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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

午前中、2日間のブログを整理。
午後から、公園を散歩。
立夏の今日は、初夏のように暖かかった。
相馬市に出て、買い物も。  ※ 南相馬市は、店がちゃんと開いてない。
のんびりした一日になった。

道の駅南相馬のようす。 自衛隊の車が、よく集まる。 ここでは停泊しないが。

11年5月6日 (1)

公園に万葉集の歌碑と、歌にちなんだ植物があると言う。
南相馬市の、鹿島区にある。

この旅では、万葉集には何回か出会っただけ。 私は苦手。 高校で習った時、ちんぷんかんぷん。
最初は、ここ。  静岡市の田子の浦。
山部赤人が、下の歌を。

  田子の浦ゆ うち出でてみれば真白にそ 富士の高嶺に雪は降りける

田子の浦は、今は工場で埋まっていた。

11年5月6日 (13)

近くの日本平からの富士山。 (2009年11月に行った)

11年5月6日 (12)

福岡県の香春(かわら)町にも、歌碑がいっぱいあった。

みちのく真野万葉植物園はここ。


桜平山(さくらだやま)公園の中に、植物園がある。
どうして、ここと万葉集が関係あるのか。

11年5月6日 (2)

万葉集に、この歌があった。 
  陸奥(みちのく)の 真野(まの)の草原(かやはら) 遠けども 面影(おもかげ)にして 見ゆといふものを 

歌の中に、真野がある。 
この辺り一帯は、真野と呼ばれ、真野村だった時代もある。 真野川も流れている。

歌の解釈は、
   陸奥の真野の草原は、遠くにあっても面影となって目の前に見える、ということですのに
                         (近くにいらっしゃる貴方にはお会いできない)。
別の解釈もある
   あなたはそのように遠いけれども、面影として私にはありありと見えるのです

笠女郎(かさのいらつめ)と云う人が、大伴家持に送った歌。
詳しくは、下に。
  ※ 大伴家持は、役人として多賀城に来ていた時代がある。 多賀城は、仙台市の海側。
    だから、この歌が生まれたのかなと思う。(これについて触れてる資料は見つからない)

11年5月6日 (3)

上の歌があったために、ここに万葉植物園が作られた。
歌に関する植物があって、側に歌碑があった。

11年5月6日 (4)

まだ、花は咲いていない。

11年5月6日 (5)

右の木が、真弓(まゆみ)の木かな。

11年5月6日 (6)

   天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて懸けたり 夜道はよけむ 
                              間人宿祢大浦(はしひとのすくねおおうら)
解釈の例
   家を出てふと空を見上げれば、月が丁度弓を引き絞ったような塩梅でしたから、夜道を歩くに差し支えありませんね。

11年5月6日 (7)

解釈はいいですね。

11年5月6日 (9)

   君が行き、日(け)長くなりぬ、山たづの、迎へを行かむ、待つには待たじ
                                 通王(そとほしのおほきみ)
解釈 あなたがいらっしゃってから、ずいぶんと日が過ぎてしまいました。
   山たづのように、あなたを迎えに行きましょう、待ってなんかいられないわ。

今のように、車でぱっぱと行けないから、歌を歌うしかないのか。

11年5月6日 (10)

次のは、いいですよ。
   夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ
                          大伴坂上郎女(おおとものさかのへのいらつめ)

解釈 夏の野の草の繁みに咲いている姫百合の花は、人に知られない。
   そのように相手に知られない、心に秘めた恋は苦しいものです。
   ※ 姫百合のヒメは「秘める」と同音なので、下句につながるそう

11年5月6日 (11)

ヒメユリ
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※ 上の歌の作者の娘は、大伴家持の妻になっている。

誰にも知られずに咲いているからこそ、いっそう美しい、そうも思うかな。
「がんばるは なんて言うなよ 草の花」の句を思い出す。

公園の広場は、瓦礫置き場になっていた。

11年5月6日 (8)

恋の歌が多いですね。 そうでない歌もあるが、少したいくつ。


札幌のTさんに、下の歌の編曲をお願いした。  
その曲を流しながら、写真を紹介する。 動画のようにして、YouTubeで見る。 
写真の選択も、まかせている。

曲名は、Diem xua(ディエム・スー) 意味は、雨に消えたあなた。





この曲をブログに載せたのは、3月9日だった。 別府の近くの高崎山の時。
3月11日の震災の2日前だった。 
あの時はまだ、東北の人達みんなが、幸せに暮らしていた。

この曲で、悲しみを中心とした、言葉では表せないないものを、表現できたらいい。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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3月23日に釜石からスタートした災害ボランティアは、そろそろかなと思っています。
明日一休みして、7日の土曜日が最後でしょうか。

