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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

芭蕉はなぜ山寺にやって来たのか。
それは、尾花沢にいた時、いい所だよって勧められたからだった。
名作が生まれた。 来てよかった。

平日なのに、どうしてこんなに人がいるのだろう。
石段が、ずっと続く。
みんな大変。
でも、この大変と云うのが、大きな魅力。

天気が良すぎて、写真は大変。
暗い所と明るい所の差が、大きい。
上手くいかない。
    ☆    ☆    ☆    ☆

山寺と谷をはさんだ反対側の山に、芭蕉記念館とお土産屋さんがある。
広い駐車場があって、そこに停めさせてもらった。 無料。

庭がいい。 

11年10月18日 (1)

こっちに来ると、山寺全体が見られる。 
仙山線を走る列車がやって来た。 左に駅。 
 ※ 仙山線は、仙台と山形の間。 
   天童と仙台間、山形と仙台間の道はあるが、山寺から仙台への道はない。

11年10月18日 (2)

山寺は、山にへばりついている。
行けるのは、真ん中だけで、両側は観光客は行けない。

※ 下の駐車場の人が教えてくれたんだが、昔は、左の岩に誰もが行けたそう。
  行ってみたい。

11年10月18日 (3)

右には、行けない。
人がいるのは、五大堂。 ここからの眺めが、一番。

IMG_1627nn78.jpg   IMG_1629hh79.jpg

お土産屋さんの道を通って。

11年10月18日 (4)

山寺のちゃんとした名前は、立石寺(りっしゃくじ)。 でも、みんな山寺と呼ぶ。 ここの町も、山寺。

ここを登ってスタート。 登山口、となっている。 奥の院まで、1015段。
 ※ 羽黒山の石段は、2446段。 昔のままの石段。 いい。 
   九州の美郷町に3333段の石段があるが、これは日本一を目指して作ったもので、石段の魅力は小さい。

11年10月18日 (5)

根本中堂。 比叡山からもらった法灯がともっている。
※ 昔、山寺が焼き討ちにあった時、法灯は消えた。 延暦寺から再度もらった。
  延暦寺が焼き討ちにあった時、法灯は消えた。 山寺の法灯が、延暦寺に行った。

11年10月18日 (6)

中はこう。

11年10月18日 (7)

ご神木とある。 寺なのに神木かと思った。 そうしたら、そばに日枝神社があった。
左に、高浜虚子親子の句碑も。

11年10月18日 (8)

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芭蕉と曾良の像。

11年10月18日 (9)

閑(しず)かさや・・・の句碑。

11年10月18日 (10)

感じのいい像です。

11年10月18日 (11)   11年10月18日 (12)

力こんにゃくなどが売っている、お土産屋さん。  
右の写真から、有料。 300円。 良心的な料金。 

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本格的な登りが始まる。

11年10月18日 (15)

石段の周りには、必ず何かがある。 退屈しない。

11年10月18日 (16)

姥(うば)堂。 ここから上は極楽。 下は地獄。

11年10月18日 (67)   11年10月18日 (17)

数えきれないお地蔵さん。 参拝者を見守っている。

11年10月18日 (18)

石段を一つ登れば、煩悩が一つ消える。 体は軽くなる。

11年10月18日 (19)

木柱(もくちゅう)という板がある。 上の方に車が付いている。
その車を、南無阿弥陀仏と唱えて回すと、若くして亡くなった者が、また生まれることができる。

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11年10月18日 (22)

何度も曲がって、上に行く。

11年10月18日 (23)

「何澄ましてんだよ~」って言いたくなる。

11年10月18日 (24)

蝉塚。 芭蕉の句を書いた短冊が埋めてある。

11年10月18日 (25)

※ 芭蕉は、どうして蝉を詠ったのか。
  寺の住職さんの考え。 (これが、一般的なようです)

   大小の岩や穴にぶつかった山寺の蝉の声は、聞く場所によって趣きが違い、交響曲のようです。
   芭蕉が詠んだのは特定の蝉ではなく、魂のはかなさや哀れさ、
  芭蕉の亡き主君の蝉吟(せんぎん)への敬愛を蝉に託したのではないでしょうか。

  本当は「心にしみ入った」んだけど、それだと直接的だから、「岩にしみ入る」としたのかな。

※ 芭蕉は急にここに来たから、しずかさや・・の句は、事前に作ってあったものではないことが分かる。
  この風景を見て、即興のように作ったんだから、芭蕉はすごい。
  最上川を下る、五月雨を・・の句は、下る前に、ほとんど出来上がっていた。

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上に見える門は、仁王門。 だいぶ登った。

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五大堂とかは、左の上にある。

11年10月18日 (31)

