キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

いつの間にか、4月が終わる。 はやい。
今日の仕事は、瓦礫の撤去。 初めて。

相馬市の街外れに、小さな新沼観音堂があり、そこに、天明餓死供養碑というのがあった。
東北は寒いから、飢饉の時は、他よりも被害が大きい。 1回の飢饉で、死者数万人。
昔も今も、東北の人達は、辛い思いをする。


ボランティアセンターの受け付けは、9時から。
昨日遅れて行ったら、仕事が午後からになったので、8時半過ぎに行ってみた。
下のように、人が並んでいた。
私は、並ばない。

11年4月30日 (4)

車で休んでたら、9時20分頃、列は消えた。
仕事は無いかもしれないと思ったが、受付に行った。

ボランティアの人は、20人ほどいた。
一つだけ仕事が、貼り出してあった。
内容は、「力仕事、瓦礫の撤去」とあった。
5人必要だが、2人しか希望していない。 みんな敬遠したために、残っていた。

私は、すぐそれに申し込んだ。 
集合時間は12時過ぎで、場所は下の地図の、松川浦。 北隣に相馬港がある。


たくさんの船が打ち上げられていた。 船の向こうは海。

11年4月30日 (1)

上の写真の船の方から撮影。 右手前の家が、仕事場。
家の周りの瓦礫を、写真の左手前に運んだ。 一輪車を使って。 大きな物は、何人かで。
※ 釘を踏まないようにだけ、注意を払っていた。

11年4月30日 (2)

瓦礫は、流れてきた物と、家の中から出した物。

家の中では、業者が床下の泥出しの準備をしていた。
発電機で電動の工具を使い、切ったりして、要領よく床板を剥がしていた。
床下の水と泥は、吸い取ると言った。  ※ バキュームカーのように。

3時頃には終わった。
お茶やお菓子を御馳走になった。
みんな記念写真を撮り出したので、私も1枚。 女性の方が、ここにお家の人。
オレンジのジャケットの人は、迎えに来た人。
黄色のジャケットの人は、まとめ役。

11年4月30日 (3)

3時半過ぎには戻ったので、天明餓死供養碑を見に行くことに。
この碑については、相馬市の歴史を調べていたら、たまたま見つけた。

 ※ 話はそれるが、私の母方の苗字は相馬。 
   先祖はこの町かなと思って、母に聞いてみたら違った。
   母の母方の先祖は、盛岡市。 母の父方の先祖は、栃木県だった。

その碑は、新沼観音堂の入り口にあった。


説明の下にある、小さな石碑が、天明餓死供養碑。

11年4月30日 (5)

これが、供養碑。 なんて書いてあるか、全部読めない。 ※ ネットにもない。
餓死と、男女が読める。 右に、寛永二とあるのかな。

11年4月30日 (7)

説明は、こう。  200年とちょっと前の話し。

11年4月30日 (6)

天明の大飢饉が、一番大変だったが、江戸時代どんな飢饉があったのか。

① 寛永の大飢饉 寛永19年(1642年)~寛永20年(1643年)
② 享保の大飢饉 享保17年(1732年)
③ 天明の大飢饉 天明2年 (1782年)~天明7年(1787年)
④ 天保の大飢饉 天保4年 (1833年)~天保10年(1839年)   

※ ここまでの4つが、4大飢饉。 他に、

⑤ 元禄の飢饉(元禄年間 1691年~1695年)
⑥ 延宝の飢饉(延宝年間 1674年~1675年)
⑦ 天和の飢饉(天和年間 1682年~1683年)
⑧ 宝暦の飢饉(宝暦年間 1753年~1757年)

上の中で、半分の、③④⑤⑧は、東北地方が特にひどかった。 
  ※ 他は、東北だけでなく、全国的に。 東北は、いつも大変。

死者については、下のように。  ※ 数字は、Wikipedia と 相馬の歴史講座と相馬郷土史研究のHP より。
                ※ 相馬市は、昔は相馬中村藩。
○ 元禄の大飢饉   東北全体で、50000人。
○ 宝暦の大飢饉   東北全体で、60000人。
○ 天明の大飢饉  相馬中村藩で、16000人。  ※ 弘前藩だけで、10万人、
           東北全体で、80万人とも。 松平定信の記録は、全国で140万人。
○ 天保の大飢饉     全国で、20~30万人。

下の絵は、江戸期の出版物「卯辰飢饉物語」にあるもの。   詳しくは、ここのHPに
人が馬の肉を食べている。 犬が人の肉も。
       ※ 人が人を食べてる文や絵もある。

tennmeinodaikikinnkkouo.jpg

東北は、今の時期も、海からの風は冷たい。
夏になっても吹く、その風は「やませ」と呼ばれる。 冷害が飢饉を引き起こす。
天明の飢饉の時は、岩木山が噴火している。 火山灰を降らせ、空を曇らせた。 これも、冷害の要因の一つ。

