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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

どうして、二十四の瞳なのか。 
なぜ、舞台を、田浦分校にしたのか。
一本松を登場させ、大石先生に自転車を乗せた理由は?

こんなことを考えるのが面白いかなと、・・。

※ 今日のブログの情報源は、観光協会さんのHPと、壺井栄文学館、そしておばあちゃんの話、他。
    ※    ※    ※    ※

一本松は、竹生(たこう)地区にある。 それで、竹生の一本松。
オリーブ公園から、歩いていくことに。

※ 下の地図は、大石先生が自転車で通った道。
  子供たちが、先生のところに向かった道。

12年11月29日 (44)

大石先生の家が、一本松の近くにあった。
二十四の瞳の中では、岬の村から一本松が、見えることになっている。

※ 二十四の瞳の中には、小豆島という名前も、田浦という地名も、出てこない。
  読むと、間違いなく、小豆島であり、田浦と分かる。

実際には、分教場のある所からは、見えない。
お話の中では、見えることに。

12年11月29日 (45)

道の駅 小豆島オリーブ公園。 見える一帯が、道の駅。
坂を下りてきたところ。

12年11月29日 (1)

地図の、左に向かっている。 

12年11月29日 (2)

途中で、海を見た。  赤○に、分教場。
実際の一本松は、もっと左に。 

二十四の瞳では、一本松は向こうから見える、この辺りにし、そばに大石先生の家があることにした。
実際の距離は13㌔程だが、話の中では8㌔。

12年11月29日 (3)

標識があった。

12年11月29日 (8)

一本松は、ここにあった。 
昔あった木は、昭和20年に台風で倒れ、今のは2代目。 桜の木の向こうに、細く。

12年11月29日 (4)

今は、このように。  一本松神社も。

12年11月29日 (7)

昔の木は、樹齢600年の、島で一番の木だった。
話の中では、何度も出てくる。

12年11月29日 (5)

神社から、海はこのように見える。 分教場は見えない。

12年11月29日 (6)

道の駅に戻った。 坂道を上っていると、こんな看板。
「てのべそうめん」の文字が隠れている。 分かるでしょうか。 答えは、写真の下に。

12年11月29日 (9)

※ て、は左に。  の、は上に。  べ、は右に。  そ、は中央右に。  う、は中央左。
  め、と、ん、は分かりますね。

分教場に戻って、近くのおばあちゃんの話を聞いた。
基本的には、前回聞いた内容からは、大きな広がりはなかった。
ただ、再度、詳しく。

赤○の道が、昔の道。 大石先生が通った道。 5年生になったら、この道を通って、本校に。
※ 壺井栄の妹の、岩井シンさんが、坂手の紫の○から自転車で分教場に通った道。

緑の○の道は、昔は無かった。 私は、この道を戻ってくる。
緑が3㌔だから、赤○の道も、3㌔くらいか。

12年11月29日 (46)

この道。 

12年11月29日 (43)

分教場の少し映画村寄りから、道は山に上る。 映画村が見える。
この時、午後の3時17分。 2時間後は、暗い。 懐中電灯を持った。

12年11月29日 (10)

少し上ったら、この風景。 道を右に曲がったところに、分教場。 
道の突き当たりの、ずっと遠くに、一本松。

12年11月29日 (11)

段畑。 昔は、どこもこのように畑だった。 今は、木が生えてしまった。
ネギを植えている。 冬に向かってるのに。 ジャガイモもあった。

12年11月29日 (12)

※ この後、道を間違って、15分ほど時間を使った。

道は折れ曲がって、右側が海。
急な坂道が続く。 快適に自転車は乗れない。

人に聞いた話だが、この山道は、半分ほどは自転車を押したという。

12年11月29日 (13)

石垣が、このように見える。 先人が、苦労して、山の斜面を畑にした。

12年11月29日 (14)

「二十四の瞳」の題は、どうして生まれたか。 こうなんですね。
壺井栄には、兄弟が10人いた。 他に、2人の子供が、一緒に住んでいた。
それで、12人。  二十四の瞳、となる。

壺井栄は、この題名は急に思いついたのではなく、きっと、温めていた。

山の尾根を越えたら、道は左に曲がり、反対側の海が見えてきた。

12年11月29日 (15)

