽霊となって現れ、愛用の手鏡とともに行願寺に埋葬してほしい、
      と訴えたのだった。
      悪行がばれ、主人は処刑された。

     寺には、両親が寺に奉納したとされる「幽霊絵馬」が現存する。
    縦一メートル、横三十センチの板に手鏡がはまり、お文の姿が描かれている。
    寺では「お文さん」と親しみを込め「毎年地蔵盆の時期に供養しています」と中島光海住職。

  お文が子に聞かす、どこが気に入らなかったのでしょう。
  
※ 幽霊絵馬の写真は、個人のサイトにしかないので、リンクして紹介。
  円いのは、手鏡ですね。
     幽霊絵馬①  その②   こんなのも

竹屋町通を進む。 何かないかなって。

13年6月25日 (4)

京ゆばのお店。 ゆば(湯葉)ってこんなのだけど、食べたことがあるかな。
豆乳のようなのを沸かして、上に浮いた幕を集めたものですね

13年6月25日 (23)   13年6月25日 (24)

※ 半升は、繁盛かな。

御所の南にあるので、御所南小学校。 校舎の表情が、北海道の学校と違う。

13年6月25日 (5)

さらに真っ直ぐ。 自転車の人たちのお蔭で、排気ガスが減る。

13年6月25日 (25)

この店のラーメン屋さんが、少し前まで、あった。 こんなラーメン。 新規開店のため、今は休み。 残念。

13年6月25日 (6)

漆器の店の、ウィンドウ。

13年6月25日 (7)

仏具でなく、神祭具。

13年6月25日 (8)

13年6月25日 (9)

八百屋さん。  日除けでふさいでる。 隙間が狭い。 少し太めの人は、入れない。 手でずらすのか。
左に公園と、こども未来館。 閉まっていた。

13年6月25日 (10)

豆腐屋さん。 ミニリヤカーを引いて、売る

13年6月25日 (26)

飴屋さん。 日曜日だけ、カフェ。
フィーユは、フランス語の葉っぱ。   ふぃーゆの右に、葉っぱの絵。
 ※ ミルク味の、葉っぱを重ねたようなケーキは、ミルフィーユ。 どこかで見つけたら、買ってみますね。

13年6月25日 (27)

町の小さな銭湯。  銭湯が好きっていう人が、いますね。 コーヒー牛乳が美味しい。 手を腰に当てて飲む。

13年6月25日 (28)

二条城の北の道に向かっている。 

男の子が1人。  最初は3人いた。 女の子1人。 この子が女の子に、ちょっかいを出した。 少しだけ。
この子を置いて、2人は、走って先に行ってしまった。 
人との関わりがぎこちないため、ちょっと苦労している。
 
 ※ こういう子は、学級で、班長の経験をさせるといいんですね。
   掃除でも、給食でも、何の班長でもいい。
   仕切ることを学ばせる。 うまくまとめるために、友達の心を読み、また考えることを学ぶんですね。

   子供の成長のために、様々なことを仕組む教師は、力のある教師かな。
   漠然とは育たないって、知ってるから。 

13年6月25日 (29)

二条城に来ました。  柵越しに撮影。 

13年6月25日 (11)

北に面している道。 二条城は広い。 大政奉還は、ここで。 勝海舟がシナリオを書いた。

13年6月25日 (12)

青い松ぽっくり。 今の季節に、大きくなるんですね。

13年6月25日 (13)

今日の終点、二条児童公園。

13年6月25日 (14)

小さなほこら。  鵺(ぬえ)大明神。

13年6月25日 (15)

漢字で説明が書いてある。 むずかしい。

13年6月25日 (16)   13年6月25日 (17)

天皇の住む近くで、怪しい鳥が鳴いた。  鵺(ぬえ)と呼ばれる、怪鳥。
退治したのは、源 頼政(みなもとの よりまさ)

13年6月25日 (30)

大変な恰好をした、怪物。

13年6月25日 (33)   13年6月25日 (32)

13年6月25日 (34)

どんな鳴き声かというと、不気味。 当時は、鳴き声の正体が分からないから、いっそう怖い。



夜1人で聴いたら、震えるかも。

※ 源 頼政は、酒呑童子(しゅてんどうじ)をやっつけた、源 頼光の弓を使った。

※ また、源 頼政は、歴史に登場している。

  平氏打倒を宣言したのは、後白河天皇の息子の、以仁王(もちひとおう)。
  以仁王を助け、戦ったのが、源 頼政。
  平氏の反撃を受け、宇治川の戦いで敗れ、自害。

  この後、頼朝、義仲、義経達が、平氏打倒へと動く。
  そういう意味では、以仁王と源 頼政は、歴史の転換点を作り出したと、言える。

※ なお、以仁王の姉に、式子内親王(しきしないしんのう)がいる。 
  百人一首の、この歌を作った人。
    「たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする 」

      絶えるならいっそこの命よ、絶えてしまえ。このまま生きていると
           この恋を忍ぶ気持ちが弱って、皆に知られてしまいそうだから・・・

  この歌を、百人一首に選んだのは、藤原定家。
  上の歌での、彼女が思っている好きな人は、定家と云われている。
  定家は、それを知ってて、きっとこの歌を選んだ。
  天皇の娘に生まれても、恋は自由ではなかったようです。
   
昔は、科学で解明されていない物も多かった。
だから、怪物や幽霊やお化けは、本当にいると、人々は信じていたよう。

となるけど、今も本当は、きっといる。

【今日の歌】  The Wedding   Julie Rogersです。 
        今までとは違うのを。  どうして今日、この曲かって。 ・・。



こっちの方がいいかな。  後ろの男が、にやついている。 それもいい。



【道の駅】    ガレリアかめおか

【明日の予定】  雨で動けないと思う。  27日に、奈良に。  
         日曜日から、元の旅にもどって、穂高に向かう。 ブログも、日曜から普通に。

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富士山が、世界文化遺産に登録された。
具体的に、富士山のどこが、文化遺産なのだ、となる。
どこがというのが、25あって、それが、構成資産。

