キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

埼玉県の観光地の中心は、川越のようだ。
観光情報誌では、数ページ使って案内している。
そんなことなので、行ってみた。

喜多院と云う寺があった。
江(ごう)が家光を産んだ部屋があると云う。
どういうことだ?
    ☆    ☆    ☆    ☆

川越市は、埼玉県内3番目に大きな町。 人口34万人。


車は、初雁公園の駐車場に。 観光協会に聞いた。
この場所には、昔、川越城があって、この本丸御殿だけが残っている。

11年10月30日 (1)

今日行くのは、3ヶ所の予定。

11年10月30日 (2)

川越は、大きな観光地だった。 
重伝建地区になっている。 埼玉県ではここだけ。  ここは、一番街。  
   ※ 重伝建地区・・・重要伝統的建造物群保存地区。 今まで伝建地区と言ってたが、重を付けることに。

11年10月30日 (4)

楽しいお店が多い。 観光客は、買わなくても入って行く。 また、入りやすい。
そう云う面で、小樽に似ている。
さげもん」が売ってるお店なんか、人でいっぱい。

11年10月30日 (3)

一番街が観光の中心だが、特徴は、楽しい店と、小路が多いこと。
だから、全部見るのに時間がかかる。 街のふところが深い。

11年10月30日 (5)

稲荷小路だったかな。

11年10月30日 (6)

この通りは、1本裏通りになる。 菓子屋横丁につながる。 
小さな子供にとっても楽しい町並みは、家族でやってくる、ということかな。

11年10月30日 (7)

メイン通り。
外国人も歩いている。 外国の日本の紹介の本に、川越が入っているんですね。

左の建物の屋根の両側に、「うだつ」がある。  ※ 四国脇町のうだつ
火事の時、横からの火が、前にまわり込むのを防ぐ。
柳川は、江戸時代から火事が多かった。 
このことが、家光誕生の部屋と関係していることを、後で知る。

11年10月30日 (8)

かねつき通り。 高い建物は、鐘楼で「ときの鐘」と呼ばれる。
江戸時代からずっと、鐘の音で時を知らせている。 1日4回。

11年10月30日 (9)

蔵だなって、感じ。

11年10月30日 (10)

「箸置き」って、あってもなくてもいいもんだと思っていたが、違うのか。

11年10月30日 (11)

埼玉りそな銀行川越支店。 洋風で、上の方がお洒落。 大正7年建築。

11年10月30日 (12)

ショウウィンドウも楽しい。 この店は、仏壇のお店。 さすが、入っている人は少ない。

※ 私は、これと思うものがあれば買うが、買うのはたまに。
  小型の神棚で、感じがいいのがあれば、そのうち買う。
  だんだん信心深くなってきた。 
  そう言いながら、今日もそれなりの場所に何度も行ったが、一度も手を合わせていない。

11年10月30日 (13)

ステンドグラス。 いいですね。  ※ 車のどこかに、ステンドグラスが付かないかなと・・・。

11年10月30日 (14)

金物のお店だったかな。 銅の器とか。

11年10月30日 (15)

蔵と、りそな銀行。

11年10月30日 (16)

車が多く、写真を撮るのが大変。

11年10月30日 (17)

11年10月30日 (18)   11年10月30日 (19)

古い家の2階から。

11年10月30日 (21)

バスが通った。 宴会が出来るバスだった。 飲み過ぎて、寝てる人も。

11年10月30日 (20)

行ったり来たりして、菓子屋横丁に。 お祭りの出店みたい。

11年10月30日 (22)

大きなお菓子。 麩(ふ)かな。

11年10月30日 (23)

飴細工。 しばらく見ていた。 動画も撮った。
女の子が弟へのお土産に、ドラえもんをたのんだ。 何でも作れる。 ヘビなら、私も作れそう。

11年10月30日 (24)

煎餅の間にタコ焼き1個。 100円。

11年10月30日 (25)

飴のお店。 奥で作っている。

11年10月30日 (26)

川越いも飴を買った。 200円。

11年10月30日 (27)

しばらく歩いて、喜多院に。 ここは、本堂。

11年10月30日 (28)ppp

喜多院には、建物を含めて、重要文化財が、山ほどある。
中を参観するが、建物内は撮影できない。

11年10月30日 (29)

寛永15年(1638年)川越大火があった。 山門と経蔵以外の伽藍を、全て焼失する。
翌年、徳川家光の命で、江戸城紅葉山御殿の一部を移築した。
これが、今に残る客殿、書院、庫裏。

11年10月30日 (30)

客殿が見える。 この中に、家光誕生の間があった。
誕生の間と云うことは、江はここで生活していた。
春日の局、化粧の間もあった。

11年10月30日 (31) 

火事が起きた時、この寺には天海僧正がいた。 家康の時代から、幕府に信頼されていた。
それで、江戸から建物の一部がやってきた。

春日の局は、将軍家光誕生に奔走した人ですね。
江戸から、伊勢にお参りに行くと言って、駿府の家康の所に頼みに行った。
江が亡くなった後、権力を手に入れる。

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※ 天海僧正は、武田信玄にも仕えているが、いつだかテレビでこんな話をしていた。

  天海僧正は、明智光秀ではないのか、ということで、光秀と天海の文字の、筆跡鑑定をやった。
  完全には一致しなかった。 でも、かなりの部分似ていた。
  天海は光秀でなくても、光秀の近親のものではないかと言われた。
  家康にとって、信長を討った光秀は、どれだけ有難い人間か、計り知れない。

渡り廊下を通って、本殿に行った。

11年10月30日 (32)

多宝塔。

11年10月30日 (33)

ここでやっと、江の名前を見た。  この裏に、五百羅漢がある。

11年10月30日 (35)

五百羅漢。 日本三大五百羅漢となっていた。  ※ そう言ってる所は、3つ以上ある。
五百羅漢の像は、あまり好きではない。 表情が大げさ。 

11年10月30日 (34)

喜多院でのおまけの話があって、面白かったですね。
川越は楽しめる街、そんな印象を持ちました。

これ以上都心に近付くのは不安です。



途中から暗くなって、3時間ほど走った。
サイドミラーを電柱にこすりそうな細い道も、多かった。
気をつかった運転で、疲れた。

再び、山の中に。 こっちの方が落ち着く。

【道の駅】  たばやま   ※ 奥多摩に停めるとこが、見つからなかった。 東京は通っただけ。


【あすの予定】  丹波山村かな。 何があると言う訳ではないけど。

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山の斜面に、横穴がいっぱい。 古代の墓だと云う。
不思議な風景だった。

近くのお寺に、三重塔があるので見に行った。
そうしたら、その寺は、頼朝の弟の 源範頼が関わっていた。
     ※ 範頼は、曽我兄弟の仇討で知った。
    ☆    ☆    ☆    ☆

吉見町は小さな町。 
国道も線路もない。 町から一歩出たら、両方ともあるんだが。


ここの山の斜面にあった。 観覧料300円。

11年10月29日 (1)

吉見百穴。 よしみひゃくあな。
一目、咲き終わったハスの花か、コモリガエルの背中に見えた。

11年10月29日 (3)

最初は、この穴には、コロボックルが住んでいたと考えられていた。 そっちの方が夢がある。
  ※ 北海道のオホーツク地方に、背の低い民族がいたのかもしれない。
    ミャンマーのタロン族のように、大人で130㌢以下なら、コロボックル。
ヒカリゴケがあるとも。

11年10月29日 (2)

最初にこの穴に入った。 戦争中につくられた。 

11年10月29日 (4)

どこまでも続いているので、途中で行き止まりに。 
朝鮮人に掘らせた。
戦闘機のエンジンを作る予定だったが、その前に終戦。

11年10月29日 (5)

穴を見て歩いた。 219個ある。

11年10月29日 (8)

「わずかな土地を耕して、かろうじて毎日を暮らしていた多くの農民は・・・」という文がある。
その時代の人々の生活を想像できる、いい説明ですね。

11年10月29日 (6)

穴の中は、2人くらいなら生活できそう。

11年10月29日 (9)

この穴には、亡くなった人を置く場所がある。

壁にいたずら書き。 もっとひどい穴もあった。
この辺りの岩も凝灰岩。 火山灰で出来ているので、軟い。

11年10月29日 (10)

