キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

雨模様の天気は、昼前には回復した。
でも、大山の登山口に着いたのが遅かった。 11時だった。
明日登るかどうかは、明日の天気予報で決める。

日本百名山というのがあるが、日本四名山もある。
大山は、それにも入っている。
昔から、信仰の山として、多くの人が来た。

山の中腹に、大きなお寺と神社があり、麓には旅館やお土産屋さんがある。
大山は、山全体が観光地になっていた。


お昼を食べて、午後1時まで寝た。
神社と寺を見るため、出発。

この山は、大山でない。 明るくなってきた。

11年5月31日 (1)

大山寺橋。  モンベルの店がある。
寝袋を見た。 ダウンの、小さくて軽いのがあった。 2万円以上した。

少し行って、右の山に上って行く。

11年5月31日 (2)

これなら、雪の上でも大丈夫。 シトロエン、とあった。 フランスかな。

11年5月31日 (3)

この石畳の参道は、大神山神社(おおがみやまじんじゃ)まで、約700㍍続く。 日本一長いそうだ。

11年5月31日 (5)

道端には、地蔵が続く。 いい表情のを探した。

11年5月31日 (4)

大山寺(だいせんじ)の山門。

11年5月31日 (6)

山門の手前を左に行くと、大神山神社。

11年5月31日 (7)

右の建物は、護摩堂。 ここで、細い護摩と云う木を焚いて、修行をする。

11年5月31日 (9)

護摩堂の中の仏像。

11年5月31日 (8)

石段を登ったら、本堂があった。 昭和に入って火災があったため、建物は新しい。

11年5月31日 (10)

毛利氏や尼子氏などの大名から大事にされたため、領地や建物・仏像など多くの寄進があった。
明治の廃仏毀釈で、大変な思いをする。

11年5月31日 (11)

石畳の参道に戻った。 銅の鳥居。
このように、長く続く参道がきれいに整備されていることは、少ない。  ※ 羽黒山の参道

11年5月31日 (12)

大神山神社の神門が見えた。

11年5月31日 (13)

「後ろ向き門」また「逆門」と呼ばれている。
扉が、向こうに開く。  他から移築したものだが、なぜそうしたかは、分からない。

11年5月31日 (14)

本殿。

11年5月31日 (15)

11年5月31日 (16)

全国最大級の権現造(ごんげんづくり)だそう。

11年5月31日 (19)

※ 権現造は、下のように、2つの建物がつながっている。  拝殿と本殿が、一緒になったのか。

kiokogonngenn.jpg

  日光の東照宮、京都の北野天満宮も、同じ。  ※ 日光は修理中だった。

長い年月で、木はこんな風に。

11年5月31日 (18)

彫り物。

11年5月31日 (24)

目は少し緑。

11年5月31日 (25)

さらに中は、撮影できない。

11年5月31日 (17)

11年5月31日 (26)

建物の後ろの方。 普通は、こっちを本殿と呼ぶ。

11年5月31日 (20)

11年5月31日 (21)

ヤマカガシの子どもがいた。 猛毒をもっている。 ※ マムシやハブより強い。
毒を出す歯は、口の奥にあるため、深く噛まれた時が大変。  ※ マムシはこんなの。(一昨年 秋田)

11年5月31日 (22)

11年5月31日 (23)

隣にある、下山神社。 ある武士を祀っていた。 1805年の建物。 本殿もこれも、重要文化財。

11年5月31日 (29)

11年5月31日 (27)

霧が出てきた。 あっという間だった。

11年5月31日 (28)

この道を戻る。

11年5月31日 (30)

このお地蔵さんに出会って、少しどっきり。 顔のクモの巣を取って撮影。 
今日の写真で、カメラの位置を決め、どう切り取るかに、一番時間を使った。

「うれしい時はどんな時ですか」と聞いた。
「私の前を誰かが通る時ですよ」と言った。

ほんのり、微笑んでいるように見えた。

11年5月31日 (31)

和合の岩と名前が付けられていた。

11年5月31日 (32)

左に、志賀直哉の碑があった。 
大正3年の7月に、ここの宿坊「連浄院」に滞在した。
暗夜行路の終章は、その時の体験をもとに書かれたと、説明にあった。

11年5月31日 (33)

ここを登って、大山寺。 戻ってきた。

11年5月31日 (34)

宝物館があったので見た。 ※ 寺の見学と合わせて、300円。

神輿に乗った像。

11年5月31日 (35)

名前は、記録しなかった。

11年5月31日 (36)

11年5月31日 (37)

昔は、この山に多くのお堂があった。 重要文化財が、まざっている。

11年5月31日 (38)

白鳳時代の物。 高さ30㌢。 重要文化財。

11年5月31日 (39)

白鳳時代のは、頭が大きいのが特徴。 その前の、飛鳥時代は、こんな感じ。(法隆寺百済観音)

11年5月31日 (40)

昔の人が描いた大山。 北側の斜面の崩壊が、続いているそう。

11年5月31日 (41)

石畳の参道を歩いていて、パッと輝くような物があればいいなと、思った。
例えば、三重の塔か、五重塔。
小さくていい。 美しさは、室生寺の五重塔を超える物。
美しければ、新しいも古いも、さほど関係ない。 見る人間にとっては。
300年経つと平成の建物として、歴史に名が残るような質の高い建物がいい。

石畳を歩いていたら、中尊寺の金色堂のように、輝くように現れる。 そんなイメージ。
明るい雰囲気になったら、多くの人が来る。 若者も。

また、羽黒山の茶屋のようなのも、あったら楽しい。

今は、少しさびしいかなと感じた。



【今日の歌】  デライラ  朱里エイコは、こうやって歌うから、上手いのかなって思う。
        この人は、アメリカで修行を積んだ。 並みの歌手とはもともと違う。
        ハスキーな声が、何とも言えない。 魅力。



【停泊場所】   大山寺橋たもとの駐車場

【明日の予定】  天気が良ければ、大山に登る。 登らばければ、どこかを散策。

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伝建地区ではないが、街並み保存地区。   ※ 伝建地区~重要伝統的建造物群保存地区
そんな所を歩いた。
また、変わった温泉に、久しぶりに入った。

温泉に向かっていたら、家並みがあるというので、寄った。 
駅の側に、駐車場があった。  駅の案内所で、地図をもらった。

11年5月30日 (1)

勝山は、今は真庭市勝山。 合併する前は、勝山町。
昔は、勝山藩2万5千石の城下町。
出雲街道の宿場町として栄えた。

この道は、出雲街道。
町並み保存地区は、伝建地区にはなっていない。 それは、保存のための強い規制が、ないということか。

11年5月30日 (2)

武家屋敷を見に、こんな道を行った。 途中に、江戸時代に作った芭蕉の句碑があった。

11年5月30日 (3)

