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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

1862年3月24日、龍馬は高知を出発。 澤村惣之丞と一緒に。  ※ 惣之丞~そうのじょう
翌25日に、檮原の那須俊平の家に着いた。   ※ 檮原~ゆすはら
夜酒を飲み、日本の未来を語り合う。
次の日、一気に韮ヶ峠を越え、脱藩する。   ※ 韮ヶ峠~にらがとうげ


昨晩お世話になった I さんに、出発するので、挨拶に行った。
自分の田んぼを見せてくれた。 一番小さいのは、これ。 五右衛門風呂より少し大きい。
※ 棚田を見ながら、以前から、最小の田んぼを探していた。 今のところ、これがチャンピオン。
                         (写真は、クリックで大きくなります)
11年2月21日 (1)

檮原は、龍馬の脱藩の拠点と言っていい。 伊予との県境まで、遠くはない。



ここは、大河ドラマ檮原会場、とあった。 会館に向けて準備していた。
地図や資料をいただいた。 見学コースのアドバイスも。

11年2月21日 (2)

直ぐ近くに、ゆすはら座があった。 少しだけ見た。

11年2月21日 (3)

いつも前を撮るので、今回は後ろ。 劇場は、どこも似てますね。
保存に成功したので、次は中身ですね。 定期的に、何かが演じられると言い。
とにかく、使わないと、生きないかな。     ※ 秋田県小坂の康楽館は、大衆演劇も

11年2月21日 (4)

町の西側の丘に上がってきた。
脱藩の道は、後ろから来て、写真の右の方を通って、正面の山に登り、左の谷を行く。 韮ヶ峠に。
  ※ 鬼北町、そして宇和島への道は、写真の左の方に。

11年2月21日 (5)

明治維新の先駆けとなった、6人の志士の分霊を祀ったお墓とあった。
後ほど紹介する、維新の像は、8人。 高知から来た龍馬と澤村惣之丞を除いた6名。

11年2月21日 (6)

脱藩の道。 もちろん、当時は細い道。 向こうから来た。
建物は、茶堂。 だれでもが、休むことが出来る。 昔は、村々にあった。

11年2月21日 (7)

維新の門の、8名の中の、掛橋和泉邸。 「姫隠しの間」と言う、隠し部屋があった。

11年2月21日 (8)

地図の北の方にある、三嶋神社。 屋根付き橋があって、名前は、神幸橋(みゆきばし)。
  ※ 大洲市の河辺町にあったのは、御幸の橋(みゆきのはし)

11年2月21日 (9)

檮原川が流れている。 魚がいっぱい。 四万十川の支流。 魚も気持ちよさそう。
暑いので、上着は、腰に縛り付けている。 魚でなく私が。

11年2月21日 (10)

鳥居の後ろの右に、大きな木が見える。 ハリモミという木だそう。 別名、朝鮮松とも。
長宗我部軍が、朝鮮遠征の時、持って来たそう。 400年前。

11年2月21日 (11)

三嶋神社で行われている、津野山神楽。  ※ 檮原町では、他でも、



脱藩の道は、神幸橋を渡って、左の山に入る。

11年2月21日 (12)

地図の左の方から見た、檮原の市街。 脱藩の道は、左奥の谷からこっちへ。

11年2月21日 (13)

山を下る。

11年2月21日 (14)

大庄屋の中平善之進と言う人の墓。 農民の暮らしが苦しく上訴しようとしたら密告され、打ち首。
打ち首の場所は、昨日のブログにあった所。 おばあちゃんたちのいた、近く。
藩から打ち首はしなくていいという通知が出た。 届いたのは、打ち首の終わった直後だった。

この後行く維新の門の像は、城のような建物の後ろの右に。

11年2月21日 (15)

これが、その像。 圧倒される何かがある。 突き進む勢いも。

11年2月21日 (16)

左から  
前田繁馬 吉村虎太郎(後) 那須信吾(前) 中平龍之介(低い姿勢) 掛橋和泉(一番後) 澤村惣之丞 坂本龍馬 那須俊平

龍馬。

11年2月21日 (17)

那須俊平。 この人は、今の内子町まで行く。  
                 ※ その途中の、大洲市川辺町にあった像。 右が那須俊平。左は澤村惣之丞。

11年2月21日 (18)

那須信吾。 この人は、韮ヶ峠で引き返す。 ある人の暗殺のためか。(?)

11年2月21日 (19)

8人は、こんな人。

11年2月21日 (21) 11年2月21日 (20)

11年2月21日 (23) 11年2月21日 (22)

11年2月21日 (24) 11年2月21日 (25)

11年2月21日 (26) 11年2月21日 (27)

後ろから。 韮ヶ峠は、写真左に見える沢を行く。 向こうに、長州、そして日本の未来がある。

11年2月21日 (28)

いい像でしたね。 作者は、一人ひとりを調べつくしている感じがした。
作者の名前は、浜田浩造。 高知県を中心に活躍した人。
詳しいことは分からなかったが、像を作る時の考えが、YouTubeに載っていた。 

車で少し移動して、龍馬が宿泊した、那須俊平の屋敷跡に向かった。
近くにあった、那須俊平と信吾の墓。 右の上に。  ※ 俊平は、禁門の変で死ぬ。 御所の下の方で。 (鷹司殿のそば)

11年2月21日 (29)

檮原の市街地に向かっている。 脱藩の道は、左下から上がって来て、向こうに。
那須俊平の家は、左下を下りた所にあった。

11年2月21日 (30)

ここ。 下に国道が通っている。

11年2月21日 (31)