登山道、山中湖、白糸の滝、などなど。
他に、美保松原もあった。
でも、三保松原だけ、富士山から遠いということで、意見を言う諮問機関(しもんきかんが)が、外すべきと言っていた。
しかし、昨日午後の世界遺産委員会で、諮問機関の意見に反対する意見が出て、逆転で、決まった。

逆転は、たまたまではなく、そのために動いた人たちがいた。
それは、汚い動きではなく、日本の美の考え方を理解してもらうための、各国への働きかけだった。
理解してくれた多くの国が、三保の松原を入れるべきとの、意見を言った。
全ては、その結果だった。

今晩の月は、大きいそう。  スーパームーン。
最後に少し。
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4月30日の段階では、下のようになっていた。

 ユネスコ世界遺産委員会の諮問機関イコモスが、富士山の世界文化遺産への「登録」を勧告­しました。
 これで6月に世界文化遺産になることが濃厚となりましたが、構成資産から静岡­市の三保松原を除外するよう
 条件がついています。

なにも動かなかったら、特別なことがなければ、6月のユネスコ世界遺産委員会で、勧告通り決まると考えていい。

ニュースでは、このように流れた。



今回の逆転のシナリオのキーマンは、文化庁の 近藤 誠一長官だった。
    ※ 文化庁は、文部科学省の外局のひとつで、そこのトップが、文化庁長官。
どんな考えで動いたかですが、
諮問機関のイコモスの委員は、ヨーロッパの人間が多い。
美の考え方は、ヨーロッパの考え。

三保松原から見る富士山が美しいと感じる心は、日本人の美の感じ方。 東洋の心。
それを、イコモスの委員と、世界文化遺産委員会の各国の委員に、うったえた。

1人ではできないから、会場であるプノンペンに行った関係者で、手分けして。

その結果、世界文化遺産委員会の中で、美保松原を外すことに反対する意見が相次いだ。(時間にして20分)
そして、最終決定は、美保松原を入れることに。



構成資産の1つになったことで、今後、三保松原は世界遺産、と表現していい。
地元の人たちは、喜んだ。



登録された、6月22日の、美保松原から見た富士山。(毎日新聞からお借り)

富士山 登録の日

構成資産の25は、下にあるものです。 (フジヤマナビこうせいしさん のHPからお借り)

構成資産

美保松原だけは、離れていた。

三保構成資産

今回の逆転の流れは、三保松原の大きな宣伝にもなった。

天女は、どこで喜んでいるのかな。 天の川か。
おめでとうって、羽衣に乗って、一度戻ってくればいいのに。

※ ゴッホは、こんな絵をかきました。 ゴッホは、陰の力でした。

※ 富士山関係のブログ。

  天女が羽衣をかけた松がある、三保の松原。  Kさん夫妻と、楽しいお酒。~静岡市清水区~ 他 (2013/6/5)
  青木ヶ原樹海は、熔岩流の上に森が出来た所だった。~富士河口湖町、鳴沢村~  他  (2011/11/5)
  富士には、月見草がよく似合う ~富嶽百景・太宰治・天下茶屋~  (2009/10/29)
  千円札の富士  青木ヶ原~西湖コウモリ穴~   他 (2009/10/28)
  富士山五合目に。 そして、宝永山に。~静岡県~  他  (2011/11/7)
  白糸の滝  音止の滝  田貫湖 ~富士宮市~   他  (2010/6/29)
  田子の浦 日本平 久能山東照宮 三保の松原  他 (2009/11/7)

今夜の月は、大きいそう。 呼び名は、スーパームーン。
小さい時と比べたら、だいぶ大きい。

調べてみたら、大きな月を500円玉としたら、小さな月は、100円玉。            
    
大きな月

今晩は、十五夜でもある。 ウサギが踊る夜。



セーラームーンの画像に、大きな月が出てくる。



上も下も、一度紹介したことのある動画です。
上の曲の作詞・作曲は、川島だりあ。 下の作曲は、小諸鉄矢。  同じ人です。
 ※ 下の作詞は、坂井泉水。

どっちも、いい曲ですね。
下は、月とは関係ないけど。



亀岡の夜は、雲っていました。

ネット上に、スーパームーンの写真が。 2つ紹介。
    その①   その②

ウサギが、野原でダンスをしている向こうに、大きな月。
そんな写真を探したが、なかった。

【道の駅】   ガレリアかめおか。  
         ※ いつもいる寅さんは、いない。 もう、北海道の余市に。

【明日の予定】  京都に。 どこか見学できるかもしれない。

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大津市に大きな神社、日吉大社があった。 大きいにはきっと理由がある。
そう思って、行ってみた。 

広い境内の中の、ほとんどの建造物が、文化財だった。
そして、山の上には、奥宮が。

古い歴史を持っており、ただの神社ではなかった。
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京都と琵琶湖の間の山の上に、比叡山延暦寺。
日吉大社は、延暦寺の下にあった。

日吉大社pp

こんな絵地図。  山の上の道は、何倍も長い。

13年6月22日 (36)

パンフットの地図。

13年6月22日 (2)

駐車場は無料。 参拝料として、300円。

13年6月22日 (1)

境内は、大きく2つに分かれている。 東と西に。

ここは、東の方。 正面奥に、東本宮。 
左は、樹下宮だが、日吉大社には、末社とか言われる、いろんな神社がある。
どの建物も、重要文化財。

13年6月22日 (3)

この木の葉に字を書くから、葉書き。    葉っぱに手が届かなかった。
※ この木は、道後温泉で見ている。 字を書いて、少しすると、このように

13年6月22日 (4)   13年6月22日 (5)

東本宮(ひがしほんぐう)本殿。 国宝。
普通の神社と、建物の形が違う。 
入母屋造りだけど、前の方にひさしが伸びている。  日吉大社独特の造り。
   ※ 普通は、前に、雨や雪が来ないように、こんな形が多い

13年6月22日 (6)

ここの神社の建物の多くは、信長に焼かれた後に、建てられた。 1600年より、少し前。

これが、葵(あおい)です。

13年6月22日 (7)

