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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

深田久弥は、大山をこう言った。

  伯耆(ほうき)の国にありながら、出雲富士という名もあるのは、この山が整った富士型に見えるのは、
  出雲から望んだ場合に限るからであろう。
  私は大山を、松江の城から、出雲大社から、三瓶山の頂から、望んだ。
  いつも一目でわかる、秀でた円錐形で立っていた。

やっと晴れた。
頂上には少し雲があったけど、気持ちよく新緑の中を歩いた。
登山道も整備されており、誰でもが登ることの出来る、魅力あふれる山だった。

女性2人組がいて、2人を撮った。
風景の中に人がいると、写真の魅力も、また変わる。

登山ルート。 右から上がって、左に下りてくる。 (大山登山のHPより)

natuyamatozanndou.jpg

先日歩いたこの道をスタート。 7時45分。
先の方で、にぎやかな声がした。                   
              ※ 写真の上に矢印を置いて、OPENになってクリックすると、一瞬で大きくなる。
                最初、OPENになるまで、少し時間がかかる。
11年6月3日 (1)

この人たちだった。 挨拶した。  直ぐ近くに、阿弥陀堂がある。

11年6月3日 (2)

3合目まで来た時、さっきの人達の一人に電話が来た。 用事が出来、下山した。

11年6月3日 (3)

こんな登りが、延々と続いている。 

11年6月3日 (4)

チゴユリ。 確かにユリの葉っぱ。 小さな花。(2㎝位)  漢字では、稚児百合。

11年6月3日 (5)

イワカガミ。 高山植物。 

11年6月3日 (6)

花を探しているうちに、5合目。 
3人のうちの2人は、右に。 登りは、時々話しただけ。

11年6月3日 (7)

スミレ。  ※ 大山には、黄色いダイセンキスミレがあるそう。 気付かなかった。
        ※ ダイセンキスミレの写真(撮れたてドットコムより)

11年6月3日 (8)

頂上はどこだか分からない。 多分、もっと右。 上は雲。

11年6月3日 (9)

残雪。

11年6月3日 (10)

背の高い木が無くなった。

11年6月3日 (11)

手を振ってくれたので、そこにいてと云って撮った。
写真を撮りながら登るので、彼女たちから、どうしても遅れる。

11年6月3日 (12)

頂上に近づくと、台地のようになった。
たくさん見える木は、ダイセンキャラボク。 イチイ(オンコ)仲間。 

11年6月3日 (13)

彼女たちは、遠くに見える。

11年6月3日 (14)

すぐ、頂上に着いた。 下から、こんな道を来た。

11年6月3日 (15)

大山頂上。  ※ 20㍍ほど高い所が、近くにあるが、危険なので行けない。
遠くは見えない。

11年6月3日 (16)

ここが、頂上となっている。 2時間半で来た。

11年6月3日 (17)

少し下に山小屋。 小屋の右で、下の景色を眺めながら食事。

11年6月3日 (18)

この風景を見ながら。 左に、市街地が見える。 真ん中の木の枝の先に、大神山神社。

11年6月3日 (20)

橋のこっち側に、駐車場がある。

11年6月3日 (21)

大神山神社。

11年6月3日 (22)

右側、ずっと向こうに小屋が見えた。 人が見える。

11年6月3日 (19)

雲が無くなるのを待っていた。 雲が消えたので、急いで頂上に行った。
さらに先の山が、撮影出来た。 
危険なので通行禁止になっているが、行く人は行く。 ※ 2005年、2009年に、この先で滑落事故。

11年6月3日 (23)

頂上には30分程いて、10時40分頃、下山開始。 
少ししたら、小学生が団体で登ってきた。 にぎやか。

11年6月3日 (24)

写真を撮っったりしていたら、2人が後ろからやってきた。 一緒に下山。
       ※ 彼女たちは、山小屋の中で食事をしていた。
こんな尾根をしばらく歩く。

11年6月3日 (25)

山の魅力です。 こんな所を歩けるのは。 花は、造花。

11年6月3日 (26)

下の風景が見える。 下りは全く疲れない。 休みなしでのんびり下山。

11年6月3日 (27)

すっかり天気はよくなった。 暑い。 写真を撮るとき以外は、おしゃべり。

11年6月3日 (28)

ぞくぞく人は登ってくる。 

11年6月3日 (29)

山の上は、こうなった。 雲が消えていく。 子供たちは、頂上から、いい風景を見ている。

11年6月3日 (30)

大山の北側。 この風景も魅力。

11年6月3日 (31)

彼女たちは、来た道を下る予定だったが、私が別の道を予定していたので、彼女たちもこっちに。
大神山神社へのルート。

11年6月3日 (32)

彼女たちは地元。 境港市と米子市。

11年6月3日 (33)

木漏れ日の中を歩いた。(彼女たちの言葉) 

11年6月3日 (34)

谷を下りて、川原に出た。

11年6月3日 (35)

2人は、冷たい水だねって、言った。

11年6月3日 (36)

自分達が行った頂上は、どうしても分からない。 上からここは見えた。

11年6月3日 (37)

