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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

稚内駅周辺は、すっかり変わった。
駅舎は、明るいイメージで、今風。 誰が設計したんだろう、って思う。
広い大地と、青い空に、似合っている。
最果ての地に下り立った時、誰もが、暗い気持ちにはならない。
    ※    ※    ※    ※

中央に稚内駅。
地図に、道の駅は載ってないけど、駅の右側に駐車場。 ずっと右の海まで。

地元の人が停めようが、誰が勝手に停めようが、広すぎるから、困らない。

12年8月30日 (3)m

道の駅の建物は、JRの駅と同じ。 両方を、併設している。 
※ 建物全体は、キタカラと呼んでる、複合施設。

道の駅のトイレは、駅舎の左端にある。 24時間。

※ 道の駅は、JRの駅のように、道にも駅があったらいいなと、あっちこっちに作られた。
  当初は、JRの駅のないところに多く作られたが、最近は、駅の近くにもある。
  さらに、稚内のように、両方一緒の駅も珍しくなくなった。

12年8月30日 (2)

古い稚内駅は、この辺にあった。 線路は、ここまで来ていた。 それで、記念碑。

更にもっと昔は、まだまだ線路はあった。 防波堤の方まで。
その部分は、道に、線路の模様。 写真に、少し見える。

12年8月30日 (1)

下の写真は、2010年8月20日に撮影。 古い駅と、新しい駅の一部が、いっしょにある。

この時、どこが駅なのか、すぐに分からなかった。

20100821132222e1fnn.jpg

稚内駅は、日本最北端の駅。 最西端、最東端は行ったが、最南端は、行ってない。

※ 最西端の駅は、たびら平戸口駅。  最東端は、東根室駅。   関連ブログは、最後に。

今の駅には、線路は1本しかない。
昔は、網目のようにあった。 船に乗る所までも。  
全盛期は、トラック輸送が始まる前か。  

65667.jpg

駅舎には、映画館やコンビニもある。

吉永小百合だ。 映画のロケがあった。

12年8月30日 (5)

吉永小百合は、どうして、こんな風に見えるんだろう。
健康と、考え方の若さかな。 生き方もあるか。

私は、この写真を見ていたので、ニーナさんが彼女と重なった。

子供たちの表情がいい。

12年8月30日 (4)



※ JRの大人の休日クラブで、宮古編が出た。 新しい。
  吉永小百合は、いつも、さあ行くわよ!、っていう雰囲気を持っている。
  そこが、好き。
      ( 私の調子いい時は、どこまでも行くぞ、ってなるんだが・・・。)



駅の隣に、北市場。 通路に、タラバガニがいた。 ※ この大きさだと、1万5~6千円だそう。

12年8月30日 (7)

稚内港北防波堤ドーム。
※ 私は、駐車場の、一番端に停めている。 目の前に、これが見える。

12年8月30日 (8)

観光客は、これは何だろうって考える。 不思議なデザイン。 考えた人に、脱帽。
この下を通って、向こうに行く。 そして、船に乗った。
※ 今のフェリー乗り場は、こっちではない。

12年8月30日 (9)

昭和11年に完成して、昭和55年に改築された。
 ※ 戦後、大鵬親子が、この下を手をつないで、向こうからこっちに歩いてきたのかな。
   母親の体調が悪かったので、下船した。 船は、留萌沖で撃沈される。

12年8月30日 (10)

木の枠を作って、その中に、コンクリートを流し込んだ。
昭和6年から、作り始めた。

12年8月30日 (6)

防波堤の上を歩けたら、面白い。

12年8月30日 (11)

ずっと向こうに、宗谷岬がある。

12年8月30日 (12)

中央に、稚内駅。

12年8月30日 (13)

今日は、いそがしかった。
昨日の、ニーナさんのブログが、とりあえず完成したのが、夕方の5時過ぎ。 朝から、ずっと。
急いで印刷して、ペチカにいるニーナさんに届けてきた。
見てもらって、直しが必要な所は、直すことになる。