西の方に向かったら、山の上に向かって。石段。
地図では近そうだけど、30分と書いてあった。

上に奥の院がある。 ああだこうだ言ってないで、行くしかない。
行くのが宿命のようなもの。

13年6月22日 (8)

奥の院は、とても大事なところ。
元々は、日吉神社の中心は、奥の院のある山の上だった。
大きな岩を祀って、神社にした。

そのうち、山の上に行くのは大変なので、山の下に、里宮として、東本宮などを作った。

私の歩く道には、いつも人がいない。 ※ 熊に気を付けてと、注意書きが。

13年6月22日 (9)

どうしてこの神社が、立派なのか。
ここの場所は、京都から見て、北東になる。
北東は鬼門と云われる。

平安京が出来てから、鬼門を守るということで、神社は発展した。
神社自体は、もっと前からあったようだが。

帽子で汗を拭く。 
  ※ 最近、洗いやすい帽子をかぶっている。
    帽子に汗のシミがついて、取れなくなったら、お終い。

13年6月22日 (10)

日吉大社の重要性は、もう1つ。
この神社は、昔は、日枝(ひえ)神社とも言った。 これは、比叡山のひえ。

今も、日吉神社は、比叡山の守り神。

13年6月22日 (11)

琵琶湖です。 美しい風景は、山に登っての、御褒美。 琵琶湖大橋が見える。

13年6月22日 (12)

参道は、最初と最後が立派なことがある。 もう少しかな。
右に見える大きな岩は、ワイヤーで縛ってある。 落ちないように。

13年6月22日 (13)

着きました。 2つの建物。 清水寺と同じで、懸崖(けんがい)造りですね。

13年6月22日 (14)

右は牛尾宮。 牛とあるので、祇園社と関係あるのかな。  左は、三宮宮。
奥の大岩は、金大巌(こがねのおおいわ)。 これを祀ったのが始まり。

13年6月22日 (16)

岩の前から撮影。

13年6月22日 (15)

他にどこかに行けないか、道を探した。 しばらく行くと、道は下っていた。

13年6月22日 (17)

戻る途中に、琵琶湖を撮影。



登りでも見た、岩の所に。 細いワイヤー。 
転がるからねって、転がってきたら、どうするんだろう。

13年6月22日 (38)

20分ほどで登って、10分で下りてきた。

この建物に、神輿が仕舞ってある。 特別公開。

13年6月22日 (19)

神輿の中に、神様いるって、知らなかった。
都合で、神様がどこかに行く時、神輿に乗る。

ここの神輿は、神輿の発祥と言っていいくらい古くから。

13年6月22日 (20)   13年6月22日 (21)

この神輿を担いだ、今年の山王祭。(5分ほどあるので、すこしだけでも)



西本宮を見る。

13年6月22日 (22)

忍耐地蔵。

13年6月22日 (23)

お地蔵さんは、こんなとこに、もぐり込んでいた。

13年6月22日 (24)

境内は広い。 登って、まだ奥に行く。

13年6月22日 (25)

白山姫神社。 

13年6月22日 (26)

西本宮。  国宝。

13年6月22日 (27)

拝殿から、西本宮。

13年6月22日 (28)

だんだん下がって、楼門の向こうに拝殿、その向こうに西本宮。

13年6月22日 (29)

石の橋が壊れていた。 仮の橋から撮影。

13年6月22日 (30)

橋を渡ったら、蕎麦屋さん。

13年6月22日 (31)

奥には、滝と料亭。 やっているのかな。 
全体に薄暗く湿っぽいので、私は・・・。

13年6月22日 (32)

戻る時も、あっちこっちに神社。 行くのが面倒になった。

13年6月22日 (33)


日吉大社では、猿は神様の使い。 神猿(まさる)と呼んでる。

13年6月22日 (34)

大宮橋。 この橋も、重要文化財。 だんだんと、ありがたみが・・・。

13年6月22日 (35)

大きな神社でした。
この近くは、他にも見所がありそうです。

比叡山へ登る道も、ありそうです。
いつかまた。

【今日の歌】   ベサメ・ムーチョの最終回。
         曲を作った本人、コンスエロ・ベラスケス(Consuelo Velázquez)が歌うのを。
         


【道の駅】  ガレリア・かめおか

【明日の予定】   今週の土曜日まで、京都にいます。 その後、穂高に向けて出発。
          この1週間は、どこも見られない日があります。   
          何かについて書きます。 ニュースかな。

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どこに行こうかと考えていたら、東風さんから電話。
近くに、安土城跡があるよ、って。
そう云えば、そこは、行くのを忘れていた場所。

信長は、家康と違って、家臣との結束が弱かったのか。
明智光秀に、裏切られる。

秀吉だって、何を考えていたか分からない。
本能寺には抜け道があったようだが、ふさいだのは、秀吉でないかと言われたりする。

天下が取れたなと思ったとき、「人間50年・・」と言って、本能寺でお終い。
今日は、信長の夢の跡に、行ってみた。
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安土城は、安土山の上に。



駐車場は500円。 ただ行ったとき、管理する時間が終わっていて、無料。
城跡に入るには、他に、500円。

 ※ 山全体は、寺の敷地。 それで、寺が料金を徴収。
   このことで、安土城跡の管理が不十分と、予想つく。
   春日山城や原城などの公的機関の管理と比べて、悲しいほどの差があると、後で知る。

 ※ 市は市で、安土城を利用して、収入を得たい。
   雨が降ったら水たまりができる空地を、駐車場にして、料金を徴収。

城跡を、市民の憩いの場として、開放している自治体と比べて、大きな差。
安土城、そして信長が、可哀そうに感じた。

ここが、入り口。

13年6月21日 (1)

城が出来たのは、1576年。 
武田勝頼を負かした、長篠の戦いの次の年。
あの戦いは、天下を取るための、仕上げの戦いだったと、分かる。
   長篠の戦い。 長篠城。 決戦の地、設楽原。 鳥居 強右衛門。~新城市~ 他 (2013/6/12)

