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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

マナヅル 6000、ナベヅル 11000、タンチョウ 3000。
これが、ツルたちの世界中での数。
  ※ オオワシやオジロワシも、これとたいして変わらない数。
  ※ みな、環境省レッドリストの絶滅危惧種。

どの鳥も、ぎりぎりの数で、やっと地球上で生き延びでいる。
少なくても、この鳥たちが生きていける地球を保たなければ、人間だって危ないかもしれない。
    ※    ※    ※    ※

出水市のツルがいる場所、そして、行人岳(ぎょうにんだけ)の位置。
 ※ 他の印は、その後行く場所。

hikouru-to09899_20120219082835.jpg

※ 行人岳の頂上は工事中なので、写真はありません。

写真の中央に、赤○の山が見える。 その向こうは海。
海の向こうに、黄色の○の低い山が見える。 ツルは、その向こうにいる。
     ※ 黒之瀬戸大橋は、写真の右端の、少し右。 山の陰になる。

12年2月18日 (1)m

拡大すると、こう。 黄色の山の左が、低くなっている。 
その辺りを抜けて、こっちに飛んでくる。

行人岳の上を通るコースだけでなく、右の方のコース、左の方のコースもある。

12年2月18日 (2)m

※ ツルの北帰行についての詳しい資料は、ツル観察センターにはなかった。
      (もしかしたら、ツル博物館にはあるかもしれないが、確認していない)
※ ネット上に、公的な機関でまとめた物は、載ってない。
※ 下のことは、多くのネットの情報をまとめたものです。
  ですから、ほぼ正しい情報ですが、今後新しいことが分かって、変わるかもしれないのも、ある。

印の、左上に小さな島が、長島。
ツルは、そこで上昇して、長崎・佐世保上空に向かう。 対馬上空を通って、朝鮮半島に。
疲れた時は、対馬や壱岐で休むことも。

普通は、朝鮮半島まで、半日。 疲れ具合やスピードは、南からの風の状態による。
海を渡るのが、一番大変。 朝鮮半島に着いたら、一安心。


渡来地を飛び立つのは、午前8時半から11時までが、ほとんど。
 ※ 午後に飛んだら、明るいうちに、朝鮮半島に付けないかもしれない。
   早朝だと、上昇気流は生まれない。

風が全くないと、飛び立つのは大変だそう。

上昇気流があって、風のある時、ぐるぐる回りながら上昇する。
この時に、今日は北帰行を決行するか、リーダーが決める。

まとまった数で飛ぶが、数は決まっていない。 何十羽、何百羽、多い時は、数千の時も。

ある高さまで昇って、行くと決めたら、行人岳に向かう。
この時は、滑空するように進むので、行人岳に近づいた時、頂上より低くなることがある。
※ 上昇しないで、羽ばたきながら行人岳に向かうことはない。 エネルギーを使いすぎる。

行人岳までは、10㌔ちょっと。 10分程で着く。

下の写真は、上の写真の少し左。

12年2月18日 (3)

山に南方向からの風がぶつかると、その風は上昇する。
そのことがあるため、上昇気流の生まれる日は、行人岳の近くの上昇気流は、いっそう強くなる。
※ 渡来地の上昇気流では、満足する高さまでは、昇れない。

行人岳まで来たら、羽ばたきながらいい上昇気流を探す。 
※ 地上の上昇気流には、場所によって違う。 むらがある。

旋回しながら、上昇気流にうまく載って、高度を上げて行く。
十分と云う高さになって、南からの風の状態もよければ、佐世保の方に向かう。
※ どこかで、うまくいかない時は、渡来地に戻る。

ツルの群が、上昇気流に載って高度を上げて行くと、だんだん小さな姿になる。
行くと決めたら、方向を決め、羽ばたきを止めて、グライダーのように、飛んで行く。
※ この時、行人岳の頂上の人達は、「さようなら」と手を振る。 無事を願って。 来年また、って。

※ 子供のツルが遅れたら、必ず2羽の親が戻る。 その時の会話は、鳴き声。

※ 北に向かう時、逆V字形や、真っ直ぐの形、で飛んで行く。
  羽ばたいた時の空気の流れが、お互い邪魔にならない位置で、飛ぶ。 それで、上の形に。

下の写真、中央の大きな島が、獅子島。 手前は、伊唐島。 伊唐島には、橋がある。
※ 獅子島には、七郎山がある。 一昨年登った。

12年2月18日 (4)

2月中に飛ぶツルは、マナヅル。 
マナヅルの繁殖地は、アムール川の少し南。 ナベヅルは少し北の、アムール川周辺。
マナヅルの繁殖地は、ナベヅルより南なため、暖かくなるのが早い。 
それで、ナベヅルより、北帰行が早い時期に。

ナベヅルの多くは、3月の彼岸過ぎに、まとまって行く。

下の写真、向こうは天草。 この上の空を行くことが多い。

12年2月18日 (5)

頂上にあった写真。 位置が低い。 上昇気流を探しているのか。 マナヅル。

12年2月18日 (6)

ツルの寿命は、外敵に襲われなかったら、50年ほど生きるという。
リーダーは、何回も、日本との行き来をすることになる。
渡りの方法を、長年の間に身につけて行く。

※ ツルは、水のある所で眠る、と先日書いた。 浅い池などで。 出水市では、田んぼ。
  1本足で眠るんだが、足にセンサーがあって、動物が近づいて、水がゆれたら、飛び立つ。

