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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

舞鶴は、満州など、大陸からの引揚者を迎え入れた。
その数、約66万人。  ※ 遺骨の数、1万6千。
 ※ 終戦時、海外に残された日本人は、その10倍の約660万人。

引き揚げのスタートは、昭和20年10月。 最後は、昭和33年9月。
13年間に及んだ。 使った船は、57隻。

中国の東北部の満州にいた日本人は、約170万人。
よその国の土地を奪って、そこに住むことに、なんの疑問も持たないで、行ったんだろうか。
例えそれが、国策だとしても。
    ※    ※    ※    ※

引揚記念館は、湾の右端。 道の駅は、左下。 舞鶴港からは、北海道へのフェリーが出ている。

12年5月30日 (1)

広く、引揚記念公園になっている。

12年5月30日 (2)

建物の壁にあった文。 こんなのを読むと、記念館の姿勢が分かる。

12年5月30日 (3)

入館料は300円。 ※ 赤レンガ博物館と合わせて、400円。

入ってすぐ、昭和の戦争をどう表記しているかを調べた。
すると、第二次世界大戦、太平洋戦争、という表現だった。
まともだなと感じた。 もし、大東亜戦争だったら、この資料館を見る価値はなくなる。
※ 大東亜戦争と言ってる所は、基本的に戦争を美化している。 
  知覧特攻平和会館など、そういう所が多い。

よその国の中に、満州国を作った。 傀儡(かいらい)政権と云われる国。

12年5月30日 (4)

追い出された中国の人たちは、どこに行ったんだろう。
写真の人達は、他の国に来ているという罪悪感は、なかったんだろうか。

12年5月30日 (5)

下の手紙は、旧ソ連の捕虜になった人達の手紙。 厳しい検閲を通っている。

12年5月30日 (6)   12年5月30日 (7)

捕虜は、給料を払わないで働かせることが出来る。 それが目的。
北海道の鉄道を、囚人や朝鮮人に作らせたのと同じ。

12年5月30日 (8)

満足な食料はない。 冬は、極寒。

12年5月30日 (9)   12年5月30日 (10)

上の作業現場は、ウルガル付近とあったので、大体下の地図の印の辺り。 アムール河の流域になる。
北海道より、かなり緯度が高いので、冬にマイナス30度は当たり前。



記念館の中。 一部を除いて、写真はOK。

12年5月30日 (11)

シベリアに抑留された人の数は、約107万人。 実質的に亡くなったのは、約34万人。 3分の1は死んだ。
※ 日本の全体の死者は、約310万人。  (ちなみに、ソ連は2000万人を越えている。) ※ 数字は、Wikipedia等。
※ 東日本大震災でも多くの人が亡くなった。 でも、戦争での死者数は、桁(けた)が違ってくる。
※ 戦争の責任があやふや。 不思議なこと。

捕虜の服装。

12年5月30日 (12)

引揚港は、10港だったとある。

12年5月30日 (13)

引揚船。

12年5月30日 (14)

桟橋。 船から上陸して来た。 先頭の人は、遺骨を抱えている。

12年5月30日 (15)

やっと戻ってきた。

12年5月30日 (16)

舞鶴には、満州からが多い。

12年5月30日 (17)

舞鶴には、2つの港があった。

12年5月30日 (18)

高砂丸。 30回行き来し、55000人を運んだ。

12年5月30日 (19)

いつ戻って来るかの情報は、きっと分からない。 待ち続けて、やっと会えるのか。

12年5月30日 (20)

この建物は、舞鶴引揚援護局。 引揚者の面倒を見た。 行く当てのない人だっている。

12年5月30日 (21)

上陸の様子。

12年5月30日 (22)   12年5月30日 (23)

地元の人たちは、温かく迎えた。 どこに向かっているんだろう。

12年5月30日 (24)

岸壁の母のモデルの端野いせさんと、その息子。 息子さんは亡くなった。 でも待ち続けた。

12年5月30日 (25)

12年5月30日 (26)   12年5月30日 (27)

思い出して描いた絵。 船に乗るため、港を目指して何日も歩く。

12年5月30日 (28)

※ 途中で子供を中国人に預けることがあった。 子供は、後に残留孤児と呼ばれた。
  預ける時、親はどんなことを考え、どんな心境だったかが知りたい。
  また、中国人は、どんな思いで預かったのか。

こんな絵も。

12年5月30日 (29)   12年5月30日 (30)

引揚船の中。 船底で寝る。

12年5月30日 (31)

ころ島港とある。 ここから出る船が多かった。 4~5日で舞鶴に。
大連は近い。  203高地の旅順も。

12年5月30日 (32)