13年6月21日 (2)   13年6月21日 (3)

昔は、安土山の南の部分だけが、陸地。 他は、琵琶湖に接していた。
干拓してこうなった。

13年6月21日 (4)

ここから、20分。 少し登った右に、前田利家邸があったと云われている。

13年6月21日 (5)

右に上がっていくけど、帰りは正面からの道で、ここに。 

13年6月21日 (6)

秀吉邸跡。  ここだけで、小さな城のよう。

13年6月21日 (7)   13年6月21日 (8)

上から見たら、このように。

13年6月21日 (9)

城を作った時、同時に、寺も作った。 摠見寺(そうけんじ)。
今残っているのは、山門と三重塔。 本堂は、柱の跡だけ。

この建物は、後に作った本堂。 この場所に、家康邸があったと云われる。

13年6月21日 (10)

城を、なぜこの地にしたかだが、ここは、交通の要衝の地と考えたんですね。
京都にも近い。 東西南北、どちらへの道もある。

13年6月21日 (11)

石段は続く。

13年6月21日 (12)

城を作る時、石なら、何でも利用した。  石仏も、このように。
信長は、あの世に極楽とか、ばちが当たるとか、まったく信心深くない。
 ※ 禅宗には、関心があったよう。 
   さっきの寺は、臨済宗(禅宗)の妙心寺派。

13年6月21日 (13)   13年6月21日 (14)

ここも、ある人の家の跡。 こんな場所はいっぱい。

13年6月21日 (15)

だいぶ、上がってきた。

13年6月21日 (16)

大きな石垣が、見え始めてきた。

13年6月21日 (17)

右に、大きな石。

13年6月21日 (18)

仏足石。  これも、どこかから持ってきた。

13年6月21日 (19)

右奥に、信長の本廟。 お墓。 ただ、ここには骨とかはなく、刀などの遺品だそう。

13年6月21日 (20)

天主の絵があった。 ※ 安土城では、天守と書かず、天主。
ただ、この絵は、正確かどうかは、分からない。 
 ※ 正確に描かれたものがあるんだが、見つかっていない。

普通の天守の上に、もう1つ建物がある。

右は、本廟。

13年6月21日 (21)   13年6月21日 (22)

※ 信長の墓は、まず、本能寺にある
      亀山城から本能寺まで ~京都市~  他  (2011/11/29)
   高野山にも
      奥の院には、歴史上の人物の墓がいっぱい ~高野町高野山~  コーヒーブルース(高田渡)  他  (2012/6/11)
   それから、ここの寺は、妙心寺派なので、京都の妙心寺にも。
     (妙心寺のは、供養塔。 公開していない塔頭と呼ばれる小さな寺にある。 妙心寺に行った時、気づかなかった)    

ここを登ったら、天主跡。 安土山の頂上。

13年6月21日 (23)

礎石が残っている。 周りに石垣。 石垣の高さから上が、1階部分。 その下は、地下。

13年6月21日 (24)

読みにくいけど、資料として。  東の、山の方。

13年6月21日 (25)   13年6月21日 (26)

琵琶湖が見えている。

13年6月21日 (27)

右は、信長の墓。

13年6月21日 (28)   13年6月21日 (29)

城全体は、このようだったと。(Wikipedia)

800PX-~1

別の道を戻る。 三重塔と、下に仁王門。 どちらも、重要文化財。
廃寺にあるように見える。  

13年6月21日 (30)   13年6月21日 (31)

1454年創建とある。 応仁の乱の1467年まで、あと少しの時代。

13年6月21日 (32)

下から、仁王門。  金剛力士像も、重要文化財。

13年6月21日 (33)

安土城跡を出て、信長の館に。  駐車場から見た、安土山。

13年6月21日 (34)

信長の館は、天主の部分を復元して、それを見せている。 500円。

13年6月21日 (35) 

復元したのは、天主の上の部分。

金箔は、本物。

13年6月21日 (37)

1992年に、スペインで万国博覧会があった。 その時の日本の出品が、この天主。
それを、旧安土町が譲り受けた。 

正面の壁に、この絵。 信心深くない信長だったが。

13年6月21日 (38)

城造りの様子。 
記録では、途方もなく大きな石が運ばれているのだが、どこにあるか、分からないそう。

13年6月21日 (39)   13年6月21日 (40)

「殺してしまえホトトギス」と云うように、信長は残忍だったと、云われる。
でも、武将は誰でもがそう。 殺すか殺されるかの世界。
1つ紹介。(Wikipedia)

  天正6年(1578年)12月13日、尼崎近くの七松で、謀反を起こした荒木村重の一族郎党の婦女子122人を
  磔、鉄砲、槍・長刀などで処刑した。
  さらに女388人男124人を4つの家に押し込め、周囲に草を積んで焼き殺した。

13年6月21日 (41)

信長の肖像画。 宣教師が描いたもの。 写実的なので、本物に近いかも。

13年6月21日 (42)   13年6月21日 (43)

信長の残忍性を、もう一つ。

   元亀元年(1570年)5月6日、杉谷善住坊という鉄砲の名手が信長を暗殺しようとしたことがあったが
   未遂に終わり、天正元年(1573年)に善住坊は捕らえられた。
   信長は善住坊の首から下を土に生き埋めにし、切れ味の悪い竹製の鋸(のこ)で首を挽かせ、長期間激痛を与え
   続ける拷問を科した。

13年6月21日 (44)

一番上の階。

13年6月21日 (45)

撮影できなかったが、天井はこのように。

13年6月21日 (46)

信長と家康の関係は、主従ではなく、同盟の関係。
信長には、長篠の戦で活躍した家康に対しては、絶大な信頼を置き、感謝の気持ちがあった。

安土城に来てもらって、盛大にもてなした。
この時の、宴(うたげ)の責任者は、明知光秀。
信長は、光秀のやり方が気に入らなかった。
若い蘭丸は、信長の命で、光秀の頭を、多くの人の前で、引っぱたいた。
光秀は、この恥ずかしさによる恨みを、忘れることはなかった。

