キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

和霊神社という神社が、駅の裏の方にあった。
昔、宇和島藩に騒動があり、それがあって生まれた神社だと言う。
何か分かるかと思って、行ってみた。

昨日、ラジオで「心」について面白いことを言っていた。
それについて、少しだけ。

車では走れないので、歩くことにした。
15分ほど歩いた所に、和霊神社。  和霊~われい

雪は、降ったり止んだり。
                    (写真は、クリックで大きくなります)
11年1月31日 (1)

この神社が出来たいきさつが、変わっている。
短くまとめるとこう。(市のHP)

 祭神である山家清兵衛(やんべせえべえ)は、米沢の生まれ。
 伊達秀宗(藩主)の元で、産業の拡充、民政の安定に手腕を発揮した清兵衛ですが、
 元和6年(1620)凶刃に倒れました。

 その後この事件に関与した者が相次いで海難や落雷で変死したため、
 人々は清兵衛の怨霊だと恐れ、その霊を城北の地にまつりました。
 それが和霊神社の始まりです

秀宗は、伊達正宗の長男。 宇和島藩の藩主となってきた。
まだ若いので、正宗は、山家清兵衛を後ろ盾として、宇和島によこした。
手腕を発揮したが、妬まれたりして、最後は秀宗の指示で、暗殺された。

その後の災いが、清兵衛の祟りと噂が立ち、秀宗は和霊神社を建てた。

ここは、本殿。
創建のいきさつはこうだけど、大きな神社。
分霊を祀った神社は、四国を中心に、全国に100以上ある。

11年1月31日 (2)

殺され方は、こう。 1620年のこと。(和霊騒動顛末記より)

 6月29日の深夜、丸之内(現在の和霊神社)の山家邸に乱入し、蚊帳の四つ手を切り落として、
 清兵衛・二男治部・三男丹治を斬殺した。清兵衛時に42歳であった。

Wikipediaには、下のようにある。

wareisoudou0099809.jpg

山家清兵衛について調べてみたら、あるサイトに、こんな表現があった。
 
 「政宗からは絶大な信頼をうけていたが、伏見でお公家さんのように育った・・・」

正宗の信頼が厚かったため、宇和島での状況判断、つまり、藩主の秀宗と周りの者が何を考えているか、
その判断を誤ったように見える。

ただ、藩内の人心は、清兵衛についたので、何かあれば、祟りと言うようになった。
最後には、祟りを鎮めるための神社ができた。

宇和島では、下の写真の「牛鬼(うしおに)」をよく見る。  

11年1月31日 (3)



雪に椿。 花札のよう。(?)

11年1月31日 (4)

「少し、つめたいなあ」

11年1月31日 (5)

ベレー帽が似合うねって言われたら、気迫は半分しか出せない。

11年1月31日 (6)

山の上は、こう。 山の下から、とけ始めた。
まるい屋根は、闘牛場。

11年1月31日 (7)



pppp0900889000.jpg

pp009890ppo.jpg 

神社に説明とかは、一切なかった。 ※ 和霊神社に、HPはない。
駅に向かった。
宇和島駅は、予讃線の終着駅。  ここと宿毛の間には、鉄道はない。

11年1月31日 (8)

時計台かと思った。 いい風景。

11年1月31日 (9)

駅は向こうの、左に。  振り返って撮影。

11年1月31日 (10)

きさいやロード。
道の駅にも、「きさいや」がついている。 来てください、の意味だそう。

11年1月31日 (12)

雪で、人が少ない。

11年1月31日 (11)

昔は、主人を殺す時、いつかの仇討を恐れて、子供を含めて、一家皆殺しにした。
※ 生き延びた子供が、執念の仇を討つのがありましたね。
   九州の、秋月藩での事だったかな。
    ※ 日本最後の仇討 (面白いです。 時間があったらどうぞ)
    ※ 上の中に、こんな文がある。

     この知らせを郷里の秋月で聞いた六郎の祖父遊翁は、垣根を飛び越えて隣家に駆け込み、
    「六郎がやった! 六郎がやった!」 と叫び、
    「今日は我が生涯最高の日じゃ、生きてて良かった。」と泣いた。

心について書く予定だったが、ネットにその内容が載っていたので、それを紹介します。
内容を簡単に。

好き嫌いは、心が決めるとする。
もし、臓器移植をして、好き嫌いが変わったら、移植した臓器に心があったのでは、という内容。

ネットの記事と、ラジオで話したことは、情報源が同じと思う。

書くことを整理しているうちに、こんなことを考えた。
好き嫌いは、心が決めない場合もある。
例えば、体が疲れきっていたら、甘いものが好きな傾向になる。
何の好き嫌いでも、心が決めてるように見えるけど、別の条件かもしれない、と思うようになってきた。

長いので、面白そうな所だけでも。  不思議に思うところは、ある。
昔、テレビでやったそうなので、知ってる人がいるかもしれない。

  運命と宿命 〔その1〕臓器は「運命」の一部である

「心」については、もっと知りたいですね。  むずかしい。

【道の駅】   みなとオアシス きさいや広場

【明日の予定】   遊子水荷浦の段畑に、やっと行けそう。

 ※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです

【今日の歌】  愛の終着駅   ※ 宇和島駅が終着駅なので


  
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遊子水荷浦の段畑に向かったが、雪がひどくなってきたので、戻った。  ※ 遊子水荷浦~ゆす みずがうら
寒いし、写真も撮りにくいので、街へ出かけるのもやめた。
3時前から、一人での宴会をした。
  ※ これを思いついたので、出かけるのをやめたような気もする。(こっちが、本心か)
サッカーのニュースをネットで見ながら、飲んだ。 極楽。

そして、ラジオも聞いた。 面白いことを聞いた。
「心」は、どこにあるんだろう、という内容。
    ※ これについて、ブログで触れたことがあるかないか、はっきりしない。
明日も雪の予定。
もし出かけられなかったら、このことを書きます。
そんな話聞いたことがない、と誰もが思う内容。

道の駅の案内所で、遊子水荷浦への道の状態を聞いた。
途中峠があるが、車は通っていると言う。
陽がさしているし、雪も止んでいるので向かった。

でも、動画にあるように、吹雪いてきたので戻った。

ここが、道の駅 みなとオアシスうわじま。  中は、大きなお店。 
                   (写真は、クリックで大きくなります)
11年1月30日 (8)

道の駅から見た、私の車。 雪はひどくなってきた。 戻って来てよかった。

11年1月30日 (2)

山の上の宇和島城も、雪の中。

11年1月30日 (10)

11年1月30日 (11)

こっちは、港。

11年1月30日 (9)

足湯。 ※ 夜はやってるのかな。 体の上は寒くて、足が温まったら、全体はどうなる?

