キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

最近、花を見てないので、探してみた。
水生植物公園みずの森、があった。 ついでに、琵琶湖博物館も。

暑い一日。
35度か36度。 暑さ対策は、いっぱい。 忘れなければ、最後に。
夜になって、やっと、少し涼しくなった。

水生植物だから、池とかにある花ですね。

11年6月29日 (1)

この花は、何だろう。 水生?

11年6月29日 (3)

パラグアイオニバス。 まだ小さい。

11年6月29日 (2)

大きくなったら、こんな風に。  ※ 中川区生活情報特急便より

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何でも、水に映るのはきれいかな。 この水、少し濁ってる。

11年6月29日 (4)

遊歩道を歩いたら、琵琶湖が見えた。 この後すぐ、下のように。

11年6月29日 (5)

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温室の中に、ハスがいっぱい。 カメラマンもいっぱい。

11年6月29日 (8)

こんな句がある。
「蓮は 泥より出でて 泥に染まらず」

11年6月29日 (6)

根は蓮根だけど、どうして美味しいかが、分からない。

11年6月29日 (7)

これは、ハイビスカス。

11年6月29日 (9)

白いのは、白蓮。 ~~白蓮、というハスもあった。 
※ 柳原白蓮を思い出す。

11年6月29日 (10)

みんなハスだと思っていたけど、睡蓮もあったのかな。 ※ 睡蓮は、葉に大きな切れ込みがあるという。

11年6月29日 (11)

花が終わったら、ハチの巣のようになりますね。
それで、昔は、「はちす」と云った。 それが、ハスと云われるようになった。(Wikipediaに)

11年6月29日 (12)

仏教の花だなって思ってみるけど、きれいな花。

11年6月29日 (13)

いいですね。 まるく咲く、コウホネと云うのもありますね。 ここにはなかったが。 ※ ネムロコウホネ

11年6月29日 (14)

これは、ハイビスカス。 2段に咲いてるように見える。 

11年6月29日 (15)

この後、琵琶湖博物館に行った。
駐車場に行ったが、どっちに博物館があるか、案内がない。 見つけられない。
何とか敷地内に入ったが、入り口がどっちなのか、標示がない。
県立だからかなと、思った。

琵琶湖の魚がいた。
これは、スジシマドジョウ。 琵琶湖独自のが棲んでいるそう。 でも、絶滅の心配がある。
ドジョウは、適当な所にもいるけど、本来はきれいな水を好むよう。
※ 小学校高学年の時、川でつかまえて、焼いて食べた。 捕まえ方は、ヤスで刺して。
  美味しい。 醤油をちょっと付けたら、たまらない。

11年6月29日 (16)

ギンブナ。 オスはいない魚。 不思議。 

11年6月29日 (17)

ナガレヒキガエル。  重そうな瞼をしている。 動かない。 大きい。 10㌢くらい。

11年6月29日 (18)

鳥は、軽い。 ちょうど半分、水の中。  半分でも、くるっと、横にならない。

11年6月29日 (19)

他の地域の魚もいた。  オショロコマ。 ※ 知床で釣った、オショロコマ。 昨年

11年6月29日 (20)

ミヤコタナゴ。 絶滅が心配されている。 天然記念物。 湧水がないと、生きていけない。

11年6月29日 (21)

これは、外国の魚。

11年6月29日 (22)

こんなので魚を捕まえるのは、面白い。 朝になって、見に行く時、ワクワクする。

11年6月29日 (23)

琵琶湖大橋。 博物館の2階から。
 ※ 近くで見たらこう。 一昨年

11年6月29日 (24)

博物館には、琵琶湖の歴史など、豊富な展示があった。 全部は見られなかった。
道の駅伊吹の里に向かった。

三島池から見た、伊吹山。
こんなことが、あった。
すっと昔、近くの大東中学の生徒が、2年間この池のマガモを観察した。
その結果、「マガモ自然繁殖の南限地」と分かった。 昭和34年(1959)のこと。
※ このことは、「三島池のまがも」という題で、教育出版の教科書に載った。 説明文。
  30年以上前のことで、4年生の教科書に。 10年間くらい載っていた。

11年6月29日 (25)

池の場所は、ここ。 道の駅も、伊吹山も見える。


暑さしのぎのグッズで、面白い物を見つけた。 こんなの。

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水を吸わせて、首に巻く。  中は、ジェルの感じ。 2時間以上、ずっと涼しい。
登山の店(モンベル)に売っていた。 何回も使える。

他の工夫は、いつでもシャワーが使えるように、使いやすくした。
水は、3分も温めれば十分。
洗濯も一緒にしている。 脱水は、バスタオルでくるんで、踏みつける。
たいてい、1日で乾く。

ミニ扇風機も、活躍。

【道の駅】   伊吹の里

【明日の予定】  伊吹山に登る

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大徳寺の山門の2階に、千利休の像を作った。
利休は、秀吉の命で、切腹になった。
その山門と、細川ガラシャの墓がある、大徳寺に行ってみた。


※ 今は、29日の午前 道の駅 草津。 気温35度。
  写真を掲載して、文は、晩に。 伊吹山の麓の道の駅に移動してから。
  今年一番の暑さ。
  外に出たら、頭クラクラ。 景色がゆれる。

写真を掲載中。


11年6月28日 (1)


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11年6月28日 (31)


【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】   道の駅草津の近くで、いろいろ。

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昔の丹波の国にあるから、丹波篠山と云うけど、普通は、篠山(ささやま)でいいようだ。
この町は、平成の合併の第1号だそう。
でも、大きな失敗をしていた。
篠山は静かな町。 それはそれでいいんだけど、静かさは、上の失敗とも関係していた。

京都にも大阪にも、近い。


妻入商家群、とあります。 
屋根が、切妻の形ということですね。

11年6月27日 (1)

城跡もある。

11年6月27日 (2)

道路側に、小さな屋根があります。 それが、ここの特徴かな。

11年6月27日 (4)

お洒落なマンホール。 花は、ササユリ。 市の花。

11年6月27日 (3)

いい花です。 清楚な感じ。 今が時期。 どこかで見られるでしょうか。 ※ 写真は、Wikipedia。
そう言えば、綾瀬はるかが「風の盆から」に出た時は、この花の感じだった。
        ※ 関係ない話  この動画を見たら、彼女は大沢たかおに、かなり気持ちを許していますよ

11年6月27日 (26)

左は、陶器のお店。 屋根の下の飾りが、面白い。(半分見える)  屋根の下の左右に、小さな「うだつ」も。

11年6月27日 (5)

こう。 これで、かざり。

11年6月27日 (6)

彫り物がある。 

11年6月27日 (7)

能楽資料館。 今日は月曜日で、全て閉まっている。
この町には、「篠山春日能」というのが、あるようです。   ※ 篠山春日能(写真は、Wikipedia)

11年6月27日 (8)

脇道。 曲がってるのがいい。

11年6月27日 (9)

何のための建物かは分からない。 二層うだつが見える。  ※ 四国つるぎ町の、二層うだつ。  

11年6月27日 (10)

黒壁に、緑が似合う。  デカンショ祭のポスターが。 篠山は、デカンショ祭の町だった。

11年6月27日 (11)



