キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

明智光秀は、亀山城をスタートし、本能寺に向かった。
私も、本能寺まで歩いてみた。
 ※ 最終的には、本能寺が当時あった場所まで。
   ☆    ☆    ☆    ☆

8時出発。 霧の中。 ここは、ガレリアの道の駅の駐車場(裏側)。

11年11月29日 (1)

亀山城は、右に。 亀岡駅の近く。

11年11月29日 (2)

保津川沿いの林道を歩いて行く。 ※ 他は、国道しかない。

川は保津川。 沈下橋だった。 四国の四万十川で見た。
危険なので、橋の真ん中を歩いた。 車が来たけど、渡りきるのを待ってくれた。

11年11月29日 (3)

少し行ったら、集落に出た。

11年11月29日 (4)

集落に人がいたので話していたら、保津川下りの船が来た。
ライフジャケットなし。 大きな事故が起きるまで、安全面は、どこもこう。

11年11月29日 (5)

山の上に行く道があった。 明智越えと教えてくれた。
この道は、道が荒れていると、亀岡駅の観光案内所で聞いていた。
ここで教えてくれた人も、一人で行ったら迷うと言った。
※ 明智越えの道は、途中から、私が今日歩く道に合流する。

林道は京都までつながっているので大丈夫と教えてくれた。

11年11月29日 (6)

光秀が本能寺で信長を討つため、亀山城を出たのは、1582年の6月1日。 夕方。
兵が13000いたので、老の坂の峠だけでは、列が長くなりすぎる。 ※ この峠の道は細かった。
それで、こっちの方の道も使った。 

請田(うけた)神社。 

11年11月29日 (7)

保津川。 トロッコ列車の線路が見える。

11年11月29日 (8)

トロッコ列車がやって来た。 木の向こう。

11年11月29日 (9)

人が分かる。

11年11月29日 (10)

JRと両方の線路。 
どっちも列車がやって来たらいいなと思っていた。 ぜいたく言うと、どっちも来ない。
※ JRの今の線路が出来る前は、トロッコ列車しかなかった。 観光用ではなく、山陰線の一部。  

11年11月29日 (11)

トロッコ列車に乗らないと、こんなのは見られない。 JRは、ほとんどトンネルの中。

11年11月29日 (12)

ずっとこんな道を歩いた。(車は通らない) 

11年11月29日 (13)

山の斜面の工事は、こんな風に。(水尾に行く、車道に出ている)

11年11月29日 (14)

JR保津峡駅。 橋の上がプラットホーム。

11年11月29日 (15)

道のトンネルのそばには、旧道が残っていた。 車が通れる道幅はない。

11年11月29日 (16)

トロッコ保津峡駅。

11年11月29日 (17)

橋の上から。

11年11月29日 (18)

赤い道を歩いている。

11年11月29日 (19)

清滝川にかかる橋。 向こうから来た。

11年11月29日 (21)

上の写真の近くに、芭蕉の歌碑があった。
   清滝や波に散り込む青松葉  芭蕉

※ 清滝は、ここから2㌔位上流。

※ 芭蕉は、元禄7(1694)年5月、最後の旅に出る。
  京都にもやって来て、落柿舎に寄る。 そこで、下の歌を詠んだ。
    清瀧や浪(なみ)にちりなき夏の月
  10月9日、大阪に戻って、上の歌を下のように直した。
    清滝や波に散り込む青松葉 (つまり、最初の歌)

  10月8日に詠んだのが、良く知られている。
    旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
  10月12日に、芭蕉は亡くなる。

11年11月29日 (20)

小倉山を越える峠に入った。 保津川は、ずっと下になった。  

 11年11月29日 (22)

六丁峠。 向こうから来た。 ここまでの距離は、12㌔くらいか。 足は快調。
※ 足の疲れるところは、くるぶしから下。 足の指も。
  歩き方に問題があるのか。 つま先で伸びあがるような歩き方をしたくなる。  

11年11月29日 (23)

急にこんな所に出た。 見覚えがあった。 何日か前に、来ていた。
化野念仏寺に近い。

11年11月29日 (24)

こんな道を通って。

11年11月29日 (25)

地図の、現在地に着いた。 この後、新丸太町通りを、ずっと進む。 

11年11月29日 (26)

花園駅、円町駅を右に見て。

11年11月29日 (27)   11年11月29日 (28)

丸太町通りを、6㌔ほど歩いたら、御所の南西の角が見えてきた。
本能寺まで、あと2㌔程か。

11年11月29日 (29)

見えてきた。 本能寺は、ビルの谷間にある。

11年11月29日 (30)

本能寺。 この時、4時10分。 8時間かかった。
 ※ 光秀軍は、夕方出て、早朝に着いた。

11年11月29日 (31)

この奥に、信長の墓。

11年11月29日 (32)

数日前にも来ている。 

11年11月29日 (33)

本能寺で討ち死にした者。 森兄弟の名前がある。

11年11月29日 (34)

この後、本能寺が光秀に襲われた時にあった場所に、向かった。
堀川高校の裏と聞いていた。 二条城の近く。
今ある本能寺は、右の方の市役所のすぐ下。


堀川高校の正面で、男子生徒に聞いた。
そこまで、連れて行ってくれた。 堀川高本能学者という建物が建っていた。

今は、石碑だけ。

11年11月29日 (35)

秀吉と信長、信長と家康、家康と秀吉、この3つの関係はどうなっているのだろう。
秀吉は、誰にも信用されていない。 誰も信用しない。
家康は、本能寺の変の後、誰を恐れて岡崎に戻ったんだろう。 秀吉かな、光秀よりも。

11年11月29日 (36)

今日は、それなりに疲れたけど、どこも痛くならないで歩けた。
それが良かった。 全部で30㌔程。

本能寺の変は、誰が首謀者なのか、分からないことがいっぱいあるようです。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  京都の北にある美山か。  大文字山に登るというのも。         

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江の父は、浅井長政。 信長に滅ぼされる。
信長の妹である、母の市は、江たち3姉妹を連れて、戦乱の中、小谷城を出る。

浅井長政の戒名は、養源院天英宗清。
今日行ったお寺は、養源院(ようげんいん)
3姉妹の一番上の淀殿が、父を弔って、建てた。
しかし、火事で焼けた。
再建したのは、江。 秀忠の夫人になっていた、1621年のこと。

江の肖像画は、この世に、1枚しか存在しない。
それが、養源院にある。 特別公開中で、見ることが出来た。
大河ドラマで扱ってもらえたせいか、ほんのりと、微笑んでいるように見えた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