長屋門をくぐって、この入り口に。

11年5月30日 (4)

250年前の建物。 藩の家老格の、渡辺家。

11年5月30日 (5)

庭は、そんなに凝ってない。 蔵が見える。

11年5月30日 (6)

鎧。

11年5月30日 (7)

町並みのメイン通り。 普通に生活している。 

11年5月30日 (9)

ここの町並みの特徴は、暖簾(のれん)。 みんな個性的。

11年5月30日 (8)

家の顔が、お洒落に見えてくる。

11年5月30日 (10)

こんなのが好き。

11年5月30日 (11)

こういう町並みは、観光客のためと云うより、自分たちのため、子供たちのためにあるように、今日は思った。
やわらかな感性が育ちそう。

11年5月30日 (12)

テントウムシの後の、スバル360ですよ。 暖簾は、テントウムシ。

11年5月30日 (13)

酒屋さん。 向こうから来た。 右に、寅さんロケ地、とある。

11年5月30日 (16)

このように。

11年5月30日 (19)

酒屋さんの中。 試飲はしなかった。

11年5月30日 (15)

ここで、最終作の「紅の花」が撮影された。 ※ もちろん、全体の一部。

11年5月30日 (14)

浅丘ルリコは、寅さんの体調が良くないことを知っていた。
映画に中で、寅さんと結婚させてほしいと、山田監督に言った。
   ※ 関連ブログ   寅さんとリリー、結婚させればよかったのに。 他 (2008年9月16日)

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紅の花のロケ。 神戸のよう。  寅さん、やっと立っている。

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漆喰の建物は、美しい。 壁の絵は、「こて絵」でいいのかな。 

11年5月30日 (17)

虎かな。 すごい表情。

11年5月30日 (18)

この町を流れている川は、旭川だった。
子供の頃から、北海道の旭川と同じ名前の川が、岡山県にあることは知っていた。
ここだと、初めて知った。

11年5月30日 (20)

次は、真賀温泉に向かった。
真賀温泉館に、変わった温泉がある。
建物は、せまい斜面に、へばり付いていた。

11年5月30日 (21)

左に、旭川が流れている。
正面が、真賀温泉館。 地元の共同浴場の感じ。

11年5月30日 (22)

普通の所は150円。 250円の幕湯に入った。 ※ 昔、お殿様が幕を張って入ったそう。(建物が無かった時)
深い。 真ん中は、私の肩くらいあった。
何が変わってるかって、お湯が下から出ていた。
実際は、その穴に太い竹をさして、その竹から、お湯が出ていた。
竹の先は、水面より、少し下。 

11年5月30日 (23)

湯船の下の方の横に、隣の風呂への穴が開いていた。
隣へは、そこからお湯が行く。 変わってる。
お湯の温度は、40度ない。 それが少し不満。
みんなゆっくり入っている。 そうすると、体の芯まで温まるという。

おばあちゃんが、管理人。 体も口も元気いっぱい。

11年5月30日 (24)

野口冬人と云う人の、番付。 壁にあった。
西の横綱は、湯平。 今は、温泉街はすっかり寂れた。
青荷温泉がある。 ランプの宿です。  ※ 関連ブログ 青荷温泉~ランプの宿~  他 (2009/09/10)   

11年5月30日 (25)

ここは、砂湯のある、湯原温泉。 温泉街の先に、砂湯はある。

11年5月30日 (27)

こんなお話しが。 他にもあった。

11年5月30日 (26)

ここの神社は、昔、本尊が流されて、ずっと下流で見つかった。
お参りすると、大事な物が戻ってくるそう。 温泉のお湯が飲めた。

11年5月30日 (28)

砂湯は、ダムの下にあった。

11年5月30日 (29)

大きな露天風呂。

11年5月30日 (30)

女の人がいたので、入りにくかった。 朝早く行くか。

11年5月30日 (32)

女流名人戦が、ここであった。

11年5月30日 (31)

この将棋は、知っていた。 棋譜を見ていた。
里見香奈が、3連勝で防衛した。

この人は、彗星のように数年前に現れた。 島根県の人。
昔、林葉直子が出て来た時に、似ている。
今、女流の将棋は、この人を中心に動いている。
男性棋士と同じ強さになる可能性を秘めている。 今までにないこと。

satomikanaoo09890.jpg

下をクリックすると、同じ画面が出てきます。 棋譜です。
棋譜の上のをクリックすると、一手一手進みます。

satomikana0099000.jpg 

今週天気がいいのは、明日の火曜日。
寝る時間がなくなってきた。 大山(だいせん)は、大丈夫かな。
    ※ 地図を載せていない。 忘れなかったら、明日。

【停泊場所】   湯原温泉の河川敷駐車場

【明日の予定】  大山に登る

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麓から歩いたら1時間。 これは登山。
備中松山城は、高い山の上にあった。
中腹にある駐車場まで車で登った。 そこからでも、20分歩いた。

標高430mの臥牛山(がぎゅうざん)頂上付近に、城はある。
臥牛山にはいくつかの山があって、城は小松山にあるので、松山城となった。
愛媛にも松山城があるため、最後は、備中松山城と。  ※ 備中~びっちゅう

11年5月29日 (37)

土日は、下からシャトルバスが運行しているが、台風のため休み。
それで、上の駐車場まで行けた。

11年5月29日 (1)

風と雨が強い。 傘が裏返しになって、壊れそう。

11年5月29日 (2)

石垣が美しい。 この人達の後、誰にも会わない。

11年5月29日 (3)

天守閣が見えた。 手前の建物は、復元した物。
風と雨が強く、カメラの設定ができないので、写真がうまくいかない。 適当に、パチ。
上の写真の感じで撮りたかった。

11年5月29日 (4)

現存天守の中では一番高いところにある。
  ※ 現存天守でなければ、美濃岩村城は標高 717㍍。

11年5月29日 (5)

三層(三階)に見えるが、左の部分は廊下(他の建物とつながっていた)で、実際は2層。
壁の白と板の黒が美しい。
現存天守の城の中では、一番小さな天守。

11年5月29日 (6)

左にある入り口。 ここがあるので、3層に見える。

11年5月29日 (7)

隅にあった、石落とし。

11年5月29日 (8)

天守の1階に、昔の写真が展示してあった。
昭和に入って、何度か解体修理、また修理が行われた。

下は、解体前。 廃屋の状態。
歴史の証人が、息も絶え絶えに残っていた。 そんな感じ。

当時、こんな状態の城は、全国いたるところにあった。
しかし、保存を考えた町は、ほんの一部。 

11年5月29日 (9)