東北では、醤油の原料の大豆を作らされた所もある。 大豆は冷害に弱かった。 あわやひえは、強い。

新沼観音堂は、少し行って、左に登った所にあった。

11年4月30日 (10)

新沼観音堂。

11年4月30日 (8)

石塔が、雑多にならんでいた。 ・・三夜と読めるのがあった。 二十三夜塔かな。
庚申塔もあった。    庚申塔(Wikipedia)

11年4月30日 (9)

東北の人々は、今回の津波や放射能で、辛い思いをした。 また、今もしている。
天明餓死供養碑を知った時、もしかしたら、他と比較して、昔から大変な思いをして来たのでは、と思ったので、調べてみた。
東北の人達の厳しい生活は、少なくとも、江戸時代から続いていた。

復興を果たした時の東北の姿は、
「もう津波の心配はなく、涼しさが米作りに有利で、豊かな漁場を抱え、そして、誰もが幸せに生きられる所」
そんなイメージでしょうか。 そうなったらいい。

※ なお、松尾芭蕉の「奥の細道」の旅は、「寛永の大飢饉」と「元禄の飢饉」の間に行っている。
  1689年のこと。
  飢饉の時には行かないから、きっと、落ち着いてる時に行った。

※ キム・ヨナは負けました。
  昨日、不安を1つだけ書いた。
  コーチと並んだ時、二人の間に一体感が感じられなかった。
  コーチが、ヨナの心のコントロールを助けることは出来なかった。
  オーサーコーチとの違いだ。

  負けたけど、キム・ヨナの魅力が少しも減ったわけではない。
  オリンピックで勝つことは、歴史に歴然と残る。
  それほど大きなことで、それによって、心も何もかも、すり減らした。  
  だから、次の1年くらいダメだって、どうってことない。

  フィギュアスケートの女子は、キム・ヨナを中心にまわっていることには変わりない。
  次のシーズンを気分よく勝ってやめるか、次のオリンピックを勝ってやめるか、どちらでもいいと思う。
  勝負の世界は、誰かが泣く。 きびしい。

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相馬市のボランティアの人数は、普段は60人くらい。
でも、連休に入ったので、今日は100人を越えた。
駐車場を探して、少し遅れて行ったら、直ぐの仕事はなかった。
2時半から、道具洗いをした。

夕方、海岸線をあっちこっち見ながら、南相馬市まで行って来た。
放射能で騒がれているが、自然の美しい町だった。


相馬市は市だが、ボランティアの人数は、亘理町の3分の1。(今日は少し多かったが)
福島県だからでしょうか。 
原発にもっと近い南相馬市は、どうなっているのでしょう。

ここが、ボランティアセンター。
2時半から、ここで、スコップや一輪車を洗った。 1時間半。
私は、カッパ(登山の上下)を着てたので、濡れても大丈夫と云うことで、高圧で水が出るのを使った。
戻って来た人の、長靴の底や、カッパも洗った。

11年4月29日 (1)

4時半過ぎ、南相馬市の海岸線に向かった。
この時間になると、工事とかがあっても終わるため、走りやすい。
迷惑をかけないですむ。

亘理町までが仙台平野で、その南は、低い山が海に近づいていた。
下の写真は、南相馬市の北部の海岸線。 鹿島区北屋形。

11年4月29日 (2)

水の引いた後に、下の様に、数㌢の厚さで汚泥を残している。
床下と同じように、その部分ははがれそう。
※ ものすごい数のボランティアがいたら、取り除けるかも知れない。

11年4月29日 (3)

海岸線は通行止めになってる所があり、迂回したり、国道に戻ることもあった。
下の場所は、上の写真の所より、少し南。
海に近い所の家は、みんな流されていた。



南相馬市の道の駅まで行って、戻って来た。




【その他】

相馬市内では、車は城跡の駐車場に停めた。
午前中、そばの野球場で、高校生の練習試合を、30分ほど見た。
温かい日差しの中で、のんびり。 いいもんだ。
その後、2時まで寝た。

