キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

浦島太郎が助けたのは、アカウミガメ。
アカウミガメの産卵地は、日本にたくさんはない。
屋久島と、ここ美波町の浜と、そして静岡県の御前崎くらい。 
この3つは、亀と産卵地を含めて、天然記念物に指定されている。

今日は、亀について少し勉強した。
長生きする亀を見て、年越し蕎麦を食べて、いい大晦日になった。

今年も、ブログを、また放浪の旅を応援していただき、感謝です。
1年が無事に終わります。 ありがとうございます。


ここは、恋人岬。 この高台から、昔、船を見送った。 大浜海岸が見える。

10年12月31日 (6)

大浜海岸。 アカウミガメは、潮が満ちても海水が来ない所に卵を産む。 右の建物は、日和佐うみがめ博物館。

10年12月31日 (7)

うみがめ博物館。 ここの考えは、アカウミガメを守ることを、観光に活かす。 そう感じた。

10年12月31日 (17)

アカウミガメ。 1歳。 肘(ひじ)を曲げないで泳いでいる感じ。 0歳のもいた。

10年12月31日 (18)

浦島伝説の亀は、アカウミガメと言われている。 根拠はこうなんですね。
本州近海で、砂浜に産卵する亀は、アカウミガメだけ。 

外に、大きなアカウミガメがいた。 1950年生まれと言う。
名前は、浜太郎。 どれも大きいので、これかなと見当つけるしかない。
「おいおい浜太郎、おじさんと年が一緒だね」って話しかけた。

亀たちは、すぐに寄って来た。 他の客が、この亀は言葉が分かるね、って言った。

10年12月31日 (20)

浦島伝説は、ここが有名。 香川県三豊市の荘内半島。 
             ※ 浦島神社が島にあった。 潮が引いた時渡った。 

噛みつく感じは全くない。 穏やかな表情。  

10年12月31日 (21)

生まれた月まで一緒。 私の撮影ではない。



これは、外国の写真。

10年12月31日 (16)

砂の中で、亀の子供はみんなで暴れる。 上の砂が落ちて、空間が少しずつ上がると言う。
数日かけて、地上に。 外に飛び出すのは、気温が下がった時。 その時は暗い。

10年12月31日 (19)

えびす洞という、大きな穴があるので、行ってみた。


小さな半島の、北の風景。 ここから室戸岬にかけて、このような景勝地が多い。

10年12月31日 (1)

この時はまだ、どこに穴があるか分からない。 実際は、左にある。

10年12月31日 (2)

ここです。 どうして出来るんでしょう。 ※ 能登にあった、巌門(がんもん)。 右の穴を通った。

10年12月31日 (3)

波の荒い時は、近づけない。 直径30㍍。

10年12月31日 (4)

岬の頂上からの風景。

10年12月31日 (5)

道の駅からも、この塔が見えた。 変わっている。

10年12月31日 (8)

薬王寺。 四国霊場の第二十三番札所。 黄色いのは、明日のお店の準備。

10年12月31日 (9)

大師堂。  六地蔵が見える。

10年12月31日 (11)

この寺の象徴は、瑜祇塔(ゆぎとう)という建物。

10年12月31日 (12)

変わった建物で、高野山にもあるそう。 勝手なデザインではなさそう。 辞書にこうある。

 ※ 瑜祇経の深意を表わした塔。
   金の亀の上にのる多宝塔で、塔の頂上の中心と屋根の四隅に五本の瑜祇五股(ゆぎごこ=五股杵の鋒先が真直ぐなもの)
   を立てる。

調べたら、美波町のHPに、こう書いてあった。

 瑜祇塔には、小野小町の盛衰を描いた「九想図巻考証」など、国宝級の宝物が展示されています。

明日、もう一度行かなければならない。

美波町の町並み。

10年12月31日 (10)

日和佐城。 石垣も、建物のつくりも、昔の城とは関係ない。
歴史を大事にしてない感じがする。 昔の城の資料が少なかったにしても。

10年12月31日 (13)

大浜海岸は、向こう。 ○の所に、えびす洞。

10年12月31日 (14)pp

道の駅が見える。 その向こうは、JRの駅。

10年12月31日 (15)

全国的に天気は荒れていますが、四国の南は、穏やかです。
今、午後10時40分。 間もなく今年も終わります。
みなさん、よい年を迎えてくださいね。

【道の駅】    昨晩に同じ。 日和佐。

【明日の予定】  南に動きます。

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【徒然】  女優の高峰秀子が亡くなりました。 これは、小豆島で撮った写真。(写真を撮影) 



