キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

石橋を残す価値はあるのか。
そのことを整理しなければ、残すことはむずかしい。

世知原町は、残す価値に今は気づいているけど、少し遅かった。
そのために、全体は、いい状態ではなかった。

ゴッドファーザーの画像に、いい曲がついているのがあった。
何年も、誰が歌っているのか分からなかった。 それで、大騒ぎ。
今日調べたら、曲名・歌手名が分かっていた。 
    ※    ※    ※    ※

世知原は、せちばる、と読みます。 伊万里に近い。


世知原町全体。 石橋が17基残っている。 この町は、お茶の産地。

12年1月30日 (27)

今日見たのは、下の橋。 気付かないで、通り過ぎたのもあるよう。

12年1月30日 (27)m

曲川(まがりかわ)橋が、見えた。

12年1月30日 (4)

昭和2年とある。 石橋にしては、新しい。

12年1月30日 (1)

この後、私は橋を見つけられなかった。  どうしてか。
石橋の幅は、3.5㍍。 石橋の上に、新しい橋が載っていた。 幅は、5㍍程。

12年1月30日 (2)

このように、石橋は中に隠れていた。

12年1月30日 (3)

別の橋。 岩下橋。 これも昭和2年で、上の橋と似ている。
橋の美しさが、残っている。 水量が多い時のために、横にバイパスのような水路も。
石橋が大事にされたなって、感じる。

12年1月30日 (5)

祝(いわい)橋。 佐々川の本流に架かっている。 昭和37年改良とあった。

12年1月30日 (6)

深い谷。 この地方の地層は、浸食しやすいのでしょうか。 
ここも、石橋は、新しい橋より狭い。
昭和37年といえば、これからという時代で、古いものを大事にする時代ではなかったか。

12年1月30日 (7)

ここは、弦掛(つるかけ)観音。  大きな岩の中。

12年1月30日 (8)

昔、松浦軍がこの山で有馬軍と戦った。 弓に弦をこの場所で掛けた。 それで、弦掛。
戦いで亡くなった人の千人塚があって、その霊を弔うために、お堂を建てた。 それが始まり。

上の方は、こんな風に。

12年1月30日 (9)

上の写真の右。

12年1月30日 (10)

橋。  ずっと昔は、大きな洞窟だった。 山伏の修行の地になっていた。

12年1月30日 (11)

野田橋に向かった。 山の上に来た。 山の上の川は、小さい。 橋も小さくなる。
以前、一歩でまたげる川の石橋を見たことがある。 そんなのかと、不安。

この谷の右の方を、下る。

12年1月30日 (12)

歩くのが楽しい。 石橋にかこつけて、歩いているのかもしれない。

12年1月30日 (13)

家の横に、小さな石橋。  長さは、3㍍ない。 昭和になって作られたよう。
石段があって、洗い場がある。

12年1月30日 (14)

更に谷の下へ。

12年1月30日 (15)

見えてきた。 おもちゃのように小さい。 

12年1月30日 (16)

丑太郎という人が作ったので、丑太郎橋。

12年1月30日 (17)

ごろごろした石で作られていた。
これなら崩れると、不思議に思った。
よく見たら、一番内側の石は、コンクリートで固められていた。
だから、内側の面は、きれいな曲面。 でこぼこしていない。

12年1月30日 (18)

こうでした。  少し、がっかり。

DSCF4234bbbbvvv

戻る時、クマタカを見た。 最初、木の上にいた。 羽根を広げた時、胸が白かった。
見るのは2度目。 新潟県の山の中で、一度。
望遠の付いたカメラは、車の中。 間に合わなかった。 残念。

DSCF4243ppllpp09.jpg

※ クマタカは、こんな鳥。(夫婦でバードウォッチングのHPから)

別の場所。 弦掛観音の近く。 ここを下って、右に。

12年1月30日 (19)

あら、向こうが無くなっている。  流されたと、説明にあった。

12年1月30日 (20)

左は、すぐに小さな滝。

12年1月30日 (21)

橋の作りが、よく分かる。 これで頑丈なんだから、不思議。

12年1月30日 (22)

朧(おぼろ)月。 昼間の月は、小さい。

12年1月30日 (23)

世知原町の中心街。 山の上まで、畑と家。

12年1月30日 (24)

高観寺橋。 今は使っていない。 新しいデザインにしたけど、失敗。
隣に、新しい橋。

12年1月30日 (25)

※ 本当は、上のように使われなくなったら、昔の形に戻して、残す方法があるんですね。
  もう少し、美しい石橋なら、その価値はあるんだが。

  熊本県の霊台(れいたい)橋は、元に戻して、保存している。 人は通れる。 車は、隣の橋。
  この橋を越える美しさの橋は、まだ見ていない。 古い橋では、日本一の大きさ。

IMG_6971eeuuytpp.jpg

小岩橋という小さな橋を探したが、見つけられなかった。 田んぼに、イノシシの罠(わな)。

12年1月30日 (26)

世知原炭鉱資料館。 旧松浦炭炭鉱の事務所。 ※ 中は、見なかった。 隣に頼んで、わざわざ開けてもらうので。
砂岩の石で作られたと、説明があった。
もしかして、この地方は砂岩が多いのか。 砂岩は風化や浸食されやすい。 
だから、洞窟が多く、石の橋が出来たりする。 

12年1月30日 (28)

※ 砂岩ってどんな石か、しっかり眺めておけばよかった。 いっつも、写真を撮って終わり。
  ひどい時なんか、説明だって読まない。

橋河内(はしかわち)洞窟。 これは、戻る途中。 吉井町。

12年1月30日 (29)

人が住んでたのは、縄文時代と説明にあった。 後の世では、信仰の場になった。

12年1月30日 (31)

どうやって住んだんだろう。 入り口をふさがないと、冬は寒い。
※ ここに住んだ人たちは、どんな楽しみがあって、毎日を過ごしたのでしょう。

12年1月30日 (30)

資料館や博物館に行けば、先人の残したものは見られる。
でも、それは、展示できる大きさの物で、日常的には目にしない。

石橋を見ることによって、先人の知恵や汗を感じ取ることが出来る。
石橋を大事にすることは、昔の人たちの努力を大事にすることになる。

昔を大事にすることは、今を大事にすることにつながる。
子供たちの教育のために、大きな役割を果たす。
また、石橋は、見ても美しい。

このようなことに気づくかどうかは、地域によって大きな差がある。
世知原町は、昭和の中頃、昔を大事にしない時代があった。
そのために、今の状態。 でも、今は考え方が変わった。

今後、今の橋では不十分で掛け替える時が来る。
その時がチャンス。 デザインのいい橋を復元する。
そうして、未来に残す。

※ 楽しみにしていた世知原温泉は、1日まで休みでした。


【今日の歌】

この曲には、曲名が知りたいと、膨大なコメントが寄せられていた。
でも、分からない。 世界中が気にしていた。 最近になって、分かったようだ。

曲名は、Quiero bailar。 歌詞の中で、何回も出てくる。 スペイン語。
踊りたい、という意味だそう。 
   ※ Quieroは、~~したい。 bailarは、踊り。
   ※ ちなみに、英語のバレエは、ballet。 上と、スペルが似ている。

変わった雰囲気の曲。 数年前に知って、好きな曲です。



歌手名は、Kinzli。  韓国出身。 現在ロンドン在住の女性アーティスト。
ジプシーのリズムやジャズを取り入れた、結構アバンギャルドなポップス。
(ネットに、上のように説明があった)



【停泊場所】   御橋公園駐車場

【明日の予定】  九十九島かなと

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九州は石橋が多いですが、小さな谷の奥に、天然の大石橋がありました。
どうして出来たのか不思議。

今日は、佐世保市吉井町です。
    ※    ※    ※    ※

最初に行く、福井洞窟の場所。 他も、近くに。


○が樋口橋。

yosiityou675.jpg

この稲荷神社の後ろに、福井洞窟はあった。 右に、駐車場。

DSCF4116bbbb

福井洞窟は、鍾乳洞ではなく、昔人が住んでいた、岩のくぼみ。
柵の中は、発掘の跡のよう。

12年1月29日 (2)

3万年前からずっと、この洞窟には人が住んでいた。
発掘された石器などから、年代は予想つく。
しかし今の時代は、正確に年代が分かる。
木などに含まれる炭素が発見されれば、放射性炭素による測定法で分かってくる。

上の写真の右の方。

12年1月29日 (1)

中から外を撮るのが、好き。 トンネルでは、いつも。 目の前の風景がいっそう明るい。

12年1月29日 (3)

少し前から、何かブンブンうるさいな、と思っていた。
ミツバチがいっぱい飛び交っていた。 写真の神社の右の軒先に巣があった。
刺すのか刺さないのか、よく分からない。 そっと離れた。

※ スズメバチでは、巣の近くを知らない顔して通った時、刺されない。 数㍍の近さまで大丈夫。

12年1月29日 (4)

吉井町の市街地が、右の方に広がっている。 ※ 吉井町は、以前は単独の自治体。 今は、佐世保市。
ここは、御橋(おはし)観音公園。 日曜で天気がいいので、親子づれがいっぱい。

目的の石橋は、後ろの山に。

12年1月29日 (5)