穴の形は、色々。 普段は、ふたをしており、追加して入れることもあった。
土に埋めたら土になって消えるので、それがいやだったのか。

この時代には、もう鉄の工具があったようですね。

11年10月29日 (11)   11年10月29日 (13)

石の他に、金属も。

11年10月29日 (12)

正岡子規の歌があった。  明治24年に来ている。

 「神の代は かくやありけん 冬籠(ふゆごもり)」

コロポックル説の時代なので、こんな歌が生まれてしまった。

11年10月29日 (14)

こんな土偶が出てきた。 隣は、発掘の時、半分埋まっている写真。

11年10月29日 (15)   11年10月29日 (16)

航空写真。 左の○に吉見百穴。 真ん中の山に松山城跡。 武田軍もこの城を攻めに来ている。

この辺りは、こんな低い山(丘)があるが、そろそろお終い。
吉見町を過ぎたら、広い関東平野の始まり。

11年10月29日 (18)m

吉見町の案内を見て、近くに三重塔があるのが分かった。 場所は吉見観音(安楽寺)。
人が訪れるのか、お土産屋さんが1軒。

11年10月29日 (19)

仁王様がお出迎え。

※ 仁王門と仁王像(金剛力士像)は、平成8年から3年かけて、解体修理を行った。
  費用は、7000万円とあった。 大変な額。

11年10月29日 (21)

本堂も三重塔も、江戸時代のものと説明にある。  

11年10月29日 (20)   11年10月29日 (22)

本堂。

11年10月29日 (23)

八起地蔵尊とあった。 大きな案内があったので、本堂の裏に見に行った。
※ この地方独特の地蔵のようだが、それ以外は、分からない。  説明の写真が失敗。

11年10月29日 (24)

三重塔。

11年10月29日 (25)

高さ17.6㍍。 小さい。
※ 室生寺五重塔は16㍍。 それより少し大きい。

基壇と呼ばれる、塔の下の台がないという。 ※ あるようにみえるが。 
中心の柱を支えているのは、1階の梁(はり)だという。 下までないと云うことか。

11年10月29日 (26)

※ 源頼朝の弟に、源範頼(のりより)がいる。 平家滅亡のために活躍した。
  頼朝が富士山でタカ狩りをしていた時、曽我兄弟の仇討の事件があった。

  この事件の直後、しばらくの間鎌倉では頼朝の消息を確認することができなかった。
  頼朝の安否を心配する妻政子に対して、巻狩に参加せず鎌倉に残っていた弟源範頼が
 「範頼が控えておりますので(ご安心ください)」と見舞いの言葉を送った。
  この言質が謀反の疑いと取られ、範頼は伊豆修善寺に幽閉され、のちに自害したと伝えられている。(Wikipedia)

  ところが、範頼はこの寺に隠れ住んだと云う説がある。 住んだ場所と言われる所もある。
  範頼は、もともとこの地方を領地にしていた。
  範頼の子供は助かり、その子孫が、吉見氏として続いた。 吉見町の名前は、ここから。

道の駅は、すぐ近く。 陶器市をやっていた。 かわいい鬼がいた。

11年10月29日 (27)

最近、ガソリンが安くなってきた。 軽油が110円を切ったのを、久しぶりに見た。
安くなると助かる。

11年10月29日 (28)

川越市に近い道の駅に来た。
近くに何かないかと探したら、今日のがあった。

コロポックルがいた方が、夢があっていい。
でも、遺跡の研究は進んでいるから、もう戻らないでしょうね。

【道の駅】  いちごの里よしみ

   印の所は、吉見百穴

【明日の予定】  川越市   ※ 駐車場がはっきりしない。 

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武田信玄は、軍師を採用する際に、こう聞いた。
  「占いは足利にて伝授か?」と。
軍師には、占いと兵法が必要だった。
足利学校で易学を学ぶことは、一人前と認められることに、つながった。
 ※ 武田の軍師 山本勘助が学んだかどうかは、分からない。
   ある物語では、学んでいるが。

渡良瀬橋の袂で、森高千里の曲「渡良瀬橋」が、夕日の中で爽やかに流れた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

足利市は、栃木県の南西部。 群馬県との県境に近い。


車は、河川敷の駐車場に置いて歩いた。
正面が、足利学校。 門は、学校門。  學校と書いてある。 入館料400円。

11年10月28日 (1)

孔子廟。 この学校では、孔子の儒学を学んだ。 ※ 門もこの建物も、江戸時代の初めのもの。

11年10月28日 (2)

孔子像。

11年10月28日 (3)   11年10月28日 (4)

手前が方丈で、ここで学んだ。 向こうは庫裡(くり)で、台所。

11年10月28日 (5)

庫裡から入った。

11年10月28日 (6)

方丈。 寺小屋という感じでない。

11年10月28日 (17)

宥坐之器(ゆうざのき)。   
最初少し傾いている。 水を丁度良く入れると、真っ直ぐに。 入れ過ぎると、ひっくり返る。
これで、教訓を学ぶ。

この人も、ひっくり返るまで水を入れてみた。

11年10月28日 (7)

正面、木の向こうに、遺跡図書館がある。 大正時代の建物。
玄関から入った時、ここは入室禁止、ここも禁止と続いた。 どこに入れるんだと、他の客と顔を見合わせた。

11年10月28日 (8)

100人くらいは、座れそう。

11年10月28日 (12)

右は、仏殿と、徳川家の位牌。

11年10月28日 (9)   11年10月28日 (11)

見える建物は、さっきの孔子廟。 庫裡の後ろに、書院があって、そこから。

11年10月28日 (13)

吉田松陰と高杉晋作も来たと。
 
吉田松陰が来たのは、1852年4月3日とあった。
以前のブログに書いた、吉田松陰が、秋田と青森県の間にある矢立峠を通ったのは、同じ年の2月29日。
それで、東北からの帰りに寄ったと分かる。

11年10月28日 (15)

上杉憲実(のりざね)。 足利学校の、中興の祖とあった。

11年10月28日 (16)

※ 上の像の本物は、新潟県の雲洞庵にある。
  大河ドラマで、直江兼続が幼少時代、「わしはこんなとこ来とうはなかった!」 と言った寺。

下の門は、裏門。 普段は、ここを使ったと云う。 袖塀と云う塀がある。 珍しい。

11年10月28日 (18)

全体が、ここからやっと。

11年10月28日 (19)

足利学校で出て、まちなか遊学館に入った。
織物の機械と、夢二の絵ハガキ。 足利は、かつて、織物が盛んだった。

11年10月28日 (21)   11年10月28日 (20)

ばん阿(な)寺に向かっている。 近い。

11年10月28日 (22)

この町は、私があまり良く言わない、相田みつをの出身地だった。

11年10月28日 (23)

足利尊氏の像。 
足利市が、足利氏発祥の地と聞いていたが、そのことは、足利学校では分からなく、気になっていた。

11年10月28日 (24)

下の家系図に、源義康がいる。 この人が、この地で、足利義康を名乗る。

keizu gennzi

義康の数代後に、足利尊氏が生まれる。 そうして、金閣寺の義満や銀閣寺の義政につながる。
確かに、足利氏発祥の地だった。 やっと分かった。 源氏の流れだった。

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ばん阿寺の境内は広く、ここは、かつて足利氏の館(やかた)だった。
※ 城跡とも考えられ、日本100名城(15番)に選定されている。

11年10月28日 (25)

イチョウの大木。 建物は、多宝塔。

11年10月28日 (26)

本堂。  寺の説明では、1196年建立とあった。 Wikipediaでは、1299年。
いずれにしても古い。

11年10月28日 (27)

機械で、獅子が舞っていた。  びんづるさんかな。

11年10月28日 (28)   11年10月28日 (29)

道は、四方にある。 戦いに備えてか。

11年10月28日 (30)

経堂。   帽子をかぶった、地蔵さん。

11年10月28日 (31)   11年10月28日 (32)

境内は木が育っていて、この場所からだけ、全体が撮れた。

11年10月28日 (33)