東福寺の駅から、歩いた。


新熊野神社(いまくまのじんじゃ)があった。
見てる人がいたので、入ってみた。

巨大なクスノキ。

11年11月 28日 (19)

小さな神社。 平安末期、後白河法皇によって建立。

11年11月 28日 (6)

熊野神社は、京都に3つあるそう。

11年11月 28日 (3)

熊野古道入り口とある。 ミニ熊野古道か。  ※ 木は、今の皇太子が植えたとあった。
去年かな、歩いたのは。 1日20㌔ずつ3日歩いた。 面白い温泉もあっった。

11年11月 28日 (2)

入り口。

11年11月 28日 (21)

左は、滝尻王子。 現地では、滝尻王子という神社があった。 熊野古道の出発点。
右は、発心門王子。  発心門王子の神社は、熊野本宮大社の8㌔程手前にある。

11年11月 28日 (4) 

ヤタガラス。 足が3本。

11年11月 28日 (5)

三十三間堂の向かい側に、養源院はあった。 手前の門は、高貴な人専用かな。

11年11月 28日 (7)

血天井とある。

11年11月 28日 (8)

説明。 江は、淀殿の妹とある。 今後は、こういう説明はいらなくなる。 江は江。

11年11月 28日 (9)

参道。 正面に本堂。

11年11月 28日 (10)

江が建てた時の建物。 ※ 秀忠に頼んで、建ててもらった。

11年11月 28日 (11)

肖像画の特別公開。 いい時に来た。

11年11月 28日 (12)

参拝料500円。 写真はダメ。 仕方ない。

お寺の人が説明してくれた。 廊下や部屋ごとに。 私は、15人位の人達と一緒に。
説明はみんな静かに聞いた。
別のグループは、うるさかった。
団体。 道を歩く時と同じ大きさの声で、寺の中でも話していた。
最後は、寺の人が、大きな声で注意した。

肖像画は、江の他に、淀君と秀頼のがあった。 
   ※ 秀頼のは、教科書の資料とかで使われてる物だった。

これが、江。 かすかな微笑み。 目つき、口元は、賢そう。 ※ 写真は、Wikipedia。

gou56444_20111129000254.jpg

俵屋宗達の絵、うぐいす張りの廊下、血天井、徳川家の位牌、などがあった。
このHPに絵などの写真が載っている

血天井は他にもあるけど、養源院のは生々しかった。

鳥居元忠は、伏見城を守っていた。 関ヶ原の少し前。
家康が上杉景勝をやっつけるため、会津に向かっていた。
その隙に、石田三成の軍が、城を取り囲んだ。 その数4万。 城の中には、1800。

1800人もだんだん減って、380人になった。
その段階で、みんな自害した。

伏見城の廊下は血の海。 城は10日以上持ちこたえて、8月1日に落城。
関ヶ原の戦いが9月15日。
遺体が葬られるのが、関ヶ原の後で、2カ月放置された。 
床板に浸みた血や油は、洗っても取れなかった。

弔うため、廊下の天井に使った。 養源院の他に、6つの寺にも、伏見城の血天井はある。

下の寺は、百万遍知恩寺(京都市左京区)。 鳥居元忠の墓がある。
昨日通った。 写真だけ、撮ってあった。

11年11月 28日 (1)

※ 時間がなくなったので、簡単に。

養源院本堂。 横の方。

11年11月 28日 (13)

ヤマモモの大木。 秀吉が伏見城内に植えたのを移植したとあった。

11年11月 28日 (14)

江は、秀吉が嫌いだと説明にあった。 どうしてだろう。
三姉妹の兄は殺されてるが、殺したのは秀吉。 その恨みかな。
お市がいくら頼んでもダメだった。

私達は、この門は使えない。

11年11月 28日 (15)

三十三間堂。 兵の隙間から撮影。

11年11月 28日 (16)

同じく、三十三間堂。

11年11月 28日 (18)

法住寺。 木の枝が面白い。 後白河上皇と、かかわりの深い寺。

11年11月 28日 (17)

池田屋事件の時、龍馬たちは、この辺りに住んでいたそう。
お龍と知り合ったのも、この辺りと説明がある。

DSCF8304ooiioo1.jpg

池田屋事件によって、新撰組の手柄が浮き彫りになった。
この池田屋事件については、新撰組の資料に基づいたものが、歴史になっている。
だから、少し怪しい事件。

DSCF8306bnhhb2.jpg

説明。

DSCF8307hbhh3.jpg

東福寺駅前の道。 駅がどこにあるか、気づかないで通り過ぎてしまう。 

11年11月 28日 (20)

江は、徳川和子を生んでいる。 後水尾天皇女御として入内(後に中宮)。
第109代明正天皇の母になる。 江は、天皇のおばあちゃん。
江の血は、徳川家、天皇家につながって行く。
歴史の上で、存在の大きな人。

昨日、江の供養塔を見たので、養源院に行ってみた。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  嵐山まで歩く。 山越え。 15㌔くらいかな。

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昨夜は、東風さんと楽しく美味しい酒を飲んだ。
その酒が少し残った頭で、昼頃、京都に出た。

京都は盆地で、街の中は平地。
ところが、その平地の中に、小さな山がある。 吉田山。 銀閣寺に近い。
吉田山を散歩して、麓にある光明寺と真如堂に行ってみた。
どちらも初めて。

光明寺には、江の供養塔があった。
    ☆    ☆    ☆    ☆

最初に行った金戒光明寺(こんかいきょうみょうじ)。
銀閣寺が右上に見える。 吉田山は、光明寺の少し北。

電車で出町柳駅まで行って、歩いた。


今出川通り。 真っ直ぐ行ったら、銀閣寺に行く。
正面に大文字山が見える。 登山道がある。

11年11月27日 (1)

今晩息子と食事が出来れば、明日京都を離れようと思っていたが、仕事の都合で出来なかったので、あと少し京都。
※ 歩いている途中、電話が来た。 忙しいって。

右に、京都大学の建物が続く。

11年11月27日 (2)

吉田山の頂上。 標高125メートルの、小さな山。 京都大学に近い。

11年11月27日 (3)

山を下っていたら、「紅(くれない)もゆる歌碑道」とあった。
「紅萌ゆる丘の花」のことを言っている。
これは、旧制第三高等学校(現京都大学)の歌。 ※ 寮歌かな。

DSCF8203gy66

一度は、どこかで聞いたことがあると思う。
丘というのは、吉田山のこと。



この後、道を間違って、住宅街の細い道を歩いた。
山から離れないように歩いたら、光明寺が見えた。

11年11月27日 (4)