DSC0039778uioopko.jpg

夜、世界選手権の女子のショートプログラムが始まった。

キム・ヨナは、冒頭の3回転・3回転を失敗した。
それでも1位だったので、このことが大きいと考えるしかない。

いい動画がない。

気付いたことを少し。
① 3回転3回転を失敗することは、この所、ずっとなかった。
  アメリカのある選手が、ヨナは3回転を2回転を跳ぶように跳んでいる、と言った。
  ジャンプは、難しい。
② 新しいコーチは、ヨナの心のコントロールをどうやってるのか。
  そこが少し心配。
③ 1度ミスしても、引きずらないのは、いつもの通りだった。
  それが出来たので、演技の後は、まあいいか仕方ない、っていう表情をした。
④ ステップでは、片足で滑る部分が多かった。 特に最後の部分は、圧巻と云ってもいい。
⑤ 点数を見てほっとした。 胸に手をやった。
⑥ 全体は、見ていて退屈しない内容だったでしょうか。
  レベルアップが図られているように感じた。
⑦ フリーでは、1回転んで、他に小さなミスがいくつかあっても、勝てる。


相馬市のある所に、「餓死供養塔」というのがある。 そのことが分かった。
今回の地震、そして津波。 さらに、原発の被害。
東北は、昔から・・・、と思い始めてる。

上のことについて整理してみたい、また考えてみたいと思っている。
供養塔も見に行って。

スケートは、今晩、フリープログラムがあります。


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福島県の、相馬市に移動することにした。

亘理町に1週間いたが、この町での仕事は、南三陸町や陸前高田市での仕事とは、少し違った。
三陸での仕事は、被災者の今の生活に密着していた。
風呂焚きや、支援物資の分配、衣類や靴の仕分け、避難住宅として利用するための集合住宅の泥出し、そんなのだった。
亘理町のは少し違って、泥出しや家の周りの清掃が中心なため、復興に向けての被災者の支援の感じだった。

亘理町のボランティアセンターの南に、前沼と云う小さな池があり、公園になっていた。
そこの駐車場に、停泊していた。 私以外の車はなかった。

11年4月28日 (1)

すぐ側は、墓地になっていた。 下の写真の右上の方。 池は、右下に。
夜、薄気味悪いとか思うことはなかった。 墓地のことは、忘れていた。


色んな花が咲き始めていた。 時々散歩した。

11年4月28日 (2)  11年4月28日 (3)

国道6号線を南に向かった。 国道から、時々被災している所が見えた。

相馬市に入って、適当な道を海に向かった。
後で調べたら、磯部という地域だった。


仙台から南は平野が多いので、津波は広くどこまでも内陸に入り込んだ。

11年4月28日 (4)

見渡す限りと云うより、地平線までこの状態、という感じ。

11年4月28日 (5)

穀倉地帯が、こうなってしまった。



明日から、大型連休が始まる。
ボランティアの人たちが、たくさん来る。
人が多すぎて、仕事が足りないかもしれない。

※ 大川小学校の保護者は、まだ見つからない子供たちを毎日探している。 あと、6名。
  もし手伝わさせてもらえるなら、何日でも構わない。 そう思う。
  でも、この仕事は、保護者以外では、消防と警察の仕事かな、とも思う。


世界選手権の男子のフリーが終わった。
小塚が、4回転を跳んで成功した。 他のジャンプも安定していた。 2位。



4回転を安定して跳べなければ、優勝は難しい。
パトリック・チャンは、難しそうに跳んでいない。 そこが、すごいのか。
全体的な滑りは、個人的には、プルシェンコの方が、見てて退屈しない。 ※ 彼は今、出場停止。



いよいよ明日、女子のショートプログラムが始まる。

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今日も、床下の泥出し。
でも、泥の状態が違った。 床を剥がした部分は、取りやすかった。
3人の女性が、一緒だった。 3人とも、泥と格闘した。

ボランティアセンターでの打ち合わせで、フローリングの床は剥がさないことを、確認した。

今日の場所は、国道6号線の外側。 
どこの家も、1.5㍍の程の床上浸水。
ところが、無傷の新しい家があった。 ガラスも割れてない。
  ※ 家の周りの土は、一部持って行かれたが。
荷物を出した様子はないと、作業した家の人が教えてくれた。

きっと、強化ガラスを使っていると思った。
  ※ スコップでたたいても、簡単に割れない強さ。

依頼された家の作業は、畳の下の板剥がしから、始まった。 
板は、再度使うと言うことで、釘を抜いた。 午前中では、終わらなかった。

下の写真は、昼休みに撮影。  (撮る時は、家の人に話してから)
泥の下は砂利だった。
水が抜けたため、泥は粘土のようになっていて、剥がして取った。 泥の厚さは、5㌢程。 楽な作業。 

泥の中から、死んだヘビが出てきた。 一番多いのは、魚。

11年4月27日 (2)