11年1月30日 (1)

お店に、大きな水槽。

11年1月30日 (3)

カワハギでいいのかな。  小さな口。

11年1月30日 (4)

ヒラメ。 目が、左なのが分かりますね。 大きさは、80㌢くらい。  
ヒラメやオヒョウは、大きいのがいる。     大きなオヒョウ(gigazinより)

11年1月30日 (5)

親子がいた。 私は子供に、大きな魚だね、とか話しかけていた。

11年1月30日 (6)

そうしているうちの、子供は、ガラスの向こうの魚を捕まえるふりをして、食べた。
面白かったので、もう1回食べてって、お願いした。
今度は、直接、口をもっていって食べた。

11年1月30日 (7)

この後、酒の肴を買った。 どれも、一皿150円。
         ※ アジの煮付け  ブリ大根  豆アジの南蛮漬け  魚のかまぼこ
先日、コメントで東風さんが、ミョウガの食べ方を教えてくれた。 右端に。 
                   ※ バカになるほどの量はないけど、バカになってもいい。  いや、バカが治ったりして。
ビールと酒を飲みながら、ネットで、サッカーのニュースを見ていた。

11年1月30日 (12)

ラジオも入れていた。 「心はどこにある」について、ああだこうだ、言っていた。 面白かった。
※ これについては、明日か、近々書きます。

サッカーですが、アジアカップで勝ちましたね。
ザッケローニ監督。 いい監督かもしれない。 隣は、キャプテンの長谷部。

11年1月30日 (13)

この監督は、選手の心を捕まえるのが、きっと上手。 2つ紹介。

○ ゴールキーパーの川島は、カタール戦でミスをして、自信を失いかけていた。
  監督は、川島にこう言った。
   「落ち着いてやれば問題ない」
   「ミスのないGKはいない。でも川島はミスの少ないGKだ」
  この後、韓国戦のPK戦で、スーパーセーブを連発する。
  自信を取り戻したことが、決勝のオーストラリア戦での活躍につながっていく。

○ こんなことも言った。
   「望んだ結果が得られた。
   この大会は先制されても、10人になっても引き分けではなく、勝ちきってきた。
   後から試合に出るサブのメンバーたちの力が非常に大きく、チーム全体の力で勝ち切った。
   そのことはきょうの李(忠成)のゴールが象徴している。

   今日の決勝は本田、長谷部、遠藤 が昨日一日しか合流できず、岡崎は昨日、それもできなかった。
   長友も韓国戦で足を踏まれて思ったようなトレーニングができなかった。
   きょうは力以上のものを出し切ってくれたゲームだった。」

  この言葉は、マスコミに話しているが、選手にも伝わるんですね。
  それを知ってるから、こういう。

面白い写真。 監督は、自分を見てるのか。 撮ってる人が写っている。 Pの上の人かな。

11年1月30日 (14)

MVPの本田は、こう言った。
 「まだ個人的には満足していない。これからも成長した本田圭佑を見せられるようにしたい。
 今まで何度か日本が優勝したのは、小さい時に見てきた。
 でも、カタール、韓国、オーストラリアに勝利し、今までの大会よりも価値がある優勝だと思う。」

この人が現れて、サッカーが面白くなってきた。

11年1月30日 (15)

※ 以前、日本の中心だった、中田もコメントした。
    「厳しい試合の中、勝つことができた。
    こういう大会では、ラッキーボーイが出てくるチームが強い。
    決勝も最後、延長で入ってきた選手が点を決めた。
    新しい指導者が来た中、1つの大会で終わらせるのではなく、次の大会へつなげていって欲しい。」
 
  言ってる中身は、深くない。

本田をはじめ、今の若い選手は、以前の選手より、サッカーを深く考えてるように感じますね。
優れた監督に出会うからかな。 ヨーロッパなどで。 

明日も雪だったら、どうしましょう。
こう言う時、室内で、闘牛が見られたらいい。

【道の駅】    みなとオアシス宇和島  昨晩に同じ

【明日の予定】  天気次第

【動画】
     遊子水荷浦の段畑に向かったが、戻る。


     李 忠成(り ただなり)の得点シーン   1分過ぎに。


     対 韓国  同点シーン


     対 韓国  PK戦


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道の駅から、宇和島城は、小さな山の上に見えた。
案内所で、地図をいただいた。
歩いて行くつもりだった。
ところが、道先案内人というボランティアガイドの方がいて、全て案内してくれた。
それも、城の下まで、車で・・・。

いつの間にか、四国の西の端に来ましたね。
宇和島は、ここです。


乗用車に載せていただいて、関係者しか行けない所まで、登った。
今日は寒いからか、いそがしくないと言うことで、案内人の方は2人。
この石垣を登って、もう一つ登ったら、天守閣。

写真の石垣の、左下が少し膨らんでいるのが分かるでしょうか。
傷んできていて、崩れるかもしれない、とのこと。
石垣は、簡単には傷まないと思っていた。
              (写真は、クリックで大きくなります)
11年1月29日 (1)

見えました。 かわいい城です。
撮影スポットは、この変の様です、と教えてくれた。 今日は、楽。

あと、数歩下がって撮ったら、城がもうちょっと上がりましたね。
緑が少ないから、空の青もだいじ。

11年1月29日 (2)

市街地の真ん中に山があって、城がある。
天守と、下にある「上り立ち門」以外は、取り壊したり、焼けたりしてない。

11年1月29日 (3)

これはこれでいいけど、桜が咲くと変わりますね。 新緑のやわらかな緑もいい。

11年1月29日 (4)

ここは、天守のある本丸。
石垣の上の部分は、石垣より少し、小さい。 ※ 内側に入っている。
それが特徴と、教えていただいた。 他の城は、そうなっていない。 例えば、弘前城

他に、壁に横線があったり、戦いに関係ないものもある。
つまり、この城は、江戸時代に入って、もう戦いはないとの見通しのもとで建てられた。

11年1月29日 (5)

太い木の切株があった。 この山も石の山。 木の根は横にのびる。 石垣にとっても良くない。
だから、切った。 切ったとしても、それは、元に戻したことですね。

11年1月29日 (6)

城の入り口。 玄関のよう。 これも、ここだけと言う。
そう言えば、入り口は、ふつう目立たない。  弘前城の入り口はこう。 これが、普通かな。

11年1月29日 (7)

その玄関の上に、模様。

11年1月29日 (18)

竹二雀紋。(パンフレットにこう表示。 二は「に」のこと) 宇和島伊達家の家紋の一つ。
よく見たら、左右の竹もスズメも、同じ(対称)でない。

11年1月29日 (19)

一目、古いと感じる。
この城の創建は藤堂高虎だが、宇和島2代藩主の宗利が、今の形に再建した。
それが、今に残っている。

障子がある。 これも、宇和島城の特徴。

11年1月29日 (8)

10分の1の模型。 模型を作って城を作ったのではなく、後で作った物。
精巧なもので、これがあれば全く同じように再建できるそう。(ガイドさんの説明)  ※ 城と一緒に焼けたらダメ。

11年1月29日 (9)

最上階。 周りに廊下はない。

11年1月29日 (16)

天守の解体修理は、昭和35年から行われた。 
これは、使えなくなった部分。 柱のある部分は、このようになってしまった。

※ 今の城は、古い柱と新しい柱が、混ざっている。 他の部分も。
  時には、1本の柱の半分が古い場合もある。

11年1月29日 (10)
 
解体修理前の写真。 これだったら、いつか崩壊するかもしれない。 

11年1月29日 (11)

黒門矢倉という建物。 明治32年頃取り壊した。 撮影は、明治25年頃。
※ 古い物の価値を、誰もが分かっていた時代ではなかったよう。

11年1月29日 (15)

宇和島湾が見える。 手前は、宇和島港。  左側後ろの山は、島。 九島。

11年1月29日 (12)

北東方面。 闘牛場が見えると言う。 小さな山の上かな。 円い屋根。

11年1月29日 (13)

南東。 こちらは山。  昨日今日と、四国にしては寒い。 小さな山でも、上は雪。 白い。

11年1月29日 (14)

NHKの取材班が、城を撮影したり、観光客にインタビューしていた。  ※ NHKから委託されている業者。
私もこの後、インタビューを受けた。 ※ 事前に話があり、了解しておいた。

城の魅力は何ですか、いつの季節の城が好きですか、など、5分くらい。
答えたのは、建物が美しい、時代を感じる、新緑の頃が好き、など思いついたことを。
※ 私は、何でも見て歩いている。 特別に城が好きなわけでないから、少し困った。

いい部分があれば使われる。 簡単には、使われない。 そう思います。
番組名は、「新日本風土記 春のSP “城”」  4月上旬に放映。 90分番組で、全国版。

11年1月29日 (17)