知恩院と同じような大きな山門があったが、改修中。
ここは、本堂。
知恩院と同じ浄土宗。 徳川家の菩提寺。
黒谷町にあるので、京都の人達は、親しみを込めて、くろ谷さん(くろだにさん)と呼ぶそう。

11年11月27日 (5)

観光バスで、人がやって来ていた。 人の行く方へ行ってみた。

11年11月27日 (6)

三重塔。 後で知ったが、塔の向こうには、維新の戦いに敗れた会津藩士が眠っているという。

11年11月27日 (8)

墓地の下の方に、大河ドラマの「江」の供養塔があった。(宝篋印塔)

11年11月27日 (9)

春日局が作ったと説明があった。 中には、遺髪が入っている。

11年11月27日 (7)

※ 春日局の墓があるらしいんだけど、調べたけど、確認が出来ない。
  なお、春日局は、昨日のブログの最初の写真の、亀岡城で生まれたと言われている。(可能性は十分ありそう)

※ なぜここまで、春日局は徳川家の中で大事にされたのか。
  関ヶ原で小早川を寝返らせたのは「ねね」と聞いていたが、この人も大きく関わっていた。
  本能寺の変の時は、亀山城にいた。 女と云うことで、その後追われることはなかった。

※ 晩に「江」のテレビが最終回だと言うので、半分ほど見た。 (サッカーも見たので)
  江は、春日局に大奥を任せると言った。 
  叔父の信長が言った「己を信じ、己の思うまま生きよ」の言葉を思い出していた。
  江は、これからそう生きると言ったが、今までもそう生きたのではないかな。
  戦乱の時代という、条件の中で。

この後、近くの真如堂(しんにょどう)に。 紅葉が盛りだったの、多くの人がいた。

11年11月27日 (10)

小さな寺ではなかった。

11年11月27日 (11)

三重塔。 色があった方が、小さな塔はいいかな。

11年11月27日 (12)

秋は、紅葉のいい所に人は集まる。

11年11月27日 (13)   11年11月27日 (14)

ここは、元々、紅葉で有名だった。

11年11月27日 (15)

もう、十分すぎるほど見た。

11年11月27日 (16)

丸太町駅に戻って来た。  見える橋の向こうが、三条河原。 晒し首の場所。

DSCF8262kkk

江に関する建物に、養源院(ようげんいん)と云うのがある。 三十三間堂の近く。
三姉妹の一番上の淀が、父浅井長政のために建てた。
火事で焼けたので、江が再び建てた。 血天井で知られる。

※ 血天井(Wiki)
   関ヶ原の戦いの前哨戦ともいわれる伏見城の戦いで、鳥居元忠以下1000人余りが城を死守した。
   最後に自刃した廊下の板の間を、供養のために天井とした。
   武将達の遺体は残暑の残る8月から9月中旬まで放置されていたと言われ、そのため今も生々しい血の痕があちこちに残る。
   同じ血天井は宝泉院・正伝寺・源光庵にもあるが、生々しさでは養源院が一番といわれる。
   崇源院(江)の秀吉への憎しみを表しているといわれる。

養源院も気になって来た。

【道の駅】    ガレリアかめおか

【明日の予定】  早起きできれば、山道を、京都に向かって歩いて見たい。 

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東風さん親子と東山を歩いた。
今日の夜、日本中で一番人で混み合っていたのは、きっと清水への道。
身動きが出来ない時も。
   ☆    ☆    ☆    ☆

東風さんは2時に亀岡の駅で、息子さんと待ち合わせ。
時間があったので、亀岡城へ。

イチョウの葉をこのように集めていた。

11年11月26日 (1)

この上には行けない。 ※ この城で、春日局が生まれたと言われている。

11年11月26日 (2)

石像のよう。 首から上は無い。

11年11月26日 (3)

祇園の裏道。 

11年11月26日 (4)

八坂神社の門。

11年11月26日 (5)

知恩院の山門。 ここに、江の娘の千姫の墓がある。
4時を過ぎていたので、入れない。

DSCF808ll7

八坂神社の上の、丸山公園。

11年11月26日 (6)

丸山公園の上の方にある、龍馬と中岡慎太郎の像。 表情が良くない。
龍馬は、いつも遠くを見ている。

11年11月26日 (7)

石塀小路。

11年11月26日 (8)

舞妓さんの服を着ている。 きっと、素人。 男がいるんでないかな。

11年11月26日 (9)

二年坂。

11年11月26日 (10)

八坂の塔。

11年11月26日 (11)

お店の中。

11年11月26日 (12)

三年坂。

DSCF813966567.jpg

6時前から、入場開始。

11年11月26日 (13)

人の列は、ずっと下まで。

11年11月26日 (14)

清水の舞台の上。

11年11月26日 (15)

お堂の中。

11年11月26日 (16)

左下が、音羽の滝。

11年11月26日 (17)

少し寒いけど、みんな楽しそう。

11年11月26日 (18)

後で、向こうからこっちの清水の舞台を撮る。

11年11月26日 (19)

清水の舞台。

11年11月26日 (20)

三重の塔と、京都市街。

11年11月26日 (21)

カメラの調子が悪くなって、写真はお終い。
※ カメラのある部分を触ってしまって、暗い中で戻せなかった。
  小さなカメラでは、夜景は無理。

途中まで歩いて、電車に乗って、亀岡に戻った。
バスは渋滞していて、ノロノロ。

亀岡の駅前の居酒屋で、東風さんと息子さんと3人で、ビールとお酒を飲んだ。
熱燗が、冷えた体に、心地よく浸みた。

いい気分で、3人で歩いて、ガレリアに戻った。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  ?

