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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

明智光秀は、亀山城をスタートし、本能寺に向かった。
私も、本能寺まで歩いてみた。
 ※ 最終的には、本能寺が当時あった場所まで。
   ☆    ☆    ☆    ☆

8時出発。 霧の中。 ここは、ガレリアの道の駅の駐車場(裏側)。

11年11月29日 (1)

亀山城は、右に。 亀岡駅の近く。

11年11月29日 (2)

保津川沿いの林道を歩いて行く。 ※ 他は、国道しかない。

川は保津川。 沈下橋だった。 四国の四万十川で見た。
危険なので、橋の真ん中を歩いた。 車が来たけど、渡りきるのを待ってくれた。

11年11月29日 (3)

少し行ったら、集落に出た。

11年11月29日 (4)

集落に人がいたので話していたら、保津川下りの船が来た。
ライフジャケットなし。 大きな事故が起きるまで、安全面は、どこもこう。

11年11月29日 (5)

山の上に行く道があった。 明智越えと教えてくれた。
この道は、道が荒れていると、亀岡駅の観光案内所で聞いていた。
ここで教えてくれた人も、一人で行ったら迷うと言った。
※ 明智越えの道は、途中から、私が今日歩く道に合流する。

林道は京都までつながっているので大丈夫と教えてくれた。

11年11月29日 (6)

光秀が本能寺で信長を討つため、亀山城を出たのは、1582年の6月1日。 夕方。
兵が13000いたので、老の坂の峠だけでは、列が長くなりすぎる。 ※ この峠の道は細かった。
それで、こっちの方の道も使った。 

請田(うけた)神社。 

11年11月29日 (7)

保津川。 トロッコ列車の線路が見える。

11年11月29日 (8)

トロッコ列車がやって来た。 木の向こう。

11年11月29日 (9)

人が分かる。

11年11月29日 (10)

JRと両方の線路。 
どっちも列車がやって来たらいいなと思っていた。 ぜいたく言うと、どっちも来ない。
※ JRの今の線路が出来る前は、トロッコ列車しかなかった。 観光用ではなく、山陰線の一部。  

11年11月29日 (11)

トロッコ列車に乗らないと、こんなのは見られない。 JRは、ほとんどトンネルの中。

11年11月29日 (12)

ずっとこんな道を歩いた。(車は通らない) 

11年11月29日 (13)

山の斜面の工事は、こんな風に。(水尾に行く、車道に出ている)

11年11月29日 (14)

JR保津峡駅。 橋の上がプラットホーム。

11年11月29日 (15)

道のトンネルのそばには、旧道が残っていた。 車が通れる道幅はない。

11年11月29日 (16)

トロッコ保津峡駅。

11年11月29日 (17)

橋の上から。

11年11月29日 (18)

赤い道を歩いている。

11年11月29日 (19)

清滝川にかかる橋。 向こうから来た。

11年11月29日 (21)

上の写真の近くに、芭蕉の歌碑があった。
   清滝や波に散り込む青松葉  芭蕉

※ 清滝は、ここから2㌔位上流。

※ 芭蕉は、元禄7(1694)年5月、最後の旅に出る。
  京都にもやって来て、落柿舎に寄る。 そこで、下の歌を詠んだ。
    清瀧や浪(なみ)にちりなき夏の月
  10月9日、大阪に戻って、上の歌を下のように直した。
    清滝や波に散り込む青松葉 (つまり、最初の歌)

  10月8日に詠んだのが、良く知られている。
    旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
  10月12日に、芭蕉は亡くなる。

11年11月29日 (20)

小倉山を越える峠に入った。 保津川は、ずっと下になった。  

 11年11月29日 (22)

六丁峠。 向こうから来た。 ここまでの距離は、12㌔くらいか。 足は快調。
※ 足の疲れるところは、くるぶしから下。 足の指も。
  歩き方に問題があるのか。 つま先で伸びあがるような歩き方をしたくなる。  