街の中の道を歩いて、交番で聞いて、やっとここに来た。 渡良瀬橋。

11年10月28日 (34)

川は、もちろん、渡良瀬川。 いい名前。

11年10月28日 (36)   11年10月28日 (35)

歌碑があった。 ボタンを押したら曲が流れた。  ※ 音が小さかったので、動画は無理だった。

11年10月28日 (37)

11年10月28日 (38)

※ この歌が生まれた経緯は、Wikipedisに、こうあった。

  森高が1993年に新曲をリリースする際、特にイメージが沸かず困っていた頃、橋の詞を作ることにし
  地図を広げ「言葉の響きの美しい川や橋」を探し、「渡良瀬川」という文字が気に入った。
  森高は1989年に足利工業大学でライブを行っており、大学のある足利市内に渡良瀬橋という橋がある
  ことが分かった。
  その後、現地に再訪して橋の周辺を散策、そのイメージを使って詞を書いた。



城之内早苗も歌っている。



歌ってる通り、夕日も、夕日に照らされた町も、きれいだった。

11年10月28日 (39)

急に渡ると分かって、曲は間に合わなかった。  



渡良瀬川は鉱毒で苦しんだけど、渡良瀬橋の歌によって、少し助けられたでしょうか。

東京に近づいてきたので、何もかも、込み入ってきた。
川越市に行ったら、すぐ脱出する。

【その他~ダルビッシュの一言】
  野球のドラフトで、巨人入りを希望していた管野を、日ハムが交渉権を手に入れた。
  マスコミは、1位指名した日ハムを「空気が読めない日ハム」と書いた。
  世論が、その言葉に流されそうになった。

  その時、ダルビッシュが、ひとこと言った。
  『そもそも、そんな「空気」あったらいけないですよね。 全ての人、球団に平等であるべき』と。
  
  空気が再び変わった。
  管野がもし日ハムに入ったら、ダルビッシュの一言が、大きな影響を与えたことになる。
  ダルビッシュの言うことは面白いし、重い。

  ※ 話しが少しそれて、
   城之内早苗のおじいちゃんと、元巨人の城之内投手は、兄弟。 
   投手の後、スカウトをやった。 若き日の落合を入団させたのは、彼。  

【道の駅】    めぬま   ※ 群馬県を通り越して、埼玉県に入った。


【明日の予定】   川越市を考えているが、明日は無理かな。

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谷中(やなか)湖を含む一帯は、渡良瀬遊水地となっていた。
 ※ この場所は、足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させることを目的に、渡良瀬川下流に作られた。
   遊水池である谷中湖が中心。

谷中村があった跡が、一部残っていた。
   ※    ※    ※    ※

道の駅にある建物の、屋上から撮影。

11年10月27日 (1)

赤○が道の駅。 黄色の○が、谷中村の跡。 ピンクの橋まで、自転車で行く。

11年10月27日 (2)

右に、渡良瀬川が流れている。


谷中村跡の北に、展望台がある。 そこから撮影。 谷中湖が見えている。
写真の左方面に、役場跡とかがある。

11年10月27日 (3)

広く公園になっていた。 憩いの場、と云う感じ。 小学生や中学生も来ていた。

11年10月27日 (4)

自転車で散策していたら、釣りをしている人がいた。 遊水地(谷中湖)には、釣りで来る人も多い。

11年10月27日 (5)

コイの子供。 持って帰って、近くの池に放すと云う。 ここの来れない時は、そこで釣る。

11年10月27日 (6)

遊水地は3つに仕切られていて、この道は、仕切っている道。 向こうに行く。

11年10月27日 (7)

上の地図の、北橋。 

11年10月27日 (8)

この後、谷中村の痕跡探し。 ここに、役場があった。 でも、標示はあっても、何もない。

11年10月27日 (9)

消えかけた地図があった。 黄色の○が、役場跡。
この後、神社とかの場所が分かる。

pp

「谷中村遺跡を守る会」が、昔の歴史を残そうとしていた。

11年10月27日 (11)

この後、村の痕跡を探したが、見つけられない。
環境整備をしている人たちが、昼休みで集まっていたので、聞いた。
親切に教えてくれた。

砂利の細い道を、しばらく行ったら、それらしい場所に出た。
左に、神社跡。

11年10月27日 (21)

高くなっていて、上はこう。 標示はあるが、あったのは、石が1個。
昔は、右の写真の神社があった。 谷中村雷電神社。
田中正造は、何度もここに来ている。 村の人達と、ここで話し合った。

11年10月27日 (12)   11年10月27日 (31)

ここが墓地。 右には延命院というお寺があった。 今は、何もないが。

11年10月27日 (13)

その寺にあった鐘。 この後行く、藤岡町歴史民俗資料館で、撮影。

11年10月27日 (28)

遺跡を守るために、陳情が必要だったことが分かる。

11年10月27日 (14)

墓石。 江戸時代のも多い。

11年10月27日 (15)

十九夜供養とある。 初めて見る。 Wikipediaには、こうあった。

  ※ 月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、
    「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、
    悪霊を追い払うという宗教行事である。

十九夜供養塔は、関東地方に少し見られるだけのよう。 少ない。

11年10月27日 (16)

何を怒っているのか。

11年10月27日 (17)   11年10月27日 (18)

この地蔵さんは、村が無くなったことを知っているのか。
天和元年は、1681年のこと。 古いですね。

11年10月27日 (20)

この後、藤岡町歴史民俗資料館に向かった。

田中正造に関する資料は、ネット上にいくらでもある。
知りたかったのは、谷中村の人たちの動き。 
特に、北海道に移住した人たちのこと。 佐呂間町栃木に。

資料館で、下の写真のが目に入った。  石塚倉子と云う人。

11年10月27日 (22)

※ 調べてみたら、代表作に、下のようなのが。
  もしかしたら、この人に、光が当たる時が来るかもしれませんよ。

muronoyasima7657.jpg

※ 詳しくは、ここに

田中正造。

11年10月27日 (23)

右の写真は、大洪水の視察とある。

谷中村は、洪水はもともとあった。
でも、足尾銅山が出来て山の木が無くなったため、洪水の規模が大きくなった。
※ 銅山では、精錬のため、大量の燃料がいる。

11年10月27日 (25)

議会での質問書。 正造は、衆議院議員になっている。

11年10月27日 (24)

田中正造の衣類など。

11年10月27日 (26)

読みは、左下に。 意味を調べたが、分からない。

11年10月27日 (27)

洪水の時の、谷中村。 その時代の、人の表情のある写真は、貴重ですね。  屋根の上にも一人。

11年10月27日 (29)   11年10月27日 (30)

強硬破壊に用いた木槌とある。 よく残してあったもんです。

11年10月27日 (32)

資料館では、谷中村の人たちの動きについての資料を見せてくれた。
それを、写真に撮らせてもらった。 旧谷中村関連資料調査報告書。

※ これについては、以前読んだことがあった。
  3年程前、藤岡町のホームページに載っていたような気がした。
  資料館の人の話では、栃木市と合併したため、今は載っていないと言った。(HPを整理中か)
  上の報告書以外もあったように思う。

  その時、HPをもとに書いたのが、以前のブログに書いた、下の内容。(他もあるが)

yanakamura9999.jpg

上の内容以上のことは、分からなかった。

※ 明治44年4月出発とあるが、この時はまだ、旭川から北見まで石北線は通っていない。
  開通は、この年の秋。
  陸別を通ったと云うことは、帯広まわりで行っている。
  当時開通しているのは、旭川まで行って、富良野線に乗れば、列車で帯広まで行けた。
  そこから先、どうやって行ったのだろう。
  かなりの部分は、きっと歩いた。
  留辺蘂まで行ったら、ひと山越えて、栃木と名前をつけた、その地になる。

※ 栃木団体と云う名前で、開拓に入っていた。
※ 私のおじいちゃんは、秋田団体の一員として、同じ時代に、留辺蘂の少し南に入っている。
  栃木は、留辺蘂の少し北。
※ 北海道に開拓に入った人達は、どこも、同じような苦労をした。

※ 2009年2月の、佐呂間町栃木。    今年の夏近くを通ったので、動画を撮れば良かった。 忘れなければ、来年。

11年10月27日 (34)