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夏に、桧枝岐村を一緒に歩いた東風さんが、長野からやって来た。
嵐山は行ったことが無いと言うので、案内することに。
最終目的地は、化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)。
    ☆    ☆    ☆    ☆

まず行ったのは、渡月橋。 昔、亀山上皇という人がいた。 
橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と言った。
それで、この名前。

11年11月25日 (1)
 
亀山公園の奥に、向かった。 
川の水は、きれい。

11年11月25日 (2)

こんなのがあった。 東風さんが買ったので、私も1枚。
100円のを1枚買ったら、オマケがいっぱい。

11年11月25日 (3)

教訓が多かったが、それは、私にとって買うのはつらい。
右の「若さの秘訣」にした。 他は、オマケ。 ※ オマケは、もう1枚ある。

※ 年令をゴマかすは、こういう意味かな。 女の人の場合で。
   お化粧をする。 服装を若々しく。 悟りきってない、前向きな考え。
   山に登れるくらいの健康な体。

明るく、くよくよしない生き方、それが「ケセラセラ」。

11年11月25日 (31)

落柿舎(らくししゃ)で、柿を。  ここは、去来と云う人の住居の跡。 
こんな歌を詠んだ。  「鴨鳴くや 弓矢を捨てて 十余年」
芭蕉も来ている。

11年11月25日 (4)

あちこちの小さな寺を覗いた。

11年11月25日 (5)

食べないで、ずっと飾っておきたい。 東風さんは、お土産に買った。

11年11月25日 (6)

この辺りから、重伝建地区です。 古い建物が保存されている。
 ※ 京都市内の、重要伝統的建造物群保存地区は、他に3ヶ所。
   北賀茂と祇園にあって、後は3年坂。 3年坂は、指定1番。(他といくつかと一緒に)

11年11月25日 (7)

清水(きよみず)焼き。

11年11月25日 (10)

はっきりした柄。

11年11月25日 (8)

金魚は絵。 家に住む時が来たら、こんなのが欲しい。 買いに来るか。

11年11月25日 (9)

昼間でも、少し暗い感じ。 昔の街道。

11年11月25日 (11)

ここは、化野(あだしの)。 私の(あたしの)ではない。

11年11月25日 (12)

良縁ヒゲダルマ、とあった。 髭の意味は?

11年11月25日 (13)

この石段を上って行くと、化野念仏寺。

11年11月25日 (14)

ここは、平安時代以来明治まで、風葬の地だった。 明治の終わりに、この寺が出来た。
遺骨を集めて、葬った。
散らばっていた石仏・石塔もここに持ってきた。 その数、約8000。

11年11月25日 (15)

本堂。

11年11月25日 (16)

風葬の地と云うことは、遺体をそのまま置いて行った。
または、かんたんな穴に埋めて、粗末な石仏とか置いた。 そんなことか。

11年11月25日 (18)

ところ狭し。

11年11月25日 (17)

紅葉が見事。

11年11月25日 (19)

11年11月25日 (20)

11年11月25日 (21)

一休みは、ここで。

11年11月25日 (22)

山の上に道が。

11年11月25日 (23)

六面六体地蔵。 水を流すことによって、その人の罪も流れるそう。 水をかけ忘れた。

11年11月25日 (24)

戻って、水子供養のお堂。 

11年11月25日 (25)

逆光の写真。 自分だけ日陰に入って。

11年11月25日 (26)

向こうに行ったら、亀岡。

11年11月25日 (27)

天竜寺の境内を通った。

11年11月25日 (28)

この人出。 少し向こうは、渡月橋。

11年11月25日 (29)

もう一度橋を見て、駅にもどった。 適当な小路を通って。

11年11月25日 (30)

今日は時間があったので、お店を覗いた。
何がいいとか、東風さんと話しながら。

嵐山は、東山と共に、京都観光の2大拠点。
魅力いっぱい。

【今日の歌】 この歌、大好き。  



【関連ブログ】  今日は入らなかったが、途中に滝口寺があった。  いい話があります。
            滝口入道と横笛の悲恋  他 ~滝口寺 祇王寺~ 他  (2010/11/26)

          以前、根室にある涙香岬(るいかみさき)について追ったことがある。
          その岬は、「風葬」という小説で知った。
          涙の歴史をもった岬だった。
            涙香岬追記 タンチョウ  他 (2009/08/09) 

【動画】  レオノワが驚く滑り。 いつの間にか、上手になった。
      髪を振り乱して滑っている。 今日あったロシア大会のSP。



      上のレオノワは、スルツカヤの再来かも。
      誰に似てるかって難しい。 
      ハンガリーのユリア・セベスチェンの若い時に、感じが少しかな。
      レオノワの曲は、セベスチェンが選びそうな曲。
      そんなことで、セベスチェンの動画を探してみた。
      下のは2007年のフリー。
      この年のは、曲がいい。 2分40秒からと、3分40秒からが、特に。

      

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  清水寺のライトアップ。 東風さんと。
         京都も、あと何日かです。  最後は、和泉式部の貴船か。
        
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昨日は全部見られなかった。 今日は、残りの30首。
嵯峨野を歩いたから、色んな物があった。
秋の京都は、平日でも休日のように、人がいっぱい。
    ☆    ☆    ☆    ☆

下の、の場所から。
11年11月24日 (1)

新勅撰集から4首。

11年11月24日 (2)

小倉百人一首を選んだ、定家本人の歌。

11年11月24日 (3)

※ 下の写真は、撮り忘れて、ネットで見つけた物。

百人一首の歌には、恋の歌が多い。
そして、その恋を何かに例えてる歌が多い。
定家の歌も、そういう発想で生み出されている。

人気ランキングの上位に、その様な歌は入っていない。

11年11月24日 (33)

野宮神社。 小さいけど、人気抜群。 鳥居は自然の木のまま。

11年11月24日 (4)

次の場所は、後撰集。 ここから、7首。

11年11月24日 (5)

天智天皇の歌。 この人は、蘇我入鹿を暗殺して、大化の改新をやった。
天武天皇は弟。 持統天皇は、子供。

11年11月24日 (7)

1番、ということで載せました。

11年11月24日 (6)

退屈しないお店が、時々。

11年11月24日 (8)

小さな美術館。 少しの絵がある喫茶店。 絵は全て、模写の絵。 複製ではない。

11年11月24日 (10)

フェルメールの、真珠の耳飾りの少女。 
遠くから見た時、いい出来と思った。 写真に撮ってみたら、本物と全く違った。

11年11月24日 (9)

これは、本物。 品がある。 上のは、粘土か何かで顔を作った感じ。 美しさは、どこにもない。
模写によって表情を表現できなかったら、写真の方がいい。
そう思いました。

11年11月24日 (34)

※ 上の絵では、真珠の存在が大きいんですね。
  また、この絵の魅力は、ブルー。 ウルトラマリン・ブルーと言われている。
  このブルーは、ラピスラズリという宝石からつくられる。

※ フェルメールについては、贋作のこと、色のことなど、テレビで取り上げられますね。
※ 上の絵は「オランダのモナリザ」
  一昨年盛岡で見た「忘れえぬ女(ひと)」は、「ロシアのモナリザ」。 モスクワのトレチャコフ美術館の至宝。
※ 「真珠の耳飾りの少女」は、来年7月から東京、10月から神戸市立博物館で見ることが出来る。
   見に行くことになると思う。
   
