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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

賃貸物件が、希望の値段にならないと分かった時、私は少しホッとした。
もしなっていたら、借りると決めていたが、不安はあった。
温泉付き別荘と云う夢を、2日ほど見た。

結局、賃貸物件については、話しがまとまりませんでした。

キャンピングカーで生活するのが、今の私には、一番の安上がり。
そのこともあって、決断は出来なかった。

これから、どうすればいいのかな。
のんびりしたいと云う気持ちもあるし、元のような旅がしたいという気持ちもある。

むずかしい。 何を楽しみに旅をすればいいのか、それがはっきりしない。
見つけることは、できるか。

しばらくの間は、車での旅と云うより、車での生活になりそう。

夏は、どこで過そうか。
羅臼かな。 無料の熊の湯もあるし。

秋までに、安くて気に入った賃貸物件が見つからなければ、再度南下するしかない。
その時のために、気持ちの立て直しが大事になる。

旅をしたくて始めた旅なんだから、苦しい旅になったら、大変。

7日に伊達のKさん、9日には札幌のTさんに会います。
いろんなことを話そうと思う。

旅をしないとすれば、何をすればいいのか。
気持ちの立て直しの他には、次の旅への準備かなと思う。
新たな見所の発見というか。

ブログの整理もある。
山のブログを集めるとか。 町並み、城、洞窟、なども。

のんびりしたい気持ちもあるので、賃貸物件は、探し続けようと思う。

生きると云うのは、むずかしい。
私の居場所は、どこなんだろう。

誰もいない山奥の道を一人で歩いてる時、ここが自分の居場所かなって、思うことがある。

私は楽観的だから、きっと、何とかするでしょう。

そう言えば、今日、こんなことがあった。
車の中で昼寝していたら、何人かの人が、車の側を通り過ぎた。
その時、一人の人が、このブログ読んだことある、と叫んだ。(窓の貼り紙を見て)

嬉しい一言かな。

もしかしたら、私のブログは、私にとっての財産かもしれない。
そんなことを少しだけ、考えました。

温泉付き別荘は、夢に終わりました。

【思い出のブログ】
一番美しいと思った花は、アポイ岳で見ました。
   カンラン岩のアポイ岳は、高山植物の宝庫だった ~様似町~   他  (2010/8/8)

【今日の歌】
ショスタコービッチのセカンドワルツです。



【道の駅】  みたら室蘭

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

meisigazoupppm.jpg

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昨日のブログに書いた賃貸物件を、今日の午後見せていただきました。
場所は、白老町竹原。 
登別温泉やクッタラ湖まで、10㌔ちょっと、という場所です。

12年7月5日 (3)

業者の方と、オーナー(持ち主)の方が、迎えてくれました。
2人の方は親子で、温かく迎えてくれました。
また、丁寧に説明していただき、温泉にまで入れさせてもらいました。

間取りは、下の図で、左の部屋は6畳に見えますが、実際は8畳で正方形です。
湯船の大きさは、一坪の半分でした。 大人3人が入っても、狭くない大きさでした。
かけ流しで、常時お湯が、あふれ出ていました。

12年7月5日 (1)

一人で生活するには十分な広さです。
家の北側が玄関で、そこに駐車場。 私の車と、もう1台停めることが出来ます。
南側に、家と同じくらい広い土地があります。
砕石が敷いてあり、眺めていて、つかれない風景でした。
 ※ 直ぐ近くに広い道があり、その道は駐車可能。

もし借りると決まれば、冷蔵庫や洗濯機や電子レンジなど、全て使わせていただけます。

温泉に入りましたが、お風呂とは全く違う感じです。
いいものです。 一人では広すぎる大きさ。 シャワーもあります。

建物は、築15年。 外も中も、とても綺麗でした。

一つだけ問題がありました。
気にしていた温泉の湯の温度ですが、今は十分に温かいのですが、冬になると35度くらいに下がるそうです。
それで、ボイラーで温めることになります。
※ 敷地の隅っこに、温泉ポンプ室があって、ボイラーはそこにあります。

この出費がプラスされることが分かりました。

最終的に、私が支払い可能な予算を伝えました。
それは、表記されていた賃料より、1万円安いものです。
その額を、検討していただくことになりました。

明日、結論が出ます。
もしまとまらなければ、この夏動きながら、別のを探すことになります。

※ 浜を歩いてみました。 海まで、歩いて5分です。
  ただ、砂浜ではなく、テトラポットが並んでいるので、釣りはむずかしいです。
  車で少し走れば、釣りやすい場所はありました。


数日前のブログに、「あることをした」と書きました。
後日書くと言ってあったのですが、書ける状態になったので、書きます。

昨年の4月13日のブログは、「最後まで防災無線で叫び続けた人は、2人いた」でした。
今年の3月に、NHKが「全音声が見つかる」というニュースを出しました。

内容は、下のものです。

12年7月5日 (2)

