キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

雨の量が多く、昼を過ぎても止みませんでした。
明日晴れるので、明日にしました。

放浪記を書いた、林芙美子の像に会うのが、楽しみ。  ※ 前回撮影した彼女の像の顔
そして、坂を歩いてきます。

【瀬戸大橋を渡る】

28日に、渡りました。
渡る前に、「町川うどん」というお店で、天狗うどんを食べました。 
お世話になった、Mさんに教えていただきました。 天狗で、具が10。
いくらだったかな。 安いんですよ。 530円だったか。

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今回、高松では、美味しいものをたくさん食べました。
小豆島と高松に、こんなにいるとは、思いませんでした。

私は、剣山に登らなければなりません。
 ※ いつでも登れる山とバカにしていました。
   そうしたら、登りに行ったら、ずっと雨でした。
   今度は、謙虚な気持ちで行きます。   

来年の春、九州から四国に渡ると思います。
善通寺など、見てないところに行きます。
その時はまた、Mさんにお世話になります。

※ 途中、愛媛県の松野町に行くと思います。 気になっている町。

【尾道の後のコース】

安芸灘(あきなだ)諸島に行きます。 2度目。
御手洗(みたらい)、恋が浜、十文字山など、見所はいっぱい。
御手洗は、伝建地区。

「安芸灘の風」の舞台です。 画面をクリックしたら、YouTubeに。 (埋め込めれない)
御手洗の写真。 高灯篭の側かな。

akinada32434.jpg 

広島の旅人さんが、出て来ないかなって思っています。
でも、正月だからね。

その後は、旅人さんの所に寄って、宮島、錦帯橋に寄って、一気に、島原かな。
一気に、長島かもしれない。 車の電気関係の整備。  
いつもお世話になっている、Uさんの所。

その後は、天草諸島。

【その他】

「北の岬」のアクセス数が、3万を越えたので、載せさせてくださいね。
忘れていたけど、全部で、4つのパターンをYouTubeにUPしていました。
そのうちの3つを、ここに。 曲は同じなので、気に入ったのだけ聴いてください。
次は、4万の時に。
今日は、他のもいくつか。



kitanomisaki7671.jpg  kitanomisaki7672.jpg  kitanomisaki7673.jpg

 ※ 2番の歌詞の「オムイ」は、雄武町のアイヌ語です。  雄武町は、オホーツク沿岸に。  作曲は、札幌のTさん。





冬の旅路。 5000を越えたところです。 1年前ですから、まあまあ。



北の旅人   1000を越えたところ。 この秋にYouTubeに。   編曲は、札幌のTさん。



※ 画面の場所は、下の通り。
   函館の夜景  札幌大通り公園  中富良野富田ファーム  積丹神威岬  函館赤レンガ倉庫
   中標津開陽台  サロマ湖  利尻岳頂上  足寄町オンネトー  襟裳の近くの黄金道路
   襟裳岬  オホーツクの原生花園駅  羅臼港  小樽運河  根室風蓮湖  タウシュベツ川橋梁
   宗谷岬  稚内  (歌詞)  美瑛ビルケの森  美瑛の丘  積丹の海  黒岳  摩周湖
   襟裳岬への道  登別地獄谷  美瑛の丘  北見ピアソン記念館  落石岬  黒岳頂上  
   美瑛青い池  礼文島  札幌大通公園  斜里  根室納沙布岬  旭川買物公園(佐藤忠良の像) 
   礼文島  落石岬  稚内(百万本のバラの、ニーナさんのお店)


最後に3曲。 全部、同じ曲です。 
   (写真の半分は、私のブログから。 編曲は、札幌のTさん。  題名は、柳川の銀河宙太さん)



この子は、大きくなって、上手になっていますね。



曲名は、雨に消えたあなた。 ベトナムの歌。



みなさん、よいお年を迎えてくださいね。
読んでいただき、応援していただき、ありがとうございました。
来年もよろしく。

※ 道の駅の目の前で、ライトアップ。

12年12月30日 (1)

12年12月30日 (2)

【道の駅】  笠岡ベイファーム

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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香川県と岡山県の間の瀬戸内に、塩飽諸島(しわくしょとう)がある。
島の数は28。
瀬戸大橋は、その島々を渡って、四国と本州を結んでいた。

一番大きな島は、本島(ほんじま)。 
本島にある、笠島の町並みは、伝建地区に選定されている。   ※ 重要統的造物群保存地区
江戸時代には、塩飽(しわく)水軍の根拠地であり、小さな城下町だった。
    ※    ※    ※    ※

道の駅うたづ臨海公園から、丸亀港まで歩いた。 4㌔ほど。
そこから、船。
  ※ 前日、間違って高速に入って、与島まで行ってきた。 無料。  戻る時、坂出市の夜景を見た。 何万ドルかな。
瀬戸大橋の近くの島は、塩飽(しわく)諸島の一部。

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しばらくこの道を歩いて、途中から、さぬき浜街道。

12年12月27日 (57)

時間帯によってフェリーもあるけど、乗ったのは、この船。 ボートのよう。
往復、1010円。

12年12月27日 (58)   12年12月27日 (59)

12時10分発。  私は、後ろのデッキにいた。 椅子に座って。

12年12月27日 (60)mmm

12年12月27日 (61)

あっという間に、丸亀港が遠くなった。

12年12月27日 (62)

途中の牛島で、何人か下船した。  島には、十数人、人が住んでいる。

12年12月27日 (63)

本島が見えた。 泊港に船は入る。

12年12月27日 (64)

12年12月27日 (65)

こんな島。 右上の、笠島地区に行く。 ここが、伝建地区。

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歩きだしたら、この看板。 ある芸術家さんの所のよう。
何言ってんのかが、分からない。  岡山弁か、讃岐弁。
「ここへこい」を、口を動かすのが面倒、って感じで言うと、「こけえけえ」 になるような。

文字を見ないで、会話を続けていくと、どんどん変わるんでしょうね。
それが、方言の生まれる、原因かな。 昔の話ですが。

本島小学校の前を通って。

12年12月27日 (1)kk   12年12月27日 (2)

廃寺。 島の中では、最古の寺だった。 創建は729年。
江戸時代には、島に、24の寺があったそう。 小さな島で、この数。 島の繁栄振りがわかる。
今は11。  住職さんがいるのは3つ。(ネットの情報)

※ 無人の寺がいっぱいある。
  行く所がなくなったら、寺の番人でもやらせてもらおうか。
  私は、お化けはまったく怖くない。 夜、墓地歩くの平気。 人や熊の方がずっと恐ろしい。
      人吉市の幽霊寺で見た幽霊。 お土産に買った、幽霊のお人形。 こんな幽霊なら、会ってみたい。

12年12月27日 (3)

塩飽勤番所。

12年12月27日 (4)

塩飽諸島は、珍しいことに、自治が認められていたんですね。
なぜでしょう。
塩飽水軍として、他にはない、組織をまとめる力だあったのでしょうか。
幕府は、それを利用した。
武士でない者たちが、政治を任された。 それが、珍しいんですね。

ここは、政治が行われた中心。

12年12月27日 (67)

中が見学できた。 200円。

12年12月27日 (66)   12年12月27日 (5)

天下を取ると、このように、命令できるんですね。 逆らったら大変。
活躍すると、何かを与えられる。
誰かが所有していたものを、与えられる。 秀吉は、痛くも痒くもない。

12年12月27日 (6)   12年12月27日 (7)

なぜ、ここに咸臨丸なんだ、と思った。

12年12月27日 (8)

こうだった。 咸臨丸(かんりんまる)の乗組員は、50人。 そのうち35人が、塩飽(しわく)の出身。
水軍としての力は、並ではなかった。
咸臨丸は、日本で最初に太平洋を横断した船。

左の絵は、見たことある。 どこでかって。 咸臨丸が沈没した、北海道の木古内です。
※ その時、見た絵。 

12年12月27日 (9)   12年12月27日 (12)

 ※ 北海道に・・。 サラキ岬(咸臨丸) 他 2009/07/15

乗組員が、持ち帰ったもの。

12年12月27日 (10)   12年12月27日 (11)

のどかな雰囲気。

12年12月27日 (13)

鏝絵(こてえ)です。 立派ですよ。
左官の人が、遊びで始めたと思うけど、芸術品のレベルまでに高めた。

12年12月27日 (14)   12年12月27日 (15)

※ 鏝絵は、西日本に多いでしょうか。  今まで見た、いくつかを紹介。
    その①(丹後半島 伊根)   その②(国東半島 日出(ひじ)町)   その③(宮崎県日南市の飫肥(おび))

伝建地区の入口に来た。 向こうに少し行ったら、専称寺。 
法然が土佐に流されるとき、数ヶ月ここにいたという。(パンフレット)

※ Wikipediaでは、法然は土佐でなく、実際は讃岐に流されたとなっている。
  この島にも来ている。 讃岐のあちこちに行っている。 約10ヶ月。
  法然75歳。 先日行った法然寺は、その法然を偲んで建てられた。

12年12月27日 (16)

町並みに入っていく。

12年12月27日 (17)

笠島の良さは、建物のほとんどが、古い建物なんですね。
どうしてそうできたか。
それは、古い家並みの価値に、気づくのが早かった。 誰かが、まず気づいたんですね。
そして、周りに訴えた。 地域の声が、1つにまとまった。
昭和60年の話です。 きっと、大変な取り組みでしたよ。