天守の裏の、二重櫓(にじゅうやぐら)。
この状態でも、使える材料を使って復元したら、それは昔の物になる。
そうでなかったら、ただの復元。 価値は、全く違う。 半分の半分もない。

11年5月29日 (10)

土塀。

11年5月29日 (13)

300年は経っているので、この状態。

11年5月29日 (14)

昭和15年7月。 2万枚の瓦が、女学生によって運ばれた。 背中にしょってる。
この人達は今、80歳を越えている。

11年5月29日 (19)

明治の終わり頃。 本丸、南御門。 

11年5月29日 (36)

1階部分。 この階に、説明や写真があった。

11年5月29日 (11)

この山には、1200年代から、城は作られ始めた。

11年5月29日 (12)

城の城主は変わるが、戦国時代は、三村氏。 西の毛利氏のおかげで城主になれた。
東の小早川氏とは仲が悪く、いつも争っていた。

小さな窓から、鉄砲を撃つ。

11年5月29日 (15)

毛利と小早川が、足利義昭の命を受けて、信長を追討しようとした。
信長は、城主の三村元親に、毛利軍の侵攻を押さえたら、備中と小早川の備前を与えると言った。
元親は、毛利への恩を忘れて、裏切った。

11年5月29日 (16)

毛利軍を迎え撃ったが、勝てるわけがなかった。 
秀吉を中心とした信長軍が、助けに来ると思ったのか。
元親は、戦国の世の何かを、読み間違った。 (本能寺の変まで、あと7年)

1階に、少し高くなって、小さな部屋があった。 装束の間。

11年5月29日 (17)

そこから、1階を見た。

11年5月29日 (18)

2階(最上階)への階段。

11年5月29日 (20)

2階。

11年5月29日 (21)

御社壇。

11年5月29日 (23)

11年5月29日 (22)

広い窓は無い。 窓の格子の隙間から、高梁市街地が見えた。

11年5月29日 (24)

11年5月29日 (25)

11年5月29日 (26)

11年5月29日 (27)

11年5月29日 (28)

解体修理の時のもの。

11年5月29日 (29)

11年5月29日 (30)

削って柱に。

11年5月29日 (31)

11年5月29日 (32)

裏にある、二重櫓。

11年5月29日 (33)

裏から見た、天守。

IMG_0750lkoiju889

二重櫓への道。

11年5月29日 (35)

三村元親と、その子、勝法師丸の辞世の句。
    ※ 辞世の句は、死ぬずっと前に、作ってあるのかな。 直ぐにはできないくらい、質が高いので。

11年5月29日 (38)   11年5月29日 (39)

途中で、高梁市の市街地がよく見えた。

11年5月29日 (40)

この城は、江戸時代の1600年代の終わりに大改修を行い、現在の姿になった。 水谷氏の時代。
水谷家は長くは続かず、断絶する。 
その後、赤穂藩主・浅野長矩が城の受取りにあたり、家老・大石良雄が城番となっている。 2年程の間。

城の位置が高すぎるので、普段の政治は、下の御根小屋というところで行われていた。
今はそこに、高梁高校がある。



【道の駅】   醍醐の里

【明日の予定】  少し北に、変わった温泉があるので、そこに。

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剣山に登りたかったが、この天気では、仕方ない。
台風が近づいてきた。

今回無理して登っても、剣山しか登れない。
他に、ジロウギュウとか魅力的な山もある。
来年になると思うけど、再度来る。

今は、瀬戸大橋の途中にある、与島の駐車場にいる。
    ※ 関連ブログ  電車も走る、瀬戸大橋  温暖な瀬戸内 ~坂出市~  他  (2010/12/10)

今日は、一日強い雨のため、どこも見ていない。
昨日のブログに、「津軽のふるさと」を載せた。
この曲は好きなので、今まで、10回程、ブログに載せている。

この曲について、今日は、少しだけ整理しておきたいと思う。

① 「津軽のふるさと」は、「リンゴ園の少女」という映画の、挿入歌。
  この映画は、美空ひばり主演で、こんな内容。

  ・1952年(昭和27年)  松竹  ※ ひばりが、大豊町の大杉に行った年。
  ・ストーリー
    津軽の少女マルミは、祖父の公平と二人で、山川リンゴ園を経営している。
    好きで上手な彼女の歌を、公平はあまり喜ばない。
    マルミはこっそり亡き母の墓前で歌ったりしていた。
    近所の大倉リンゴ園の娘、中学校の音楽教師純子は、マルミのとび抜けた天分を認めるていた。
    彼女は、ヒット・メロディ「リンゴ追分」で有名な作曲家野村哲郎に、マルミを師事させようと計画していた。
    「リンゴ祭」の音楽会にのぞむため津軽に来た野村は、純子の手引きでマルミの歌をきき、その才能に驚いた。
    さらに、彼女が山川リンゴ園の孫娘と聴くと、顔色を変えた。
    マルミの亡母千代は彼の青年時代の愛人であり、マルミは野村の子だった。
    ※ こんな内容で、始まる。

② この映画では、「リンゴ追分」もあり、こっちは主題歌。
  下の動画の、作曲家野村哲郎役は、若い時の山村聡。

  
 
  音楽教師純子役は、小園蓉子(ようこ)。 右は、若い時。

  DSA0847399koko.jpg       imageyouko.jpg

③ 撮影場所は、今は、弘前りんご公園になっている。
  一昨年行ってきたが、そこが撮影場所とは知らなかった。
  ただ、津軽のふるさとが、ずっと流れていた。

  200909072123176fev.jpg

  ※ 関連ブログ  弘前市りんご公園~1本の木に600個~  百沢街道   他 (2009/09/07)

④ ひばりが歌う、津軽のふるさと
    ※ 美空ひばりの歌は、十代の時が、一番魅力がある。
      年をとって、少し甘い感じの歌い方になる。 それでも、ひばりを越える者はいないが。

  

    前半映画 後半は、年をとってから

  

⑤ 他の人が歌う、津軽のふるさと

    塩田美奈子   

  

    水森かおり

  

    中村美律子   ※ ひばり以外で上手なのは、この人かもしれない。

  

    サエラ     ※ この人が歌う、「北国行きで」はいい。 朱里エイコとの比較はしないで。 

  

    秋川雅史

    

⑤ 津軽のふるさとの作詞・作曲は、米山正夫。 この人は作曲家。 こんな曲がある。

   山小舎の灯(近江俊郎)    森の水車
   リンゴ追分(美空ひばり)   車屋さん(美空ひばり)
   三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)
   ヤン坊・マー坊の唄 など

「津軽のふるさと」の良さは何なんでしょう。

美空ひばりが歌うのを聞いて、この歌の良さをみんな感じた。
そして、他の歌手も歌うようになった。
それでも、ひばりのようには、誰もこの歌を表現できない。
 
  ※ そういう意味では、テネシーワルツに似ている。(津軽のふるさと発売の3年前の1950年)
    だれも、パティ・ペイジのようには、その歌の魅力を引き出せない。   テネシー・ワルツ(YouTube)