天守の他に唯一焼け残った、上(のぼ)り立ち門。

隣の像は、児島惟謙(これかた)と言う人。 この町の出身。
明治24年に、ロシア皇帝の皇太子が襲われた、暗殺未遂事件があった。(大津事件)
この人が、この事件を裁いた。

※ Wikipediaの説明はこう。(概略)

  時の大審院(現在の最高裁判所)院長の児島惟謙は、法治国家として法は遵守されなければならない
  とする立場から、「刑法に外国皇族に関する規定はない」として政府の圧力に反発した。
  事件から16日後の5月27日、一般人に対する謀殺未遂罪(旧刑法292条)を適用して
  無期徒刑(無期懲役)の判決が下された。

国は、ロシアの反発を恐れて、死刑にしてほしかったが、その圧力に屈しなかった。
それが立派だと言うことで、像がある。

11年1月29日 (20)

最後は、宇和島市立伊達博物館に案内してくれた。 
昔はこの土地に、伊達家の屋敷があったと言う。

11年1月29日 (21)

宇和島城は、大きくはないけど、品と風格のある城だった。

道先案内人の方には、お世話になってしまった。
私が知りたいだろうと思うことを、丁寧に説明していただいた。
感謝します。

※ 現存天守のある城は12。 見たことないのは、丸岡城、犬山城、備中松山城の3つ。 今年見られるでしょうか。
  今まで行った、いくつかを紹介してお終い。  松山城  姫路城  丸亀城  松本城

【道の駅】 みなとオアシスうわじま「きさいや広場}


【明日の予定】  遊子水荷浦の段畑(ゆずみずがうらのだんばた)へ。
         夜中から、雪が降り始めた。 困りました。
【動画】   
     道の駅 みなとオアシスうわじまへ


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冬の棚田の、石垣を見に行ってきた。
稲の緑はないけれど、それは想像すればいい、と思って。

小学校や中学校の、正式な名前は、長くても20文字くらい。
それが、30文字もあった。

山に入る時は、いつも道が不安。
でも、山出(やまいだし)の棚田への道は、いい道だった。
後で調べたら、この道は、昔からある宿毛街道だった。

山の中だけど、海から遠くはない。


現在地から、時計回りに、大山祇(おおやまづみ)神社を通って戻ってくる。 その予定。
            (写真は、クリックで大きくなります)
11年1月28日 (12)

案内板はあったけど、駐車場はなかった。
たまたま、郵便局の人がいたので聞いた。 郵便局の職員の方の車の、後ろに停めさせていただいた。

何気なく石垣は、ある。

11年1月28日 (1)

見えてきた。 広い斜面にある。

11年1月28日 (2)

地図の右側の方の棚田。 遠い山の斜面に道がある。 あの向こうは、高知県か。

11年1月28日 (3)

いい風景だ。 この風景でも、情報誌にはない。 ※ 情報誌が客観的と思うのは、間違いなのが分かる。
新緑の頃、左下隅の、やわらかな緑で、この風景全体が埋まる。

11年1月28日 (5)

ここの棚田の特徴は、1枚の棚田が広いこと。 どこも、小さなトラクターが入れること。

11年1月28日 (4)

昨日の、外泊の石垣の石より、大きいですね。
この石は、他から持って来たのではなく、ここの畑から出てきた。

11年1月28日 (6)

上の棚田を遠くから。

11年1月28日 (7)

この棚田は、整備されている。 4枚上の写真の、右に見える棚田。

11年1月28日 (8)

上の棚田を横から。 小さな石も、全部使って、石垣を作った。 

11年1月28日 (9)

大山祇神社(おおやまづみ じんじゃ)。
そう言えば、ここは愛媛県。 大山祇神社の総本社のある大三島は、愛媛県だった。  
  ※ 鶴姫を思い出す。  大山祇神社  鶴姫   鶴姫の鎧   ブログ、鶴姫伝説~瀬戸内のジャンヌダルク ~

11年1月28日 (10)

地図の左の方に来た。 棚田の陰にも、小さな集落がある。 右奥は、温泉。
棚田を整備する工事が行われていた。 
  ※ 具体的には、愛南町が行っている、棚田の保全工事。

11年1月28日 (11)

山から下りて、地図にある、「灰鷹様の祠」を探したが、見つけられなかった。
灰鷹様って何なのか。 なぜ、祠があるのかを知りたかった。
※ 灰鷹は、鳥のハイタカなのか。 もし、鳥なら、こんな鳥。(Wikipedia) 大きくない。

川の下流から、撮影。 向こうの山を歩いていた。

11年1月28日 (13)

集落の、ほぼ全体。 ※ 右奥にも家はある。
左に行く沢にある道が、昔の宿毛(すくも)街道。

私は、棚田の水源を確認しなかった。 正面の山の川を利用しているのか。
※ 下の川の上流から引いてる場合もある。

11年1月28日 (14)

近くに、小さな滝があった。 雨が降らないので、この状態。

11年1月28日 (15)

滝の周りの様子を見た。 山の中は、石だらけ。
土の中に石があるのではなく、石の隙間に土があった。
石を捨てる所はないから、石垣を作ることは、一石二鳥のことだった。

直ぐ近くに、山出憩いの里温泉。 300円。 温泉の建物は、左に。

11年1月28日 (16)

古い建物があった。 チョウナ造りの家。 柱は、鋸(のこ)でなく、斧のようなチョウナで削ってつくった。

11年1月28日 (17)

長い名前の学校があるので、行ってみた。 十数㌔走った。 
動画に見えた場所が、その学校だった。 ※ 車からの写真が、高い位置なので、この写真を。

11年1月28日 (18)

高知県との、県境にある。


のどかな所に、学校はあった。 小学校と中学校。

11年1月28日 (19)

子供たちは、部活の最中だった。 先生方に挨拶して、撮らせてもらった。

11年1月28日 (20)

学校名は
  高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小学校  ※ 中学校は、最後の部分が、中学校。
  30文字で、日本一長い。

11年1月28日 (21)

※ 篠山小学校と中学校のHPの説明は、こうです。

    日本一長い校名の由来 

  本校の校区は、高知県と愛媛県にまたがっています。
  この地域は、昔から土佐と伊予との交流が盛んで、文化、生活が一体となっていました。 
  今からおよそ60年前、現在の高知県宿毛市、愛媛県南宇和郡愛南町とで、それぞれお金を出し合って、
  学校設立に向けた学校組合を作り、高知県側、愛媛県側にあったそれぞれの小学校、中学校を、
  一つにしようという動きがありました。
  この動きの中で、学校組合が中心となって、昭和24年(1949年)に篠山中学校を愛媛側に作り、
  続いて昭和27年(1952年)に、現在の敷地に篠山小学校ができました。

学校と山の間に川が流れており、川の向こうは、高知県。
高知県からも、子供は来ている。
部活を指導されてた先生が、そう教えてくれた。

先生方みんなが、明るく爽やかな感じだった。 
先生方がこうなら、もちろん、子供たちもそうですね。
元気な声が、山間(やまあい)に響いていた。

※ 学校の正式名は、住所に郡が付いていたり、分校だと長くなる。 それでも、20文字くらいか。
    例えば、こんなの。(今は、閉校)
  北海道 紋別郡 滝上町立 滝西小学校 滝奥分校   これで、19文字。