この家康をもてなした宴は、1582年の5月15日から6日間。
  ※ その前の、3月11日に、武田勝頼が、天目山で命を閉じている。

そうして、光秀の恨みが消えていない、2週間後の、6月2日に、本能寺の変が起きる。

家康は堺にいたが、光秀も秀吉も誰も信用せず、まっしぐらに岡崎に戻る。
この時の命の危険は、家康にとって、生涯最大の危機だったと云われる。
家康が信用していたのは、信長と家臣だけだった。

家康のために準備した、食事。

13年6月21日 (47) 

やっと安土城が、少し分かりました。
電話をくれた、東風さんのおかげかな。

【今日の歌】  『ベサメムーチョ』 (Bésame mucho) 桂銀淑
         少しだけ、ベサメ・ムーチョ。 この人の魅力は、ハスキーな声。



【道の駅】  竜王かがみの里



【明日の予定】  日吉大社に寄って、亀岡の道の駅に。

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近江商人は、天秤棒(てんびんぼう)を担いで、物を売った。
そして、多くの者が世に出ていく。

高島屋は、近江の高島出身の人の息子が、創業者。
ワコールのコーは、近江(おうみ)の江(こう)。
蒲団の西川産業の西川家は、近江八幡の御三家。
武田薬品の最初の屋号は、近江屋。
他にも、まだまだ。

近江商人は、商売に対する考え方が、優れていたのか。
だとすれば、それは、何だったんでしょう。

農業だけでは食べていけない、だから出稼ぎ。
スタートは、そこだった。

いくら商売に成功しても、五個荘の我が家は、そのままに。
それが、町並みとして、今に残った。
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今日歩くのは、東近江市 五個荘町金堂。   ※ ごかしょうちょう こんどう。
東近江市は、数年前に合併した、新しい市。



 ※ 似た名前が、他にある。 
     ○ 熊本の山の中に、五家荘(ごかのしょう)。 平家の落人部落。
     ○ 岐阜県に、五箇山(ごかやま)。  合掌造りの家。

車は、観光センターの駐車場に。 地図は、ここでいただく。

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雨が小降りになるのを待ったが、降り続く。 仕方なく、歩き出した。

13年6月20日 (19)

東に山があるので、豊かな水。
  ※ 田舎の湧水は、昔のままに出る。
    でも、この地方のように、工場などが水をくみ上げると、枯れる湧水が出てくる。

13年6月20日 (1)

五個荘の荘は、荘園の荘。 平安時代頃か、荘園が5つあったので、この名前。

13年6月20日 (21)

コイを大事に育てている。 
   ※ せっかくだから、恋が育つ(叶う)町にも、できないかな。

13年6月20日 (22)

大きな立派なお寺。 檀家の力がないと、建てられない。 近江商人の力か。

13年6月20日 (3)

1764年の建物。 重要文化財。
棟梁の、高木作右衛門但馬と云う人は、江戸時代の近江を代表する棟梁のよう。
                ※ 本願寺八幡別院表門など、今に残っている建物が、他にもある。

13年6月20日 (4)   13年6月20日 (23)

近江商人が何なのか、私は何も知らない。
三大商人と云うのがあるんですね。 大阪商人、近江商人、伊勢商人。

ここは、住宅地。 

13年6月20日 (5)

水が増えている。 ハスかな。

13年6月20日 (6)

ここもお寺。

13年6月20日 (7)

ほとんどが、昔風の家。 新しい家も、そうしているんですね。

13年6月20日 (8)

このようにタバコを売って、商売になるのでしょうか。 懐かしいお店。

13年6月20日 (9)

美しいお堂です。  看板がなければ、病院とは分からない。

13年6月20日 (24)

蔵の戸の開け閉めは、この鉄の棒を使うんですね。

13年6月20日 (10)

近江商人は、鎌倉時代に始まった。 そして、戦前まで。 ※ ただ、今でも使われることもあるよう。

感じのいい通り。

13年6月20日 (25)

天秤棒を担ぐ商人の代表は、近江商人なんですね。
こんな恰好をして。 (写真は、近江商人博物館のHPからお借り)
 
om-image.jpg   ob-image01.jpg

仲間で歩けるときは、そうしたのかな。 盗賊だっているから。

ここは、中江準五郎邸。
百貨店を経営した時代があって、中国や朝鮮にも店があった。

 ※ 有料で見学ができるが、見学する家は決めていた。 
   家並みから離れた所にあって、車で行く。 行ったら、閉めた後だった。 4時半過ぎ。
   だから、家の中は、どこも見られなかった。

13年6月20日 (13)

13年6月20日 (12)

天秤棒を担いで、何を売っていたかですね。 こんなのです。(どこにあった資料か、分からなくなった)
遠くは、江戸の方まで。

hhhggg

お蕎麦屋さん。 最近、外食はほとんどしていない。

13年6月20日 (14)

店を構える商売と比較して、天秤を担ぐ商売に、有利な点はあるのか。
問題は、これですね。

歩くために、各地の情報が分かる。 
その土地では、どんなものが、いくらで生産されているか。
ある物が、いくらで売られているか。

これが分かれば、どこで仕入れて、どこで売れば儲かるかが分かる。
近江商人は、頭を使う商売をしていたと、分かりますね。

1つのことに知恵を使う習慣は、その人の中で、広まっていく。
商人として、賢くなっていく。

地図の、花筏(はないかだ)通り。 ※ 花筏は花の名前、こんな花

13年6月20日 (26)

近江商人としての知恵や考え方が、家訓とかによって、まとまっていく。
行動哲学と考えてもいいですね。 こんなのが。(Wikipedia)

  ○ 三方よし 「売り手よし、買い手よし、世間よし」

    売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて
    地域社会の発展や福利の増進に、貢献しなければならない。

売り手の姿勢ですね。 
また、このように世間から見てもらえないと、売れないと考えるんですね。
もちろん、一番大事なのは、自分の利益だけど、それを見透かされたら、商売は失敗すると・・。