古い昔を大事にして何になるのよ、と思うかも知れない。
でも、昔を大事にすることが、今を大事にすることに、繋(つな)がるんですね。
そして、さらに、未来に生きる子供達の幸せをも願うことに・・・。

塩飽水軍の基地でもあった。

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どの道を歩いても、遠くは見えない。  戦略上、こうしたんですね。

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白壁、または、板壁。 2階は、中2階でしょうか。 低い。 商家の建物の感じ。
正式な2階建ては、制限されていた時代があったようです。

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いい感じ。

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通りの名前が、面白い。 塩飽の男は、逞(たくま)しかったのか。

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右の建物は、町並み保存センター。 ここに入る。 管理人が、説明してくれた。

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江戸時代の建物。 この島を統治する、年寄りと呼ばれた人の建物。

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左は、蔵への入口の戸。 戸を引くと軽い。 台車のような部分も、動く。 不思議な仕組み。
右は、天井は船の底の感じ。  船大工が造るからか。

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小さな火鉢。 船の中でも、大丈夫。  灰皿。

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船のタンスは、沈没しても、タンスは、水にプカプカ浮く。  右は、「ほうこうさん」という、高松市の郷土玩具。

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外の蔵。  たての柱が、細い。

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焼いた板は、腐らないのか。

12年12月27日 (33)

これは、小路。

12年12月27日 (34)

立ち話です。 私のカメラに気づいて、話をやめた。
お願いして、話を続けてもらった。

12年12月27日 (35)

12年12月27日 (36)

管理人さんが、見晴らしのいい所があるよって、連れて行ってくれた。

12年12月27日 (37)

小さな島での伝建地区は、ここと広島の御手洗(みたらい)でしょうか。 
私は、御手洗で年を越すのかな。

12年12月27日 (38)

一番左の建物は、タバコを乾燥する建物ですね。

12年12月27日 (39)

 ※ 上のような建物は、昨年、白石島で見ました。 ここから近い島。

笠島城跡に登った。

12年12月27日 (40)

専称寺に向かっている。

12年12月27日 (41)

小さなお寺。

12年12月27日 (42)

この島の、お偉い人の墓。 墓石の形が、変わっている。  巨大な、位牌。

12年12月27日 (43)

町並みに戻ってきて、遠見山の展望台へ。

12年12月27日 (48)

右に上がると、尾上神社。 その左の道を行く。

12年12月27日 (49)

いい道です。

12年12月27日 (50)

瀬戸大橋。 橋ができたことが、島に大きな潤いをもたらすことはなかった。

12年12月27日 (51)

与島。  パーキングがある。

12年12月27日 (52)

港に、戻る。 梅の木かな。
やっと分かった。 梅の木が、デコボコになる理由が。

梅の木は、伸びすぎた枝を、切る。 つまり、剪定(せんてい)。
あっちに伸びようと思ってて切られたら、こっちに伸びようとする。
それで切られたら、そっちに伸びようとする。
そんなことをしているうちに、枝は、ガタガタになる。 

子供と一緒かな。
あれしたらダメ。 これしたらダメ。
そう言われているうちに、どうしたらいいか分からなくなる。
萎縮した子供になってしまう。

正しいかどうかなんて、大きなことではない。
せっかく、自分で動こうとしているのに、・・・。

12年12月27日 (53)

勤番所に、戻ってきた。

12年12月27日 (54)

お墓。   えんどう豆。 そばに、笹を立てている。 どうして?

12年12月27日 (55)   12年12月27日 (56)

島を後にした。  帰りは、フェリー。

12年12月27日 (70)

月を見ながら、1時間ほど歩いた。  道の駅の近くに、こんな建物。

12年12月27日 (71)

笠島は、昔がいい状態で残った、魅力あふれる、伝建地区の町並みでした。
今日の笠島も、Mさんのおすすめでした。
おかげで、高松そして讃岐の魅力を、楽しませていただきました。

明日(28日)、瀬戸大橋を渡ります。
今年も、あと少し。

【その他】  写真について。
     ほとんどは、新しい、X-E1で撮っています。 時々、以前のX-100。(これは、近々修理に)
      ※ 今日のでは、船での写真が、X-100。 しぶきが飛んだので。 他に少し。 
     X-100の方は、広く撮れます。(X-100は23mm。 X-E1は35mm)
     新しいカメラのレンズと同じ明るさ(F1.4)の、23mmのレンズが、来年の春には発売されます。
     レンズをその都度取り替えるのは面倒なので、そのレンズを付けたカメラを買うことになると思います。
     新しいカメラを買うと、お酒を買うお金がなくなる。 

     ズームレンズは便利ですが、今のブログの写真は、撮れません。
     他には、ワイドと望遠のレンズがあります。 マクロもあるか。
     これらは、将来的な話ですね。 いいレンズが出たとき。     

【今日の歌】



【道の駅】   笠岡ベイファーム



【30日の予定】  尾道   久しぶり。 楽しみです。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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「 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ 」(崇徳天皇)
「 嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな 」  (西行法師)

百人一首にある歌。 「われても」「かこち」で、知ってる人が多いと思う。
   ※ われても~~今は分かれてても、いつかは一緒に。
     かこち~~~月のせいにして、本当は恋の悩みなのに。 託(かこ)ちは、~~のせいにして。 託(たく)すと似た意味。
   ※ 詳しい解釈は、こことここに

上の2人が、今日の登場人物。  

崇徳(すとく)天皇(上皇)は、保元の乱に負けて、讃岐のこの地へ流された。
悲嘆の生涯を過ごし、ここで閉じることになる。
西行は、流された崇徳天皇を励まし、亡くなった後も、この地の白峯(しろみね)の陵(みささぎ)を訪れている。 ※ 陵は、墓のこと。

その場所を、今日は、歩いた。
情報は全て、お世話になっている、Mさんから。
    ※    ※    ※    ※

場所は、坂出市になります。



車は、青海(おうみ)神社 の駐車場に。  右上の道は、さぬき浜街道。

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西行が来たのは、800年以上も前のこと。
きっとこの道を歩いたということで、道が整備された。

西行法師の道。  崇徳天皇の白峯の陵へ続く。

12年12月26日 (1)

左奥に、青海神社。 
崇徳上皇が崩御されて、荼毘(だび)にふしたとき、煙がここに流れてきた。
それは、京都に向かう煙だった。 この地に神社を建てた。  ※ 青梅は、地名。

12年12月26日 (4)   12年12月26日 (2)

保元の乱は、天皇家の覇権争いですね。
   ※ いつの時代もあったと思うけど、この乱は、長い天皇家の歴史の中で、目立つ。
弟の、後白河天皇に、追い出された。
讃岐の松山と言ってるのは、この地方。 
   ※ お墓はここだけど、住んでたのは、近くの、
          雲井御所(くもいごしょ)に約3年。
          鼓岡(つづみがおか)にある木ノ丸殿(このまるでん)に約6年。
     合わせて9年いて、46歳で亡くなる。 暗殺かも知れない。

鬼の形相で、追い出した者たちを、呪っていた、と云われる。 このように。(Wikipedia)

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上のようなことがあるので、鎮魂。

12年12月26日 (5)

道沿いには、歌碑が並んでいる。

12年12月26日 (6)

最初に、西行が「崇徳院の御霊前に、鎮魂の香華を捧げた」とある。
後半には、仁和寺に、とある。

12年12月26日 (7)ppp

 ※ 夏に、仁和寺に行ったけど、崇徳天皇のことは、気づかなかった。
   こんなところです。
     日本最古の紫宸殿が残る、仁和寺 ~京都市~ 海が死んでもいいョって鳴いている(森田童子)  他  (2012/6/7) 

幅の広い、立派な道。

12年12月26日 (8)

天皇のお墓への道だから、これでいいのか。
歩いて、雰囲気のいい道とは、少し違う感じも。 
※ デザインを決めるとき、どのような議論をしたのでしょう。

目的地は、山の上。 

12年12月26日 (9)   12年12月26日 (36)

最初のは、辞世の歌。
   「思ひやれ 都はるかに 沖つ波  立ちへだてたる 心細さを」

西行が、崇徳天皇の魂を鎮(しず)めるために詠んだ歌。
   「よしや君 昔の玉の 床とても かからむ後は 何かはせむ」
 これの解釈な、このようです。
   「たとえ君よ、あなたが昔、玉座に着いておられたところで、こんなお姿(死者)になられた以上、
    それがなんになりましょう。そういう現世の執着を忘れ去って成仏なさいませ」(古典和歌のHPより)

西行は、天皇に向かってここまで言える関係にあったと、わかりますね。

12年12月26日 (37)nnn

途中に展望台。 
谷に、さぬき浜街道。 右に行ったら、すぐトンネル。 抜けたら、高松市。 左に行けば、坂出市街地。

DSCF0899bb_20121228145941.jpg   12年12月26日 (11)

こんな場所についた。 「稚護が滝」があるようだが、左への道が壊れていて、行けなかった。
 ※ 雨が降った時に見られるようで、こんな滝

12年12月26日 (12)   12年12月26日 (13)

道は何度か折れて、山の上に。

12年12月26日 (14)   12年12月26日 (15)

優しそうな表情の、お地蔵さん。

12年12月26日 (16)   12年12月26日 (17)