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太龍寺は、歩いて登ることはできたが、調べてなかった。
ロープウェーに乗った。
太龍寺山の山頂近くに、寺はあった。
空海が、100日間の修行をしたという、突き出た岩山に行ってきた。


ここは道の駅、鷲の里。 ロープウェー乗り場にもなっている。

10年12月30日 (1)

道の駅に、オオワシが飾ってあった。 北海道のもの。
この地域には、鷲がいるから、鷲の里かと思ったら違った。
ここの地名は、今は那賀町。 合併する前は、鷲敷町(わじきちょう)だった。
鷲が町名に付いたのは、神話からのよう。

10年12月30日 (2)

クマタカのはく製もあった。 
実は、今日、ロープウェーから見えたのが、この鳥でないかと思っている。 
 ※ 写真の撮影は失敗。 新潟の北部でも見た。 その時も、すぐ逃げた。

※ オオワシと、オジロワシの写真をいくつか。     

強風の中出発。
この町が、那賀町(なかちょう)。

10年12月30日 (3)

阿南市の港と思う。 直線で、10㌔ちょっと。

10年12月30日 (4)

ロープウェーがなかったころ、反対側の山の下から歩いて上った。
遍路泣かせと言われた。
今日、朝から動き始めたら、歩いて登れたが、時間がなかった。

この人達は、寺の手伝いか。 遊びながら下りてきた。
本堂への石段。

10年12月30日 (5)

ここの標高は600㍍。 ただ、四国霊場で一番高いのは、雲辺寺。 900㍍。  ここです

お城のような石垣だった。

10年12月30日 (6)

立派な本堂。 大きい。

10年12月30日 (7)

正月の飾りがされている。 右の赤っぽい像は、びんずるさん、かな。 なでると功徳があるという。

10年12月30日 (8)

太子堂。 

10年12月30日 (9)

これも立派。
ここの寺には、本堂・大師堂の他、多宝塔・求聞持堂・鐘楼門・本坊・護摩堂・六角経蔵など、色々ある。
それで、「西の高野」と呼ばれる。

10年12月30日 (10)

多宝塔があったが、撮影するいい場所がなかった。

10年12月30日 (11)

遠くに、鶴林寺(かくりんじ)の三重塔が見えた。  

10年12月30日 (12)

正面から見た大師堂。

10年12月30日 (13)

どこかな。 小松島か。

10年12月30日 (15)

今日歩いてる地図は、ロープウェーの切符売り場でもらった。
赤色鉛筆で、歩く所の線が描いてあった。 その通り歩いた。
山門に行くのを忘れた。 金剛力士像は鎌倉時代の作品で、徳島県では最大にして最古のものだった。

本堂を横から。

10年12月30日 (14)

これが見えた。 見て見ぬふりして、帰るわけにはいかない。
空海が修行した場所だ。 崖の上。
上のように書いたが、こんなのを楽しみに来た所もある。

10年12月30日 (21)

目的地まで、600㍍。

10年12月30日 (16)

最後は、ここを行かなければならない。 面白そう。
鎖とロープにつかまって、登った。 
岩のちょっとした所に足をかけて、自分の体を、腕の力で引き上げるから、お年寄りには無理。

10年12月30日 (17)

ここの岩について、Wikipediaには、このように書いてある。

 空海(弘法大師)の24歳での著作である三教指帰(さんごうしいき)の序文に「阿國大瀧嶽に…勤念す」
 と記されており、大瀧嶽は現在の大竜寺山であると考えられている。
 19歳で都の大学での学問に見切りをつけて修行に入った空海が、現在の境内の600m ほど西にある
 舎心嶽の岩上で百日間の虚空蔵求聞持法を修したとされる。

舎心嶽の岩上というのが、この場所。
こう言う所で修行するプラスは、何なんでしょうね。

寺が下に見えた。

10年12月30日 (18)

前にまわって撮った。 右の崖が危険。
空海は、どこを見てるんでしょう。 遠くじゃ、答えにならない。
高野山ってこともない。 まだ開いていない。

10年12月30日 (19)

どこかの街が見えた。 

10年12月30日 (20)

真言宗の考えを、分かりやすく知りたい。 でも、それが難しい。
真言密教のホームページというHPに、下の様にある。 1回読んでも、分からない。

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【道の駅】     日和佐


【明日の予定】   この街を少し

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【動画】
 
  


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猫神社があった。
300年前、この地にお松という女性がいた。
お松は、不当な裁きを訴え直訴した。 
しかし、直訴の罪で処刑された。
お松の愛猫が、化け猫になって、お松の怨念を晴らした。

