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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

砂澤ビッキの作品は、アイヌの民芸品ではなかった。
芸術の世界で生み出された、レベルの高いものだった。

観光地で売っている似た物は、ビッキのコピー商品かも知れない、と感じた。
ビッキの影響を受けた、のであれば、まだいいのだが。

近くに、北海道命名の地、があった。
    ※    ※    ※    ※

※ お知らせ。

   10日は、砂金掘りは雨で出来なく、北見神威岬を見ました。 
   10日のブログは、11日の晩になります。
   9日のブログに、時間がかかりました。

   それと、もう一つ、事情が。
   自分の、左目なんだけど、飛蚊症(ひぶんしょう)のよう。
   少し前から。

   気になるので、旭川の病院で見てもらうことにしました。  
   今は、美深の道の駅にいます。 11時20分。

   写真の整理が途中ですが、旭川に向かいます。
   
   左目の前を、いつも何かが、ゆらゆらとんでいる。
   何も悪いものは見ていないのに。

   紫外線が悪かったよう。  
   サングラスをつけない日が多かった。
   それから、調べたら、パソコンからも紫外線が出ていた。
   これの対策も、考えなければならない。

   悩みがゼロになる日は、いつになっても、やって来ない。


小頓別に古い建物があった。  場所はここ。



小頓別の駅前にあった、旧丹波屋旅館。 向こうが和館。 手前が洋館。
和館は、大正3年頃。 洋館は、昭和2年。

天北線は、大正3年に、音威子府と小頓別の間が開通した。
 ※ この後、線路は、中頓別・浜頓別と北に向かって伸びる。 稚内まで出来たのは、大正11年。
旭川から稚内への鉄道のメインルートは、こっちだった。

 ※ 上が完成した大正11年に、音威子府・中川・幌延・稚内の、今の宗谷本線を作り始める。
   大正15年に完成。

小頓別駅は、メインルートの駅だったので、駅が出来たのに合わせて、立派な旅館が出来た。

12年9月9日 (1)

※ 雨は、空気もきれいにしてくれる。
  雨の時と、雨上がりの時の写真が、好きかな。

事前に連絡すれば、見学は可能のよう。 

12年9月9日 (2)

目的地は、音威子府村筬島(おさしま)。  天塩川の橋を渡ったところ。

12年9月9日 (3)

※ +を4~5回クリックすると、あっという間に、詳しくなります。



音威子府タワー。   材料は、ヤチダモと、あります。 野球のバットを作る木ですね。  

12年9月9日 (4)   12年9月9日 (5)

エコミュージアムおさしまセンター BIKKY アトリエ3モア は、旧筬島小学校を利用して作った。

12年9月9日 (6)

中は、外から見たイメージと、全く違った。
右から入って、ぐるっとひと回りして、左に出てくる。
 ※ 左は、喫茶の感じで、名前は、「いないいないばぁー」。 酒もある。

受付は、学生さんだった。 きっと、ボランティア。
夢に向かって、彫刻を学んでいる学生さん。 目が、キラキラしていた。
ちょっとだけ、背伸びするように生きている若い人が、好き。

12年9月9日 (41)

この人が、ビッキさん。  建物は、ビッキさんのアトリエだった。

12年9月9日 (40)

ビッキさんの、基本を紹介。(Wikipedia)

  砂澤ビッキ(すなざわ ビッキ, Sunazawa Bikky, 1931年3月6日 - 1989年1月25日)。
  日本の彫刻家。 木彫を専門とする。 北海道旭川市出身。

※ 旭川の近文で生まれています。(今の緑町)
  現在は、近くに、アイヌ記念館がある。
  『アイヌ神謡集』を書いた、知里幸恵(ちりゆきえ)が暮らした場所。
  彼女は、19歳で亡くなるが、その10年後に、ビッキさんは生まれている。

風の回廊。 廊下だったところかな。

12年9月9日 (9)

ビッキさんの両親は、アイヌ。 ビッキさんの戸籍上の名前は、恒雄(ひさお)。
ビッキは、少年の頃からの愛称だという。

 ※ ビッキは、アイヌ語で、カエル。
   秋田方言でも、ビッキは、カエル。
   面白いですよ。 日本語がアイヌ語になったのか、アイヌ語が日本語になったのか。

1953年から67年まで、阿寒湖畔に店を持つ。 その看板。
デッサンも、たくさん描いたよう。 他にもあった。

12年9月9日 (7)   12年9月9日 (8)

彼はこんな人。(Wikipedia)