防災無線で呼び掛けた総数は、62回。
遠藤未希さんが、44回。 三浦毅さんが、18回。

「最後まで防災無線で叫び続けた人は、2人いた」ということが証明されました。
このニュースがネット紹介された時、私のブログも紹介されました。
私のブログのアクセス数は、2つのブログの総数で、1000位なのですが、その日は、約5万になりました。

その日以来、上のブログは、ネットで見つけやすい位置にあり、多くの人に読まれるようになりました。
※ 「南三陸 防災無線」で検索した時、YouTube以外では、一番上に。

また、震災関係のブログの記事は、国会図書館が収集して永久に保存することになりました。

そんなことがあり、記事の内容に問題が無いか、確認する必要が出てきました。

要するに、記事の情報は、三浦毅さんの奥様から頂いたのですが、奥さまがどう思っているかの確認が必要になりました。

連絡の取りようがなく、困っていました。
三浦さんの奥さまが、南三陸町の歌津に住んでいることは、知っていました。
それで、今回、北上する時、南三陸を通ることにしました。

手紙を、歌津の郵便局からなら、届くと考えたからです。
行ってみると、歌津の郵便局は流されて、仮設の郵便局はありませんでした。
南三陸の郵便局に行って、お願いしました。
届けてくれることになりました。
封筒の中身は、手紙と、ブログを印刷したものでした。

三浦さんの奥様からの電話が、今日の朝、フェリーに乗っている時にありました。
奥さまは、私のブログを、ネットで読んでいました。
ブログの内容にに問題は無いと、話してくれました。
私は、ほっとしました。
1ヶ所、間違いがありました。 結婚記念日と書いた所は、旦那様の誕生日でした。 
これを直したものが、今後ずっと残って行きます。

下のは、直した、最終的なものです。
  最後まで防災無線で叫び続けた人は、2人いた。 ~南三陸町~   他   (2011/4/13)

奥さまは、1年後も、そして今も、防災庁舎に通い続けています。
ネットに、そのニュースがありますので、紹介します。
ニュースの写真は、すごい写真ですよ。 全てを表現しているように感じます。
  (河北新報社 2012年03月11日 日曜日)

   宮城県南三陸町の三浦ひろみさん(52)は、この1年、東日本大震災で行方不明になった町職員の夫毅さん=不明当時(51)=
   の帰りを祈り続けてきた。
   夫が津波で流された町防災対策庁舎に、雪の日も風の日も足を運んだ。
   あの日から時間は止まったままだが、供養のため4月に葬儀を出す。
   「心から笑える日なんて来るのかな」。

   心の整理はつかず、防災庁舎を見上げる日が続く。
   「ふぶいてっから、きょうは冷たいよね。お父さん、温まってね」
   雪が降りしきる2日夜も、ひろみさんは防災庁舎に車を走らせた。
   暗闇の中、車のヘッドライトで祭壇を照らす。
   赤い鉄骨が浮かぶ。
   好物の日本酒をそっと供えて「帰ってきてよ、早く」。

   hubukinohi6547.jpg

   祈りを重ねて、また3月が巡ってきた。
   昨年3月11日。
   町危機管理課職員の毅さんは防災庁舎2階の放送室で、最後まで町民に避難を呼び掛けた。
   ひろみさんは手掛かりを求め、庁舎周辺を毎日歩き回った。
   ヘルメットをかぶり、鉄骨がぶら下がる2階にも上った。
   「ねぇ、返事してよ」。泣きながら大声で叫び続けた。

   3カ月後の6月11日。
   「毎日待ってるから」。
   夫の携帯電話を鳴らし、留守番電話に吹き込んだ。
   誕生日には携帯メールを送った。
   「会いたいよ」。
   結婚記念日の秋。
   挙式した町内のホテルに泊まり、思い出に浸った。
   窓の外に人なつっこいウミネコ。
   「お父さんなの?」
   季節感はなく、大みそかも正月も自宅で泣いて過ごした。

   年が明け、行方不明の町職員の葬儀を営む家族が増えた。
   「本当は2年でも3年でも、一生でも待ちたい。でもお父さんは、天国でみんなと一緒に居たいのかもしれないな」
   区切りではない。
   供養なんだ。
   自分に言い聞かせ、葬儀を4月にすることを決めた。
   死亡届を出す。
   死を認めてしまうことに胸が張り裂ける。
   夫がいない暮らし。
   何を食べてもおいしいと思えない。
   おしゃれも、化粧もしたくない。
   「私が悲しむ姿をお父さんが望まないとしても、どうやって元気になればいいのだろう。
   前へ進むって、なに」
   まだ1年。悲しみは癒えない。         

奥様とは、どんな考え方をすればいいだろうね、とか、そんなことを話しました。
記事を書いた目的についても。


明日、賃貸物件については決まります。
寅さんのように、放浪の旅を続けるしかないのか・・・。


【今日の歌】



【道の駅】  みたら室蘭

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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