お松大権現というその神社は、那賀川の中流にあった。
ここを通る道は、徳島から高知へ行く街道。 土佐中海道。 ※ 海側の道は、土佐浜街道。


大きな猫がお出迎え。

10年12月29日 (1)

大きな建物は、拝殿と、右の資料館。 左に下りたら、上の猫。

10年12月29日 (8)

これが、拝殿。

10年12月29日 (10)

猫だらけ。 狛犬も、狛猫(こまねこ)。 鬼瓦は、猫瓦。 何でも猫だった。

10年12月29日 (3)

拝殿の後ろにある、本殿。
この神社は、合格祈願や商売繁盛でも、多くの人が来ている。 駐車場が広い。

10年12月29日 (2)

猫や絵馬は、ここだけでない。

10年12月29日 (11)

資料館。

10年12月29日 (9)

招き猫で、埋まっている。

10年12月29日 (4)

ここは、賀茂村と呼ばれた。
江戸時代の中頃、那賀川の洪水で不作が続いた。 田畑は狭いから、村人は苦しんだ。

庄屋の惣兵衛は、立ちあがった。
村を救うため、五反ほどの私有地を担保に、野上三左衛門という富豪に金を借りた。
村人は助かった。 笑顔が戻った。

惣兵衛の妻の名はお松。 子供のいないお松は、三毛猫を大事に飼っていた。

10年12月29日 (6)

病に伏していた惣兵衛のもとに、三左衛門(さんざえもん)が見舞いに来た。
その時、借りていた金を戻してしまった。
三左衛門は、借金の証文は持っていなかった。 明日にでも届けると言った。

しかし、三左衛門はただ者ではなかった。 証文は持って来なかった。
証文をもらいに行ったら、金はもらってない、とまで言い始めた。
さらに、金は戻してもらっていないからと、担保の土地までとってしまった。 

惣兵衛の体は、心配事が重なって重くなった。 そして、後のことを心配しながら死んだ。

妻のお松は、証文を返すよう三左衛門の所に行って、要求した。
三左衛門が応じるわけはなかった。 策略だった。

お松は、奉行所に訴えた。 奉行は、徳島藩の長谷川越前守。
しかし、この奉行に、腹黒い三左衛門から、袖の下が渡っていた。

お松は、あきらめなかった。 最後の手段に出た。
徳島藩の殿様に直訴した。 直訴は死罪と分かっていて。

お松の思いが叶えられることはなかった。 死罪になる。
三毛猫と共に、すぐ近くの、那賀川と加茂川の合流点の川原で、首をはねられた。
その場にいた役人には、お松の顔が菩薩に見えたと言う。 
役人は、仕事だからやってるだけ。 切りたいわけではない。 
念仏の唱和の声が上がり、その中で、お松は死んでいった。
貞享3年3月15日の、月夜の晩のことだった。  

10年12月29日 (7)

その後、三左衛門と長谷川奉行の家には、怪事が続けざまに起こる。
耳元で猫の悲鳴が聞こえたり、召し使いの女が猫に見えたり、行灯に照らされた障子に猫の影が映ったり。
この怪猫に悩まされ続けた両家は変死や病死が相次いだ。

奉行は失脚し、お家は断絶した。 三左衛門の家も同じ。

10年12月29日 (5)

死をもって不正を訴えたお松を偲び、村人たちはその墓所を義理権現と呼んだ。
そして、お参りするようになった。
義理権現が、今、お松大権現となっている。   

    ※ ここまでは、資料館の中の資料と、「日本文史 » 日本の伝説」のHPを参照。

なお、5反の畑の場所は、分かっており、表示されている。
また、長谷川奉行の跡地が残っており、そこにお松と猫を祀った神社がある。
場所は、県立近代美術館のそば。  ここに、詳しく。 ※ お松の話に、少し違う部分もあるが。

那賀川をはさんだ川向こうに、午尾(ごお)の滝があった。
バス停にバスが止まっていて、運転手さんに場所を聞いた。
ついておいでと言ったので、バスの後ろをついて行った。
曲がり角で停まって、あっちだよって、教えてくれた。

歩いて楽しい、田舎道。 天気もいい。

10年12月29日 (12)

棚田のような、ミカン畑。
※ この写真は、偏光フィルターを使った。 上は使っていない。 違いが出ますね。

10年12月29日 (20)

小さな谷の入り口。 陽だまりのように暖かい。

10年12月29日 (13)

滝に着いたんだが、どこだか直ぐには分からなかった。
左の下に見えてるのが、少しして気付いた。

10年12月29日 (14)