公園の駐車場横に、ビジターセンターがあった。
展示室に地図が無かったので、食堂でカレーを食べた。 地図のことを聞いたら、頂くことが出来た。
佐世保市の北部の地図で、昔の町ごとに4枚。 これで、万全。 ありがたかった。
※ カレーは400円。 サラダ、ラッキョウ、福神漬、お茶、水付き。 美味しかった。

谷の奥に、少しだけ見えた。

12年1月29日 (6)

 御橋観音。 正式には「石橋山御橋観音寺」。 真言宗。 ※ 本山は、京都の知恩院。 毎年行く。

12年1月29日 (7)

石橋の手間に、お地蔵様。 左は、ぼけ封じ観音。

12年1月29日 (9)

説明が面白い。 今の世の中、お年寄りに取って良くない、とある。
そして、6番目。 これがいい。 あの世があるとは思ってないが。 

12年1月29日 (8)

見えました。

12年1月29日 (10)

谷間に架かる虹の橋。  ※ こう表現していたのは、熊本の通潤橋。
落ちてこないか、不安。 もし落ちて来たら、私はよっぽど運が悪いことになる。

12年1月29日 (11)

石橋の付け根のした。 この後、上がる。

12年1月29日 (12)

下は、こう。

12年1月29日 (14)

石橋の付け根。

12年1月29日 (13)

こうですよ。 自然に出来たと云う。 不思議だ。
ネットで、この橋の紹介があった。 それには、
昔は、ここは大きな洞窟だった。 今の橋を除いて、天井は浸食して落ちてしまった。
なるほど。

12年1月29日 (15)

江戸時代はどうだったのか、それが知りたかった。
ネットで、絵を探したが無かった。

いつかは、崩落する時が来るのか。 大きな地震が来た時だな。
崩落しないように、科学的に固めてしまう。 こういうことするのは、違反か。

境内には、おじぞうさんが、いっぱい。
こころ明るく、落ち着いた表情。 不満はなし。   下のお地蔵さん、どうしたんだろう。

12年1月29日 (16)

池の中。 こんなに曲がって見える。  私の足音で、一度魚は、水の中に。

12年1月29日 (18)   12年1月29日 (17)

橋の上に行く道は無いのか、探した。 この道を行ったら、さっきの寺に戻った。

12年1月29日 (19)

縞模様は、水の流れの跡だという。 どうして分かるんだろう。 地層でないからかな。

12年1月29日 (20)

別の道。 どこまでも行くぞって。

12年1月29日 (21)

逍遥(しょうよう)とある。 坪内逍遥か。 これについては、ずいぶん調べたが、分からなかった。

12年1月29日 (22)

山をひと回りして、戻って来た。 時計回り。

12年1月29日 (23)

市街地にある、樋口橋。  大正時代に作られた。

12年1月29日 (24)

真ん中の、橋脚を守る出た部分は、石だろうか。 それとも、コンクリート。 反対側にはない。 左が上流。
昔から、色んな橋が作られた。 その中で、石橋が一番丈夫で長持ち。 優れた橋。
2連の石橋。 眼鏡橋。

12年1月29日 (27)

※ 橋は、皇居のこの橋(正門石橋)を模して作られたと、説明にあった。

下流から見た。 川底は、円い穴だらけ。 ポットホールと呼ばれている。

12年1月29日 (25)

何を食べてるのかな。

12年1月29日 (26)

このような橋は、初めてではないが、珍しい石橋でしたね。
九州は、石橋の宝庫。 素敵な橋が、どこかで見られるかも。


【その他】  朝日新聞の、28日の天声人語に、遠藤未希さんが載っていた。
       伊達(北海道)のKさんが、メールで教えてくれた。

彼女をどう見るか。 「美談を超える」という表現があった。 なるほどと思った。
高良さんという詩人が、詩を書いた。
高良さんは、きっと新聞記事を読んで、詩を作った。
新聞記事を元に、色んな文が生まれる。 だから、新聞記事は真実を書くことが大事になる。
そう思いますね。

朝日新聞、1月28日の天声人語です。 読みやすく、行変えしました。
※ 最後の1行は、詩ではありません。 くっついてしまった。

てんせいじんご

※ この詩の全文は、ネット上には見つかりません。 (著作権の問題か)
  現代詩手帖2011年6月号に発表された詩、とまで分かりました。

【今日の歌】   Believe(ビリーブを2曲)

教会をたくさん見た。 キリシタンの遺跡も見た。 
神を信じるって、英語でどう言うんだろうって考えていた。 
believe(ビリーブ)は使えるのかな、とも。 

調べてみたら、I believe in God、でいいようです。
意味合いは、神の存在を信じる、そんな感じ。

上とは、大して関係ないけど、Believe。



※ 昔、巨人の石井浩郎と結婚した。後に離婚。
  秋田を走っている時、石井浩郎の選挙ポスターを見た。 2010年に参院選挙で当選している。

下は、ライブでなく、CD。 イラストがいいので、以前ブログに載せたことがある。
やわらかな表情の子どもほど、意志が強い。 そう思うことがあります。



【停泊場所】   御橋観音公園の駐車場

【明日の予定】  佐世保市世知原(せちばる)町に。 石橋がいっぱいある。 温泉も。

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佐世保市に入りました。 今日動いたのは、佐世保市江迎(えむかえ)町。
潜竜ヶ滝を見るのが、メイン。

震災のとき、最後まで避難を呼びかけた女性がいた。 南三陸町の遠藤未希さん。
埼玉県で、道徳で扱うというニュースを昨日見た。
事実関係をどう捕まえたのか、何を子供たちに学ばせるのか、その辺が気になったので、少し考えてみます。
    ※    ※    ※    ※

印の所に、最初に行く本陣がある。 参勤交代で、平戸から、1日でここまで。


右の方の○が、潜竜ヶ滝(せんりゅうがたき)。

takisyuuhenntizu.jpg

平戸藩の藩主が宿泊した本陣跡と、山下家の酒母蔵(もとぐら)。
ここは、江迎町の市街地。  昔は、江迎宿だった。

12年1月28日 (1)

見学するには、予約が必要。 
  ※ ここには、参勤交代の絵がある。(平戸街道探訪のHPより)

12年1月28日 (2)

平戸街道は、最初の文にある、東彼杵(ひがしそのぎ)で、長崎街道に合流した。
その後、九州の北の小倉に向かった。
  ※ 平戸街道には、宿泊する本陣は、6ヶ所あったと云う。

ここは、平戸を出て、最初の本陣。 平戸から、15㌔程。
海を渡るが、そんなに遠い距離ではないように感じる。

元蔵の説明もある。

12年1月28日 (3)

岩のある山があるので、見に行った。 白岳(しらたけ)公園があで、そこから見えた。
登山道があったので、登ることにした。  30分あれば、行けそうに感じた。

12年1月28日 (4)

少し上に神社があるので、こんな石段。  神社には、頂上まで15分とあった。 近い。

12年1月28日 (5)   12年1月28日 (6)

牛の像があったら、京都の八坂神社と関係あると、どこかの神社で知った。

12年1月28日 (7)

こんな道を上った。

12年1月28日 (8)

直ぐに着いた。 高さ、373㍍。 山の上には何もない。 岩の所に、下りる道があった。

12年1月28日 (9)   12年1月28日 (10)

岩場の上に出た。 目の前の岩が、斜面になっている。 その下の状態も分からないので、ここでストップ。
白岳は、熔岩が固まってできた山と、ネットの説明にあった。

12年1月28日 (11)

下が白岳公園。  駐車場の左端に、私の車。 屋根が少し。

12年1月28日 (12)

右奥に、海が見える。  江迎湾。 本陣は、湾の奥にあった。

12年1月28日 (13)

左の方、 遠くにゴルフ場。 その向こうに、これから行く滝がある。

12年1月28日 (14)

こんな道を下る。 少し動くと暑い。

12年1月28日 (15)

山道を数㌔走ったら、駐車場に着いた。 公園になっていて、滝はその奥に。

12年1月28日 (16)

公園の下。 赤い橋を渡って来た。 
3月になったら、ツツジが満開。 今は、間違って咲いてるのが、少し。

12年1月28日 (17)

小さなお堂があって、その前を通る。

12年1月28日 (18)

徐福伝説について、いろいろ書いている。。 紀元前の人。 中国から日本に来た。
龍がいたとある。

12年1月28日 (19)

何という山菜だろう。 

12年1月28日 (20)

不動明王。 少し無理している表情に・・。

12年1月28日 (21)

ここを上がって来た。 左はお堂。 右は、休憩所。

12年1月28日 (22)

古い門。 龍門と、石の額にある。
1829年に平戸藩主が、この門を作り、この辺り一帯を整備した。 それで、お堂とかがある。

12年1月28日 (23)

※ 龍門とあるから、藩主は、徐副伝説を知っていたことになる。
  徐福は、いたかいないか分からない人。 昔、徐福伝説を広めた人がいるのかな。
  昔は、滝も、神社も、寺も、格式を高めるために、何かの伝説を作った。

12年1月28日 (24)

滝はすぐに見えてきた。

12年1月28日 (25)   12年1月28日 (26)

雨が降らないので、水量はきっと少ない。

12年1月28日 (27)

ここに龍が潜んでいた、という。  深さ6㍍とネットにあったが、本当かな。

12年1月28日 (36)