歴史民俗資料館の外にあった、田中正造の像。 谷中村があった方を見ている。

11年10月27日 (33)

この川が、渡良瀬川。 この下流に谷中湖がある。



調べるだけの十分な時間はなかったけど、谷中村跡を見られたことがよかったかな。

パンフレットや、案内板などの文章の表現は、下のように。

 「渡良瀬川遊水地は、旧谷中村民の移住問題等、人々の大きな犠牲のもとにつくられました」

時代が変わった今、行政を含めた地域の人々全体の意識は、苦労した人々の側に立っているように感じた。
それを知って、少し安心したでしょうか。

【道の駅】   みかも


【明日の予定】   足利市  足利学校とか

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巴波川(うずまがわ)を中心に、蔵の街並みはあった。
倉敷を、少し規模を小さくした感じでしょうか。

日光街道にあるのかと思ったら、そうではなく、日光から中山道への道にあった。
名前は、日光例幣使街道(にっこう れいへいし かいどう)。 
初めて聞く名前。
    ☆    ☆    ☆    ☆

栃木市は、宇都宮の左下。  さらに、左下に、ラーメンの佐野市がある。


駐車場で地図をいただいた。
見所は、川沿いと聞いたので、その中心の幸来橋に向かった。 
バスの後ろが、橋。

11年10月26日 (1)

巴波川。 うずま川と読む。 向こうに歩く。

11年10月26日 (2)

橋から、すこし来た。
足利市は、吉屋信子と云う人の、育った町だった。

ここに書いてある通り、もし、この川が無かったら、変化のない街かな。

11年10月26日 (4)

江戸時代から、この川を利用して、物を運んだとある。
上りは、舟を引っ張ったと。

11年10月26日 (3)

小さな広場になっていて、彼女の記念碑があった。
吉屋信子の本は読んだことないが、「徳川の夫人たち」や「女人平家」の作者。

石碑には、「秋灯 机の上の 幾山河  信子」とあった。

11年10月26日 (5)   11年10月26日 (6)

戻って、橋の上流に歩いた。 左に古い家並みが続いた。

11年10月26日 (7)

上流側から撮影。 古い建物は、塚田歴史伝説館になっている。

11年10月26日 (8)

川は、魚でいっぱい。

11年10月26日 (9)

この辺りは、うずま公園。 トイレも電話ボックスも、蔵のデザイン。

11年10月26日 (11)

遠くの橋は、幸来橋。

11年10月26日 (12)

コロリ、が面白い。

11年10月26日 (13)

少し戻った。 この後、適当な道を歩き出した。

11年10月26日 (14)

ガーデン喫茶、巴波(うずま)の小歴(これき)とあった。 いい雰囲気です。

11年10月26日 (15)

銭湯が見えた。 調べたら、明治22年創業、薪焚きの銭湯とあった。

11年10月26日 (16)

上の銭湯では、金魚を見ながら湯船に入れると、情報誌にあった。
こんな風に。(玉川の湯のHPから)

kinngyo765677.jpg

歩いていたら、こんな宣伝。 「ハリウッドの歴史はコダックの歴史」
ビビアン・りーとマリリン・モンロー。

11年10月26日 (17)

ビビアン・リーは、先日「蛍の光」で紹介しました。 好きな曲なので、再度。
いい表情です。  ※ 『哀愁』 - Waterloo Bridge (1940)
 



※ 最近、運転しながら、手仕事屋きち兵衛さんを聞いている。
  今日も聞いた。 「ねがい星」と云う曲の3番を聞いている時、ビビアン・リーを思い出した。
  この人は、激しい恋をした。 待つのではなく、攻めの恋。
  ねがい星の3番は、反対の恋。 こんな歌詞。

     サラサラ流れるあの川に
     私を流してみましょうか
     もしも あなたと結ばれる
     運命(さだめ)ができているのなら
     あなたは優しく つかまえてくれるでしょう
     サラサラ流れるあの川に
     私を流してみましょうか

  ここで聞くことが出来ます
  ビビアン・りーの恋は、ここに書かさってます

再度、下流の方に歩いた。
船頭さんは、何か、歌を歌っていた。

11年10月26日 (18)

11年10月26日 (19)

善の家土蔵。 美術館に利用している。
この建物は、「おたすけ蔵」とも呼ばれ、多くの人を助けた歴史がある、と説明にあった。

11年10月26日 (20)

小さな病院と、最初思った。 万年筆の病院だった。
「文字をしたためる」という表現があるが、これは、ボールペンでは無理。

11年10月26日 (21)

石段を水が流れている。 歩いてもいいのか?

11年10月26日 (22)

栃木市役所別館を見に行った。 水色の建物。

11年10月26日 (23)

玄関前。

11年10月26日 (24)

こんな説明があった。 これが気になって、全体の写真を撮り忘れた。

11年10月26日 (25)   11年10月26日 (26)

三島 通庸(みしま みちつね)と云う人の、判断とある。
調べてみたら、この政治家は、庶民のことは、全く考えていませんでしたね。

県庁は栃木にあったんだが、この町は自由民権運動が盛んだった。
それで、三島は栃木を嫌って、宇都宮に移した。 

※ 加波山事件というのがあったんですが、これは、三島の暗殺を企てた事件だった。
  初めて知りました。 田中正造も逮捕されている。
  秩父事件と、同じような時代かな。

事務所に、雛人形があった。(街の、あっちこっちで、飾っている)

11年10月26日 (27)

綱で船を引っ張ったので、この名前。

11年10月26日 (28)

山本有三ふるさと記念館。 この人は、路傍の石の作者。
※ 生家が、この建物の左にあった。 今は、別の建物。

11年10月26日 (29)

とちぎ蔵の街観光館。 後ろに長く、建物が続いている。 この中で、食事した。

11年10月26日 (30)

こんなお店。  ※ ここで食べると、駐車料金が無料になる。 だから、食べた。

11年10月26日 (31)

私が育った、美瑛のソバだった。 ご飯は、海老ドン。 どっちも、美味しかった。 
  ※ 後で知ったが、このお店は、評判のいいお店だった。

11年10月26日 (32)   11年10月26日 (33)

お店の前と、蔵の中。 真ん中の木が、大きすぎる。  蔵に物を仕舞ったら、お蔵入り。

11年10月26日 (34)   11年10月26日 (35)

立派な神社ではないが、栃木のお伊勢さま。

11年10月26日 (37)   11年10月26日 (36)

蔵でない所も、蔵の雰囲気。

11年10月26日 (38)

昔ながらの建物。 中身は、今風。

11年10月26日 (39)

のんびり時間を忘れて散歩するのが、似合う。 そんな街でした。

※ 日光例幣使街道について。  途中、こんな標示があった。

heisikaidou786.jpg

Wikipediaの説明では、こうでした。

○ 東照宮に幣帛を奉献するための、勅使(日光例幣使)が通った道。
  幣帛(へいはく)は、神社で、神前に奉献するものの総称。
  勅使(ちょくし)は、天皇の使い。
○ 京都をスタートし、中山道を通って、日光例幣使街道に入る。
○ 家康が亡くなった後の1647年から、江戸時代最後の年の1867まで続いた。

そう云うことでした。 家康の存在は、大きいと云うことですね。

【関連ブログ】 水のある町並みをいくつか。

    水郷佐原の大人形山車  小野川沿いの古い町並み ~香取市佐原~   他  (2010/7/9)
    水郷柳川 さげもんまつり 北原白秋 山頭火 ~福岡県柳川市~   他  (2010/3/7)
    倉敷 美観地区を歩く  大原美術館 ~倉敷市~   他  (2010/12/11)
 
【道の駅】   きたかわべ   
        ※ 目的地に来ています。 
          そばには、渡良瀬遊水地。 ここには、昔、谷中村があった。
          足尾銅山の鉱毒で、畑が作れなくなった。
          多くの人が、北海道のオホーツクの山の中に、開拓に入った。
          そこの地名は、佐呂間町 栃木。
        ※ 関連ブログ  足尾銅山鉱毒事件 と 佐呂間町栃木  他  (1月30日) 

【明日の予定】  色々歩いて、調べます。 何があって、どうなったのか。


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本当に見たかったのは、巨大地下空間。
でも、地震の影響で、見ることは出来なかった。