八幡神社から見下ろすと、こう。

10年12月29日 (19)

高さ30㍍。 馬の尻尾に似てるので、午尾の滝と言う。 午は馬のことですね。
雨が少ないから、水量も少ない。 サラサラと静かに流れ落ちていた。

10年12月29日 (17)

上の方。

10年12月29日 (16)

滝壺。 きれいな水だった。 泳いだらダメ、とあった。

10年12月29日 (18)

魚がいた。 ゆれる波に、似ている。

10年12月29日 (15)

この辺りは、風景がいい。 途中、那賀川に沈下橋があった。
暖かいから、花は元気。

10年12月29日 (21)

三左衛門と長谷川家を呪い殺したのは、庶民のように思いますね。
両家に、何かがあったら、それは、お松と三毛猫の祟りだと騒いだ。
昔の人々は信心深かった。 両家もそうだった。 それに苦しんで、おかしくなっていった。
庶民を敵にまわしたのが、致命傷になった。

お松は、強い女性だった。 権力と戦った彼女を、庶民は忘れなかった。
お松大権現として、今に残った。
そんな感じがします。

【道の駅】    鷲の里


【明日の予定】  山の上に寺がある。 そこかな。 ここは、小さな町、歩くか。

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【動画】
   午尾(ごお)の滝。   
 

   鷲の里へ。 ※ 動画の中で、上もこれも、名前を間違ってる。


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今日は、山の中を歩く予定だったが、古い遍路道は壊れていた。
変更して、人形浄瑠璃を見ることにした。
写真が撮れることも、分かった。

阿波十郎兵衛(あわじゅうろうべえ)屋敷、というのがある。
人形浄瑠璃(にんぎょう じょうるり)が見られると言うので、向かった。

この屋敷は、板東十郎兵衛という人の屋敷跡。

10年12月28日 (1)

場所は、吉野川の河口の近く。


私は、浄瑠璃を見たことはない。 浄瑠璃が何だかも知らない。
1日2回公演があって、午前の部が、すぐに始まった。
冬の平日なので、客は少ない。  年末だし。

10年12月28日 (2)

傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると)「巡礼歌の段」というもの。
徳島でやる浄瑠璃の演目では、最も有名と言う。

ある家に娘が訪ねてきた。 そこから、話は始まる。

10年12月28日 (3)

※ ここで、「巡礼歌の段」のあらすじを。 阿波十郎兵衛屋敷のHPより。

   徳島藩のお家騒動に絡んで、阿波の十郎兵衛・お弓の夫婦は
  主君の盗まれた刀を詮議するため大阪玉造に盗賊銀十郎と名を
  変え住んでいる。
   そこへ巡礼姿の娘お鶴がはるばる徳島から父母を尋ねて来る。
  お弓は我が子と分かるが、そこで親子の名乗りをしたのでは、
  我が子にどんな災いが来るとも限らない。
   お弓は涙を飲んで別れる。
   名残惜しげに見送るのだが、ここで別れては今度いつ会える
  か分からぬと追いかける。

お弓は、この女性が誰だかは分からない。 それを聞く。
娘は、この演目のメインの台詞を言う。
「父(とと)さんの名は阿波の十郎兵衛、母(かか)さんの名はお弓(ゆみ)と申します」
そして、お弓は、飛びあがらんばかりに驚く。

10年12月28日 (4)

人形の表情が、何とも言えない。 心を読み取れる表情と言うか。

10年12月28日 (5)

人形浄瑠璃の原点は、東北のイタコが使う、オシラ神にあると言う。 オシラ様のことか。
イタコは、オシラ様に向かって話すことはあるようだ。 話して、オシラ様を踊らす。

※ 詳しくは分からないので、知りたい方は、ここを見てください

ととさん、かかさんに会いたいことを、伝える。

10年12月28日 (6)

お弓は、自分が母親とはいえないが、いろいろ心配する。

10年12月28日 (7)

写真に夢中になったこともあって、この場面の台詞を憶えていない。
この手紙が、何だったかです。 
お鶴が持ってる手紙を見る時が来るのだが、今日の場面ではないような・・・。

10年12月28日 (8)

一つの人形は3人で操る。
向かって右の人は、左手だけ。 真ん中の人は、両足。 左の人は、右手と頭。

あんまり優しいから、もしや自分の母親かも、と心の中で・・。

10年12月28日 (9)

別れる前に抱き合う。

10年12月28日 (10)

この後、別れることになる。 お弓は、追う。
人形が動いてるとか、そんなことは、全く考えなかった。 話しの世界に入っていた。

10年12月28日 (11)