広くはないが、フローリングの部分があった。
その部分の泥はどうしようか、男の人達で話していた。
  ※ 今日は、本部の人が、たまたま午前中だけ手伝いに来た。 その人を中心に相談。
そうしたら、女の人達がもぐって、ぱっぱと取り始めた。
暗いから、懐中電灯を持って。

下の写真が、その3人。 白石など、近くの町から来た。 両側の人はお友達。
3人とも明るく、そして、たくましかった。
津軽の岩木山で出会った女の人達に似ている、と感じた。(山の一番下から登って来ていた)
                             ※ 関連ブログ  岩木山に登りました。~山頂の風は 爽やかでした~
11年4月27日 (1)
                         ※ 上の写真、ブログに載せることは、話してある。
板を剥がしての泥出しは、3時半までには、全部終わった。
あるボランティアの人が言った。
「奥さまの表情が変わったね」って。

下の写真の真ん中の人が、その人。
家の中をどうしようか、途方に暮れていた。 これで、少し見通しが付いた。
※ 奥さまは、11日は車で逃げた。 2日間、車の中で暮らしたと話してくれた。

この後、本部に戻る。

11年4月27日 (3)

本部から来た人に、下のことを話しておいた。
フローリングは剥がさないと依頼者に話したら、潜って泥を取ってほしいと、要求される場合も出てくる。
その時、どの程度までなら作業するのか、決めておいた方がいいと。

床下の泥出し作業を望む家は、全ての家。 
でも、ボランティアが対応してるのは、ほんの一部。 
ボランティアがやってくれるとは、ほとんどの家は知らない。
  ※ 対応しきれないということもあって、積極的な宣伝はしないボランティアセンターが多い。
 
亘理町災害ボランティアセンターの正面。  ※ 普段は、武道館だったかな。

11年4月27日 (6)

中の一部。

11年4月27日 (5)

県外からが、圧倒的に多い。 
その日作業する人の3分の1は、新しく来た人。
5月に入ったら、県外の人を新規に受け付けるのは、やめるそう。
ボランティアの活動の規模を、縮小していくと思われる。

11年4月27日 (4)

東北の女性は、爽やかで、たくましい。 その姿を再び見た。
今日は、そんな一日だった。

明日は、福島県の最北の町、相馬市に移動します。 ※ 正確には、最北に近いかな。

【その他】 4月27日、モスクワで開催されているフィギュアスケート世界選手権の開会式で、
      東日本大震災の犠牲者を追悼するため、リンク上に日の丸が映し出された。(2011年 ロイター/Denis Sinyakov)

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真央ちゃん達も、公開練習をした。 キム・ヨナの、インタビューもある。



キム・ヨナのフリーの曲は、「アリラン」。 ショートプログラムは、29日です。



パトリック・チャンです。 最初のジャンプが4回転・3回転。 中間にトリプルアクセルが。 解説はルーマニア語。
    Patrick Chan SP - 2011 Worlds (World Record 93.02 pts)


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究極の災害ボランティアの仕事は何でしょう。
それは、床下の泥出しかもしれません。

最近、福島県知事の怒り方は、パフォーマンスかなと思っています。
自分に火の粉がかかるのを防ぐために。


ここの場所は、国道6号線の海側。 
だから、家の痛み方が大きい。 流されてる家もある。

今日は、この家の床下の泥出し。

11年4月26日 (1)

床を剥がして、泥の上の水をすくい取った所。 水は、泥の上10㌢くらいあった。
右隣は、床がフローリングだったので、剥がすのは大変だった。 道具は、バールだけ。
泥と言っても何でも混ざっている。 トイレは、水洗とは限らない。

11年4月26日 (3)

スコップでバケツに入れるんだが、はねる。 頭や顔にも飛んでくる。
8人くらいでの作業。 女の人が2人。 みんな泥だらけ。

床下の泥出し作業は、ボランティアの仕事にはしてない市町もある。
そのくらい、少し大変。
亘理町は、他と違って、ボランティアセンターの人は、責任者として現場の作業には来ない。
もし来てたら、道具は何が必要なのか、事前に水抜きしてたら作業がしやすいなど、分かる。
            ※ 水抜きは、コンクリートに穴を開ける。 これは、業者。
何だかんだ云いながら、上の写真の部分の8割は、泥出しが終わった。
※ でも、向こうとこっちに、戸は無いので、雨が降ったら、また水が入る。

ボランティアの人は、与えられた条件で仕事はするが、仕事をし易くすることが必要かなと感じた。
  ※ 中身を整理して、意見として伝える予定。

水道の配管工事をしていた。 
橋の上の隅っこに、配管があった。 とりあえずここに、ということで。

11年4月26日 (2)