着きました。 突き当りを、左に上がると、崇徳天皇白峯の陵。 真っ直ぐ行くと、白峯寺。

12年12月26日 (38)

ホトトギスの声を聴いても、都を思い出した。  下の歌については、後ほど出てきます。

12年12月26日 (39)   12年12月26日 (40)

このように。

12年12月26日 (18)

この上です。 宮内庁の管轄。

12年12月26日 (19)

墓は、森の中にあるのか。

12年12月26日 (41)

墓は見えない。

12年12月26日 (45)

※ 航空写真では、こうです。 大きな規模ではない。
  上円下方墳だそう。 こんな形。  明治・大正・昭和天皇の墓も同じ。

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別の方向から。

12年12月26日 (46)

江戸時代の燈籠。  荒れた時代もあったようですが、基本的には、大事にされた。

12年12月26日 (42)   12年12月26日 (43)

前面。

12年12月26日 (44)

白峯寺(しろみねじ)にある、頓証寺殿(とんしょうじでん)。  崇徳天皇の御廟所。

12年12月26日 (23)

頓証は、速やかに悟りの境地に達すること。 
崇徳天皇に、そうなって欲しいと願ってこの名前か。

12年12月26日 (20)

崇徳天皇の住んでいた建物を、移築したのが、始まり。

12年12月26日 (33)

上の写真の灯篭は、江戸時代のもの。

12年12月26日 (32)   12年12月26日 (31)

ホトトギスについて、書いてある。 ホトトギスが、天皇に気を遣った。 面白いですよ。

12年12月26日 (21)   12年12月26日 (22)

頓証寺。

12年12月26日 (24)

松山天狗について。

12年12月26日 (25)   12年12月26日 (26)

西行の、「よしや君・・・」の歌。

12年12月26日 (30)   12年12月26日 (65)  12年12月26日 (29)

崇徳天皇の歌があった。  ブログの最初に出てきた歌。  
「浜千鳥 跡は都へ通えども 身は松山に 音をのみぞなく」

12年12月26日 (27)

12年12月26日 (28)

この後、寺を見た。 いろんなお堂が。
81番札所なので、崇徳天皇のこととは関係なく、お遍路さんは来る。

12年12月26日 (47)

本堂。

12年12月26日 (48)

変わった石塔。  瑜祇塔(ゆぎとう)。 亀の上に乗っていた。

12年12月26日 (49)

大師堂。

12年12月26日 (50)

石段に文字があって、それを調べていた。 どこかの大学という感じ。

12年12月26日 (51)   12年12月26日 (52)   12年12月26日 (53)

寺の入口に、向かっている。

12年12月26日 (54)

客殿。

12年12月26日 (55)

寺の入口。 山門。

12年12月26日 (34)

地図。  歌碑を読みながら、戻った。

12年12月26日 (56)   12年12月26日 (57)   12年12月26日 (58)

遠くに、瀬戸大橋が見えた。

12年12月26日 (59)

12年12月26日 (35)

西行の他にも、崇徳天皇を思って歌っている。

12年12月26日 (60)   12年12月26日 (61)   12年12月26日 (62)

最後に、青海神社に寄った。 灯篭の模様は、何でしょう。

12年12月26日 (63)   12年12月26日 (64)

この地に来て、崇徳天皇と西行のことを、初めて知りました。
自分には、十分に分かっていないことが、多いです。

【今日の歌】  久しぶりに、山崎ハコ。



【道の駅】  うたづ臨海公園

【明日の予定】  本島

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3年前に見ているが、写真の取り直し、という事もあって、再度行ってみた。
楽しみは、変化に富んだ、石段の道。
その道沿いには、多くの神社や祠。 上からの見晴らしもいい。

今年もあと1週間。
神社は、初詣の準備をしていた。
    ※    ※    ※    ※

四国自体が、大きくないから、どこの行くのも近く感じる。
滝宮(たきのみや)駅から、琴電に乗った。 



琴電琴平駅にあった地図。  奥宮が、目的地。
象頭山(ぞうずさん)という山に、あるんですね。

12年12月25日 (41)   12年12月25日 (42)

こんな電車で来た。  右側に、高燈籠の上が見える。

12年12月25日 (43)

昔ながらの門前商店街でしょうか。 右に、歴史を感じるお店が。

12年12月25日 (1)   12年12月25日 (2)

古民家風の今流行りのお店もあるが、少ない。 
景気が良くないので、建て替えは進んでいない。
店の中にも通りがある感じ、そんな店が、入りやすい。

籠です。 
お客さんが、重いでしょうって、言った。
だからって、そうですねとは、言えない。 
少しだけね、もダメ。 見た目より軽いも、ダメ。
乗ってるんですかは、言い過ぎ。 

12年12月25日 (3)

石段が続いて、大門。 ここまで、365段。

12年12月25日 (44)

平日だけど、人は多い。

12年12月25日 (4)

つらいつらい言っても、石段を登るのは、楽しい。 
頂上にたどりついたら、「やった~!」ってなる。 
観光客には、わざと苦労させるのもいい。

12年12月25日 (5)

「しあわせさん」って顔で、下りてきた。

12年12月25日 (6)

御書院。  神社の事務所である、社務所もここでしょうか。
奥に、書院造の建物がある。 重要文化財の。

12年12月25日 (45)   12年12月25日 (34)

曲がって、地図の左に行っている。

12年12月25日 (7)

この石段は厳しいなっていう、参拝者もいる。
小さな子は、下りを怖がる。

再度曲がって、地図の上方向に。

12年12月25日 (8)

途中で、右下に、上に書いた書院の一部が見えた。

12年12月25日 (9)

大きな建物、旭社が見えてきた。

12年12月25日 (10)

右側通行ってある。 初詣に向けての準備でしょうか。 ここに、地図があった。 撮影は、油断した。

12年12月25日 (11)   12年12月25日 (58)

大きい。  ここまで、628段。

明治に入って、神仏分離。 ここは、神社だけになった。
以前は、松尾寺があって、この建物は、松尾寺の金堂(本堂)だった。

※ あまりの豪華さに、江戸時代に参拝した森の石松は、ここを参拝して戻ってしまった、と言われる。(Wikipedia)

12年12月25日 (46)

門を通って、本宮を目指す。 狛犬(こまいぬ)。

12年12月25日 (12)   12年12月25日 (13)

長い石段を上がったら、本宮。  右は、上から見た。

12年12月25日 (14)   12年12月25日 (15)

着きました。 ここが、金刀比羅宮の中心。 御本宮。 
785段。
ここでお参りするから、右の建物は、拝殿。 その後ろに、本殿がある。 全部で、御本宮。

12年12月25日 (17)

右の建物は、上の写真の本宮。 ここが、展望台。

12年12月25日 (53)

琴平町。

12年12月25日 (16)

中央、少し左、とんがった山は、讃岐富士。  
讃岐富士の左に、丸亀城が見えることになっているが、分からなかった。

12年12月25日 (47)

 ※ 丸亀城  うちわの港ミュージアム  他 ~丸亀市~   他  (2010/12/24)

さらに進む。

12年12月25日 (48)

白峰(しろみね)神社。 崇徳天皇を祀っている。

12年12月25日 (49)

白峰の郷に、明日行く予定。 保元の乱で負けて、この地に流された。

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奥宮へは、さらに行く。

12年12月25日 (18)

白峰神社の本殿。   右は、本殿から、拝殿を撮影。 こんなの初めて。

12年12月25日 (19)   12年12月25日 (52)

建物は、何だったかな。 休憩所?   まだまだ行く。

12年12月25日 (20)

登ってきた。

12年12月25日 (50)

再度道は折れて、あと少し。

12年12月25日 (51)

着きました。 奥宮。  1368段。  ※ 石段の数については、最後に。

12年12月25日 (21)

ここでお参り。 奥宮は、詳しくは、厳魂神社(いづたまじんじゃ)。 この山全体を守っている。

12年12月25日 (22)

また、後ろを撮ってみた。  神様は、後ろにいる。

12年12月25日 (25)

左隅に、瀬戸大橋が、うっすらと見えている。 分かりづらい。

12年12月25日 (23)

平らな所が海だったら、瀬戸内のよう。 山は、島々。  
           ※ 芭蕉が行った象潟(きさかた)は、これの狭い感じ。

12年12月25日 (24)

ここで、お守りとか売っている。

12年12月25日 (26)

本宮に戻ってきた。

12年12月25日 (27)

神楽殿。  右は、本宮の拝殿を、横から。 正面から中の撮影はできないので。

12年12月25日 (28)   12年12月25日 (29)

神楽殿。(ここの写真は、太鼓の予定だったのかな。 忘れなければ、後ほど)

12年12月25日 (30)

三穂津姫社。 奥は絵馬殿。   右の写真は、絵馬殿。

12年12月25日 (55)   12年12月25日 (56)

別の道を通って、旭社に下りてきた。

12年12月25日 (31)

向こうから下りてきた。

12年12月25日 (32)

貫禄充分。  重要文化財。 建物としては、一番見応えがある。

12年12月25日 (57)

左は、洋画家高橋由一という人の、美術館。 小さく見える。

12年12月25日 (33)   12年12月25日 (59)

来た道を、戻る。

12年12月25日 (60)

大門。

12年12月25日 (61)

5時近い。 ※ 北海道なら、真っ暗。

12年12月25日 (36)   12年12月25日 (37)