終わった後、二人を撮らせてもらった。
お鶴の視線は私。 もう話は終わっているのに、お弓はお鶴をいたわってる姿勢だった。
私はこの時、お鶴がただの人形には見えなかった。 2人一緒の、いい写真を撮ってあげたいと思った。

10年12月28日 (12)

私はカメラを構えていたが、左の人に、たくさんの質問をした。
人形に演じさせることの魅力や、何年くらい修行したら、今日のように出来るのか、など。
写真のように、その人は、ていねいに答えてくれた。

それは、時間にして、5~6分でしょうか。
不思議なことが起きました。
お鶴は、私達の話を、じっと聞いていました。

後で、私は失敗したと思いました。 お鶴に質問すればよかったと。
質問は、これしかない。
「自分のお母さんかもしれないと、本当に思ったんですか」と。
これに、お鶴は答えることができます。
なぜかと言うと、今日のお話しの全ての声は、この左の人の声でした。 ※ 録音した声でしたが。

お鶴が、どんな表情で答えるかが見たかった。  

10年12月28日 (13)

今日の舞台は、この人達でつくっていた。 2人と6人。

10年12月28日 (14)

同じ舞台と思います。



ここは、「眉山(びざん)」という映画のロケに使われたそう。
その記念につくられた。

10年12月28日 (15)

庭。 知られた庭のよう。

10年12月28日 (16)

展示館があった。 義経の人形も。

10年12月28日 (17)

阿波の人形浄瑠璃は、人形を含めて、芸術の域に入っていますね。

10年12月28日 (18)

10年12月28日 (19)

人形の仕組み。

10年12月28日 (20)

この人は、人形師。 初代 天狗久と言って、今でも全ての人形師は、この人を追っている。

10年12月28日 (21)

人が演じないで、人形が演じる魅力は何でしょう。
命を吹き込まれた人形を見ていると、不思議な感じがしてくる。
今そこで、生きてるように見えてくる。 心も、感情も備えて。

話の内容も面白い。
この次見る時は、2回見る。 1回目は写真。 2回目は、写真を撮らないで。

【道の駅】    公房(くぼう)の郷なかがわ


【明日の予定】  この近くを、少しだけ。

【今日の歌】   風の桜衣  きち兵衛さん   ※ 由布姫の墓  絵島の住んだ家 



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土の柱と書いて、土柱。  ※ 土柱~どちゅう
日本には、ここだけ。
そうして、世界3大土柱だそう。 でも、こう言ってるのは、きっと日本だけ。

800年前に、「阿波の土柱」の記録がある。
ということは、土の柱が、風雨にさらされて、800年持ちこたえた。
これが不思議。
土柱の天辺の崖の縁に立ってみた。 崩れるのではと、不安だった。

場所は、阿波市。 


無料の駐車場があって、展望台まで10分かからなかった。
谷に入ったら、すぐの所に見えてきた。  途中の狭い駐車場から撮影。

10年12月27日 (2)

下の展望台から。 土の壁の感じ。
幅は、100mくらい。 高さは、20㍍くらいか。
そこに、土の柱が立っている。 約10㍍。

10年12月27日 (1)

少し高い展望台から。 ここの名前は、波濤嶽(はとうがたけ)。
他にも土柱はあったが、道が分からなかった。 他は小さい。

10年12月27日 (3)

阿波市の市街地は、すぐ下。

10年12月27日 (4)

土柱は、土と石が混ざっている。
ここは、はるか昔、吉野川の川底だった。 それが、隆起した。 だから、石ころがある。

生えている木は、しぶとい。 たまにの雨だけで生きている。 根の長さを見てみたい。

10年12月27日 (5)

土柱は、固い地層と軟らかい地層があるときだけ、出来ると言う。
軟らかい部分が、雨とかで削られて、固い部分が残る。 残ったのが、土柱。
こういう説明がどこにでもある。

でも、2つの地層が、どのような状態である時に土柱ができるのか、それが分からない。
固い地層が縦になっていないと、柱になって残らない。 そう思う。

10年12月27日 (6)

色んな形の土柱がある。 しかし、名前がついていない。
これがヒントになる。
100年間、土柱の形が変わらなかったら、きっと名前が付いた。
名前がないことを含めて考えると、土柱の形は、ゆっくりとだが変化してきた。

800年前の土柱はもっと前にあって、今は崩れた。
100年後の土柱は、今の土柱の後ろで、作られつつある。 そう思う。

10年12月27日 (7)

土柱の上に行く道がある。
右の方に、ミカンの木があった。 自然に育ったのか。

10年12月27日 (9)