二十四の瞳の舞台を、どうして、田浦(たのうら)の分校にしたのか。  ※ 苗羽(のうま)小学校田浦分校。
これは、そこに、妹の岩井シンさんが、勤めていたことと、関係ありますね。

こんな崖なら、海沿いに道は作れない。

12年11月29日 (16)

今は舗装してある。
物語は昭和3年から始まるが、この道は、車が通れるような道ではなかった。

12年11月29日 (17)

映画の中でも、この道のどこかで撮影があったという。 
やっと、道は下り始める。

12年11月29日 (18)

向こうに、坂手の港。 
あの町から、妹のシンさんは、田浦の分校に、自転車で通った。

12年11月29日 (19)

途中で、散歩している男の人に会った。 一緒に歩いた。
イノシシが穴を掘ったと、教えてくれた。 ミミズとかを探すために、掘る。

12年11月29日 (20)

坂手の港を、アップで。 フェリーは、神戸からの来た。

12年11月29日 (21)

堀越の集落が見えた。

12年11月29日 (22)

後で知るが、写真の左辺りに、壺井繁治の詩碑がある。
昔はそこに、堀越分校(分教場)があって、そばに壺井繁治の家があった。
壺井栄は、そこに遊びに行ってた。

堀越分校で高等小学校時代の同級生が勤めていた。
その先生の、子供たちとの関わりが気に入っていた。
このことが、大石先生のイメージを作り上げたよう。
※ 妹の岩井シンさんは、特に目立つ人ではなかった。

大石先生のハイカラなイメージは、壺井栄自身が、そうなってみたい姿だったよう。

壺井繁治の詩碑には、暗くなってから行く。

山の向こうは海。 内海湾。

12年11月29日 (23)

昔は、今のような護岸は無かった。

12年11月29日 (24)

瀬戸内海も、台風の時とかは、荒れるのでしょうか。

12年11月29日 (25)

向こうから来た。 赤○の所を通って。

12年11月29日 (26)

湾の方に向かった。 

12年11月29日 (27)

200㍍も歩かないうちに、湾沿いの道に出た。
この時、壺井繁治の詩碑を通り過ぎたことに、気づいた。

12年11月29日 (28)

歩き出したら、道の駅と一本松の場所が、見え出した。

12年11月29日 (29)

一本松には、壺井栄の知人とかが住んでるわけではなかった。
ただ、田浦の人たちが、船で湾を渡ることは、壺井栄は知っていた。

大石先生をどこに住まわすかを考えたとき、上のことがヒントになったと思う。
自分の実家には出来ない。 それでは、安易過ぎる。

急な崖が時々あるので、昔の技術では、道は作れなかった。

12年11月29日 (30)

早く戻って、壺井繁治の詩碑を見なければならない。 

12年11月29日 (31)

間もなく5時。 暗くなってきた。

正面中央の少し左に、一本松。 私の真後ろの方向に、分教場。

12年11月29日 (32)

左に曲がったら、分教場。

12年11月29日 (33)

正面の左に、分教場。

12年11月29日 (34)

田浦の中心街。  私の車も、見える。

12年11月29日 (35)

奥に、分教場。

12年11月29日 (36)

駐車場に戻ったら、おばあちゃんが、私の帰りを待っていた。
私は少しのお土産しか渡さなかったのに、おばあちゃんからは、山ほど頂いてしまった。

※ 田浦の人は、登場人物の誰々は、自分の身内の人と考えている人が多い、と聞く。
  でも、おばあちゃんの言ってる事は、十分真実味があった。

  おばあちゃんの叔母さんに当たる人が、壺井栄の妹の岩井シンさんに習っていた。
  その叔母さんは、若くして結核で亡くなる。
  二十四の瞳の中に、琴江と言う子が、結核になっている。
  おばあちゃんは、琴江のモデルが、おばさんと考えている。  

堀越に戻ってきた。

12年11月29日 (37)

集落の一番奥に、壺井繁治の詩碑はあった。 ここに、昔、学校があった。

12年11月29日 (38)

隣に、繁治の家。 壺井栄が遊びに来たとき、学校の様子が見えた。

12年11月29日 (39)

