キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

山のように釣れるかと思ったら、2匹だった。
川の状態が良くないため、魚はやっと棲んでいた。
釣れた魚は、アマゴ。 ヤマメに似た、目のクリっとした、めんこい魚。


眼鏡橋の下を流れる川の、上流に向かった。 朝から、ずっと雨。 カッパを着て。
                                 ※ 登山の時の上着が、カッパ。

11年2月28日 (1)

大きなカメラは、出せない。 動画を撮るカメラで撮影。

釣りながら川を上ったが、全く釣れない。 魚はいない。
原因は、堰(せき)が、100㍍か200㍍の間隔で、続いているから。

堰がなくなるかもしれない、上流に向かった。

11年2月28日 (2)

上流でも、堰は無くならない。
昔、魚釣りが好きだった開高健が、1匹と0匹の違いは大きい、と言った。
その言葉を思い出していた。
0をいくら足しても、1にはならない。 

こんなとこがあった。

11年2月28日 (8)

小さいのが、やっと釣れた。 アマゴだった。 赤い斑点が、特徴。 
                             ※ ヤマベには、赤い斑点がない。(知床で)

11年2月28日 (4)

こんな斑点。

11年2月28日 (5)

※ アマゴが、サツキマスの、陸封型だという。 つまり、海に下らないサツキマス。
  サツキマスは、サクラマスの亜種。 親戚のようなもんですね。  ※ サツキマス(写真Wikipedia)
※ ヤマベは、サクラマスの、陸封型。
     産卵直前のサクラマス(紋別市和訓辺川)   サクラマスの遡上(北海道清里町さくら滝) その① その②

サケの仲間だから、食べたら美味しい。
※ ちなみに、ベニザケと言う特に美味しいサケがあるが、あれの陸封型が、ヒメマス。
  北海道では、チップともいう。 摩周湖にもいる。 特別に美味しい。
  作家の小檜山 博と言う人の、ご飯のおかずは、いつもベニザケ。
  
  しょっぱいサケは体に悪いが、それでご飯を食べたら、やめられない。

右向き。

11年2月28日 (6)

小さな池を作って、放した。 ○の中にいる。

11年2月28日 (7)

少し上って、こんな所。 水が落ち込んでる所に、いることが多い。 エサが流れてくる。
    ※ この写真の左上に、コンクリートの堰が見える。

11年2月28日 (10)

再び、小さいのが。 去年生まれた子供。  直ぐに放した。

11年2月28日 (9)

2匹釣れたので、今日は十分。 戻ることに。
使ってる竿は、この小さな竿。  魚釣り用のベストのポケットに入る。

川の魚を釣る時は、ベストを着て、長靴をはくだけ。 エサもみんな、ある。
海釣りの時は、リュックを背負うだけ。(エサは、無い

11年2月28日 (11)

あんなにあった川の水が、この辺で無くなる。

11年2月28日 (12)

大きな堰の下から、出ていた。 堰は、土砂で埋まった。

11年2月28日 (13)

直ぐ下にも堰があって、ここもみんな埋まって、滝になっていた。

11年2月28日 (14)

この集落は、おじいちゃん、おばあちゃんばかり。  
小学生は一人だけ。 
学校は、ずっと下流にある。 朝は普通のバス。 帰りは、スクールバスに一人だけ乗って。

11年2月28日 (15)

これは、ツバキ。 少し、ごろんとしている。 花びらが、1枚1枚落ちる感じではない。

11年2月28日 (16)

こうやって落ちる。  昔の武士は、この姿を見るのが嫌だったという。

11年2月28日 (17)

これは、サザンカ。 平べったい感じ。

11年2月28日 (19)

花びらは、こうやって落ちる。

11年2月28日 (20)

いろんなツバキやサザンカがあるが、少しだけ、見分けがつくようになってきた。

家の入口に、しめ縄があった。 他の家にも。

11年2月28日 (18)

戻ってきた。 途中で雨は止んだ。  魚が釣れた頃から。
3時間以上、道でない所を歩いていた。  ○の中に、眼鏡橋。

11年2月28日 (21)

ヒョウタンは、こう成るのか、と思った。

11年2月28日 (22)

橋をくぐったら、車。

11年2月28日 (23)

今日も、温泉には、途中で電話した。 行ったらちょうど、沸いていた。

11年2月28日 (24)

岩魚の塩焼き。 菜の花の、葉っぱと茎のお浸し。 
岩魚は、はらわたを最後に食べることにした。 日本酒の熱燗で、チビチビ食べた。
温泉代も入れて、全部で2000円。 ささやかな、贅沢。

11年2月28日 (3)

ここが食堂。

11年2月28日 (25)

ロビーと言うか、休憩場所。 広い和室もある。

11年2月28日 (26)

ほろ酔い気分だけど、散歩をした。

11年2月28日 (27)

鉄道跡を、山奥(上流)に歩いた。

ダム湖の最上流部が見える。 川は、線路跡に沿った川と、檮原川に別れる。

11年2月28日 (28)

こんな道を、45分ほど歩いた。 

11年2月28日 (29)

こっちの川には堰がないため、釣れそうだった。 初めから、こっちに来ればよかった。

11年2月28日 (30)

ここで、引き返した。 サルにも、イノシシにも会わなかった。 

11年2月28日 (31)

戻ってきた。
左に薪が積んである。 端っこの積み方は、こうだった。 子供のころを思い出した。

11年2月28日 (32)

向こうの山奥で釣っていた。

11年2月28日 (33)

昨日、あるおばあちゃんが、アマゴが釣れるかもしれない、と言ったので、今日釣ることに。
美しい魚っだ。

私は、大事なことを忘れた。 小さな池の魚をそのままにしてきた。
雨が降るまで、出られない。

下津井に、3日間いた。 明日、豆腐を買って出発。
もし豆腐を買った時、今日は山菜獲りに行くとか、面白そうなことを言ったら、もう一日いる。

おばあちゃんたちの笑顔は、いい笑顔だった。

【停泊場所】    昨晩に同じ。 橋の袂。

【明日の予定】   下津井を出て、四万十川を下る。

【その他】     旭川の姉から、十勝岳の映像が来た。 白金温泉の近くから撮影。  

P2011_0228_141540.jpg

※ 一昨年夏に登った、十勝岳の頂上。  十勝岳中腹から見た、白金温泉方向
         
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苦労して、山の中に入って来たから、すぐに出るのはもったいない、となった。
森林軌道跡を歩くことに。 また誰かに、出会うかもしれない楽しみもある。

四万十川には、清流という言葉はあっても、水の美しさを表現する言葉はない。
私は、「四万十ブルー」がいいと思っている。 少しエメラルドグリーンっぽい、ブルー。
ネットで調べたが、使っている人はいるが、一般化していない。

今日は、四万十ブルーも追ってみた。 


眼鏡橋の上から出発。 上着は来てない。 セーターだけ。 

11年2月27日 (1)

軽自動車が、ちょうど通れる広さ。  

11年2月27日 (2)

集落に入ってきた。

11年2月27日 (3)

干しシイタケを作っている。 遠くにトラクター。

11年2月27日 (4)

大きな乗用車は、無理って聞いた。 狭い。

11年2月27日 (5)

左の人は、昨日温泉の管理人をしていた。
聞いたら、別の人と、交代でやってるという。 3時か4時で、お客さんがいなかったら、閉めるそう。
緑の籠には、自分で作った豆腐とおからが入っていた。 届けに来ていた。

イノシシの話をしていた。 夜やってくるって。

11年2月27日 (6)

イノシシの掘った穴。 ミミズでも、イモでも、何でも食べる。

11年2月27日 (7)

このおばあちゃんに渡した。 豆腐半分と、おから。
豆腐は美味しいねって、話した。

11年2月27日 (8)

おからの料理の仕方を教えてくれた。
ニンジン、大根、ニンニクを油でいためる。 それと一緒に、おからを水で煮る。 味をととのえる。

11年2月27日 (9)