このように、実がなっている。

10年12月27日 (8)

木の下に行ってみた。 雨宿りではない。 ミカンをもらうため。 右のを採った。

10年12月27日 (10)

サザンカの道を上る。

10年12月27日 (11)

柵はない。 子供を連れてくることはできない。
※ 山の奥ならこれでいいが、市街地の近くの観光地でこれなら、発展は望めないように思う。
  この場所のすぐ近くにホテルがあったが、今は閉鎖。
  
  風景と温泉だけで人を集めるのは、今は大変。 ※ 下に温泉がある。 ラドン温泉だけど、名前はランド温泉。
  あの十和田湖だって、多くの温泉ホテルが閉鎖。
  今の人気の場所は、町並みを意識した作りの、温泉街。 黒川温泉 銀山温泉   など。
  つまり、歩いて楽しい温泉街。

10年12月27日 (12)

たまには崩れるんでしょうね。 地震の時に多いかな。
近づくと不安。 真っ逆さまかどうかは、覗かないと分からない。

10年12月27日 (13)

上と下の展望台が見える。

10年12月27日 (14)

土柱が見える。 土柱は、確かに固い部分が残っているが、岩でないから、限界がある。
長持ちの秘密があった。 あるサイトにこう書いてあった。
それは、自然の中で、コンクリート化していると言う。

 ※ このサイトを、再度見ようとしたが、見つけられない。
 ※ 昨夜、動画をスムーズに見られるというソフトを、ダウンロードした。
   パソコンが、ごちゃごちゃになった。 昨夜から今日にかけて大変だった。 夕方、やっと元に戻せた。

10年12月27日 (15)

珍しいということで、国の天然記念物になっている。

10年12月27日 (17)

※ 下の写真は実験。 カメラは普通に撮影したら、下の写真にする。 少し暗い。 でも、画質はいいようだ。
  上の写真は、色がきれい。 でも、画質が甘いかな。 どっちがブログに向いてるか。 中間という考えも。
※ 今日(最近)の写真は、切れ味が弱いように感じる。 原因は何だろう。 気のせいかな。

IMG_1839pppp0099088.jpg

ロープを下に垂らして、それにつかまってなら、下りられると思った。
下りやすい所もありそう。

10年12月27日 (18)

ここを下りて来たんだが、少し上がった左が崖。
上の方の石段は、地面から飛び出ていた。 50㌢位の厚さで、土が消えていた。

10年12月27日 (19)

下の二つは、アメリカにある土柱。 高そうだ。

10年12月27日 (20)  10年12月27日 (21)

採ったミカンは、酸っぱかった。 少しだけ食べた。 その後は、見ただけで、唾が出る。

IMG_1861kkpppp998

土柱ではないが、キャニオンと呼ばれる土の壁が、青森県の日本海側の南部にあった。

キャニオン 

土柱の近くに寺がない。 寺は、この風景に魅力を感じなかったのか。
崩れるからダメか。 岩なら、道を作れるし洞窟も掘れる。

今後のためには、何かの魅力をプラスする。 何でしょう。
安全に近づくことのできる、道でしょうか。
山の上の使わない建物は取り壊して、観音堂でも建てるか。
何か方法はありそうです。

日本にはここにしかない、珍しいもの。
いい形で見せられるといいですね。

【道の駅】   どなり


【明日の予定】  この近くで、探したい。 情報誌にない物。

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【今日の歌】   鬼無里の道  



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脇町は昨年も来た。 写真を撮り直す感じで、ゆっくり歩いた。
新しい発見があった。

昨夜のブログが、遅くに終わったので、少し眠い一日。
午後、徳島トヨタ脇町店で、オイル交換をした。 昨年お世話になった店。

2時過ぎから歩いた。
地図の真ん中の、左右の道が、うだつの町並み。 道の駅のすぐ近く。


町並みはこうです。 いいです。 東方面。
うだつの町並みを大事にしようとする、ここの人達の気持ちを感じる。

10年12月26日 (1)

伝建地区はたくさんあっても、どこも脇町ほどはよくない。
脇町は、早くに、ここの町並みの価値に気付いた。 そのことが大きかった。

1ヶ所だけ、二層うだつ があった。

10年12月26日 (2)

獅子か。

10年12月26日 (3)

これは虎。 鬼瓦以外に、珍しいのが時々ある。 鶴とかも。

10年12月26日 (4)

西方面。 うだつが、いっぱい見える。

10年12月26日 (5)

東の端も、最後は下る。 ゆるい坂でも、変化が出ていい。

10年12月26日 (6)