この道は、化野念仏寺の方まで続く。

11年11月24日 (11)

小倉山荘とある。 この辺りの後ろの山が、小倉山。
定家は、嵯峨野のこの辺りにあった時雨亭(しぐれてい)で、百人一首を編んだ。
ただ、ここだという場所が何カ所もあって、特定されていない。

百人一首は、色々あるようだが、定家のは、小倉百人一首と言われる。 

11年11月24日 (12)

龍馬たちがいた。 この人達には、四国で会った。 詳しくは、省略。

11年11月24日 (13)

真ん中辺りに、来島又兵衛とある。 
数日前の京都御所のブログで、この辺りが激戦地だったと書いた。 蛤御門の近く。
あの場所で、来島又兵衛は、敵の銃弾に倒れた。 助からないと分かったので、自害した。

11年11月24日 (14)

常寂光寺。 ここに、「時雨亭」があったとも云われている。 
この辺りで、小倉山の中腹の少し下。

11年11月24日 (15)

長神の杜(ちょうじんのもり)が、最後の場所。
新古今集から、14首。

11年11月24日 (24)

いい歌の登場です。

11年11月24日 (16)

すらっと読める。 声に出したくなる歌ですね。
「けふ」は、今日と京かな。

11年11月24日 (17)

紫式部。

11年11月24日 (18)

恋のことしか、考えることは無かったのかな、って言いたくなる。

11年11月24日 (19)

山部赤人。

11年11月24日 (20)

田子ノ浦は、富士川の河口近くで、富士市になりますね。 立派な歌碑がある。

11年11月24日 (21)

持統天皇です。 いいですよ。

11年11月24日 (22)

百人一首の中で、トップクラスの出来でしょうか。

11年11月24日 (23)

こんな道を歩いて。

11年11月24日 (25)

二尊院。 ここも、時雨亭があったとされる。

11年11月24日 (26)

これ以上入ると、お金がかかる。 この参道は、「紅葉の馬場」と呼ばれる。

11年11月24日 (27)

この家も、ここに時雨亭があったと表示している。

11年11月24日 (28)

清涼時本殿。 この寺には、秀頼の墓があるけど、墓の中身がはっきりしない。

11年11月24日 (29)

多宝塔。 三重塔の下を取ってしまった感じ。

11年11月24日 (30)

大きな山門。

11年11月24日 (31)

大きなオルゴールを鳴らしながら、ピエロが踊っていた。
動画を撮るんだったと、後悔。

11年11月24日 (32)

恋の歌の中には、「勝手にすれ」と言いたくなるのもあるが、芸術作品のようなのが多い。
小野小町、和泉式部、小式部内侍、持統天皇、柿本人麻呂、蝉丸、在原業平朝臣、伊勢大輔。
他にもあるが、この人達のが、いいかなと感じました。

※ 読解力が足りないので、深く理解できない歌も多い。
※ ここに、百人一首の一覧があります。 説明も詳しいですよ

【道の駅】  ガレリアかめおか

【明日の予定】  長野の方から、東風さんがキャンピングカーでやって来る。
         嵐山・嵯峨野を案内するかもしれない。
         明後日、清水のライトアップかな。

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京都の嵐山・嵯峨野は、百人一首の選者、藤原定家のゆかりの地。
現在そこに、100の歌碑と解説がある、
百首の歌に思いを馳せて、歌碑めぐりをしてみた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

歌碑の場所は、「京都をあるく」という本に載っている。
嵐山東公園に向かう。
この橋は、中ノ島橋。 少し先に、阪急の嵐山駅があるので、人が多い。

11年11月23日 (1)

嵐山東公園。

11年11月23日 (2)

が、今いる場所。 の場所に、歌碑がある。

11年11月23日 (3)

まず、続後撰集からの、2首がある。

11年11月23日 (4)

99番、後鳥羽院の歌。 ※ この人は、後鳥羽天皇、また、後鳥羽上皇のこと。

11年11月23日 (6)

※ この歌については、ネットに面白いことが書いてある。(時間があるときに)

11年11月23日 (5)

続後撰集のもう一つは

100 番歌 百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり
      (ももしきやふるきのきはのしのふにも なほあまりあるむかしなりけり) 順徳院

次は、金葉集の5首。

11年11月23日 (9)

小式部内侍。 急に出てきて、びっくり。

11年11月23日 (7)

和泉式部の娘ですね。 人気ベストテンに入るようです。
大好きな歌です。 この歌については、以前調べています。 「いくのの道」も歩いています。
  ※ 関連ブログ  大江山 いく野の道は遠ければ まだふみもみず 天の橋立 ~生野の道、細野峠~   他  (2010/5/18)

11年11月23日 (8)

金葉集、他の4首は省略。 

次は、千載集14首。

11年11月23日 (10)

西行法師の歌。

11年11月23日 (12)

百人一首に西行が載るなら、芭蕉はダメなのかということだが、芭蕉は百人一首が出来たずっと後に生まれた。
芭蕉は俳句だし。

この歌は、「かこち」が目立ちますね。
秋の歌と思うけど、秋になるとどうしてみんな涙を流すのでしょう。
演歌の歌詞に「季節の変わり目を、あなたの心で知るなんて・・」というのもある。

11年11月23日 (11) 

待賢門院堀川と云う人の歌。

11年11月23日 (14)

どうして、どんなふうに乱れているのでしょう。 
すぐにまた逢いたいとか思って、乱れているのか。
思い切った表現ですね。

11年11月23日 (13)

大堰川(おおいがわ)沿いを、亀山公園に向かっている。

11年11月23日 (15)

お金を払わなくても、紅葉の美しい所があるのに気づいた。

11年11月23日 (16)

後拾遺集14首。

11年11月23日 (17)

ここで初めて気づいたことが。
写真は、歌碑を撮りながら、一緒に周りの素晴らしさも撮る。
この写真から、少し良くなります。

和泉式部です。 先ほどの、小式部内侍の母。

11年11月23日 (20)

こうです。

11年11月23日 (19)

和泉式部は、小式部内侍が若くして亡くなる時は生きていた。
そのことから、47歳以上は生きている。 それ以降は分からない。
80歳になってこの歌を作るとは思われないので、きっと、そんなに長生きしていない。

11年11月23日 (18)

清少納言です。

11年11月23日 (22)

どういう意味でしょう。
私がここにいるのを分かっていて、私に逢わないで通ることは許しませんよ、と言っているのか。
だったら、男は、清少納言から逃げるのは大変。

和泉式部は男に対しても自由奔放に生きた。
これに、嫉妬(批判)したのは、清少納言だったように思う。
清少納言は、きっと、美人ではなかった。

11年11月23日 (21)