大谷石(おおやいし)の採掘で栄えた町・大谷は、山も地面深くどこまでも、大谷石だった。
    ☆    ☆    ☆    ☆

宇都宮の中心街からは、離れている。 左上に、日光。


上の大谷資料館に行きたかったが、閉鎖していた。 上から順に行った。

ootanityou09899.jpg

大谷景観公園。 ここに車を置いて歩いた。
私の車が、尻を向けて、じゃま。

石を切り出しているうちに、こんな風景になった。
どこを切り出したか、正確には分からない。 
切り出して、この部分が、平らになったかもしれない。 少し、跡が見える。

11年10月25日 (1)

岩が汚れて黒いので、美しい風景とは言えないかな。

11年10月25日 (3)

切り出した石が、積んである。
他から持って来たのではなく、きっと穴の中から切り出した石。

11年10月25日 (4)

道を挟んだ、向かい側。 孤児の所有で、行かれない。
このような、岩を切りだした場所が、時々見られる。

切り出した面に、層の模様が見える。 この幅が、石の幅でしょうね。

11年10月25日 (2)

大きな洞窟。 入り口の上に、木が生えている。 何か落ちてきそう。

11年10月25日 (5)

小さな祠。 もっと大きくても、祠は大谷石。

11年10月25日 (6)

大谷寺。 
この寺の仏像は、木造や銅像でなく、石像。 それも岩に掘った磨崖仏(まがいぶつ)。

11年10月25日 (7)

本尊は、大谷観音。 それで、お寺を大谷観音とも呼ばれる。

この本堂の中の正面の岩に、彫られている。

11年10月25日 (8)

全てのお堂は、岩にくっ付いて建っている。

11年10月25日 (9)

本堂の右。 お地蔵さんがいっぱい。 小さな磨崖仏も。

11年10月25日 (10)

これが、本堂内にあった、大谷観音。 千手観音。(写真は、パンフレットより)
残念なことに、江戸時代に本堂が火災になった時、像の表面が剥落した。
表情とかは、分からない。 

※ 大谷石は火には強いと云う。
  でも、ここの大谷観音は、彫られた磨崖仏の上に、粘土での造形もあった。
  その部分は、火に弱かった。

11年10月25日 (31)

磨崖仏は、隣の建物にも、何体かあった。

※ 西日本の磨崖仏(まがいぶつ)と言えば臼杵(うすき)。
  東日本の磨崖仏は、ここだと説明にあった。
  でも、レベルが違う。 臼杵のは、規模が大きいし、保存状態もいい。 それで、国宝にも。
  ここのは、歴史的には貴重なので、重要文化財。

お寺の奥に、池があった。
伝説では、昔、毒蛇が住んでいた。 
弘法大師がやって来て、毒蛇は心を入れ替えた。 白蛇になった。

11年10月25日 (12)

白蛇は、今も、2匹いた。 
弁天様をお参りした人は、みんな頭をなでていた。

11年10月25日 (11)   DSCF1221mmsk.jpg

※ 九州の大野市で見た、本物の白蛇

間違って背中をなでたと、戻った人がいた。

11年10月25日 (13)

微笑んでいる。 今日は温かく、いい日和。

11年10月25日 (14)

近くに、石の大きな像があると云うので、行ってみた。
  ※ 最初の公園に地図が無かったので、何となく歩いていたら、こっちの寺に来ていた。

お土産屋さん。 柿が干してある。 秋になっている。

11年10月25日 (15)

みんな、大谷石。 おとうさん、少し退屈。

11年10月25日 (16)

ここの向こうにある。 人が小さい。

11年10月25日 (22)

平和観音。 高さ27㍍。 大きい。
 
11年10月25日 (18)
 
昭和23年。 戦没者を供養するために作った。
もちろん、観光も考えて。

11年10月25日 (21)

※ 石仏での最大は、房総半島にある鋸山(のこぎりやま)の日本寺大仏。 座ってるけど、高さ31㍍。

この場所は、大谷公園と言われ、大谷石を切り出した跡。 

11年10月25日 (17)

階段があった。 右の岩は、平和観音。
向こうの山にも、切り出した跡が見える。

どんな風に切り出すのでしょう。 昔と今は違うと思うが、見たいですね。

11年10月25日 (19)

ここの地下、200~300㍍は、大谷石だそう。 埋蔵量の推定は、10億㌧。

11年10月25日 (20)

※ 大谷町の地下は、空洞がどこにでもある。
  だから、このように、陥没する時がある

  自分の土地の下を、勝手に掘られたら困る。
  そう思うんだが、どこまでが自分のものか、調べてみた。 こうだった。
  深さ40㍍。 地下鉄とかは、それより深くするそう。
  浅い場合は、道の下に作る。

  空は、どこまでが自分のかと云うと、はっきりしていない。
  生活に困らない高さまで、自分の物。
  アンテナを、どんなに高くしても、大丈夫のよう。
  ※ 個人で作れる高さには、限界があるからかな。

カトリック松が峰教会に向かった。
宇都宮の中心街に入って行きた。

11年10月25日 (23)

駐車場は狭くて、入れない。 路上駐車。 ハザードランプを点けて。

11年10月25日 (24)

カトリック松が峰教会。

11年10月25日 (25)

現存する日本最大の大谷石建造物。 美しいデザイン。
※ 汚れは、金属のサビが原因でしょうか。

11年10月25日 (26)

出来たのは、昭和7年。 鉄筋コンクリート。 壁が大谷石。

DSCF1256zxsdf.jpg

11年10月25日 (27)

大谷石の魅力は大きい。
現在は、石を薄く切って板にして、壁に貼る工法もあるそう。

11年10月25日 (28)

中に入れるかどうか分からなかったので、入らなかった。
※ 迷惑駐車なので、時間もなかった。

11年10月25日 (29)

※ 中の礼拝堂は、このようです。   「東京 街歩き 街で見かけた建築」さんのHPより。

栃木市の南にある道の駅を目指していたら、途中に道の駅があった。
通り過ぎたけど、戻った。
大きな駐車場。 お店は、スーパーの感じ。 地元の人でいっぱい。

11年10月25日 (30)

大谷町を走っていて、ブロックの塀はどこにもなかった。
当たり前のように、大谷石。 
町並みが、しっとりした感じに見えた。

巨大地下空間に入れないので、観光客は減っていた。

大谷石の美しさは、カトリック松が峰教会にありましたね。
行ってよかった。
コメントで勧めていただいて、感謝です。

【道の駅】  しもつけ  ※ 今年の3月にオープン。 走っていたら、突然あった。


【明日の予定】   栃木市に近くに来ているので、栃木市を散歩。
          この町は、小京都ではなく、小江戸と呼ばれる。 

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【コメントに関わっての、関連ブログ】 
     若き日の白秋を支え、恋に生きた詩人、江口章子 ~彼女の故郷、香々地を訪ねて~  他 (2010/4/15)
      
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女夫淵の駐車場から、奥鬼怒温泉郷に歩きだした。  ※ めおとぶち おくきぬおんせん
少しして、バスの運転手に聞いた。
八丁湯までどのくらいかかるの、って。
1時間半はかかると云う。 
日帰りの温泉は3時までだから、今からなら間に合わないよ、と言った。
行っても、無駄足だよ、と付け加えた。

その時、2時10分。 3時までだと云う事を、忘れていた。
迷った。 でも、行くと決めた。

その後、山道の4㌔の上り下りを、ずっと急ぎ足と、小走り。
まるで、修行の山伏。  苦しいけど、楽しい。

少しの写真しか撮らないで、急いだ。
後何㌔という距離が出ない。  不安。

3時10分前に着いた。 40分で着いた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

場所は、日光の北の方。 左上に、尾瀬沼。 直線で。10㌔程。


途中に、滝があった。

11年10月24日 (3)

蛇王の滝。 高さ30㍍。 

11年10月24日 (1)

11年10月24日 (2)

近くのお店のそばに、子ザルさん。

11年10月24日 (4)

途中、脇道に入って、ここは瀬戸合峡(せとあいきょう)。

11年10月24日 (5)