  ※ 動画に出てくる山は、岩木山。 一昨年登った。
        関連ブログ  岩木山に登りました。 ~山頂の風は 爽やかでした~

【停泊場所】   高速の、与島にあるパーキング。

【明日の予定】  高梁市で、備中松山城を見る。 現存天守の城。

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1947年9月、9歳の美空和枝を載せた路線バスは、本山村を出発し、現大豊町の大杉駅に向かっていた。
左の谷底には、吉野川の支流穴内川が見えている。
少し先の坂を下って、橋を渡ったら駅。 もうすぐだ。

その時、前から突然トラックが来た。 
バスは避けることが出来ず、衝突。
そのはずみで、谷の方に横転。 
谷底に転落と思われたバスは、かろうじて大きな桜の木に引っ掛かった。

後ろの方に立っていた美空和枝は、大人の下敷きになり、またガラスの破片で左手首を大きく切った。
鼻血を流して気絶し、瞳孔も開き仮死状態になった。
しかし、たまたま村に居合わせた医師に救命措置をしてもらった。
そのお陰で、その夜、意識を取り戻すことが出来た。


大豊町の大杉の位置。
一度来ているが、写真が小さいので、撮り直した。


道の駅から400㍍の所に、八坂神社がある。 その境内に大杉はある。
その直ぐ近くに、美空ひばりの歌碑。

11年5月27日 (1)

正面に大杉が見える。 左に行ったら、歌碑。

11年5月27日 (9)

左が南大杉。 根元の周囲が約20㍍。    高さ、約60㍍。
右は北大杉。   〃    16.5㍍。   〃  57㍍。
国の特別天然記念物。

この人達に写真を撮ってほしいと言われた。
撮った後、私のカメラでも適当に撮るからねと言ったら、みんな上を向いた。

11年5月27日 (2)

3000年だそう。
パンフレットには、歴史の鼓動が聞こえてくるようです、とあった。

11年5月27日 (3)

大杉があったから、ここの神社を建てた。
こう考えるのが自然だけど、スサノオノミコトが植えたという伝説がある。

11年5月27日 (4)

神社の下に、ひばりの歌碑があった。

11年5月27日 (5)

左は、遺影碑と呼んでた。 歌が流れる。
「川の流れのように」「龍馬残影」「悲しき口笛」の3曲。  ※ 龍馬は、ここの大杉を見に来ている。

11年5月27日 (8)

ひばりは、バス事故の治療の後、日本一の歌手になれるようにと、八坂神社にお願いした。
そして、15歳の時、お礼にやってきた。 下の写真は、その時の物。

11年5月27日 (6)

中村メイコ夫婦が書いた。 ひばりの歌は永遠に眠らじ、とある。

11年5月27日 (7)

神社への石段があって、そこを下りると、ここに来る。 旧道からの神社への入り口。
ひばりは、ここで写真を撮った。

11年5月27日 (10)

ここでの事故は、1947年。 「悲しき口笛」は2年後。
ここに来たのは、1952年。 その年、「津軽のふるさと」「りんご追分」を出している。
もう認められている。

11年5月27日 (11)



いろんな情報は、料金所の人からいただいていた。
バスの事故現場に向かった。 川は、穴内川。 右に、大杉駅が見える。

右奥に役場が見えている。 
旧道は、国道の左上を通っており、事故があった場所は、役場の正面の少し向こう。

11年5月27日 (12)pp

バスは、この駅に向かっていた。

11年5月27日 (13)

左に行ったら、旧道。  役場の上が見えている。

11年5月27日 (14)

私は、向こうから来た。 バスは、手前から向こうへ。
バスが横転したのは、この場所。 昔はもっと狭い道。
国道から見たら、左の看板の字が読める。 少し向こうの木は、桜の木。(後で植えたと思う)

11年5月27日 (15)

国道からは、このように。

11年5月27日 (16)

ひばり食堂があったので、入ってみた。

11年5月27日 (17)

他のお客さんに運ばれて来るのを見て、びっくり。
さすが、大杉の町。 何もかも、特大。
私は、半年ぶりのカツ丼。 半分ちょっと食べておしまい。

11年5月27日 (18)

駅に渡る橋の上から撮影。 
当時は水量も多く、崖も急だったため、桜の木に引っ掛からなかったら、全員助からなかったと言われている。

11年5月27日 (19)

旧道を戻った。
後で知ったのだが、この旅館の斜め向かいに、昔、別館があった。
事故当日の夜、ひばりはそこに泊まったという。

11年5月27日 (20)

ひばりは高知の病院に入院したとあるが、地元の病院にもいたそう。
これは、料金所の人が言った。
ひばりの母親は、近くの子供たちに、和枝が退屈するから、病院に遊びに行ってね、とお願いしたそうだ。
行った人がいるんですよ、と教えてくれた。

11年5月27日 (21)

梅雨の季節に入り、カニさんは元気。

11年5月27日 (22) 

ひばりは、事故の後、「大杉のように」なれますようにとお願いした。
再度来た時は、歌手として成長できたお礼を言って、「日本一の大杉のように」と、お願いした。
この時はもう、日本一は、ひばりの視界に入っていた。

大杉のあるこの地は、
ひばりが、助かったことに感謝し、将来への気持ち(覚悟)を固めた地であったように思う。

   ※ 参考文献は、Wikipediaの他に、『ひばり自伝』美空ひばり、『美空ひばり』竹中労 等。
     そして、料金所の方。
   ※ ひばりは、音丸と云う人の公演の、前座として同行していた。    音丸(wikipedia)
     母親がお願いした。



【道の駅】  貞光ゆうゆう館

【明日の予定】  天気次第

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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早明浦(さめうら)ダムへの途中、ある人を祀った神社があった。
昔何があったのかなと、寄ってみた。

祀られた人は、高橋安之丞という人で、義人と呼ばれていた。
江戸時代の初め、この村を飢饉から救おうとしたが、命を落とした。


左の旧道に入って行く。

11年5月26日 (2)

義民とある。  
義農というのは、四国の鬼北町で聞いた。  
  ※ 関連ブログ  鬼北町日吉と武左衛門一揆 ~ここは愛媛県だが、四万十川流域~ 他 (2011/2/18)

11年5月26日 (1)



左にお墓。 帰りに寄る。

11年5月26日 (3)

若宮神社。

11年5月26日 (4)