この後、おばあちゃんは、畑に行くと言った。
後で、失敗したと思ったんだが、一緒に行けばよかった。 予定は、どう狂ったっていい。

※ 人を撮る時のコツは、少しずつ分かってきた。
  近づきすぎないこと。 自分か相手のどちらかが、必ずしゃべっていること。

  ここぞと言う時に撮るのではなく、何気なくパチパチ撮っている。
  適当に撮ってる感じがいい。
  1分ほどで、相手はカメラに慣れてくる。

白いタンポポ。

11年2月27日 (10)

向こうから来た。 いい風景。

11年2月27日 (11)

昨日のトンネルを越えて、歩いた。 右に見える橋を渡って行く。

11年2月27日 (12)

こんな木があった。 ツルツルしている。  花は、椿に似ている

11年2月27日 (13)

1時間ほど歩いて、戻ることにしていた。
何か音がしたら、立ち止まった。 4つ足の動物が歩く音は、一度だけ。 鶯が鳴いた。

11年2月27日 (14)

シジュウカラ。 

11年2月27日 (15)

梅は、早春の花でしょうか。 よく見たら、確かに、サクランボのような棒はない。
                         ※ 果物の桃には無いけど、リンゴにはある。

11年2月27日 (16)

トンネルだ。

11年2月27日 (17)

いい色ですね。 これが、四万十ブルー。
話しての語呂もいいし、聞いての耳触りもいい。

11年2月27日 (18)

トンネルの向こうに、橋がある。

11年2月27日 (19)

コンクリートの、小さな橋。

11年2月27日 (20)

横から撮れなかった。 カメラを手に持って、腕をのばして、適当に何枚か撮った。 こうだった。

11年2月27日 (21)

見晴らし台と、トンネル。

11年2月27日 (22)

どうして、こんな色になるのでしょう。
  ※ 今まで見た、いい色を4つ。    
         ○ オンネトーブルー      (北海道 足寄町 オンネトー)
         ○ 積丹(しゃこたん)ブルー  (北海道 積丹半島 神威岬)
         ○ 青い池のミルキーブルー (北海道 美瑛町 青い池)
         ○ 摩周ブルー          (北海道 摩周湖)

11年2月27日 (23)

上流方向。 ここのダム湖は、長い。

11年2月27日 (24)

上から見た、トンネル。

11年2月27日 (25)

木の隙間から。

11年2月27日 (26)

茶堂が見えた。 ここで戻ることにした。

11年2月27日 (27)

カワウソがいないかな、って探してみた。

11年2月27日 (28)

山ナビを持って歩けば、現在位置が分かるのに、と思った。
遊歩道の終点まで、後どのくらいだったか、分からないで戻った。

11年2月27日 (29)

トンネルを出たら、昨日の人に、また会った。
お風呂を沸かす、薪を作っていた。

11年2月27日 (30)

蛇口をひねればお湯は出るが、薪で沸かしたお湯は温まると言った。
使ってる道具は、これ。 鉈(なた)とは違う。

11年2月27日 (31)

上手に研いでいるのか、切れる。 ※ 切らしてもらえばよかった。

11年2月27日 (32)

途中で、豆腐を買った。 帰りに買うからねって、言ってあった。
さっきのお母さんは畑にいて、家の前に置いてあるよって、言った。
緑の籠に、200円入れておいた。

縄で縛って持てるような、固い豆腐だった。

11年2月27日 (33)

橋の手前の、黒い屋根が温泉。 ここから、10分後に行くって電話した。
 
11年2月27日 (34)

下の方にあるのが、ランかなと思う。   ※ 徳島県 貞光で見た、風蘭(ふうらん)。   その花

11年2月27日 (35)

行って少ししたら、湯は温かくなった。
今日も一人。
湯船の湯で、体を洗うのが好き。 シャワーとかは、使わない。
ここ数日、腰が痛い。 温めた。
※ 5年以上、腰が痛くなったことはないのに。 何が悪かったのかと、考えている。

風呂からあがると、お腹が空いた。
料理は予約だけど、うどんなら出来ると言った。 ビールも飲んだ。 ※ 全部で、900円。
豆腐は、私が買ったのと、同じ。

11年2月27日 (36)

ちらし寿司。 これは、サービス。

11年2月27日 (37)

食堂から外の風景。  ※ 温泉の写真は、携帯で撮影。

11年2月27日 (38)

四万十川は、日本最後の清流と言われているが、清流でない所もある。
それは、本流と檮原川のここにあるダムによって、そうなっている部分がある。
撤去運動はあるが、今現在どうなっているかは、調べても分からない。

ここに住む人たちが、ダムをどう思っているかは、聞いてない。
どう考えていても、それはそれで、いいと思う。

もし賛成なら、ダムがある中で、やっと生活できるようにした、と考えているはず。
もし反対なら、清流の四万十川の昔の環境で暮らしたい、と考えているはず。

四万十川という名前で、四万十川は、ブランドになった。
四万十ブルーで、四万十川の水の美しさも、ブランドになると思うんだが、どうでしょう。

四万十ブルーを、ダム湖でなく、川のどこかで撮ってみますね。

【停泊場所】    昨晩と同じ、橋のそば。

【明日の予定】   ここで、魚を釣ってみようかなと。 山の中の川で。
          することがあったら、何日いても良くなってきた。

【動画】      【高知遺産】下津井の眼鏡橋・森林鉄道跡



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恐怖の、国道439に入ってみた。
四国にめがね橋は珍しいと、それが見たくて。
道は曲がりくねっていて、予想の倍以上あった。 でも、よかった。

四万十町で、国道は別れる。 海沿いの道と、山の中への道に。
四万十川沿いに、山の中へ入った。

普通、川は山から出てくる。 でも、四万十川は不思議。
山の中に流れて行く。 道も、山の中に下って行く。 
こんな経験、あったろうか。

ここは、道の駅四万十大正。 山の中に入っている。
お雛様が、飾ってあった。 
左上に、公園があるので、散歩。

11年2月26日 (1)

石の風車があった。 そして、平出修(ひらいでしゅう)と言う人の碑が。

11年2月26日 (2)

この人は、作家でもあるが、弁護士でもあった。
明治天皇を襲おうとした大逆事件の、弁護をした。
冤罪(えんざい)で死刑になった幸徳秋水は、土佐の人。
その関わりで、こっちの方の裁判にも関わっていた。 
           ※ 具体的には、ここの南の山の中にある、杓子山にかかわる、もめ事に関わって。
明治政府(山県有朋が中心か)は、この事件を利用して、政府にとって都合の悪い人間を、無実と分かっていて捕まえた。
多くの冤罪が生まれた。   ※ 時代は変わっても、民主政治までは、まだまだ時間がかかる。
 
※ 大石誠之助という、新宮市の人も、冤罪で処刑された。
  今になっても、国は冤罪だったとはっきり言わないから、新宮市が議会で冤罪と認めた。  名誉の回復。
  新宮市に行った時、石碑があって、知った。

更に山に入ると、道の分岐があった。
左は、四万十川沿いの道。 そっちに行く予定。
真っ直ぐは、国道439。 細い道を通って、檮原に抜ける。

地図があった。 真っ直ぐ行くと、眼鏡橋がある。
それが見たくて、行くことになってしまった。

11年2月26日 (3)

途中にダムがあった。 津賀ダム。

11年2月26日 (4)

動画にあるが、大変な道だった。 やっと着いた。 1時間ほど走った。 ここは、下津井。(しもつい)


眼鏡橋。 上の部分が、薄い。 四国にあるのも、珍しい。

11年2月26日 (6)

他にも、見る所がありそう。

11年2月26日 (7)

谷の入り口に、下津井温泉があった。

11年2月26日 (5)

ネットが通じたので、調べた。 400円で入れる。  ※ 情報誌にはなかった。
電話したら、いつ来るのか聞かれた。 不思議な温泉。
私は、いつでもいいと言った。 3時頃どうだい、と言う。
いいよと言ったら、それまでに、沸かしておくと言った。

11年2月26日 (8)

湧いたばっかりだから、私が最初。 ひなびた1軒宿にピッタリの雰囲気。
湯の温度は、好きなように出来る。 お湯も水も出る。 42度にした。 ※ 冷泉を加温している。

11年2月26日 (10)

昔の写真。 かわいい、トロッコ列車。 丸太が大きい。 この橋は、鉄道の橋だった。

11年2月26日 (11)

ダム湖にかかる、吊り橋も見える。

11年2月26日 (12)