滝のある所は、たいてい、滝つぼの周りは、岩の壁。

正面からの写真。 

12年1月28日 (28)   12年1月28日 (29)

12年1月28日 (30)   12年1月28日 (31)

滝の下流。 
こんな岩があると云うことは、この岩を動かすだけの激流になることがある。 台風の時か。

12年1月28日 (32)

別の方から。 手前は浅い。 
深いのは、緑の所。 ここは狭いから、井戸のように深くないと、6㍍にならない。

12年1月28日 (33)m

水量が多いと、左にもう一つ滝が出来そう。

12年1月28日 (35)

展望台と、小さな祠。

12年1月28日 (34)

滝の上に行く道を探したが、なかった。

戻る時、門の横の石塔を見た。 天保十四年とあった。 1843年。 門より、14年後。
※ ちなみに、龍馬はこの年、9歳。

DSCF4111hpp

公園の岩壁に、玄武岩があった。 柱にように剥がれる。 

12年1月28日 (37)

今日は、合併する前の小さな町を1つ見た。 
有名な観光地は無いが、こんな感じが数日続きそう。 これはこれで、いいと思うし、嫌いでない。
滝を見る、ということで里山を歩くことができる。

【動画】



【その他】  下のが、埼玉県で使う道徳の資料の要旨。

naiyouyousi76788.jpg

遠藤未希さんに関わる事実関係は、何を元にしたのだろうと思う。
もし当時の新聞記事だったら、かなり不正確。

残された放送の記録、放送を聞いた人の証言、未希さんを見た人の証言、など、根拠をもって整理されたものが、現在あるのだろうか。 
南三陸町の人達が、それで間違いないと思うものでなければならない。

私は全国版の新聞の多くが不正確で、地元新聞が事実に近いと思っている。
それは、足を運んで書いたから。

また、私は、未希さんが助かる道は無かったのかと、今でも思う。
かわいそうと思うので、道徳であつかう人ではないと考えるんだが。

※ 関連ブログ   最後まで防災無線で叫び続けた人は、2人いた。 ~南三陸町~ 他  (2011/4/13)

※ 震災の写真は、この動画にあります
  写真の半分は、私が撮影。 残りは、アメリカメディアから。 メロディは、札幌の友人が。
  最初の写真の建物の2階で、未希さんは放送した。 2枚目の写真は、建物の前にあった花。

※ 被災地を撮影した動画を一つ紹介。  津波被害 釜石市鵜住居

【今日の曲】  ベトナム戦争で、つらい思いをした人たちの気持ちを表現した曲です。
       東北にいた時、心の奥を、いつもこの曲が流れていました。
        ※ 東北では、1週間ずつ、7ヶ所でボランティアをしました。
          震災の後、九州の椎葉村から、まず釜石に行きました。 最後は、南相馬市で。
          また九州に戻って、九重、阿蘇、祖母山などの、山に登りました。





【道の駅】    昆虫の里たびら

【明日の予定】  佐世保市鹿町(しかまち)町を。  島がいっぱいある。

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日本最西端の駅が、平戸市にあった。 たびら平戸口駅。
ただ、沖縄にモノレールの駅があるので、正確には、鉄道の駅の日本最西端になる。

※ ちなみに、日本最東端の駅は、東根室駅。 
  私は、東根室駅の目の前に、住んでいたことがある。 駅というよりは、乗降所だった。

今日は、昆虫の擬態を少し勉強しました。
    ※    ※    ※    ※

平戸市最終日の今日、最初は、焼罪史跡公園。 読みは、やいざしせきこうえん。
ある神父さんが、火刑に処せられた場所。 ※ 地図は、下の方に。

殉教の碑があった。  炎の中に、天にのぼる人の姿が。
殉教と言っても、誰でもが出来ることではない。 忘れないようにということで、碑を作るのかな。
 ※ 島原の乱は、一揆なんだが、殉教という側面もあったのかも。 関連ブログを最後に。

12年1月27日 (1)

海の向こうに、平戸城と市街地。

12年1月27日 (2)

少し走って、たびら平戸口駅。

12年1月27日 (3)

今日動くのは、この地図の中。 北から南へ。

12年1月27日 (4)

駅の中。 列車は、1時間に1本くらい。

12年1月27日 (5)

普通、駅と言ったら鉄道の駅を思い出すので、最西端の駅は、ここでいいと思う。
※ この駅は、松浦鉄道にあるので、JRの最西端の駅は、佐世保駅となるんだが。
佐世保方面。

12年1月27日 (6)

伊万里方面。

12年1月27日 (7)

最西端とあります。 これでいいですね。 正確に書くと、長くなるから。
※ 最東端の、東根室の駅の写真は、こうです。  関連ブログは、最後に。

12年1月27日 (8)

カトリック田平(たびら)天主堂。  赤レンガ。

12年1月27日 (10)

信徒の手づくりとある。 石灰は、貝殻を焼いて作った。

12年1月27日 (9)

少し汚れているので、綺麗にしたくなる。 国の重要文化財。

12年1月27日 (11)

ルルドです。

12年1月27日 (12)   12年1月27日 (13)

そびえ立っている。

12年1月27日 (14)

※ 建物の中入り口に、撮影についての表示が無かったので、撮影した。
  もしかしたら、ダメかもしれないので、3枚だけ。 
  写真を載せてるサイトが多いので、大丈夫かなとも。  

別世界。

12年1月27日 (15)

大きなステンドグラスが、周りにずらっと。 一つの物語になっているよう。

12年1月27日 (16)   12年1月27日 (17)

煉瓦の建物は、長持ちする。

12年1月27日 (18)   12年1月27日 (19)

ここは、たびら昆虫自然園。 入園料400円。
温室の中に、チョウが乱舞しているのを想像していた。
違った。 外だった。 この方が、40分程案内してくれた。 これが、よかった。

12年1月27日 (20)

冬なので、探さないといない。 いても、さなぎとか。
さっそく、見つけました。 私には、どこにいるか分からない。 教えてもらって、やっと。
※ 答えは、下の小さな写真をクリックしたら分かります。

12年1月27日 (21)

12年1月27日 (22)

※ どして、枝とそっくりになるのでしょう。

次です。 むずかしい。 米粒のような虫ではない。 分かるでしょうか。

12年1月27日 (23)

12年1月27日 (24)

どうして、このように進化できたかが、知りたい。

左は、カマキリの卵のう。 卵が入っている。 
※ 右は、アゲハかなんかだった。(メモする時、写真の番号を記録しないとダメか)

12年1月27日 (25)   12年1月27日 (26)

これも、何だったか。 顔に見えた。 それも、淡谷のりこ に。

12年1月27日 (27)   12年1月27日 (42)

これも、? 何も無く見えるが、探せば、いっぱいある。

12年1月27日 (28)

下を見たり、上を見たり。

12年1月27日 (29)

イノシシの柵に、カマキリの卵。 卵のう。 線には、夜になったら、電気を流す。
※ こんな目立つ所には、普通作らない。 ただ、鳥の少ない年には、作るそう。
  案の定、今年の冬は全く鳥が来ないと云う。 鳥インフルエンザかなって、案内の人は言った。

12年1月27日 (30)

※ 雪国では、カマキリが、どの高さに卵を産むかで、その冬の雪の量が予想つくという。 不思議。

ここの昆虫自然園は、里山の環境を再現している。
野菜は、虫のために植えてる。

12年1月27日 (31)

モグラが土を、外に出した。
イノシシが入らなくなったら、モグラが増えたと云う。
それに、マムシも。 イノシシは、マムシが大好き。 
みんながいて、自然のバランスが保たれるよう。

12年1月27日 (32)

池もある。

12年1月27日 (33)

ヤゴや、エビや、ミズカマキリ。

12年1月27日 (34)   12年1月27日 (35)

チョウの姿で、越冬。 温かい日には、飛ぶと云う。

12年1月27日 (36)

石をはぐったら、サンショウウオがいた。 卵も。

12年1月27日 (37)

尻尾が切れていた。

12年1月27日 (38)

※ どうして、枝に似たのか。 幼虫やサナギが。 それを、案内の人と話しながら歩いた。
  こうだった。
  たくさんの虫の中で、少しだけ、周りと違うので出てくる。 突然変異ほどではない。
  それは、人間にだってある、個性のようなもの。

  例えば、シャクトリムシの中に、少しだけ、枝の模様がついた。 もちろん、偶然。
  その虫は、少しだけ、鳥が見つけずらい。 そうすると、生き残る。
  木の枝で生きる虫は、間違って、木の雰囲気に近づいたものが、命をつないでいく。
  
  少しずつ、少しずつが、積み重なって、いつの間にか、枝とそっくりになる。
  虫は、枝を見たこともないし、考えて、似せようとしたことも無い。
  気の遠くなる年月の間に、そのように変化していった。

  やっと分かった。 分かりやすい。

屋内に標本があった。 これは、ナガサキアゲハ。 どこかで、サナギをみた。

12年1月27日 (39)

鳥山という人の、コレクション。 この人は、田平教会の神父さんだった。

12年1月27日 (40)   12年1月27日 (41)

本土最西端の地、平戸市には、9日間いました。 
観光案内が丁寧で動きやすかったこと、平戸市に魅力が多かったために、この日数になったと思います。
多くの人にお世話になったことに、感謝します。