観光客はいない。 人と車は、たまに通る。

11年6月27日 (12)

このお店は、「器とくらしの道具」が売っている。

11年6月27日 (13)

こんなのが。 変わった名前。 

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※ 由緒は、ここに。(丹波の由緒のHP)

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この町では、箱鮨(はこずし)を売ってる寿司屋さんが多い。 箱寿司は、押し寿司のことのよう。

11年6月27日 (14)

味噌と醤油のお店。
※ 私は、味噌汁が好き。 特に、ジャガイモの味噌汁。 ネギを最後に入れて。 今晩もつくった。
  これがあれば、おかずは何でもいい。
  最近、合わせ味噌が美味しいと思っている。

11年6月27日 (15)

ここに、朝顔もあったら、完璧。  今のままでも、十分美しいけど。

11年6月27日 (16)

ほとんどの店は、開店している。 静かな佇まい。

11年6月27日 (17)

竹人形。

11年6月27日 (18)

ずっと向こうにネコ。  

11年6月27日 (19)p

ネコは、カメラ目線。 何かなって、こっちを見た。 
※ アメリカン・ショートヘアでいいでしょうか。

11年6月27日 (20)

城跡に向かって歩き出したが、雨に風が付いたので、この後戻った。

11年6月27日 (21)

車で、城へ移動。 篠山城跡、入り口。

11年6月27日 (22)

明治維新まで、城は使われた。 その後、大書院を残してほとんどが取り壊された。
しかし、大書院も1944年(昭和19年)に火事で焼失した。

2000年(平成12年)4月に、大書院が復元された。
公開されているが、今日は休み。

城を作った最初の城主は、、松平康重と云う人。
調べたら、この人には、家康の落胤(隠し子のかんじ)説があった。 有力な説だと言う。

11年6月27日 (23)

本丸跡に建っている、青山神社。

11年6月27日 (24)

最初の地図を再度。

11年6月27日 (2)

ここは、内堀。 外堀もある。

11年6月27日 (25)

平成の大合併の時、国から借金をした。 合併特例債と云って、借りることを国も勧めた。
合併しない市町村には、国から下りてくる、地方交付税を減らすと脅した。
みんな合併した。

借金で、箱物と云われる建物を、いっぱい作った。
今は、借金の返済と、建物の維持で大変。
篠山市は、第2の夕張になりそうになった。
今、市は、それと戦っている。

平成合併で儲けるのは誰だろうと考えたら、分かりやすかった。 見抜けた。
儲けたのは、ゼネコン、金融機関、これらとつながりのある政治家。

※ 経営者や政治家は、平成大合併が問題になる頃は、自分たちは退職している、辞めている。
  そのことを知っているから、何でもやる。
  庶民の為になると言う理屈は、学者の力を借りて、適当に作りあげればいい。

合併の中心になった市町村の中には、まあまあ、よくなった所もあった。
でも、ほとんどの市町村は、疲弊して行った。 ひどい所は、限界集落ばかり。

合併しない所も、あった。 賢かった。 
 ※ 昔、国が杉を植えることを奨励した時、植えなかった四万十町に似ている。
借金がないから、町の自立に向けては、近道で進めた。

日本一小さな村である、富山県の舟橋村は、元気いっぱい。 
北海道の西興部村も同じ。

篠山市は、負の財産が消えるまで、しばらく苦労が続く。
飛びぬけた力のある市長さんが現れると、面白い。
アイディア豊富で、決して平成合併のように騙されない、が条件でしょうか。

いつかまた来て、ゆっくり歩いて、いい形で、篠山全体を紹介したい。
そんな形で、少しでも、応援出来たらと思うかな。

【道の駅】   ガレリアかめおか

【明日の予定】  午後から、京都のどこか。 行ってないとこを探す。
         晩の6時に、高島屋で眼鏡を受け取る。 (事情があって、3日間伸びた)
         息子と食事をして、明日、伊吹山に向かう。 その後、立山に。

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朝来(あさご)市と云えば、竹田城跡
その町には、生野銀山があった。 石見銀山と共に、大きく栄えた時代があった。


この橋は、鋳物(いもの)で出来ている。 それで、鋳鉄橋(ちゅうてっきょう)。 
名前は、神子畑(みこはた)にあるから、神子畑鋳鉄橋。
鋳物の鉄橋では、日本で一番古い。 
重要文化財等、色々指定されている。

明治初期、この近くで採掘された銀などの鉱石を、生野の精錬所に運ぶため、作られた。

11年6月26日 (1)

場所は、ここ。  右下に、生野が見える。


神子畑選鉱場の跡。 ここの鉱石を運ぶため、上の橋を作った。

11年6月26日 (2)

明治に入っての生野の鉱山の開発は、フランスの技術によって行われた。
技師の家が、この家。 もとは、生野銀山にあった。 ここに移築。 ムーセ旧居となっていた。
雨が強いので、車の中から撮影。

11年6月26日 (3)

上の橋が作られたのが、1885年(明治18)。
フランス人は、その前に来ている。
エッフェル塔が出来たのは1889年だから、当時フランスは、橋の工事でも、鉱山の採掘でも、高い技術を持っていた。

下は、生野銀山。

11年6月26日 (4)


ここに生野銀山はあった。
正面の山の上で、銀の鉱脈が発見された。 平安時代辺り。
上から掘る、露天掘りで始まった。 その後、 穴を掘って。
山の中には、蟻の巣のように、坑道がある。 ※ 下関までの長さがあると。

11年6月26日 (5)

見学できる道は、上の写真の左から入って、右から出てくる。 距離、1㌔㍍。
下は、明治時代の古い写真。

11年6月26日 (25)

自然のままの岩。 観音岩と呼んでいた。
観音様の顔に見えた人には、いいことがある、と案内の人が云った。 私には、直ぐに見えた。

11年6月26日 (6)

雨なので、中を先に見た。
太い坑道は、明治になって掘ったもの。 

坑道を掘ると、江戸時代に掘った細い坑道に、直ぐにぶつかる。
細い坑道は、山のいたるところから、中に入って行った。 上とか中腹からが多い。

古い坑道は、他の鉱山と比べたら、細い。 それなりに広いのも作ったが。

11年6月26日 (7)

お酒を熟成させていた。

11年6月26日 (8)

明治に入って。 トロッコが走っていた。

11年6月26日 (9)

鉱脈。 鉱脈を追っかけるように、山の中に穴を掘って行った。

11年6月26日 (10)

岩を砕くのは、ダイナマイト。

11年6月26日 (11)

鉱脈の層を見つけたら、そこを彫る。 掘った後は、このように。

11年6月26日 (12)

この坑道は、実際に使われていた。 見えてくる細い穴も、観光のために掘ったのではない。
それが、いい。

11年6月26日 (13)

湧水があった。 秀吉がここにきて、この水を飲んだと云う。

11年6月26日 (14)

縦穴のエレベーターの巻上げ機。

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斜面をワイヤーが向こうに行き、下に行く。  そこに、エレベーター。

11年6月26日 (15)