行人岳は、修験の山。 不動明王。

12年2月18日 (7)

ここを行くと、お堂がある。 行人岳の本当の頂上。

12年2月18日 (8)

右は、お堂の中。 古い石像があった。

12年2月18日 (9)   12年2月18日 (10)

この後、山を下りる。 河童の森があった。 雪が降って寒いので、車から出ない。

12年2月18日 (11)

そばに焼酎の工場。 島美人がある。

12年2月18日 (12)

古墳があるので、見ることに。

12年2月18日 (13)

ここだった。 すぐには、どこだか分からなかった。 明神古墳群。

12年2月18日 (14)

小さい。 

12年2月18日 (15)

小さな森の中に、30程。 6世紀か7世紀頃のもの。

12年2月18日 (16)

土は、長年の間に、飛んで行ったのか。

12年2月18日 (17)

古墳があるということは、支配する人間がいた、と言うことでしょうか。

段々畑を、大きくする工事でしょうか。
昔ながらの段々畑もいい。
でも、風景の裏に、豊かな生産があると、風景は違って見える。 もちろん、よく。

12年2月18日 (18)

岩の海岸。

12年2月18日 (19)

中央の森が、古墳の森。  雪が強くなってきた。

12年2月18日 (20)

梅が咲いている。 珍しくない。

12年2月18日 (21)

さらに高くから。 中央少し左に、さっきの森。

12年2月18日 (22)

蔵之元港。 ここから、天草に行く。 牛深に。

12年2月18日 (23)

そばに、ミニ100円ショップ。 ジャガイモ2袋と、大根の漬物をかった。
晩に、蒸して食べた。 漬物をポリポリかじりながら。 バター、塩からもいいが、漬物も合う。

12年2月18日 (24)

梅に南天に鳥居。 3種類の赤。

12年2月18日 (25)

道の横に、こんなの。 島内で、大きな人形を、時々見る。

12年2月18日 (26)   12年2月18日 (27)

ガラッパ大王とある。

12年2月18日 (28)

道の駅から下る道。

12年2月18日 (29)

小浜の港と、集落。 港の向こうの木の陰に、家がいっぱいある。

12年2月18日 (30)

今いる道の駅、長島。

12年2月18日 (31)

ツルたちのことが、詳しく分かって来ると、愛(いと)おしさも増してきた。
仲間全体が、将来ずっと生き続けることができるか。
そこが、大きな問題になっている。

急ぐことは、渡来地の分散。 今のままなら、伝染病で全滅する。
県・国が動き、ロシアのハバロフスクとも、連携を取っていいように思う。

 ※ 新しいことが分かった時や、訂正や修正が出て来たら、追記の文を書きます。

明後日の天気は、晴れの予報。 ただ、風向きは、北。
北帰行は難しいかもしれないが、予報が変わるかもしれない。
8時前に、行人岳に、行ってくる。


【今日の曲】
セレナーデは、美しくも悲しく聞こえる。 
その悲しさは、シューベルトがいつも抱いていたものだった。 

シューベルトには、初恋の人がいた。 名前は、テレーゼ。
でも、テレーゼに出会った時、彼には職が無かった。 向こうの親の反対で、結婚は出来なかった。
彼女は、別の人と結婚。

シューベルトの生涯に、テレーゼを越える女性は現われなかった。
生涯独身で過し、31歳9ヶ月で亡くなる。 ※ チフス。
彼女のことを、忘れることはなかった。



トランペットは、ニニ・ロッソ。



朝日新聞で「愛の旅人」と云う特集を組んだことがある。 その中の文を紹介します。

○ 約200年前、この合唱団(ウィーン少年合唱団)の前身にあたる宮廷少年合唱団の中に、
  美しいボーイソプラノを響かせるフランツ・ペーター・シューベルトの小さな丸い顔があった。

○ テレーゼの晩年の写真を見せてくれた。
  「非常に悲しそうな顔です。結婚生活はおそらく幸せではなかった。
   彼女もシューベルトを思い続けていただろうと、私は思います」 (ウィーンのある資料館の館長)

○ 「僕はある少女を心から愛し、彼女も僕を愛していた。彼女は親の希望で他の人と結婚してしまった。僕はとても悲しかった。
   今でも彼女を愛している。それ以来、彼女以上に気に入る女の子はいない」(シューベルトが友人に)

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○ 「僕が愛を歌おうとすると、それは悲しみになった。そこで悲しみを歌おうとすると、それは愛になった」

※ シューベルトは、寝る間を惜しんで作曲をした。 作曲をしながら寝て、寝ている間も曲を作った。
  そんな表現を、どこかで見ました。

※ こんなことも、あった。
  シューベルトが亡くなる前年に、ベートーベンが亡くなった。
  彼は、ベートーベンの棺を担いだ。
  葬儀の後、仲間で酒を飲んだ。 乾杯の音頭は、シューベルト。 こう言った。
  「この中で、最初に亡くなる者に、乾杯」と。
  それを聞いた仲間は、不吉な予感がしたという。
  シューベルトは、自分の寿命を知っていたのかもしれない。
  
この曲が生まれたのは、亡くなった年。
きっと、若かりし日のテレーゼを思い出しながら、曲を作った。

セレナーデは、シューベルトの心の中の悲しさを、悲しくも美しく表現した曲でした。

歌は、昨日の人と同じです。



【道の駅】    長島

【明日の予定】  伊唐島

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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