【関連ブログ】  明日を信じた人々の戦い「島原の乱」   他  (5月7日 晩
          日本最東端の駅 東根室駅  明治公園  涙香岬  他 ~根室市~   他  (2010/9/2)

【今日の歌】 

藤浦洸を、あと1曲。  情熱のルンバ。 高峰三枝子。 この人は、あるものが大きい。 声ではない。

 

まず、純情二重奏が戦前につくられた。 高峰三枝子主演の映画。 大当たりした。

それで、戦後、それに続いて、4作つくる。 この4作の主題歌の作詞が、藤浦洸。
懐しのブルース、別れのタンゴ、想い出のボレロ、情熱のルンバ。 
映画も歌もヒットした。  高峰三枝子は、大女優に成長した。

4つの詞とも、モダンさを感じる。 藤浦洸が平戸人気質を持っていたために書けた。 そう思う。

下の歌は、純情二重奏。 昭和14年。 20歳。 
彼女には、気品があって、いいところのお嬢さんという感じ。
 ※ 下の動画に、淡谷のりこが出ている。 どの人か。 舞台の袖にいた3人の真ん中か。 自信は無い。



【道の駅】    昆虫の里たびら

【明日の予定】  佐世保市に入ります。 市街地はまだまだで、この近く。 有名な物はないが、それでいい。

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志々伎山(しじきさん)の頂上は、鋭く尖った岩の上だった。
そこからは、四方全てが見えた。
久しぶりに晴れて、温かい一日になった。
イノシシと出会って、びっくり。
    ※    ※    ※    ※

ここが、九州本土の最西端になるんですね。 だから、本土最西端。 


県道から、少し上がって来た。 阿弥陀寺のそばにいる。 
昨夜は、この下に停泊。

12年1月26日 (1)

阿弥陀寺。 左に小さく、志々伎山が見える。 右に見える石段が、登山道でもある。

12年1月26日 (2)

11時出発。
志々伎神社への参道。 山の頂上には、志々岐神社の上宮(かみつみや)の石の祠がある。

12年1月26日 (3)

10分程で、神社に着いた。 志々伎山神社は、式内社だという。
 ※ 平安時代の初めに、国が面倒をみる神社である官社の一覧表がつくられた。
   この中にある神社が、式内社。 志々伎神社は、入っている。 肥前には4つしかない。
   神社の社格が、普通の神社より上、ということのよう。

12年1月26日 (4)

5分程歩くと、神社の跡があった。 

12年1月26日 (5)

中宮跡とある。 下山の時に見ることに。

12年1月26日 (6)

馬ノ背のような所を歩いている。 自然の中にいるって感じがする。

12年1月26日 (7)

腰掛け石。 いつの時代の話だろう。

12年1月26日 (8)

※ 名前がついていると、「腰掛け石のとこで、一休みしようね」とか言える。

途中で、道が下っていくので、間違ったかなと思って戻った。
道の分岐は見つからなかった。 引き返して、そのまま下っていくことにした。
海に出たら、もう一度登ることにして。
  ※ 今日は、山用のナビを持って来なかった。 それがあれば、困らなかった。

だいぶ下ったら、こっちが頂上と、案内板があった。
そんなことをして、30分程経ったら、海が見えた。

12年1月26日 (9)

見える島は、五島列島のよう。

12年1月26日 (10)

そして、頂上も見えた。 向こう側から登るために、下ったりしていた。

12年1月26日 (11)

稚児の塔が、この上100㍍にあると書いてある。 道はないが、帰りに行くことに。
住職にいじめられて、ここまで登って、自ら命を絶ったよう。

12年1月26日 (12)

小さな祠や、祠の跡。 山全体が、志々伎山神社の境内。

12年1月26日 (13)   12年1月26日 (14)

時々ロープの場所があったりしながら、崖の下に近づいた。
ここまで、1時間。 行ったり来たりしなかったら、45分くらいでしょうか。

昔は、ここで草履をぬいで、裸足で登ったそう。

12年1月26日 (15)

急な登りが続く。

12年1月26日 (16)

こう見えたが、頂上とは思えない。

12年1月26日 (17)

登ったら、開けた。 いい天気になった。
天気は、自分の行いとは関係ないが、行いが良かったから晴れたと思いたくなる。

12年1月26日 (18)

頂上っぽい。

12年1月26日 (19)

手前の海は、湾。 向こうも平戸島。

12年1月26日 (20)

向こうから上がって来た。 右下は、崖。 強風の時は、危険。

12年1月26日 (21)

もう少し。 木が生えているのは、安全のために有り難い。

12年1月26日 (22)

着きました。 12時15分頃に。 志々伎山、山頂。 347㍍と書いてある。 

12年1月26日 (23)

五島列島のよう。 この時は、分からなかった。 ※ 福江島には、2年前に行ってきた。

12年1月26日 (24)

左にず~っと、平戸島。 この風景を見られるのが、山の楽しみ。

12年1月26日 (25)

水を飲んで、バナナとミカンを食べた。
どうだいと、足に聞いてみた。 この靴、登りやすいね、と言った。
※ 昨年の夏に、旭川で2足買った。 両方とも、足を包み込むような靴。 気に入っている。

12年1月26日 (26)

この後、動画を撮る。 ※ 最後にある。

登って来たのは、もっと左の方からのよう。

12年1月26日 (27)

佐世保方面でしょうか。  船が行く。 仲間の船か。

12年1月26日 (28)

幅は、数㍍。 向こうに下る。 左の方にだったかな。

12年1月26日 (29)

頂上付近は、危険。
ロープのある所では、ロープを離さない。 それなら、子供でも来れるでしょうか。

12年1月26日 (30)

30分程いて、下山開始。

実は、登って来る時、この岩に手をかけた。 そうしたら、そこに動物のウンチがあった。
軍手をはいた手で、触った。 

12年1月26日 (31)

稚児の塔の下に、来ました。

12年1月26日 (32)

木につかまらないと、登れない斜面。 危険ではないが。
岩が見えてきた。 稜線の上に出たよう。

12年1月26日 (33)

何の実でしょう。

12年1月26日 (34)

あった。 小さな石の祠。 亡くなった子を不憫に思って、作ったんですね。

12年1月26日 (35)

安政四と読める。 1857年。 幕末。

12年1月26日 (36)   12年1月26日 (37)

木につかまりながら、下りていた。 その時だった。
目の前10㍍の所を、左から右に、イノシシが走り抜けた。
5頭ほど。 大きさは、50㌢位。 まるで運動会。
どんな走り方かは、分かりますね。 猪突猛進。

私はどうしたか。 カメラは手にしていなかった。
リュックから、急いで、熊除けのスプレーを出していた。

その後、親イノシシは現れなかった。

12年1月26日 (38)

最後に見た海かな。

12年1月26日 (39)

中宮跡の石段を上ってみた。 石灯。  瓦も、所々に。

12年1月26日 (44)

少し高い場所に、拝殿があったよう。 左に、石段。 左向きに立っていたと考えてよさそう。

DSCF3897cccpp

柱なんかも、朽ち果てている。

12年1月26日 (40)

屋根の端っこに付ける、恵比寿さんの瓦か。 少し悲しそう。

12年1月26日 (41)

かわいそうに思って、石垣の上に置いた。 倒れないように。

そうして、写真を撮った。 恵比寿さんは、うれしそうに笑った。

12年1月26日 (42)

この上が、中宮の境内。

12年1月26日 (45)

志々伎神社の石段を下る。 コンクリートは、使っていない。 昔のまま。
 
12年1月26日 (46)

石が沈んだら、小石を挟む。

12年1月26日 (47)

玄武岩の石段。

12年1月26日 (48)

無事に、我が家に戻りました。

12年1月26日 (49)

岩があって、遺跡があって、石段もあって、風景が良くて、今日くらいだと十分。
イノシシにも、恵比寿さんにも出会えた。
あ! 恵比寿さんに、ミカンでもあげればよかった。

もう一度この島に来たら、再度登りましょう。 
恵比寿さんに会いに。 おみやげを持って。

平戸市は、あと1日。

【動画】   志々伎山山頂の様子と、山頂からの風景。



【今日の歌】   別れのブルース  ※ 藤浦洸作詞



淡谷のりこが、軍歌を歌わないことは知っていた。 それもあって、好きだった。
コロッケの物まねに、ぷんぷん怒っていたのも、よかった。

下の写真は、アルバムと本の表紙の写真。 

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文は、本の裏表紙に書いてある文。
彼女は、そう言う人だった。 いい人に、藤浦洸は詞を書いた。

無題awayanoriko9999

素敵なハーモニーを。



【停泊場所】   平戸城下の駐車場

【明日の予定】  平戸島を出ます。 平戸市の田平(たびら)町に。


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雪は時々は降ったが、道は走れる。
平戸島の北部に、田助(たすけ)港がある。 何かありそうなので、行ってみた。

明日は雪は降らない。
本土最西端の、志々岐山(しじきさん)に登る。 九州百名山の1つ。 1時間半くらいか、頂上まで。
そんなことで、今は、平戸島の南端に。
    ※    ※    ※    ※

下の地図は、平戸市の田助港の位置。


田助港は、小さな湾で、向こうが湾の出口。 出口に小さな島が見える。

12年1月25日 (1)

平戸港の副港として発展したとある。 高杉晋作達が、来たとも。

12年1月25日 (5)