下の説明板があったが、読みにくい。

IMG_0538kikokio989

こう書いてあった。

    高橋安之丞若宮八幡宮(通称 若宮様)
 農民・高橋安之丞は、慶安3年(1650)頃に、上八川村田野々(現、小甲田(こさるた)・連行(れんぎょう)
 柿藪(かきやぶ)の庄屋、高橋右衛門の長男として生まれた。

 父親の後を継ぎ、村人の世話や新田開発を積極的に行い飢饉に備えて稗作を奨励したりした。
 また、楮や茶を栽培させて、村人の生活を向上させた。

 貞享4年(1687)、前年からの旱魃で上八川地方は五穀が実らず、飢餓に苦しむ者が続出した。
 そこで彼は、救済策を講じたうえ、年貢の減免を領主土佐藩仕置役 岡部嘉右衛門へ直訴した。

 しかし、安之丞を陥れ様ようと偽りの密告をした者のため捕らえられ、詳しい調べもなされないまま、
 元禄元年(1688)10月、高知城で処刑されてしまった。

 そこで当時の村の農民たちは、安之丞の霊を鎮め守護神として祭る彼の首塚を造った。
 その後、氏子たちの手によって荘厳な神社や墓が建立された。

 以来、県内外からの参拝者が絶えたことがない。
 非業の死を遂げた、義民・高橋安之丞は、
 死語300年を経た今も、氏子や村人の心の中に深く生き続けている。
           (祭典 3月2日・7月2日・12月2日)

               平成4年(1992)3月    吾北村教育委員会

 安之丞の胴体は、彼の恩義を受けたことのある杓田村(しゃくたむら・現、高知市)の農民清兵衛らによって
 埋葬され高知市長尾山町に若宮神社として祭られている。

ポイントは  ① 安之丞は庄屋の長男だった。 農民のために活躍していた。
       ② 飢餓から農民を救おうと、年貢の減免をお願いしたが、誰かに陥(おとし)いれられた。
       ③ その結果、処刑された。

若宮神社の御神体が、安之丞。
神社に祀るということは、安之丞の行いを、子子孫孫まで伝え、決して忘れないと云うことの意志表示かな。

11年5月26日 (5)

灯籠などが、いっぱいあった。 みな寄進されたもの。

11年5月26日 (6)

寺の整備は十分でない。 きっと、お年寄りが少ししか住んでいない。

11年5月26日 (7)

一般公開されていないが、本殿の彫り物も、見応えがあるそうだ。
いの町のHPに、小さいけど写真があった。

kanko_rekishi_p08kk.jpg

誰が、安之丞を陥れたかだが、こんなのがネットにあった。(郷土を救った人びと―義人を祀る神社―)

 この村には高橋安之丞を嫉み、折あらば自分が庄屋にならんと欲する川橋三蔵というものがいた。
 三蔵は高橋安之丞の訴願を知ると、岡部嘉右衛門を訪ね
 「高橋安之丞の訴願は嘘であり、彼が減税の上前を私腹に入れる謀りごと」であると讒訴した。

11年5月26日 (8)

彼の首が、どうしてここにあるかだが、こんな伝説が。(ほっとひと息、仁淀川より)

 その首は、生前恩顧を蒙っていた、杓田村の百姓清部衛が盗み、ひそかに安之丞の家に届けた。

帰りお墓を通ったら、お参りしている人がいた。

11年5月26日 (9)

安之丞の子孫は、この地にいると、途中で会った人が教えてくれた。

途中で見た、流れ橋。 両側に鎖がついている。

11年5月26日 (10)

早明浦ダムは、吉野川の上流。



「四国のいのち」とも呼ばれる、四国最大のダム。

11年5月26日 (13)

ここの水は、奪い合いをするぐらい大事にされている。 ダムは、無駄になっていないようだ。

11年5月26日 (14)

早明浦ダムは、高知県にある。
でも、高知県は、このダムの水をほんの少ししか使っていない。 たった、4%。
だから、日照りになってダムの水が無くなっても、あんまり気にならない。

土佐町の市街地が見える。  ※ 海の近くにあるのは、土佐市。

11年5月26日 (11)

ダムの水の半分は、徳島県が使っている。 あとは、香川県。
関係ないような愛媛県も、19%使っている。

この割合は、それを決めた頃、その県にどんな政治家がいたかが、影響を与えたようだ。
             (具体的には、香川県には大平総理や、社会党の成田委員長がいた)

11年5月26日 (12)

ダムの上流も、杉林が多い。 山に保水力がないから、雨が降ったら直ぐ流れる。
雨が降らないと、川の水は極端に減る。
この問題を解決しないで、ダムをいっぱい作った。
早明浦ダムも、ここ数日の雨で、やっと水が溜まった。

※ 四国で、昔、国策に反して杉を植えなかった町があった。 今の四万十町。
  きっと、先人の知恵でそうした。
  津波から人々を守った村と似ている。

11年5月26日 (15)

雨が続くので、困りました。





【道の駅】    土佐さめうら

【明日の予定】  梅雨に入ったようです。 台風も近づいています。
         剣山に近づきますが、登れる日が来るでしょうか。
         大変な山ではないので、多少の雨でも、行くかもしれない。
         月曜日辺りに何とか。

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石鎚山は、最後の最後が危険だった。
頂上近くには、まだ、アケボノツツジが咲いていた。
また、桜前線が本土最東端の根室にたどり着こうとする今、桜も咲いていた。
それは、花の小さな、イシヅチザクラだった。

石鎚山は愛媛県だけど、この辺りから南は、高知の方に川は流れている。


右下の、土小屋から登る。 頂上まで、3時間くらい。 
土小屋の標高は、1500㍍。 頂上との標高差は約500㍍。 大変ではない。

_MG_9301kokollok98.jpg

土小屋までは、石鎚スカイラインを走る。 7時にならないと、ゲートは開かない。

11年5月25日 (1)

土小屋の駐車場で朝食を食べ、弁当を作った。 おかずは卵焼きだけ。

駐車場から見た、石鎚山。 

11年5月25日 (2)

どこが頂上かは、あとで分かった。

11年5月25日 (3)

小さな祠が見える。

11年5月25日 (4)

駐車場の近くには、石鎚神社や宿泊施設があった。

登山口は、少し歩いた所にあった。
8時40分出発。 他の人は、みんな行ってしまった。 (車は、20台程)
頂上まで、4.6㌔㍍。

11年5月25日 (5)

登山道は、時々登りはあっても、平坦な部分も多く、休みを取らないで歩けた。
直ぐに見晴らしが良くなり、それが続いた。 尾根を歩いた。

11年5月25日 (6)

残雪。

11年5月25日 (7)

9時7分。 30分しか歩いていないのに、距離は全体の3分の1まで来た。

11年5月25日 (8)

見えた。 右に登山道が。

11年5月25日 (9)

頂上は、正面と思っている。 実際は少し右。

11年5月25日 (10)