外村宇兵衛邸。 ここも、呉服商。

13年6月20日 (16)

中です。

13年6月20日 (15)

もう1つ教訓を。
  ○ 利真於勤  ※ 利は勤むるにおいて真なり、と読むよう。

     利益は、その任務に懸命に努力した結果に対する「おこぼれ」に過ぎないという考え方であり、
     営利至上主義の諫め。

別の道を、戻っている。

13年6月20日 (17)

勝海舟が、面白いことを言っている。
近江商人の心と云うか魂は、芭蕉が吹き込んだ、と云うんですね。

芭蕉の考える力は、単なる俳人ではなかった。

近江商人の隠居は、教養の1つとして、俳句をたしなんでいた。
芭蕉は、何度も近江を訪れている。

「近江商人は、芭蕉の教導訓示によりて出来たもの」と、勝海舟が言っている。
人間賢くなるために、師と仰ぐ人間がいても、おかしくない。

13年6月20日 (28)

天秤は、肩に食い込む。 山道を歩くのは大変。
近江商人の誰もが、「てんびん千両、てんびん千両・・」とつぶやいながら、遠くに夢を見ていた。

13年6月20日 (29)

車で、ここに来た。 藤井邸。
4時半を過ぎていて、閉まっていた。

ここは、糸店を経営。 小町糸を発売した。 1代で財を成したそう。

13年6月20日 (18)

五個荘金堂は、伝建地区です。
出稼ぎに行くけど、屋敷は残っている。
そんな家並みを見ました。 初めてでした。

【今日の曲】  ベサメ・ムーチョ。  ギターと踊り。 女の人を扱うように、ギターを・・。



【道の駅】  竜王かがみの里



【明日の予定】  近くになければ、京都の方かな。 きっと、雨の一日。

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思わず声の出る美しさ。
鍾乳洞には、それがなければ、人は行かない。
関ヶ原鍾乳洞は、それの、ずっと手前の段階だった。

近くに、石の作品を展示・販売しているお店があった。
見るだけでも大丈夫なので、行ってみた。
輸入物も、たくさんあった。
よかった。 退屈しなかった。
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場所は、関ヶ原の戦いがあった近く。

※ この辺りか、昨日いた大垣辺りは、麺類のスープの違いの、分岐点ですね。
  東は、醤油っぽい。  西は、透明の塩っぽい。

  自分は醤油の味が好きだけど、醤油の味で誤魔化されているようにも。
  透明のスープは、ダシの味で、勝負している。



駐車場のそばには、昔ながらのお土産屋さんが。
今日は、自分がいるときは、他のお客さんは来なかった。
赤○が、入り口。

13年6月19日 (1)

入ってしばらくは、人が掘ったトンネル。 100㍍以上。

13年6月19日 (2)

鍾乳洞に着いたと思うが、狭かったから広げたのか、人が彫った感じに見える。
角(かど)のある岩が多い。

13年6月19日 (3)   13年6月19日 (4)

ありました。  下にあるのは、石筍(せきじゅん)ですね。 確かにここは、鍾乳洞。

13年6月19日 (5)

上と下がつながったので、石柱。

13年6月19日 (6)

鍾乳石が、天井にいっぱい。  高い天井も、網越しにしか見られない。

13年6月19日 (7)

ここにも。

13年6月19日 (8)

ライトのそばには、緑の植物。 たくましい。

13年6月19日 (9)

網がなく、撮影できた。

13年6月19日 (10)

鍾乳石は、小さな規模で、数か所でお終い。
透明感のある鍾乳石は、ない。

川が流れている。

13年6月19日 (11)

ニジマス。 

13年6月19日 (12)

また彫ったようなトンネルが続く。  岩に角があるので、彫ってると分かる。

13年6月19日 (13)

群れで、ニジマス。 人がいないと、いつも暗闇。 普通に生きられるのだろうか。

13年6月19日 (14)

ほとんど、人口のトンネルだった。
これでも、700円。 きびしい。

13年6月19日 (15)

多くの鍾乳洞を見てきたけど、これでいいのかなって、思った。

※ どうしたらいいのかですが、

  鍾乳石に透明感がないから、普通のライトアップでは、美しく見えない。
  それで、カラーの照明にする。
  
  駐車場の周りは、花でいっぱいに。
  美味しいものを安く提供する。
  水遊びができる、公園とかも。

  それで、入洞料は、300円か400円。 
  何とかしないと、今の施設が老朽化したら、そこでお終いになってしまう。

今まで行った鍾乳洞のいくつかを、紹介します。

 無数の鍾乳石が連なる、飛騨大鍾乳洞。 全長、800㍍。 標高900㍍。~高山市~ 他 (2013/5/21)
 東洋屈指の大鍾乳洞 秋芳洞は、中が広かった ~美祢市~  わかれうた(中島みゆき)  他  (2012/4/19)
 龍泉洞 ~地底湖は青い幻想風景 岩泉町~   他  (2010/9/27)
 乙字ヶ滝  小町伝説が残る、小野町  レベルが違った、あぶくま洞 ~阿武隈山地~   他  (2010/7/19)
 竜ヶ岩洞 ~地底の神秘~    他  (2009/11/11)
 滝観洞(ろうかんどう)   他  (2009/10/03)
 たんぼアート  当麻鍾乳洞  滝上 ~旭川から滝上へ~   他  (2010/8/13)

関ヶ原マーブルクラフトに行く。 情報誌に載っていた。



ここは、基本的にはお店。 個人も来るが、観光バスがやって来る。

13年6月19日 (16)

輸入物の像。 1体、数百万円。

13年6月19日 (17)

価値は分からないので、値段の見当はつかない。

13年6月19日 (18)

いい表情を見つけるのも好き。

13年6月19日 (19)     13年6月19日 (20)

彫り方としては、コンピューターを使った機械で、だいたい彫ってしまう。
仕上げで、人が手を入れる。 そんな作り方と、説明してくれた。

13年6月19日 (21)

細かな石を、貼り付けた。

13年6月19日 (22)