港のそばに、浜尾神社。 いろいろ書いたものが。

12年1月25日 (2)

ハイヤ節発祥の地とある。

12年1月25日 (3)

※ ハイヤ節の発祥は、天草諸島の南端の牛深も名乗っている。
  しかし、どちらも根拠は持っていない。
  2ヶ所で名乗っているので、熊本や長崎の島が、ハイヤ節の発祥なのかなと思う。
  ハイヤ節が、佐渡おけさのルーツということは、大丈夫のよう。  

12年1月25日 (4)

面白いのは、こっち。 田助に、長州の高杉晋作たちが密談のために来たと云う。

12年1月25日 (18)

西郷隆盛が来たと云うことは、薩長連合と関係あることになる。

12年1月25日 (19)

※ 上には書いてないが、集まったとすれば、1865年のよう。 薩長連合が成立する前年。
  坂本龍馬も来ているかもしれない、となっている。

※ 田助に集まったと云うネット上の記事は、地元の記事しか見つからない。
  言い伝えであって、歴史的な証拠は見つかっていないよう。
  しかし、地元の調査を読むと、田助に集まったことは、高い可能性であったように思う。
  坂本龍馬もきっと来ている。 彼がいたから、話は進んだ。
  
  最初の写真に、湾の出口に小さな島が写っている。 ハゲ島だそう。
  その島に渡っても、密談したと伝わっているという。
  
  平戸島に来て、更に島に渡ると云うのは、用心の上に用心を重ねたことになる。
  九州本土は、関所とかあるから危険。 
  移動する時、人に会わないために、船で移動したのかも知れない。

  もしかして、田助は、薩長連合の重要な舞台の可能性がある。

天桂寺に向かっている。
昨日のブログに、肉弾三勇志のことを書いた。 一人が平戸出身と。
その人の名前は、作江伊之助で、田助の出身だと云う。 墓が、天桂寺に。

12年1月25日 (6)

山頭火も、ここに来ていた。 伊之助のことを、詠んでいた。
 「 弔旗へんぽんとしてうらゝか 」

※ へんぽんは、翩翻と書いて、旗などが風にゆれ動くようす。

12年1月25日 (7)

これは、昨日亀岡公園で見た。 この寺で詠んだものではないが。

12年1月25日 (8)

墓があることになっているが、見つけられなかった。

田助には、少しだけ、昔の町並みが残ってた。

12年1月25日 (9)

古い家です。

12年1月25日 (11)

明治に建て替える前の家も、これと同じとある。
この家を含め、何ヶ所かで、密談は行われていたよう。

12年1月25日 (10)

※ 薩摩はなぜ、長州と組むことになるのか。 そして、幕府に逆らうのか。
  何か、恨みでもあるのか、となりますね。
  そう言えば、思い出したことがある。 愛知県に行った時。 こんな内容。
    幕府は宝暦治水と呼ばれる治水工事を薩摩藩に命じた。  ※ 木曽川の工事だったと思う。
    この工事は幕府役人の執拗な嫌がらせがあって、多くの薩摩藩士が自害。 担当奉行も自害。

  倒幕は仇討だったかも知れない。 ※ 恨みは、他にもあったようだが。
 
この家も、古い。

12年1月25日 (13)

神社にあった碑は、以前は、ここにあったとある。
色々書いてあるが、どれもはっきりしない。 

12年1月25日 (12)

急に、これを見つけた。 作江伊之助の顕彰碑。 階段を上っていく。

12年1月25日 (14)

こういう物を作ることによって、後に続く者を生み出すのか。 

12年1月25日 (15)

田助は発展から取り残されなかったから、ある程度家の建て替えが進んだ。

12年1月25日 (16)

初めて見るのかな。 

12年1月25日 (17)

上神崎教会。  塔が2つあるので、双塔と云うようです。

12年1月25日 (20)

ルルド。

12年1月25日 (21)

いい表情ですね。

12年1月25日 (22)   12年1月25日 (23)

この地に着いた時の喜びとある。

12年1月25日 (25)

ここの人達は、大村と出津(しつ)から来たとある。 
出津は、長崎の近くに夕陽が丘そとめ、という道の駅がある。 その近く。

12年1月25日 (26)

向こうが、平戸市街地。 橋が、少し見える。

12年1月25日 (24)

平戸島の北の端の温泉。 田の浦温泉。

12年1月25日 (27)

地図では、この場所。

12年1月25日 (32)

大きな像があると云うので、探している。 
あそこに見えるよって、海岸の清掃をしている人が、教えてくれた。

12年1月25日 (28)

分かりますね。 空海の像だと云う。 

12年1月25日 (29)

山の上にあった。 石像の高さ7㍍。 台座を入れると、16㍍。
日本一の規模と、パンフレットにある。  ※ 千葉県に、高さ31㍍の石仏がある。

12年1月25日 (30)

空海がここから唐に行ったので、これを作った。
全体の美しさ、それに表情、どちらも、ウ~って言いたくなる。

12年1月25日 (31)

別の所から。

12年1月25日 (33)

山の上から。  いい風景です。

12年1月25日 (34)

島の南に行く途中、小さな教会が。 中野教会。

12年1月25日 (35)

山の下は、こんな風景。

12年1月25日 (36)

志々伎山です。 九州百名山。 本土最西端。 岩の山。

12年1月25日 (37)

田助のことがはっきりするといいですね。
地元だけでなく、第3者が認める形になるのがいい。
そして、薩長同盟とかを調べた時、Wikipediaに載るようになると、完璧。


【その他】    ダルビッシュの魅力

ダルビッシュは、レンジャーズの移籍が決まりましたね。
彼は、時々、面白いことを言うので、それを少し載せます。

① 「メジャーに行く理由をまだ球団の人にも言っていません。ファイターズのファンの前で言いたいので、しっかり聞いてください」 (札幌ドームで)
 ○ ダルビッシュは、このようにファンに最初に報告することが多い。 大事にしている証拠かな。
   球団はそれで、怒る訳ではない。

② 「日本人の選手の評価がすごく低くなっていて、日本の野球が下に見られているのが、すごく嫌だった」
  「世界中の誰もに“No.1のピッチャーはダルビッシュだ”と言ってもらえるようになりたい」
  「きっちり頑張って、最終的にここに戻ってこられたらうれしい」 (札幌ドームで)
 ○ ファンに話した要旨です。

③ 「何で俺だけ悪いみたいなってんねん」 
 ○ 離婚のことで、紗栄子が色々言った。 それを聞いて、言った。
   ダルビッシュは、これ以上言わなかった。 ごたごたにはならなかった。
   今後も、2人の子供には会える。 今回、紗栄子から励ましの言葉もあった。
   ※ 相手が女性の場合、何でも言ってしまうと、火に油を注ぐことになるんですね。 言わない方がいい。
     ダルビッシュは、そのことを知っていた。 かしこい。 (こんなこと書いて大丈夫か)
   
④ 「他人と比較しても良い事はほとんどない。こんな事書く時間があるなら自分が成長するための時間に使って欲しい。
 ○ プロになった頃、パチンコ屋でタバコを吸った。 あの男が、数年で変身した。

下のは、過去のブログで書いたものです。

darubissyu1.jpg   darubissyu2.jpg

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【今日の歌】  今日も、夏川りみ です。 彼女の歌うのがいい。



この子は、どんな風に成長したでしょうね。 
この動画は、放送局からクレームがつかないために、残っている。



【停泊場所】   志々伎山に近い、道のパーキング



【明日の予定】  志々伎山へ

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午前中雪が降ったので、車で出かけるのは止めた。(実際は、走れたと・・)
今いる、平戸城のある亀岡公園を散策することに。

句碑などの碑があった。 調べたら、面白い物もあった。
沖禎介という人物を知った。 映画「二百三高地」で、村井国夫が彼を演じていた。
    ※    ※    ※    ※

亀岡城跡は広い。 全体は、亀岡公園になっている。    
乾櫓(いぬいやぐら)の横を上る。 復元した建物。
※ 平戸城には、元々天守が無かったため、乾櫓が天守のかわりをした。(Wikipedia)

12年1月 24日 (1)   12年1月 24日 (2)

ここは、二の丸跡。 今は亀岡神社が建っている。  乾櫓も。

12年1月 24日 (3)

小山に登ったら、地蔵坂櫓があった。 狸櫓は、この下にある。

12年1月 24日 (4)

上の写真の反対側。 神社は、亀岡神社。  平戸大橋が、遠くに。

12年1月 24日 (5)

亀岡公園全体と、右は、今日歩く範囲。

12年1月 24日 (6)   12年1月 24日 (7)

平戸城は、平戸藩松浦氏の居城。 別名、亀岡城。

12年1月 24日 (34)

明治天皇の祖母の中山愛子像。 
平戸藩の人だが、公家の中山忠能に嫁ぐ。 娘の慶子が、孝明天皇に仕え、明治天皇を生む。
愛子・慶子によって、幼少の明治天皇は育てられる。

愛子の嫁いだ中山忠能は、徳川幕府を倒すために動いている。 それで、天皇家に近づけたのかなと思う。

12年1月 24日 (8)

これは、像の下絵なんですね。 実際の像は、この表情とは、程遠い。
上の写真の像は、もし愛子が見たら、喜ばない。 
下絵の表情は、とってもいいんだが。  

12年1月 24日 (9)   12年1月 24日 (10)