 ※ 明日、昨日と今日のブログを整理します。(昨晩は、夕方寝たら朝までぐっすり) 

今日は、瓦礫の撤去。
御殿のような大きな家の中に、大量の瓦礫が入りこんでいた。
※ そこのお家では、息子さんを亡くしていた。
  地震の後、東北電力の職員として、仲間の人達と見回りをしていた。
  そこに津波が来た。
  お父さんは、もし息子さんが戻ってくるなら、この家を含めて、自分の全ての財産はいらないと言った。

家の前から海側を撮影。 この場所は、手前より10㍍ほど高いが、津波は駆け上がって来た。

11年5月 5日 (1)

家の中には、土や、瓦や、壁の一部など、何でもあった。
どこから入ったんだろうと言う、大きなボイラーもあった。

津波の時家にいたのは、おばあちゃんだけ。
海側の壁は全て壊れたが、そこから少し内側の、幅1.3㍍程の壁だけ壊れなかった。
壁の陰にあった柱に、おばあちゃんはしがみついていた。 2階に逃げる時間はなかった。
そこは流れが弱かったので、助かった。

南側の風景。 自衛隊が、水田の瓦礫を、適当な間隔でまとめていた。

11年5月 5日 (2)

ボランティア9名での作業。 ほぼ終わったが、床下の泥出しの作業がまだある。

水田には、もちろん稲は植わっていない。
20㌔の外側のこの一帯は、緊急時避難準備区域。
米の作付が制限されている。 制限と云う表現だが、作付している所は無い。
保育所や、全ての学校は休校。 子供たちは、他の町の学校に。

市街地から、6㌔程山の中に、高倉文殊堂というのがあったので、行ってみた。

下は、文殊堂の入り口前の風景。 水田にもビニルハウスのも、何の動きもない。

11年5月 5日 (3)

      ※ +をクリックすると、広がります。

ここから入って、右に少し上ったら、文殊堂はあった。

11年5月 5日 (4)

文殊菩薩が本尊なので、文殊堂。 小さいけど、いい雰囲気で建っている。

11年5月 5日 (5)

本尊の文殊菩薩像は、普段は見られない。
見られるのは、1年に2日間だけで、1月の第2土曜日・日曜日。

11年5月 5日 (6)

像は小さい。 高さ、30㌢㍍。  

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南相馬市のHPには、下の説明があった。
   高倉文殊菩薩像は、高倉文殊堂のご本尊で、唐獅子の上に乗っています。
   像の背後に空海作の銘があります。 
   元文(1736~40)の頃、同慶寺26世月江禅心和尚、銭20貫文を寄進し、文殊大士百合草座舟後光を作成したと伝えられています。
   この高倉文殊菩薩像は、幾世橋(浪江町)・上浦(小高区)の文殊とともに相馬三文殊と称し殊勝の霊仏とされています。 
   この文殊菩薩は、古来より頗(すこぶ)る霊異があった。
   ある時野火が発生し堂に及んだとき山守門左衛門なる者が、堂中の格子を破り、ご本尊を出そうとしたが尊像が見えず、日もすでに暮れて空しく帰った。
   文殊寺別当の是弁覚非和尚が、翌日近辺を探したところ、本尊は文殊堂の南方の枯れた大木の根元にあり、人々その霊妙を感じたと言われています。

国宝の文殊菩薩が、奈良の興福寺の東金堂にある。 昨年5月に息子と行った。

20100531002monnzyubosatu.jpg

文殊菩薩は、獅子の上に乗っかっている。

monnzyubisatu090899.jpg

※ 興福寺の説明
setumei989090.jpg

文殊と言えば、「3人寄れば、文殊の知恵」の文殊ですね。 
文殊は、文殊菩薩のことなので、意味がやっと分かった。

ここはお堂だけど、下の石碑があった。

11年5月 5日 (7)

熊野三社、とある。  ここは、神社でもあったのか。

11年5月 5日 (8)

熊野三社は、昨年5月、熊野古道を歩いた時に行った。
熊野本宮大社                              熊野速玉 大社

11年5月 5日 (11)  11年5月 5日 (13)

熊野那智大社

11年5月 5日 (12)

文殊堂の近くに、隧道があった。 水を通すトンネル。
でも、水は無く、乾いていた。 さびしい風景。

11年5月 5日 (9)

今年もこの花が咲いていた。

11年5月 5日 (10)

29日に撮影した動画です。 原町区の金沢という所。
この動画の後半の部分の、右側に、今日行った家があります。  ※ 写ってはいない。



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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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