11年11月29日 (23)

急にこんな所に出た。 見覚えがあった。 何日か前に、来ていた。
化野念仏寺に近い。

11年11月29日 (24)

こんな道を通って。

11年11月29日 (25)

地図の、現在地に着いた。 この後、新丸太町通りを、ずっと進む。 

11年11月29日 (26)

花園駅、円町駅を右に見て。

11年11月29日 (27)   11年11月29日 (28)

丸太町通りを、6㌔ほど歩いたら、御所の南西の角が見えてきた。
本能寺まで、あと2㌔程か。

11年11月29日 (29)

見えてきた。 本能寺は、ビルの谷間にある。

11年11月29日 (30)

本能寺。 この時、4時10分。 8時間かかった。
 ※ 光秀軍は、夕方出て、早朝に着いた。

11年11月29日 (31)

この奥に、信長の墓。

11年11月29日 (32)

数日前にも来ている。 

11年11月29日 (33)

本能寺で討ち死にした者。 森兄弟の名前がある。

11年11月29日 (34)

この後、本能寺が光秀に襲われた時にあった場所に、向かった。
堀川高校の裏と聞いていた。 二条城の近く。
今ある本能寺は、右の方の市役所のすぐ下。


堀川高校の正面で、男子生徒に聞いた。
そこまで、連れて行ってくれた。 堀川高本能学者という建物が建っていた。

今は、石碑だけ。

11年11月29日 (35)

秀吉と信長、信長と家康、家康と秀吉、この3つの関係はどうなっているのだろう。
秀吉は、誰にも信用されていない。 誰も信用しない。
家康は、本能寺の変の後、誰を恐れて岡崎に戻ったんだろう。 秀吉かな、光秀よりも。

11年11月29日 (36)

今日は、それなりに疲れたけど、どこも痛くならないで歩けた。
それが良かった。 全部で30㌔程。

本能寺の変は、誰が首謀者なのか、分からないことがいっぱいあるようです。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  京都の北にある美山か。  大文字山に登るというのも。         

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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江の父は、浅井長政。 信長に滅ぼされる。
信長の妹である、母の市は、江たち3姉妹を連れて、戦乱の中、小谷城を出る。

浅井長政の戒名は、養源院天英宗清。
今日行ったお寺は、養源院(ようげんいん)
3姉妹の一番上の淀殿が、父を弔って、建てた。
しかし、火事で焼けた。
再建したのは、江。 秀忠の夫人になっていた、1621年のこと。

江の肖像画は、この世に、1枚しか存在しない。
それが、養源院にある。 特別公開中で、見ることが出来た。
大河ドラマで扱ってもらえたせいか、ほんのりと、微笑んでいるように見えた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

東福寺の駅から、歩いた。


新熊野神社(いまくまのじんじゃ)があった。
見てる人がいたので、入ってみた。

巨大なクスノキ。

11年11月 28日 (19)

小さな神社。 平安末期、後白河法皇によって建立。

11年11月 28日 (6)

熊野神社は、京都に3つあるそう。

11年11月 28日 (3)

熊野古道入り口とある。 ミニ熊野古道か。  ※ 木は、今の皇太子が植えたとあった。
去年かな、歩いたのは。 1日20㌔ずつ3日歩いた。 面白い温泉もあっった。

11年11月 28日 (2)

入り口。

11年11月 28日 (21)

左は、滝尻王子。 現地では、滝尻王子という神社があった。 熊野古道の出発点。
右は、発心門王子。  発心門王子の神社は、熊野本宮大社の8㌔程手前にある。

11年11月 28日 (4) 

ヤタガラス。 足が3本。

11年11月 28日 (5)

三十三間堂の向かい側に、養源院はあった。 手前の門は、高貴な人専用かな。

11年11月 28日 (7)

血天井とある。

11年11月 28日 (8)