仁王門。 岩は、穴だらけ。 

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開山堂が見えた。 小さいのは、納経堂。 小さいのが、一番古いと云う。

11年10月18日 (34)

奥ノ院まで、あと少し。

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五大堂に向かう。

11年10月18日 (37)

開山堂の前から。 向こうから来た。

11年10月18日 (38)

開山堂の横を通って、五大堂へ。

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着きました。

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こうです。 いい眺めです。 絶景。

11年10月18日 (43)

11年10月18日 (44)

細い道があったので行ってみた。 行き止まり。 

11年10月18日 (45)

ここを下りて戻る。

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別の場所から。

11年10月18日 (49)

下から右に登って開山堂に行った。 

11年10月18日 (50)

観光客は行けない。

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着きました。 頂上。 右、奥の院。 左、大仏殿。

11年10月18日 (54)

奥の院。 おみくじを買ったが、吉。 私は、大吉を見たことが無い。

11年10月18日 (55)

大仏殿。 大きな仏像がある。 私もお参り。 無事に旅が続けられますように、って。

11年10月18日 (56)

たいへんだ。

11年10月18日 (57)

こっちに行くと、小さな三重の塔がある。

11年10月18日 (53)

小さすぎるので、仕舞ってある。

11年10月18日 (58)

隣の建物の奥に、仏像。 聖観世音菩薩。 
※ 平安時代のものだそう。 例え古くても、はっきり証明されなければ、価値は低い。
  後の時代に手を加えても、ダメのよう。

11年10月18日 (59)

これは、私もやった。

11年10月18日 (60)

こういうもの。 苦しむのはいやだ。
※ 少し前、院内に行った時、ある神社があった。
  そこでお参りすると、ころっと死ねるとあった。
  お年寄りがいっぱいお参り来るそうだ。

11年10月18日 (61)

上のような場面を見ても、写真に撮れる人は少ない。
お願いして、動画に撮らせてもらえばよかった。
大きな数珠の球が、上の方で、音を立てて落ちる。

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最後にもう一度見て、下山。

11年10月18日 (64)

11年10月18日 (65)

道は、一本道ではなく、時々分岐している。

11年10月18日 (66)

スタコラ下りてきて、道に出た。

道端にあった、対面石。
山寺を開山した磁覚大師が、初めてこの地に来た時、地元の猟師とこの岩の上で、寺を建てる場所を相談したと云う。

11年10月18日 (68)

芭蕉が見た風景が、300年以上経った今も、変わらずに残っていた。
山寺の魅力は、芭蕉の魅力と合わさって、大きい。

【道の駅】  天童温泉  ※ 100円の温泉が魅力。

【明日の予定】  上山市の山の中。 小さな宿場町がある。 昔の、羽州街道。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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朝、のんびりしていたら、天童市のヤンボウさんが、訪ねてきた。
ヤンボウさんは写真が好き。
写真のこと、旅のこと、天童のことなどをお喋り。

私は、今日は山寺かなと思っていたけど、天童を歩くことにした。
そうしたら、歩くコースを、ヤンボウさんが車で走ってくれた。
道を覚えた後、歩いた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

温泉街に向かって歩き出した。 落ち葉が舞う季節。

11年10月17日 (1)

左が温泉街。 真っ直ぐ行ったら、駅。 マンボウさんに教えてもらった通り、歩いてる。

11年10月17日 (2)

このお店で、鳥中華を食べる。 お蕎麦屋さんだが。  
左のお店は、将棋の駒のお店。 駒を作ってる所を撮影したかったが、お昼の休憩だった。

11年10月17日 (3)

どこかで食べたラーメン。 あそこだ。 五城目市のうのき食堂の天ぷら中華
ここの鳥中華は、結構有名。 でも、プリンプリンとした麺は、私の口に合わない。
このスープで、蕎麦を食べたらきっと美味しい。 今度は、そうする。

右は、蕎麦を打っている。 許可をいただいて撮影。 

11年10月17日 (43)   11年10月17日 (4)

案内地図は、将棋の駒の形。  若松寺、山寺、が見える。

11年10月17日 (5)

歩いていたら、道に詰将棋。 しばし立ち止まって考える。 天童は、とにかく将棋の町。

11年10月17日 (6)

※ (解答)8三角成り 8一玉 8二馬 同玉 7四桂 7二玉 6二飛車成り 8三玉 8二龍 9四玉
      9五歩 同玉 9五龍 まで13手詰 

駅が見えてきた。 そこに、将棋資料館がある。

11年10月17日 (7)

少し前の、10月13・14日に、竜王戦があった。
 ※ 場所は、滝の湯という大きな旅館(ホテル)。 
   ずっと昔、泊ったことがある。 北海道のホテルより、料理が美味しかった記憶がある。