※ 石段の数について。

   金刀比羅宮の石段の数は、1368段でしたが、他はこうです。
    ○ 山寺・・・・1015段    上を見ても、下を見ても、風景がいい。
    ○ 鳳来山・・・1425段   コノハズク(仏法僧)が棲むと言う山。
    ○ 羽黒山・・・2446段   ここは、登山の感じ。

   石段日本一は、熊本県美里町の御坂遊歩道。 3333段。  
   日本一を目指して作った。 風情は特にないので、歩く楽しさは少ない。
   走って登ったら、足がしばらく痛かった。
     御坂遊歩道「日本一の石段」~3,333段・熊本県美里町~  カウンター10万を越える   他  (2010/1/27)

塩江温泉に向かった。 途中で、先日食べたラーメン。 昔風。 美味しい。
具がいっぱい入った、いなり寿司。 大きいので、1つがやっと。 残りは、夜食。

12年12月25日 (38)

ここで、のんびり、湯ったり。

12年12月25日 (39)   12年12月25日 (40)

久しぶりの、金刀比羅宮でした。
金丸座という日本最古の芝居小屋があったが、時間がなくなって、行けなかった。
またいつか、来る。

金刀比羅宮が賑わう理由は、前回、下の様にまとめています。 これでいいかなと。

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【今日のお遊び】



【道の駅】  しおのえ  ※ 数日前に来ている。

【明日の予定】  崇徳上皇関係。 西行の道とかを歩く。

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山の上に大きな洞窟があるという。 山の上というのは、珍しい。
そして、そこには鬼。
いったい、どういうことなのか。

海に近い所に、高い石垣がある。
風よけ、波よけのために作られた。
それを見るのも、楽しみ。
    ※    ※    ※    ※

女木島は、港の沖に、大きく見える。
 ※ 読み方は、めぎしま。  実際は、めぎじまと言ってるよう。



女木島だけど、鬼ヶ島って、みんな言ってる。 フェリーの案内も。

12年12月24日 (1)

車を何台か積めるだけの、小さなフェリー。

12年12月24日 (2)

20分ほどなので、港を出たら、すぐ目の前に。

 ※ この写真、ちょっとおかしい。 海の色の表現が下手。 
   新しいカメラに問題があるのか、撮り方によっては、こうなることがあるのか。
   明日は、カメラの基本の設定を、変えて撮ってみます。
   標準の設定で。

12年12月24日 (3)

フェリーターミナルは、鬼の館。  かわいい鬼が迎えてくれた。

12年12月24日 (35)   12年12月24日 (45)

12年12月24日 (48)

島は、端から端まで、4㌔ほど。 時間があれば、歩ける。
観光案内に、石垣のことは書いていない。

12年12月24日 (4)

アシストの自転車で、時計回りで動く。 ※ 自転車代、500円。
この地図には、石垣が載っている。 地元では、オーテと呼ぶ。

12年12月24日 (5)

高い石垣。 家を風や波しぶきから、守っている。  
 
 ※ オオテは、漢字で書くとどうなるのでしょう。
   ネット上に詳しい説明はない。 ただ、大手でないかというのがある。
   そうだとすれば、大手は、大手門の大手で、正面という意味。
   これなら、意味が通じる。
   島の、海に向かっての正面。 そこにある、石垣。 だから、オオテ。

12年12月24日 (6)

奥の方の石垣は、あっても、低い。

12年12月24日 (7)

坂を上ったら、こう。 遠くからも、見えそう。

12年12月24日 (8)

下に、女木島灯台。 灯台への道が地図と違ったので、すぐに行けなかった。

12年12月24日 (9)

高松市の市街地が見えた。
先日登った女体山は、ここから見えているんだろうか。 
  ※ 女体山の頂上から、女木島はこのように見えている。 写真の右上、大きな島

見えてることになりますね。

12年12月24日 (10)

島の真ん中辺りに来た。  山の上に、洞窟。

12年12月24日 (11)

山の上だから、きっと、鍾乳洞ではない。 頂上は、展望台。

12年12月24日 (12)

広い洞窟。

12年12月24日 (13)

ここから入る。  
本当の入口は、別の所に。 今、通れないので、出口から入って、出口に戻ってくる。

12年12月24日 (14)

入ったすぐの場所。 出口だから、鬼は手を振っている。

12年12月24日 (15)

このように、鬼の人形が飾ってある。

12年12月24日 (16)

遊びの世界に来た。

12年12月24日 (17)

この洞窟は、自然に出来たのではなく、誰かが掘った。 いつ、誰がかは、分からない。
何のためにでしょう。

12年12月24日 (18)

長さは400㍍。(総延長)。 これだけ掘るのは、大変な労力。
大変さは、九州の青の洞門以上かも知れない。

12年12月24日 (19)

なぜ鬼ヶ島なのかですが、

香川県には、桃太郎伝説がある。
その話では、大きな洞窟の中に、鬼が住んでいたことになっている。
ここが、その洞窟に間違いないということに、なった。

12年12月24日 (20)

鬼って何だとなると、正確には、とっても難しい。
歴史も宗教も、絡んでくる。

とんがった山は、五剣山。

12年12月24日 (21)

※ 続きは、晩になります。


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【今日の歌】  ハンセン病の療養施設のある大島には、別の機会に行きたいと思います。 
        ちゃんと勉強してから。

        自由という言葉を聞いたら、いつも、パピヨンの映画を思い出します。
        スティーブ・マックウィーン演じる主人公は、自由を求めて脱獄します。
        たどり着いた島には、ハンセン病の人たちが住んでいました。
        厳しい映像が、出てきました。

        映画になぜ、上の島を登場させたのか、むずかしい。
        もしかしたら、自由と関係あるのかも知れない。
         
        下のは、漂流を始めたところまでですが、曲が何とも云えなく、いい。



        自由を思い出す曲を、あと1つ紹介。 



【道の駅】    滝宮

【明日の予定】   金比羅さん

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法然寺の釈迦涅槃像(ねはんぞう)は、Yahoo百科事典で、下のように説明されている。
  「京都の清凉寺(せいりょうじ)の釈迦像に対して、讃岐の寝釈迦として知られている」

清涼寺の釈迦像は、国宝。 中国で、作られている。 
    ※ 清凉寺は、京都の嵯峨野に。 この秋、何度か行った。 釈迦像(釈迦如来像)も見た。

法然寺の釈迦涅槃像は、清涼寺の釈迦像と比べられるのだから、見なければならない。
お世話になっているMさんの、お勧め。

三途の川の向こうで、地獄に行くか極楽に行くか、それを決める裁判官が、閻魔王などの十王。
衣服を剥(は)ぎ取るのが、脱衣婆(だつえば)。
それらの像もあった。
    ※    ※    ※    ※

法然寺は、仏生山という所にある。



駐車場があると分かったので、車で向かった。
雨が止まないので、法然寺を見て、その後温泉。 歩くのは、中止。

境内の地図。  この地図を見なかったので、左上にまず行ってみた。

12年12月23日 (28)

この写真に、地図が見える。 中央の建物に、涅槃像があると、後で分かる。

12年12月23日 (1)

仁王門。 この奥に、本堂があるのかと、最初思った。 これでもかっていう、表情。
雨は、写る。

12年12月23日 (2)   12年12月23日 (3)

新しい五重塔。  新しくても古くても、塔は美しい。

12年12月23日 (4)   12年12月23日 (5)

法然寺という名前から、浄土宗と分かる。 本山は、知恩院。
知恩院は、徳川家に大事にされる。

高松藩主は、松平家。 徳川家と同じと考えていい。
初代藩主の松平頼重は、徳川光圀(黄門様)の兄。
その頼重によって、法然寺の発展があった。

二尊堂。

12年12月23日 (6)

天井に、飛天の図などが。

12年12月23日 (13)  12年12月23日 (14)  12年12月23日 (15)

文殊楼。

12年12月23日 (8)

帝釈天像(左)と梵天像。

12年12月23日 (9)    12年12月23日 (10)

来迎堂。

12年12月23日 (11)

藩主松平家の墓地が、右上にある。

12年12月23日 (12)

上には本堂はないと分かって、下に戻った。
受付は、寺の事務所だった。 350円。 たんきり、という飴をいただいた。

12年12月23日 (16)   12年12月23日 (32)

こんな所を通って、涅槃(ねはん)堂に向かった。 

12年12月23日 (22)

祖師堂という所かな。 撮影禁止がないから、撮らせてもらった。

12年12月23日 (20)   12年12月23日 (19)

左の写真の右に、涅槃堂の広い仏間がある。  右の写真は、反対から撮った。

12年12月23日 (18)  12年12月23日 (17) 

釈迦涅槃像はあった。 でも、撮影はできない。
涅槃像の周りには、弟子たちが、みんな悲しんでいる。

仕方ない。 目に焼き付けて、戻った。

12年12月23日 (21)

受付で、十王像などがどこにあるかを聞いた。

他にも話して、最後に、涅槃像の撮影のお願いをしてみた。
たくさんは、撮らないことも。
いいとなった。 ありがたい。

  ※ 他の客がいたら、きっとダメだったと思う。
    また、私を見て、写真を悪い形で使われそうと感じたら、許可は出せない。
    撮影禁止にしておかないと、勝手に撮られて困ったとき、寺側は戦えない。
    予想される事情がこうなので、撮影禁止でも、撮らせてもらえることは、ある。
    今まで、何回もあった。
    会話をして、信頼されることが、大事。
      (湯殿山の、即身仏の撮影許可も、そうやって頂いた)