学校の住所が愛南町になっているので、学校の管理に責任を持っているのは、愛南町ですね。

名前が長いと言うことは、本来どうでもいいことかも知れない。
でも、ここの場合は、子供たちのことを考えた結果、こうなった。
だから、長くてもいいのかな。

学校名は、昔そうしたので、そのまま。
今の時代だったら、越境入学の形で、乗り切りますね。

※ 今までブログに書いた日本一を、いくつか紹介して、お終い。

  ○ 一番高い山、富士山   千円札の富士
  ○ 一番画数の多い山   岳(うつだけ) 37画(29+8) 北海道に。 字を見ただけで、憂鬱(ゆううつ)になる。
  ○ 透明度日本一の湖   摩周湖
  ○  日本一高い像      牛久大仏(茨城県)
  ○  日本一の、大吊橋   九重 夢 大吊橋(大分県九重町)
  ○  高さ日本一のダム   黒部ダム(富山県) 186㍍

 他は、いつかまた。

【道の駅】    みしょうMIC

【明日の予定】  宇和島に向かう

【動画】
     山出の棚田へ


     ・・・・篠山小学校へ


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これほどの石垣を見られるとは、思わなかった。
きっと、外泊(そとどまり)の人達は、日常的に石を積んでいた。
そうでなければ、こうはならない。
山の上どこまでも、そして隅々まで、高く積みあげた石垣だった。

高知から愛媛に入ったら、愛南町(あいなんちょう)。  愛媛の南だから、愛南か。
外泊(そとどまり)は、半島の西の端に近い。  ※ 半島の名前は、西海半島。


外泊の家は、急な斜面に、へばりつくようにあった。 石垣が、確かに目立つ。
(写真は、クリックで大きくなります)
11年1月27日 (1)

全体の写真を撮りたいので、高い所を探した。 
山に向かって、左側の斜面に登って行った。 写真を撮りたいと思う所は、すぐに現れた。

11年1月27日 (4)

家の周りは、石垣しか見えない。 高さは、1㍍や2㍍ではない。  斜面が急だから、石垣が高くなる。
この写真は、全体ではなく、もっと下にも、上にも家はある。

11年1月27日 (3)

山の上の方。 家がなくなっても、石垣はある。
後で知るが、ずっと上まで。 上の方の畑が使わなくなったため、木が生えた。

11年1月27日 (2)

下に降りて、谷(沢)の川が流れる部分を、上に歩いた。 この道が、メインストリート。 車は、途中まで。
石垣が高い。 コンクリートで、固めてない。

11年1月27日 (5)

横への脇道に入って、下を見たら、海が見えた。
海だけ見たって美しいのに、石垣が、額縁のように引き立てていた。

11年1月27日 (6)

石は大きくない。 ほとんどは、一人で持てる大きさ。 それを、積んでるだけ。
でも、崩れたことはないと言う。 垂直に近いのもある。

11年1月27日 (7)

この石垣の集落は、江戸時代の終わりから作り始めたと言う。 明治の10年頃には、出来上がった。
誰が作ったかだが、隣の集落の、2男・3男だと言う。
 
住む所が狭くなったが、土地はどこにもなかった。
でも、山の斜面ならあった。 それで、こんな石垣の集落を作った。  発想は、地区の指導者。

※ 明治に入って、住む所がないから、北海道に行った人も多い。
  私の先祖もそう。 秋田から北見に。

11年1月27日 (8)

この辺りだったでしょうか。 特に美しいと言う石垣があった。
「七蔵垣」と呼ばれていた。 七蔵という男が17歳の時に築いたそうだ。

※ 小柄な男とあった。 どうしてこの事を、言うのか。
  力が弱いけど作ったと、それを言いたいのか。 余計なことでは。
  こういう時は、なぜその男が作れたのか、そこを調べて、
  「賢く、発想豊かだった」とか、この男の良さを、後世に残すのがいいと思う。
  
11年1月27日 (9)

家がなくなったら、畑がある。 ずっと、山の中腹まで。 上は使ってないから、木が生えた。
イノシシも猿も出ると言う。

11年1月27日 (10)

石はどこから持って来たか。 ここにあった。 
土地を平らにしようとしたら、石は土の中から、いくらでも出てきた。
それを自分たちで積んだ。 
自分たちは素人でも、七蔵というような技術のある者がいたから、学べた。

写真の、だんだん館に行った。 案内所、兼、喫茶店。
このブログの情報源は、ほとんどが、ここ。

11年1月27日 (11)

これが昔。 家の上は、どこまでも、段々畑。 今は、10段くらい上から林。
細い畑もある。
畑の世話は、女の人の仕事。 男は海で漁。 (写真は、案内所で撮影させていただいた)

11年1月27日 (12)

家の周りの石垣が、今より高い。 屋根近くまでの所も。 風除け。
現在は、低くして、見晴らし良く、日当たり良くした。

それだけ、この地方も、風が強い。  ※ 室戸岬の近くにあった、風除けの石垣

11年1月27日 (13)

崩れないのが不思議。 ただ石を積み重ねただけ。 積んだ石の内側にも工夫があるのか。
誰でもが積んだから、複雑な技術では、きっとない。

11年1月27日 (14)

再び海に。

11年1月27日 (15)

海に色は、ここだけの色。 そんな色。

11年1月27日 (16)

空き地は、こう。 塀のような石垣の上を歩いても、崩れない。 どうしてだろう。

11年1月27日 (17)

車が通れないから、昔のままの姿が残る。
道が狭いのもいい。 すれ違う人と、挨拶をしないで通り過ぎることは、できない。

11年1月27日 (18)

上の家は、石の塀が高い。 窓の所だけ開けた。 海の様子が見えるように。 船が戻って来たのが分かる。
名前があって、遠見の窓。 この窓の向こうに、家の台所がある。

石段の左に、祠が見える。

11年1月27日 (19)

それが、これ。
魚を獲る網に、石が入ることがある。   ※ 地曳網などか。
不思議なことに、入った石を捨てても、また入ることがあると言う。 時には何度も。

その時は、縁のある石と考え、祀った。 それが、下の写真の「屋敷神様」。

11年1月27日 (20)

写真中央少し左に、石垣が見える。 港への風除けだと言う。

11年1月27日 (21)

外泊の集落は、魚の養殖で栄えている。
生活の基盤が大丈夫だから、ここの石垣の風景は、残りますね。
これだけの石垣だから、残すだけでも、価値がありそう。
                      (※ 国からの補助金がでてもいい。)
※ 写真は、まあまあ、撮れたでしょうか。 まあまあか。
※ 今まで見た中では、三重県松阪市の深野が良かったか。  

いい石垣を見ました。
2男・3男の、意地とプライドが、この素晴らしい風景をつくった。
と、いうことかな。

【道の駅】     みしょうMIC   昨晩に同じ。

【明日の予定】    この辺りをもう少し探してみる。 宇和島に向かうのかな。

【動画】   
     外泊へ


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宿毛港に、アメリカの軍艦が来てると、道の駅の案内所で聞いた。  ※ 宿毛~すくも
見たことないので、行ってみた。

山に入って、泊り屋と言う変わった建物と、珍しい伝説のある延光寺を見た。

平城山(ならやま)の歌の作詞者は、この町の出身だった。
お墓とかは行かなかったが、調べてみた。
名前の北見は、オホーツクと関係があった。

どんな船なのか、何しに来たのか。 場所は、下の地図で、厳重な警戒。


右は、日本の軍艦で、左がアメリカの船。 ちゃんと見えない。 大きなフェリーの大きさか。

11年1月26日 (3)

上の方だけ、このように。

11年1月26日 (2)

人の姿は、見えない。 

11年1月26日 (1)

調べてみた。  高知新聞に載っていた。(ネットの記事)

見出しは、米艦船入港とあった。 艦船は、船全部の呼び方で、軍艦は、その一部。 入港したのは、軍艦。

船は、アメリカ軍ドック型揚陸艦「トーテュガ」(1万6千トン)。
26日午前9時入港、翌27日午前10時に離港する予定。 

下の写真は、Wikipediaからお借り。 長さ、180㍍。

11年1月26日 (17)

