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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

1947年9月、9歳の美空和枝を載せた路線バスは、本山村を出発し、現大豊町の大杉駅に向かっていた。
左の谷底には、吉野川の支流穴内川が見えている。
少し先の坂を下って、橋を渡ったら駅。 もうすぐだ。

その時、前から突然トラックが来た。 
バスは避けることが出来ず、衝突。
そのはずみで、谷の方に横転。 
谷底に転落と思われたバスは、かろうじて大きな桜の木に引っ掛かった。

後ろの方に立っていた美空和枝は、大人の下敷きになり、またガラスの破片で左手首を大きく切った。
鼻血を流して気絶し、瞳孔も開き仮死状態になった。
しかし、たまたま村に居合わせた医師に救命措置をしてもらった。
そのお陰で、その夜、意識を取り戻すことが出来た。


大豊町の大杉の位置。
一度来ているが、写真が小さいので、撮り直した。


道の駅から400㍍の所に、八坂神社がある。 その境内に大杉はある。
その直ぐ近くに、美空ひばりの歌碑。

11年5月27日 (1)

正面に大杉が見える。 左に行ったら、歌碑。

11年5月27日 (9)

左が南大杉。 根元の周囲が約20㍍。    高さ、約60㍍。
右は北大杉。   〃    16.5㍍。   〃  57㍍。
国の特別天然記念物。

この人達に写真を撮ってほしいと言われた。
撮った後、私のカメラでも適当に撮るからねと言ったら、みんな上を向いた。

11年5月27日 (2)

3000年だそう。
パンフレットには、歴史の鼓動が聞こえてくるようです、とあった。

11年5月27日 (3)

大杉があったから、ここの神社を建てた。
こう考えるのが自然だけど、スサノオノミコトが植えたという伝説がある。

11年5月27日 (4)

神社の下に、ひばりの歌碑があった。

11年5月27日 (5)

左は、遺影碑と呼んでた。 歌が流れる。
「川の流れのように」「龍馬残影」「悲しき口笛」の3曲。  ※ 龍馬は、ここの大杉を見に来ている。

11年5月27日 (8)

ひばりは、バス事故の治療の後、日本一の歌手になれるようにと、八坂神社にお願いした。
そして、15歳の時、お礼にやってきた。 下の写真は、その時の物。

11年5月27日 (6)

中村メイコ夫婦が書いた。 ひばりの歌は永遠に眠らじ、とある。

11年5月27日 (7)

神社への石段があって、そこを下りると、ここに来る。 旧道からの神社への入り口。
ひばりは、ここで写真を撮った。

11年5月27日 (10)

ここでの事故は、1947年。 「悲しき口笛」は2年後。
ここに来たのは、1952年。 その年、「津軽のふるさと」「りんご追分」を出している。
もう認められている。

11年5月27日 (11)



いろんな情報は、料金所の人からいただいていた。
バスの事故現場に向かった。 川は、穴内川。 右に、大杉駅が見える。

右奥に役場が見えている。 
旧道は、国道の左上を通っており、事故があった場所は、役場の正面の少し向こう。

11年5月27日 (12)pp

バスは、この駅に向かっていた。

11年5月27日 (13)

左に行ったら、旧道。  役場の上が見えている。

11年5月27日 (14)

私は、向こうから来た。 バスは、手前から向こうへ。
バスが横転したのは、この場所。 昔はもっと狭い道。
国道から見たら、左の看板の字が読める。 少し向こうの木は、桜の木。(後で植えたと思う)

11年5月27日 (15)

国道からは、このように。

11年5月27日 (16)

ひばり食堂があったので、入ってみた。

11年5月27日 (17)

他のお客さんに運ばれて来るのを見て、びっくり。
さすが、大杉の町。 何もかも、特大。
私は、半年ぶりのカツ丼。 半分ちょっと食べておしまい。

11年5月27日 (18)

駅に渡る橋の上から撮影。 
当時は水量も多く、崖も急だったため、桜の木に引っ掛からなかったら、全員助からなかったと言われている。

11年5月27日 (19)

旧道を戻った。
後で知ったのだが、この旅館の斜め向かいに、昔、別館があった。
事故当日の夜、ひばりはそこに泊まったという。

11年5月27日 (20)

ひばりは高知の病院に入院したとあるが、地元の病院にもいたそう。
これは、料金所の人が言った。
ひばりの母親は、近くの子供たちに、和枝が退屈するから、病院に遊びに行ってね、とお願いしたそうだ。
行った人がいるんですよ、と教えてくれた。

11年5月27日 (21)

梅雨の季節に入り、カニさんは元気。

11年5月27日 (22) 

ひばりは、事故の後、「大杉のように」なれますようにとお願いした。
再度来た時は、歌手として成長できたお礼を言って、「日本一の大杉のように」と、お願いした。
この時はもう、日本一は、ひばりの視界に入っていた。

大杉のあるこの地は、
ひばりが、助かったことに感謝し、将来への気持ち(覚悟)を固めた地であったように思う。

   ※ 参考文献は、Wikipediaの他に、『ひばり自伝』美空ひばり、『美空ひばり』竹中労 等。
     そして、料金所の方。
   ※ ひばりは、音丸と云う人の公演の、前座として同行していた。    音丸(wikipedia)
     母親がお願いした。



【道の駅】  貞光ゆうゆう館

【明日の予定】  天気次第

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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早明浦(さめうら)ダムへの途中、ある人を祀った神社があった。
昔何があったのかなと、寄ってみた。

祀られた人は、高橋安之丞という人で、義人と呼ばれていた。
江戸時代の初め、この村を飢饉から救おうとしたが、命を落とした。


左の旧道に入って行く。

11年5月26日 (2)