福島原発が津波による電源喪失の可能性を指摘された時、福島県知事は特別な対策をせず、原発の稼働を認めた。
前の知事は許可しなかったけど、佐藤知事はプルサーマルを許可した。
交付金60億円が、福島県に入った。

徹底的に東電を攻撃するのは、自分が攻撃されるのを防ぐためのように見える。
福島原発の事故の、福島県民に対する責任は、佐藤知事にもある。
また、知事は、茨城県・宮城県・栃木県・山形県にも謝らなければならない。

国にも責任はあるから、東電・国・福島県知事は、同じ穴のムジナ、ということかな。
佐藤知事は、いつまでも、被害者の顔はできない。

【その他 1】 一昨日、地元の人に聞いた話。
       たくさんの家が、泥棒に入られた。 2~3回入られた家もいっぱいある。
       日本は、そんなにほめられた国ではない。

【その他 2】 今週末には、福島県に入ります。
        どこにするか、調べています。 駐車場の関係を中心に。

        南相馬市は、テントや車での宿泊は、禁止にしているようだ。
        放射能の関係と思う。

        相馬市になるのかな。

キム・ヨナの公開練習の動画が見つかった。
ショートプログラムの雰囲気が、やっと分かった。



真央ちゃんの状態は、どうなんでしょう。
2人で、勝ったり負けたりが、一番面白いのかも知れない。



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ブログを元に戻します。
事情があって、1日遅れでした。 また、震災の動画も直接載せてませんでした。
※ 停泊場所については、もう少ししてからにします。

亘理町の災害ボランティアセンターの特徴は、道具が大量に置いてあること。
長靴やゴム手袋もある。

ボランティアに参加する人は、本来自分で用意しなければならない物は、たくさんある。
ボランティアセンターで用意しているということは、ボランティアの人たちに対する親切と考えていいですね。
亘理町が、どんな気持ちでボランティアの人たちを迎えているのか、気持ちが伝わってきます。

今日は、ここのお家。 手前に積まさっているようなゴミが、家の周りにいっぱいある。
それを、道路脇に出す作業。

11年4月25日 (1)

ここの場所をやった。 一輪車に積んで、こっちに運ぶ。

11年4月25日 (6)

家の人は、水田を元に戻すには、5年はかかると言った。

この家は、床上浸水したが、家は流されなかった。
その理由が分かった。

少し海側に、国道6号線が走っている。 堤防のように高い所に道はある。
津波は、国道を乗り越えてはいなかった。 橋の下などの、隙間を通って来た。
勢いが弱まっていた。
三陸の方の、斜面を上る津波ではなかった。

昼は、家の中で食事をした。
この小さなストーブで、ほんのりと温かくなる。 電気は、いらない。

11年4月25日 (2)

午後から雷が鳴って、雨が降って来た。 仕事は、本部の判断で中止になった。

今後どんな町づくりをするのか。
その案が、宮城県から発表された。

これをたたき台にして、完成させていけばいい。
津波の研究者の声は、参考程度に聞けばいい。 被災者の知恵を集めれば、それで十分。
子供がいる住宅は、どれも、高台になっている。   

11年4月25日 (3)

※ 詳しくは下に(読売新聞)

hukkouannkoui8789.jpg

大川小は、まだ9名が見つかっていない。 保護者はあきらめきれない。 こうやって、田んぼで探す。

11年4月25日 (5)

動画akkamui「大川小への道」



29日からかな。 世界選手権が始まりますね。 

11年4月25日 (4)

読売新聞の記事です。 仕上がりは、順調のようです。

  キム・ヨナ1年1か月ぶり登場、完璧な演技披露   読売新聞 4月25日(月)9時58分配信

【モスクワ=若水浩】
   25日に開幕するフィギュアスケートの世界選手権を前に、公式練習が24日行われ、
   バンクーバー五輪女子金メダリストの金妍児(キムヨナ)(韓国)が、昨季の世界選手権以来、
   約1年1か月ぶりに競技会に登場した。

   曲をかけた演技では、完璧な内容を披露し、ブランクを全く感じさせなかった。

   練習序盤は、ダブルアクセル(2回転半ジャンプ)などジャンプの失敗が目立った金妍児だったが、
   徐々に調子を上げた。ショートプログラム(SP)で使用するバレエ曲「ジゼル」をかけた演技では、
   得意とする高さとスピードのある3回転―3回転の連続ジャンプを冒頭に決めた。
   その後も二つのジャンプを見事に成功させ、スピンやステップでも高い表現力を発揮した。