アメリカ軍の第7艦隊に所属している。  ※ 第7艦隊は、西太平洋とインド洋が守備範囲。

船に、大きな口があって、船が出入りする。 この種類が、ドック型。 ※ 船が入ったら、後ろの戸を閉めて、中の水を外に出す。
この船は、港がなくても、小さな船で、人や物を陸に揚げることが出来る。 それで、揚陸艦。

11年1月26日 (16)

船について、何も知らなかったけど、少しだけ分かった。
何しに来たかは、分からない。
でも予想付く。 きっと、食料の確保。 新鮮な野菜や、肉。
必要な物は、全て用意されていて、積むだけになっていると思う。 当たり前のことか。

船員は、船から下りないでしょうね。 400人ほど乗っている。
母港は、佐世保港。

※ この船の武器は、最大ので、25ミリ機関砲とあった。

隊員は、毎日何をしているのかな。 それに、楽しみ何なんだろう。
想像のつかない世界。

※ オバマ大統領が、核について動いていますね。 
  地球上から核を消すことが、地球と人類にとって、一番大事なことかもしれない。

浜田の泊り屋というのが、山の中にある。
車を広場に置いて、こんな風景の所を歩いた。 里山か。

11年1月26日 (8)



高床式の建物。 平屋。 宿毛歴史観の説明はこう。

  芳奈の浜田にあるこの泊り屋は昭和32年、国の重要民族資料に指定された。
  幡多地方(高知県西部)の各集落にあった高床式の泊り屋も、大部分は破壊されてしまい、
  現在残っているのは芳奈にある4軒のみである。

  その中でも1番美しく風格のあるこの泊り屋。
  この建物は2間4方の木造高床式の平屋建てで、屋根は入母屋造りの浅瓦ぶき、
  柱は栗の自然木を用い 、どっしりとして風格のある幕末頃の建物である。
  この泊り屋を建てた大工は、浜田の住人浜田熊太郎であった。

11年1月26日 (6)

当初は、若者がここに合宿して、集落の警備や祭りの準備をしたり、しきたりや習慣を学んだそう。
でも、使われ方も変わって、楽しみのために集まることが多くなったと言う。
言いかえれば、若者のたまり場に。

11年1月26日 (5)

ここで何をして、何を話したのだろうと思う。
薄暗い灯りの中で。

次々と取り壊された原因は、風紀が乱れたからだと言う。
ヒントは、これだけ。

時代は明治として、若者は何に関心があったのか。
収穫のこと、彼女のこと、誰かの噂、祭りのこと、病気のこと、時々けんか、・・・。
おしゃべりの他に、ゲームとかはあったのか。 例えば花札。
貧しい中での楽しみは、何だったんだろう。

こんなことを想像するのを楽しみに、行ってきた。

11年1月26日 (7)

11年1月26日 (4)

近くに、延光寺。  39番札所。

11年1月26日 (9)

右に亀。 背中に、鐘。

11年1月26日 (13)

右は本堂。 正面が大師堂。

11年1月26日 (11)

弘法大師が湧きださせたと言う、「眼洗い井戸」。(小さな建物)

11年1月26日 (10)

亀の伝説は、こう。

  昔一匹の赤亀がこの小さな鐘を背負って海中からはい上がり、寺山に来てこの鐘を奉納した。
  それでこの寺の山号を赤亀山というようになった。

11年1月26日 (12)

亀の背中の鐘は、この寺にある。 金庫の中に。 歴史館の説明はこう。 (写真は歴史観のHP)

  日本で七番目に古い鐘。  高さは総高33.5cm。 重さはわずか7.5kg。  国の重要文化財。 
  延喜11年(911)1月9日に弥勒寺の鐘として鋳造されたことがわかる。(鐘に銘が彫ってある)
  この鐘の銘のある弥勒寺は、どこの寺か不明である。  

11年1月26日 (19)

このことで、何が考えられるかですね。

この伝説は、作った。 そう思いましたね。
いつ作ったかと言うと、この鐘が手に入り、価値が分かった時。 

廃寺になった寺から、仏像や鐘を預かることは、よくあること。
※ 仏像だらけの寺を、いくつか見た。 例えば、即身仏のあった湯殿山、大日坊。 即身仏  預かった仏像(一部)

しかし、鐘の価値を高くするには、預かったではダメ。 伝説が必要だった。

※ あるサイトに、弥勒寺から盗んだ者が、ばちが当たるのを恐れて、奉納したのでは、とあった。
  この可能性もありますね。

廃寺になった弥勒寺は、いくつかあるが、近い所では、大分県の宇佐神宮にある。
この寺は、宇佐神宮を守るために建てた。 今はないが、歴史は古い。  ※ 弥勒寺跡   

最後に、この人について少しだけ。 
名前は、北見志保子。 この町の出身。 初めて聞いた。 (写真は、歴史館HP)

11年1月26日 (15)

平城山(ならやま)という歌があるが、その詩を作った人。
※ この人が作った「歌」に、メロディーが付いた。

  作詞:北見志保子 作曲:平井康三郎

   1 人恋ふは悲しきものと
     平城山(ならやま)に
     もとほり来つつ
     たえ難(がた)かりき

   2 古(いにし)へも夫(つま)に恋ひつつ
     越へしとふ
     平城山の路に
     涙おとしぬ



この人は(も)、恋多き人生を送っている。(写真は、元本・四万十川百人一首より)

11年1月26日 (18)

概略はこう。

この人は、歌人橋田東声と結婚したが、東声の弟子で、自分より12歳年下の浜忠次郎と恋に落ちる。
浜は、親族によって強制的にフランスに留学させられた。 志保子から、引き離すために。

上の歌は、大正9年、志保子が奈良の磐之媛陵周辺をさまよった際に詠んだ歌。
浜への思いを、磐之媛が夫・仁徳天皇に寄せた思いに重ね合わせて詠んだ、といわれている。
彼女はその後、東声との離婚し、帰国した浜忠次郎と再婚する。

執念です。

平城山は、奈良の市街地から、遠くない。


※ それから、北見と言うペンネームは、それを考えた時、北海道の北見から送られた、オホーツクさんの塩鮭があったと言う。
  それを見て、決めた。

林芙美子や、江口章子のように、たくましく生きた人には、魅力がある。

【生活】  最近少し変えた。 車の後ろに、ゴミ箱を付けた。 45㍑。
     それと、シャーワー室に棚をつくった。 ※ かごは、洗濯ものを入れる。
     四国は、温泉が多くはない。 使いやすいようにした。 
     車は、少しずつ、進化していますよ。

11年1月26日 (14)

【道の駅】  みしょうMIC


【明日の予定】  ここ、愛南町を歩く。 ちゃんと写真を撮りたい。 そういう場所に行く。

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たくさんの情報を、道の駅で、そして、ガソリンスタンドで。
今日は、いろんな物を見た。 盛りだくさん。
とっても珍しいものも。

大堂山(おおどうやま)展望台に上がった。 この辺り。


柏島が見えた。 島は右で、橋でつながっている。  周囲、3.9㌔。
島の手前の海には、文字が書いてあって、幾何学的な模様も。 そんな風に見える。

11年1月 25日 (1)

行かなかったが、この島にも、野中兼山が港(堤)を作っている。  ※ 手結港(ていこう)もそう。 橋は、刎ね上がる

生簀(いけす)は、何の養殖でしょう。  ※ 追記  タイやブリ

11年1月 25日 (2)

ここの情報は、ekさんから。  いい風景です。

道が山の中ばかりだと思っていた。 これなら、海岸沿いに道は作れない。 断崖。

11年1月 25日 (3)

向こうは、北方面。

11年1月 25日 (4)