義民とある。  
義農というのは、四国の鬼北町で聞いた。  
  ※ 関連ブログ  鬼北町日吉と武左衛門一揆 ~ここは愛媛県だが、四万十川流域~ 他 (2011/2/18)

11年5月26日 (1)



左にお墓。 帰りに寄る。

11年5月26日 (3)

若宮神社。

11年5月26日 (4)

下の説明板があったが、読みにくい。

IMG_0538kikokio989

こう書いてあった。

    高橋安之丞若宮八幡宮(通称 若宮様)
 農民・高橋安之丞は、慶安3年(1650)頃に、上八川村田野々(現、小甲田(こさるた)・連行(れんぎょう)
 柿藪(かきやぶ)の庄屋、高橋右衛門の長男として生まれた。

 父親の後を継ぎ、村人の世話や新田開発を積極的に行い飢饉に備えて稗作を奨励したりした。
 また、楮や茶を栽培させて、村人の生活を向上させた。

 貞享4年(1687)、前年からの旱魃で上八川地方は五穀が実らず、飢餓に苦しむ者が続出した。
 そこで彼は、救済策を講じたうえ、年貢の減免を領主土佐藩仕置役 岡部嘉右衛門へ直訴した。

 しかし、安之丞を陥れ様ようと偽りの密告をした者のため捕らえられ、詳しい調べもなされないまま、
 元禄元年(1688)10月、高知城で処刑されてしまった。

 そこで当時の村の農民たちは、安之丞の霊を鎮め守護神として祭る彼の首塚を造った。
 その後、氏子たちの手によって荘厳な神社や墓が建立された。

 以来、県内外からの参拝者が絶えたことがない。
 非業の死を遂げた、義民・高橋安之丞は、
 死語300年を経た今も、氏子や村人の心の中に深く生き続けている。
           (祭典 3月2日・7月2日・12月2日)

               平成4年(1992)3月    吾北村教育委員会

 安之丞の胴体は、彼の恩義を受けたことのある杓田村(しゃくたむら・現、高知市)の農民清兵衛らによって
 埋葬され高知市長尾山町に若宮神社として祭られている。

ポイントは  ① 安之丞は庄屋の長男だった。 農民のために活躍していた。
       ② 飢餓から農民を救おうと、年貢の減免をお願いしたが、誰かに陥(おとし)いれられた。
       ③ その結果、処刑された。

若宮神社の御神体が、安之丞。
神社に祀るということは、安之丞の行いを、子子孫孫まで伝え、決して忘れないと云うことの意志表示かな。

11年5月26日 (5)

灯籠などが、いっぱいあった。 みな寄進されたもの。

11年5月26日 (6)

寺の整備は十分でない。 きっと、お年寄りが少ししか住んでいない。

11年5月26日 (7)

一般公開されていないが、本殿の彫り物も、見応えがあるそうだ。
いの町のHPに、小さいけど写真があった。

kanko_rekishi_p08kk.jpg

誰が、安之丞を陥れたかだが、こんなのがネットにあった。(郷土を救った人びと―義人を祀る神社―)

 この村には高橋安之丞を嫉み、折あらば自分が庄屋にならんと欲する川橋三蔵というものがいた。
 三蔵は高橋安之丞の訴願を知ると、岡部嘉右衛門を訪ね
 「高橋安之丞の訴願は嘘であり、彼が減税の上前を私腹に入れる謀りごと」であると讒訴した。

11年5月26日 (8)

彼の首が、どうしてここにあるかだが、こんな伝説が。(ほっとひと息、仁淀川より)

 その首は、生前恩顧を蒙っていた、杓田村の百姓清部衛が盗み、ひそかに安之丞の家に届けた。

帰りお墓を通ったら、お参りしている人がいた。

11年5月26日 (9)

安之丞の子孫は、この地にいると、途中で会った人が教えてくれた。

途中で見た、流れ橋。 両側に鎖がついている。

11年5月26日 (10)

早明浦ダムは、吉野川の上流。



「四国のいのち」とも呼ばれる、四国最大のダム。

11年5月26日 (13)

ここの水は、奪い合いをするぐらい大事にされている。 ダムは、無駄になっていないようだ。

11年5月26日 (14)

早明浦ダムは、高知県にある。
でも、高知県は、このダムの水をほんの少ししか使っていない。 たった、4%。
だから、日照りになってダムの水が無くなっても、あんまり気にならない。

土佐町の市街地が見える。  ※ 海の近くにあるのは、土佐市。

11年5月26日 (11)

ダムの水の半分は、徳島県が使っている。 あとは、香川県。
関係ないような愛媛県も、19%使っている。

この割合は、それを決めた頃、その県にどんな政治家がいたかが、影響を与えたようだ。
             (具体的には、香川県には大平総理や、社会党の成田委員長がいた)

11年5月26日 (12)

ダムの上流も、杉林が多い。 山に保水力がないから、雨が降ったら直ぐ流れる。
雨が降らないと、川の水は極端に減る。
この問題を解決しないで、ダムをいっぱい作った。
早明浦ダムも、ここ数日の雨で、やっと水が溜まった。

※ 四国で、昔、国策に反して杉を植えなかった町があった。 今の四万十町。
  きっと、先人の知恵でそうした。
  津波から人々を守った村と似ている。

11年5月26日 (15)

雨が続くので、困りました。





【道の駅】    土佐さめうら

【明日の予定】  梅雨に入ったようです。 台風も近づいています。
         剣山に近づきますが、登れる日が来るでしょうか。
         大変な山ではないので、多少の雨でも、行くかもしれない。
         月曜日辺りに何とか。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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