古今集です。

11年11月23日 (23)

今の時期の歌です。 

11年11月23日 (25)

いいですね。  竜田川は、法隆寺の近く。 
※ 「竜田揚げ」は、この歌と関係あると言われています。

11年11月23日 (24)

小町です。

11年11月23日 (27)

この歌が、人気ベスト1という調査もある。
  ※ 小町については、「キャンピングカーで放浪の旅」の方に、たくさん書いています。
    小野小町で検索すると出てきます。

11年11月23日 (26)

をとめの姿、です。

11年11月23日 (29)

カルタをしていて、これだけは何としてでも取りたいという人がいる。
このような独自の発想の歌がいい。

11年11月23日 (28)

拾遺集です。

11年11月23日 (31)

柿本人磨呂です。

11年11月23日 (30)m

語呂がいいのか。 読んでみたくなる。

11年11月23日 (32)

恋の歌です。

11年11月23日 (33)

こういう歌が、圧倒的に多い。

11年11月23日 (34)

再び地図を。

11年11月23日 (36)

右に行ったら、大河内山荘。 左に行ったら、展望台。

11年11月23日 (37)

展望台。

11年11月23日 (39)

大堰川。 保津川とも。 

11年11月23日 (38)

この秋見た、紅葉した木では、一番美しい。 赤に変化がある。

11年11月23日 (40)

大河内山荘の近くの竹林。 暗くなってきたので、続きは明日。

11年11月23日 (41)

自分でも作ってみたいと、いっつも思う。
和歌でも俳句でも、山頭火みたいでも、何でもいい。

【道の駅】  ガレリアかめおか

【明日の予定】   百人一首を歩く(その2)

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天竜寺の紅葉が、それなりに良かったので、隣の宝厳院(ほうごんいん)も大丈夫かなと考え、行ってみた。
夜のライトアップになると、紅葉が燃えてるかどうかは、分からなくなる。
紅葉の素晴らしさとは、別の世界。 そんな感じ。

城之内早苗の昔の歌に、「北の旅路」という歌がある。
YouTubeにないので、札幌のTさんにアップしてもらった。
    ☆    ☆    ☆    ☆

右上の駅から、いつも歩いている。 亀岡の駅から3つ目。 近い。


小さなお店から、出た所。 正面は、天竜寺の入り口。

11年11月22日 (1)

渡月橋を渡って、船着き場の近く。

11年11月22日 (2)

薄暗くなってきて、灯りが目立ち始めた。

11年11月22日 (3)

京都に来て、東山と嵐山は、毎年行く。
正面奥に、宝厳院はある。 間もなく5時で、船はお終い。

11年11月22日 (4)

この時間、この道を歩く人のほとんどは、宝厳院に向かっている。

11年11月22日 (5)

渡月橋の北側のたもと。 ここが、嵐山の中心。

11年11月22日 (6)

京都は、静岡とは全く違う寒さ。 完全武装。 手袋もはいている。
みんな冬の服装。 

11年11月22日 (7)

料亭。

11年11月22日 (8)

15分程並んで入った。 この雰囲気。

11年11月22日 (10)

宝厳寺は、天竜寺の塔頭(たっちゅう)寺院。 天竜寺の敷地内にある小さな寺。

11年11月22日 (11)

敷地内には、本堂の他に、茶室や小さなお堂がある。

11年11月22日 (12)

今回知ったが、真っ赤に紅葉した部分が、ライトアップで更に色が鮮やかにはならなかった。
本来の色より、少しくすんだ。 太陽の光にはかなわない。

11年11月22日 (13)

元々の庭の美しさと、どのようにライトアップするかが、大事なようだ。

11年11月22日 (14)

幻想的な雰囲気、それが魅力。 

11年11月22日 (15)

写真は、感度(ISO)を、3200で撮っている。 これでいいかどうか、試し。
感度を高くすると、画像は荒っぽくなる。
低くすると、ボケやすい。 三脚や一脚は禁止。
携帯で撮るには、コツがいるようだ。 苦労してる人が多かった。

11年11月22日 (16)

この雰囲気は、少しさびしいのかな。

11年11月22日 (17)

昼間の赤とは違う、この感じ。

11年11月22日 (18)

羅漢像。 不気味。

11年11月22日 (19)

何色か混ざっている方が、美しいでしょうか。

11年11月22日 (20)

これは、自然の物でない。 こういうのを、もっと開発したらどうかなと思う。 美しい。

11年11月22日 (21)

大きく見せる他に、こんな見せ方もいいかな。 珍しい垣根。

11年11月22日 (22)

右から出てきた。 正面が入り口だった。

11年11月22日 (23)

本堂への入り口か。 本堂は見ていない。

11年11月22日 (24)

外の道。 羅漢像が、ずらっと。

11年11月22日 (25)

※ 羅漢像の表情は、人間の素直な表情とは違う感じがする。 すこしだけ、ハッタリがあるというか。

11年11月22日 (26)

再び、入り口に戻って来た。 この雰囲気もいいですね。

11年11月22日 (27)

私の前を、お母さん、男の子、女の子、おじいちゃん、おばあちゃん、が歩いていた。
お母さんが、「お家に帰ったら、あったか~いお風呂に入ろうね」って、寒そうにしている男の子に言った。
男の子は、その言葉を聞いて、それが楽しみって云うふうに、お母さんにしがみついた。

お母さんの言葉で、男の子の心は温まった。 元気に歩いた。

11年11月22日 (28)

にぎやかだった嵐山も、静かな夜を迎えた。

11年11月22日 (29)

少しさみしい曲ですが、いいですよ。



この曲は、2002年の3月に発売される。 ※ 北の岬は、この年の5月にできる。
曲の中の駅は、網走駅が合うと思う。
また、歌詞の中で、「涙の岬」はどこにあると言っている。
夏になって、この女の人は、涙の岬を探しに北に向かう。
出会った岬が、雄武町にある日の出岬。 そこでの歌が、北の岬。
雄武町の街の灯りに人の温もりを感じ、上る朝日に励まされる。
彼女は、前向きに生きていけそう、となった。

そんな風に想像。 2つの歌は、つながりがあるように感じています。

「冬の旅路」の発売の直前、2002年3月20日頃、北の岬のレコーディングが東京であった。
私は都合で行けなかったが、札幌のTさんは行けた。
お土産にと、早苗さんからいただいたのが、発売直前の冬の旅路のCDだった。 2枚。