  土産物の木彫から出発し、大胆にして繊細、原始的にしてモダンな、独自の作風を確立した。
  砂澤自身は「アイヌの芸術家」という、枠にはめられることを嫌った。

アイヌの芸術家のままだったら、国際的に評価されるまでには、ならなかった。

こんな、抽象的な物もある。

12年9月9日 (10)

木彫りの、下の雰囲気の作品がある。 ビッキさんの大きな特徴。
アイヌ文様を発展させたものと、考えていいのか。
ビッキ文様と、呼ばれている。

12年9月9日 (11)

この木彫りのデザインは、初めて出会う世界。

 ※ 私は、モモンガの木彫りを、何年も探していた。 
   北海道の観光地では、いつも探した。 
   阿寒の店も、一昨年探した。 ある人が、あの店に行ってごらん、と教えてくれた。
   えぞりす、というお店。

   あった。 これだ、と思った。 小さいけど、高価だった。
   今まで見た物と、まったく違った。

   そうして、2年程前、函館で、アイヌの人にあった。
   首にぶら下げてる、モモンガの彫り物を見て、  
   ビッキさんの作品に似ているね、と言った。
   弟子の人が作ったかも知れない、と付け加えた。
   この時、ビッキ、と云う名前を知った。

それが、これ。

12年9月9日 (57)

カレイ。 尻尾が動く。 彫った部分は、緑色。 これがいい。

12年9月9日 (12)

絵も描いた。

12年9月9日 (13)   12年9月9日 (14)

新しいデザインも、考えた。

12年9月9日 (15)   12年9月9日 (16)

12年9月9日 (17)

民芸品ではない。

12年9月9日 (18)

こうです。  どうしてよく見えるのかは、分からない。 不思議なデザイン。

12年9月9日 (19)

川で釣った生きた魚は、もちろん美しい。 ビッキさんの手にかかれば、別の世界で輝く。

12年9月9日 (20)

丸い模様が、いっぱいある。

12年9月9日 (21)

再度、私の。  
探して探して、やっと見つかったもの。
    (私の名前は、akkamui。 モモンガのこと。)
尻尾の文様が、まったく、同じ。

12年9月9日 (57)

私は調べた。 まず、ビッキさんに弟子がいるのか。
技術を引き継いだ人が、阿寒にいるのか。
これは、見つからなかった。

ビッキさんの息子さんである、陣さんの文を読んだ。
   ※ 陣さんが、BIKKY アトリエ3モアを現在経営。

嘆いていた。 こんな表現をしていた。
「 阿寒を見てみても良く分かるが、アイヌの工芸師は、真似とコピーのオンパレードである。」

私が買ったモモンガは、優れた形をしていると思う。
それに、ビッキ文様をプラスすることによって、民芸品ではない、1つの作品になっている。
                    ※ 大量生産しているので、民芸品になってしまうかな。
BIKKY アトリエ3モアと、モモンガの作者が、いい関係であればと願う。

ビッキさん。

12年9月9日 (22)

トーテンポールの木霊(こだま)、とあった。
下に横たわっているのは、昔、音威子府の駅前に建立されていた、オトイネップタワー。
手前のは、その時の、試作品。

12年9月9日 (23)

アトリエ:午前3時の部屋。  ビッキさんの製作の場だった。。

12年9月9日 (24)

道具類。

12年9月9日 (25)

アイヌの酋長か。  ※ 晩年の高田渡は、こんな顔をしていた。

12年9月9日 (26)

木彫り。

12年9月9日 (27)   12年9月9日 (28)

ワシ。  背中は、入れ物なのかな。   ※ 飲んでくださいと置いてる水ではない。
※ 追記  入れものでした。 ニーナさんのブログで分かった。 

12年9月9日 (29)

いいですね。

12年9月9日 (30)

こんな表情。

12年9月9日 (31)   12年9月9日 (32)

彫っていたら、いつの間にか、ビッキさん自身の顔になっていくのでしょうか。

12年9月9日 (33)

立体的。   虫や動物に、ビッキ文様は生かされている。

12年9月9日 (34)   12年9月9日 (35)

魚。 ビッキ文様。

DSCF46ppp50

ネットで、検索すると、
左は、アイヌ文様。  昔から見る、文様。
右は、ビッキ文様。

12年9月9日 (58)   12年9月9日 (56)

