FC2ブログ

キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

陸前高田市は、すっかり変わっていた。
復興が進んでいた。
瓦礫が片付き、決められた場所に集められていた。

お風呂をつくった社長さんは、新たな取り組みを考えていた。


仙台の近くの道の駅 おおさとから、高田市に向けて出発。
最短のルートで走り出したが、通行止めに出会って、予定より時間がかかった。

目的地は、お風呂をつくった社長さんがいる、共和建設。
ここで、何日かボランティアをした。 お風呂にも入って。 ビールを御馳走になって。
       ※ その時の写真。 写真①  写真②

陸前高田市には、山側の道から入った。 3時半頃。



会社の事務所には、社長さんがいた。
2人のボランティアの人が、お礼の手紙の封筒のあて名書きをしていた。
私は知らなかったが、NHKでお風呂のことが放送されたそう。
その中で、石鹸が足りないと話した。

励ましの手紙といっしょに、たくさんの石鹸が贈られてきた。
そのお礼。

お風呂は、新しく作った方のがまだ続いていた。
  ※ 新しいお風呂をつくってる時の写真 写真①  写真② (4月8日)

社長さんは、温泉を掘るのを考えていた。
費用をどうするか。 ここが大変。
個人の力では出来ない。 多くの人の協力がいる。
アイディアの一端を聞かせてもらったが、社長さんは何とかすると思った。

大工の学校と云うのも、考えていた。
ただ、これを思いつくのが遅かったかなとも、話してくれた。

会社の事務所には、若い人は皆、現場に出ていなかった。
事務を担当する女性の方が残っていた。
この人は、ドラム缶でお湯を沸かす時も、たくましく動いていた人。

社長さんは、昔の高田の写真が欲しいといった。
一昨年の私のブログにあるのを、みんなで見た。
ブログには、私がここでボランティアした時の記録があることも、伝えた。
   ※ 私は、伝えていなかった。

1時間程、これからのことなどを話して、お別れした。
最後に、写真をお願いして。    
  ※ 写真は、写真をクリックしたら、大きくなります。 再び写真をクリックしたら、元に戻ります。

11年7月23日 (1)

※ 以前のブログに、震災があった3月11日の夜のことを書いた。 第一中の体育館の様子。
  これは、社長さんから聞いたのを、まとめたもの。
※ 津波直後と11日夜の避難所の様子。 他 (2011/4/8)

会社の前から、下の方を撮影。 瓦礫の高い山は消えていた。

11年7月23日 (2)

陸前高田市の、大船渡市方面への出口辺り。
瓦礫一部は、ここに集められていた。 高い山になって。

11年7月23日 (3)

全ては埋めないで、資源として使える物は、そうすると思う。

11年7月23日 (4)

陸前高田市の市街地の様子。



※ 3月29日に撮影した、陸前高田市の様子。 動画です。 少し長いですが。
※ この頃、動画を撮るのは報道に任せろって、ある人からのを中心にクレームが来た。
  その対応に、時間を割いた。 でも、多くの人に助けられ、切りぬけることが出来た。
※ 今考えてみると、相手にしない方法もあった。 その人のコメントを、受け付けないように設定できる。

大船渡市の市街地を、少しだけ走った。



下の写真は、大船渡市越喜来(おきらい)。

11年7月23日 (5)

左の建物が、ボランティアで泥出し作業をした、診療所。
その右の建物は、診療所より少し低い。 天井まで津波が来た。 多くの人がなくなった。
  ※ 診療所でボランティアをした時のブログ。1日目

11年7月23日 (6)

被災後は、こうだった。 線路の上から撮影。 大船渡市でボランティアをする前の日に撮影。

11年7月23日 (7)

釜石市。



音楽付き写真集の最終版です。
メロディは、札幌の友人Tさん。(北の岬を作曲) 動画の作成も。
写真は、約50枚。 半分は私が撮影。 半分は、アメリカメディアのボストンコムのHP。

私は、このメロディは、震災の悲しみなどを、表現していると思っています。
ある写真を見て、曲をイメージしてほしいと、お願いしました。
  ※ その写真は出てきます。 3歳の息子さんを亡くしたお母さんが立ちあがれなく、左に子供を抱いた人がいます。

最初の写真は、南三陸町の防災対策庁舎。 
遠藤未希さんと上司の三浦毅さんが、最後まで防災無線で、避難を呼びかけた。
2人とも、助からなかった。

2枚目の写真は、その建物にあった花。 私は、三浦さんの奥さまと話すことが出来た。 
    ※ そのブログ。  最後まで防災無線で叫び続けた人は、2人いた。 ~南三陸町~ 他 (2011/4/13)

※ 今見える写真は、大船渡市の駅前。 重機が動いていました。



今回、南三陸町や南相馬市に寄らなかった。 心残りがする。
秋に下る時、行けたら行きたい。
女川町も気になる。 ※ ボランティアセンターが動けてないよう。

社長さんのような人達の動きが、復興の大きな力になって行く。
ふたたび、そう感じました。

※ 書き忘れました。

  九州の豊後大野の方が、社長さんに米を送りたいと言ってることを、伝えた。 
  受け取ってもらえることを、確認した。


【道の駅】   遠野風の丘

【明日の予定】  遠野市のSさんと、どこかを歩く。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

meisigazoupppm.jpg
   
【ランキング】  国内旅行は5位、 旅行全体で9位です。            
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
           