新緑の中。 いい空気。 川の左の斜面を下った。

11年6月3日 (38)

これを見て、綺麗だねって、感動していた。

11年6月3日 (39)

大神山神社が見えた。

11年6月3日 (40)

外国からの観光客がいた。  この時、12時42分。 1時間で下りてきた。 

11年6月3日 (41)

拝殿の中に、白檀の漆塗りがあるというので、入った。 300円。
うれしいことに、写真が大丈夫だった。

11年6月3日 (42)

天井画もある。 古いから、かすれている。 

11年6月3日 (43)

障子の上の絵が、白檀の漆塗り。
     ※ 白檀塗り~銀箔の上に生漆を塗り、化学変化により金色に見せる技法。

11年6月3日 (44)

これが、その絵。 金箔を貼ったように見える。

11年6月3日 (45)

中は涼しかった。 座って、みんなで休憩。  休んだ後、立ち上がるのが面倒だった。

11年6月3日 (46)

大きな神輿。 八角形。 重さ1㌧。

11年6月3日 (47)

この神社を作った棟梁は、三輪平太。(先日のブログに書いた)
柱を短く切られたため、天井が低くなった所を探したが、はっきりしなかった。
※ 神社の人にも聞いたが、受付の人は分からなかった。

11年6月3日 (48)

日本一の石畳を歩いて戻った。

11年6月3日 (49)

大きな石に、石仏。 磨崖仏のよう。

11年6月3日 (50)

絵を描いてる高校生がたくさんいた。
前方に、先日撮影した地蔵さんが見える。 私は、この時、気づいていない。
この後、「この前、どっかで地蔵さんを見たんだよね」って言って振り返ったら、そこにいた。
呼びとめられた感じがした。 今日も、少し微笑んで、いい表情だった。

この地蔵さんを描いてる女の子がいた。 その子は、広い境内の中で、ここを選んだ。

11年6月3日 (51)

この後、少し歩いて、ゴール。 彼女たちは、それぞれ車で帰った。
いつかまたね、と言って。

11年6月3日 (52)

晴れるのを、3日間待ったかいがあった。
大山は、いい山だった。 日本4名山と言っても、恥ずかしくない。
別の時期に、また登ってもいい。

【その他】
津波で多くの子がなくなった、大川小について、新たなことが分かった。
下のニュース。

ookawasyou0989000.jpg

高台への避難は考えず、校庭にいた。 そう云うことだった。
大きくは、校長また教育委員会の責任だが、その時だけを考えたら、教頭の責任になる。
校長がいない時、教頭は校長の代わりが出来る。

津波の時は「高いところ」に逃げることになっていた。(教育委員会の指導)
校長は、裏山への道をどうするか、PTAと話していたが、具体的な避難のことは、日常考えていなかった。
だから、教頭は、「高いところ」と直ぐには考えることは出来なかった。
結局、子供たちの命も、若い先生方の命も、そして自分の命も守れなかった。

ただ、最後はどうしても、校長と石巻市教育委員会に責任があると、戻ってしまう。

※ 関連ブログ  大川小学校に行ってきました。~保護者が疑問を持つ理由は・・。~  他  (2011/4/15)

【停泊場所】    同じ

【明日の予定】   大山夏山開きの前夜祭は明日。
          晩に、たいまつ行列がある。 これを見る。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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今日も、朝から雨が降った。
明日の天気がいいと分かっているので、登山は考えなかった。
松江市に向かって走った。


松江城は、三大湖城の一つだという。 濠(ほり)が、宍道湖とつながっているからか。 
              ※ 諏訪湖の高島城も、湖城。 (高島城の復元した城は、昔と違う。 ?。)

11年6月2日 (1)

ここから入る。 石垣は、自然石を使っている。 野良積みと云うそう。 

11年6月2日 (2)

この建物は、興雲閣。 明治天皇の宿泊場所として建てた。 でも、泊ることは無かった。

11年6月2日 (3)

30年くらい前に、一度来ている。

11年6月2日 (4)

秀吉、家康に仕えた、堀尾氏がつくった。
明治に入って、天守閣以外は、みんな壊された。
  ※ 城や寺は、いらないと考えた。 一部の者が、その考えを主導したのかな。

11年6月2日 (5)

一目、大きい。 板張りの黒が目立つ。 安定感があって、美しい。   ※ 黒くて美しいのは、松本城
 ※ 見えづらいが、板は横張り。 備中松山城は、縦に張ってあった。

11年6月2日 (6)

茶席があった。
あんたがたは、呼び込みかい、と言って、パチリ。 

11年6月2日 (7)

1階。 深い井戸があった。 

11年6月2日 (8)

柱など、ほとんどの物は、古い材料の感じがした。

11年6月2日 (9)

左の鎧が、後藤又兵衛のとあった。(そう伝えられている、ということで)

11年6月2日 (10)

この人。

gotoumatabei89799.jpg

後藤又兵衛には、面白い話がある。 豊臣秀頼と共に、生存説。
Wikipediaにはこう。(概略)