その写真は、こうです。 ネット上に、はっきり写ってる写真は、ないんですよ。
撮るのは、5枚だけ。 礼儀かなと思って。 ※ 帰りに、撮った枚数を告げた。

12年12月23日 (40)

※ 写真は、少し失敗していますね。 白っぽい所が出ました。
  上からだけの光だったので、油断した。
  一つの方法として、もっと暗く撮って、パソコンで明るく方法もあった。
  
どれも、江戸時代の作品。
正面から。  目が開いているので、まだ入滅していない。(死んでいない)
その証拠は、他にも。 後で。

12年12月23日 (35)

弟子たちの、悲しむ様子。  動物も。(動物になったつもりで、表情を考えたのか)

12年12月23日 (36)

上の写真の一部を拡大。

12年12月23日 (37)

右側。

12年12月23日 (38)

釈迦の生母の摩耶夫人が、天から降りてきた。
何しているかというと、薬を投げたそう。 
投薬という言葉の語源は、この場面から生まれたと云う。
このことからも、まだ釈迦は生きている。

12年12月23日 (39)

※ Mさんからのアドバイスがなければ、私は、摩耶夫人には、気づかなかった。

 ※ 立っている釈迦像では、清涼寺のが有名。
   源氏物語ゆかりの寺、清涼寺 ~京都市~  トルコ行進曲(モーツァルト、演奏はフェッラーティ 他)  他  (2012/6/5)

本堂。 法然寺は、本堂より涅槃堂の方が大きい。
屋根付き橋は、寺の渡り廊下が、ヒントになったのか。

12年12月23日 (23)   12年12月23日 (24)

どこの五重塔を参考に、作ったのでしょう。  室生寺より、ふっくらした感じ
大きいから、室生寺のように、細っそりとは、出来ないのでしょうか。

12年12月23日 (26)   12年12月23日 (25)

涅槃堂。 風格を感じる。

12年12月23日 (27)

法然寺の最初の門である総門は、離れたところにあった。
総門を入った直ぐに、十王堂はあった。

12年12月23日 (29)

三途の川の向こうで、地獄か極楽かを決めるのが、十王。 裁判官だ。
下を読むと、何のために49日とかの供養をしているかが、分かる。 極楽に行ってもらうため。
そういうことだった。

右は、脱衣婆(だつえば)。
すごい形相だ。 三途の川を渡った時は、身分やハッタリでは、誤魔化しが効きそうにない。
見抜かれる。

12年12月23日 (30)   12年12月23日 (41)

十王のトップは、閻魔王か。   みんな、それぞれの役割があるようだ。

12年12月23日 (47)  12年12月23日 (42)   12年12月23日 (43) 

地獄の存在の力を借りて、人を説得するのか。 
地獄の考えは、これがあると、都合がいいと考えた人間がいる。 
※ 支配者は、寺さえも、人々を支配するのに、利用した。 だから、寺を大事に。

12年12月23日 (44)   12年12月23日 (45)    12年12月23日 (46)

死ぬ間際に、死んだらどこに行くか分からないではなく、極楽に行くと考えたら、心が楽になるかな。
死んだら、行くとこなんかないと、私は思うけど。 全てお終いって。
先祖に感謝することを考えたら、割り切りすぎるのも、どうかなって、少しは。

12年12月23日 (48)    12年12月23日 (49)    12年12月23日 (50)  12年12月23日 (51)

十王像を見るのは、2度目。
 ※ 九州の臼杵石仏の、十王像。 国宝。(2009年12月)

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※ 地獄絵 (2009年9月 津軽で)

20090904202156698.jpg

  ※ 太宰治記念館「斜陽館」  雲祥寺の地獄絵   他 (2009/09/04

※ 今日の話は、三途の川を渡ってからの話ですね。
  でも、子供は渡れません。
  賽の河原に、留まります。
  親より先に死んだ子供は、自分は親不孝と思っている。
  仏道に励み、親を供養するため、石を積んで塔をつくる。
  鬼は、それを壊す。
  子供は泣きながら、また積む。
  賽の河原を訪ねた者は、子供がかわいそうだから、石を積んであげる。
  そうやって、現世の、賽の河原の風景が生まれる。
  
 ※ 地獄と極楽の風景が広がる 霊場恐山 ~むつ市~   他  (2010/9/24)

教えていただいた温泉に。  混んでいた。 人気の温泉のよう。

12年12月23日 (52)   12年12月23日 (53)

お風呂から車に戻るとき、温泉の経営者の奥様と、小さな息子さんに会った。
息子さんが、私の車を珍しがった。 少しだけ、お話。

いい時間を過ごせる温泉です。

下の写真ですが、背中の黒い人のところに、子供がちょこんと座って、本でも読んでいたら、完璧ですね。
誰もいないのは、さびしい。 

12年12月23日 (54)

カメラは、この感じになりました。 私のパソコンでは、ほぼ本物と同じ大きさになっています。

12年12月23日 (31)

涅槃像、十王像、どちらも良かったですね。
投薬のこととか、地獄のこととか、何かが知れることがあると、今回のように、なお面白い。
そう、思いました。

【今日の歌】  子供の真剣な表情はいいですね。



今、神戸にルーベンスの絵が来ているけど、この絵を見たいと言ったのが、「フランダースの犬」のネロ。
12月24日の晩、マリア大聖堂で、その絵を見ながら、死んでいく。
絵の入選の吉報があったが、間に合わなかった。
最後の場面で流れたのが、下の曲。



【道の駅】   滝宮

【明日の予定】  女木島(めぎしま)

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
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「 わだつみの 玉藻の浦を前にしぬ 高松の城龍宮のごと 」
高松城は、海のそばにある。
与謝野晶子は、その美しさを、上のように詠んだ。

高松城跡は、今は、玉藻公園として整備されている。
天守閣復元の動きがあるようで、まず、天守台石垣の解体修理が進んでいた。
    ※    ※    ※    ※

フェリーターミナルが、すぐ近くに。



無料駐車場がある。

12年12月22日 (2)

入口に、艮櫓(うしとら やぐら)。  
        ※ 艮は、丑と寅との中間の方角。 北東。 鬼門(きもん)とされる。(Wikipedia)
小さな城のよう。 他から移築されている。 重要文化財。

建物が石垣からはみ出している。  昔の、高松城の天守もそうだった。

12年12月22日 (1)

旭橋。 ここを渡って受付。 入園料200円。

12年12月22日 (3)

城跡の説明。  海のそばなので、水城(みずしろ)。
彦根城と姉妹城縁組とある。
  ※ 姉妹とあるから、女。 彦根城のゆるキャラは、ひこにゃん。 ひこにゃんは、男っぽい。 ?。

12年12月22日 (4)

 ※ ひこにゃん の 彦根城   他  (2009年4月16日
 ※ 彦根城の天守は、昔のままで、現存天守。 国宝の城ですね。
   井伊直弼が暗殺された、桜田門外ノ変の映画を思い出します。

石垣に、穴を開けたような様な門。  埋門(うずみもん)。 珍しいでよ。

12年12月22日 (5)

と云われるだけあった、ここも
栗林公園の松は、美しかった。 曲がりくねってもいたが。

12年12月22日 (6)

美しいですね。

近くで、若い女の子たち3人が、写真を撮っていた。
1人が跳び上がって、それを、別の子が撮った。 時々見る風景。
3人に跳んでもらって、それを撮ればよかったか。 どう頼めばいい。

12年12月22日 (7)

天守の石垣の工事が、ほぼ終わったよう。
城の近くに、大きな建物。 
少し気になる。 じゃまというか。 でも、みにくい建物でない。 仕方ないか。

12年12月22日 (8)

昔の天守は、こうだった。  ※ 天守は、天守閣と言ってもいいが、元々は天守と言っていた。
建物が、石垣からはみ出ている。 はみ出た所に、石を落とす仕組みを作ったよう。
熊本城も、同じつくり。 (2010年に撮影)
※ 熊本城の天守は、鉄筋コンクリート。 価値はない。 価値は、石垣に。
  鉄筋で建てたのを後悔したのか、本丸御殿を木造で復元した。 これは、すごい。

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石垣は崩れないのか、少し心配。

12年12月22日 (9)

城の中に、海水。

12年12月22日 (11)

城の中に、再び石垣。 中に、披雲閣(ひうんかく)と云う建物。

12年12月22日 (12)

この場所には、この建物より大きな披雲閣があった。  藩主が住んでいた。
現在の披雲閣は、明治に入って建てられたもの。

12年12月22日 (13)

高松城は、お城の庭の立派さが、目立つ。  栗林公園を思い出す。

12年12月22日 (14)

ガラスって、美しい。 

12年12月22日 (15)

昔のガラスは、ガラスの向こうの景色が、少し揺れる。 それがいい。
この写真には、後ろが写っていたり、向こうが写っていたり、混ざっている。

12年12月22日 (16)

ソテツ。 和室の向こうにソテツが見えたら、落ち着かない。 強すぎる。
栗林公園のように、池の向こうの遠くにあるのがいい。

12年12月22日 (17)

刈り込まれた、山茶花(さざんか)。 歩きたくなります。

12年12月22日 (18)

披雲閣の一部。

12年12月22日 (19)