今日はいい天気。 先日の雨が、空気の汚れを落とした。 気持ちいい。
上着は来てない。

11年5月25日 (11)

遠くの景色は、ずっと見えた。 

11年5月25日 (12)

急な登りが始まった。 木道が多くなった。

11年5月25日 (13)

雲海。 北の方向。

11年5月25日 (14)

避難小屋や神社が見えてきた。 ここは、山岳信仰の山だった。

11年5月25日 (15)

石鎚頂上舎と呼ばれる神社。

11年5月25日 (16)

一人なので、疲れたら少し休む。 だから、とことん疲れることはない。
※ 集団で登って、疲れたと言えなかったら、きっと辛い。

11年5月25日 (17)

木道の工事をしている人がいた。 ここまで、1時間半かかった。
挨拶の後、毎日登山ですね、と話しかけた。

11年5月25日 (18)

北から来る道が、表参道。 ここで合流。 少し上に、二の鎖小屋がある。

11年5月25日 (19)

ヘリコプターが、救助訓練をしていた。 
身を乗り出して探したり、人を吊り上げたり、していた。
下の方に、表参道が見える。

11年5月25日 (20)

面白いので、20分程ながめていた。 他の人達と一緒に。
エンストしたら終わり。 風が強いと、特に危険。

今なら怪我をしても、直ぐ愛媛の病院に運んでもらえると思った。

11年5月25日 (21)

神社までの、最後の登り。 鎖場があったが、行かなかった。
登山道があっても鎖場を作るのは、ここは修験の場、だからか。

11年5月25日 (22)

イシヅチザクラがあった。

11年5月25日 (24)

小さな花。 薄いピンク。 花が少し筒っぽい。
姫と云う名前を付ければ似合う、かわいい花だった。
※ 例えば、イシヅチヒメザクラ(石鎚姫桜)とか。

11年5月25日 (23)

上の花と、根室のチシマザクラが、5月の終わりに咲いている。  一緒に、桜のフィナーレを飾る。
下は根室の清隆寺のチシマザクラ。 今日。(北海道新聞)   若いころ、毎年見た。 大きな木がいっぱいある。

tisimazakurao90890o.jpg

石鎚頂上舎に着いた。 その前の広場。 ここは、弥山(みせん)と云う山の頂上。

11年5月25日 (25)

拝殿。 お参りした。

11年5月25日 (26)

向こうに見えるのが、石鎚山の最高峰、1982㍍。
頂上がこんな崖なのは、初めて。

11年5月25日 (27)

荷物を置いて、カメラだけを持って向かった。

ここを下りてきた。
ここが危険と、戻って来た人が言った。

危険な理由が分かった。 
易しいコースは右なのに、誰かが鎖を左にしていた。
左を下りると、鎖は途中まで。 そこから、右手前まで鎖は無い。 
ここで落ちたら大変。 細いロープは当てにならない。

用心して渡ったけど、まずい判断と思った。
もう一度戻って、鎖を右に垂らして下りればよかった。(右は、鎖がなくても何とかなる感じ)
戻る時は、鎖は、右になっていた。 誰かが直した。

鎖が垂れている方が、正規ルートと思った。
それが、失敗のもと。
ただ、この時学んだ「戻る」ということは、この後役だった。

11年5月25日 (28)

こんな道。 何とかなりそう。

11年5月25日 (29)

アケボノツツジ。 まだつぼみもあり、見頃。 この花は、祖母山で見た。 

11年5月25日 (30)

この辺りから、自信のある人は、好きな所を歩いていく。 

11年5月25日 (31)

手前が危険。 右に落ちたら大変。 

11年5月25日 (32)

この岩を真っ直ぐ行こうとしたが、危険に感じ、少し行って戻った。 下の迂回ルートを行った。

11年5月25日 (33)

迂回ルートは、木と岩の境にあった。 木につかまりながら登った。

11年5月25日 (34)

頂上が見えた。 右に転がっても大丈夫。 怪我ですむ。 左は、真っ逆さまの崖。

11年5月25日 (35)

やっと着いた。 頂上には、数名しか上がれない。 向こうは南。 

11年5月25日 (36)

周りは、知らない山ばかり。

11年5月25日 (37)

南方面。 四国カルストは向こう。 ※ 四国カルストから見た、石鎚方面。 この写真の右奥に石鎚山が

11年5月25日 (38)

北からの、表参道。

11年5月25日 (39)

向こうから来た。

11年5月25日 (41)

11年5月25日 (40)  11年5月25日 (42)

11年5月25日 (43)  11年5月25日 (44)

雲が多くなって来た。 天気は、下り坂。 この天気は、今週今日だけ。

11年5月25日 (45)

向こうの岩場に行く人もいた。

11年5月25日 (46)

アケボノツツジのつぼみ。

11年5月25日 (47)

神社に戻ってきた。 そこで、お弁当。
帰りは、どこも危険に感じなかった。
 
頂上の近くを撮影。 
手前の人は、崖の縁をずっと登って行った。

IMG_0484p0990.jpg

11年5月25日 (48)

下山開始。 午後1時26分。

11年5月25日 (49)

山芍薬(ヤマシャクヤク)だそう。 キンポウゲ科の仲間。 似た花が咲くのかな。

11年5月25日 (50)

一番後ろの人は一人。 長野から来ていた。
子供の頃、高知に住んでいたという。 母親と弟さんで高知に来た。

途中から2人になって、ずっとおしゃべり。 私と同じ年齢。

11年5月25日 (51)

11年5月25日 (52)

向こうの山を下りたら、駐車場。 あと少し。

11年5月25日 (53)

2時間ほどで、着いたようだ。
下の駐車場に、母親と弟さんが待っていた。 ※ 女性の方は、表参道から登って来ていた。
弟さんは、私の車を見て、ブログを読んでいた。
お礼を言って、お別れ。

私は、次の道の駅に向かった。 近道がないので大変。

ヘリでの救助訓練を見たが、石鎚山は滑落事故がたまにあっても不思議でない、そん感じがした。
今日は、大きな勉強をした。 「戻る」と云うこと。
そういう面で、いい日だった。





【道の駅】    木の香



【明日の予定】  午前中はブログ  午後、剣山に近づく途中、どこかを。

          
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今日は、大きな偶然があった。

もし、はりまや橋の近くで、坊さんがかんざしを買っていなかったら、橋もヨサコイも魅力半減。
あの純信という坊さんとお馬さんの恋の物語のおかげで、大きな魅力が生まれた。