※ 娘の中山慶子の写真は、こう。(Wikipedia)
  明治天皇の写真は、これ。 親子だから、似てますよ。

太陽が照ると暖かい。 花はみんなして、喜んでいた。

亀岡神社。

12年1月 24日 (14)

女の人のすました顔が、何とも言えない。 

12年1月 24日 (11)

拝殿。

12年1月 24日 (35)

大きな貝があった。 本物。   本殿への建物は、屋根付き橋のよう。

12年1月 24日 (12)   12年1月 24日 (13)

国の重要無形民俗文化財の平戸神楽は、ここで舞うのでしょうか。

12年1月 24日 (15)

沖 禎介(おき ていすけ)と云う人の像。 初めて聞く名前。

12年1月 24日 (16)

※ 調べてみたら、平戸市出身で、

  1904年(明治37年)、日露戦争開戦に際しては民間人ながら陸軍の特務機関に協力し、ロシア軍の輸送路破壊工作に従事する。
  横川省三とともにラマ僧に変装して満州に潜伏しているところをロシア兵に捕獲され、ハルピン郊外で処刑される。(Wikipedia)

この人は、映画「二百三高地」に出てくる。 ※ 最後に、動画を。

下の写真は、山頭火。 笠をかぶっている。  何を踊ったのか。

12年1月 24日 (17)

昭和7年に来たとある。 この年、山頭火は自殺未遂を起こしている。 飲み過ぎて、体調不良か。 心も。

12年1月 24日 (18)

※ 平戸での山頭火は、「種田山頭火、長崎の旅」のHPにあるので紹介。

sanntoukahirado980.jpg

菅沼 貞風(すがぬま・ただかぜ / ていふう)
明治時代の人。 南進論を唱えた。 フィリピンでこれらに罹り、25歳で亡くなる。
※ 南進論に武力がくっついて、南の島々を占領することになる。

12年1月 24日 (19)

マキ並木。

12年1月 24日 (20)

樹齢400年とあった。 

12年1月 24日 (21)

大きいです。

12年1月 24日 (22)

ここは、二の丸跡。 周りは、石垣だった。 

12年1月 24日 (23)

離れて、亀岡神社を。

12年1月 24日 (24)

外に出る道。

12年1月 24日 (36)

下りたら、公園(城)の外。 平戸城跡は、広い。

12年1月 24日 (25)

戻っている。

12年1月 24日 (26)

肉弾三勇志碑とあった。 こうなんですね。 初めて知る。 3名の一等兵の話し。(一人が、平戸出身)
 
  上海事変中の1932年(昭和7年)2月22日、蔡廷鍇率いる19路軍が上海郊外(現在は上海市宝山区)の廟行鎮に築いた陣地の鉄条網に対して、
  突撃路を築くため、点火した破壊筒を持って敵陣に突入爆破(強行破壊)し、自らも爆死した。(Wikipedia)

※ 美談として、日本中に紹介される。

12年1月 24日 (29)

※ このことについては、こんな話もある。 異説もあるが。(Wikipedia)
    この3人の兵士のうち2人が被差別部落出身で、直属の上官が
   「あの連中は、こうした任務を与えてやれば喜んで死んでいく」と語ったとの言い伝えもある。

  こんな話は、ありうる事で、口では尊い命と言っていても、心の中では、虫けらの命としか思っていなかった。
  特攻隊もそうだが、現実は、上が真実と思う。 多くの若者の命が消えた。

下は、城跡の中。  運動場にもなっている。

12年1月 24日 (30)

ここにも、マキの木。

12年1月 24日 (31)

ブーゲンビリア。  猫が寄って来た。 今日話したのは、猫とだけ。

12年1月 24日 (32)   12年1月 24日 (33)

平戸藩また平戸市は、多くの有能な人物を、中央に輩出している。  ジャパネットたかたも(?)
このことは、かつて世界の貿易港として栄え、広い視野を持ったことと、関係しているのでしょうか。
平戸人の気質として、受け継がれたのかも、知れない。

碑を見ても、普通は退屈するけど、今日はよかったですね。 寒かったけど。


【今日の歌】
二百三高地は、旅順にあって、大連の街から近い。


曲は、大連の街から。



流れる曲は、さだまさし の「防人の詩」。
1分20秒過ぎに、銃殺の場面がある。 ここで、沖禎介は死ぬと思う。
夏目雅子が少しだけ。



【停泊場所】    城の下の駐車場。

【明日の予定】   走れたら、北の方に。 明後日、山に登る。 雪の予報は、明日まで。

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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長崎に、丸山があるという。 
そう言えば、何かの歌にあった。 何だ。 そうだ、長崎ブルースだ。 青江三奈。

  逢えば別れが こんなにつらい  逢わなきゃ夜が やるせない
  どうすりゃいいのさ 思案橋   丸山せつない 恋灯り  
  ああ せつない長崎 ブルースよ

丸山遊郭に行こうか迷った。 遊郭の側にある、橋の上で。
 ※ その気持ち分かる、と言いたいところ。

海外貿易の拠点が長崎に移るまで、平戸に、丸山遊郭はあった。
名前と一緒に、長崎に行ってしまった。


    ※    ※    ※    ※

ここは、鄭成功(ていせいこう)記念公園。  左に、江戸時代に作られた碑が見える。

12年1月23日 (2)

この人が、鄭成功。 初めて聞く名前。 この地で、生まれた。
近くにの山の上に、鄭成功廟(びょう)があり、そこにあった説明。

12年1月23日 (1)   12年1月23日 (4)

鄭成功の父は、鄭芝龍(ていしりゅう)。 
元々、海賊だったが、日本に貿易のためやって来た。 平戸島の大名松浦氏と協力して、儲けた。
書籍や陶磁器を売って。 屋敷を平戸に構えた。 日本人の娘との間に子供をもうけた。
その子が、後の鄭成功。

中国の、時代が、明(みん)から清(しん)に移った時、鄭成功は歴史に登場する。
明の復活を願って清と戦う。 最後は負けるが、今の台湾に拠点を移す。
台湾は、オランダが実権を握っていた。 植民地のようなもの。
そのオランダと戦い、台湾から追い出した。
鄭成功は、その時の、中心人物。

現在の台湾のスタートは、その時になった。
鄭成功は、39歳という若さで亡くなるが、台湾の基礎を築いた。
そのために、今でも、彼は台湾では英雄だと云う。(司馬遼太郎が書いた文を参考)

台湾から観光に来た人は、必ず、下の写真の鄭成功廟を訪れると云う。

12年1月23日 (3)

鄭成功廟の近くに、展望台があった。 そこから見た、千里が浜。 鄭成功記念公演が見える。

12年1月23日 (5)

上の小さな丘の下に、歓楽郷 丸山跡とあった。 坂を下ったら、川内(かわち)の港。

12年1月23日 (6)

平戸の港が狭いので、副港のように、ここの港にも外国からの船が入った。
港は栄え、歓楽街が出来た。 鎖国と共に、貿易の拠点は、長崎に移った。
歓楽街丸山も、名前と一緒に、長崎へ。

12年1月23日 (7)

港のお店に、イカ。 コウイカのよう。

12年1月23日 (8)

宝亀(ほうき)という地域に来た。 少し高台に上った。

12年1月23日 (9)

宝亀教会に向かっている。  変わった石垣。 玄武岩に似ている。
 ※ 兵庫県の北部にある、玄武洞で見た玄武岩は、こうだった

この時は気付かなかったが、後で、関係してくる。

12年1月23日 (10)

宝亀教会。 (写真が、少しおかしい)

12年1月23日 (11)

木造と云うのが、大きな特徴。

12年1月23日 (12)   12年1月23日 (13)

地図があった。  現在地が、ここの場所。

12年1月23日 (14)   12年1月23日 (15)

窓が下まである。 ベランダも。 これも、特徴。

12年1月23日 (16)

中に入ってみたが、写真は原則禁止とあった。
外の写真を撮っていたら、地元の人に会った。 説明してくれた。 そうして、中を案内してくれた。
写真も、いいですよと。 ありがたい。

今日は、いくつか教会を見たが、ここが一番美しかった。

12年1月23日 (21)

入り口の方。 太陽の光は、向こうから来ると云う。

12年1月23日 (17)

ここの教会の名前は、宝亀教会。 ちなみに、平戸城の別名は、亀岡城。
なぜ、亀がつくのか。 平戸は、九州の北の守りの場所だった。

 中国の神話に四神(しじん)というのがある。 天の四方の方角を司る霊獣。
 東の青竜(せいりゅう)・南の朱雀(すざく)・西の白虎(びゃっこ)・北の玄武(げんぶ)の4つ。
 どれも、よく耳にする。

北は玄武。 玄武の姿は、こう。 亀とヘビ。

201106240030049a2_20120124102024.jpg

これで、分かりました。 平戸は、北の守りなので、城は亀岡城。
ここの教会の名前に「亀」があるのも、この神話から。

なお、玄界灘の「玄」も玄武から。
以上、全て、案内の人が教えてくれた。

※ 先ほど見た玄武岩が、この地にあるのは、たまたまだろうか。  
  玄武岩は、五角形が多い。 上の玄部の図が五角形に似ているので、玄武岩と名付けられた。

正面の上。

12年1月23日 (18)