明日の晩(31日)、Tさんと、ペチカにもう一度行って来る。

【関連ブログ】  日本最西端の駅、たびら平戸口駅  たびら昆虫自然園 ~平戸市~ 情熱のルンバ、純情二重奏 (2012/1/27)
           日本最東端の駅 東根室駅  明治公園  涙香岬  他 ~根室市~   他  (2010/9/2)
         ※ 最南端駅は、鹿児島県の西大山駅。 開聞岳が目の前。
           近くを何度も通っているが、寄ったことはない。 今度。
                      ※ 開聞岳には、2010年1月1日に登った。 その時の写真。
        20100101233202f5cp.jpg

【今日の曲】
百万本のバラを、徳永英明が歌っていることは、ニーナさんも言っていた。
画面をクリックすると、YouTubeに。

tokunagatrt56.jpg 

演奏は、三根信宏。 プロ。  ※ 昔、ディック・ミネと云う歌手がいた。 その人の、3男。



【その他】
城之内早苗の「北の旅路」という歌だが、舞台は網走駅と思っていたが、稚内駅でも合うように思う。
特に、古かった時の駅。
涙の岬、と云う言葉が出てくる。 どっちの岬だろう。 どっちも、涙の岬か。



※ この曲の思い出に関しては、2011年11月22日に、詳しく書いてあります。
※ この曲にコメントを書いてくれた人がいる。
  少し前、亡くなった。 亡くなる前日の晩、その人からメールをいただいた。
  次の日の早朝、返事のメールを送った。 読んでいただけたか、分かっていない。

【道の駅】   わっかない

【明日の予定】   どこかを歩く。 山の上の、稚内公園に行くとか。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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よかったですよ。
ニーナさんが歌う「百万本のバラ」。
上手でした。 
ニーナさんの声は、聴いてて、とっても心地いいものでした。

「大好きなあなた」と云う曲も、歌ってくれました。
初めて聴く曲。  ( ネット上には無い曲です。)
これも、いいですよ。
    ※    ※    ※    ※

ニーナさんは、最果ての町、稚内にいます。



お店は、副港市場の前。



いくつかお店があって、まとめて、波止場横町。



    ※ ここから少し、私的な部分。

      Tさんと、7時に待ち合わせしていた。
      ところが、6時頃、時間があるから家に遊びにおいでって、車で迎えに来てくれた。
      ビールを飲んで、お寿司を御馳走になってしまった。 ウニもたくさん。
      奥さまと3人で、稚内のことを、おしゃべり。

      Tさんは、Aさんと云う人を誘った。
      私は、大学以来会っていない。

      7時半にお店の前に。 奥さまが送ってくれた。
      Aさんがやってきた。 不思議なもんで、昔の面影は、ちゃんと残っていた。 
      少し早口で、大きな声の話し方は、同じだった。

ロシア料理、ペチカ。  店長は、ニーナさん。

12年8月29日 (1)

お店は混んでいた。 
外で15分程、空くのを待った。
店の中には、ニーナさんと思われる人が動いていた。 すぐに、分かった。

今日の稚内は、夜になっても、むし暑い。
外で、風に当たっていたら、丁度いい。
この暑さは、稚内の人達に、これで暑い日はもう十分ですね、と言ってるようだ。

ロシア料理。 食べたことないものばかり。
下のは、ロシアの餃子。 焼いたのを注文。

12年8月29日 (2)

酒は、最初はビール。  
  ※ 飲んだのは、バルチカビール。 ビール会社「バルチカ」のビール。
    本社は、サンクトペテルブルク。
        (バルチカ、と云う言葉は、バルト海のバルトと、関係ありそう)
    ハバロフスクでも、作られている。 (アムール川沿いにある町)
    度数を選べるのが、特徴。 注文したのは、4%程の度数の低いやつ。

飲みやすく、くせが無い。 美味しい。
その後は、のどが焼けるようなウォッカを、水を飲みながら、飲んだ。

8時半過ぎ、ニーナさんは、歌の準備をした。
この時間になったら、いつも歌うよう。

12年8月29日 (3)

最初、短い曲を歌った。 この時に、写真を撮って、動画の準備をした。 
                 ※ ニーナさんに、了解をいただいて。 YouTubuに載せることも。

12年8月29日 (4)