穴は、下へ下へと行き、深さ800㍍まで掘った。 
地下深くの気温は、30度以上ある。 今日歩いた所は、13度。

深くなると採算がとれなくなる。
外国から安い鉱石が入って来て、1973年閉山。 経営は、三菱だった。

IMG_3138899

山の中奥深く、菜種油の灯りで歩いた。 薄暗い。 不安。
鉱山で働く人の平均寿命は、きっと40歳以下。  肺をやられる。
普通の人でも、50歳はなかった時代。 ※ ちなみに、吉原の遊女は、22歳だったとか。

11年6月26日 (16) 

砕石して、火を使って鉛と混ぜて取り出して、最後に鉛と分ける。
大ざっぱには、こんな作業。

11年6月26日 (17)

坑道から出て来たら、外は、蒸し風呂のようだった。
カメラはしばらく使えなかった。 曇って。

山の上に向かった。  左に、彫刻の跡。

11年6月26日 (18)

露天掘りの跡。

11年6月26日 (19)

山の斜面に、こんな入り口は、どこにでもあった。
1日の作業で、どれだけ掘れるんだろう。  1回ハンマーを打ちおろしても、岩は少し欠けるだけ。

11年6月26日 (20)

左に坑道。 右の向こうに、掘った跡。 鉱脈があったので、露天掘り。

11年6月26日 (21)

山を下りてきた。 向こうの穴は、出口。

11年6月26日 (23)

資料館に行った。 昔の人の表情。

11年6月26日 (24)

積んだ石の、昔と今を比べてみた。 トンネルは同じでいいですね。

IMG_bbvv3oioii234.jpg   IMG_aa3oookkkj289.jpg

機械を使ってるけど、初期の頃でしょうか。 マスクとか、してない。

11年6月26日 (26)

石を砕いている。

11年6月26日 (27)

蟻の巣のようの、掘った。

11年6月26日 (28)

昔の絵。

11年6月26日 (29)

1㌧の鉱石から、たったこれだけ。

11年6月26日 (30)

昔の生野銀山。 昭和30年代には、1万人以上が住んでいた。

76780

11年6月26日 (22)



生野銀山で知ったことは、坑道は細かったこと。 太い所もあったが。
細い穴を、猫のように歩いた。 灯りが、うっかり消えたら、真っ暗。 
働く人達は、不安だったろうな、と思う。

生野銀山は、よかったですね。
昔の姿を見せるという姿勢が、基本にあった。 満足。

【その他】  私は観光地のお土産屋さんには入らない。
       でも、いろんな石があったので、ながめていた。
       そうしたら、ブレスレットがあった。 1000円から、数万円。
       宝石屋さんの感じで、展示していた。

       気に入ったのが、4つあった。
       店には、宝石に詳しい人がいた。  アドバイスをお願いした。
       私には、これが似合うと、ある石のを勧めた。
       勧めた理由は、適当ではなかった。

       私の手首は、細く日に焼けている。
       左手に、ブルーの時計をしている。
       そんなので、判断したようだ。
       
       ブルークリソコーラと云う石だった。
       深く濃い、ブルー。 1万円はしない。
       とても気に入っている。

       kurisoko-ra.jpg

【その他2】

晩に、仁を見てみた。 綾瀬はるかの演技も見たくて。
よかったですね。
演技してるというのを、忘れさせてくれた。

風の盆からもそうだったが、仁も、よく分からない映画。 面白いけど。

【道の駅】       あおがき

【明日の予定】     篠山市へ ※ 天気が心配

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振り向いた時、そこに滝があった。 声が出た。
いい滝だった。 久しぶり。

再来年のNHK大河ドラマの主人公は、綾瀬はるか。
NHKは2回目。 
1回目は、2002年の「風の盆から」。
もう一度見たいと、思っている。 そして、八尾の風の盆も見たい。

道が広いことは、道の駅で会った人に確認。 近い。



上にも駐車場はあるが、狭いとあった。
下に停めて、上の駐車場まで、1㌔程歩いた。 

石垣があった。 杉を植える前は、きっと棚田だった。

11年6月25日 (1)

この地方には、ツキノワグマがいる。 一応、スプレーは持った。
動物に会わないかなあって、歩いた。

駐車場には、5,6台車があって、誰も歩いてくる人はいなかった。
地図があった。

失敗した。
滝の上にも、見所はあった。 湿原がある。
知っていたら、登山の用意をしてきた。  持って来たのは、水と非常食を少しだけ。

11年6月25日 (2)

道端に歌碑があった。 名草神社に見た、富田砕花の。
 「青雲に ひびきとよみて 落ちきたる 天瀧なりと こころ つつしむ」
         ※ 「とよむ」は、響むと書いて、鳴りひびかせるの意味。 初めて聞く言葉。

tenntaki65647.jpg

小さな滝が続く。 ここは、岩間の滝。
私は、「折れた木」があるので、「俺滝」でいいんでないか、と思った。

親子4人が、歩いてる。

11年6月25日 (3)

動物は、いないのかなあ。 ヘビにも会わない。 鳥も少ない。
ずっと、きょろきょろして、歩いてる。
途中、小さな滝でタオルを濡らし、首に巻いた。 気持ちいい。

11年6月25日 (4)

建物があるので、着いたんだろうなと、思った。 ここまで、30分。 

11年6月25日 (5)

お不動さん。 目いっぱい、怖い顔。

11年6月25日 (6)

小屋のそばで、一休み。 滝を探したわけでなく、振り向いた。
その時、下の光景が、目に飛び込んできた。 圧倒される大きさ、高さ。 声が出た。
一目大きいと分かるようには、写真は撮れない。

11年6月25日 (7)

更に階段を上がると、観覧場所と祠があった。
滝は、ずっと下まで落ちていく。

11年6月25日 (8)

伝説があった。 この地の素晴らしさ表現するのに、こんな方法もあるのか。
少しつまらないから、夢のある伝説を、お年寄りに聞いたり、古文書で探したりして、作ればいいのに。

11年6月25日 (9)

別の場所。 滝の正面。 

11年6月25日 (10)

この場所から、下りていくことが出来る。

人が小さいので、滝の大きさが分かる。
滝の半分から上が、見えている。

11年6月25日 (22)

光が強いので、フィルターを持ってきたらよかった。
   ※ リュックに、いつも入れておかないから、こうなる。
 
この後、下の写真の、前方行ける所まで、行く。 後で、親子も行く。

11年6月25日 (11)

下の方。 岩が黒く、水は白い。 下へも、行く。

11年6月25日 (12)

滝を見上げて、水しぶきを浴びながら撮影。 これ以上前には行けない場所。

11年6月25日 (13)

滝の中間。

11年6月25日 (14)

私も、あそこに行った。 危ないと思って、用心しているのか。 ※ 実際は、そんなに危険ではない。

11年6月25日 (15)

滝の上の方。 
久しぶりに滝を撮ったので、千分の一秒とかで撮るのを忘れた。 水の玉が写っていない。

11年6月25日 (16)

下に降りて行った。 そこから上を。

11年6月25日 (17)

更に下がある。

11年6月25日 (18)

みんな見上げてる。

11年6月25日 (19)

子供は滝を見ないで、遊ぶ。

11年6月25日 (20)

人がいると、岩の大きさとか、分かりやすい。

11年6月25日 (21)