上の動画はない。 下のは、3月22日のもの。 ショートプログラム、ジゼルの練習。
新しい動きが、あります。              



【その他】 スーちゃん「最後の肉声」「被災者のお役に・・・」(11/04/25)(YoyTube)

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亘理町は床上浸水の家が多い。
家の中も外も、泥で埋まった。
今日は、庭の泥を取り除く作業だった。

毎日新聞のネットの記事に、笑顔の写真があった。
よく撮ったと思う。 少し紹介。

今日の作業は、下の写真の近くの家。
家の周りの泥を出して、庭にたくさんあった木を全部切った。

実は、後で分かったことだが、そこの家は取り壊すことになっていた。
ボランティア外の仕事だった。
※ チェックを通りぬけて、たまにこういう仕事もやってくる。

11年4月24日 (1)

上の写真の、正面の家の旦那さんが昼休みに、やって来た。 震災のことを話した。
この辺りでも、人は亡くなっていた。
水は、1階の途中まで来た。

地震後の行動は、人それぞれで、大きな差があったそう。
少し時間が過ぎても、いつもと違うと考えた人は、みな助かった。
ビニルハウスを見に行ったり、忘れものを取りに戻った人達は、流された。 ※ イチゴ作りがさかん。
知らない家の2階に逃げて助かった人も、たくさんいたと言う。

旦那さんも、自分の家の2階に逃げた。 おじいちゃんと一緒に。
夜は、ロウソクがなかったから、真っ暗。

雪交じりの夜だったから、寒かった。
おじいちゃんが、「電気毛布持ってこい」と言ったそうだ。
今は、それが、笑い話になっていると言った。
私は、これから、おじいちゃんが寒いと言った時は、「電気毛布持ってくるかい」と言えばいいね、と言った。

午前の作業で、一輪車やフォークが不足していた。
旦那さんは、好きなだけ使っていいと、貸してくれた。

※ 上の写真の手前が片付いているが、ここは重機できれいにした。
  費用は、50万円かかったと言った。

町の中には、小さな公園がある。 ここの桜は、散り始めた。 それでも、桜はいい。

11年4月24日 (2)

木によっては、まだ満開でないのもある。

11年4月24日 (3)

梅かな。  お地蔵さんは、海に向いている。

11年4月24日 (4)

毎日新聞のネットの記事です。  ※ 全体は、ここにあります。(いつかは、リンク切れに)

11歳。 岩手県山田町。 行方不明の祖母が、誕生日に買ってくれた、バスケットシューズ。 
お父さんが、水の中から取って来てくれた。 

11年4月24日 (9)

8歳。 岩手県大槌町。 昨年親戚からいただいた。 自宅の裏に流されてるのを、自分で見つけた。

11年4月24日 (8)

9歳~11歳。 岩手県大槌町。 ゲーム機とカード。 泥で汚れたのもある。

11年4月24日 (5)

12歳。 宮古市。 友達と一緒に写したプリクラ。

11年4月24日 (7)

74歳。 宮古市。 何もなくなった今、宝物は孫だけ、と。

11年4月24日 (6)

子供たちの笑顔には、力強さ、たくましさを感じます。
いい写真ですね。

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雨のため、今日もボランティアの仕事はない。
一度は行かなければ、そう思っていた、遠刈田温泉に行って来た。

左に蔵王、下に鎌先温泉が見えます。


下の記事は、2008年12月15日のブログの一部です。
いつかは行って、湯船の中で「遠かったな~」って言ってみたいと思っていた。

kokoooyui88888.jpg

道が崖崩れで通れなかったため、遠回りした。 そのため、遠刈田温泉は、やっぱり遠かった。
下は、小さな温泉街、鎌先温泉。



こけしの里 弥治郎集落。



こけしって何なのか分からないので、いつか、この集落を歩いてみたい。
※ こけしの魅力も、分からない。

yazirou7867333.jpg   yaziroukokesi7787222.jpg

高原地帯を走っていたら、遠刈田温泉は、突然見えた。

「とおがった」と、どうして濁るかだけど、
この地方では、「とおかった」と云ってるつもりでも、「とおがった」と聞こえるので、表記も濁した。
そんな風に思います。
※ 陸前高田市は、「たかだ」と聞こえるけど、表記は「たかた」のまま。



神の湯は公衆浴場。 本当は、ここに行きたかった。 ※ ナビでセット出来なかった。



温泉旅館のある、温泉地。 そんな感じでしょうか。
公衆浴場は、2ヶ所あります。

※ 金売吉次は、金を扱う商人。 義経を平泉まで案内したと言われる人。

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ここが、公衆浴場「神の湯」。 300円。
遠刈田温泉の特徴は、湯が熱いこと。