マリモ伝説。 話しは、こんな内容。

  ※ 阿寒湖にいた菱の実が、水を汚すって、湖の神に嫌われた。 
    湖に置いてほしいって、いくら頼んでもダメだった。
    菱の実は、塘路湖(とうろこ・標茶町にある)に引っ越した。
    引越す時、草をちぎって丸めて、阿寒湖に投げた。
    湖、汚れろ、って叫んで。
    その草が、マリモになった。

  ※ そう言えば、稚内で会ったニーナさん、道東に行った時、塘路湖に行っている。
    気に入ったそう。 道東に住もうかと思った時がある。
    ビッキさんを調べていたら、ニーナさんのブログに出会った。
    ニーナさんは、稚内であった、ビッキさんの作品展を見に行っていた。 3回も。
    音威子府に行きたいとも、言っている。
       ※ ニーナさんが歌う 「百万本のバラ」と、「大好きなあなた」 ~稚内市 ロシア料理店 ペチカにて~  他  (2012/8/29)                   

12年9月9日 (38)

ビッキさんの年譜。

12年9月9日 (39)

現在、エコミュージアムおさしまセンター BIKKY アトリエ3モア は、
音威子府村、そして、北海道おといねっぷ美術工芸高等学校と一体になって、取り組みを進めている。

それから、なぜ、ビッキさんが音威子府に来たかだが、
ビッキさんは、狩野剛という、音威子府高校の校長に出会った。 
その校長の誘い。

校長の、どんな言葉が、ビッキさんの心を動かしたのか。
それが知りたいが、分からない。 これかなと、思うのが、
   「高校で工芸に力を入れたいので、生徒に指導してほしい」 
このように、頼られたことかな、と。

その後に、音威子府を見に行くことになる。  見たら、すっかり気に入ってしまった。
音威子府の自然と、そこに住む人に、きっと惚れたんでしょうね。

現在、ビッキさんの存在は、音威子府村の、精神的な支柱、になっている感じがする。

外に、天塩川の案内。

12年9月9日 (42)

字は読めないけど。

12年9月9日 (43)

BIKKY アトリエ3モア から、国道に出て、少しだけ、北に走った。 右に行く。

12年9月9日 (44)

駐車場から少し歩く。   天塩川は、コンクリートの手前。

12年9月9日 (45)

場所はここ。



ここで、何があって、北海道命名の地となったのか。

12年9月9日 (46)

ここに、昔、アイヌのアエトモ長老がいた。
長老が、アイヌは自分の国を呼ぶ時、加伊(かい)と云う、と言った。

北にあるから、「北」。 そして「加伊」。 
日本全体を、東海道、南街道とかに分けた時代があって、それから、「道」を使った。
合わせて、北加伊道。  これと、他のいくつかを、明治政府に提案。
北加伊道が採用。 表記は、北海道となる。

 ※ ただ、この説に証拠はないと、金田一京助が言っている。
   上の内容は、松浦武四郎が言ってるだけのこと。
   いつもそうだけど、このように、情報が個人からしかない場合は、そうかもしれない、くらいで押さえる必要がある。

12年9月9日 (47)

音威子府駅の紹介。 音威子府は、天北線が分岐していたので、発展した。

12年9月9日 (48)   12年9月9日 (49)

12年9月9日 (50)   12年9月9日 (51)

駅のソバのお店は閉まっていた。

12年9月9日 (52)   12年9月9日 (53)

音威子府ソバは、結構知られている。 周りの皮も、一緒に粉にしてしまう。
だから、黒い。
かしわソバとかなら、美味しい・まずいは、分かる。
でも、もりソバだと、分かりにくい。 こんなもんかな、ってなってしまう。 私の舌は。

12年9月9日 (54)   12年9月9日 (55)

北海道アイヌ協会って云うのがある。 以前、不正な会計処理が続いた。
こんなことなどがあって、BIKKY アトリエ3モア の砂澤陣さんは、協会の姿勢に腹を立てている。
陣さんの生き方は、きっと、ビッキさんの生き方なんだろうな、と思った。


【今日の歌】
sp­eedは、みんな子どもだった。 大人になっても通用しそうなのは、上原多香子だけだった。
最近結婚した。 もし離婚するとすれば、その原因は、彼女の内にある、強さのようなものかもしれない。
期待している訳ではないけど。

これの、編曲が好きです。



  ※ 佐世保の夜景 ~佐世保市~  ブルー・ライト・ヨコハマ、奇跡のペニシリン  他  (2012/2/2)

【明日の予定】   砂金掘りかな。
          川で採れる所は、日本に、3~4ヶ所しかない。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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