橋のそばに車を停めていたが、さっきまで、太鼓の音が聞こえていた。
ここの音だった。

11年2月26日 (13)

温泉の前の庭。

11年2月26日 (14)

谷の奥の風景。 里山だ。

11年2月26日 (9)

眼鏡橋を渡ることに。

11年2月26日 (15)

こうです。 幅2㍍。 長さ82㍍。 昭和19年に完成。

11年2月26日 (16)

ダムが出来たので、道路も鉄道も、高い場所に移った。

11年2月26日 (17)

こっちにも、谷がある。 天気がいいから、桃源郷に見える。

11年2月26日 (18)

ダム湖と橋。 車はここに。

11年2月26日 (19)

この写真を取った時、大事なことに初めて気づいた。

石橋でなかった。 コンクリートだった。 両側だけ、石で出来ていた。
少しがっかり。 仕方ない。 これは、産業遺産。 そう思ってみたら、不満が消えた。

石で、上の部分を、あんなに薄くするのは無理。  ※ トラックもバスも通った、霊台橋(熊本県)はこんな感じ

11年2月26日 (20)

桃源郷に見えた所を、歩きだした。

11年2月26日 (21)

おばあちゃんが、畑仕事。 冬は冬で育つ野菜がある。 春に向けての準備も。
ここは昔、下津井村かいと聞いたら、そうだよって教えてくれた。 
         ※ 追記 大正村の間違い。  その後、大正町。 そして今は、四万十町。

11年2月26日 (22)

花もあって。

11年2月26日 (23)

冬の野菜に見えない。

11年2月26日 (24)

ツタが、からまっている。

11年2月26日 (25)

橋の正式な名前は、佐川橋とあった。

11年2月26日 (26)

温泉のあった谷に、車で入った。 道の広い所に、車を停めた。

遠くに、トンネルが見えて、人がいた。 直ぐに向かった。

11年2月26日 (27)

この人だった。 お茶の畑に肥料をやっていた。 いっぱい教えてくれた。

このトンネルは、トロッコ列車が通った。
使ってたのは、おばあちゃんが、嫁に来た、昭和39年頃までだったかな、と言った。(調べたら、昭和40年まで)
掘ったのは、朝鮮の人だと言った。
来たくて来たんでないのにね、と私が言ったら、
そうだよね、いっぱい死んだんだよ。 
ダムを作るのでも死んで、そっちに埋葬したと聞いてるよ、って言った。

おばあちゃんの立ってる道は、遊歩道で、線路の跡ではない。
帰ってご飯の支度かいと聞いたら、もう一つ畑があると言った。

11年2月26日 (29)

谷の奥。 学校が見える。(今はやってない)  左の、こんもりした山は、神社の跡。
茶堂があるので、後で行くことに。

11年2月26日 (28)

トンネルを行ってみた。

11年2月26日 (30)

炭焼きの窯かなと、思うが。 向こうから来た。

11年2月26日 (31)

ダム湖と橋が見えた。 道は、ダム湖沿いにある。

11年2月26日 (32)

ここにもトンネル。

11年2月26日 (33)

ダム湖に降りる道や、トンネルの上への道があった。 それも歩いた。 シイタケのホダ木があった。

元来た道に戻っていたら、遠くから声が聞こえた。
さっきのおばあちゃんが、そこを上がったら、茶堂があると教えてくれた。

11年2月26日 (34)

あった。 ※ 檮原でも見た。   
  
11年2月26日 (35)

ここで、のんびりお茶を飲む。 昔の人は、生きるだけでなく、楽しむことも考えた。

11年2月26日 (38)

イノシシを捕まえる、檻(おり)があった。

11年2月26日 (37)

仕組みが分かった。
針金が引っ張らさったら、竹の棒が外れる。 そうしたら、小さな金の棒が外れて、両側の扉が閉まる。
もう一つ、トラバサミと思うんだが、それもあった。 エサで少し隠れてる。

11年2月26日 (36)

最後に、仁井田神社を見た。 学校より奥。 車で行けると、さっきのおばあちゃんが教えてくれた。

11年2月26日 (39)

この人が、田んぼを見ていた。 モグラが穴を開けて、困ると。 コンクリートの下まで、穴は深い。

11年2月26日 (41)

こんな穴。

11年2月26日 (40)

神社では、祭りの日、神楽を舞うそう。 小さな神楽だけどね、って言った。
ここは、谷の一番奥に近い。 

11年2月26日 (42)

ここから、3㌔ほど走ったら、檮原町。 20㌔程で、ゴンドラのあった所。
そんな山奥に来ていた。
国道439は、道が細い。 だから、なおさら山奥に感じる。

【停泊場所】   めがね橋のそば。 

【明日の予定】  四万十川中流へ。 苦労して来たから、もう1日いるか。 どこか散歩して。

【動画akkamui】
     下津井めがね橋へ



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津野町の、今日の天気を調べたら、気温は20度を越えたようです。
高度1000㍍を越えても、セーターはいらなかった。
今日だけ、夏だった。

山登りの季節に向けて、訓練です。
山の名前は、鶴松森。 かくしょうもり、と読む。 
四国百名山なんだから、山らしい名前にしてほしい。

見える山の頂上の少し左を通って、行く。 奥に、鶴松森はある。  9時40分出発。
                      (写真は、クリックで大きくなります)
11年2月25日 (1)

カワウソがいた新荘川の源流点が、この山にある。
もしかしたら、そのカワウソに会えるかも知れない。
住むとこないから、こんな山奥にいるって。

茶畑の道を登ってきた。 ※ 私の車は、上の方に。 

11年2月25日 (2)

登山道は確かにあるが、細い道。 スズランテープの目印が、ずっとあった。

※ ここの山のとなりに、不入山(いらずやま)がある。 四万十川の源流点がある。
  昨年、遭難事故があった。 仲間で登ったが、最後の人がいなくなった。
  一番最後は、優秀な人でなきゃダメなのに。
  その事故があったために、標示が丁寧と感じた。 テープは新しかった。

11年2月25日 (3)

1時間半ほど登って、やっと、景色が見えた。 
半分から向こうは、四万十川流域。 こっちは、新荘川流域。

この登山道は、ネットで知った。 道の駅の横にも、登山道入り口の標示はあった。
ナビには、途中まで載っていない。
テープを見ないで歩いていたら、一度道を間違って戻った。 15分ほど時間を使った。

11年2月25日 (4)

上の写真の、中央の地点。 ここから、右に行ったら、四万十川の源流点に。
脱藩の道は、左の道から国道を渡って。  国道沿いに向こうへ行く。

11年2月25日 (5)

杉林の中を歩いた。 少し前まで、ここには、水があった。 イノシシの足跡があった。
こんな所を、沼田場(ぬたば)と言う。
動物が、体に泥を擦りつけて、ダニなどを取る。 ※ 国東半島で見た、沼田場

11年2月25日 (6)

西側からの登山道との合流地点に、小さな洞窟があった。 穴と言う感じ。

11年2月25日 (7)

火を焚いた跡があった。 10人くらい雨宿りできる広さ。

11年2月25日 (8)

山の上の方は、カルストっぽい。 ゆっくりだけど、2時間近く歩いた。
この時の高度は、1000㍍近いでしょうか。 頂上が1100㍍だから、後少し。
時々ナビを見るので、頂上までの距離や方向、そして今いる場所の高度は分かっている。

11年2月25日 (9)

この山の頂上は、丸い感じだった。 あと少し。
売ったら高そうな木があった。 北海道のオンコに似ている。

11年2月25日 (10)

着きました。 標示は2種類あった。 鶴松森と鶴松ヶ森。 12時10分。

11年2月25日 (12)

11年2月25日 (11)


セーターは、腰に縛り付けている。 暖かい。 枯れ草の上に寝転がったら、昼寝できる。
すぐに食事にした。 おにぎりは、道の駅で朝買った。 
卵焼きは昨夜作った。 自分で作ったのが好き。

足に、どうだい、って聞いた。 今年も始まりましたね、って言った。

11年2月25日 (13)

リュックの場所で、景色を眺めながら食べた。 登山者には、誰にも会っていない。 ずっと一人。

11年2月25日 (19)

頂上からは、南方面の景色が見えた。
須崎方面。 脱藩の道は、海に出る前に、左の山に入る。 そして高知に。

11年2月25日 (14)

上の写真の、港。 須崎市のどこなのか。

11年2月25日 (16)

正面。 道の駅は、右下に。 見えない。

11年2月25日 (15)

上の写真の一部。

11年2月25日 (17)

茶畑は、下から見ても、上から見ても、美しい。

11年2月25日 (18)

1時少し前に、下山開始。 少ししたら、こんな景色が見えた。 
右の方に、細い道が見える。 旧道。 少し前に、ここへ行って写真を取った。
脱藩の道も、ここを通る。 こんなに曲がらないで。
大町桂月は、この道を、羊腸、つまり羊(ひつじ)の腸と表現した。

11年2月25日 (20)

隙間から、茶畑を。 行ってみたくなる。

11年2月25日 (21)

山の尾根は、こんな感じ。 歩きやすい。 この後、左に下る。

11年2月25日 (22)

花はないので、「ラン」を探しながら歩いた。 岩場か、木に付いてるのを。
登る時に見つけたのがあったんだが、通り過ぎてしまった。  こんな感じのだった。(徳島県の貞光で見た

下の写真の植物は、水仙か?