1週間程前、この曲のことを思い出し、TさんにYouTubeにアップすることをお願いしてあった。
この曲は、歌とは関係ない、つらい思い出と重なっている。  ※ 酒でも飲まないと、書けないが。 

※ Tさんは当時、西興部中学校で音楽を教えていた。
  東京から紋別空港に戻って来た時、若い女性の方が、西興部から迎えに来ていた。
  初めてお会いした。 後に、その方が、奥さまになる。
  今は札幌。 お子様2人。 この夏もたくさんお世話になった。
※ この年の秋に、城之内早苗の公演が北見市であった。
  Tさんと私と、沢木小時代の校長夫妻が招待された。
  この公演の後、早苗さんは、雄武町の沢木にある、北の岬の舞台である日の出岬に行っている。
  なお、上に書いた校長先生が、現在、ベトナムのハノイで日本人学校の校長をしている。
  この冬は行けない。 来年の冬に何とかして行けたらと・・・。

そんなことで、想い出深い曲になっています。



【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  嵐山の中で、百人一首に関わる所を歩いて見ようかなと。
         新しく気に入る歌を見つけたい。


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嵐山にある、大きな寺、天竜寺。
やっと、見応えのある紅葉に出会えた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

トロッコ列車の駅に行ってみたら、牛車(ぎっしゃ)が展示してった。
※ 平安、鎌倉時代に、斎王(さいおう)と言われる女の人が、これに乗って伊勢神宮に行った。
  (斎王は、天皇の娘、または孫の中で女の人がなれる)

11年11月21日 (1)

こんな絵も。 人がいっぱいいたので、一部だけ。

11年11月21日 (2)

京都は、この時期、どこも人が多い。
左の人は、サザンカを撮っていた。

11年11月21日 (3)

木の葉が、紅葉で終わりを告げるころ、サザンカは咲き始める。
寒い冬、私達の目を楽しませてくれる。

※ サザンカは、昔、サンサカ(山茶花)と言われた。 
  サンサカは言いにくい。 いつの間にか、サザンカになった。 
  最初に間違ったのは、小さな子供。 きっと。

※ サザンカは、椿に似てるが、花が華奢(きゃしゃ)な感じがする。
  花びらが1枚ずつ散る。 ツバキは、全体がボトッ。

11年11月21日 (4)

この木は、燃えていた。

11年11月21日 (6)

反対側から。

11年11月21日 (5)

500円を払って、中に。
天竜寺は何回目かだが、最初に来たのは、旭川西校の修学旅行。
それ以来、京都が好きになった。
※ 息子を何度か連れてきた。 そうしたら、京都に取られてしまった。

11年11月21日 (7)

足利尊氏が、後醍醐天皇を弔うために造った。
後醍醐天皇とは争っていたけど。 この時期の政治は、複雑。

足利尊氏は、室町幕府を開く。 ※ 尊氏の先祖が、足利の出身。

11年11月21日 (8)

真っ赤な木があると、そうでない木も、これから赤くなると期待させられる。

11年11月21日 (9)

この人ですからね。
※ 天竜寺の紅葉はいいと、みんな知って来ているのか。
  高雄の神護寺は、良くなくても、人はいっぱいいた。

11年11月21日 (10)

左の建物は、天竜寺で一番大きく、大方丈。 ここでは、本堂の感じ。

11年11月21日 (11)

この池は、曹源池庭園(そうげんちていえん)
夢窓国師が最初に作った。 当時のままではないが。 面影はあるそう。
わが国最初の史跡・特別名勝指定だそう。

11年11月21日 (12)

変わった雰囲気だったので、撮ってみた。

11年11月21日 (13)

幕末の禁門の変の時、天竜寺は長州方の拠点になった。 火事など、大きな打撃を受けたとあった。
※ 長州藩の志士達の像が、嵯峨野のどこかで見た。

竹に紅葉です。 ※ そういえば、花札で、鹿に紅葉がありましたね。 最近やったことない。

11年11月21日 (14)

境内は広く、池から離れている。  いいですね。

11年11月21日 (15)

※ 今は、下の図の、左上にいる。

map_a788899.jpg

山の斜面の紅葉にも、感動。

11年11月21日 (16)

天竜寺の紅葉が美しい条件は、何なんでしょう。 嵐山全体はよくないのに。

11年11月21日 (17)

足摺野路菊(あしずり のじぎく)です。 
足摺岬で見ました。 秋遅くの花ですが、見たのが1月だった。
花の状態が良くなかったので、ブログには載せなかった。

岩場のような所で、見つけた。 こんな感じで咲いていた。(花の色調べのHPさんから)

11年11月21日 (18)

天竜寺は、昔の境内は、もっともっと広かった。 渡月橋も敷地内にあった。

小方丈の中から。

11年11月21日 (19)

みんな記念写真。

11年11月21日 (20)

小川が流れていた。 大堰川(おおいがわ)とある。
本物の大堰川は、渡月橋の上流部分。 下流は、桂川。

11年11月21日 (21)

多宝殿の中。 後醍醐天皇の像がある。
※ なお、後醍醐天皇は、幼少時、この辺りで育った。 天竜寺の前は、別の建物。 亀山殿。
※ 亀山は、小倉山のこと。 亀の形に似てるので。 
  小倉山の向こうに、亀山の町があった。 今は、亀岡。

11年11月21日 (22)

大方丈。 みんなここでお参り。

11年11月21日 (23)

敷地内には、分からない建物が、いっぱいある。

11年11月21日 (24)

歴史で、天竜寺船と云うのを習った。
天竜寺は、この船で貿易をやって儲けたそう。
そのお金で、大きなお寺を作ることが出来た。 
京都五山の第1位とあった。 ※ その上に別格と云うのがあって、それは、南禅寺。

やっと、いい紅葉を見ることが出来た。

【今日の歌】



【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  再度、嵐山に。  昼間なら歩く。 夕方なら、宝厳院(ほうごんいん)のライトアップか。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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紅葉の状態は、ネットで分かる。
ただ、分かるのは、見頃か色づき始めたのか、そういうこと。
今日知ったのは、見頃だが、どのくらい素晴らしいかは、ネットでは分からない。

今年の京都の紅葉は、全体的には、良くないようだ。
つまり、いい所は少ない。
ちゃんと調べてから行かないと、何しに行ったか分からなくなる。
    ☆    ☆    ☆    ☆

目的地は、高雄。 京都市街地の北西の山の中。
神護寺の他に、高山寺もあり、そこには鳥獣戯画がある。


山の中の狭い谷なのに、人人人だった。
 ※ 息子と一緒で、息子の運転する車で。 
車を駐車場に置いて、神護寺に向かった。
流れる川は、清滝川。 高雄橋を渡って、石段を登って行く。