井戸です。 水は塩っぱくないのか。

12年12月22日 (20)

岩の割れ目に松が。 根性松と、名前があった。
自然の中では、根性があってもなくても、みんなこのように生きる力を持っている。

12年12月22日 (21)

披雲閣を囲む石垣の外に。

12年12月22日 (22)

※ 下の建物などいくつかは、高松市の空襲の時、運良く焼け残ったんですね。
※ 今、この町の情報面でお世話になっている、Mさんが、下の文をメールで送ってくれました。

   「高松は焼け野原になったのですが、祖母と母は毛布を被って玉藻公園に逃げ込みました。
    目の前に焼夷弾がたくさん落ちたそうです。 
    栗林公園に逃げ込んだ人は大半が亡くなられたそうです」

  過去のことだけど、思い出したら、助かってと、思わず願ってしまいますね。
  助からなかったら、自分は生まれなかったことに、なってしまう。

月見櫓。 重要文化財。

12年12月22日 (23)

こんなのを見ると、風蘭などの、ランかなって思う。

12年12月22日 (24)

石垣の向こうの、月見櫓。 この石垣の向こうは、昔は、海だった。

12年12月22日 (25)

門は、水手御門。 この門から、船に乗った。  門の左は、続櫓。 右は、渡櫓。 
こうだから、水城と呼ばれる。

12年12月22日 (26)

石垣の上から。 昔は、目の前全部海。 右に、フェリーターミナル。 遠くに、小豆島。

12年12月22日 (27)

見づらいけど、海への水門。 右に海がある。

12年12月22日 (28)

※ 昔の城は、広かった。 
  今は、下の地図の真ん中上に、少しだけ。 少しでも、広いけど。(Wikipediaからお借り)

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鞘橋(さやはし)。  屋根付き橋ですよ。 四国には多い。 檮原(ゆすはら)の方に。

12年12月22日 (29)

※ 屋根付き橋を、2つ紹介。
     龍馬の脱藩の道にある、御幸(みゆき)の橋。(大州市)
     神幸橋(みゆきばし)。 これも、脱藩の道に。(檮原町)
  他に、大江健三郎の故郷である内子町や、東北にも少しあります。

築山。 木が育ちすぎて、庭のバランスが悪くなることは、ないのでしょうか。

12年12月22日 (30)

天守の石垣の近くに、再度。  全部ばらして、そっくり元のように、積んだ。

12年12月22日 (32)

復元を目指しているが、願いが叶ったら、このように。

12年12月22日 (31)

※ 木造での昔と同じの、復元天守を目指して欲しい。
  模擬天守や、復興天守と呼ばれるものではなく。
  近くにある見本としては、大州城がある。(写真は、昨年の2月に)

  本物の復元をすれば、長持ちするし、年が経てば経つほど、価値は高まる。
  名古屋城は、再度、木造での復元の計画がスタートしている。

最後に、石垣を少し。
よく見たら、考えて作っていると分かる。 特に、数字の石や線は。
こうしなければ、美しくならないと、計画的に。

12年12月22日 (33)

高松市の観光を城で売り出すのは、大変。
何せ、四国には立派な城が多い。

天守が昔のまま残っている、現存天守の城は、全国に、たった12。
そのうちの4つが、四国にある。
すぐ近くに、丸亀城。 そして、松山城。 宇和島城。 高知城。

高松城の天守は大きい。
復元したら、それと庭を、アピールするのでしょうか。
栗林公園とセットにすれば、魅力の大きさでは、他の4つと戦えそう。

数年後、天守はどうなるのか、楽しみです。

【今日の歌】



【道の駅】    滝宮


 
【明日の予定】   仏生山の予定だが、変更するかも。

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大窪寺は、四国八十八箇所霊場の第八十八番札所。
一番札所から順にお参りしたら、最後の札所。

うどんを食べていた時、結願(けちがん)だって、口にしている人がいた。
満足感に溢れた表情だった。 

山の上に奥の院があった。
行ってみると、途中に、女体山の案内。 標高、774㍍。
朝ごはんを食べていないので、迷った。
 
あと、700㍍。  山の700㍍は、ゆるくない。
間もなく、12時。 リュックには、水だけ。
山の名前に負けた。  疲れないように、ゆっくり登ることにした。

女体山の頂上からは、高松市、小豆島、みんな見渡せた。

下山して、門前のお店で、打ち込みうどんを食べた。
美味しいとMさんから聞いていた、そのうどんの美味しさは、大きくふくらんだ。
    ※    ※    ※   ※

霊場への道は、大型バスが通るので、道は大丈夫。 心配していない。



大きな山門が見えた。 大窪寺(おおくぼじ)

12年12月21日 (1)

四国には霊場が、88ある。 その最後の八十八番札所。 最後なので、結願寺と呼んでいる。

12年12月21日 (2)

山門は、境内の地図には無かったから、新しいのか。
仁王様に、お願いしますと挨拶して、通させてもらう。

12年12月21日 (3)    12年12月21日 (4)

大きなわらじ。 
八十八箇所巡礼を終えたお遍路さんが、わらじを納める風習があるよう。
これは、特別に大きなので、納めた。

12年12月21日 (5)

本堂の前に、二天門がある。 普通見ない。 
        ※ 二天門は、多聞天と持国天の像を安置した門のこと。(Wikipedia)
普通は、仁王像だけど、そうでない。
左に、山門がない。 古い地図ですね。

右は、弘法大師の像。 必ずあるのかな。

12年12月21日 (6)   12年12月21日 (7)

お遍路さんです。 何かを唱えている。 大師堂です。

12年12月21日 (8)   12年12月21日 (9)

この寺が最後だから、杖はもういらない。 納める。

12年12月21日 (10)   12年12月21日 (11)

これを見てしまった。 行かないで帰ることは、出来ない。
目の前の山は、急。 小さな登山。 最後に行く。

12年12月21日 (12)

奉納されたもの。

12年12月21日 (13)   12年12月21日 (14)

本堂。 ここと大師堂の2箇所に、お参り。 どこもそう。

12年12月21日 (15)

後ろは山。  左の山に登って、見える山の後ろの山に、行くことになる。
この時は、分からない。

12年12月21日 (16)

古そうです。 中に何か、納めてあるのでしょうか。 分からない。

12年12月21日 (17)

阿弥陀堂。 柱に書いた文を、よく見る。 弘法大師と一緒、という内容が多い。 同行二人。

12年12月21日 (18)   12年12月21日 (19)

お不動さん。  
水かけ地蔵。 神聖な水をかけて、清めるのか。  かけながら、お願いしますね、とか云うのか。

12年12月21日 (20)   12年12月21日 (21)

本道の様子。 私は、遠くから手を合わせて、おしまい。

私のおばあちゃんがここに来たのは、昭和18年だったかな。
願いが叶って、親父は戦地から戻ってきた。
おかげで、私は、ここに来ることが出来ている。
でも、おばあちゃんは、息子が戻ったのを、知らない。

12年12月21日 (22)   12年12月21日 (23)

さあ出発。  11時10分。

12年12月21日 (24)

朝から食べたものは、かりん糖を少しだけ。 880㍍だから、まあ大丈夫。

  ※ 少し寝不足。 数日前、カメラを夜中じゅう調べていた。 あの日から。
    ブログも遅くなる。 ランキングは、すぐに1位から、落っこちた。

下の風景。 お寺の駐車場も。

12年12月21日 (25)   12年12月21日 (26)

標示があった。 下には、880㍍とあった。 これでは、700㍍になる。 ?。
女体山(にょたいさん)が登場。 艶(なまめ)かしい名前。
700㍍か。   どうしましょう。

12年12月21日 (27)

こんな道を通って、200㍍。 左は崖。 落ちたら、木につかまれそう。

12年12月21日 (32)

カメラのレンズキャップを、谷の数㍍下に、転がした。 
竹につかまって取りに行ったりして、大変。

奥の院は、立派な所ではなかった。
      ※ 道が行き止まりになっていた。 昔はもっと奥だったのか。

12年12月21日 (28)

お不動さんも。 奥の院で、何を守っているのでしょう。  花は、ちゃんとある。

12年12月21日 (29)   12年12月21日 (31)

こんな石があった。 読めない。 調べてみたが、分からない。

12年12月21日 (30)

分岐点に、戻ってきた。
下山して、食べ物を取ってくるか、迷った。

エネルギー切れになって、動けなくなった時だけが、大変。
水は、リュックにある。
  ※ カロリーメイトを、リュックに入れておけばよかった。
    この日、車の戻ったとき、最初に、それをした。

ゆっくり登ることにした。 
女体山の名前でなかったら、とっとと、下山する。
※ 大窪寺を紹介してくれたMさんは、私はきっと行くと、思っていたかも知れない。

さあ、出発。  山では、誰にも会わない。 サルにも猪にも。 鳥だけ。

12年12月21日 (33)

登りが、おだやかになった。

12年12月21日 (34)

尾根に出た。 これはいい。 ただ歩けばいい。 一休み。

※ 新しいカメラには、X100と違って、カメラ全体を覆うケースはない。
  今は、このバックに入れている。 以前からあったもので、ちょうど入った。
  でも、使うときは、首か肩にぶら下げてないと、不便。

DSCF0187mmk.jpg   12年12月21日 (35)

快適。

12年12月21日 (36)

この道を、下りてきた。 林道に出た。

12年12月21日 (39)