観音岩。  高さ、30㍍。  大きいから、ローソク岩ではない。   別の場所に来ている。
※ この岩には、雨ノ森九太夫と言う人の伝説があると、大月町は言うんだが、確認が出来ない。(ある程度客観的な情報を)
  島原の乱に関わるから、面白そうだけど。   ※ 天草四郎

どう見ても、この岩は、傾いている。  

11年1月 25日 (5)

この後、柏島に少しだけ行って、月山神社に天井絵を見に行った。   ※ 月山~つきやま
20㌔ほど走って、場所はここ。


四国八十八ヶ所の番外札所。 明治以前は寺で、修験の霊場だった。
右の小さな建物は、大師堂。 神社だけどある。

11年1月 25日 (15)

鳥居の右に、梅が咲いていた。 ※ 梅の開花情報は、ないのかな。 桜は、いっぱいあるけど。
この時期になると、あちこちで咲いてるようだ。

11年1月 25日 (16)

11年1月 25日 (6)

住職さんが、説明してくれた。 
天井にある絵は、絵馬。 江戸時代の終わり頃のが多い。

※ 絵馬は、例えば、ある人が豊漁を祈願した、その結果豊漁だった。
  そういう時、お礼に、絵馬をお寺や神社に納める。

※ 豊漁を祈願して、もし豊漁でなかったら、神社に文句を言うのかと言うと、そういうことはないそうだ。
  信心が足りなかった、また、もし祈願していなかったら、もっと漁は少なかった、と考えるそうだ。

11年1月 25日 (14)

どれも、100年以上経っている。

11年1月 25日 (7)

絵馬は、金持ちが、画家に頼んで描いてもらう。 それを納める。

11年1月 25日 (8)

鶴や龍や獅子など、縁起のいいものが多い。

11年1月 25日 (9)

天井の絵は、部屋の雰囲気を変える。 私も、天井にいっぱい貼ってある。 無秩序に。

11年1月 25日 (10)

どんな色を使っているのか、色あせないで、よく残っている。

11年1月 25日 (11)

渦巻が、いたる所に。

11年1月 25日 (12)

仏像を、まとめて置いてあった。 きっと、詳しい鑑定はしていない。
江戸時代以前の物も、あると思う。

11年1月 25日 (13)

この後、スタンドで、車に軽油を入れた。 そこで、樫西(かしにし)海岸を教えてもらった。


ちょうど潮が引いているので、歩いて島に行ける。
右の島は、弁天島。      潮が満ちていたら、このように。  向こうから撮影。 (大月町のHP)

11年1月 25日 (17)

島には祠があるんだが、見つけられなかった。 

11年1月 25日 (18)

山の上から撮った。 島を間違ってることはないと思うんだが。   ※ 追記 大丈夫

11年1月 25日 (19)

道の駅大月から、車で5分ほどの所に、珍しい桜の木があった。  アシズリサクラ。
牧野富太郎が発見した、新種の桜だそう。 この地方でしか見つかっていない。  ※ 高知県立牧野富太郎植物園

11年1月 25日 (20)

花が白いため、月光桜とも呼ばれ、夜はライトアップする。 地元では大事にしている。

※ 花が咲くと、こう。(リンクは大丈夫)     ※ 珍しい桜を2つ紹介  御衣黄桜(ぎょいこうさくら)   森小町

ガソリンスタンドで、ダルマ夕日の情報ももらっていた。 
道の駅「つくも」に行くと言ったら、今日そこで見られるかも、と。


こんな風になった。 下とくっついたら、ダルマ夕日。

11年1月 25日 (21)

こうです。 これが、珍しそう。

11年1月 25日 (22)

これは、宿毛湾の冬の風物詩。11月中旬から2月中旬まで見られるそう。
この期間に20回くらい。 綺麗になるのは、そのうち10回程度と言う。 
その10回に、今日、ぶつかった。 幸運の夕陽。 月山神社で、ちゃんとお参りした陰。

※ この夕日は、大気と海水との温度差が大きく、冷え込みが激しい晴れた日に見られる。
  海面から立ち上がる水蒸気によって、光が屈折してできる。
  一種の蜃気楼現象。(宿毛市HP)

ダルマに見えたのは、1分もなかった。 しずかに、また明日ねと、沈んでいった。

11年1月 25日 (23)

その町に入って情報を調べると、情報誌の数倍は見つかる。
道の駅や、地元の人に聞く。 そして、その町のHPを見る。 基本は、これかな。

今日は、運のいい日だと思った。
見られたからではなく、情報をいただいた人に出会えたことが、運が良かった。
そう思いますね。 感謝です。

【道の駅】    すくも

【明日の予定】  宿毛市のどこか。 島にも行きたいし、山にも入りたい。

【動画】
     柏島


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見たかったものを、見ることができた。
一応、観光なんだけど、実際は操業する漁船に乗って、じゃまにならない所で勝手に見る。
理想的な形だった。

5時に起きて、準備した。 カメラのバッテリーの予備を忘れることは、出来ない。
6時15分に出て、漁協の事務所に行った。 まだ、真っ暗。

6時半前に着いたけど、実際の出発は、50分だと言う。
近くの店で、お茶を御馳走になった。
※ 魚のお店と食堂は、もう準備をしていた。

ここが、窪津港。


船に乗るのは、私一人。
沢山人がいて、お客の乗る船は別かと思っていた。
 
事務所の人が、乗る船は、12号だからね、って教えてくれた。
漁船に乗る。 うれしかった。 何でも見れる。

乗る船は、下の写真の船の、真ん中辺りにあった。
                (写真は、大きくなります)
11年1月24日 (1)pp

船の上で、火を焚いていた。 今が、1年のうちで一番寒い時期。
でも、私は寒くなかった。 北海道の春の気温。

漁師の人達の雰囲気には、共通の物がある。 
仲間意識が強いと言うか、先輩を軽く見ないと言うか。
時には、命を共にするようなこともあるので、そうなるのか。

誰も、見栄や張ったりで生きているように見えない。
きっと、漁師の仕事に、そんなものは通用しない。

間もなく出発。

11年1月24日 (2)

6時50分頃、出発。 港から、一斉に船が出た。 十数隻か。
夜が明け始めた。 波は小さい。

※ 定置網は、午後からも揚げるが、早朝の方が風が弱いと考え、朝のにした。
  また、受付の時、漁協の人が、朝の方が漁が多いと言った。

11年1月24日 (3)

定置網まで、10分はかからなかった。 船酔いの心配はない。
2隻が力を合わせて、網をあげる。 1隻は、氷を積んだため、少し遅れてきた。

11年1月24日 (4)

定置網に入った魚は、最後に、袋のような部分に入る。 それが、今、船の前にある。
ロープを引き揚げる作業が、しばらく続いた。
重い時は、写真中央左に巻き付けると、楽。

少しずつ、網を絞り上げている感じ。

11年1月24日 (5)

この人が、作業を進める上でのチーフ。 ※ 漁労長でいいのかな。
端で、全体を見ている。 次の作業に移る時、笛を吹く。

11年1月24日 (6)

自分の持ち場は、完璧に決まっていて、ぼさっとしている人はいない。

この辺りで、漁の多い少ないは、見当ついているのか。
網が重いと、漁が多いとか。

油断したら、怪我をするから、誰もが真剣。 質問できる雰囲気ではない。

11年1月24日 (7)

向こうの船が、近づいてきた。 網が、すぼまってきた。  太陽が出てきた。

11年1月24日 (8)

この状態になった。 魚が見え始めた。 誰もが、今日の漁の程度は分かっている。 私には、分からない。

11年1月24日 (9)

いよいよです。 仕事は大変だけど、その中に楽しみがある。

11年1月24日 (10)