  大阪夏の陣で戦死した後藤又兵衛は影武者だった。
  大坂城落城の前に、豊臣秀頼を護衛し、真田幸村と共に、瀬戸内海から豊後国日出に上陸した。
  薩摩国の島津氏を頼りに、九州に来た。(計画していた)
  上陸後、秀頼一行との再会を誓い日田の地で別れた。

  又兵衛は、かつて黒田氏が中津を領していた頃の知人である女性・お豊のいる伊福の里に向かう。
  お豊や里の人々と平穏な日々を過ごしていたが、やがて秀頼の病死を知る。
  又兵衛は、豊臣家再興の夢が断たれた悲しみから、承応3年(1654年)1月29日、お豊の家で自刃した。

後藤又兵衛と伊福の里の紙芝居   

※ 後藤又兵衛は、鳥取と関わりがあるので、それであるのか。

義経他、色んな人の生存説がある。 どれかは、実際にあった。 そう思うかな。

城を作っている時、殿様の堀尾吉晴が、作業している人に、ふるまってる。 古い絵ではない。

11年6月2日 (11)

中は、5階。

11年6月2日 (12)

現存する天守は、全国に12しかない。 この城も、現存天守。 価値が高い。

ここを登ったら、最上階。

11年6月2日 (13)

四方が見渡せる。

11年6月2日 (14)

天気が良ければ、写真中央に、大山が見える。

11年6月2日 (15)

宍道湖(しんじこ)。 シジミで知られている。
 ※ 全国のシジミ漁獲量1万9295トン中、約39%の7500トンが、宍道湖産。(平成12年度)
  
11年6月2日 (16)

この城を作る時、石垣が崩れた。
工夫は人柱がなければ、石垣は完成しないと言った。

盆踊りを開催し、その中で最も美しく、もっとも踊りの上手な少女が生け贄にされた。
娘は踊りの最中にさらわれ、事情もわからず埋め殺されたという。
その後、城主に祟りがあった。

11年6月2日 (17)

お濠(ほり)が見える。

11年6月2日 (18)

11年6月2日 (19)

階段の手すりとかも古い。 グラグラしない。 堅い木で作られている。

11年6月2日 (20)

別の方向から。

11年6月2日 (21)

小泉八雲の旧居に向かった。 八雲が、この神社に散歩で良く来たという。

11年6月2日 (22)

船が、よく通る。

11年6月2日 (23)

ここが、旧居。
彼は、明治23年の4月から、1年3カ月ここに住む。

11年6月2日 (24)

彼の名前は、ラフカディオ・ハーン。 また、小泉八雲。
八雲は、「ハウン」と読め、「ハーン」となる。 これについては、調べたが分からない。

11年6月2日 (25)

高浜虚子の句があった。 この人は、どこにでも顔を出している。 よく見る。
「くわれもす 八雲旧居の 秋の蚊に」

11年6月2日 (26)



武家屋敷が並んでいる。

11年6月2日 (28)

ここの武家屋敷に入った。 こんな門が、長屋門。 ※ 長屋のような門。

11年6月2日 (27)

左の砂の山を刀で何回か切ると、刀が切れるようになるとあった。

11年6月2日 (29)

二百数十年を経ていると、説明にある。

11年6月2日 (30)

昔の物を展示。

11年6月2日 (31)

庭。

11年6月2日 (32)

いろんな提灯がある。

11年6月2日 (33)

駐車場に戻る途中、船が通った。

11年6月2日 (34)

天気は回復して来た。

11年6月2日 (35)

上だけ見えた。

11年6月2日 (36)

途中にあった、安来(やすぎ)駅。

11年6月2日 (37)

安来節は、この地で生まれた。

11年6月2日 (38)



※ 安来節の思い出

   私が、最初に赴任したのは、根室の幌茂尻小学校。
   お祭りの後とか、PTA会長さんのお家に、先生方みんな呼ばれた。
   会長さんは、いつも、安来節を踊った。 ザルを持って。
   カラオケとか無いから、伴奏なしで歌謡曲や民謡を歌った。

   その時の校長は、先日チシマザクラを紹介した、根室の清隆寺の住職さんのお兄さん。
   でも、3年目の時に、病気で亡くなった。
   私は4年生を担任しており、秋のある日、教室で「野ばら」をリコーダーで練習していた。
   演奏の途中、緊急のブザーが鳴って、職員室に行った。 亡くなったことを知らされた。
   
    「野ばら」は、リコーダーの3重奏。
     旅に出る時、物を整理していたら、練習風景を録音したテープだ出てきた。
    今、車に積んでいる。 カセットの機械がないので聞いてないが。
    35年前のこと。
    
    安来節を聞くと、楽しかった宴会を思い出す。
    野ばらは、悲しい思い出と重なる。

松江城は、残存天守の12の城の中でも、魅力は上位にあるように思う。
城があるということで、その街が、しっとりした感じになる。
本物の城の価値は、大きい。



【道の駅】  昨晩に同じ

【明日の予定】   大山に登る

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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