暗くて読めない。 とりあえず写真を撮った。
「 石は億万年を黙って 暮らしつづけた その間に空は晴れたり曇ったりした 」と、あった。

12年11月29日 (41)   12年11月29日 (40)

動き出す時間が遅いから、最後は暗くなる。
5時22分。 坂手港からフェリーが出て行った。

12年11月29日 (42)

十分ではないけど、「二十四の瞳」が生まれた背景が、何となく分かったでしょうか。

映画によって、二十四の瞳の輝きは、さらに増した。
そう、言えるでしょうね。

【今日の歌】



【道の駅】  オリーブ公園

【明日の予定】   坂手地区を歩く。 生田春月と云う人の、海の詩碑がある。 岬も。
  壺井栄の文学碑も。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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「二十四の瞳」は、映画がヒットして、これ程までになった。
そうだとしても、この話のどこが、面白いのでしょう。
むずかしい。

新美南吉の「ごんぎつね」を読んだら、江戸時代の農村の風景、人々の生活が、鮮やかに頭に浮かぶ。
これに、似ているようにも、思う。

二十四の瞳は、戦時中の、子供たちの生活や人々の考えが、小豆島の美しい風景の中で、表現されている。(特に映画)
そして、戦争についての作者の考えを、登場人物に、やわらかく語らせている。

こんなとこでしょうか。

作品は作品として歩んでいるから、生まれた背景はどうだっていい。
そうなんだが、気になる。

昨日書いたおばあちゃんは、元気だった。
お話は、明日聞くことに。

野球の話ですが、大谷は、日ハムに入りますね。
どうして分かるかって?
この晴れ晴れとした表情を見たら、誰だって、そう思います。

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栗山監督の情熱に、大谷の頑(かたく)なな心は、とけてしまった。
    ※    ※    ※    ※

岬の分教場は、ここに。



道の駅より、少し高いところの展望台から。
左に、小さな湾が入っている。

二十四の瞳の舞台は、正面の低くなった部分の、少し左にある。 

話の中の、大石先生は、一本松の近くに住んでいた。
その一本松は、目の前の坂の下の、右の方。(まだ行ってないが)

※ 壺井栄の妹の、岩井シンと言う人が、そこに住んでいた。(ネット上にこうあるが、確認が必要)  

12年11月28日 (1)

ピンクの所だが、山の陰になって見えない。 右の赤○に、映画村。

12年11月28日 (2)

※ この後、向こうに行く。 映画村の方から見たら、下のように。 ○が、岬の分教場。

DSCFppl3223

内海湾。 1年生の子供たちは、ぐるっとまわって、一本松まで先生に会いに来た。 13㌔ほど。

12年11月28日 (3)

下の写真は、さらに高い展望台から。

12年11月28日 (4)   12年11月28日 (5)

車で向かった。  ここを曲がったら、分教場。 正面に、映画村。

12年11月28日 (6)

岬の分教場。 ※ 旧苗場小学校田浦分校 校舎。
1954年の高峰秀子の映画が、ここで撮影。

12年11月28日 (7)

昭和46年まで使われた。 
※ 撮影された昭和29年と、どこが違うかは、分からない。

12年11月28日 (8)   12年11月28日 (9)

昔は、どこもこんなんだった。

12年11月28日 (10)

高峰秀子。  右は、昔の子供の様子か。 細い道。

12年11月28日 (12)   12年11月28日 (11)

映画の一部。 短いです。
自然の描写は、どれも、普通ではないですよ。 満開の桜とか。

この中に、映画がヒットした理由が、十分にある感じ。

子供との関わりも、実際にこんな先生はいた。
昔のほうが、子供と一緒に生きている、という先生が多かった。



壺井栄の句。  
学校と海の間に、今のような道は無かった。
道は、山の上を通っていた。 ※ 道は残っていて、明日歩く予定。

12年11月28日 (14)   12年11月28日 (13)

※ 写真はたくさんあったが、写真は撮れなかった。 個人の所有のよう。

山を背に、海を見ている。

12年11月28日 (15)

下の動画は、高峰秀子の映画。 
上の校舎を使ったことになっているが、建物は今と違う。
また、海の風景も違う。 どういうことだろう。 ※ 確認しなければならない。



※ 仰げば尊しの歌は、アメリカで作られた。 最近分かった。
  国には、歌で国民の心を、まとめようとの考えがあった。
  それで、よその国から。 ※ 日本に、いいのが無かったので。
  歌は、利用されることが、時々・・。