歌詞は見ない。 当たり前か。 彼女は、若い時から歌っている。 
ギターの音が、はっきりしている、という印象を持った。

※ 追記  ニーナさんの使用しているギターは、フラメンコギター。(31日に、ニーナさんに聞いた)
        これは、ナイロン弦のアコースティックギターの一種。
        明るくて、立ち上がりが鋭く、歯切れの良い音色を特徴とする。(Wikipedia)

        余計な話・・・私のミニアコースティックギターも、ナイロン弦。 私が勝手に、張り替えた。
                やわらかい音が、好きなので。

12年8月29日 (5)

※ お客さんの中には地元の人もいて、ニーナさんの歌声を聴きなれてる人がいます。
  その人は、歌を聴きながら、お話しを続けています。
  でも、歌が始まったら、そんなに気になりません。

ニーナさんと、百万本のバラについて、少し話していた。
そんなことがあって、歌ってくれた。



次に歌ったのが、「大好きなあなた」。 遊び心いっぱいの歌です。
素晴らしい歌だけど、日本には伝わっていない。
           ※ 題名だけ、「おけら」という音楽のサイトに載っていた。 他は、ない。  
キュートな、歌い方ですよ。   



いろんな料理を注文した。 酒も色々。

12年8月29日 (6)

歌の後、仕事の合間に、ニーナさんは、私の質問に答えてくれた。
ここからは、ニーナさんを紹介。

ニーナさんのお父さんは、日本人。 (満州鉄道の調査部にいた)
お母さんは、ロシア人。 (ニーナさんは、ハーフロシアンと、自分を言っている)
ニーナさんは、ハルビンで生まれた。

※ ニーナさんの家系は、母の父の代から、ハルビンに暮らす。
  母の父は、満鉄の技師として、ロシアからやってきた。
  ニーナさんは、祖父がやってきたのは、1890年代と言った。
  このことについて、調べてみた。

  この時はまだ、ロシア帝国時代。
  ロシア帝国は、1898年に、満州横断鉄道の建設を始めた。
  高い教育を受けた技師として来ているから、この1898年に来たと考えていい。

  1917年にロシア革命。
    ※ この時期に、外国に出た人は、白系ロシア人と呼ばれる。
    ※ スタルヒンの家族は、革命の後に逃げたので、白系ロシア人。
  ニーナさんは、白系ロシア人ではない。(ニーナさんも、そう考えている)

ハルビンは、下の地図。 
   ※ スタルヒン家族も、何年か、ハルビンにいた。 一緒にいた時代がある。
   ※ 稚内と、緯度が、そんなに変わらない。
   ※ 日ハム、旭川スタルヒン球場で、大勝。  1イニング、11点。  市民の応援が届いた。~旭川市~  他  (2012/8/21) 



ニーナさんのお母様。 美しい人です。 
名前は、ガールムシェワ・エフゲニヤ・ニコラエブナ。
  ※ ニーナさんの話では、ニコラエブナ、というのは、よくあるそう。
    そう言えば、アナスタシア・ニコラエブナ、という人がいた。 最後のロシア皇帝の、第4皇女。

  ※ ここからの写真は、アルバムの写真を撮影させていただいた。

12年8月29日 (9)

アーラ・プガチョワ。 この人が、旧ソ連で、最初に「百万本のバラ」を歌う。



ここで、ニーナさんが、どうして、百万本のバラを歌うことになったのか。

ニーナさんは、若い頃、水星社という所に所属していた。
水星社は、ロシアのヒット曲を探していた。
その時に、百万本のバラを見つけた。

日本で売り出すことのできる権利(著作権)を買い取った。
歌ったのは、ニーナさん。
 ※ 買い取ってからの1年間、歌ったのはニーナさんだけ。 
   会社は、他の人には、歌わせなかった。

 ※ ニーナさんは、1978年から、NHKのロシア語講座の今月の歌で、色んな歌を歌い始めていた。
   レコードデビューは、1982年。

1983年に、百万本のバラを、ロシア語と日本語で発売。
この時の歌は、YouTubuには、ない。 ※ 誰か載せたらいいのに。

1984年に、岩谷時子さんの訳詞で、小田陽子さんが歌う。
サビのロシア語の部分の発音が難しいということで、ニーナさんが、小田さんの発音に関わったと云う。

この小田陽子さんは、百万本のバラの原曲の、「マーラが与えた人生」も歌っている。
歌が生まれた、ラトビアに行っている。



加藤登紀子のお父さんは、ニーナさんの歌が、大好きだった。
ニーナさんのレコードを、たくさん売ってくれた。
  ※ 実は、親同士は、おトキさんのデビュー前から親しい関係。