説明。 江は、淀殿の妹とある。 今後は、こういう説明はいらなくなる。 江は江。

11年11月 28日 (9)

参道。 正面に本堂。

11年11月 28日 (10)

江が建てた時の建物。 ※ 秀忠に頼んで、建ててもらった。

11年11月 28日 (11)

肖像画の特別公開。 いい時に来た。

11年11月 28日 (12)

参拝料500円。 写真はダメ。 仕方ない。

お寺の人が説明してくれた。 廊下や部屋ごとに。 私は、15人位の人達と一緒に。
説明はみんな静かに聞いた。
別のグループは、うるさかった。
団体。 道を歩く時と同じ大きさの声で、寺の中でも話していた。
最後は、寺の人が、大きな声で注意した。

肖像画は、江の他に、淀君と秀頼のがあった。 
   ※ 秀頼のは、教科書の資料とかで使われてる物だった。

これが、江。 かすかな微笑み。 目つき、口元は、賢そう。 ※ 写真は、Wikipedia。

gou56444_20111129000254.jpg

俵屋宗達の絵、うぐいす張りの廊下、血天井、徳川家の位牌、などがあった。
このHPに絵などの写真が載っている

血天井は他にもあるけど、養源院のは生々しかった。

鳥居元忠は、伏見城を守っていた。 関ヶ原の少し前。
家康が上杉景勝をやっつけるため、会津に向かっていた。
その隙に、石田三成の軍が、城を取り囲んだ。 その数4万。 城の中には、1800。

1800人もだんだん減って、380人になった。
その段階で、みんな自害した。

伏見城の廊下は血の海。 城は10日以上持ちこたえて、8月1日に落城。
関ヶ原の戦いが9月15日。
遺体が葬られるのが、関ヶ原の後で、2カ月放置された。 
床板に浸みた血や油は、洗っても取れなかった。

弔うため、廊下の天井に使った。 養源院の他に、6つの寺にも、伏見城の血天井はある。

下の寺は、百万遍知恩寺(京都市左京区)。 鳥居元忠の墓がある。
昨日通った。 写真だけ、撮ってあった。

11年11月 28日 (1)

※ 時間がなくなったので、簡単に。

養源院本堂。 横の方。

11年11月 28日 (13)

ヤマモモの大木。 秀吉が伏見城内に植えたのを移植したとあった。

11年11月 28日 (14)

江は、秀吉が嫌いだと説明にあった。 どうしてだろう。
三姉妹の兄は殺されてるが、殺したのは秀吉。 その恨みかな。
お市がいくら頼んでもダメだった。

私達は、この門は使えない。

11年11月 28日 (15)

三十三間堂。 兵の隙間から撮影。

11年11月 28日 (16)

同じく、三十三間堂。

11年11月 28日 (18)

法住寺。 木の枝が面白い。 後白河上皇と、かかわりの深い寺。

11年11月 28日 (17)

池田屋事件の時、龍馬たちは、この辺りに住んでいたそう。
お龍と知り合ったのも、この辺りと説明がある。

DSCF8304ooiioo1.jpg

池田屋事件によって、新撰組の手柄が浮き彫りになった。
この池田屋事件については、新撰組の資料に基づいたものが、歴史になっている。
だから、少し怪しい事件。

DSCF8306bnhhb2.jpg

説明。

DSCF8307hbhh3.jpg

東福寺駅前の道。 駅がどこにあるか、気づかないで通り過ぎてしまう。 

11年11月 28日 (20)

江は、徳川和子を生んでいる。 後水尾天皇女御として入内(後に中宮)。
第109代明正天皇の母になる。 江は、天皇のおばあちゃん。
江の血は、徳川家、天皇家につながって行く。
歴史の上で、存在の大きな人。

昨日、江の供養塔を見たので、養源院に行ってみた。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  嵐山まで歩く。 山越え。 15㌔くらいかな。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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