川俣ダム。

11年10月24日 (6)

吊橋があった。 名前がいい。 わたらっしゃい橋。

11年10月24日 (7)

別の場所の、橋のたもとから。

11年10月24日 (8)   11年10月24日 (9)

車が行けるのは、下の印の、女夫淵まで。
この後は、歩き。 左に、八丁湯が見える。 道は、川沿いに。


スタート地点。 すぐ山に入る道もあった。
少ししてから、入ることもできるので、車道を歩き始めた。

11年10月24日 (10)

ここは、女夫淵温泉。

11年10月24日 (11)

こんな道を歩いていて、マイクロバスが来たので、運転手に聞いた。
無理だよと言ったけど、行くことに。

11年10月24日 (12)

車道はあっても、通れるのは旅館の車だけ。 
立派な道路なのに、どうしてかな。 途中から、細いのか。
でも、車で行けたら、どうしても行きたいとは、ならない。

階段は、急ぎ足で下って、橋は一気に渡った。
ここから、4㌔弱。 45分あれば、行けるんでないかなと思っていた。 

11年10月24日 (13)

途中で、お年寄りとすれ違った。
どのくらいで、ここまで来ましたかと聞いた。 1時間半と言った。
でも、あんたの歩き方なら、1時間かからないよと、励ましてくれた。

こんな山道。 登ったり、下ったり。 熊がいるとあったので、用意はしてある。

11年10月24日 (14)

落ち葉の舞い散った道。

11年10月24日 (15)

疲れるのは、坂を一気に登った時。 そんな時だけ、歩く。
最近は、苦しいのも面白いと、少し思うようになった。 辛いという気持ちは、ないかな。

この時、2時30分。

11年10月24日 (16)

ずっと急いだ。 2時49分、建物が見えた。

11年10月24日 (17)

着いた。 ここが、八丁湯。 間に合った。

11年10月24日 (18)

受付で500円を払った。 間に合ってよかったと、伝えた。
そうしたら、こう言った。
3時過ぎても、断わることはしないんですよ、って。 9時まで大丈夫、とも。

心の中で、少しくらい遅れたって、断ることはないだろうなと、思ってはいたけど。

※ 私がさっきのバスの運転手なら、こう言うなと思った。
  「3時過ぎても大丈夫。 
   俺、電話しておいてやる。 
   3時過ぎて1人行くから、入れてやってくれな、って、言っておくから」

内湯もあったけど、露天風呂に行った。 滝が見られることを、知っていたから。

11年10月24日 (19)

ところが、混浴だった。
おばさんと云う感じの人達、7人くらいが、脱衣所にいた。
女の人達だけ、混浴でないのがあるのに、こっちに来た。

カーテンの向こうで、バスタオルを巻いた姿になって、湯船に向かった。
見ないでね、見せないでね、って言いながら、賑やか。

私が、服を脱いでいたら、隣に女の人が来た。 髪が少し長い。
服を脱ぎ始めた。
カーテンもあるよって、教えてあげた。

でも、その場から動かなかった。
失礼した。 よく見たら、いや、よく見なくても、男だった。

そんなことがあって、私も入った。

11年10月24日 (20)

男の人は、5人くらいいた。
ある男の人が、背中が透けて見えると言った。
女の人は、背中は見られてもいい、と言った。 

女の人達は、バスで女夫淵まで来て、ここまでは、歩いた。 
今晩は、八丁湯に泊まる。
楽しい宴会になるだろうなと思った。

露天風呂は、右にある。

11年10月24日 (21)

地図があった。 真ん中が、八丁湯。 もう少し行ったら、また温泉がある。
温泉の人は、5時半には暗くなると言った。
森の中は、その30分前から、暗くなりだす。

今は3時25分だけど、行くのはやめた。 もっと早く出て来ればよかった。

11年10月24日 (22)

この道を行くと、さらに奥に。
左の川が、鬼怒川の源流。 源流点まで、4㌔か5㌔。 ここは、そんな山の中。

11年10月24日 (23)

もう一度、宿の写真。 滝が見える。 滝の名前は、湯滝だった。

11年10月24日 (24)

戻った。 特に急がなくても、足取りは軽い。 ゆっくり景色を見ながら歩いた。

11年10月24日 (25)

滝が見えたので見に行った。

11年10月24日 (26)

見に行ったら、滝だった。

※ 上の文なら、何か変。 どうしてだろう。
  滝を見に行ったら、滝だった。 こうなるから、変なのか。
  滝を、修飾すればいいんですね。

見に行ったら、岩の狭い所から流れ落ちてる滝だった。
これでいいか。

11年10月24日 (27)

こんな橋を渡って。 

11年10月24日 (28)

川の泡立っている所を撮影。 いつもうまくいかないので、練習。

11年10月24日 (29)

ちゃんと撮ってやるからな、と言ってパチリ。

11年10月24日 (30)

まあまあの紅葉。 何がいいんだか分からないが、歩いていて、楽しい。

11年10月24日 (31)

4時を過ぎたら、薄暗くなってきた。 写真は、実際より、少し明るい。

11年10月24日 (32)

こんな道。

11年10月24日 (33)

川原が白い、というのがいいのかな。 紅葉の赤に合う。 いいですね。

11年10月24日 (34)

山の上には、霧。

11年10月24日 (35)

この橋を渡って行った。 それを、戻ってきた。

11年10月24日 (36)

時々、きれいな紅葉。 

11年10月24日 (37)

駐車場が見えてきた。

11年10月24日 (38)

ネットが使えると分かったので、今晩はここに。

11年10月24日 (39)

いつか誰かが、コメントで、「旅は歩くのがいいですよ」と言った。
今日は、その言葉を思い出した。

旅は、歩くのが基本。 そういうことかな。



【停泊場所】   女夫淵駐車場

【明日の予定】  宇都宮の、大谷石に関する物を見に行く。
         ※ 明後日になるが、ある所に行く。
           いつか行きたいと思っていた場所。
           その途中に、宇都宮。
           もし当てることが出来たら、何でも御馳走する。(?)
           旅に出る前からのブログを読んでる人は、もしかしたら分かるかも。

【関連ブログ】   尾瀬沼を一周する ~福島県の最奥、桧枝岐村~  他  (2011/7/16) 

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竜王峡の川底の岩は、白い。 だから、水は輝いていた。
濃いグリーン。 いい色だった。
駐車場は車であふれていた。 でも、遊歩道に人はいなかった。
結局、隣の駅まで歩いた。
    ☆    ☆    ☆    ☆

道の駅たじまに、昔の写真があった。
昭和30年~40年代のもの。 この子供たちと私は、同世代。
おぶさってる子供も、こちらを見ている。
スキーの子供の表情も、何とも言えない。

11年10月23日 (1)   11年10月23日 (2)

昔の大内宿。 今はこうですね

11年10月23日 (3)   11年10月23日 (4)

竜王峡は、日光の少し北。



左から歩いて、右端の、少し右まで歩いた。 2時間半。

11年10月23日 (5)

すぐに滝が見えた。  竪琴の滝。

11年10月23日 (6)

そして、虹見橋を渡る。

11年10月23日 (7)

岩が真っ白。 水は、エメラルドグリーンより、もっと濃いでしょうか。

11年10月23日 (8)

橋から見た、虹見橋。

11年10月23日 (9)

ただの遊歩道だが、研究路となっている。 どうしてかは、分からない。

11年10月23日 (10)

ここは、ブルーですね。

11年10月23日 (11)

峡谷を見るための遊歩道と思っていたら、道はほとんど森の中、
気の隙間から、たまに川が見える。 少し変。

浅い水たまり。 でも、底なし沼。 モリアオガエルの生息地とあった。
    ※ 兵庫県養父(やぶ)市の山の中で見た、モリアオガエルの卵。 木の白い塊。

11年10月23日 (12)

川は、鬼怒川ですね。

でこぼこになる理由が、今日分かりました。
この辺の岩は、火山灰が固まった凝灰岩だけど、堅い所と柔らかい所があるそう。
柔らかい所が、はやく浸食されるので、奇岩が生まれる。
そういうことでした。

11年10月23日 (13)

小さな湿原。 6月は、花と緑でいっぱいですね。

11年10月23日 (14)