何かを探しながら、戻った。
ここは、上の駐車場。 ここから、1㌔程、下まで歩いた。
探しているから、直ぐに着いてしまう。

uenotyyysyazyou 767

天滝は、久しぶりに見た、いい滝だった。 ※ 日本の滝百選の一つ。


NHKが昨晩、発表した。
2013年の大河ドラマは、「八重の桜」。
八重と云う人は、同志社大を創設した新島襄の、妻だそう。
舞台は、八重の出身地である福島県。 
「被災地の復興や活力ある日本への思いを込めた」と、NHKは言っている。

主人公八重を演じるのが、綾瀬はるか。
NHKは2回目だと言う。 と云うことは、あれ以来。

2002年の10月に放送されたのが、「風の盆から」。
いいドラマだった。 忘れられない物になった。
これがあって、富山県の八尾の「風の盆」も好きになった。

11年6月25日 (24)

YouTubeに、動画は無い。 NHKは、検査が厳しい。
※ NHKは、、YouTubeを使って、宣伝すればいいのにと思う。 ダイジェスト版を作って。

11年6月25日 (25)

「風の盆から」は、デビューして2年目で、2作目の作品。(内容は、ブタネコのトラウマさんのHPより)

kiuioo989999.jpg

下の写真は、八尾(やつお)に行った時、ポスターか何かを撮影。

11年6月25日 (23)

一度見てみたい。 後ろで流れる、音楽はある。 



祭りの曲も、ドラマの中では流れたように思う。
幻想的なドラマだった。

こんな曲もある。



どうしたら見られるのか、調べてみましょうか。
もし分かってる人がいて、情報をいただけたら、ありがたいです。

【道の駅】   但馬楽座

【明日の予定】   午後から、生野銀山。
          実際に掘っていた場所を見たい。
          昔はこうだったと、再現した場所は、見なくていい。

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名草(なぐさ)神社は、妙見(みょうけん)山の8合目にある。
朱い三重塔が見たい。
標高760㍍。 そこまでの道が心配だ。

市の商工観光課に、聞いた。
道は細いという。 バスは通れないが、マイクロバスなら何とか、と。
すれ違える場所はありますか、と聞いた。
そうしたら、相手の若い感じの女の子は、こう言った。
車通らないから、心配しないでいいですと。

その通りだった。 行き帰り、観光客の車とは、1台も出会わなかった。


駐車場からの道を、上がって行った。
この場所で、いい形で見えたら、と思った。 左に歌碑があった。

11年6月24日 (1)

歌碑には、こうあった。
 「妙見の雪に埋もれてひっそりと、生きづけるがに塔はあるもの」   ※ 「がに」は、ように、のような意味。
雪が降ったら、誰も来ないか。
作者は、富田砕花(さいか)。
調べたら、『全国中等野球大会行進歌』の作詞者だった。 
この曲のメロディは、今も、高校野球の入場行進で使われている。



こんな詩。

kousiennnyuuzyouka9800.jpg

左の建物に、「妙見の大杉の切り株」がある。
じゃまだなあ。  三重塔が美しく見えない。

11年6月24日 (2)

この三重塔は、尼子氏が出雲大社に建て、後に、ここに移築したとある。
国の重要文化財。

11年6月24日 (3)

朱色の塔は、いいですね。

11年6月24日 (5)

高さ24㍍。 大きくは見えないけど、室生寺の五重塔よりは、大きい。 ※ 室生寺は、16㍍。

11年6月24日 (6)

初層(1階)では、力士の彫刻が軒を支えている。

11年6月24日 (4)

日本一高いところにある三重塔。 緑と一緒の方が、美しい。

11年6月24日 (9)

昔、ここの神社が、出雲大社本殿を建てる時、妙見杉を提供した。
それで、出雲大社から三重塔を譲り受けた。

11年6月24日 (8)

3層の屋根の下に、サルの彫刻があったのだが、写真を忘れた。
「見ざる、聞かざる、言わざる」の他に、「思わざる」があった。 小さく見える。

11年6月24日 (10)

朱色の部分が、少し、輝かない。
神社全体の管理が十分でなく、三重塔も、よごれている。 

11年6月24日 (11)

※ 国宝の室生寺五重塔は、人気抜群。 管理も完璧。 スキが無い程、美しい。

本殿は、この上にある。

11年6月24日 (7)

尻尾の青いトカゲがいた。

11年6月24日 (12)

チョウと花。 いい組み合わせ。

11年6月24日 (13)

三門と思ったら、拝殿だった。 拝むとこは、どこにもないが。
ここは、神社と云ってるが、お寺の雰囲気。

11年6月24日 (14)

本殿。 建物はどれも、国の重要文化財。

11年6月24日 (15)

拝殿の天井。

11年6月24日 (16)

古いって、一目で感じる。 ※ 羽黒山の五重塔も、特にそう感じた。

11年6月24日 (17)

彫刻が、すごい。 きっと、創建当時のまま。

11年6月24日 (23)

社務所はあるが、誰もいない。 普段の管理はどうなっているのだろう。

11年6月24日 (22)

ここでも、支えている。 力童子だそう。

11年6月24日 (18)

鶴仙人。

11年6月24日 (20)

名前は、分からない。

11年6月24日 (21)

縁の下。 柱を少し、継ぎ足している。

11年6月24日 (19)

本殿から、拝殿を。 江戸時代は、神仏習合だから、こんな建物があるのか。

11年6月24日 (24)

神社なら普通、右の建物の後ろに、本殿がある。

11年6月24日 (25)

三重の塔の近くに、こんな建物が。 荒れ放題。 残骸。
観光客にいっぱい来てもらって、儲けようと思ったのか。 これを取り除く余裕は、きっとない。

11年6月24日 (26)

最後に、もう一枚。 余計な建物があるから、撮影ポイントは、何カ所もない。

11年6月24日 (27)

これを発見。 やった、と大喜び。 

11年6月24日 (28)

モリアオガエルは、こんなの。 かわいい。 (Wikipediaより)

※ 昔、ある女(ひと)の娘さんが可愛かったので、「カエルのように可愛いいね」と、私は言った。
  その人は、「カエルか~」って言って、喜ばなかった。 

もりあおがえる786

こんな道を。 何ぼ遠くても行く。

11年6月24日 (29)

初めて見た。 感動。 木についてる、白い塊の中に、オタマジャクシがいる。
カエルの鳴き声も聞こえた。 後で確認したが、モリアオガエルの声だった。

11年6月24日 (31)

時期が来たら、オタマジャクシは、下に落ちる。 下には必ず水。

11年6月24日 (32)

3㍍程の高さ。 こんな所からダイブして、大丈夫かな。

11年6月24日 (34)

感触は、「麩(ふ)」の感じ。

11年6月24日 (30)

池の中には、サンショウウオがうじゃうじゃ。 落ちてくるのを、狙っているのか。
今落ちて来たら、みんな食べられてしまう。

11年6月24日 (33)

枯れ枝に産んだ卵があった。 乾いた地面に落ちていた。
中をのぞいたら、オタマはいっぱいいた。 ふたをして、枝を水の上に置いた。
※ 夜に大雨になったので、池に出たかもしれない。



戻る途中、磨崖仏があった。

11年6月24日 (35)