11年2月25日 (23)

この風景が見えた。 上の方に、さっき見た、曲がりくねった道がある。

11年2月25日 (24)

2時間かからないで、下りてきた。

道の駅の裏に庭があった。

11年2月25日 (25)

梅の花。 桜に似ている。

11年2月25日 (26)

赤い花も咲いていたので、下の人に名前を聞きに行った。

11年2月25日 (29)

その花は、サザンカだった。 小さかったので、別の花かと思った。
これは、桃の木と教えてくれた。

11年2月25日 (28)

つぼみが、このように付いている。      ※ 柳川で見た、桃の花

11年2月25日 (27)

色んな花を教えてもらった。 

下の説明で、花の違いがやっと分かった。(花の歳時記より)
サクランボには、細い棒が付いてるが、あれが梅や桃にはない。

11年2月25日 (31)

須崎の街で、鍋焼きラーメンを食べた。 橋本食堂は閉まっていたので、別の店で。 本に載っている店。
何かが、足りなかった。 スープも少なく、食べづらかった。

旧道を戻った。  右に、大善寺がある。 知られた寺のよう。

11年2月25日 (30)

久しぶりの山なので、登る時は、疲れた。
九州の、久住・祖母・霧島・阿蘇の各山に登りたい。
少しずつ、鍛えなければ、と思った。

【道の駅】    かわうその里すさき

【明日の予定】  また、内陸に

【その他】    新荘川のカワウソについては、今回はパスです。 ここに書きました。
        ※ ニホンカワウソ最後の地、新荘川中流  樽の滝は裏見の滝  山里温泉 ~津野町・須崎市~  鍋焼きラーメン  (2011/1/15)

【動画akkamui】
布施ヶ坂を下って、須崎へ     ※ 番屋と言ってますが、陣屋の間違いです。


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四万十川本流に架かる沈下橋で、一番上流の橋を見に行った。
他も見る予定だったが、釣りしてるおじいちゃんに出会った。
晩まで、一緒にいた。

その沈下橋は、中土佐町に入って、すぐの所にある。


川幅が狭いから、橋も小さい。 かわいい。  そして、竹筒の中に、雛人形。

11年2月24日 (2)

こうです。  いいセンスですね。  かぐや姫みたい。

11年2月24日 (1)

上の取り組みは、四万十川全体でやっている。
取り組みの指導に当たっているのは、先日、鬼北町の講演会で話された方。 ※ 県庁の方。
心が、ほっとする、取り組みですね。 ポスターやパンフレットは、こんなの。

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車は通れない。 少し下流に、小さなダム(堰)があるので、深い。

11年2月24日 (3)

水はきれいですね。  
※ 四万十川は、どこもきれいではなく、四万十町は排水を流している。 
  だから、北にある仁淀川の方が、水はきれい。 共通理解は、むずかしい。

11年2月24日 (4)

家の周りに、小屋のような建物が、いっぱいある。 そんな家が多い。

11年2月24日 (5)

この写真に人は写っていないが、車で通った時はいた。 釣りをしていた。

11年2月24日 (6)

沈下橋から、700㍍くらい動いた場所。


私は、沈下橋自体は、何が何でも見たいと思っている訳ではない。
それを見に行くことによって、誰かに会えるかも知れない。 また、動物に出会うことだってある。
そっちの期待の方が、大きい。

竹林の中に道があったので、行った。

11年2月24日 (7)

ここに出たけど、いなかった。

11年2月24日 (8)

戻ったら、橋の上に、おばあちゃんが2人いた。
実は、少し前、話していた。 釣りをしていた人は、左の人の旦那さんと聞いていた。
きっと家に帰ったよって、教えてくれた。 釣った魚は、池に放していることも。
家を教えてくれた。 行くことにした。

2人に、何してるのって、聞いた。 散歩だって言った。
80過ぎたから、散歩の他には、あと死ぬよりないとも言った。

そんだけ口がたっしゃなら、死なないねって、私は言って、3人で笑った。

11年2月24日 (9)

初対面の人と話す時は、最初の30秒が勝負。
固くならず、ほわっと話しかけ、相手の性格を少しでもつかむ必要がある。
笑顔を忘れずに。 ※ 鶴瓶(つるべ)が上手。

昔から友達だったように話すと、うまくいく。 そんな感じも。

※ その力が身に付いたかどうかは分からないが、オホーツク海でのサケ釣りでは、1分間で友達になる練習をした。
  4年前から。

おじいちゃんの家に向かった。

11年2月24日 (10)

建物がいっぱいあった。 敷地内が、複雑。

11年2月24日 (17)

おじいちゃんは、いた。 おばあちゃんに教えてもらって来たと言った。
これが、おじいちゃんの池。 水は岩の隙間から出る、湧水。 それを引いている。

11年2月24日 (12)

釣った魚は、隠れてる。

11年2月24日 (11)

ミツバチの箱もあった。 1㌔、1万5千円だと言った。

11年2月24日 (13)

川の話をしたら、もう少ししたら、さっきの川の両岸に花が咲くと言った。
その表現は、べったり咲く、だった。 一面花の意味。
釣りが好きなのと聞いたら、年寄りはこれで楽しむ、べったり、釣り、と言った。 いつも釣りの意味。

おじいちゃんは、べったりが、好きだった。
私は、おじいちゃんに、べったりついて歩くことにした。

おじいちゃんは、春が待てなくて、造花の花を、木にくっつけていた。
造花でしょって、私は、少し文句を言った。

11年2月24日 (14)

おじいちゃんは、盆栽の木が好きだ。
この木は何なのって聞いたら、その木は1月に植え替えせんとならん、と言った。
最初から、自分の言いたいことは決まっていた。
私の言ったことが、聞こえているのかいないのか、分からない。
5回試したけど、同じだった。 聞こえが悪いのかなと、思った。

釣りに出かけることにした。 再度。

11年2月24日 (15)

足腰は、しっかりしている。

11年2月24日 (16)

小屋の中で、男の人が作業をしていた。 田んぼに使う機械を直している。
自分で直すとタダだから、何日も挑戦していると言う。 
窪川から頼んだら、交通費もあって高くなると言った。 直している機械は、みんなで使う。

11年2月24日 (18)

おじいちゃんの田んぼを越えて、川に。

11年2月24日 (19)

ここで釣る。 四万十川。

11年2月24日 (20)

こんなエサ。 川にいる。 頭の固いとこに引っかけると、外れないとい教えてくれた。

11年2月24日 (21)

岩場が多いため、ここも深い。 この場所では、釣れなかった。

11年2月24日 (22)

場所を変えた。 

11年2月24日 (23)

釣れた。 ウグイだ。

11年2月24日 (24)

ウグイはくわえたエサを、はき出すから、くわえた瞬間に、しゃくるのがコツと、教えてくれた。

11年2月24日 (25)

持って帰って、池に放す。 おじいちゃんにとっては、どんな魚もかわいい。
   ※ ウグイは美味しくないから、普通は釣らない。 私も釣らない。

11年2月24日 (26)