別の部屋。 ここにいるだけでも、楽しい。  全部商品。

13年6月19日 (23)

小さなさざれ石。 この地方の山で産出される。 伊吹山に登った時、見つけた。

 ※ 国歌に出てくる石なんだが、これについては、考え方がたくさんある。
   国歌の起源も、うちが本家と言ってる所が、いくつもある。   

13年6月19日 (25)   
13年6月19日 (24)

ここの部屋には、安いものも。
像は練(ね)り物と云われるのが多い。 
自然の石ではない。 それでも、大きいのは100万円。

13年6月19日 (26)

こんなのが。 可愛いというか。 個人のものを、この店に。

13年6月19日 (27)

小さな磨崖仏のよう。  右は、道祖神。

13年6月19日 (28)   13年6月19日 (29)


何でしょう。 キノコのお人形か。

13年6月19日 (31)

本当に気に入ったのがあれば、買う可能性はあるんですが、滅多に見つからない。

※ 例えば、佐藤忠良の小さな作品が、10万円以内であれば、買うかもしれない。
  条件は、眺めていているだけで、退屈しないもの。 顔のレリーフとか。

13年6月19日 (30)   13年6月19日 (32)

鍾乳洞では物足りなかったですが、その後、いいものが見られたです。
店の人には、買わないのに、ていねいに説明していただきました。 感謝。

【今日の歌】    Besame Mucho Chacha (べサメ ムーチョ チャチャ)
           チャチャというのは、リズムなんですね。
           女の人の動きが、男に合わせているというより、私は私、って感じでしょうか。



【その他】  ネットに、下のような文が。  全文は、ここに

若者がこんなに、自ら死を選ぶのは、先進国では、日本だけとある。

私が知りたいのは、どうして、日本だけなんだろう、ということ。

無題ppkpplp

こんな風に思うでしょうか。
他の国と、どこが違うか。

日本は、いじめの国。 いじめ社会で、みんな生きている。
自分の意に沿わない者に対しては、冷たい。
行動をとらないにしても、心に中では、冷ややか。
私を含めて、日本人の多くがそう。

人は人って、個人の生き方を認めない。

みんな一緒の考えになって、安心したがる。
変な方に考えがまとまって、戦争までやってしまった過去がある。

どんな職場にいても、人との関係を作るのは、非常に難しい。 苦労する。
考えが違うことを尊重しないから、そうなってしまう。

何かを決めなければならない時だけ、会議なり、話し合って、決めればいい。

社会が、大人がこうだから、学校からいじめは消えない。
いじめの学校では、一人一人が自立して、たくましくは育たない。
生き抜く力が身に付かないまま、社会に出ていく。

真面目に生きようとする若者ほど、社会の矛盾には気づかないで、責任を自分に持っていく。
自分には、生きる力がないとなってしまう。
夢も希望も消えてしまう。  その結果が・・・。

  ※  日本は、イタリアとサッカーで戦った。(コンフェデレーションズカップ)
     惜しくも、4対3で負けた。

     そのイタリアの国の子供たちは、こうです。
     女の子たちは、いじめる暇があったら、おしゃべりをして楽しむ。
     男の子は、いじめる暇があったら、サッカーをして楽しむ。

     友達は友達、自分は自分。 楽しむのが先。
     生きる基本を、それなりに、子供の時に、身に付けている。

  ※  矢口真里が、不倫して、離婚して、パッシングを浴び続けている。
     ネットのニュースに、ここ最近、ずっと流れている。
     どうしてこうなるか。
     矢口真理に対する、人々の視線の冷たさが、こうなるんですね。
     関係ない人間が、ほとんどなのに。

私は、ボクシングの亀田兄弟が嫌い。
試合では、負けてしまえと、思う。
しかし、これがダメなんですね。 いじめの心なんですね。

言ってることが、おかしいんでないかって、思うのはいい。
でも、負けてしまえは、良くない。

人は人、と考えるのは、こういうことかなと思う。

社会の仕組みは、簡単には変わらない。
どうすればいいのでしょう。

誰か、名の知れた知識人が、日本社会の問題点を、声を大にして語ってくれないかな。

行きつく先の分からない、企業の競争が続く中、
若者を取り巻く、労働のの環境は、ますます厳しくなっている。
安い給料。 長い勤務時間。 機械を使うように、人を使う。

社会の仕組みを大きく変えるのは、政治しかできないんだが、民主党は何だったんだろう。
一人一人の力が、あまりにも、無さ過ぎた。
政治を学んでいなかった。

自民党は、何かをできるでしょうか。
企業からの献金をもらっている党に、若者が夢を持てる社会をって、期待できるのか。

社会は、泥沼に進んでいるようにも、見える。
競争の果てに、田舎はどこも、シャッター通り。
誰の目にも、未来に、光は見えない。
どうしたら・・・。

このことについては、また考えてみますね。
今日は、ここまで。

自分に出来ることは、まず、自分が変わることかな。

【道の駅】 近江母の郷



【明日の予定】  明日も雨。 どうしましょう。 風があったら、歩けないかな。
         長浜が近い。  ひこにゃんの彦根城は、見たし。

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おくの細道の旅は、大垣で終わった。
どうして、大垣なんでしょう。
北陸から下りてきて、中山道にぶつかった場所。

芭蕉は、伊勢にも行きたかった。
伊勢への道は、もう、奥の細道の雰囲気ではない。
そんなことで、終点を大垣にしたのか。

 ※ ずっと一緒だった曾良(そら)とも別れていた。
   少し前の山中温泉で。 曾良が腹痛。
   曾良と別れてからは、どこかで、奥の細道の旅はお終いと、考えていたかも・・。
    
立派な記念館があった。
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大垣(おおがき)は、中山道の赤坂宿があったところ。
街道の、交差点に。



これを見て、大垣市が、芭蕉を大事にしていることが、見えてくるでしょうか。

13年6月18日 (1)

奥の細道は、東北のイメージが強いので、旅の最後の方には、関心が弱かった。
芭蕉の句の秀作は、北方面に多い感じがする。

むすびの地と云う表現は、大垣市が考えたのかな。 最後の地と云う意味ですね。

13年6月18日 (3)