むささび橋が見えました。 ここで戻るコースもある。 1時間もあれば、十分。

11年10月23日 (15)

橋からの風景。 最初に渡った橋が見える。

11年10月23日 (16)

この後の道は、川の右側にある。

11年10月23日 (17)

どうしてこんな色になるのでしょう。 流れが弱いからかな。 水が溜まっている感じ。

11年10月23日 (18)

歩いていたら、こんな大きな岩。 岩に穴があった。 木で見えずらい。 五光岩とあった。

11年10月23日 (19)

こんな道。 柱状節理が見えた。 これは、火山灰でなく、熔岩が冷えて出来た。

11年10月23日 (20)

川幅が狭くなっていた。 ウサギが跳び越えられそうなので、名前は、兎(と)はね。
狭い所は、幅4㍍程。

11年10月23日 (21)

紅葉が混ざると、森は美しい。

11年10月23日 (22)

いいですね。

11年10月23日 (23)

たくさんの穴。 名前は、かめ穴。

11年10月23日 (24)

それなりに流れていても、濃い緑。 

11年10月23日 (25)

右奥に人。 やっと人に出会った。
むささび橋からは、ずっと誰にも会わない。 写真を撮っている間に、私を追い越した。

11年10月23日 (26)

水は持たないで歩いている。 ※ カロリーメイトは、いつもバッグにある。

どこまで行くか決めないでいたが、行けるとこまで行って、電車で戻ることにした。
電車ついては、前を行く2人が教えてくれた。

11年10月23日 (27)

泳いでいる魚は、見つけられない。 動物にも、出会わない。 猿がいるそう。

11年10月23日 (28)

川治温泉まで行かないで、手前に、川治温泉駅がある。
そこで戻ろうかなと。 川が、だんだん峡谷でなくなってきたので。

11年10月23日 (29)

浜子橋。 最初の地図から、はみ出している。

11年10月23日 (30)

先を行く2人。

11年10月23日 (31)

峡谷の険しさが、少し穏やかになってきた。

11年10月23日 (32)

道にブランコ。 これで、猿が遊んでいたら、いいな~。

11年10月23日 (33)

この後、歩いていたら、道がはっきりしなくなってきた。
先を行く2人も迷っていた。
川原に道があるのかなと、こっちに来た。

この後、何とか道を見つける。

11年10月23日 (34)

たまに見えるだけ。

11年10月23日 (35)

石が積んであった。 誰が積んだかは、分からないと説明が。

11年10月23日 (36)

道は、こんな状態

11年10月23日 (37)

車道に出た。 トンネルの向こうに、またトンネル。 北海道の秘境駅を思い出した。

11年10月23日 (38)

この道は、旧道なのかな。 川沿いにあるから。 車は、めったに通らない。

11年10月23日 (39)

最後に見た峡谷。

11年10月23日 (40)

集落に出た。 自動販売機で、水を買った。

11年10月23日 (41)   11年10月23日 (42)

川治温泉駅が見えた。 手前は、古い小さなダム。

11年10月23日 (43)   11年10月23日 (44)

駅舎。 立派な駅。 お客が多いとは思えないが。

11年10月23日 (45)

ちょうど、これに乗れた。 
さっきの2人もいた。 川治温泉まで行こうかなって言ってたけど、やめたよう。

11年10月23日 (46)

線路は1本。 ここですれ違い。

11年10月23日 (47)

苦労して歩いたけど、電車の乗ったら、あっという間に、元に戻った。 ほとんどトンネルの中。
2つのトンネルの間に、竜王峡駅。 北海道の小幌(おぼろ)駅と同じ

11年10月23日 (48)

駅から駐車場に、どう行けばいいんだろうと思っていた。
駅から出て、ここはどこだと見回したら、スタート地点の駐車場だった。
な~んだ、だった。

11年10月23日 (49)

竜王峡は、美しい峡谷と言っていいでしょうね。
スタート地点の近くが、変化に富んだ遊歩道だったので、ほとんどの人は、そこを歩いていた。
その後、遊歩道は川から離れるので、歩いている人は少し。

むささび橋の先を歩いている人はいない。
一部は、閉鎖していいんでないかな、という状態。 だれもが迷う。

もう少し下れば、日光。 大きな観光地に近づいてきた。



【停泊地】    竜王峡の駐車場

【明日の予定】  奥鬼怒温泉郷に。 秘境の温泉地。  
         最後、1時間以上歩かなければ、行けない。 それが、面白い。 

【関連ブログ】  前沢曲家集落 ~最近、重伝建地区に選定された、山村集落。 南会津町~  他  (2011/7/18)


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湯野上温泉駅は、茅葺(かやぶき)だった。   ※ ゆのかみ おんせん えき。
なぜ、茅葺なのか。 こうだった。
近くに、大内宿がある。   ※ 宿場町。 重伝建地区。 いい状態で残されている。
それに合わせて、昭和62年に、今の駅舎にした。

塔のへつり は、浸食・風化によってつくりだされた、でこぼこの断崖だった。 景勝地。
    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

喜多の郷の道の駅で、お祭り。 焼き物や、食べ物のお店も。

11年10月22日 (1)

これを買った。 山ほどで、600円。  
丸っこい梨は、ラ・フランスだったかな。 少し傷があるからと、サービス。 りんご1個も。

11年10月22日 (2)

会津若松を通り過ぎて、変わった駅に。
場所は、会津若松の少し南。 


無料の駐車場があった。 駅は、少し高いところに。

11年10月22日 (3)

湯野上温泉駅。 確かに、茅葺。 写真を撮ってる人がいた。

11年10月22日 (4)

ここは、湯野上温泉。 小さな温泉宿が散らばっている。

11年10月22日 (5)

以前は、湯野上駅だったが。 変えた。

11年10月22日 (6)

お茶が用意してあった。 飲みたい人は、自分で飲む。
囲炉裏があって、火を焚くことも。 茅葺の屋根のために。

11年10月22日 (9)   11年10月22日 (10)

11年10月22日 (8)

会津鉄道。  線路を渡って、向こうからも撮れば。
 ※ 雨がなかなかやまず、このときはもう4時近かったので、少し急いだ。

11年10月22日 (11)   11年10月22日 (12)

いい感じで撮れる場所を探した。

11年10月22日 (13)

ここは、下郷町。  ※ しもごうまち。
大内宿が近い。 全国に、~~宿っていっぱいあるが、大内宿が一番。

※ 大内宿のそばが美味しい。 高遠蕎麦(たかとうそば)。 箸はなく、長ネギで食べる。  だんだん短くなる。
  高遠そばについて、少し。
  
  会津の初代藩主は、保科正之。 そばが大好き。 
  子供の頃、高遠藩にいた。  ※ 武田勝頼が、高遠藩の藩主になっている。 
  それで、会津地方に高遠そばが広がった。

  保科正之は、3代将軍家光にかわいがられた。 ※ 正之は、家光の異母弟。
  このことがあり、後々の世まで、幕府への恩を忘れなかった。
  幕末に、薩長軍と最後まで戦うことになる。 

11年10月22日 (7)

少し南に走って、塔のへつり。 ※ へつりは、この地方の方言で、断崖に意味だそう。
駐車場から、下りていく。 お店が数件ある。

11年10月22日 (14)   11年10月22日 (15)

急にこの風景が現われたので、驚いた。

11年10月22日 (16)

危険なところを、歩いていますよ。  ○の所にも、いける。

11年10月22日 (17)p

吊橋の手すりが低い。 膝の少し上まで。

11年10月22日 (18)

この川は、阿賀野川の上流。 結構な大河になる。 新潟市で海に出る。 そこは、信濃川も近くに出る。

11年10月22日 (19)

降りてきた道。 紅葉がもっと綺麗だといい。

11年10月22日 (20)

深さは分からない。

11年10月22日 (21)

こうですからね。 危険。 子供の手を離すことは出来ない。

11年10月22日 (29)

11年10月22日 (28)

賽の河原の感じか。

11年10月22日 (22)

11年10月22日 (23)

上に行く階段。

11年10月22日 (24)

洞穴に、小さな神社。

11年10月22日 (25)