地図ではこう。

12年5月30日 (33)

下のような文があった。 しわ寄せは、弱い物にとあると。
※ こんな文を展示すると、文句をいう組織や人物が、まだ日本には多い。
  展示の内容で、舞鶴引揚記念館の姿勢が分かる。

12年5月30日 (34)

こんな写真も。 男の子は、お腹を空かしている。

12年5月30日 (35)   12年5月30日 (36)

船の上での食事。

12年5月30日 (37)

食べる物が無くなったらお終い、とある。

12年5月30日 (38)

上の思いで、ちばてつやが描いた。

12年5月30日 (39)

漫画家が、こんなに満州にいた。

12年5月30日 (40)

公園の小高い丘の上に行ってみた。

12年5月30日 (41)

石碑とかがあった。

12年5月30日 (45)

歌碑。 後ろの山は、昨日登った青葉山。

12年5月30日 (42)

像もあった。

12年5月30日 (43)

奥の右が、湾の出口。

12年5月30日 (44)

以前、同じ職場に、赤ちゃんの時に満州から引き揚げてきたんですよ、という女性がいた。
母親に感謝だねって、話したことがある。 山形出身の人。
 ※ 以前、息子さんの目のことで、ブログに登場したことがある。
   この人から、ビタミンの役割とかを初めて学んだ。 
   健康に関心を持った、スタート。
   子供の心を、どうつかむかなども、学んだ。

今日の話は、たった60数年前の出来事ですね。


【今日の歌】
ミュージカル「異国の丘」 画面をクリックすると、YouTubeに行きます。 ※ 貼り付けられない。

ikokunooka5465.jpg

シベリアに抑留されている人達の中で生まれた歌。 作曲は吉田正。 彼も、シベリアにいた。
この曲は、軍歌とは別と考えていいですね。



岸壁の母を最初に歌った人。



大連には、多くの日本人がいた。 今の大連は、大都会。 大陸の匂いがする、不思議なメロディ。



【道の駅】   舞鶴港とれとれセンター

【明日の予定】  赤レンガ博物館を見る。 その後、亀岡へ。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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青葉山は霞んでいる。 ガスっぽい天気。
登るかどうか迷った。
弁当も作ったし、天気だって変わるかもしれない。

予想通り天気は変わった。 でも、いい方には変わらなかった。
下山後、激しい土砂降りになった。 登山道が、小川になるほどの。
    ※    ※    ※    ※

青葉山は、高浜町と舞鶴市との境にある。 頂上は、高浜町。



この天気です。 昨日とは違う。

12年5月29日 (1)

青葉山青少年旅行村の駐車場。 頂上は見えていない。 登山口まで、5分ほど歩く。
私より少し先に、名古屋から来たという7人のグループが出発している。

12年5月29日 (2)

登山口。

12年5月29日 (3)

頂上の高さは、693㍍。 東峰。 西峰もあって、1㍍低い692㍍。
 ※ 頂上が耳のように2つあるので、双耳峰という山。 由布岳もそうだった。
1時間半で着きそう。

12年5月29日 (4)

山の下は、昔は棚田か段畑があったよう。 今は、木が植えられている。

12年5月29日 (5)

人気のある山は、登山道が整備されている。
小雨が降り出して来た。 傘をさしている。

12年5月29日 (6)

青葉神社が、山の頂上。 高い方の東峰。

12年5月29日 (7)

隙間から下界が見えた。 
いつもそうだけの、見えた時に撮っておくことにしている。 この後、見えないかも知れないので。

12年5月29日 (8)

名古屋からの人達が、見えた。 みんな傘をさしている。 
 ※ 風が強いと、傘は使えない。 そうなったら、戻るけど。

12年5月29日 (9)

シャガの花。 アヤメの仲間。  右は、分からない。

12年5月29日 (10)   12年5月29日 (11)

登山道が深く掘れている。 青葉さんは信仰の山。 昔から人は登った。

12年5月29日 (12)

展望台に着いた。 みんな一休み。 霧の中。

12年5月29日 (13)

頂上まで、1㌔程。

12年5月29日 (14)

下は、何も見えない。 山の楽しみが、一つ消えた。

12年5月29日 (15)

ちょっと歩くと、金比羅大権現。 名古屋の人達より、先に出ている。

12年5月29日 (16)

12年5月29日 (17)

歩きやすい道。 この頃、小雨は止んだ。

12年5月29日 (18)

登りが続く。

12年5月29日 (19)

あとちょっと。
この時、ハトのような鳴き声が聞こえた。 
ポッポッポッ、のように鳴いた。
キジバト(ヤマバト)は、デデッポッポーって鳴くが、それとは違う。
※ 晩に調べたが、分からなかった。