11年11月20日 (1)

左の方から来た。 右のように、お店も多い。

11年11月20日 (2)

長い石段が続いて、ここを登ったら、山門。  ネットの情報で見頃になっているため、この人。

11年11月20日 (3)

山門。 この時10時前。

11年11月20日 (4)

山の斜面に広い境内。 
神護寺は、空海が開いた高野山の別格本山。 本山の次の位置にある寺。

11年11月20日 (5)

紅葉が本当にいい時は、山が燃えるという。 
でも、それには程遠い状態。 「たき火」くらいか。

11年11月20日 (9)

本堂。 昼頃来たら駐車場が無くなるので、早朝から人は集まった。

11年11月20日 (7)

紅葉のいい場所を探さないと、写真は撮れない。 この写真でも、燃える赤にはなっていない。

11年11月20日 (8)

本堂の前から下を。

11年11月20日 (6)

大師堂(だいしどう)。 空海(弘法大師)によって開かれた真言宗の寺には、必ずある。
お参りする人は、本堂と大師堂に参拝する。

11年11月20日 (10)

参拝料は500円。 物足りないと思って次に。
石段を下りてたら、地蔵さんがあった。

11年11月20日 (12)

こんな写真、滅多に撮れない。

11年11月20日 (11)

※ 上の写真を見て、もしかして・・・、と思った人がいると思う。
  その通りです。 私が載せました。 赤いベレー帽です。 
  こういうことをするから、本当の時も、信じてもらえない。

無料のお店の前の方が、まだ良かった。

11年11月20日 (13)

地図があった。 神護寺は左上。 向かう高山寺は、右上。

11年11月20日 (14)

この人が、付添いの人と一緒に歩いていた。
感じとして、日本人ではなかった。
誰かが、ブータンでない、と言った。 今、国王が日本に来ていた。
※ ネットでし食べたら分かると思って、聞かなかった。 今も、分からない。
  鈴の音をさせながら、歩いた。 澄んだ目をしていた。
  肩や首回りが似合っていないように感じるが、この人の国では、これでいいかもしれない。  

11年11月20日 (15)

入山料500円。 更に600円払えば、石水院に入れたが、入らなかった。 鳥獣戯画が見られたかもしれないが。

日本最古の茶園があった。 こう言ってる所は、他にもある。

11年11月20日 (16)

※ お茶は、栄西、空海、最澄が中国から伝えたと言われている。
  でも、実際は、誰だって伝えられたと思う。

※ 以前は、栄西が伝えたという考えが主流だった。
  その場所は、九州の吉野ヶ里遺跡の北の山の中の峠。 
  一昨年、その峠を歩いた。 こんな所

紅葉は、写真だから、何とかこの程度。

11年11月20日 (17)

この女の子は、手をかざして、落ちてくる紅葉(もみじ)を呼び寄せました。
そうしたら、ほんとうに、手のひらに、赤い葉っぱが載りました。
その時、きち兵衛さんの「雪よふれ」を思い出した。

こんなのは、若いお嬢さんか、子供でないと似合わない。 
いや、そうとは限らないかな。 心の中が少女であれば、大丈夫。

11年11月20日 (18)

高山寺の紅葉は、良くなかった。 いや、無かったと言った方が近い。

11年11月20日 (19)

高山寺は、明恵上人が再興した。 この人は、女の人。
和歌山県の有田川町の出身で、道の駅「明恵ふるさと館」がある。 昨年春、停泊した。

明恵上人の墓。

11年11月20日 (20)

※ 明恵上人は、こんな歌を歌っている。
    雲を出でて我にともなふ冬の月風や身にしむ雪やつめたき(玉葉996)

   【通釈】雲を出て、私について来る冬の月よ。 風が身に浸みないか、雪が冷たくないか。

  こんな歌も。 これなら私も・・・・。
    あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月
    
金堂。

11年11月20日 (21)

戻って、御所を散歩した。 地図上の右上から入った。 とにかく広い。

11年11月20日 (22)

立派な塀の中には、入れない。 11月に公開していたが、終わったみたい。

11年11月20日 (23)

イチョウの木の紅葉(黄葉か?)が目だった。

11年11月20日 (24)

古い木に紅葉が生えた。 

11年11月20日 (25)

南に向かっている。 この辺りは、禁門の変(蛤御門の辺)の激戦地。

11年11月20日 (26)

やっと残っている葉が緑。 変だな~。

11年11月20日 (27)

江の娘の完子が、ここに嫁いだ。 九条家。  
この建物は、拾翠亭(しゅうすいてい)。 唯一残っている建物。
※  完子(さだこ)は、秀忠に嫁ぐ前の子供。
※  江─豊臣完子─九条道房─九条待姫─九条輔実─九条幸教─二条宗基(母は徳川吉通の娘)─二条治孝
   ─九条尚忠─九条道孝─貞明皇后─昭和天皇─今上天皇

11年11月20日 (30)

九条家は、黄色の所にあった。 江も来たことあるのかな。

11年11月20日 (29)

これが、拾翠亭。

11年11月20日 (31)

右の建物が、拾翠亭でいいでしょうか。 明治初期のもの。

11年11月20日 (28)

九条家の神社。

11年11月20日 (32)

ここに祀ってある三条実美と云う人は、追われて、瀬戸内の島にある、御手洗に寄っている。
安芸灘の風」に出てくる、御手洗。 いい所。
 歌の中で、女の人が歩いている所が、御手洗。

11年11月20日 (33)

かくまわれた家は、ここ。

sanetomi78677.jpg

紅葉の状態をもっと調べて行かないと、残念、と云うことになる。 反省。
晩は、4時頃から、息子と焼き肉を食べた。 
※ 以前食べたのはいつだったか、思い出せない。 久しぶり。

※ 晩は、日本シリーズを車で見た。 一緒に。
  秋山監督は、ずっと昔、日本シリーズで、大事な所でホームランを打ったことがある。
  憶えている。 優勝おめでとう。

【関連ブログ】  江戸時代の港町、御手洗を歩く。 ~呉市 大崎下島~   他   (2010/12/17)

【今日の歌】  



【停泊場所】  宝ヶ池公園の駐車場。 
        ブログに写真を載せたら、ガレリアかめおか、に動く。
        昼間走ると時間がかかるので。

【明日の予定】 はっきりしない。 日にちがはっきりしないが、どこかで比叡山。
        寅さんの友達が連れて行ってくれるのかな。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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