山の中腹に、小さな集落。

11年6月24日 (36)

三重の塔自体は、美しいものでしたね。
どんなものでも、それを美しく見せるためには、周りが大事かな。
掃除とかの、手入れも。

いつか旅が終わって、することが無くなったら、ここに戻って来ましょうか。
三重の塔を、元の美しさに戻す。
そのための仕事をする。 
草を刈ったり、木を剪定したり、石垣を直したり。 塔の掃除も。

   ※ 熊野の三重の塔(見える滝は、那智の滝)
 
【今日の歌】





【道の駅】    同じ  ようか但馬蔵 

【明日の予定】  雨なら、生野銀山か。  天気なら、山に入るかも。

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城崎温泉は、但馬屈指の温泉街であり、外湯が充実していた。
洞窟風呂に入った。

玄武岩があるから玄武洞ではなかった。
玄武洞があったので、玄武岩の名前が生まれた。

玄武洞は、城崎に近い。


城崎がある豊岡市や、朝来(あさご)市は、円山川の流域。 
下流は大河。  流れが遅く、土や砂を、海まで押し出せない。 川底が、だんだん上がる。

11年6月23日 (9)

玄武洞前の広場。

11年6月23日 (8)

これが玄武洞。 ※ 全体を、玄武洞とも呼ぶ。
昔、採石場だったので、人工的に作られた洞窟。

11年6月23日 (5)

石の断面が、玄武に似ていたので、江戸時代の学者が、玄武洞と名付けた。
※ 玄武は、中国では、北方を守る神。

11年6月23日 (4)     dannmenn67877.jpg

マグマが冷えて固まった石に名前を付ける時、それは玄武洞の石でもあったので、玄武岩と名付けられた。

ここは、隣の青龍洞。 柱状節理が美しい。 カーブしている。
北海道の層雲峡の柱状節理は、縦に直線。(写真は、上川中部圏ポータルサイト)
根室の車石は、放射状

11年6月23日 (1)

右と左で、方向が違う。 採石場だったので、採れるだけ採って、この状態か。

11年6月23日 (2)

断面は、6角形や5角形が多い。  溶岩は、冷える時に収縮するので、ひびが入るようだ。

11年6月23日 (3)

北朱雀洞。

11年6月23日 (6)

若い男の人が、説明してくれた。
溶岩が真っ赤な時、中から空気が噴き出した。 穴がいっぱい。
ホットケーキを焼く時も、こんな穴。

11年6月23日 (7)

玄武洞は、国の天然記念物になっていた。

数㌔走って、城崎の温泉街。 
※ バスとかの駐車場しか入れなかったので、駐車料1000円。
  もう少し調べてから行けばよかった。 

kinosakionnsenntizu.jpg

道は、川沿いに。

11年6月23日 (10)

城崎温泉には、外湯が7つある。 それが、特徴であり、売り。
右の建物は、一の湯。 洞窟風呂があり、最後に入る。

11年6月23日 (11)

石垣の石は、石を横に並べて積んでる。 城崎積み。 石は、玄武洞の石。

11年6月23日 (12)

志賀直哉他、多くの文人に、城崎温泉は愛された。 川沿いの道の散歩は、魅力の一つ。

11年6月23日 (13)

城崎温泉は、今風の温泉地ではない。 昔からの温泉地、という感じ。
このままでは、集客で苦労するから、脱皮を図っている。 外湯、足湯、歩いて楽しい場所をつくる、など。

11年6月23日 (14)

川の水は、とにかくきれい。 3年前に、下水道が完備した。 地元に人が教えてくれた。
魚がいっぱい。 カニも。

11年6月23日 (15)

毎日、ホタルが見られるという。  8時頃から。 

11年6月23日 (16)

まんだら湯。 外湯と云ってもバカにできない。 どこも立派。

11年6月23日 (17)

石庭が立派と云う、寺に向かった。

11年6月23日 (18)

極楽寺。

11年6月23日 (19)

ここの住職さんも、想定外の言葉に、思う所がある。

11年6月23日 (20)

右の隅に、沢庵和尚の歌。
「来ぬ春を 深雪の底にひきよせて 冬ひとしほの 出湯なりけり」

11年6月23日 (21)

先日、天橋立で、剣豪岩見重太郎の話しを載せましたが、重太郎が天橋立に行く途中、ここに泊まっている。
あの話は、この地方では、有名なよう。

11年6月23日 (22)

11年6月23日 (23)

薬師堂。

11年6月23日 (24)

11年6月23日 (25)

毎日来るのかな。 私は、手を合わせるのは、たまに。

11年6月23日 (26)

ゆのみば。 かすかに、海の味がした。 昆布だしのような。

11年6月23日 (27)

足湯。 気温が30度くらいあるので、入らなかった。 首にタオルを巻いている。

11年6月23日 (28)

御所の湯。 感じがいい。
人がいる時、チャンスと思って、シャッターを押す。
※ 反対に、その人が動くのを待つ時もある。 申し訳ないと思いながら。

11年6月23日 (29)

三木屋。 志賀直哉は、ここで「城崎にて」を書いた。
  ※ 「城崎にて」は、高校の教科書に載ったことがあったかな。 どこかで、昔読んだ。

11年6月23日 (30)

東京で事故に遭って、その療養で、ここに来た。 大正2年のこと。
下の部屋は、彼が使った部屋。 ※ 新しい建物になってから。(三木屋さんのHPより)

siganaoyamikiya.jpg   siganaoya098899.jpg

彼は、城崎温泉を、こう言った。
 「湯はよく澄み、山や川が美しく、日本海の魚がうまい。町の人は心温かく、木造建築と調和していた」

ここは、旅館「つたや」

11年6月23日 (31)

出石(いずし)でのブログに、桂小五郎(木戸孝允)が出石から城崎に寄って、長州に戻ったことを書いた。
城崎では、ここに来ていた。 幾松と再会したのは、この町のよう。

11年6月23日 (32)

司馬遼太郎も来ていた。

11年6月23日 (33)

下に、桂小五郎が、蛤御門の変の後、来たとある。
密告されたらお終い。 当時も、大事な人間と知ってる者は知っていたのか。

11年6月23日 (34)

左側向こう端が、入ると決めてた、一の湯。

11年6月23日 (35)

洞窟風呂。 夜、ろうそくの灯りの下で入ると、きっと雰囲気がある。

11年6月23日 (36)

城崎文芸館。 志賀直哉の碑があった。 

11年6月23日 (38)

「城崎にて」と「暗夜行路」を紹介していた。

11年6月23日 (37)

田中冬時の碑も、少し遠くにあるはずだったが、見つけられなかった。
この人は、鬼無里で、下の文をつくった。
 
    月夜の陵(はか)     田中冬二

  信州の戸隠や鬼無里は 早い年には  十一月に もう雪が来る
  鬼無里に月夜の陵という 古蹟がある

  白鳳の世に皇族が故あって  此処に蟄居(ちっきょ)したが
  その墳墓(ふんぼ)と云われている

  その史実はもとより 伝説さえ  日に日に忘却されようと している
  月夜の陵  なんという美しく また 悲しい名であろう

城崎から海は近い。

11年6月23日 (41)

近くに水族館もあり、観光地になっている。

11年6月23日 (39)