再度場所を変えた。

11年2月24日 (27)

釣れた。

11年2月24日 (28)

釣る瞬間が、楽しいと言う。

11年2月24日 (29)

魚は、右の方に。 こうやって、持ってくる。

11年2月24日 (30)

ご機嫌。

11年2月24日 (31)

うれしいね、って言ったら、うれしいと言った。 おじいちゃんの耳は、ちゃんと聞こえていた。

11年2月24日 (32)

その後、大きいのが釣れた。 おじいちゃんは、太いと表現した。

11年2月24日 (33)

とび跳ねた瞬間。 浮いてる。  ウグイは、こんな魚。 完璧な清流には、いない。

11年2月24日 (34)

今日の、収穫。

11年2月24日 (35)

川の中には、虫の巣がびっしり。 小さな固まりが、それ。 小さな石で造っている。
カゲロウなどの幼虫で、夏になって、川から飛び立つ。 
魚は、エサにする。 豊かな川の証拠。 

11年2月24日 (36)

別れる時、花が咲く時、また来いや、って言った。
気を付けて、とばさないように、って。(車を)
それが真(まこと)よって、最後に言った。

11年2月24日 (37)

湧水があったので、水を補給した。 ここの水も、岩の隙間から出ていた。
味がしないっていう、美味しさか。

11年2月24日 (38)

今日は、いい一日でした。
おじいちゃんは、もう少ししたら、田んぼで忙しくなる。
出来た米は、大阪とかにいる子供たちに送る。 それが楽しみと言った。
息子さんの嫁を、いっぱいほめた。

【道の駅】    布施ヶ坂

【明日の予定】  新荘川の源流点がある、鶴松森(かくしょうもり)に登ります。
         標高、1100㍍。 今いる所は、標高400㍍。 標高差、700㍍。
         迷ったら困るので、ナビを持ちます。
         明日の天気は晴れ。 18度まで気温が上がります。 9時には出発。

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津野町の山の中を歩いてみた。
また、四万十川流域と新荘川流域の間にある、昔の布施ヶ坂の峠に行ってみた。

細いと聞いていた国道439を、南に十数㌔走ると面白いものがある。
川を渡るゴンドラ。 こんなの見たことはない。

斜面がゆるやかだと、石垣の畑があった。 斜面が急だと、道は細くなる。

11年2月24日 (1)

この近くと思って探したが、見つからない。
他に、大きなケヤキの木もあるはずだが、案内はないし分からない。

11年2月24日 (2)

後で知ったのだが、その木はここにあった。 この写真のように。
土地の人には、枯れたので切ったと聞いた。
上の写真に、少し大きい木が写っているが、違うのかな。

11年2月24日 (25)

戻って、お酒屋さんで聞いた。 そこの庭に、小鳥のエサ台があった。
十数羽のヤマガラが、集まってきた。 先日もブログに載せている。
口にくわえている。  3㍍くらいまで、近づくことができた。

11年2月24日 (4)

口だけだと思っていたら、足でもつかんでいた。

11年2月24日 (3)

シジュウカラも来ていた。

11年2月24日 (5)

ここで、詳しく場所を聞いた。 神社の少し向こうって聞いた。
所が、この後神社を間違ったため、少し苦労する。 でも、見つかる。

こんなのだった。 大古味(おおこみ)と言う地域なので、大古味のゴンドラと呼んでいる。 
危険なので乗らないで、って書いてあった。 残念。
増水して居る時は、とくに危険かな。

11年2月24日 (6)

場所はここです。


パンフレットにあった、乗ってる写真。 ロープを引っ張って、動く。
※ YouTubeに、動画はなかった。

11年2月24日 (26)

昔は、川の向こうに家があった。 今も、畑はある。 

11年2月24日 (7)

ゴンドラは、家の前にある。 川は、四万十川の支流檮原川の、更に支流の北川川。 川が2つつく。

11年2月24日 (12)

広く石垣があった。 棚田のほとんどに、イチョウの木があった。

11年2月24日 (8)

こんな種。 すぐに、銀杏(ぎんなん)と分からなかった。

11年2月24日 (9)

落ちてる葉っぱを見れば、分かりやすかった。

11年2月24日 (11)

切った切り株が、たくさんあった。 木はしぶとい。 こうやって、また成長する。

11年2月24日 (10)

清流四万十川。 水はきれい。 これでも、水量は少ないと言う。

11年2月24日 (13)

道沿いには、廃屋がたくさんあった。 バイクで、畑を作りに来ている人もいた。 肥料をまいていた。
写真の○の所は、排水を浄化する所。 こんな山の中でも、使った水を適当に川に流してはいなかった。

11年2月24日 (14)mm

戻って、国道197に出た。 ここは、東津野と言われる地域。 役場の支所とかある。
少し歩いて見た。

11年2月24日 (15)

橋の名前は、しんでんばし。 手前右に、歌碑。 遠くに、吉村虎太郎像。

11年2月24日 (17)

こんな歌碑だが、ネットとかには全く紹介されていない。 江戸時代の新田のことか?

11年2月24日 (16)

この人の生家まで、近い。 一本橋のあった所。

11年2月24日 (18)

向こうに行くと、須崎(すさき)で高知に行く。
昔カワウソがいた、新荘川の源流域がここ。 源流点は、左の山。
大きなこの谷は、急な斜面になっていて、布施ヶ坂と呼ばれる。

今立っている所は、旧道の布施ヶ坂の峠。 国道はトンネル。 道の駅は、下に見える道の、少し左。
旧道は、右の斜面に沿って、九十九折れで、降りて行く。
脱藩の道も、その道沿いにあった。

11年2月24日 (19)

これが地図。 今後行く道は、県道19。 走りやすいと、聞いている。  
                    ※ 昔の布施ヶ坂と書いてあるのは、布施ヶ坂の峠の意味。

121tunotyou.jpg

旧道を少し降りた。 道の駅が向こうに。 
新荘川の源流点は、写真右上に見える山、鶴松森(しょうかくもり)。 行けたら行きたい山。

11年2月24日 (20)

更に下に見える、茶畑。

11年2月24日 (21)

こんな所も。

11年2月24日 (22)

道の駅に戻って、ここに車を停めた。 左の石碑は、大町桂月のもの。 大正9年に来ている。
石碑の文の中に、勤皇豪傑の跡とあった。 これは、龍馬のこと。
脱藩の道は、今に始まったものではなく、当時から知られていたことが分かる。

11年2月24日 (23)

※ 大町桂月は、与謝野晶子との関係で、こんなことがあった。 
  結果、後の時代に、桂月の評価が下がった。 その時代に、こびた感じがするでしょうか。
  以前のブログに書いたもの。 (高知の桂浜の記事)

keigetuppllpm.jpg

小さな東屋が見える。
4時半頃から、あそこに座って、少しのつまみで、ビールと土佐鶴を飲み始めた。 
※ 土佐鶴は、若いころから好き。 自分は、淡麗辛口には、なれなかったけれど。
いい景色を眺めながら。 思いついたことなどを、ノートに書いて。
寒くはない。

11年2月24日 (24)

晩に自動販売機に、コーラを買いに行った。 店の看板に灯りがともっていた。
少しだけと思って入った。 スナックの感じのお店。 ステンドグラスの飾りとピアノが。
客は私だけ。 ママさんと、ビールを飲んで歌を歌った。 10時頃戻った。

※ ママさんが作った、ステンドグラス。

sutenndogurasu (1)     sutenndogurasu (2) 

          sutenndogurasu (4)     sutenndogurasu (3)

今日は、ゴンドラが直ぐに見つからず、たくさん歩いた。
それがまたよかった。

【道の駅】     布施ヶ坂

【明日の予定】   新荘川の源流点の山に登れるか、調査中。 天気は、雨模様。
          だめなら、県道19を、四万十川沿いに下る。

【動画akkamui】   
     大古味のゴンドラへ (1分27秒)


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旅の当初の予定は、檮原は後だった。 武佐衛門が山奥だったため、檮原が先になった。
引き返すつもりでいたが、須崎でもう一度、鍋焼きラーメンを食べることにした。
それで、津野町に来ることに。