正面の左右。

12年1月23日 (19)   12年1月23日 (20)

横のステンドグラス。   白熱球を使っている。

12年1月23日 (22)   12年1月23日 (23)

案内してくれた人に、お礼を言って別れた。
写真が撮れたので、この後は撮れなくてもいいと、余裕が出た。

紐差教会(ひもさし)地区に入った。 見えるのは、紐差教会。

12年1月23日 (24)

こうです。 面白い木がある。

12年1月23日 (25)

美しい。 ※ 空に飛んで行きそう。

12年1月23日 (26)

大きい。 ※ 長崎の浦上天主堂が、原爆で焼けて建てなおすまで、日本で一番大きかったとある。(Wikipedia)

12年1月23日 (27)

宝亀教会とは、別の美しさ。 白亜の殿堂。

12年1月23日 (28)

写真は、外だけ。  中は、美しいと云うよりは、荘厳さか。 

12年1月23日 (29)   12年1月23日 (30)

南の方。
※ 尖がってる山が、少しだけ、遠くに見える。 もしかしたら、志々伎山(しじきやま)か。
  この山は、本土最西端の山。 登りたい。 登るかもしれない。
※ 橋が無い時は離島なので、本土にはならない。 平戸は、今は本土。

12年1月23日 (31)

小さな集落にあった、木ヶ津(きがつ)教会。

12年1月23日 (32)

少し走って、長泉寺にあった、鯨供養の石造五重塔。  元文4年(1739)に建立。
江戸時代、クジラ漁が盛んだった。 大島もそうだったし、この辺り一帯が、盛んだったよう。

12年1月23日 (33)

境内から見える海。  
「槙の木」と見えるが、高野槇(コウヤマキ)のことと思う。 

12年1月23日 (34)

コウヤマキは、1属1種で、似てる木はない。 この木は少ない。 高野山には多く、そこでは霊木。

12年1月23日 (35)

別の場所。 冨春庵跡。

12年1月23日 (36)

栄西が庵を構えたとある。

12年1月23日 (37)

※ お茶もこの地に伝わったと、別に説明があった。 
  一般的には、この時に伝えたのは、佐賀県の背振山(せふりやま)と言われている。(以前行った)
  最初に伝わったのは、もっと早い時期。 空海とか最澄の時代。
  今のように、庶民が飲むのを伝えたのは、栄西。

教会の中は、美しい。 どんな目的があるのでしょう。

その国を植民地にする時、まず、宗教が入る。
命をかけて戦うのを願ったのは、為政者。 殉教と云う美にして。
信者はそのことを知らず、純粋に神を信じるのだが。

そんなことを思ったりするんだが、どうでしょう。

幕府が警戒した理由は、これかも。
※ 一揆の時、団結の力は並大抵でない。 島原の乱のように。


【今日の歌】
「アコースティックギターの第一人者」をネットで調べたら、出て来る名前は、2人。
石川鷹彦と吉川忠英(よしかわちゅうえい)。

吉川忠英は、中島みゆき・松任谷由実・福山雅治・夏川りみ達に関わっている。
レコーディングやコンサートに参加。 作曲・編曲なども。

ギターの演奏が、忠英さん。



2人の演奏は、滅多にない。



吉川忠英さんに、一度だけ会ったことがある。 最後の職場の時。
※ 関連ブログ  アコースティックギタリスト 吉川忠英  他  (1月27日

※ 明日の歌は、今日に関係する何か。  藤浦洸も、あと一度くらい。

【停泊場所】   平戸城の下

【明日の予定】  雪の予報。 歩いてどこかに。 少しだけ。

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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細い路地に、家が密集。 隣の家との間に隙間が無い。
道が曲がれば、家も曲がる。
他とは全く違う、重要伝統的建造物群保存地区だった。

的山大島(あづちおおしま)は、平戸から船で45分。
棚田が広がり、ゆっくり時が流れる島だった。
    ※    ※    ※    ※


朝からずっと雨。 午後から弱まる予報を信じて、船に乗った。 12時30分出港。 640円。

12年1月22日 (1)   12年1月22日 (2)

船の中で、一人のおばあちゃんと話した。

甲浦(こうのうら)の家と家の間は狭いと、親指と人差し指を広げて、教えてくれた。
火事になったら、みな焼ける、と。
おばあちゃんは、平戸から大島に嫁いだ。 私一人島流し、と言って笑った。

私とおばあちゃんが話していたら、低い壁の向こうで寝ている女の人が、時々口をはさんでくる。
それは、ああだとか。 顔は分からない。
今日の船は空いている。 平戸の病院が休みだから。 いつもは、病人でびっしり。
高校はあるが、3月でなくなる。

島が近づいた。

12年1月22日 (3)

フェリーふ頭。

12年1月22日 (4)

細いロープを、このように投げる。 これを手繰り寄せると、太いロープが上がる。 船を港につなぐ。

12年1月22日 (5)

バックで乗って、このように出る。 珍しい。 

12年1月22日 (6)

島は広い。 歩くのは、○の中。 家並みまで、数分歩く。 車は、軽しかない。

12年1月22日 (8)   12年1月22日 (7)

細い路地。 昔は、これ以上広い道はなかった。 路地だけど、メイン通り。

12年1月22日 (9)

道が曲がると、家も曲がる。 まるく、へっこんでる家も。

12年1月22日 (10)

小さな集落に、お寺が多い。 昔は、多くの家があり、多くの人で賑わったと分かる。

12年1月22日 (11)

小ぶりの雨が、止んだ。 私には運があると調子に乗ったら、すぐにまた降って来た。

ここは、小さな谷の奥。 真ん中に川。 両側に家並み。 左を歩いてきた。

12年1月22日 (12)

上の写真の右側を歩いてる。 人がいないと、時は、止まった感じかな。

12年1月22日 (13)

やっと見つけた、家の隙間。 ほとんどは、ない。

12年1月22日 (14)

後で知るが、空き家が多いと云う。 
お年寄りは、元気なうちはいいが、病気が重くなると島を出る。 軽いうちは、船で通院。

12年1月22日 (15)

2008年に、重伝建地区に選定されている。

小さなショウウインドウ。 売り物。

12年1月22日 (16)

振り返って撮影。 右の家が、修復中。

12年1月22日 (19)

勝手には直せない。  使える木材は使って。

12年1月22日 (17)   12年1月22日 (18)

およりまっしぇ、とある。 寄っていって、という意味か。

12年1月22日 (20)

振り返って撮影。 左右、お店。 何でも、売っている。 私の後ろは、神社前で、小さな広場。

12年1月22日 (21)

神社の石段の上から見たら、こう。 ※ お店の家の形を、憶えておいて・・。 後で、古い写真に出てくる。

12年1月22日 (22)

更に上から。 鳥居は、肥前型鳥居の古いものだと、説明にあった。
この時、やっと雨がやんだ。 一句考えた。 
   「 雨があがって からすが カァ~ 」   

12年1月22日 (23)

神社の下に井戸。 勘定場の井戸とあった。 昔は、捕鯨が盛んだった。 ※ 説明は、資料として。

12年1月22日 (24)   12年1月22日 (25)

ここには、六角井戸。 海辺で、塩分の無い水が出たら、いい井戸。  地蔵さんも。

12年1月22日 (26)

どれも、個性的な表情。 いいですよ。

12年1月22日 (27)

角の家は、スナック。 飾りがいっぱい。

12年1月22日 (28)

魚の供養碑があった。 2番目に大きな石碑かな。

12年1月22日 (29)

ふるさと資料館を見学。

12年1月22日 (30)

この島の昔が、分かる。

12年1月22日 (31)

昭和28年。 右の家が、さっきの神社前の家。 屋根の形が、同じ。
人が、あふれる程いる。 2階の部屋は、子供の見学場所。

踊りは、大島の須古踊り。 念仏踊りのよう。  ※ 最後に、動画を。

12年1月22日 (32)

※ 大島の須古踊りは、こんな踊り。 動画にある説明。

sukoodori879.jpg

クジラ漁。

12年1月22日 (33)   12年1月22日 (34)

学校が見えるかと思って、高台に。

12年1月22日 (36)

学校は、もっと上のよう。 左の方か。 全部の学校が、山の上に。
  ※ 小学校の児童数は、51名。 島全部の子供が、集まる。

12年1月22日 (37)

山を下りて、別の小路。 

12年1月22日 (38)

時々、立派な家がある。

12年1月22日 (39)

城山という小さな山がある。 頂上に展望台。 そこに、行く。

12年1月22日 (40)   12年1月22日 (41)

向こうから来た。 右に、島も見えてる。(度島か) 

12年1月22日 (44)

中央に、支所や、さっき行った資料館が見える。 棚田が広がっている。

12年1月22日 (42)

左の方。 山の上の建物は、漁火館という温泉のよう。

12年1月22日 (43)

山を下る時に見た畑。 エンドウが育っている。
 ※ 向こうに、ニラか。  平戸に戻って、ニラを買った。 卵とじして食べる。

12年1月22日 (45)

最初に見たのは、正面にあった小路。 最後のは、手前に。 
 ※ 昔、島には、5000人の人がいたと云う。 今は、3分の1。 資料館の人が教えてくれた。

12年1月22日 (46)

木がいい。 椿の花。

12年1月22日 (47)   12年1月22日 (48)