最初に、マンボウを引きあげた。 このマンボウは、しばらくの間、ヒレを甲板に打ち付けていた。

11年1月24日 (11)

初めのうちは、狙った魚を、タモですくっていた。 傷が付くのを防ぐのか。

11年1月24日 (12)

魚たちは、何事かと思って、大騒ぎ。

11年1月24日 (13)

アジ、サバ、太刀魚、赤いのは何だろう。 沢山の種類の魚がいる。
マグロやカツオは、もう捕まえたよう。

11年1月24日 (14)

最後はまとめて、すくい上げる。 機械の力で上げる。 これが終わったら、お終い。

11年1月24日 (15)

マンボウは、このようになった。 あっという間。

11年1月24日 (16)

この人が、操縦。 誰でもが出来ない。 免許がいりますね。
今日は、安全運転に心掛ければ、それでいい。
でも、時化た時なんか、たくさんの人間の命を預かることになる。 責任の重い仕事だ。

※ 昔、根室にいた時、漁船に乗って釣りに出た。 大きな漁船だった。
  海は荒れてきた。 数㍍はある波になった。 横波を受けたら大変だ。
  操縦していた人は、波を読んだ。 しばらく待って、チャンスと思った時、全速で一気に方向を変えた。

船は、港に戻った。

11年1月24日 (17)

漁師を何年やったら、この表情になれるのか。  ※ 枕崎港で見た表情

11年1月24日 (18)

市場で、魚の選別。 これが、最後の仕事。

11年1月24日 (19)

この2隻が、お世話になった船。

11年1月24日 (20)

小さなセリが行われていた。 一瞬に決まって行く所が、勝負の世界の感じ。

11年1月24日 (21)

右の店で、朝食を食べた。 500円。 左の店で、マグロの刺身のかたまりを買った。 600円。 市価の半値。

11年1月24日 (22)

大きな石があると言うので、近いから行った。
人が関わっている証拠があれば、面白い。 山全体が、巨石の山。

11年1月24日 (23)

ここは、唐人駄馬(とうじんだば)と言われる。  足摺半島の真ん中。 
※ 唐人は、よその国の人。 駄場は、平らな土地。
※ 上の写真は、山の右の部分。

11年1月24日 (24)

上の写真の平地の周りに、大きな石が取り囲んでいる。 縄文時代とか、そういう時代の物。
黒潮に乗って、ここに人がやってきたと、考えた。 それで、この名前。

※ 日本人の祖先は、黒潮に乗ってきた人が中心ではない。
  朝鮮半島や、中国から渡って来た人達。 DNAの鑑定で分かっている。

※ DNAの鑑定の力は、すごい。 秋田美人の根拠は、白人の血が混ざっていること。
  これも、分かっている。 (鬼と言われた人は、白人かも)

11年1月24日 (25)

※ 巨石については   石舞台古墳

今日の漁は少なかったそうです。 でも、漁の雰囲気は十分に分かりました。
 
いつか機会があったら、今日の船に、もう一度乗りたいですね。 違う時期に。
この次は、もう少しいい写真を撮る。

【道の駅】    大月


【明日の予定】  この町を見る。

【今日の歌】    兄弟船



【動画】
     唐人駄馬へ


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奇岩ばかり見ていたら、慣れてきた。
何を見ても、感動が薄くなってきた。

圧倒的なスケールの大きさ、そういうものには、簡単には慣れない。
そんなことを思ったでしょうか。
    ※ 例えば、摩周湖や、山の頂上からの風景は、いつ見てもいい。 

海の中に、熱帯魚がいた。
どのくらい海水が温かかったのか、海に手を入れてみればよかった。

竜串(たつくし)は、足摺岬と並ぶ観光地だった。



真ん中辺りが、竜串海岸。  左上が、見残し海岸。

11年1月23日 (20)

竜串海岸の特徴は、この岩。  ※ 竜を串刺しにする、串のようだという、話もある。

11年1月23日 (1)

岩の壁も奇岩。  

IMG_1760ppllpp0098099.jpg

こんな鳥が。 温かいから、鳥が多い。 

11年1月23日 (3)

海には、サンゴがあるため、それを見る船が走っている。 私も後で乗る。
右の建物は、海の中が見られる、足摺海底館。

11年1月23日 (4)

初めは、水族館を見る予定だった。 いい写真が、いくらでも撮れる。
でも、船に乗ることにした。 1260円。

見られるポイントは、3か所だった。
これは、シマダイでいいでしょうか。 船の底から覗いている。

どうして寄ってくるのか。 船長さんがエサをまいたのか。 寄って来たのではなく、こうやっているのか。

11年1月23日 (5)

カラフルではないが、サンゴ。  
青いのは、魚。 何ブルーでしょうね。 濃い、ワンポイントのブルー。   

11年1月23日 (6)

この魚が、突然やってきた。 小さい魚は、どこかに行った。

11年1月23日 (7)

船は、見残し海岸に。  歩くには難所なので、空海は、行かなかった。 それで、この名前。

11年1月23日 (9)

上の写真にも、小さく見えるが、こんな穴がある。
人魚がここにいて、月夜の晩、漁師が見たと言う。 そんな伝説が。

11年1月23日 (8)

ここの奥に、港がある。 船を降りたら、見残し海岸を歩ける。

11年1月23日 (10)

ここの小さな湾に、綺麗なサンゴがあった。
※ 魚釣りしたら、いくらでも釣れますよ。

11年1月23日 (11)

この近くの小さな浜は、砂浜でなく、砕けたサンゴの浜だった。

11年1月23日 (12)

この船で来てた。 今日の客は私一人。  
船長さんが、見残し海岸の説明をしてくれた。
細かく、詳しく。
でも、どうして岩に穴が多いんですか、と聞いた時、言葉がつまった。
砂岩があって、波がどうのとか、何とか切り抜けた。 心の中で拍手した。

戻って来るまで、待っててくれると言う。

11年1月23日 (13)

こんな道

11年1月23日 (14)

上の方の写真にあった、穴の中に入った。 人魚になってみた。 こういうのが楽しい。
いろんな岩に、~~岩とか名前が付いていたが、これには関心がない。

11年1月23日 (15)

向こうへ行って、右側の細い道を通る。 海は深い。

11年1月23日 (17)

山の上の展望台から。 竜串が見える。

11年1月23日 (18)

待っててくれてるので、50分コースを、急ぎ足で歩いて、30分で戻ってきた。
帰りの船は、真っ直ぐ戻った。

水仙の季節が、やってきている。

11年1月23日 (19)

明日の朝は早いので、窪津の港に向かった。
途中で、こんな場面。 野焼きをしていたが、予想以上に燃えたのか。 消防車も。

11年1月23日 (21)

漁協で小さなセリが。 魚は、マグロ。 右の魚は、ブリ。

11年1月23日 (22)

これはブリだが、養殖かどうかは、確認しなかった。

11年1月23日 (23)

イカの、一夜干し。 近くで、母さんと言う感じの人が、イカをさばいていた。
カモメがいた。 いらない部分を、やった。 
最後に、もうお終いと言ったら、カモメは、分かったような顔をした。
作業を始めたら、いつもやってくると言う。

11年1月23日 (24)

風景の力だけで人を集めるのは、大変です。
弘法大師が関わっていても、それでも難しい。

ところが、この人が関わっている観光地だけは、賑わっている。
だれだと思います?  松尾芭蕉です。
中尊寺にしたって、山寺にしたって、ただのお寺。
それが、奥の細道によって、たいへんな賑わい。