ぬるいと書いた所が、42~43℃。 十分熱い。 熱いと書いた所は、45~46℃。
熱い所に入った時は、じっとしていないとだめ。 動くと、より熱い。
あと2度高い、47~48℃なら、私は入れない。
          ※ 十勝岳の、吹上温泉がそうだった。    そのブログ(お化けの話もある)   お化けの話の続きはここに

11年4月23日 (1)

体はすっかり温まって、少し散歩した。

観光地としてどう発展させていくか、その努力は街の中に見える。
ここも、こけしの町でもある。

11年4月23日 (2)

神の湯の裏に、神社があった。 桜は、満開を過ぎていた。

11年4月23日 (3)

桜が咲いて、いろんな花が咲きだした。 花の向こうに、神社の拝殿がある。

11年4月23日 (4)

ラーメン屋さんに入った。
スープの多いラーメンだった。 今まで食べたので、一番多い。 
麺はは、スープの表面の3センチ下に、沈んでいた。

その後、村田町にある道の駅に向かった。

下の記事があった。
この内容は、越喜来診療所で聞いていた。 ブログにも、以前少し書いた。

okiraitokuyounnknbbb.jpg

老人ホームは、右の建物で、その右にもっとある。
左が診療所で、そこより1㍍ほど低いので、水は天井近くまでになった。

診療所の人は、全員が直ぐに、左の道を上に上った。 
診療所の職員も、老人ホームに助けに行った。 何人かしか助けられなかった。

mmmppokirai.jpg 

津波の被害 大船渡市越喜来 (動画akkamui YouTube)

【今日の歌】  キャンディーズの「哀愁のシンフォニー」(YouTube)
          スーちゃんには、意志の強さを感じた。 
          実際に、そういう人だったとも思う。 だから、いい演技ができた。
        この曲には、2つの曲が入ってるように感じる。



        ※ キャンディーズの歌は、一応これでお終い。

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亘理町は、海際にある小さな町。
この町の観光地と呼べる貴重な所が、鳥の海。 そこを見て来た。

先日、アメリカのメディアの写真を載せた。
その中に、女川町の男の人の写真があった。 写真の説明には、息子さんを亡くしたとあった。
その後、この写真は、読売新聞で大きく取り扱われていたことを知った。(姉からのメールで)

今日のボランティアは、雨のため休み。 無くなった。 ※ 明日も。
夕方まで、のんびり過ごした。

鳥の海と阿武隈川河口。



亘理温泉、鳥の海。
近くには、海水浴場や公園もあった。

11年4月22日 (1)

鳥の海は、海水と真水が混ざっている。
向こうが海。

11年4月22日 (3)

内陸方面。

11年4月22日 (2)

4月と5月には、潮干狩りが行われる。
津波がなかったら、今頃は、家族みんなで楽しんでいる。 

57577_2poppo989.jpg


先日載せた、女川町の男の人の写真。
この写真について、詳しくは分からなかった。
姉からのメールで、調べてみたら、4月17日の読売新聞の夕刊で紹介されていた。

11年4月22日 (4)

(読売新聞記事)

   母と妻眠る道路脇「ごめんな」   ※ 息子さんも見つかっていない。

  母と妻の遺体が道路脇に放置されている。
  行政に収容を要請すると、「手が足りない」と断られた。
  東日本巨大地震で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。
  同町女川浜の無職平塚義勝さん(66)は、愛する人の亡がらを目前に、
  ただ手を合わせるしかない。

  地震が発生した11日午後、平塚さんは近所の知人宅にいた。
  慌てて自宅に戻ると、足の悪い母みのりさん(93)が、
  近くに住む妹に助け出され、自宅前の路上で椅子に座っていた。
  傍らには妻ヒロ子さん(61)がいた。「どうやって逃げようか」。
  そう考えていたところ、巨大な津波が襲ってきた。

  大量のがれきとともに、あっという間に約10メートル流された。
  しっかりとみのりさんの腕を脇に抱えていた。2人とも胸まで水につかり、
  がれきに体を挟まれた。
  「苦しい、苦しい」
  みのりさんはそううめき、しばらくして息を引き取った。

  「おばあさん、ごめんな」
  がれきの間から何とか脱出した平塚さんは、
  泣く泣くその場を離れ、町立病院に向かった。
  ヒロ子さんは見失っていた。

  翌日、現場に戻ると、
  がれきの下敷きになっているヒロ子さんを見つけた。
  がれきをノコギリで切り、遺体を引き出すと、
  地面に横たえて毛布を掛けた。
  みのりさんの遺体は、がれきのすき間から見えるが、外に出せない。
 