反対側から撮影。 池などが、残っていた。

槍(やり)の道場があった。 25日の晩、ここで酒を飲んで語る。
いよいよ明日、脱藩する。 そんな日。

※ なお、龍馬と惣之丞は、24日と25日の2日間で、140㌔を歩いた。
  時速5㌔の速足だったとしても、1日、14時間は歩いている。 
  新暦では、4月22日と23日なので、結構明るい時間は、長い。

11年2月21日 (32)

この晩、龍馬は、こんな歌を詠む。

 「春くれて 五月まつ間の ほととぎす 初音をしのべ 深山津野里」

ネットで解釈を探したが、見つからない。
ホトトギスについて、調べてみた。
ホトトギスが鳴いたら、卯の花が咲いて、夏が来たと、言えるそう。
その年に初めて聞くホトトギスの鳴き声を、忍音(しのびね)といい、珍重された。 初音のこと。

 ※ 「夏は来ぬ」は、こんな歌。  ※ 来ぬは、来たの意味。

龍馬は、自分の願いが叶った時を、夏としたのではないでしょうか。
3月25日のこの日は、春の終わりで、5月は夏。 (龍馬は、旧暦で詠んでいる)
自分の夏は、もう少し先にある。 その時まで、鳴くのを待ってくれと。 (どうかな、自信はないが)

※ また、龍馬は、下の伝説を知っていたかもしれない。(Wikipedia)

  古代の蜀国の帝王だった杜宇は、ある事情で故郷を離れたが、さまよううちにその魂が変化してホトトギスになった。
  そのため、ホトトギスは今も「不如帰(帰るにしかず)」と鳴いている、という。

※ 私は、一度だけ聞いたことがある。 特許許可局、と聞こえた。

近くに、8人の1人、前田繁馬の家の跡があった。 この写真は、そこから市街地方面を撮影。
那須俊平の家は、真ん中の山の手前の沢にあった。

11年2月21日 (33)

龍馬がいなくても、大政奉還や明治維新はきっとあった。
でも、何年ずれたか分からない。 龍馬は、歴史を動かしていた。

龍馬の夢は、幕藩体制を倒して、天皇中心の世の中にするという、単純なものではなかった。
民主政治も龍馬の視野には入っていた。
ジョン万次郎は、土佐の人間。 きっと、龍馬も、広く世界を見ていたように思いますね。

檮原は、日本の夜明けの地、と言えそうです。

【道の駅】    ゆすはら

【明日の予定】   津野町を調べています。

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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神在居(かんざいこ)の棚田は、道の駅から近かった。 トンネルの上にあった。
今日は、天気がいいから、のんびり歩くことにした。



この部分は、この後行く展望台からは、見えない部分。

11年2月20日 (1)

国道が見える。 右も左も、トンネル。 1枚の田が、大きい。

11年2月20日 (2)

上の写真の左上に、展望台が見える。 そこに行くことに。

11年2月20日 (15)

花が少ないから、こんなのも美しく見える。

11年2月20日 (3) 11年2月20日 (4)

展望台に着いた。 脱藩の道が通っている。
千枚田の説明に、「耕して天に至る」とあった。 司馬遼太郎も、この風景に感動したことも。
一句考えた。 遊びの感じになってしまったが、こんなの。

 「 なんまいだ 唱えて歩く 千枚田 」

11年2月20日 (12)

1枚の棚田が大きくて、直線的ですね。
昔のままでないことが、分かる。 (このことは、後で、くわしく教えてもらう)
棚田としての魅力は、その分減っている。
それでも、壮大さは残っている。

11年2月20日 (8)

石垣によって、石の大きさが違う。

11年2月20日 (9)

向こうから下りてきた。 ここは、脱藩の道。

11年2月20日 (11)

ヤマガラ。 この鳥は、檮原町のシンボル。

11年2月20日 (10)

こんな道を戻っている。 竹がきれい。

11年2月20日 (13)

道端に、こんな水。 飲んだ。

11年2月20日 (6)

お風呂を沸かしていた。 煙突より、前からの煙の方が多い。
右の家が、岩戸くっ付いている。

11年2月20日 (14)

こんな風に。

11年2月20日 (5)

展望台から見た棚田の、一番上に向かっている。

11年2月20日 (18)

こんなのが見えた。 通りがかった婦人の方に聞いた。 折れた杉の木だという。

11年2月20日 (16)

樹齢800年、周囲11㍍とあった。  ※ この地方では、有名な木と後で分かった。  
           ※ ちなみに、高知県の大豊町にある日本一の杉は、樹齢3000年、周囲20㍍。

11年2月20日 (17)

脱藩の道。 向こうから来て、私が立っている旧道に入る。 昔は、この道しかなかった。 伊予に行く街道。

11年2月20日 (19)

右上の場所で、中平善之進と言う人が、打ち首になった。  少し行ったら、脱藩の道は、左に降りる。

11年2月20日 (20)

善之進は、打ち首にならなくてもよかった人。 詳しくは、下に。

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脱藩の道。 道の駅の檮原まで近い。

11年2月20日 (21)

大杉の所で話した人は、左の人。 ここで、しばらく話していた。
今日は風がないから温かいねって、話した所。

11年2月20日 (22)

こんな道を戻った。 左に見える箱は、ミツバチの巣。
今はソバを植えたりしないから、ハチが来ないと、上の人が教えてくれた。

11年2月20日 (23)

ハチのいた巣もあった。

11年2月20日 (7)

続きは、後ほど。

11年2月20日 (24)


11年2月20日 (25)


11年2月20日 (26)


11年2月20日 (27)


11年2月20日 (28)


11年2月20日 (30)


11年2月20日 (29)


11年2月20日 (31)


【停泊地】   檮原町神在居の、集会所のような所の駐車場

【明日の予定】  檮原町 龍馬関係かな

【動画akkamui】
     神在居の千枚田へ


     月の沙漠 


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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、11回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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