11年10月17日 (8)

※ 竜王戦第1局の棋譜

資料館に入ったが、撮影はできなかった。 
将棋の歴史とかが詳しく。 発祥は中国で、ヨーロッパに行ってチェス、日本に来て将棋。

天童駅。 右の写真の時計は、将棋の形。

11年10月17日 (9)   11年10月17日 (10)

芭蕉が尾花沢から山寺に行く時、ここを天童を通っている。 
元禄2年の5月27日とある。 その後、最上川を下って、象潟へ。

天童でも一句読んでいてくれたら、観光の大きな後押しになっていた。

※ 天童で詠むとしたら、題材は何でしょう。 将棋は、まだ無いし。
  近くの山に、ジャガラモガラ、と云うところがある。 変わった名前。
  風穴があって、姥捨て山の伝説なども。
  
  「夏でも涼し じゃがらもがらは へんてこりん」  だめかな~。

11年10月17日 (11)

電信柱にも、詰将棋。 どこに行っても、将棋。

11年10月17日 (12)

※ (解答)2三金 同桂 2四桂 同銀 1一金 同玉 2二金 まで7手詰

天童公園に向かったが、道を間違えて、迷いだした。

11年10月17日 (13)   11年10月17日 (14)

東村山郡役所、とある。 明治に建てられた建物。

11年10月17日 (15)

庭が美しかったので、眺めた。 仏向寺(ぶっこうじ)。 
吉田大八の墓があるとあった。 初めて聞く名前。 この後、何度もこの名前に出会う。

右の写真は、寺とは関係ない。 近くにあった。 吉田大八は、切腹したとある。

11年10月17日 (16)   11年10月17日 (17)

この道を登ったら、公園に行けると、人に教えてもらった。
左に、観月庵の建物。 吉田大八は、ここで切腹したとある。

 ※ どんな人かって、幕末期の天童藩の家老。
   藩士の窮乏対策として将棋駒の製造を推奨した。
   奥羽鎮撫使先導役を、藩主名代として務めたが、情勢の変化により失脚。(Wikipedia)

 分かりずらいが、基本姿勢は、勤皇の志士。 
 明治に入って、政府から手厚くされる。

 ※ 坂本龍馬は、勤皇の志士とはちょっと違うのでは。 龍馬は、遠い日本も見つめていた。

11年10月17日 (19)   11年10月17日 (18)

石段を登ったら、山の上に行きそう。

11年10月17日 (20)

建勲神社。 祭神は、織田信長。 織田信長の直系は、天童藩と云う説がある。

11年10月17日 (21)   11年10月17日 (22)

吉田大八を祀っている。 護国神社。

11年10月17日 (23)

初めて見る木。

11年10月17日 (24)

やっと着いた。 ずいぶん歩いた。 この山の名前は、舞鶴山。 昔、城があった。
遠くの山は、葉山。 肘折温泉からも見える。

11年10月17日 (25)

11年10月17日 (26)   11年10月17日 (27)

ここで、人間将棋が行われる。 4月に。

11年10月17日 (28)

将棋供養塔。 文字は、大山名人書。

11年10月17日 (29)

吉田大八の像。 この人は、天童にとっては、とっても有名な人。

11年10月17日 (30)

田山花袋。 母親が、天童の出身とある。 ※ 市街地の少し南。

11年10月17日 (31)   11年10月17日 (33)

また、出会った。 この前は、金山町で。

11年10月17日 (32)   11年10月17日 (34)

志賀直哉。 新しい母親が、この町の出身。 若い時の写真だ。

11年10月17日 (35)   11年10月17日 (36)

この後、駅の方に下りてしまったため、しばらく歩いて、道の駅に。

11年10月17日 (37)

車で、じゃがらもがらの近くまで。

少し歩いたら、格知学舎。 私塾。

11年10月17日 (38)

明治2年に開かれた、とある。 
薄暗くなっていたので、中は見なかった。 ※ 隣に持主の家があり、頼めば見られる。

11年10月17日 (39)   11年10月17日 (40)

こんな道を歩いて戻る。 変わった木だ。

11年10月17日 (41)   11年10月17日 (42)

道をせっかく教えてもらったのに、間違ってしまった。
でも、あっちこっち行ったので、色んな物に出会った。

知らない町を歩いたら、何かかにかある。
それが面白い。

※ マンボウさんからは、夜に、たくさんの旅やレンズの情報を、メールでいただいた。
  感謝。

【今日の歌】  久しぶりに、北の岬。 アクセス数が、1万を越えたので。 
          ※ 他のもあって、合わせて1万6千ほどかな。


【道の駅】    天童温泉

【明日の予定】  延び延びになっている、山寺へ。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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