※ 分教場の事務の人が、映画村にある「壺井栄文学館」に詳しい人がいると教えてくれた。

二十四の瞳 映画村。
田中裕子主演の映画のために作られた。

12年11月28日 (16)

中は広く、いろんな建物がある。 
小さな映画館では、二十四の瞳が、いつも上映されている。

12年11月28日 (17)

今はどの建物も、お土産やさんに、変身。

12年11月28日 (18)   12年11月28日 (19)

岬の分教場。

12年11月28日 (21)

高峰秀子も、田中裕子も、どっちも展示していた。

昨日、フェリーの中で見た写真。
田浦分校の子供も参加した。 ※ 体の小さな1年生だけだった。 

12年11月28日 (23)   12年11月28日 (24)

※ 「喜びも悲しみも・・・」の映画も、木下恵介監督と高峰秀子のコンビ。
   全国の岬に行くと、この歌、また映画によく出会う。
   佐田啓二は、中井貴一にそっくり。



教員住宅。 昔は、地域の人と、よく酒を飲んだ。 娯楽の少ない時代だった。

12年11月28日 (22)

映画村は、半島の細い部分にある。 向こうは四国。 小豆島は、四国とのつながり。

12年11月28日 (20)

何に使う釜でしょう。

12年11月28日 (25)

先生と子供たちの像。 田中裕子の映画の。

12年11月28日 (26)

※ 高峰秀子の映画は、YouTubuで見ることが出来る。 
  映画の著作権の保護期間と云うのは、複雑。
  50年が1つの目途なのか。 

  田中裕子の方は、YouTubeには、全く無い。
  見てみたい。

当時は、騒がれたよう。  映画館にあった写真。

12年11月28日 (27)   12年11月28日 (28)

両方とも、高峰秀子。

12年11月28日 (29)   12年11月28日 (30)

右は、田中裕子。

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写真の自転車は、今もある。

12年11月28日 (33)

戦争に流されない人間を演じるなら、田中裕子は、合うように感じる。

12年11月28日 (34)

左の写真の、真ん中の子は、高木美保。 松江役。  ※ 今の彼女
(子供っぽいので、別人かな、とも)

右の写真に、武田鉄矢。 イメージが強いから、映画が壊れる。 

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右後ろの遠くから歩いてきた。 その時に、記念撮影。

12年11月28日 (37)

左に、松江のことが書いてある。
子供たちの家庭は、どこも貧しかった。

壺井栄は、大石先生に、この小説で伝えたいことを、そっと語らせる。
これがいいんですね。
声高に叫びすぎると、人の心に、染み込まない。
※ 吉永小百合の行動も似ていますよ。

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右の写真。 この人は、高木美保ですね。  松江役。

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「・・・。一緒に泣いてあげる」とある。
上の言葉は、教育を深く学んでいないと、言えない。
しかし、学んでなくても、感覚的に言える先生は、いるんですね。

大石先生は、単なる教師ではなく、教育者に近い先生でしょうか。
今の時代、このような先生は、10人に1人は、いないな~。

12年11月28日 (42)

映画は途中までしか見なかった。

二十四の瞳で描かれている子供は、みんな貧しい。
松江のように、貧しすぎる子も、いる。
こんなことを、思った。

子供は、貧しすぎると、夢を持たなくなるのでは、と。
最低限の豊かさは、「夢が持てる条件」かな・・とも。

※ 「二十四の瞳」が生まれた背景について、壺井栄文学館で、少し教えてもらった。
  このことについては、明日のブログで書きますね。

【その他】  以前、大谷はきっと日ハムに入りますよ、と書いたことがあった。
       それが、現実味を帯びてきた。
       気の早いところは、日ハムに入ると書いてしまったところも。
       本当に日ハムに入ったら、栗山監督の、逆転満塁ホームラン。

ootani111.jpg   ootani222.jpg

【道の駅】   オリーブ公園



【明日の予定】   大石先生がいたところに。 おばあちゃんとお話。 子供たちが歩いた道を。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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