朝、四国カルストの天狗荘に電話してみた。 道は大丈夫と言う。
行って見ることにした。
天気は晴れ。 春の温かさ。

県境にありますね。


車は、天狗荘の玄関前に停めさせていただいた。
ここの高度は、1355㍍。  立派な高さ。  レストランで、カレーを食べた。

正面に見える山は、不入山(いらずやま)。 四万十川の源流点がある。 左後ろに。
                                      ※ 一昨年、行った。  四万十川源流点

11年2月22日 (1)

向こうの谷から、上がってきた。 谷の内という集落が見えている。

11年2月22日 (2)

ここが県境。 向こうへ行って、右に曲がる。 山の稜線を通っている。
スキー場が見える。 向こうの山に行くことに。

11年2月22日 (3)

スキー場の上辺り。 少し歩きにくいが、だいじょうぶ。 靴は、登山靴。

11年2月22日 (4)

カルストの風景ですね。 岩だらけの山が、特徴。
石灰岩質なのか、普通の岩と違う。 墓標のように立ってるのもある。

11年2月22日 (5)

天狗荘です。 こんな所にある。 向こうの山に登ろうとしたが、雪が深かった。
夏来たらいいですよ。 花が咲いて、自由に歩ける。 

11年2月22日 (6)

四国カルストは、日本三大カルストの一つ。  他は、秋吉台(山口県)と平尾台(福岡県)

もう少し。 ここまで、30分ほどで来た。

11年2月22日 (7)

山の名前が書いてあると思ったが、読めない。
一番下は岳かな、いや、台かな。 とか読んでるうちに、何とか読めた。
見晴台だった。 一瞬だけ、そんな名前の山かと思った。 我ながら、バカだと思った。

11年2月22日 (8)

ここは、天狗高原。 

11年2月22日 (9)

四国の名峰、石鎚山がこの中にあると思って撮った。 調べたら、もう少し右のようだった。

11年2月22日 (10)

上の山は、下の写真の左の方に。 石鎚山は、右奥の山かなと。  5月か6月には、登りますよ。
                   ※ 薄くしか写らなかった写真を、パソコンで修正してあります。
IMG_7083kkll09oppp.jpg

東屋の屋根の所に、不入山。  天狗荘が小さく。        

11年2月22日 (11)

※ 上の場所で、姉に電話した。 家の方に。 留守だった。 姉も山にいた。
  どこにいたかと言うと、上富良野の山の上の吹上温泉の近くから、2時間ほど歩いたところ。
  この温泉は、今までの温泉の中で、一番熱かった。 写真の奥の湯船。

  携帯で送られて来た写真。
     P2011_0222_120923plp    P2011_0222_124458ppllm

南方面の、山並。 四国は山ばかり。 その隙間に、人は住んでいる。

11年2月22日 (12)

動物の足跡。 キツネか。 溶けたから、大きいのか。

11年2月22日 (15)

枯れ葉1枚が、こんなに溶かしていた。

11年2月22日 (16)

山の上は、夜寒いから、下った。
何かがあったので、停まった。  ここは、津野町の早瀬地区。  吉村虎太郎の生まれた地とあった。

11年2月22日 (19)

吉村虎太郎は、この写真の、左から2番目。 後ろにいる。 写真はこれ

11年2月22日 (17)

「吉野山 風に乱るる もみじ葉は 我が打つ太刀の 血煙と見よ」  すごい辞世の句ですよ。

11年2月22日 (18)

早瀬の一本橋があった。 沈下橋の原型だそう。

11年2月22日 (21)

河童から一言。

11年2月22日 (22)

橋の木は、つながっている。 端っこの木は、近くの木に縛り付けてある。
流されても、どこまでも流れない。

11年2月22日 (23)

反対側から。

11年2月22日 (24)

夏になると、こうやって遊ぶ。 楽しそう。

11年2月22日 (20)

道の駅に、棚田の茶畑。  下の方に、記念碑が。

11年2月22日 (25)

津野町は、北海道の訓子府町と姉妹都市だそう。  訓子府は、北見に近い。
  ※ 道の駅の人が、私の車を見て、話しかけてきた。 教えてくれた。
ずっと昔、津野町から多くの人が、訓子府に開拓に入った。

11年2月22日 (28)

これも、茶畑。

11年2月22日 (26)

道の駅に、ポスターが貼ってあった。
この人は、根室のお祭りで見た。    風蓮湖。
その時の動画(YouTube)
オホーツクの船唄と、霧の摩周湖も歌った。 上手だった。

11年2月22日 (27)

今日は、山の上にも春が来ていると感じました。

津野町や、この辺りの町は、観光案内が丁寧です。
さらっと通りすぎないで、詳しく調べてみます。

四国カルスト、いい所と分かりました。

【道の駅】      布施ヶ坂


【明日の予定】    津野町のどこかを

【動画akkamui】
     四国カルストへ(1)
     四国カルストへ(2)
     四国カルストへ(3)

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1862年3月24日、龍馬は高知を出発。 澤村惣之丞と一緒に。  ※ 惣之丞~そうのじょう
翌25日に、檮原の那須俊平の家に着いた。   ※ 檮原~ゆすはら
夜酒を飲み、日本の未来を語り合う。
次の日、一気に韮ヶ峠を越え、脱藩する。   ※ 韮ヶ峠~にらがとうげ


昨晩お世話になった I さんに、出発するので、挨拶に行った。
自分の田んぼを見せてくれた。 一番小さいのは、これ。 五右衛門風呂より少し大きい。
※ 棚田を見ながら、以前から、最小の田んぼを探していた。 今のところ、これがチャンピオン。
                         (写真は、クリックで大きくなります)
11年2月21日 (1)

檮原は、龍馬の脱藩の拠点と言っていい。 伊予との県境まで、遠くはない。



ここは、大河ドラマ檮原会場、とあった。 会館に向けて準備していた。
地図や資料をいただいた。 見学コースのアドバイスも。

11年2月21日 (2)

直ぐ近くに、ゆすはら座があった。 少しだけ見た。

11年2月21日 (3)

いつも前を撮るので、今回は後ろ。 劇場は、どこも似てますね。
保存に成功したので、次は中身ですね。 定期的に、何かが演じられると言い。
とにかく、使わないと、生きないかな。     ※ 秋田県小坂の康楽館は、大衆演劇も

11年2月21日 (4)

町の西側の丘に上がってきた。
脱藩の道は、後ろから来て、写真の右の方を通って、正面の山に登り、左の谷を行く。 韮ヶ峠に。
  ※ 鬼北町、そして宇和島への道は、写真の左の方に。

11年2月21日 (5)

明治維新の先駆けとなった、6人の志士の分霊を祀ったお墓とあった。
後ほど紹介する、維新の像は、8人。 高知から来た龍馬と澤村惣之丞を除いた6名。

11年2月21日 (6)

脱藩の道。 もちろん、当時は細い道。 向こうから来た。
建物は、茶堂。 だれでもが、休むことが出来る。 昔は、村々にあった。

11年2月21日 (7)

維新の門の、8名の中の、掛橋和泉邸。 「姫隠しの間」と言う、隠し部屋があった。

11年2月21日 (8)

地図の北の方にある、三嶋神社。 屋根付き橋があって、名前は、神幸橋(みゆきばし)。
  ※ 大洲市の河辺町にあったのは、御幸の橋(みゆきのはし)

11年2月21日 (9)

檮原川が流れている。 魚がいっぱい。 四万十川の支流。 魚も気持ちよさそう。
暑いので、上着は、腰に縛り付けている。 魚でなく私が。

11年2月21日 (10)

鳥居の後ろの右に、大きな木が見える。 ハリモミという木だそう。 別名、朝鮮松とも。
長宗我部軍が、朝鮮遠征の時、持って来たそう。 400年前。

11年2月21日 (11)

三嶋神社で行われている、津野山神楽。  ※ 檮原町では、他でも、



脱藩の道は、神幸橋を渡って、左の山に入る。

11年2月21日 (12)

地図の左の方から見た、檮原の市街。 脱藩の道は、左奥の谷からこっちへ。

11年2月21日 (13)

山を下る。

11年2月21日 (14)

大庄屋の中平善之進と言う人の墓。 農民の暮らしが苦しく上訴しようとしたら密告され、打ち首。
打ち首の場所は、昨日のブログにあった所。 おばあちゃんたちのいた、近く。
藩から打ち首はしなくていいという通知が出た。 届いたのは、打ち首の終わった直後だった。

この後行く維新の門の像は、城のような建物の後ろの右に。

11年2月21日 (15)

これが、その像。 圧倒される何かがある。 突き進む勢いも。

11年2月21日 (16)

左から  
前田繁馬 吉村虎太郎(後) 那須信吾(前) 中平龍之介(低い姿勢) 掛橋和泉(一番後) 澤村惣之丞 坂本龍馬 那須俊平

龍馬。

11年2月21日 (17)

那須俊平。 この人は、今の内子町まで行く。  
                 ※ その途中の、大洲市川辺町にあった像。 右が那須俊平。左は澤村惣之丞。

11年2月21日 (18)

那須信吾。 この人は、韮ヶ峠で引き返す。 ある人の暗殺のためか。(?)