そんなことで、ニーナさん、おトキさんを含めた、家族ぐるみで親しくなっていく。
  ※ 現在も、親しくお付き合い。
  ※ 加藤さんの家族も、ハルビンにいた。 おトキさんは、ハルビンで生まれている。

1987年に、加藤登紀子さんが、百万本のバラを歌って、より、全国的に広めることになる。

12年8月29日 (8)

1987年の7月に、プガチョワさん夫妻が、初めて、日本に来る。
おトキさんが、日比谷の野外音楽堂で歌うことになり、そのゲスト出演のために来た。
 
プガチョワさんは、おトキさんを通して、ニーナさんを知った。
当時、ニーナさんは、銀座に店があった。
下の写真は、ニーナさんのお店で撮影。 

左は、ニーナさん。 
右は、アーラ・プガチョワ。 旧ソ連で、百万本のバラを最初に歌った人。
旧ソ連で最初、日本で最初、その2人が並んでいる。

12年8月29日 (7)

男の人は、プガチョワさんの当時の旦那様。  ニーナさんは、いつも、ちょっと控え目な表情。 それがいい。

12年8月29日 (10)

※ 上の写真の、後ろの絵は、忘れえぬ女(ひと)。(私の絵を撮影)     忘れえぬ女 (イワン・クラムスコイ)  他  (2009/07/07



ニーナさんは、独学でロシア語を学んだ。
お母さんは、もちろん話せたが、ニーナさんに教えるのが、大変だったよう。

ハーフロシアンの友人の紹介で、近くに住んでいるグルジア人女性と知り合いになる。
それがきっかけで、1年半、グルジアに行って暮らすことになる。(2005年~)
  ※ グルジアは、「百万本のバラ」の唄で、バラを贈った画家、ピロスマニの国でもある。
  ※ 場所は、シリアの北にトルコ、トルコの北にある。



※ 676543kkkk.jpg    676543pppppoop.jpg

  ピロスマニはマルガリータに、バラを贈るんだが、その舞台は、ソチ。  1894年のこと。

   ※ この時のピロスマニの年齢は、32歳と分かっている。   
     でも、マルガリータの年齢が、どうしても分からない。  
     1969年に、彼女は、ピロスマニの描いた上の右の絵を、パリで見ている。(と言われる)
     出会った年から、75年経っている。 15歳から、20歳の間か。
     分かる人がいたら、教えてほしい。     

  ソチは、2014年の冬季オリンピックが、開催される町。
  ソチは、ソ連時代、保養地として整備されていった。

soti87899.jpg

 ※ グルジアでは、バラ革命と云う、無血の革命があった。
   このバラは、アンネのバラ
     ( つぼみは深紅、花が開き始めると、黄色から淡いピンクへ変化。)

2006年の秋に、1年半ぶりに、日本に戻った。 
ニーナさんから見た東京は、人が混み入っていた。

北海道を旅した。 道東に住むつもりでいた。
息子さんが稚内にいたので、遊びに行ったみた。
そうしたら、稚内を気に入ってしまった。

それで、2006年の秋から、稚内に拠点を移す。
あっという間に、地域に溶け込んで、観光の面でも、大きな役割を果たしている。

吉永小百合の映画のロケが、稚内であった。
ニーナさんの生き方、輝きは、吉永小百合のそれと重なった。
映画、音楽と、住む世界は違っても。
ニーナさんにお会いして、今日、そんなことを感じた。

間もなく、お店が閉まる、午後11時。

12年8月29日 (12)

歌を聴いて、ニーナさんとお話しできた。
美味しいものをいっぱい食べて、そして飲んだ。
男3人で、懐かしい話も、した。

月のいい、晩だった。

12年8月29日 (11)

※ 今日のブログは、ニーナさんの携帯のメールに、送ることになっていた。
  でも、量が多いので、印刷して、30日の晩に、ニーナさんに渡す。
  31日の晩に、直す所を、教えてもらう。