この先に、行ける。 上のほうの写真の、○の場所に。

11年10月22日 (27)

そこからの写真。

11年10月22日 (26)

川の水面の高さが変化したのかな。 崖の模様は、それで出来たのかも。

11年10月22日 (30)

11年10月22日 (31)   11年10月22日 (32)

お店に、マムシがいた。 こんなに沢山見たのは、初めて。  
    ※ 私は、写真を大きくしえ見るのは、もうお終い。

11年10月22日 (36)   11年10月22日 (33)

小へびもいっぱい。 マムシは、へびの形で生まれる。

11年10月22日 (34)   11年10月22日 (35)

へつり工房さん。 こけしを作っている。 しばらく眺めていた。 高い技術に感じた。
慣れた作業のときは、手元から目を離すこともあった。

11年10月22日 (37)

湯野上温泉は、歩いたほうが良かったかな。
昔ながらの温泉街で、田舎の雰囲気があるかもしれない。

いつか、温泉街を歩いて、大内宿に行って、高遠そばをもう一度食べてみたい。

【関連ブログ】   大内宿 ~会津西街道~   他  (2009/10/14
            快晴の磐梯山 ~田部井淳子さん・テレビ取材班に会う~  五色沼 (2009/10/13
           鶴ヶ城  さざえ堂  白虎隊士の墓 ~会津若松市~  明日 吾妻山へ  他  (2010/7/20)
           由布姫  高遠城  絵島の物語  他 (2009/06/18

【道の駅】  たじま

【明日の予定】  鬼怒川沿いに下る。 道の駅がない。 何とかなるか。

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直江兼続、上杉景勝、上杉謙信、後の時代の上杉鷹山、みんな人気がある。
米沢の人達みんなに好かれている。
こんなのって、めずらしい。
    ☆    ☆    ☆    ☆

上杉神社に向かった。 米沢城跡にある。
最初にあったのは、謙信の像。

11年10月21日 (3)

上杉謙信は、米沢藩の藩祖となっているが、謙信が米沢藩とどういう関係にあるかは、分からない。
兼続が仕えた景勝からと思うんだが。
  ※ 説明は、読みにくい。

11年10月21日 (2)   11年10月21日 (1)

濠(ほり)は残されている。 山の上の城ではない。 平地にあるので、平城。

11年10月21日 (4)

舞鶴橋。 石橋ですね。 ※ 米沢城は、舞鶴城とも呼ばれた。
真っ直ぐ行くと、上杉神社。 昔は、そこに本丸があった。

11年10月21日 (5)

橋を渡った左手は、少し高くなっている。 この城に、天守はなかった。
 ※ 上杉家は、関ヶ原で西軍に味方。 外様大名になったので、天守はつくれなかったのか。

11年10月21日 (6)   11年10月21日 (7)

全体は、松が岬公園。 ※ 米沢城は、松ヶ岬城とも呼ばれた。 海はないけど、岬が付いてる。 ?。

11年10月21日 (8)

伊達正宗は、ここで生まれたとある。 景勝が来たことも。
※ 正宗は、元服もこの城だから、この城にいる時、片目を失ったのか。 原因は、天然痘と言われる。

11年10月21日 (10)   11年10月21日 (9)

大河ドラマがあった記念。 兼続と景勝。 私は見ていない。

11年10月21日 (11)

上杉鷹山(ようざん)。  藩の財政を立て直した人かな。

11年10月21日 (12)

ケネディ大統領が出てきますよ。

11年10月21日 (13)   11年10月21日 (14)

上杉神社。

11年10月21日 (15)

ここまで口を開けてるのも、珍しい。

11年10月21日 (16)

11年10月21日 (17)

直立不動。 大きな頼み事でもあるのか。

11年10月21日 (18)

謙信の詩碑があった。  左の石に、説明が。

11年10月21日 (20)

下の詩は、七尾城跡でも見た。  下のブログにある。 
    七尾を歩く(一本杉通り・山の寺寺院群) 能登島大橋 ~七尾市~   他  (2010/11/8)

11年10月21日 (19)

舞鶴橋横の、少し高い所。 謙信の遺骨は、当所ここにあったと云う。

11年10月21日 (21)   11年10月21日 (22)

変な行列がやって来た。  20分後、この人達の演技を見る。

11年10月21日 (23)

地図で、上の方の濠。  城跡も大事にされていることが分かる。

11年10月21日 (25)

上杉伯爵邸の庭を見た。 ここにも、上杉鷹山像。

11年10月21日 (26)

白い花の撮り方が、少し分かった。 設定を変えればよかった。

11年10月21日 (27)

この建物は、米沢藩主の最後・13代目にあたる上杉茂憲(もちのり)の伯爵邸として建てた屋敷だそう。
大正時代火事で焼けたが、大正時代に再建。

今は、料亭。

11年10月21日 (28)

伯爵邸と濠の間の道。

11年10月21日 (29)

見える橋は、舞鶴橋。

11年10月21日 (30)

市街地。

11年10月21日 (31)

上杉博物館の横で、さっきの人達が芝居をする。 「愛の武将隊」の人達。

11年10月21日 (32)

話しの中心は、長谷堂の戦い。 
 ※ 上杉軍は負けるが、兼続は最後尾を守りながら、米沢城にたどり着く。
 ※ 動画を撮ったが、20分以上になったので、YouTubeにはアップしなかった。
 
11年10月21日 (33)

※ この人達の動画があるので少しだけでも。 長谷堂の戦い。



博物館にあったもの。 本物は、見たことない。

11年10月21日 (34)

天童で、マンボウさんが、美味しいよって教えてくれた。

11年10月21日 (36)   11年10月21日 (35)

ここは、林泉寺。 ※ 上越市にも、林泉寺はある。

11年10月21日 (41)

兼続と妻お船が眠っている。

11年10月21日 (37)

11年10月21日 (38)

石塔の中に、五輪塔の墓がある。

11年10月21日 (39)

近くに、武田信清(のぶきよ)と云う人に墓。
知らなかったが、武田信玄の6男だと云う。 ※ 勝頼は4男。
武田家は、天目山の戦いで負けて、消滅。 勝頼は自害。

信玄の娘であり信清の姉が、菊姫。 彼女は、景勝の妻だと云う。
信清は、戦に負け、菊姫を頼って、米沢にやって来た。 大事にされたそう。

※ 勝頼の母は、諏訪御料人。(大河ドラマでは由布姫) 信清のははは、別の人。
  高遠にある、諏訪御料人の墓。(一昨年 花は私が供えた)  

11年10月21日 (40)

笹野観音。 壮大な建物というので、見ることに。

11年10月21日 (42)

仁王様。

11年10月21日 (43)

屋根が、分厚い。

11年10月21日 (44)

茅葺。 江戸時代末期のもの。 設計図など、全てが残っている。

11年10月21日 (45)

ここまでのものは、見たことないですよ。

11年10月21日 (46)

※ 雪が降ったら、こう。 雪下ろしが大変。

彫刻も、見応えがある。

11年10月21日 (47)   11年10月21日 (48)

後ろから。

11年10月21日 (49)

米沢の市街地に初めて入った。
今日登場の武将達は、後の世の今になっても、みんなに好かれている。 幸せ。
いい歴史を持っている米沢の人達も、幸せ。

【関連ブログ】   花と湿原の吾妻山 ~山形県から登り、頂上は福島県との境に~   他  (2010/7/21)
           小町ゆかりの小野川温泉  山形市野草園 ~米沢市・山形市~  明日 蔵王山へ  他  (2010/7/22)
           草木塔のふるさと  他  (2009/06/26
           上杉謙信の居城 春日山城 跡 ~上越市~   他  (2010/10/23

【今日の歌】   昨晩、道の駅で、隣の車から、下の2曲が流れてきた。
         どちらも、作詞・作曲が、平岡優平。

高田みずえ・・愛の終わりに  ※ 出だしが好き。 今の季節の歌でしょうか。



秋元順子・・愛のままで(エコーがかかっている) ※ プロだなって感じる。



【道の駅】   喜多の郷   ここの道の駅は、何回目かな。 5時から、温泉は300円。

【明日の予定】   南に下ります。 会津は通り抜け。 少し急ぐ。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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