スポンサードリンク

 
 
スポンサーサイト



車を、岩手トヨタの水沢店に持って行った。 ※ 水沢は奥州市の中にある。
対応してくれた人は、私の車に詳しかった。
そのことは、少し話して分かった。

車の問題は、排気ガスのすすが、ある部分に詰まってしまうこと。
今回は、以前とは違う所のすすを燃やして取った。
作業はパッパとやって、1時間程で終わった。

もしかしたら、しばらく走れるかもしれない。

※ この状態が続いたら、部品の取り換えになる。
  5年以内、10万㌔までなら、無料で行える。

走れることになって、一安心。

オリンパスの新しいカメラを、ケーズデンキに見に行った。
店にはなかった。
電話して、キタムラなど、あちこち聞いたが、どこにもなかった。
盛岡市にもない。

オリンパスは、予約を熱心に取っていたのに、親切ではない。
出し惜しみの感じだ。 もったいぶってると云うか。

※ 最終的に、このカメラを買わなかったのは、このことも影響した。

さらに調べたら、仙台駅のそばにある、ヨドバシカメラに置いてあることが分かった。
仙台まで、100㌔。

車を、利府駅の近くに置いて、電車で行くことにした。 ※ 運賃が230円の距離。

どうして利府駅になったか。
駅の近くに、大きなショッピングセンターがあったから。
車を置ける。

利府駅。 
東北本線から、盲腸のように出た、利府線の終点。 

11年7月22日 (1)

10分も車で走れば、被災地に着く。 そんな所。


2002年にサッカーのワールドカップで、宮城スタジアムが使われた。
今は、赤字で大変。

11年7月22日 (2)

盲腸の部分の長さは、4.2㌔。 途中から、東北本線になる。 向こうに行く。
※ 他の町と比べたら、道や階段に座ってる女子高生が多い。 そんな印象。

11年7月22日 (3)

仙台駅を出たら、すぐ、ヨドバシカメラの入り口があった。
5時半に入って、7時近くまで、見た。

詳しそうな人を探して、声をかけた。 説明は丁寧にしてくれた。
魅力的なカメラも、いろいろ紹介してくれた。

リコーの良さを、ここでも言ってきた。
フジフィルのカメラについても、説明してくれた。

考えがまとまって来て、決めた。
飽きるまで、2年くらいかかりそうなのを、買うことにした。
フジフィルムの、FinePix X100。
 
  ※ ズームはない、手ぶれ防止はない、その他の機能はいっぱい。
    見た目、古い感じ。
    ファインダーをのぞいた時、その明るさに驚いた。
    他のコンパクトデジカメと違って、中身は、普通の一眼レフと同じ性能。 それ以上の部分も。

上のカメラの、望遠とマクロを補う意味で、ずっと小さい、リコーのCX5というのも、一緒に買った。
これは、先日、カメラのキタムラで勧めてきたもの。 
たくさんのシーンごとの設定がある。 打ち上げ花火とかも。
※ 蛍を撮る設定があればいいなと思った。 なかった。

ペンタックスのカメラは、X100 を見た後に見たら、おもちゃっぽく見えた。
それだけで、やめにした。 最初に書いたこともあったし。

新しいカメラを買ったけど、今までのカメラも、これから使う。
3つのカメラは、住み分けが出来そう。

仙台駅。 7時34分の電車が、間もなく入ってくる。

11年7月22日 (4)

こんな道を歩いて。   利府球場は、楽天の2軍が練習する球場の一つ。 宮城スタジアムの近くかな。

11年7月22日 (5)

これが、それ。  ※ 横の長さ13㌢。

11年7月22日 (6)

走って、走って、少し疲れました。

カメラについては、機能をマスターしたい。
今までにない写真を撮れたら、うれしい。
少しお金をつかったので、しばらくは、質素な生活。

明日は、久しぶりに、被災地に入る。

【その他】  一ノ関市を調べていたら、藤圭子の生まれた町とあった。
       両親は芸人で、旅をしていた。
       育った町は、旭川市。
       神居中学校を卒業。 昔、ここを卒業した友人が、いたよって教えてくれた。
       ※ 玉置浩二も同じ中学校。

    若い時の彼女は、宇多田ヒカルに似てるかな、どうかな。
    ドスのきいた歌い方。



【道の駅】  おおさと

【明日の予定】   陸前高田に
            お風呂を作った社長さんの所に。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

meisigazoupppm.jpg
   
【ランキング】  国内旅行は5位、 旅行全体で9位です。            
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
           

スポンサードリンク

 
 

openclose

04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09 

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


06 | 2011/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -


-天気予報コム- -FC2-

現在の閲覧者数:

名前:
メール:
件名:
本文:

QR

気に入った所がありましたら、よろしく。