※ 追記  ニーナさんにお会いし、変更する部分を教えていただいた。     
      31日の深夜現在、一応、修正は、完了しています。

※ 追記  下の動画は、誰が歌っているか、分からない。  偶然、見つけた。
      もしかしたら、ニーナさんかもしれない。 声質と歌い方が、似てる感じがする。
      ある人が、コメントで、
      テレビの「ロシア語会話」のなかの今月の歌で流れていたもので­はないでしょうか、と言っている。
      ニーナさんに確認しなければならない。
      この部分、ニーナさんに渡していない。
      もしそうだったら、ニーナさんが、最初に歌った、百万本のバラになる。
      貴重な音源。  (念のため、保存した)   



※ 追記  ニーナさへの確認は出来ていないが、私は、歌っているのは、ニーナさんに間違いないと思っている。(9月1日朝)
      上を聴いた時、冴木杏奈と云う人に発声が似ていると思った。 それが、第一印象。
      そして、ニーナさんのCDを1日の朝に、聴いた。
      ペチカでは気づかなかったが、CDから流れてきた声は、冴木杏奈の声の出し方に、とても似ていた。
      冴木杏奈が、ニーナさんに似ていた訳だけど。  ※ 冴木杏奈 は、旭川出身。 
      ニーナさんに、間違いないと思っています。

※ 追記  確認できました。(9月2日朝)
      ニーナさんから、電話をいただきました。
      間違いなく、ニーナさんでした。
      ロシア語の発音を正確に、歌おうとしたそうです。
      ニーナさんは、YouTubeに、この動画があることは、知りませんでした。
      いろんな話をしました。 40分程。
      ニーナさんの生い立ちを含めて。
      メモした物は、整理しておきます。 
      ブログには書きませんが、1つのドラマにまとめることが出来る内容です。 

細かな点の修正も終わり、これで一段落です。
たくさんの情報を、ニーナさんから頂きました。
感謝します。

※ このブログは、インターネットで、「稚内市 ニーナ」で検索すると、9月2日現在、一番上に出てきます。
  多くの人に、読んでいただいたおかげです。
  いつまでも、読まれることを願います。

私は、今年の3月7日に、九州の最南端に近い、かのやばら園に行きました。
その日に、百万本のバラを調べました。
ニーナさんを知りました。 そして、こう書きました。

  彼女は現在、最北の稚内で、ロシア料理店を経営している。
  稚内に行ったら、寄ってみましょうか。 
  今年の夏は、稚内そして礼文島でもいい。 花の浮島礼文島ですから。

この時の願いが、叶いました。

またいつか、ニーナさんのお店「ペチカ」に、お邪魔します。
そして、ペチカで、心を温めてもらいます。

【動画】  この動画は、9月1日に撮影したものです。 
      ペチカの、すぐ側を通ります。
      ニーナさんが歌う、「18才」が流れます。
訳詞を作ったのは、ニーナさん本人です。
  
      ※ 「ロシア民謡と弾き語りの夕べ ’07」の中の1曲。
        黒い瞳など、聴いて、いな~ってのが、詰まっている。 (、を、 に、したいところ)
        お話しも、なかなか、面白い。
        CDは、ペチカで買うことが出来ます。
      ※ このCDを聴いた時、上の動画は、ニーナさんに間違いない、と思いました。
                          
                                 DSCF4133bbpppl



【その他】   ニーナさんは、稚内観光マイスターの資格を持っています。
        また、「ふるさと稚内」という曲の作詞・作曲をし、歌っています。
        
        ふるさと稚内(YouTybe)

【関連ブログ】  一日雨でした。  かのやばら園を少しだけ。~鹿屋市~  百万本のバラ 「ラトビアで、ソ連で、日本で最初に歌った人達」  (2012/3/7)
          高さ68㍍の吊橋から見る、神川大滝  小滝は裏見の滝 ~錦江町~  マーラが与えた人生(百万本のバラの原曲)  (2012/3/8)
          南大隅町を散策 ~島泊の磨崖仏は山奥だった~  「マーラが与えた人生」と「百万本のバラ」、まとめ  (2012/3/9)

【停泊場所】   稚内副港市場の駐車場

【明日の予定】  市内の散策

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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