11年2月21日 (19)

8人は、こんな人。

11年2月21日 (21) 11年2月21日 (20)

11年2月21日 (23) 11年2月21日 (22)

11年2月21日 (24) 11年2月21日 (25)

11年2月21日 (26) 11年2月21日 (27)

後ろから。 韮ヶ峠は、写真左に見える沢を行く。 向こうに、長州、そして日本の未来がある。

11年2月21日 (28)

いい像でしたね。 作者は、一人ひとりを調べつくしている感じがした。
作者の名前は、浜田浩造。 高知県を中心に活躍した人。
詳しいことは分からなかったが、像を作る時の考えが、YouTubeに載っていた。 

車で少し移動して、龍馬が宿泊した、那須俊平の屋敷跡に向かった。
近くにあった、那須俊平と信吾の墓。 右の上に。  ※ 俊平は、禁門の変で死ぬ。 御所の下の方で。 (鷹司殿のそば)

11年2月21日 (29)

檮原の市街地に向かっている。 脱藩の道は、左下から上がって来て、向こうに。
那須俊平の家は、左下を下りた所にあった。

11年2月21日 (30)

ここ。 下に国道が通っている。

11年2月21日 (31)


反対側から撮影。 池などが、残っていた。

槍(やり)の道場があった。 25日の晩、ここで酒を飲んで語る。
いよいよ明日、脱藩する。 そんな日。

※ なお、龍馬と惣之丞は、24日と25日の2日間で、140㌔を歩いた。
  時速5㌔の速足だったとしても、1日、14時間は歩いている。 
  新暦では、4月22日と23日なので、結構明るい時間は、長い。

11年2月21日 (32)

この晩、龍馬は、こんな歌を詠む。

 「春くれて 五月まつ間の ほととぎす 初音をしのべ 深山津野里」

ネットで解釈を探したが、見つからない。
ホトトギスについて、調べてみた。
ホトトギスが鳴いたら、卯の花が咲いて、夏が来たと、言えるそう。
その年に初めて聞くホトトギスの鳴き声を、忍音(しのびね)といい、珍重された。 初音のこと。

 ※ 「夏は来ぬ」は、こんな歌。  ※ 来ぬは、来たの意味。

龍馬は、自分の願いが叶った時を、夏としたのではないでしょうか。
3月25日のこの日は、春の終わりで、5月は夏。 (龍馬は、旧暦で詠んでいる)
自分の夏は、もう少し先にある。 その時まで、鳴くのを待ってくれと。 (どうかな、自信はないが)

※ また、龍馬は、下の伝説を知っていたかもしれない。(Wikipedia)

  古代の蜀国の帝王だった杜宇は、ある事情で故郷を離れたが、さまよううちにその魂が変化してホトトギスになった。
  そのため、ホトトギスは今も「不如帰(帰るにしかず)」と鳴いている、という。

※ 私は、一度だけ聞いたことがある。 特許許可局、と聞こえた。

近くに、8人の1人、前田繁馬の家の跡があった。 この写真は、そこから市街地方面を撮影。
那須俊平の家は、真ん中の山の手前の沢にあった。

11年2月21日 (33)

龍馬がいなくても、大政奉還や明治維新はきっとあった。
でも、何年ずれたか分からない。 龍馬は、歴史を動かしていた。

龍馬の夢は、幕藩体制を倒して、天皇中心の世の中にするという、単純なものではなかった。
民主政治も龍馬の視野には入っていた。
ジョン万次郎は、土佐の人間。 きっと、龍馬も、広く世界を見ていたように思いますね。

檮原は、日本の夜明けの地、と言えそうです。

【道の駅】    ゆすはら

【明日の予定】   津野町を調べています。

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神在居(かんざいこ)の棚田は、道の駅から近かった。 トンネルの上にあった。
今日は、天気がいいから、のんびり歩くことにした。



この部分は、この後行く展望台からは、見えない部分。

11年2月20日 (1)

国道が見える。 右も左も、トンネル。 1枚の田が、大きい。

11年2月20日 (2)

上の写真の左上に、展望台が見える。 そこに行くことに。

11年2月20日 (15)

花が少ないから、こんなのも美しく見える。

11年2月20日 (3) 11年2月20日 (4)

展望台に着いた。 脱藩の道が通っている。
千枚田の説明に、「耕して天に至る」とあった。 司馬遼太郎も、この風景に感動したことも。
一句考えた。 遊びの感じになってしまったが、こんなの。

 「 なんまいだ 唱えて歩く 千枚田 」

11年2月20日 (12)

1枚の棚田が大きくて、直線的ですね。
昔のままでないことが、分かる。 (このことは、後で、くわしく教えてもらう)
棚田としての魅力は、その分減っている。
それでも、壮大さは残っている。

11年2月20日 (8)

石垣によって、石の大きさが違う。

11年2月20日 (9)

向こうから下りてきた。 ここは、脱藩の道。

11年2月20日 (11)

ヤマガラ。 この鳥は、檮原町のシンボル。

11年2月20日 (10)

こんな道を戻っている。 竹がきれい。

11年2月20日 (13)

道端に、こんな水。 飲んだ。

11年2月20日 (6)

お風呂を沸かしていた。 煙突より、前からの煙の方が多い。
右の家が、岩戸くっ付いている。

11年2月20日 (14)

こんな風に。

11年2月20日 (5)

展望台から見た棚田の、一番上に向かっている。

11年2月20日 (18)

こんなのが見えた。 通りがかった婦人の方に聞いた。 折れた杉の木だという。

11年2月20日 (16)

樹齢800年、周囲11㍍とあった。  ※ この地方では、有名な木と後で分かった。  
           ※ ちなみに、高知県の大豊町にある日本一の杉は、樹齢3000年、周囲20㍍。

11年2月20日 (17)

脱藩の道。 向こうから来て、私が立っている旧道に入る。 昔は、この道しかなかった。 伊予に行く街道。

11年2月20日 (19)

右上の場所で、中平善之進と言う人が、打ち首になった。  少し行ったら、脱藩の道は、左に降りる。

11年2月20日 (20)

善之進は、打ち首にならなくてもよかった人。 詳しくは、下に。

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脱藩の道。 道の駅の檮原まで近い。

11年2月20日 (21)

大杉の所で話した人は、左の人。 ここで、しばらく話していた。
今日は風がないから温かいねって、話した所。

11年2月20日 (22)

こんな道を戻った。 左に見える箱は、ミツバチの巣。
今はソバを植えたりしないから、ハチが来ないと、上の人が教えてくれた。

11年2月20日 (23)

ハチのいた巣もあった。

11年2月20日 (7)

続きは、後ほど。

11年2月20日 (24)


11年2月20日 (25)


11年2月20日 (26)


11年2月20日 (27)


11年2月20日 (28)


11年2月20日 (30)


11年2月20日 (29)


11年2月20日 (31)


【停泊地】   檮原町神在居の、集会所のような所の駐車場

【明日の予定】  檮原町 龍馬関係かな

【動画akkamui】
     神在居の千枚田へ


     月の沙漠 


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武佐衛門は、瑞林寺に葬られた。
今は寺はないが、武佐衛門大いちょうがあった。 460年経つと言う、大木だった。