今日は、純信が最後に生きた土地に行ってきた。
お墓にも。

そこは、久万高原町の東川という地域だった。
墓の場所を知るため、人を探した。 
道から離れた家で、木をたたく音がしたので行ってみた。

年配の男の人がいて、墓の場所を教えてくれた。
途中で、別の人が、墓まで案内してくれた。
その人は、この地域に、純信の子孫がいると教えてくれた。

帰りにその家に寄った。
行って見てびっくり。 そのお家は、どこだったと思いますか。
分かりますね。

そこへ行く前に、第45番札所岩屋寺に行った。 魅力は、危険な行場跡。


この寺は、88寺の中で、境内まで最も長い距離を歩かなくてはならない寺。 約20分。
それと、逼割禅定(せりわりぜんじょう)という行場があるのが特徴。

駐車料金がもったいないから、300㍍程離れた所に停めた。
橋を渡って、右の山に入る。

11年5月24日 (1)

お土産屋さんを過ぎて、しばらく歩いた。

11年5月24日 (2)

お年寄りは、何度も休まないと、本堂に着かない。

11年5月24日 (3)

このおじいちゃん、福岡から来た。
山はいいと言った。 空気に木が出す何かがあって、それがいいと。
都会はストレスがたまるとも。

11年5月24日 (4)

20分ほどかかって、着いた。 大師堂。 重要文化財。

11年5月24日 (5)

11年5月24日 (8)

本堂。 右に梯子がある。

11年5月24日 (6)

梯子を登った。 ここには昔、法華仙人堂があった。
  ※ 高い所に登る時、足を踏み外さないように気を付ける。
    万が一踏み外しても、体重を手で支えられるようにしている。

11年5月24日 (7)

行場は、ここを通って行く。 

11年5月24日 (9)

こんな道。 たくさんお遍路さんはいたが、行場は私だけ。
夜の雨で、どこも濡れている。
登山の靴でなかったので、少し後悔。 滑りやすい。

11年5月24日 (10)

カギがいる。 300円だった。 お札も。

11年5月24日 (11)

道端に、~~童子と云う石像があった。 そこに、1枚ずつ置いた。 

11年5月24日 (13)

みんないい表情。

11年5月24日 (12)

やさしい。

11年5月24日 (14)

崖の上とかにもあった。

11年5月24日 (15)

大きな杉も。

11年5月24日 (16)

30分ほど歩いたら、ここに着いた。 岩の割れ目を登るようだ。

11年5月24日 (17)

お堂の中には、真っ赤な像。

11年5月24日 (18)

カギで、ここを開けた。

11年5月24日 (20)

頂上に、白山大権現が祀ってある、とある。

11年5月24日 (19)

急だ。 途中で手を離したら、下まで落ちる。 梯子より、こっちが安心。
上半身を、岩から離すようにした方が、登りやすい。 足で岩を、横から押すように。

11年5月24日 (21)

更に上が。 鎖場と梯子。

11年5月24日 (22)

梯子を登った、狭い所にしゃがんで、膝をついて撮影。 鎖につかまらないで立つのは危険。
頂上まで、あと少し。

11年5月24日 (23)

梯子からここまで来たり、ここから梯子へ行くのが、少し危険。 つかまる所がはっきりしない。
自分で考えなければならない。

11年5月24日 (24)

頂上の周りは木で、遠くは見えなかった。 隙間から少しだけ。
下が、こんな風に見えた。

11年5月24日 (25)

上は狭く、2人くらいしか上がれない。

11年5月24日 (26)

この後、用心して下りた。 戻ってくるのに、1時間半ほどかかった。

11年5月24日 (27)

こんな道を下った。

11年5月24日 (28)

寺の下に、少しだけ家並がある。 

11年5月24日 (29)

登った岩は、これ。 
※ お寺の郵便物などは、このロープウェーで上げる。

11年5月24日 (30)

11年5月24日 (31)

直ぐに、東川地区に向かった。 8㌔程。


石垣のきれいな集落だった。 なかなか人に会わない。

11年5月24日 (32)

少し高い所の家で、物音が聞こえた。 ここのお家。
男の人がいたので、墓地の場所を聞いた。 もっと奥だった。 数百㍍。

11年5月24日 (34)

ゴザの上でお茶の葉を乾かしている。 黒くなったら完成。
正面は、アオイ。 その右はお茶。 正面向こうは、ジャガイモ。 色々話して、別れた。

11年5月24日 (33)

雨の予報だったけど、天気は良くなった。 これだったら、今日、石鎚山に登れた。

11年5月24日 (35)

途中で人に会った。 これから向こうに草刈りに行くからと、案内してくれた。

11年5月24日 (36)

見えた。

11年5月24日 (37)

どこにあるか、丁寧に教えてくれた。

11年5月24日 (38)

純信が、最後はここに住んで、そして亡くなったことは、調べたら、今は定説となっていた。

11年5月24日 (39)

純信とお馬は、お互い好きになったが、下の事情でうまくいかなかった。
※ 記事は、「四国歴史文化道」のHPより。

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※ 純信は竹林寺の僧。 竹林寺は、今年の1月に行った。
※ はりまや橋には、一昨年行っている。

案内した人が、純信の子孫の家を教えてくれた。

※ ここから下は、時間がないので、詳しくは明日です。

11年5月24日 (40)

11年5月24日 (41)

教えてくれた家は、最初の家だった。
さっき話した人は、この人。 純信の5代目。  ※ 写真とか、了解をいただいた。

11年5月24日 (42)

【今日の歌】  よさこい鳴子踊り  坂本冬美



【動画】  ※ かんざしを買ったのは、正確には純信ではない。



【道の駅】  みかわ

【明日の予定】  石鎚山に登る

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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恵みの雨が、やっと降った。
昨晩からの雨は、1日降り続けて、これで土の中深くまで水は浸みた。
この雨を待って、田植えをする所もある。

九州での山登りが終わって、長島に行って、四国に渡る。
ここで、2つの山に登る。

明日は天気が悪いので、石鎚山は明後日の25日。
雨の日ばかりなので、剣山はいつになるか分からない。
麓で待つか。

今回は、からへ。 以前は、からへ。  オレンジの町を通って行く。

八幡浜臼杵から

臼杵に行く前、豊後大野市の清川に寄った。
以前お世話になった、Tさんがいる。 
東北に米を30㌔届けてほしいと、頼まれていた。

積もうかと言った時、車の中は温度が上がるから、品質が落ちることに気づいた。
私が東北に行った時、送ってもらうことになった。
その米は、陸前高田市の、あのお風呂を作った社長さんに届ける。

Tさんは、6月の初めに大きな手術をする。
私は、免疫力を高めることを、とにかくお願いした。
それに関わるいくつかの物を、先日渡した。(黒酢やサプリメントなど)
※ 免疫力について、私は少しだけ詳しい。 15年ほど前から、勉強を始めた。
※ 病院は免疫力を薬で高めようとする。
  薬以外の方法は、お金にならないので、ほとんどの病院はしない。