今歩いてきた道は、四国の道だった。
お遍路さんが、歩く道。 今の時代は、歩く人が少ないようだが。

87番の長尾寺は、地図の右の方。
昔、歩いた人は、私が今通ってきた道を、歩いたんだ。
と云うことは、もしかしたら、おばあちゃんも歩いたのか。 大変な山道だ。

大窪寺からは、海の方に行って、きっとバスに乗った。
そして、北海道の北見に戻った。

帰りは、林道を歩く。 近そうに見えたから、そうした。
実際は、何倍も遠かった。 てきとうな地図。

12年12月21日 (37)   12年12月21日 (38)

林道を横切って、女体山に登り始める。

12年12月21日 (40)

着いた。 頂上は、一目「女体山」という感じではなかった。 
どうだったら、一目女体山かも、難しいが。
どうして、こんな名前にしたのか。

12年12月21日 (41)

少し向こう側が、見晴らしが良さそう。

12年12月21日 (42)   12年12月21日 (43)

女躰宮とある。 
  ※ 体でなく、躰。  色々ありますよ。 体、身体、躰。  心や精神を含んでいるのは、躰か。 むずかしい。

12年12月21日 (50)   12年12月21日 (51)

そういえば寒い。 動いていないと、大変。

12年12月21日 (49)

見えました。 高松市の中心街の、全貌です。 
登ってきた甲斐がある。 
広く、この風景の中に、自分は今いる。 放浪の旅。

12年12月21日 (46)

左に見える山の名前は、何だろう。

12年12月21日 (44)

屋島と五剣山。 その向こうに、豊島(てしま)。 あの島の山から、こっちを見た

12年12月21日 (45)

小豆島。  3週間いた。 島の真ん中の少し左に、小豆島大観音が、小さく見えた。

12年12月21日 (47)

見えるか見えないか。 別のカメラで、撮るんだった。  ※ 小豆島大観音

12年12月21日 (48)

女体山を林道まで下りて、林道を歩き出した。
女体神社。

12年12月21日 (52)

途中から、また見えた。 小さな神社。

12年12月21日 (53)   12年12月21日 (54)

林道に戻って、てくてく歩く。 疲れは、大丈夫。

12年12月21日 (55)

高松市の、ずっと東方面。

12年12月21日 (56)

深い谷を、下っている。

12年12月21日 (57)   12年12月21日 (58)

あの岩山の、向こうを歩いた。

12年12月21日 (59)

林道を1時間ほど歩いて、本堂下の、二天門に着いた。 
2時少し前。 3時間ほど歩いた。  やっと着いた。  最近は、毎日何かで、やっと。

12年12月21日 (60)

右のお店は、八十八庵(やそばあん)。 名物は、打ち込みうどん。
お店に入ったら、お茶が出た。
飲まないで、冷え切った手を、温めた。  ※ 薄い手袋は、はいていたが。

普段は、こんな量は食べられない。 
うどんの下に、具がたくさん。 先に具を煮て、途中でうどんを入れた。 そういうことか。
味噌仕立ての、汁が美味しい。 女体山のおかげで、美味しさは何倍にもなった。

12年12月21日 (61)   12年12月21日 (62)

美味しいものを、続けて食べている。 私の旅では、ぜいたく。

地図があった。 こんな所を、歩いた。

12年12月21日 (63)   12年12月21日 (64)

この犬と仲良しに。 写真1枚撮らせてねと頼んだとき、すっと座った。
付いてきたらダメ、と言って、さよならをした。

12年12月21日 (65)

いい一日でしたね。
女体山には、まったくって言いたいけど、感謝です。


【今日の歌】   名前はわかりませんが、ブログに、何度も登場した子です。
         子供っぽさが、なくなって来ています。
         この子の特集をやってみたいです。 上手になっています。
         やっと見つけました。



   子供の時の、百万本のバラです。 何度も載せています。



【道の駅】  香南楽湯

【明日の予定】   天気は良くない。 高松港の近くの、高松城跡にある公園かなと。
          その後、繁華街を少し散歩。

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塩江(しおのえ)温泉は、渓流沿いに佇む、静かな温泉地だった。
名前のように、塩分を含んだ泉質のようで、風呂上がりの体は、いつまでも冷めなかった。
今日も、いただいた情報で、動いています。

今日から、新しいカメラ。
感じ良く写ってくれるので、気に入っている。
設定など、カメラに慣れたら、もう少しいい写真が撮れるかなと。
    ※    ※    ※    ※

午後に、カメラ店で、新しいカメラを受け取って、塩江温泉に向かった。
香川県の南の、山の中。
あと少し走ったら、徳島県。

 ※ 2年前の12月25日に、塩江温泉を通った。
   「うだつ」の町並みの、脇町に向かった。 峠の前から、雪が降り出していた。
   通り抜けられるか不安だった。 忘れられない思い出。
   その時の動画は、最後に。

道の駅があると、車で来やすい。 

12年12月20日 (2)   12年12月20日 (1)

橋を渡った所に、温泉。  行基の湯。  
写真は、深く考えないで、ただ撮っている。  シャッター音とかを、気にしながら。

12年12月20日 (3)

※ 今日の文は、時々カメラにも触れますので、ご了承を。

カメラは、下の部分だけの革ケースを注文してあります。
それを付けたとき、写真で紹介します。

12年12月20日 (4)

橋の上から、上流の橋を。  散歩をしながら、写真の試し撮り。
川が細いので、峠は遠くないと、見当がつく。

12年12月20日 (5)

行基の湯。 湯気は、屋根から逃げる仕組み。
夕方入ったとき、浴室は、寒かった。
ところが、温まる温泉なので、その後は心配なし。

12年12月20日 (6)

行基の湯の入口。  感じのいい建物です。

12年12月20日 (7)

散歩できる道がある。

12年12月20日 (8)

塩江温泉は、温泉のホテルや旅館が、散らばっている。
だから、温泉街を浴衣を着て、そぞろ歩く、という雰囲気ではない。
賑やかな時代もあったようだが。

12年12月20日 (9)

カメラに、困った問題がある。
レンズには、逆光の時とかに使う、レンズフードがある。
それを取り付けると、カメラは、おもちゃのように、安っぽくなる。

今までも使ってないから、帽子とかで、光が入らないようにするか。
感じいいのが見つかったら、買うか。

ここが、道の駅。

12年12月20日 (10)

少し離れたところに、お堂と六角堂。 六角堂の中は、お湯だった。 源泉。
説明があったんだけど、字が薄くなって、読めなかった。

12年12月20日 (11)

カメラは、水平を表す水準器を設定していないので、水平に撮るのは難しい。

冬だけど、散歩している人がいる。

12年12月20日 (12)

左の建物は、行基庵となっていた。

12年12月20日 (13)

道の駅に、戻ってきた。

12年12月20日 (14)

行基庵。 計画的でなく、ただ、撮っている。

12年12月20日 (15)

案内所で、地図を頂いた。 
不動の滝に、歩いて向かった。 往復して、1時間くらいのよう。

少し行って、右の道に。

12年12月20日 (16)

さらに、右の道を。

12年12月20日 (17)

道は曲がっている方が、歩いて楽しいかな。  里山。
猪が増えて、困るんですよ、と畑にいた人が言った。

12年12月20日 (18)

振り返って、この風景。

12年12月20日 (19)

カメラは、上手に表現しています。 しっとりした感じ。
写真の透明感が、このカメラの大きな特徴です。 それに、惚れてしまったのかな。

12年12月20日 (20)

見えてきました。 

12年12月20日 (21)

不動の滝。  不動は、お不動様の不動でしょうか。 
でも、お堂の中にいたのは、普通のお地蔵様だった。

12年12月20日 (22)

真っ直ぐ落ちる滝は、直爆の滝と云って、褒められることが多い。
でも、このように、途中に変化がある滝も、いいですね。 美しい滝です。

12年12月20日 (23)

カメラは、白く輝く水を撮るのは、苦手。 少し暗く撮っています。

12年12月20日 (24)

どんなにカメラが良くても、人間の目の、足元にも及ばない。
人間の目は、逆光だって、まぶしそうな顔はするけど、ちゃんと見える。
カメラは、いたって、下手。

12年12月20日 (25)

誰かが花を、こうやって供えている。

12年12月20日 (26)

戻る途中に、廃屋。
周りとどう組み合わせて、切り取るか。 センスの問題だけど、難しいんですね。

私の考えたことは、周りの全てが、家の引き立て役になってもらう。
そんな感じ。

12年12月20日 (27)

戻ってきました。 左の道を行ってみた。 

12年12月20日 (28)

道の駅に戻って、車で、谷岡食堂に。 
先日からお世話になっているMさんが、美味しいよっていう情報を。
ラーメンと、いなり寿司が。

いなり寿司は、売り切れていた。

昔風の、普通のラーメン。 普通のラーメンで美味しいのは、滅多にない。
何も足さない、何も引かないは、難しい。 ご主人と、そんな話もした。
スープを全部飲んでしまった。  
残ったのは、底に沈んだ胡椒だけ。
美味しくても、ほんとうは、だめなんだけど。

12年12月20日 (30)   12年12月20日 (29)

暗くなって、行基の湯へ。

12年12月20日 (31)

写真は、感度6400。 写真の状態は、大丈夫。 手ブレも。

地元の人もやって来る。

12年12月20日 (32)