山の中に、おまん姫の墓があると言う。
正確な場所は分からなかったが、何とかなると、行ってみた。


武佐衛門の大いちょうも、おまんの墓も、それを見に行くことによって、畑の道を、山の中を歩くことが出来る。
花があり、鳥がいて、人に出会うかもしれない。
目的があると、そういう面でいい。

道の駅から、南に向かって歩いている。

11年2月19日 (1)

菜の花の、花も葉っぱも、やわらかな色。 春に似合う。
 ※ 思い出したことがある。 朧月夜の歌の中に、「かわずの鳴くねも、鐘の音も」という歌詞がある。
    この鐘は、信州、中野市の真宝寺の鐘の音です。 行ったのは、一昨年。

11年2月19日 (2)

ここです。


大きなイチョウの木が見えた。 葉っぱはまだ。

11年2月19日 (3)

今年初めて、タンポポに気付いた。 茎がない。

11年2月19日 (4)

今は、寺はない。 ここは、見晴らしがいい。 ビールの箱があるので、大きさが分かる。
周りの長さ、6㍍。 高さ、35㍍。

武左衛門がこの木を見た時も、200年を過ぎた大木だった。

11年2月19日 (5)

死を覚悟していないと、一揆の指導は出来ないですね。

11年2月19日 (6)

夜見たら、きっと恐ろしいですよ。

11年2月19日 (7)

山の上に城跡があるんだが、道が分からなかった。

山の中に、黄緑がありますね。 これは、竹。  いつ頃からこんな色か、思い出せない。

11年2月19日 (8)

おまん姫の墓の場所は、ネットで調べて、大体分かった。 国道から歩いたとしても、数㌔。
山奥に向かった。 石碑があったので、見てみた。

ここは、トンネルの手前。 越えたら土佐。 御番所があったとある。
  ※ 番所~交通の要所に設けて、通行人を見張り、積み荷の検査や税の徴収などを行った所。(辞書)

11年2月19日 (10)

おまん姫の墓がある。 祠の跡も。 これでは、どこだか分からない。
土佐、伊予大海街道の道沿いにあることが分かる。

11年2月19日 (11)

トンネルの入り口横に、番所の跡が。

11年2月19日 (12)

ここの家に、聞きに行った。 目的があると、こういうことが出来る。 これがいい。

11年2月19日 (15)

おばあちゃんが、一人で暮らしていた。 おじいちゃんは、なくなった。
子供たちが近くだと言う。 

おまん姫の墓は、林道を上がって行って、途中から歩く。
山を眺めて教えてもらい、だいたいの場所が分かった。

落花生と、卵の殻。 殻は肥料にする。

11年2月19日 (13)    11年2月19日 (27)

大根を少し干して、切干大根を作る。 干さないと、切った時折れるそう。
出来たのは、道の駅で売る。
※ 道の駅の役割が、こんなところにもあった。 売るのは、生きがい。

11年2月19日 (14)

15分ほど話した。 子供たちのこと。
中学校は、道の駅のあった所。 昔は旧道だから、曲がりくねってていて10㌔以上あった。
自転車で通ったそう。 冬は雪が降るから通えない。 寄宿舎のような所に泊まった。
ここに嫁いで、50年になると言った。

ここは、一番の山奥。 私は、「おばあちゃん、ここから出たらだめだよ」って言って別れた。

目的地は、真ん中より右の方の山の上。

11年2月19日 (16)

トンネルの手前で、左の道に入った。 道は、曲がりながら、一気に上った。
動画にあるように、おばあちゃんの言った場所に着いた。 墓まで、250㍍とあった。

11年2月19日 (18)

おまん姫の説明。 平資盛と言う人を追って、ここに来たと言う。 でも、源氏の追っ手に殺された。

11年2月19日 (17)

おばあちゃんの家やこの辺りは、明治の頃までは、日向谷村(ひゅうがいむら)だった。
                        ※ 後に、合併して日吉村、さらに鬼北町。
おまん姫の話は、この地域に語り伝えられてきたが、伝説の内容は、下記のようにもまとまっている。
                                     (こたろう博物学研究所より)
  ・むかし、源平の合戦に負けた平家の娘におまん姫というとても美しい姫がいた。
   姫は源氏の追手を逃れ、四国に落ちのびた。
   そして西へと逃げ、日吉村の高研山(たかとぎやま)までやってきた。

  ・姫は疲れた足を休めようと道端の石に腰掛けた。
   側に流れる川の水面に木屑が流れているのを見て、上流に人が住んでいるに違いないと川上へと上っていった。
  ・すると、途中で木こりに出会う。
   姫は木こりに金を渡して「私が通った事をくれぐれも人に言わぬよう」と頼み、更に上流への上っていった。
  
  ・だが、追手の源氏がやってきて木こりに金を握らせると、木こりは姫の逃げていった方向を教えてしまった。
  ・追手の武士は姫が寝泊まりしていた茅葺きの家にのりこみ、首を討ち取ってしまった。
  ・姫の死を哀れんで、村人は姫が腰掛けた石を墓石として、高研山の中腹に祀った。
  
250㍍だから、雪があろうが何だろうが、行ける。 ※ 実際は、倍とは言わないが、もっとあった。

11年2月19日 (19)

宇和島と土佐を結ぶ道が、この道。   大洲と土佐を結ぶ道は、ほぼ先日歩いた、龍馬の脱藩の道
伊予の西側と土佐を結ぶ道は、この二つだけ。
多くの人が行き来したが、どんな目的で、1日何人くらい歩いたのか、そんなのが知れたら面白い。

突き当たりに、おまん姫の墓は見えてきた。

11年2月19日 (20)

ここは、峠の頂上でもあった。 名前は、高研峠(たかとぎとうげ)。 街道は、左に降りて行く。
真っ直ぐ登って行ったら、高研山。 その途中に、おまん姫の祠がある。

11年2月19日 (21)



日向谷の人達で作ったと、さっきのおばあちゃんが教えてくれた。
※ おばあちゃんの話では、上の祠は墓とは別にあるように、言った。
  上にあるのを、ここに持って来たのではないと言うこと。

11年2月19日 (22)

一つの石で出来た、五輪塔。(一石五輪塔)
4つしか見えないが、一番上に、少しだけ、後一つある。

「おまん姫塔」とある。 風化している。 左に、月日は書いてあったが、年号はなかった。
伝説通りだと、平安末期の物になる。  ※ 作り直すこともあるかな。

11年2月19日 (23)

登山道は、少し荒れていた。 高研山は1055㍍。 ここから直線で、1.5㌔程。
おまん姫の祠は、その途中だから、1時間は歩かないで着く。

11年2月19日 (24)

向こうが伊予。 谷の下に、日向谷地区がある。

11年2月19日 (25)

山を下りた所に、お墓と建物の跡があった。 きっと、お寺の跡。
おまん姫が住んだ所は、伊予のこれ以上はないと言う、山奥だった。

11年2月19日 (26)

平資盛(たいらのすけもり)と言う人は、歴史上の人物。
おまん姫、と言う名前は、ここの伝説の中にだけ出てくる。

この伝説は、この内容に近いことが実際にあって、連綿と伝えられてきた。
もしくは、山の中腹に古い墓があって、そこから伝説は生まれた。
どちらかでしょうね。

また、Wikipediaで高研峠を調べたら、おまん姫の話が載っています。
いろんなHPでも紹介されています。
けっこう知られた伝説のようです。

もし、壇ノ浦から逃げるとすれば、九州か山深い四国が一番です。
この伊予にも、どれだけ多くの平家が逃げて来たか分かりません。
伊予の最奥への道がこの道です。

この伝説が生まれるような、何かがきっとあった。
おまん姫の墓を見て、そうも思いました。

※ 峠を下りている時、ある霊のようなのを感じました。
  細い道の最後に、来た道を振り返りました。
  おまん姫が、どこかにいるのでは、と感じて。
  その時、目の前の道端に、溶け残った雪がありました。

  それは、女の人が何かに乗って、座っている姿でした。 
  私は、おまん姫がここまで、見送ってくれたと感じました。
  それを見て、今度来たら上の祠まで行くからね、と伝えました。

【道の駅】    ゆすはら

【明日の予定】  この町を。 龍馬関係。 そばに、棚田もある。

【動画akkamui】
     おまん姫の墓の入り口へ


     トンネルを抜けて、高知県へ


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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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