12年5月29日 (20)

左に、大きな岩がある。 ここが馬ノ背でしょうか。 奥に、薄っすらと頂上が見えた。

12年5月29日 (21)

岩に登って、足元はこう。 左奥から登ってきた。

12年5月29日 (22)

下の風景が見えることになっているが、何も見えない。
でも、雨にぬれた新緑は、いっそう美しい。

12年5月29日 (23)

登り始めたら、すぐに頂上に着いた。 頂上の場所に、青葉神社。
下にベンチがある。 後で、食事はここでする。

12年5月29日 (24)

12年5月29日 (25)

ここから、下が見渡せるのだろうか。

12年5月29日 (26)

神社の裏に、頂上の標識。 693㍍。

12年5月29日 (27)

名古屋からの人達が着いた。

12年5月29日 (28)

名古屋の人達は、今度50人程で、この山に来るそう。 今回は、下見で来た。
この後、みんなで食事。 賑やか。

12年5月29日 (29)

名古屋にいたら、ここまで来なくても、山はいくらでもあるんでない、って私は聞いた。
みんな登ってしまったので、この青葉山になったと、言った。

名古屋の人達は、西峰に行く予定だったようだが、行かないことにした。
天気のこととかがあって。
私も止めた。 きっと景色が見えないから。

20分程食事をして、下山開始。 私は一番後ろを歩く。

12年5月29日 (30)

みんな元気。 北海道の山を登った人もいる。

12年5月29日 (31)

金比羅大権現。 休まないで、すぐに下る。

12年5月29日 (32)

私の後ろに、5人いる。 
みんな、ワラビを探しながら歩いている。 ミツバを採ってる人も。
 ※ ワラビの煮物は美味しい。 居酒屋でおでんに入っていたら、いつも注文する。
   味噌汁に、ミツバが散らばっていると、香りがいい。 自然のは、香りが強い。

12年5月29日 (33)

雲行きが怪しくなって、遠くで雷が鳴り出した。 みんな急いで下山。
駐車場に着いた頃、雨が降り出した。

12年5月29日 (34)

重要文化財の中山寺を見る予定だったが、写真を1枚撮ってお終い。
雨が強くなってきた。

12年5月29日 (35)

この後、名古屋の人達とお別れ。 舞鶴に向かった。
途中で、スーパーで買い物。
買い物が終わって車に戻ろうとしたら、土砂降り。  車に行けない。
駐車場は、川のように水が流れている。 5秒外にいたら、ずぶぬれ。 そんな雨。
止むのを待った。

今日の青葉山は、上からの景色が見られませんでした。
でも、名古屋からの人達と話せたので、退屈はしませんでした。
いい一日でした。


【今日の歌】
学生時代。 作詞作曲は、平岡 精二と云う人。 ペギー葉山の1964年のヒット曲。
2人とも、青山学院大学出身。

下の編曲が、一番好き。 あるアルバムの中にある。



1番の歌詞に、秋の日の図書館の・・、というのがある。
上の動画の写真が、その図書館。 間島記念館という建物。 現在は、資料館。  青山学院大にある。

1番の歌詞の出だしの、ツタのからまるチャペルは、写真の左の建物。
ベリーホールと云う建物。 ※ 上の建物もこれも、国登録有形文化財。
祈りをささげた場所は、ベリーホールの中にある、チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂。 写真右。

 ※ 設計は、J.H.ヴォーゲルと云う人。
   この人は、ヴォーリズ建築事務所の中心メンバーだった人。 米国人。
   ヴォーリズは、ブログで何度か紹介。 最北の建物は、北海道北見にあるピアソン記念館
   近江八幡にも、ヴォーリズの設計した建物があった。

beri-ho-ru654566.jpg   reihaidou6758.jpg

この編曲が基本。 テンポが速い。



誰が歌っているか分からないが、いい。 
プロかどうか、分からない。 もう少しすっぱい感じなら、本田路津子。
もしかして、サザンの原由子。 桑田佳祐の奥さま。 彼女の歌を色々聴いてみたが、確認出来ない。



女性には誰にも、今日の歌のような学生時代があった。
誰もが、そこから少しずつ遠ざかって、歳を重ねていく。
この歌を聴くと、そのことを感じさせてくれるかな。

【道の駅】     舞鶴港とれとれセンター



【明日の予定】   岸壁の母の舞台を調べてみます。
          戦後満州から多くの人たちが引き揚げました。
          その中心の港が、ここ、舞鶴港です。
          見晴らしのいい所にも、行きたい。 登りたい。
          31日に、亀岡に戻ります。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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