来年3月の末に清川に来る。 そして御嶽神楽を見る。
その時、全快祝いで豊後牛を御馳走すると約束した。 (昨年御馳走していただいた)
※ 少し前、Tさんには、山羊の乳を御馳走になっていた。
  そのブログは、完成していないかな。


臼杵港のフェリーターミナルを出た。
臼杵の町は、いつか詳しく歩きます。  ※ 代表は、臼杵の石仏。 国宝のもある。

11年5月23日 (1)

新しいフェリーだった。 食事もでき、カレーを食べた。  ※ こんな船(外観、中の感じ)

11年5月23日 (2)

向こうに2等の客席。 

11年5月23日 (3)

八幡浜(やわたはま)港まで、2時間半ほど。 2時頃着いた。

11年5月23日 (5)

段々畑には、ウンシュウミカンの木。 

11年5月23日 (4)

※ 関連ブログ  保内の明治の町並みを歩く ~八幡浜市保内町~ 他 (2011/2/15)
                 上のブログに、龍譚寺(りょうたんじ)が出てくる。 石原裕次郎の先祖の菩提寺。

大洲市、内子町を通って、久万高原町(くまこうげんちょう)へ。
山の中に小さな神社が。 神楽を舞う舞台があった。

11年5月23日 (6)

途中、大江健三郎の生地も通った。 
※ 関連ブログ  屋根付き橋の田丸橋  大江健三郎の故郷  曽我十郎首塚 ~内子町~ 他 (2011/2/6)

ずっと雨の中を走った。
道の駅みかわ は、松山市と高知市を結ぶ、国道33号線沿いにあった。

11年5月23日 (8)

ここは、四国カルストの北の方に位置する。 愛媛県では、最も山深い所。

11年5月23日 (7)

雨が降ったら、急に寒くなった。
これから、雨の日が続きそう。 うまく山に登れるか、少し不安。

【動画】







【道の駅】    みかわ


【明日の予定】  岩屋寺に行って見る。  駐車場から本堂まで、88寺の中で一番遠いという。
         大変な所に、修験の場があるという。 
         雨で濡れてなかったら行く。 鎖につかまって。

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車での生活は、電気が命綱。
長島町のUさんに、全ての面倒を見ていただいた。
準備万端整って、北に向かう。
※ 暑さから、逃げるように。 いや、涼しさを求めてか。


註文した物は、来週来ると予想していた。
今日は、出水市のどこかに行こうと、調べていた。
そこに電話が来た。 Uさんから。 品物が昼頃みんな届くと。

午後1時に会社に行った。
Uさんの農機具会社は、長島町の指江(さしえ)にある。



向こうに行くと、阿久根市。 市長さんで大騒ぎ。
 ※ 阿久根市の思い出
    昨年、バンクーバーオリンピックを、阿久根市の道の駅でテレビを見ることにした。
    テレビは映らなかった。 急いで、薩摩川内まで下った。

   その日のブログ(フィギュアスケートのショートプログラム)

 ※ 次の日、Uさんのお世話で、タイヤを交換している。

ここの交差点が、中心街。

11年5月22日 (5)

石垣は、やっぱりある。 

11年5月22日 (6)

山の上には風車。 効率良く発電するように、きっと進化していく。 

11年5月22日 (7)

向こうは道の駅、そして、天草に。 道端には、植えた花や、勝手に咲いてる花が。
この島は、光の強さを感じる。

11年5月22日 (4)

ゴッホの絵のような花が、似合う。

11年5月22日 (8)

空き地に咲いてる花。

11年5月22日 (9)

豚が、トラックで運ばれていった。

11年5月22日 (10)

前の方に、新しいソーラーパネルを取り付ける。 以前あったが、壊した。 ※ パネルは裏返しになっている。
1枚で、125ワットの電気を生みだす。 
2枚だと、テレビとパソコンと冷蔵庫が使える。 そんな感じかな。

11年5月22日 (3)

バッテリーは、ここに入る。 左のは、元々あったバッテリー。 エンジンの始動やライトに。
以前からあったバッテリー2個は、後ろの方にある。

11年5月22日 (2)

このバッテリー。 Uさんお勧め。 外国製。 少し高い。

11年5月22日 (1)

屋根に、取り付け終わった。

11年5月22日 (11)

港の方に、少し散歩した。

11年5月22日 (12)

指江港。 小さな港。

11年5月22日 (13)

アコウの木の下で、おじいちゃんの感じの人が、仕事をしていた。

11年5月22日 (17)

タコを獲るカゴを、修理していた。

11年5月22日 (19)

後ろにブランコがあった。 木から下がっている。 お孫さんのいるおじいちゃんが作ったそう。

11年5月22日 (20)

左の網は、イセエビの網。 バイクはおじいちゃんの。 正面の船も、おじいちゃんの。
明日8時頃、海に出る。 近く。

家にいたら、おばあちゃんとすぐ喧嘩になるから来たと言った。
昔ほどタコは獲れないとも。
私は、「漁は、網をあげる時ドキドキするから面白いね」と言った。

子供は、千葉にいる。

11年5月22日 (18)

これは、タコつぼ。 タコはヤドカリと一緒で狭い所が好きと、教えてくれた。
だから、タコつぼにはエサはいらない。
プラスチックのと瀬戸のがあった。

11年5月22日 (14)

この中に入る。

11年5月22日 (15)

一緒に漁に行けたら面白い。

港の中まで、水はきれい。

11年5月22日 (16)

戻ってきたら、バッテリーは付いていた。

11年5月22日 (21)

最近ずっと、9時か10時には電気が切れた。 エンジンをかけた。
今0時20分だけど、朝まで電気は持ちそう。

私のように、毎日8時間ほど電気を使う人は少ない。
これに対応するための最善の方法が、まだ見つからない。
電気の使い方など、今後、Uさんにアドバイスを受けながら、色々試してみたい。

Uさんにお支払いしたのは、材料費だけ。
社長さん(Uさん)を含め、3人で何時間もかかったのに。
私の旅は、こうやって、多くの人に支えられて成り立っていることを、あらためて感じた。

夕方、お礼を言ってお別れした。
奥さまには、先日カレーを作って頂いたお礼も。

下のバラ園は、水俣の道の駅にあった。 
いつか水俣に行かなければならない。
どうして、水俣病の解決に、あんなに月日がかかったのか。
 (ブログに書きにくい理由がありますね。 知ってる人は、知ってると思う。 会社とある人が関係ある)

11年5月22日 (22)

電気関係でお世話になるため、長島までとんできた。
今年の冬にまた来る。 天草かこの辺りで、冬を過ごす予定。

態勢が万全になって、北上です。

【道の駅】    阿蘇

【明日の予定】  四国に

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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