  平塚さんは今、身を寄せている町総合体育館から
  毎朝約15分歩いて現場に向かう。
  2人の遺体に手を合わせるためだ。
 
  「寒いだろう。冷たいだろう。
  きょうも出してあげられなくてごめんな。もう初七日なのに・・・」

  一緒に暮らしていた長男の勝さん(38)とは、まだ連絡がついていない。

こんなことが、現実にあった。
行政は、時にこういうことはあるんですね。
自分たちのやってる仕事が、被災者にどう評価されるより、別の所からの評価に重さを置く。

災害ボランティアセンターの動きを見ても、それを感じることはあった。
このことを指摘している報道機関はあった。

この写真を撮った記者は、この記事を書く位ですから、行政に対応を訴えていますね。


【今日の歌】  キャンディーズ 「わな」  軽快な所がいいですね。



【その他】  軍の関与認める判決確定 「沖縄ノート」訴訟

 

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亘理(わたり)町での1日目。
仕事は、アルバムの泥を落として、それなりの状態にする作業。

ここに、ボランティアセンターがある。 中央の黒い建物。  消防や警察や役場が近くに。

11年4月21日 (2)

仮設住宅の準備。 向こうの建物は、亘理高校。

11年4月21日 (3)

写真の作業は、少し南の、浜吉田と云う所の体育館。 今日は、寒い。

11年4月21日 (1)

南三陸での写真の作業と違って、アルバムの外と中の、泥を落とすだけ。
大量にあるので、それ以上のことは、無理。

県外からの人が多かった。
東京から電車とバスで来た人。
富山から軽自動車で来た人。 車の中で寝てる。
ワゴン車で、新潟から来た人。

短い人は、今日だけ。 長い人は、1週間。

ブラシやタオルで、泥を落とす。
もう1ヶ月以上経ってるので、濡れた写真は、だめになったのが多い。

そんな中で、古い白黒の写真は、しぶとかった。
多少の水では、やられていなかった。 

南三陸で聞いた話だけど、ある作家がこう言ったそう。(星新一だったかな)

写真や文章が、今の世の中に膨大にあるけど、1万年後そして10万年後には何が残るんだろうと。
写真が残ることはない。 印刷物も、インクが変質するので読めない。
CDやDVDの記録もだめなよう。 コンピューターを利用したのは、残らない。

残る物は、こうだそうですね。
風雨のない洞窟の中に描いた絵や、彫ったもの。
地面を掘った時は、上の物は、何が何だか分からなくて、下から出てくる焼き物など。

今の文化が作り上げた物は、何時かは、みんな消えてしまうのかな。


みんな仲良く仕事をして、終わった。 ※ 終了時刻は、3時半。

仕事は、責任者の云う方法でやる。
今日は、仕事の中身が複雑でないので、責任者は来なかった。

仲間で仕事をする時、意見がある時は、こうしたらどうですかと提案したら、うまく行く。
中には、こうして下さいと言う人がいる。
提案しないで、自分の正しさを熱心に説明する。

こういう人は、たまにいて、そんなのを見たら、「みんなに提案したら」と私はその人に云う。
提案の形を取らない限り、全体は気持ちよく動けない。
私がその人に従うことも、決してない。
一度だけ、あなたは責任者ですか、と言ったことがある。

いつもは、和気あいあいと仕事をする。
今日のような作業だと、おしゃべりをしながら。


水田は、どこも大変。 状況によって、元に戻す方法は違うようだ。

11年4月21日 (4)

① 汚泥がいっぱい入った時は、取り除かなければならない。
  混ざった部分も取るから、足りなくなった分、客土することになる。
                         (土木をしている人の話)
② 塩分の除き方は、こうだそう。(ネットの情報)
  水田に真水を入れて、代かきをする。 つまり、土を混ぜるのかな。
  その水を流す。 それを繰り返す。

地盤沈下も起こしている。
何年後に、再び米を作ることができるのでしょう。

※ 下の文は、オルタナ という組織の文です。 この組織については、詳しく分かっていません。
  参考になる部分があるので、載せます。

11年4月21日 (5)

【今日の歌】  キャンディーズ 「年下の男の子」  出だしのメロディーが好きです。



【2011.4.20 巨人脇谷の落球が誤審でアウトに 】  腹立つな~。(原監督は好きだけど、私は昔からアンチ巨人)
     試合後のインタビューで、「捕りましたよ。自分の中ではス­レスレのところでやってますから­。
     テレビの映りが悪い­んじゃないですか」と言った。 審判に従ったと言えばいいとこを。
     この誤審で、阪神の1勝は、巨人の1勝に変わった。



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  • 2011年04月
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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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