竜宮城。

11年6月23日 (42)

この地方にも、浦島伝説はあるのか。 丹後半島のと同じか。

11年6月23日 (40)

城崎温泉の魅力は、風情のある川べりの柳と、歓楽色の少ない静かな情緒ある佇まいでしょうか。
ただ、若い人が歩くには、少し退屈。 文学碑と寺と足湯・・・では。
また、温泉には問題があって、全て、かけ流しではない。(Wikipediaより)

城崎温泉が学ぶことのできる温泉地は、全国にいくつかありますね。
※ 一致団結するためには、一番儲けた所が、儲けを全体のために使うくらいでないと、団結はできない。
  だから、湯布院温泉や黒川温泉のように、全体で動ける所は、少ない。
  自分の所が儲かっていたら、まあいいか、となる。
  気付いた時には、手遅れ。 そんな温泉地も、いっぱい。

城崎温泉は、外湯の魅力を活かして、どう変貌するでしょうね。
動いている人がいるようなので、期待できます。

【道の駅】   ようか但馬蔵

【明日の予定】  生野銀山か、この近くの山の中。

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砂を鳴かすには、こつがあることを知った。
手でも足でも、鳴かすことが出来た。

コウノトリは、首を真っ直ぐにして飛んだ。
そこが、ツルに似ていた。


琴引浜鳴き砂文化館。 ここで、どうやったら鳴くか勉強することに。

11年6月22日 (1)

庭に、この花。 ユウスゲ、とあった。 キスゲの仲間。 ※ 雄国沼のニッコウキスゲ

11年6月22日 (2)

こんなのがあった。 棒で砂を押しつけたら、キュって鳴った。

11年6月22日 (3)

鳴らすのは、難しくない。 
どうして鳴くかが、分からない。 正確には、まだ、分かっていないようだ。
砂を手で触っていたら、砂に手の脂が付いて、鳴かなくなるそう。



ここでは、手や足で鳴らすことは出来ないので、浜に行くことに。
下の写真の、中央右の、岬のような所に向かった。
よく鳴ると教えてくれた。

11年6月22日 (4)

駐車場は、どこも1000円。 離れたとこに停めて、歩いた。
※ この料金なら、鳴き砂が珍しくても、誰も来ない。
  駐車料は無料にして、環境維持費として、500円程集めたらいい。
  また、鳴き砂文化館とセットで500円、と云うのもいい。

  今日は、平日と云うこともあるが、浜には私一人。 他の人は、砂浜の調査員。

露天風呂に、女の人が水着を着て、入っていた。

11年6月22日 (5)

露天風呂の前の、この辺がよく鳴くと、教えてくれた。

11年6月22日 (6)

足で鳴らしてみた。 すり足で、少し勢いをつけて。



手で鳴らすのは、両手で砂を集める感じ。 キュって言う感じの音。



どうして鳴くかを考えた。 

砂が手や足で押され、押しくらまんじゅう、の状態になる。
砂はその場でじっと我慢しないで、どこかに行こうとする。
動いた砂は、お互い、こすれ合う。
こすれた時に音が出る。

ピカピカのワイングラスを、手か何かでこすったら、音がする。
ガラスは、元々、こすったら音がする性質を持っている。

鳴き砂には、ガラスに似た石英を、たくさん含んでいる。
それが、お互い、こすりあって鳴いている。

こんな風に、想像してみました。

広い砂浜。 どこも鳴く。

11年6月22日 (7)

歌碑があった。 細川幽斎と云う人。 昔の人も、ここの砂が鳴くことは知っていた。
 「根上がりの 松に五色の 糸かけ津 琴引き遊ぶ 三津の浦浜」

11年6月22日 (8)

※ 細川幽斎の息子は、細川忠興(ただおき)。 夫人は、細川ガラシャ。 ガラシャは、明智光秀の3女。
  本能寺の変の後、夫の忠興は、ガラシャに身の危険が迫るのを防ぐため、丹後に身を隠させる。
   
  関ヶ原では、忠興は、徳川につく。
  西軍の石田光成は、ガラシャを人質に捕ろうとする。
  断ったら、光成の兵に、屋敷を囲まれた。
  家来に自分の体を槍で、胸を貫かせて死んだ。 38歳。 ※ キリシタンなので、自害はできない。
  辞世の歌が、何とも、すごい。

   「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」と詠んだ。

  彼女の歌が、見つけられなかったが、あったようだ。
   「名に高き 太鼓の浜に 聞く秋の 遠にも渡る 秋の夕さめ」

※ 与謝野晶子の歌が、近くにあった。
   「人踏めば 不思議の砂の 鳴る音も 寂しき数の 北の海かな」

琴引浜の砂は、昔の人をも、魅了していた。
   

豊岡市にある、兵庫県コウノトリの郷公園。

11年6月22日 (9)


建物の横に、コウノトリがいた。 柵はあるが、上に網は無い。

11年6月22日 (29)

飼育しているのが97羽、外にいるのが42羽とある。 少ない。

11年6月22日 (10)

昔はどこにでもいた。 でも、日本のコウノトリは全滅した。 1971年。

11年6月22日 (11)

戦後、コウノトリが棲む環境が、どこの町からも消えた。

11年6月22日 (12)

豊岡市は最後は絶滅したが、保護にも取り組んでいた。
ロシアからコウノトリをいただいて、復活の取り組みを始めた。

11年6月22日 (13)

1965年には、県鳥に指定される。 取り組みは、県と一体になる。

11年6月22日 (14)

鶴に似ているが、首の長さが違う。 タンチョウと比べたら、少し小さい。

11年6月22日 (15)

目が水の中には、入らない。  小さいのは、サギ。 

11年6月22日 (16)

羽根がよごれてない。 美しいって感じる。
※ 出水市のは、多すぎて、美しいという印象は弱かった。   出水市の鶴

11年6月22日 (17)

タンチョウには少しかなわないが、気品がある。  根室のタンチョウ。   

11年6月22日 (18)

一点の汚れもない。 目は厳しい。

11年6月22日 (19)

ここのは、外には行かないんですね。 行きたかったら、きっと行ってもいい。

11年6月22日 (20)

2007年に、野外での繁殖が確認された。

11年6月22日 (21)

コウノトリにとって優しい環境が、人間にとってもいいと、ここでは考えている。
この考えを基本にしている。

11年6月22日 (22)

この鳥は、ウナギを丸呑みすることが出来る。

11年6月22日 (23)

全部に名前があって、見る人が見たら、識別できるんでしょうね。

11年6月22日 (24)

外にいる、コウノトリ。

11年6月22日 (25)

首を伸ばしていますね。 

11年6月22日 (26)

これは、別のコウノトリの着地。

11年6月22日 (27)

木の上に、大きな巣を作る。

11年6月22日 (28)

田んぼでエサを探している。 何でも食べる。

11年6月22日 (30)

タンチョウは、十数羽から千羽まで回復した。
コウノトリも、そうなったら、昔の風景が戻ってきますね。

【今日の歌】



【停泊場所】   コウノトリ文化館の駐車場

【明日の予定】   城崎温泉かなって・・。

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小町が、晩年少し住んで、その地で亡くなったと云う所があった。
京丹後市大宮町五十河(いかが)。
証拠はあるのかと云うと、ある。 妙性寺という寺が、古文書を持っていた。
可能性はあるのか。