上の写真の右側。 資料館は、広い。

13年6月18日 (2)

入館料300円。

13年6月18日 (26)

このような展示。 見る前に、15分ほどの映画を見た。 立体的に見える眼鏡をかけて。

13年6月18日 (5)

奥の細道は、芭蕉が書いた旅行記。 みんな書き写すから、いろんなのが残っている。
芭蕉が書いたのは、左上。

13年6月18日 (4)

ずっと行方不明だったのが、平成8年に発見されたとある。
芭蕉はいつも、推敲(すいこう)を重ねる。  芭蕉の句は、どんどん変わっていく。

13年6月18日 (19)

「月日は百代の・・」で始まる、1ページ目。

13年6月18日 (6)

上について、いくつか。

① 古人は、西行のこと。 他にもいるけど。

② 片雲は、ちぎれ雲のこと。 ちぎれ雲には、自由を感じるでしょうか。
  下の歌が、大好きです。 久しぶりに聴きます。



③ 白河の関を越えたら、陸奥(むつ)。 陸奥は、おおざっぱには、東北かな。
  能因法師の、「霞とともに たちしかど 秋風ぞ吹く 白川の関」を、意識してると説明にあった。

   ※ 能因(のういん)法師は、平安時代中期の人。
     西行は、能因法師の歌を知って、東北を旅する。 平安後期。 
     芭蕉は、西行の500年後に、西行を追うように旅をする。
     芭蕉を追う人は、数えきれない。

   ※ 百人一首の「あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり」は、能因法師の作。

④ 最後の方に、ひなの家とある。 
  手放した家に、新しい家族が住むけど、女の子がいたよう。

山寺の部分の説明。 何とか読めそうなので、載せます。

13年6月18日 (7)

その句について、色々と。
 ※ この句を知ったのは、小学校の5年の時でした。 担任は、山形県の隣の秋田県出身。

13年6月18日 (20) 

   山寺 ~人でいっぱい。 みんな、芭蕉のおかげ。 山形市山寺~  他  (2011/10/18) 

最上川です。 「五月雨を…」の句。  船に乗る前から、それなりの句は出来上がっていた。
芭蕉にとっては、よくあること。 行ったつもりになって、作ってしまうことも。

13年6月18日 (8)

「はやし」は「すずし」だった。

13年6月18日 (21)

最上川。 日本海に出る、少し前で上陸。 羽黒山に行くためかな。

13年6月18日 (25) 

  最上川船下り ~五月雨を あつめて早し 最上川~    稲刈り   他 (2009/09/29)

むすびの地、大垣。 

13年6月18日 (9)

記念館が、どうしてこの場所なんだろ、と思っていた。
芭蕉は、この近くから船に乗って、大垣を去り、伊勢に向かったよう。

13年6月18日 (14)

※ 芭蕉は伊勢に着いて、下の句を詠んだ。

201304300846344eab 

   伊勢神宮外宮。 古市参宮街道を通って、内宮へ。 おかげ横丁。~伊勢市~ 他 (2013/4/29)

隣の展示室。

13年6月18日 (10)

奥の細道の最北の地は、象潟(きさかた)。 
でも、象潟の資料は、何もなかった。 残念。
芭蕉が行った頃は、今と違って、松島のように、島がいいっぱいあった。
  
   象潟や 雨に西施が ねぶの花   他 (2009/09/21)

西行500回忌に当たる元禄2年(1689年)に、奥の細道の旅に出る。
芭蕉、45歳。 亡くなるのが50歳。 
これだけ歩くのだから、健康面は、まだ大丈夫だったんでしょうね。

13年6月18日 (11)

13年6月18日 (13)     13年6月18日 (12)     13年6月18日 (15)

こんな持ち物。 カッパがある。   文字を書く道具も。

13年6月18日 (16)     13年6月18日 (17)

芭蕉は、源氏物語を読んでいたんですね。

13年6月18日 (18)

45歳より、年取って見える。  曾良は、40歳。
曾良の袋の中に、上の写真の、もろもろが入っている。

草鞋(わらじ)は、靴擦(くつず)れしないのだろうか。 草鞋ずれというか。
右の写真は、出発地点。

13年6月18日 (24)     13年6月18日 (23)

お土産コーナー。

13年6月18日 (27)

祭りのときの、山車(だし)ですね。 デザインが、凝っている。 

13年6月18日 (28)   13年6月18日 (29)

※ 動画があるので紹介。 子供が何人も乗っている。



この記念館には、地元の人の紹介もあって、それに関係する、別荘。

13年6月18日 (30)

記念館のすぐ横。 芭蕉は、この近くから出発。 
少し向こうに、芭蕉の像があることを、後で知った。

13年6月18日 (31)

立派な記念館でした。
東北にも、同じようなのが出来ないかな。 天童市辺りに。
芭蕉が、奥の細道で、本当に行きたかったのは、あっちなんですから。

夜から雨。 台風の影響。 
いつまで降るのでしょう。

【関連ブログ】   中尊寺 高館義経堂  他  (2009/7/2)
            松島 ~五大堂・観瀾亭・雄島・瑞巌寺~   他 (2009/10/07)
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【今日の歌】  プレスリーです。 彼は、全身で歌う。 心を躍らせるように。
        ベサメ・ムーチョ(いっぱいキスして)。
        曲名通りの画像が、数枚。



【道の駅】    池田温泉   ※ 新しい道の駅。



【明日の予定】  雨が強かったら、関ヶ原鍾乳洞。  止めば、関ヶ原を歩く。

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  • 2013年06月
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下呂温泉。  湯のまち雨情公園・温泉寺・足湯。~下呂市~  他 (2013/6/30)
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安土城跡は、信長の夢の跡。  安土城天主、信長の館。~近江八幡市~  他  (2013/6/21)
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大垣は、おくのほそ道 むすびの地。  ここから、伊勢に向かう。~大垣市~  他  (2013/6/18)
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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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