うだつがあると、家に風格が出るでしょうか。 うだつは、珍しいだけではない。

10年12月26日 (7)

脇町が、どのようにして今の町並みを作り上げたか。 去年、簡単にまとめたので載せます。

wakimati1.jpg  wakimati2.jpg

去年、復元を目指していた家が、完成に近づいていた。

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蒅(すくも)。 藍(あい)の葉を発酵・熟成させた染料が、蒅(すくも)と辞書にはある。
細かな、作業手順を踏んで作られる。

10年12月26日 (8)

食べ物の店があったので、入った。 豆腐を焼いたのを食べた。
みそ汁は、サービス。 猪の肉が入っていた。 この後、焼きおにぎりも御馳走になった。
夕食にと、散らし寿司と漬物を買った。 安かった。

10年12月26日 (10)  10年12月26日 (11)

町並みの中に、面白い物はないかいと言ったら、案内してくれた。

道の駅に向かった。 正面は、その建物。

10年12月26日 (14)

あっかんべ~をした、鬼瓦。 初めて見る。 この建物は、吉田家。 この後、行く。

10年12月26日 (12)

船着き場。 吉野川は、昔はここを流れていた。 今は、向こうに見える、堤防の向こう。
おばあちゃんが、詳しく説明してくれた。
ここは、上に書いた吉田家の裏にある。 吉田家は、藍(あい)を扱う豪商だった。

10年12月26日 (13)

吉田家の中。 この部屋で、将棋の王位戦が行われた。 
2005年の秋。 第46期の第5局。 羽生と佐藤。 挑戦者の佐藤が勝つ。 117手目が、再現してあった。

10年12月26日 (16)

この二人。 この時の棋譜は、ここにある。 クリックで、1手目から進めることができる。

10年12月26日 (18)

下の写真は、左は13世名人 関根金次郎。 右は、阪田三吉。 よく知られた、写真。
そして、中央の立会人は、12世名人、小野五平。
小野五平は、脇町の出身。 この人の家があった。

阪田三吉は、映画「王将」の主人公。 書けた漢字は、三、吉、馬の3つだけ。
立ち往生した「銀」を見て、「銀が泣いている」と言った。
私は、阪田三吉を知って、中学校、高校と、将棋に夢中になった。

10年12月26日 (19)

脇町の昔。 うだつが見える。  餅をついている。  賑わった時代があった。

10年12月26日 (17)

脇町出身の画家、藤島博文という人の絵。  蔵に展示されていた。

10年12月26日 (20)

吉田家の、三代目の奥さまが、嫁入りした時に使った。
背もたれと、肘掛がある。 前と両横は、隙間から外が見える。 中の作りを初めて知った。

10年12月26日 (21)

オデオン座。 映画「虹をつかむ男」の舞台になっている。
私は知らなかったが、寅さんが亡くなって、寅さんの映画が作れなかったので、これを作ったとあった。

10年12月26日 (22) 

田中裕子がマドンナの予定でいた。「男はつらいよ」はできないから、西田敏行と田中裕子になった。 詳しくは、ここに

10年12月26日 (23)

田中裕子は、いい。  ※ 二十四の瞳の田中裕子 

脇町は、更に良くなっていくと思いますね。
あちこちで、工事が行われていた。 車が少ないのもいい。
見応えのある伝建地区は、全国に88あるうちの、3分の1もないと思う。  

※ 伝建地区の写真をいくつか。 YouTubeを、画面の下に隠すと見やすい。

 吹屋(兵庫県)     知覧(鹿児島県)   妻籠宿(長野県)   大内宿(福島県)   秋月(福岡県)   出水麓(鹿児島)

 関宿(三重県)   函館市(北海道)   三年坂(京都)   杵築市(大分県 伝建地区でないが) 

【道の駅】    藍ランドうだつ   

【明日の予定】  見学の時間が、たくさんとれない。  阿波の土柱 かな。

【今日の歌】   池上線  西島三重子



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山を越えて、吉野川沿いのつるぎ町に行きたい。 
その町の貞光という所に、うだつの町並みがある。 しかも、珍しい二層うだつ。

つるぎ町に普通の道で行こうとした時、昨日お世話になったekさんから電話が入った。
雪で危険だから、遠回りになるが、低い峠の道を行ったらいいと。

出発の前に、滝宮天満宮に行った。 歩いてすぐ。
毎年、8月25日に、滝宮の念仏踊が行われると言う。
調べてみたら、念仏踊は、ここから始まっていた。 つまり、滝宮は「念仏踊り」のルーツだった。
※ YouTubeに動画はない。

