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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

「ここに幸あり」の資料は、昨日、図書館で見た。
この曲が生まれるまで、どんなドラマがあったかに興味があった。

作曲した飯田三郎は、長く根室市に貢献することになる。
私の最初の赴任校、幌茂尻小学校の校歌も作曲していた。

根室に数日いたが、また羅臼に戻ることに。
最後に、涙香岬(るいかみさき)を眺めて。
    ※    ※    ※    ※

ここに幸ありは、根室の市街地にいたら、いっつも聴く。
防災無線のような放送で、朝の8時と午後の3時に流れる。

停泊していたときわ台公園は、市役所の隣。
スピーカーは、市役所の建物の上にあるようだ。

歌碑が、市役所の前にある。

12年7月27日 (12)

作詞は、高橋 掬太郎(きくたろう)。(1901~1970) 
作曲は、飯田三郎。         (1912~2003)
高橋の方が。11歳年上。
2人とも、根室出身。
 
高橋は、国後島で生まれている。 仕事のスタートは、根室新聞社の記者。

飯田は、市内の梅ヶ枝町で生まれている。 繁華街で、根室港に近い。
根室商業高に進学し、作曲を独学で学んでいる。 
どんな夢があって、作曲を身に付けようとしたかは分からない。

12年7月27日 (14)   12年7月27日 (13)

大津美子(おおつよしこ)が歌った。 彼女の代表曲。



歌碑の裏に、楽譜と2人の経歴があった。 よく見ないと、霞んでいて読めない。

12年7月27日 (15)   12年7月27日 (16)

これが、レコードに録音されたもの。 こっちの方がいいかな。



根室市図書館の2階に、飯田三郎資料展示室があった。
彼は、北国讃歌を作るなど、根室市とは生涯関わりが深かった。

12年7月27日 (18)

下の説明を見ると、昭和8年(1933年)に高橋掬太郎が故郷根室を訪れた。
高橋は32歳。 飯田は、21歳。
高橋と飯田の関わりは、この時に生まれる。 
そうして、3年後の昭和11年に、最初の2人の曲「愛のグラス」が生まれる。

12年7月27日 (5)

「愛のグラス」を歌ったのは、松平 晃(まつだいら あきら)。
この曲の、歌詞やメロディは、ネット上にはない。
ただ、歌謡大全には、下のように載っている。 間違いなく、作られた。

kayoutaizenn786.jpg

松平晃は、「サーカスの歌」を歌った人。



次の年の昭和12年、上京して、コロンビアレコードの専属になる。
この後は、作曲家としての力を高めていく。
昭和31年に、「ここに幸あり」が生まれる。

ここに幸ありの、楽譜と歌詞。

12年7月27日 (6)

高橋菊太郎は、昭和6年、酒は涙か溜息か、でデビューしている。
根室に来る2年前。 30歳。 売れっ子の作詞家として、スタートを切っていた。



「ここに幸あり」は、同名の映画の主題歌。
彼女たちが歌うと、こうなる。



古いレコードや、楽譜、歌詞、サインなどが展示されていた。

12年7月27日 (17)

大津美子は、1990年のNHK紅白歌合戦で、ここに幸ありを歌っている。

12年7月27日 (1)

この曲も、2人の曲。 昭和22年。



ここに幸ありの、演奏用の楽譜。  飯田三郎、直筆。

12年7月27日 (2)

ここに幸ありがうまれて、27年経っている。

12年7月27日 (3)

実は、飯田三郎は、私の最初の赴任校、幌茂尻小学校の校歌も作曲している。
私は、楽譜も歌詞も見なくたって、まだ歌える。
  ※ ギターを弾いて歌ってみて、恥ずかしくないものだったら、YouTubeに、と思うんだが。
    どういう形かで、残せたらと思う。 
    (札幌のTさんに演奏してもらう、と云う方法もあるか)    

12年7月27日 (7)

今はないが、こんな校舎だった。 道を挟んだ向かいに、私は住んでいた。 最初は、電話もなかった。

12年7月27日 (8)

飯田三郎とは関係ないが、下の歌が、幌茂尻小学校にはあった。
卒業式で歌った。 
今回楽譜は見つけられなかったけれど、根室市の教育委員会には、きっとある。
若い先生方で作った曲。 
子供たちが歌うのを、いつも感動して聴いていた。
だいたいなら、歌えるかな。

この曲も、何とかして、YouTubeに残せたらいい。

12年7月27日 (9)

根室を出る時、涙香岬を見に行った。 
今度根室には、いつ来れるか分からないので。
※ 涙香岬については、たくさんの記事で書いています。 
  ブログ内検索すると見つかります。 放浪の旅のⅠの方かな。

12年7月27日 (10)

別海の浜で、1時間ほど釣り。 少しのゴミを燃やした。 カレイは釣れなかった。
この浜で昔、サケ釣りをした。 この浜から職場に通ったことも。

12年7月27日 (11)

「ここに幸あり」の歌が気になっていたので、調べてみた。
大きなドラマのようなのは、見つけられなかったけど、流れは分かったでしょうか。

図書館では、「密猟の海で」という本を読んだ。 1時間ほど。
昔、レポ船と云う密猟船があった。
そのことについて書いてあった。

今日書くには時間が無い。
雨が降った日に、羅臼の図書館で、残りも読んで、書けたら書きます。

中間ラインの向こうに行ったら、10倍の漁獲高があった。
ロシア警備艇と、うまく関わりを作り上げたら、中間ラインを越えることが出来た。

レポ船が盛んだった時代、根室は潤った。
ネオン街は、不夜城のように、朝まで灯りは消えなかった。
船底(ふなぞこ)の下は地獄だと言って、漁師は、宵越しの金は持たなかった。
そんな時代があった。

【その他】
オリンピックが始まったが、ロンドンと日本の時差は9時間。
地球は、北極の方から見ると、左回りに周っている。
日本の方が、9時間早く朝を迎える。
日本が晩の6時になったら、ロンドンは朝の9時。

ということで、夕方から、いろんな競技の実況が始まる。
今日気付いた。

実況で見た方が感動が大きい。

【道の駅】   知床・らうす

【明日の予定】  オリンピックを少し見るかな。
         どうやったら熊を見ることが出来るか、それを考える。
         半島の先の方に移動するかもしれない。
         相泊温泉の方に。 

※ ランキングは最近載せていなかったんですが、応援していただいている状態が続いています。
  それで、また載せることに・・・。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

meisigazoupppm.jpg

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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