芭蕉は、俳句で、人が自然を見つめる時の「繊細な心」を表現した。
多くの人が、それに惹(ひ)きつけられた。

※ ある岩があったとする。 
  その岩が、何かに似ているという見方は、感じ方としては浅いんですね。
  人の心に、入り込まない。

芭蕉は、岩を見て、蝉の声が岩にしみ入っていると、表現した。

物の見方を芭蕉に学んで、そこの自然や風景を見る。
そのことによって、少しだけ深く感じることが出来、それに満足する。
芭蕉の魅力は、そういうことかなって、思います。

他に力があるのは、義経ですね。
また、先日の和泉式部は、京都の貴船に、なくてはならない存在になっている。

人の魅力は、大きい。

  ※ 中尊寺  山寺(立石寺)  鞍馬寺(義経)  貴船神社奥宮   ※ 最初の文に関わって  摩周湖  鳥海山

【停泊場所】     窪津港の駐車場


【明日の予定】    定置網を揚げるのを見る。  朝6時半出発。

【動画】
     竜串へ


     窪津港へ


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足摺岬のとなりに、小さな集落があった。  港町、松尾。
陽だまりのような路地を、のんびりと歩いた。
温かいので、途中から、上着を脱いで。

臼碆(うすばえ)と呼ばれる、断崖があった。
黒潮が、日本で最初に接岸する場所と言われている。(土佐清水市の資料から引用)

松尾はここ。


足摺岬の観光案内所で、地図はいただいていた。
マンガのような楽しい地図なので、目的地を見つけるのがたいへん。
でも、それはそれで、人に聞いたりするから、いい。

これは、土佐清水市のHPの地図。(大きくならない) 

無題ppllpp0980

山の中腹に、古い灯明台。 ※ 安政7年建立。(150年前)
小さな、金刀比羅宮の前にあった。
ここで灯りをともして、灯台の役目を果たし、神社と一緒に、船を守った。

11年1月22日 (1)

海に向かって、右の方。 黄色の○に、私の車。 休校の小学校に停めた。
家は、斜面にある。

11年1月22日 (2)

こっちは、港。 後で行く。 野菜を作っている。 お店では、種も売っている。

11年1月22日 (3)

旦那さんの墓と親しみを込めて呼ばれていた。
土佐鰹節の元祖は、「印南の角屋の甚太郎」と言われている。 (伝承)  ※ 印南は、和歌山県の南部。
カツオの漁場は、ここの沖にあって、それの発見から始まった。
この墓は、角屋一族の人の墓。

この町の発展は、カツオと共にあったことを、物語っているのかな。

11年1月22日 (4)

街の中には、お遍路さんの道が通っている。 ※ バイパスは、街の上の山に。
そして、このような道が、網目のように。

11年1月22日 (5)

吉福家住宅。 国の重要文化財だから、なかなかな物。
船をつかって、商売で儲けた。
※ 少しだけ書くと、この家の先祖は、宮崎の方で、ある事情で玄米を大量に安く手に入れた。
  明治の初めころか。 それを高く売って、もうけたのが、始まり。
  何かの商売をしていて、周りより、頭一つ出た時が、大きく成長するチャンスなのかと思った。

11年1月22日 (6)

女城(めじろ)岬という小さな岬があった。  この神社は、女城神社。
少し向こうに、変わった物があった。

11年1月22日 (7)

女城鼻監視哨跡(めじろはな かんししょうあと)とあった。  ※ 鼻は、岬の意味ですね。

戦時中、敵の飛行機をここから監視した。 
近くに来た飛行機に対しては、機関銃で撃ったこともあるそう。 ※ 飛行機は、港の船を攻撃しに来た。

11年1月22日 (8)

向こうは、この後行く、臼碆(うすばえ)。 ○の山に登る。 ※ 碆は、岩礁を意味している。
あの地点が、黒潮が日本に最初に接岸する場所と、土佐清水市の説明にあった。

※ このことは、一般的にそう認められているのか、確認は出来なかった。
  足摺半島に、黒潮がぶつかることは、確か。 でも、最初かどうかは、はっきりしない。 九州かも。

11年1月22日 (9)

家を建てるために、お城のような石垣があった。

11年1月22日 (10)

※ 石垣の村、戸川(宮崎県)  家も、石垣だった。 

ここは、港の外。 船がやってきた。

 ※ 写真について少し。

   最近、枚数が減ったと気づいている人がいると思う。
   私は、akkamui21だから、基本を21枚にした。
   小さな写真や、おまけが少しあるが。

   写真の枚数を減らした分、1枚の写真に、いくつかの情報を入れたい。
   この写真の場合は、港の風景と、船と、釣り人。

   更に、向こうに洞窟、空には鳥、近くに花が咲いていたら、完璧。

11年1月22日 (11)

船は、右から来て、奥に行く。

11年1月22日 (12)

港の上に、松尾天満宮があった。 
神社なんだが、中には舞台があって、周り舞台だそう。
芝居や、狂言が行われる。 地域の大きな楽しみだった時代がある。 ※ YouTubeに動画はない。

11年1月22日 (13)

※ よさこいネットに、小さいがこんな写真。
kkooooppppp090mawari.jpg

 こういう所の舞台を、見てみたいですね。

アコウの木。 幹の見える所は、根だそう。 他の木にまとわりつく、不思議な木だ。
樹齢400年。 松尾のシンボル。 天然記念物。 この木は、足摺半島の亜熱帯植物の代表。

11年1月22日 (14)

海岸に降りたら、こんなのがあった。 これも、アコウ。
誰かが、挟み込んだのではなく、根が石を抱え込んで、成長して、上に持ち上がった。 

11年1月22日 (15) 

室戸岬に、こんなのがあった

この道が、お遍路道。 昔は、この道しかなかった。
穴があった。 通りがかった人に聞いた。 防空壕だった。 奥で、つながってるのもあった。

11年1月22日 (16)

温かいから、花も元気。

11年1月22日 (17)

小さなお寺に、毘沙門天があった。  寺の名は、海運寺。 
室町時代に作られたそう。
でも、その割には、色がきれい。 ここに問題がありますね。
いつの時代か、誰かが、漆や彩色をした。 これで価値が落ちた。

もし、室町時代のままだったら、最低、重要文化財になる。
地方の文化財には、こういうものが多い。

 ※ 他に、ちゃんと鑑定してないために、価値が認められていない場合がある。
 ※ ひどい場合は、鑑定したら「うそ」がばれてしまうので、鑑定しない所もある。

11年1月22日 (18)

松尾を離れて、臼碆に行った。 山の上に、展望所があった。

黄色の○に、竜宮神社の祠。 小 さな島に、船が来ている。

11年1月22日 (19)


松尾の集落が見える。
黄色の○は、鵜(う)ノ岬展望台。 あそこにも寄った。

11年1月22日 (20)

竜宮神社から、上を撮った。 さっきは、あの山の上にいた。

11年1月22日 (21)

灯台。 ここが、最初かどうかは分からないが、黒潮がぶつかる。
黒潮は、カツオやマグロの、海の幸を運んでくれる。

11年1月22日 (23)

波が高いけど、釣りはやめない。 
船の会社に、「今日はあぶなくて、迎えに行けない、ごめんね」って言われたら、どうするんだろう。

11年1月22日 (22)

私が今日見た物は、松尾の人達が作った案内のチラシに、「わたしたちの宝なんですよ」と書いてあった。
旅する者(私)にとっては、有名でなく、情報誌にもない物で、十分ですね。

今日は、四国の南の端の、港町の雰囲気が分かった旅でした。

【道の駅】   めじかの里土佐清水   ※ めじか は、ソウダガツオのことのよう。



【明日の予定】  この近辺
         ※ 定置網を上げるのを、見られるのがある。 それを調べている。
           これは、面白そう。 窪津漁協でやっている。 明日はっきりする。
【動画】
     港町、松尾(足摺岬の近く)
  

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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