4時、出港。

12年1月22日 (49)

黒牛を積んだトラックが、下りてきた。 この島で育てるのかな。 島は、黒牛で売り出している。

12年1月22日 (50)

港を離れた。

12年1月22日 (51)

同じ島の、的山(あづち)港に寄った。

12年1月22日 (53)

平戸からの人が、下りた。 

12年1月22日 (52)

帰り、海にはうねりがあって、船はゆれた。

無事に、平戸港に。

12年1月22日 (54)

神浦の集落は、今後どうなるのだろう。 きっと、空家ばかりになる。
島を出た人が、定年で戻って来たとしても、修理できない家が増える。
通りが3つあったけど、ちゃんと残るのは、1つだけかもしれない。

家と家が、ずっとくっ付いていた。 そんな家並み、初めて見た。
めずらしい伝建地区でした。

【大島の須古踊り】   動画は、ここにあります。  少し長い。

【動画】

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※ カピタン、という言葉は、映画「デルス・ウザーラ」の中で、何度も出てくる。 何かの「長」という感じ。

【今日の歌】

映画の一シーンのよう。 俳優は、アントニオ・バンデラス。 スペイン出身。 今は、ハリウッド。
この曲は、ロス・ロボス(Los Lobos)というバンドの歌。 ラ・バンバのヒットで知られる。
曲名は、Antonio Banderas y Los Lobos - Canción Del Mariachi の、後ろの部分か。



ロス・ロボスが日本に来た時の公演。 曲名は、分からない。

  

※ 明日は、夏川りみ、吉川忠英、石川鷹彦、かな。

【停泊場所】  平戸城下の駐車場

【明日の予定】  平戸島の南の部分

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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平戸の街は先日歩いたが、雨のため、少しだけだった。
今日は、残りを。
歩いて感じるのは、異国の匂いがすることだった。
オランダ塀というのがあった。 これが、実にいい。 異国情緒というのか。

平戸城にも行ってみた。 (少し悲しい、模擬天守ではあるが)
    ※    ※    ※    ※

車は、小さな湾の左のパーキングに。

12年1月21日 (1)

藤浦洸の歌碑。 聞けないかなと最初思っていたが、写真をどう撮るかが難しく、それに気を取られて忘れてしまった。
※ 明日、動画を撮って来る。 「平戸のうた」は、YouTubeにはない。(少しだけのはあるが) 

12年1月21日 (2)

平戸の町並み。 この町のとって、大事な通り。 重伝建地区ではないが、雰囲気はいい。

12年1月21日 (3)

向こうから来た。 中央の2軒のお店は、お店の見せ方が上手なんですね。 歩いていて楽しい。

12年1月21日 (4)

あるお店の壁に。

12年1月21日 (5)

近くに、平戸オランダ商館があった。 この場所に船が着いたため、オランダ埠頭(ふとう)と呼んでいる。

12年1月21日 (6)

オランダ井戸。 ※ オランダの名前がついている物が多いが、後にそう読んだと思う。(確認できないが)

12年1月21日 (7)

石の積み方が、日本のとは違うとある。

12年1月21日 (8)   12年1月21日 (9)

オランダ埠頭は、建物の手前。 平戸オランダ商館は、右の少し上に。 この後、行く。

12年1月21日 (10)

右の塀は、オランダ塀と呼んでいる。 漆喰(しっくい)塗り固めているのが、特徴。
この場所の右に、平戸オランダ商館はあった。

12年1月21日 (11)

このように見える。

12年1月21日 (12)

更に上がって来た。 歩きたくなる道。 オランダ塀坂、じゃがたら道、とある。

12年1月21日 (13)

崎方公園に行く。  ここにある物は、後の時代に作った。

12年1月21日 (14)

フランシスコ・ザビエル記念碑。 
※ 像があるわけでもないし、彼の業績が分かるわけでもない。 見る価値は?

12年1月21日 (15)

そばに展望所があった。

12年1月21日 (16)

三浦按按針(あんじん)の墓へ。

12年1月21日 (17)

三浦按針の墓。 彼は、日本に最初に来た、イギリス人。 元の名は、ウイリアム・アダムス。
平戸で亡くなっている。(Wikipedia)  墓は、どこにあるか分からないと云う。
この墓には、何も入っていないのか。 それでも墓?
 ※ 今の平戸市の観光に関わる人の責任ではないが、観光用に何でも作ってしまえ、という考えの時代があったのか。
   平戸城の模擬天守を見ても、それを感じる。
   平戸市の子供たちに、どう説明するんだろうと、思う。

12年1月21日 (18)

遠見展望所から。 木が育ってて、ちゃんと見えない。

12年1月21日 (19)

少し歩いた。 ここにも雰囲気のいい坂道があった。 上の方の石段は、御部屋の坂(おへやのさか)。
※ 平戸藩主の、御部屋様(側室)の屋敷があったので、そう呼ばれるよう。

12年1月21日 (20)

坂を上った所に、小さな庭園があった。

12年1月21日 (21)

お部屋の坂庭園。

12年1月21日 (22)

石段を登ったら、じゃがたら道に出た。

12年1月21日 (23)

見晴らしがよかった。  遠くに、ザビエル記念教会。

12年1月21日 (24)

12年1月21日 (25)

平戸城。 この後、車で向かう。

12年1月21日 (26)

平戸城の、北虎口門。 これは、古い。 価値がある。 上の建物は、新しいのかな。

12年1月21日 (27)

狸櫓(たぬきやぐら)。 上の門と狸櫓が、昔のまま。

12年1月21日 (28)

狸櫓についての説明。

12年1月21日 (29)

※ こんな伝説です。 (九州旅倶楽部より)

    この狸櫓と呼ばれる多門蔵の床下に狸が住んでいたが、
    櫓の修理のために床板を全部はがしたところ、
    狸が小姓に化けて松浦藩主の寝床にやってきて、
   「私達一族を櫓に住ませて頂きたい。そうしていただければ、
    私達一族は永代に渡ってこの城を守ります。」と嘆願したため、
    松浦藩主が床を元のようにはったところ、狸がずっと住み着いた。

平戸城の大きな魅力は、この石垣。  日本100名城。

12年1月21日 (30)

模擬天守。
 ※ 模擬天守とは、元々天守のなかった城や、天守が存在したか不明な城に建てられた天守のこと。(Wikipedia)
   現存天守、復元天守など色々あるが、模擬天守が、価値として一番低い。

12年1月21日 (31)

今の時代は、模擬天守は建てないと思う。 (平戸城の天守は、昭和37年に建てた)
また、鉄筋コンクリートでの復元もきっとやらない。
名古屋城は、今のを取り壊して、木造での復元の検討に入っている。
最近は、熊本城の本丸御殿のような、本格的な復元が見られる。 これなら、新しくても見る価値十分。

4世紀頃の刀。 国の重要文化財。 本物。

12年1月21日 (32)

天守の中は資料館になっている。 展示は充実している。
  ※ 模擬天守で500円は高いなと思った。 資料館を見て、まあいいか、と少しなった。

遣唐使の最後の頃、平戸から最短距離で行く航路が取られた。

12年1月21日 (33)

遣唐使船。

12年1月21日 (34)

国によって、感じが違う。

12年1月21日 (35)

明治天皇に関わっての物。(説明が、複雑)

明治天皇の母は、中山慶子。 慶子の母は、中山愛子。 愛子は、平戸藩の人。
つまり、中山愛子は、明治天皇の祖母。
明治天皇が4歳で御所に移るまで、愛子・母親の慶子の元で育てられたと、説明にあった。

12年1月21日 (36)

三十六歌仙があった。 2つ紹介。

伊勢と云う人。 「三輪 の山いかに待ち見む年経(ふ)ともたづぬる人もあらじと思へば」
この人の百人一首にある歌は、「難波潟 みじかき芦の ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや」

12年1月21日 (37)

小野小町です。 「色見えで 移ろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける」
色あせて行くものは、世の中の、人の心という花でございますね、と歌っている。

12年1月21日 (38)

ロザリオ。

12年1月21日 (39)

右奥に、ザビエル記念教会。

12年1月21日 (40)

外海に。

12年1月21日 (41)

小さな湾の向こうを歩いた。 右が、海への出口。

12年1月21日 (42)

上の写真の反対側。 平戸大橋。

12年1月21日 (43)

見奏櫓と地蔵坂櫓。

12年1月21日 (44)   12年1月21日 (45)

平戸を歩いての魅力は、石塀・石段・坂道・町並み・井戸などの遺跡、そして教会でしょうか。
高台から見える港の風景もいい。 時々、島へ行くフェリーの汽笛が鳴る。


【今日の曲】  クラーク(J. H. Clarke)という人の演奏。 アコースティックギターの続き、ということで。

どんな人かは、調べても分からない。 下の二つは、同じ人。 YouTubeでは、人気抜群。
外国では、YouTubeを宣伝に利用しているのが、多い。 宣伝のは、消えない。

少し、気むずかしい表情。 一般的に聞くのとは違う。 こっちが好き。



最後に近づくと、ぞくぞくする演奏。



※ 明日の歌は、Spanish Guitar (スパニッシュ・ギター)2曲の予定。 期待してもらって大丈夫。

【停泊場所】    平戸城下の駐車場

【明日の予定】   的山大島という島がある。 伝建地区がある。 思案中。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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