途中、琴引浜に寄った。 鳴き砂があった。 でも、鳴かせられなかった。

琴引浜は、間人(たいざ)から10㌔ほど。


夏は海水浴場。 今は、人はいない。

11年6月21日 (1)

どうやったら鳴くか、それを勉強していなかった。
手や足で、いろいろやったが、はっきりは鳴かなかった。

※ 鳴かせ方は、晩に調べていて分かった。
※ 今日は、鳴き砂会館は休みだった。

11年6月21日 (2)

手で砂を勢いよくこすったら、「キュッ」ではないが、「ヒュー」に近い音が少しした。

11年6月21日 (3)

琴引浜には、もう一度行かなければならない。

11年6月21日 (4)

小町隠棲、また終焉の地と云っている、五十河(いかが)の里は、天橋立に近い所にあった。


小町の舎(あらか)。  資料館。

11年6月21日 (5)

立派な建物。 秋田の雄勝にある小町堂より、お金がかかっている。

11年6月21日 (6)

五十河という地域は、40戸ほど。 小さな谷にある。

11年6月21日 (7)

小町の像。 作者の名前はない。

11年6月21日 (8)

普通でしょうか。
強烈に、美しさと知性を感じる像を、誰か作らないかな。 
   ※ こんな絵がある。ちがった雰囲気。 知性を感じる。

11年6月21日 (9)

資料館の中。

11年6月21日 (16)

11年6月21日 (17)

表情が、なんとかならないか。

11年6月21日 (10)

これが証拠なんですね。 小町が来たという、根拠。 小町由来記。(複製)
すぐ近くの妙性寺(みょうしょうじ)に残っていたという。

11年6月21日 (11)

小町のことについて、書いてある。 この地域とは関係なく。

11年6月21日 (12)

11年6月21日 (13)

こうなんですね。

 小町は福知山から天橋立への旅の途中、五十河の上田甚兵衛宅に滞在した。
 五十河にどれだけかいて、一緒に天橋立へ向かった。
 長尾坂を越える途中で腹痛になり、甚兵衛さんが背負ってここに戻って来た。
 看病したが亡くなった。

長尾峠は、今は小野峠。 ここから、2㌔くらい。

11年6月21日 (14)

秋田の雄勝にしても、伝説はあっても、文書とかでは残っていない。
そういう意味では、他と違う。  ※ 京都の随心院は別。 信頼性はありそう。 随心院① 随心院②

11年6月21日 (15)

問題に感じる点が3つ。

上田甚兵衛と「奇しき縁」で来たとあるが、それは大事な部分だが書いてない。
小町は、それなりの年齢になっても、つまりおばあちゃんになっても「姫」と言われたのか。
文書にこれだけはっきり書いているのに、なぜ、月日を書いてないのか。

もし月日が書いてあれば、小町にとっての、貴重な資料になる。
小町の、生没年は分かっていない。

11年6月21日 (18)

それでも、古文書の資料があると云うのは、説得力があるでしょうか。

和泉式部の絵も、あった。 
式部は、小町より100年以上後の人。 当然、小町の歌はみんな知っていたでしょうね。

11年6月21日 (19)

小町のお墓は、すぐ近くにあった。 左の建物は、お蕎麦屋さん。 美味しいと、後で聞いた。

11年6月21日 (20)

地図があった。 この地図の中を歩く。

11年6月21日 (21)

ここにお墓があったので、小町の舎を、このそばに建てた。 そういうことか。

11年6月21日 (23)

「九重の 花の都に住みはせで はかなや我は 三重にかくるる」

この歌を残したが、Wikipedia等には、小町の歌として載ってない。
理由は何だろう。

11年6月21日 (24)

上が読みにくかったら、下を。

11年6月21日 (22)

小町薬師堂。 中に、薬師如来。

IMG_24159098778

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妙性寺。 今は、住職さんはいない。 他から、週1回来るそう。
中を見せてもらうことは、できなかった。
この寺の開基は、小町。 

11年6月21日 (25)

寺の中には、位牌や由来記、そして小町象があるという。
下が、小町像。 かわいい。 ※ 「ザ、京都」のHPよりお借り。

komati8788990.jpg

妙性寺に来る途中、家の周りの草取りをしている人に会った。
機織りの音が聞こえたので、丹後ちりめんかを聞いた。
後で工場を見せてあげるので、寺へ行った帰り寄ったらいいよ、と言われていた。

ここに2台と、左に1台。 中は、にぎやか。

11年6月21日 (30)

丹後ちりめんの他に、帯なども織るそう。 この地域の工場も減って、今は4軒。
左の紙が、模様をつくる。

11年6月21日 (27)

丹後ちりめんの材料は、絹。 元々、高級品。  
機械の動きは、複雑。

11年6月21日 (29)

こんな模様。

11年6月21日 (26)

松田聖子のブランド。  この商品は、この地域だけでなく、4軒の工場で織っている。
商品は、京都のデパートで購入できる。(大丸かな)

11年6月21日 (28)

※ 下は、丹後ちりめんの浴衣。 約16万円。 彼女のブランド。

11matudaseiko990mm.jpg

ここで織っている物は、間違いなく高級品。
奥さまが機械を扱っていたが、高い技術が必要と感じた。

旦那様が、この地域を案内してくれた。
狭い地域に、神社が3つもある。

11年6月21日 (31)

本当の神社は、中にあった。 この地方は、雪が多い。
旦那さんは、中尊寺の金色堂と同じと言った。

11年6月21日 (32)

旦那さんは、自然は人間が手を入れると、ダメになると言った。
川のことを言っている。 コンクリートで、ガードされていた。

ここは、少し高いので、美味しいコシヒカリが出来る。

遠くに見える家は、笹葺(ささぶき)の家。 一軒だけ残っている。 

11年6月21日 (33)

こんな屋根。 保存に向けて、取り組んでいる。

11年6月21日 (34)

霧宮神社と三柱神社。 杉の木が大きい。

11年6月21日 (35)

上が8つに分かれている。 八岐杉。 読みは、やまたすぎ、でいいかな。

11年6月21日 (36)

ここも、こう。 同じ京都なのに、雪の量は全く違う。 

11年6月21日 (37)

細かい。

11年6月21日 (38)

駐車場まで戻って来て、案内していただいた人と別れた。

小町の舎の裏にある、山の上に来た。 

11年6月21日 (39)

展望台からの風景。 向こうの山は、ブナ林。 内山山系ブナ林。 貴重。
案内してくれた人は、こう言っていた。
「ブナ林は木漏れ日がいい。 若葉がきれい」と。

11年6月21日 (40)

実際に、小町はここで亡くなったのか。 それは、分からない。
伝説だとしたら、伝説が生まれる理由があったのか。

調べていたら、次のことが分かった。
 「五十河の里を含めた大宮町には、昔、小野一族の荘園があった」

もしかしたら、小野小町が、天橋立に来た時、ここに寄ったかもしれない。 
天橋立までは、10㌔ない。

実際に来ていたので、他とは違う、ここだけの伝説が生まれた。
何百年もの後の世に、その伝説を整理し、膨らませたのが、妙性寺の小町由来記。
     ※ あるサイトに、小町由来記は古いものではなく、江戸時代のものとあった。
そんな風に、思います。