一緒に入ってた人が、いつの間にか、話しかけてきた。
世の中、良くならないって。 

露天風呂にも入った。 月は出ていなかった。 
出ていたら、お湯に映して、掬(すく)ってみようと思っていた。
星なら見えたが、小さくて、映ってくれない。
もし掬っても、隙間から、逃げちゃうか。  
    ※ この部分の意味は、栗林公園の記事を読むと、分かります。

12年12月20日 (33)

カメラは、晩に設定しました。 自然や花とかが美しく撮れるように。

写真は、ちゃんと写ると分かった。
塩江温泉に入って、美味しいラーメンを食べて、心も温まった。
ストレスは、お湯に溶けて、どこかにいった。(Mさんの表現をお借り)

明日から、また元気に動けそう。

【今日の歌】   昨年も、この人たちのかな。  この編曲が、好きです。 特に間奏が。



【その他】 2年前の12月25日。 ここの道の駅を過ぎてからの、峠越え。



【道の駅】  しおのえ   

【明日の予定】  大窪寺  ※ 今いるところから、15㌔程東です。
         四国の寺に行くと、いつも、おばあちゃんの面影を追っている。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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源平の合戦で、那須与一が、扇の的を射た場所は、屋島の東側の狭い海だった。
その一帯を、歩いてみた。

五剣山に登る予定だったが、登山道はなかった。
その岩山の下に、 85番札所、八栗寺があった。
    ※    ※    ※    ※

高松市での私は、Mさんという方の情報によって、動いています。、
助かっています。
高松市の観光にも関わっている方なので、詳しいです。

今日は、那須与一が弓を射た場所に行きます。
       ※ 「射(い)た」は、「射った」ではないんですね。
場所は、ここです。



その後、五剣山に行きます。 
道の駅から、全部歩きます。

右に見える、岩山が、五剣山(ごけんざん)。  ※ 5つの剣が上に向いて。

12年12月19日 (1)

上が平らな、屋島が見える。 屋島の戦いの場所。 右の写真は、五剣山。

12年12月19日 (2)   12年12月19日 (3)

※ 2つの山は、豊島(てしま)から、このように見えた。 目立つ山。

途中地図があった。 右端の道の駅から、出発。  ※ 時計回りで、動いた。
歩く距離は、10数㌔でしょうか。

12年12月19日 (4)

今日歩くところは、八栗。 読み方は、この時知った。 やくり。
   ※ はちくり、かなとも思っていた。 まさか、パチクリではないと。
琴電やくり駅に向かう。   
            ※ 追記  駅名をはちくりって書いていました。
                  やくりって、学んだすぐ後なのに。 訂正しました。  
                  コメントで指摘されました。
                  文字の入力は、はちくり。 それが、まずかった。

12年12月19日 (5)

琴電やくり駅。
那須与一の他にも見所はあって、観光案内の出発点は、この駅。

12年12月19日 (7)

源平の古戦場とある。 駅で、地図をいただくことができた。 これで、安心。

12年12月19日 (6)

射落馬とある。 佐藤継信という人が、弓矢が当たって、馬から落ちた。 その場所。

12年12月19日 (8)

説明です。

12年12月19日 (9)

この人は、奥州藤原氏の3代目の、秀衡(ひでひら)の家臣。
秀衡は、義経に一番優しかった。 次の泰衡が裏切ったので、義経は死ぬ。
泰衡は、頼朝に騙された。 自分も、滅ぼされる。

頼朝が平氏打倒に動いたので、義経も向かった。
秀衡は、引き止めた。 
それが叶わなかったので、自分の一番信頼できる家来を2名、義経に付けた。
継信は、そのうちの一人。 義経四天王と呼ばれるようになる。

 ※ 討たれた時の絵の様子の絵です

 ※ 中尊寺 高館義経堂  他  (2009/7/2)

少し歩いて、総門跡。

12年12月19日 (10)

平氏の軍は、屋島に渡る前、ここに拠点を置いていた。

12年12月19日 (11)

ここは、佐藤継信の菩提寺。  洲崎寺。

12年12月19日 (12)

石が多い。  ここは、石の産地のよう。

12年12月19日 (20)

源平の合戦の説明がある。

12年12月19日 (19)

「だんのうら」が、2つあるとは知らなかった。
  ひとつは、下関にある、壇ノ浦。  
  そして、ここにある、檀の浦。  檀の字が、木偏。

義経は、150騎で攻めたとある。 世紀の戦いにしては、少ない感じ。
佐藤継信は、義経が呼ばれたけど、自分が出て行った。
それで、身代わりという表現でしょうか。

12年12月19日 (13)   12年12月19日 (14)

大理石もそうだけど、点々のある石に文字や絵を描いても、見にくいですね。

現在の地図は、海が細い。 昔は、もっと広かった。
海にいるのは平氏。 那須与一は、右の方から弓を射る。

12年12月19日 (15)   12年12月19日 (16)

扇の的の話は、難しい。 目的はあったのか。 単なる余興なのか。 そのあたりが。
右の写真、話としては面白いが、本当にあったんだろうか。

12年12月19日 (17)   12年12月19日 (18)

このように、石工場が多い。 北に向かっている。

12年12月19日 (21)

ここが、名場面の舞台。

12年12月19日 (22)

美しいデザイン。  デザインを学ぶと、発想が豊かになるのでしょうか。 

12年12月19日 (24)   12年12月19日 (25)

左の岩が、祈り岩。 与一が、弓を射る前に、ここで祈った。
この岩って、昔から、そう言われているんでしょうね。

12年12月19日 (23)

駒立岩の説明。 初めて聞く名前。

12年12月19日 (26)

目の前の家はなかった。 岩が見えます。  ここからです。 この距離。  約70㍍とネット上には。
距離を読んで、風を読んで、当てるのは大変。 
  ※ ライフルの弾のように、真っ直ぐは飛ばない。 山なりに。
  ※ 話はそれるけど、シリアでは、今年36名のジャーナリストが亡くなったそうです。
    山本美香さんの、その後の展開は、何か出てるんだろうか。
    ライフルと書いたので、思い出しました。

12年12月19日 (27)

平氏は、屋島の戦いで勝っても負けても、最後は頼朝に負けたでしょうね。
逃げてる者は、最終的には負ける、と思ってしまう。

このイメージ。

800px-Yasimabbn.jpg

 ※ 「道の駅、那須与一郷」にある、那須与一の像

 ※ 与一が有名なので、弟の大八郎も知られる人間になった。
      福島原発は大丈夫なのか。  ※ 那須大八郎と鶴富姫の悲恋 ~椎葉村~  他  (2011/3/15)
 ※ 上のブログを書いた2日後、一旦旅を中断して、九州から北に向かいます。

イナム・ノグチ庭園美術館は、休館日。 入口から、庭の一部が見えただけ。  こういう所。(ネットにある写真

12年12月19日 (28)

エンドウの花。

12年12月19日 (29)

まず、八栗寺に向かった。 

12年12月19日 (30)

ここで、雨が降ってきた。 風があるので、傘が使いにくい。
どこかで、雨宿りと考えた。 うどん屋があった。 しばらくそこに。
雨が、私から時間を奪う、と文句を言いながら。

上に行けないかも知れないので、屋島を撮った。

12年12月19日 (31)

店が立派。 食べたら美味しかった。 
今まで、讃岐うどんの美味しいのは食べたことがなかった。
だから、店には、入らないでいた。 雨のおかげ。

12年12月19日 (33)   12年12月19日 (32)

上のお店は、情報誌に載っていた。

雨は止んだ。 この時、3時半。 時間がなくなった。

12年12月19日 (34)

ケーブルカー。 乗らない。

12年12月19日 (35)

これが、接待と云うものですね。 お遍路さんは、助かる。

DSCF6372pplpll.jpg   12年12月19日 (36)

小さなお堂。 向かいの家の人が、説明してくれた。
昔、高松の港の少し向こうから、おばあちゃんが毎日やってきた。 
片道、約10㌔。
そのあばあちゃんを、祀っていた。  おばあちゃんの願い事を聞けばよかった。

12年12月19日 (37)   12年12月19日 (38)

もう少し。

12年12月19日 (39)

着きました。 多宝塔と大師堂。

12年12月19日 (40)

五剣山は、すぐ後ろに。
登山道を聞いたら、今はないそう。 昔はあった。
        ※ 後で調べたら、反対側から、登れそう。

12年12月19日 (41)

高松市の街並み。  右に屋島。

12年12月19日 (43)

左の方。

12年12月19日 (42)

境内の地図。 影は、石塔の影。 その中に入って、撮影。

12年12月19日 (44)

左上の、一番高い所のお堂に来た。

12年12月19日 (45)

来た道とは、別の道。 振り返って、見た。

12年12月19日 (46)

15分ちょっと急いで歩いたら、見えてきた。

12年12月19日 (47)

四国のみち、とある。

12年12月19日 (48)

右は、高松北高校。

12年12月19日 (49)

国道に出た。 この後、10分ほど歩いて、道の駅に。

12年12月19日 (50)

今日は、新しいことを、たくさん知りました。
那須与一の話がここだったとは、知りませんでした。

【関連ブログ】  寂光院  夜の東山    他  (2009/11/28)

【今日の歌】  今年も、その季節がやってきています。



【道の駅】  源平の里むれ

【明日の予定】   どの時間かで、カメラを受け取ります。
         塩江温泉でしょうか。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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