ここの伝説は、他とは違うところがいい。
伝説を大事にした地域づくりを進めても、失敗しないように思うでしょうか。
小町については、なかなか、はっきりしない。



【道の駅】     丹後あじわいの郷

【明日の予定】   コウノトリの郷公園

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間人の読みは、難しい。
伝説に基づいた当て字だから、どうしようもない。

丹後半島の北部は、変化に富んだ地形だった。
雨の予報が続いているが、雨は毎日少しだけ。
薄日が差して、日本海の波は穏やか。

浦嶋神社と浦島公園が、下の場所にあった。 伊根町の、本庄という所。


浦嶋神社。

11年6月20日 (1)

宇良神社とある。 古くなっても、木そのままは、感じがいい。

11年6月20日 (3)

義経と弁慶。 5条大橋。   ※ 5条大橋は、国道1と9号線が通っている。 いつも通る。

11年6月20日 (2)

神社の建物は、何とかなっていたが、そばの浦島公園は、建物を含めて写真に撮る状態ではなかった。
ここには、丹後風土記にある、浦嶋物語が残っている。
話しの特徴は、子供が亀をいじめていない。 日下部研究というHPに下のようにあった。

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浦島太郎の物語の原形は、どこにあるのか。
どうして玉手箱なのか。
知りたいことが、いくつかありますね。   ※ 香川県三豊町にあった、浦島太郎の像

経ヶ岬に向かった。 丹後半島の突端。
 


岬は、標高200㍍程の小さな山。 駐車場から登ってきた。

11年6月20日 (4)

見えてきた。 真っ白の灯台。 美しい。
この後、この灯台を少し離れての写真は、撮れなかった。 

11年6月20日 (5)

塀が邪魔。 この塀は、こっち側を囲んでいる。 昔は、管理する人が住んでいた。

11年6月20日 (7)

ここは、水上勉の小説、「五番町夕霧楼」の舞台。
主人公は、金閣寺を燃やす。 夕子という女の子は、丹後の出身。 若いころ読んだ。

  経ケ崎の燈台は、やがて、蒲入のトンネルを出ると、私の眼にとびこんできたが、私は、海抜二〇五メートルといわれる高所の経ケ崎燈台が、
  明治三〇年代、ここにあって光をなげてきた過去を考えさせられた。

また、「新・喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなったという。

  昭和48年。若狭湾の経ケ岬灯台では石廓崎灯台への転勤を控えた藤田夫妻(加藤剛・大原麗子)とその子供たちを迎えて、
  独身職員の長尾(田中健)と大門(中井貴一)によって送別会が開かれようとしていた。

※ 石廊崎灯台は、千葉の房総半島の先っぽ。  灯台からの風景

丹後半島は、この風景が続く。 越前海岸にも似ている。 

11年6月20日 (6)

下に降りる道は、きっとある。 あの洞窟にもぐってみたい。

11年6月20日 (9)

沖を、船がこれを引っ張っていた。 フェリーの一部に見える。

11年6月20日 (8)

キアゲハ。 先日、アゲハが、私にとまろうとした。

11年6月20日 (10)

11年6月20日 (11)

山の頂上の見晴らし台に向かう途中、こんな場所が。
向こうに、コンクリートの何か。 こっちには、井戸の残骸。 戦時中のものかなと思った。

11年6月20日 (12)

展望台。 花があると、アゲハ蝶がいっぱい。

11年6月20日 (13)

周りは木が育っていて、見えたのは、ここだけ。
海沿いに、小さな集落が続く。

11年6月20日 (14)

戻る時撮影。

11年6月20日 (15)

丹後松島、と言われている。 小さな松原は、時々見た。

11年6月20日 (16)

屏風岩。 登る道があれば、面白い。  昔の人は、小さな祠を、上にきっと作りたいと思った。

11年6月20日 (17)

道の駅があるので、今日はここ。  京丹後市間人(たいざ)。

uiyu7899889.jpg

ここの町には、古墳が多い。
古代の里と云う所に、再現した昔の家があった。

11年6月20日 (18)

何に幸せを感じたんだろうと、想像した。 生活できることが、幸せなのかなとも。

11年6月20日 (19)

この奥に、竹野神社がある。
この神社の踊りに、「竹野テンキテンキ」がある。 それで、道の駅の名前は、てんきてんき丹後。
※ どんな踊りか知りたいが、YuoTubeにはない。

11年6月20日 (20)

近くに、神明山古墳があった。 ここを登ったら、頂上。 長さ、180㍍。

11年6月20日 (21)

頂上からの写真だが、ここが高いことが、この写真では分からない。(失敗)

11年6月20日 (22)

海の方に、この岩が見えた。 立岩。  後で行く。

11年6月20日 (23)

向こうに見える小さな山も古墳。 
山に穴を掘って、そこに色々埋めても古墳とは言わないのか。
その山の土は、人間が積み上げたと、どうして分かるんだろう。

全ての古墳は盗掘されているが、盗掘って面白そうだ。 何が出てくるか、ドキドキする。
※ 天皇陵では、中を確認してない古墳もある。 ずっとそのままなのか。 発掘したら、何か不都合があるのか。

11年6月20日 (24)

この話が面白い。
歌は、「大浜の 里にむかしを とどめてし 間人村と 世々につたへん」

11年6月20日 (25)

Wikipediaには、こうある。

  聖徳太子の生母・間人(はしうど)皇后が、蘇我氏と物部氏との争乱を避けて、丹後[の当地に身を寄せた。
  後に当地を去るに当たって、自らの名をこの地に贈った。
  しかし、住民は「はしうど」と呼び捨てにすることを畏れ多く思い、皇后が退座(たいざ)したのに因み、
  間人を「たいざ」と読み替えた、との伝承が残る。

  但し間人皇后が丹後に避難したとする記述は記紀に無く、由来には他にも諸説がある。
          ※ 記紀とは、古事記と日本書紀のことか。

伝承の根拠となる古文書は、あるのでしょうか。

立岩に向かった。

11年6月20日 (26)

間人皇后の像。 小さい方は、聖徳太子か。

11年6月20日 (28)

表情をはっきりさせるのは、難しいのか。

11年6月20日 (27)

聖徳太子の弟、麻呂子親王が、この岩に鬼を封じ込めたとの伝承が残っているそう。

釣り人。 ルアーで。

11年6月20日 (29)

静かな夕暮れ。

11年6月20日 (30)

砂がこのように、乗っかってる。

11年6月20日 (31)

この地域では、死者を大陸に向けて埋葬する風習が残っていた。
間人は、古代から、近畿と朝鮮を行き来するルートの一つだった。
帰化人が多かったのは、きっと事実。

間人(たいざ)の伝説が本当かどうかは別にして、自分たちの住む地域が、皇室と関係があるというのは、
人々の願いにあったんでしょうね。
小町の古里であればいい、と願うのに似ています。
願いがあるから、伝説は生まれる。

【道の駅】   てんきてんき丹後

【明日の予定】  南に向かう  小町に関する何かがある。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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