元々は雨乞いの踊りで、念仏を唱えながら踊るので、こう呼ばれる。 念仏踊り(Wikipedia)
これは、道の駅にあった、滝宮の念仏踊の像。

10年12月25 (1)

真っ直ぐ、脇町に向かった。 下の地図の峠を越える。 名前は、清水峠。






脇町から、つるぎ町の貞光にある、道の駅ゆうゆうに行った。
車を置いて、15分ほど歩いた。 地図は、道の駅でいただいた。

まちなみ交流館に入った。 神楽の人形があった。
最近貞光でも、神楽が復活した。 ここのは、天の岩戸神楽。  ※ 御嶽流神楽大会(大野市清川町)

10年12月25 (2)

管理している方が、旧永井家庄屋屋敷を案内してくれた。
移築でなく、元々ここにあった。 家だけでなく、庭もよかった。

10年12月25 (5)

上の方に、道の駅が。


家の作りが美しいので、それを眺めていた。 18世紀後期の建物とあった。

10年12月25 (3)

屋根の作りがよく分かる。 建物全体を暖かくするのは無理だから、暖房は囲炉裏と炬燵かな。

10年12月25 (4) 

少し歩いて、織本屋(おりもとや)という建物があった。 昔は、酒を造っていた。 見学自由。

10年12月25 (17)

ここでも、管理する人が、説明してくれた。 ビデオを見せていただいて。 お茶も。

江戸時代中期の建物。 国の登録有形文化財。 
観光施設としてのほか、地域の人も活動に利用している。 この形がいいですね。

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建物の中の雰囲気がいい。 センスがいいと言うのか。 古民家を扱う専門家が関わっていると、聞いた。

IMG_1400mmkkppp

二層うだつのことは忘れて、建物に夢中になっていた。
徳島藩主の書があった。

10年12月25 (8)

庭に梅の木があって、風蘭(ふうらん)という植物が、寄生していた。
風蘭を調べてみたら、自然のものは、結構珍しいと分かった。 絶滅危惧種。(程度は真ん中くらい)

10年12月25 (9)

こんな花を咲かす。 ランの花はきれいだ。 いい。  ※「山野草 植物めぐり」からお借り。

10年12月25 (25)

この花は、夜になったら匂いを出すそう。 夜も虫に来てもらいたいのか。
そう言えば、あの花も同じだ。 夜来香(イエライシャン)。 こんな花
昔、李香蘭(山口淑子)が歌った歌の題名も、夜来香。 彼女は、現在90歳。  若い時は、こんな人。 

ここからやっと、二層うだつの話し。
家の両側に出っ張りがある。 
隣が火事の時、火が家の前面に周りこむのを防ぐためだが、現実は、デザイン。
立派なうだつのある家を建てれたら、「うだつが上がった」ことになる。

この建物がそうだが、うだつが2段になってる。 これを、二層うだつと呼んでいる。

10年12月25 (16)

手前のうだつの前面に、「こて絵」がある。 これも、貞光の特徴。 こて絵があっても、普通は家の壁。
      ※ 須坂で見たこて絵。    杵築市で見たこて絵、   

10年12月25 (10)

上の建物の手前に、小路があった。 名前は、祇園小路。
この名前で、この奥に何があるか分かる。 それは、八坂神社。 実際に小さな神社がある。
   ※ 京都の八坂神社の前に、祇園がある。 八坂神社から祇園を見たら、こう

狭い所から見た、向こうの風景も悪くない。 何かに「狭小の美学」とか何とか書いてあった。 聞いたのかな。

10年12月25 (15)

行ったり来たりして、順番に写真は撮ってない。
この建物も、二層うだつ。

10年12月25 (13)

うだつの上の飾り。(うだつの軒飾り) 能の高砂に出てくる、姥だそう。

10年12月25 (18)

こて絵だ。 鯉が滝を登っている。 上に、鬼瓦。

10年12月25 (19)

こんな鬼瓦。 十分すぎる、にらみ。

10年12月25 (6)

建物の感じがいいので、入ってしまった。
入ったら、おばあちゃんが、ストーブのそばにおいでって、声をかけてくれた。
貞光に来て、話したのは4人目だが、みんな優しい。 心が柔らかい感じ。

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雪の舞う中歩いたので、寒かった。 熱っついラーメンが美味しい。
お茶を飲みに来たおばあちゃんもいて、3人でおしゃべり。

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こんなこて絵も見た。 白虎。 口を閉じたのもあって、合わせて、あうんの白虎。

10年12月25 (22)pp

うだつの軒飾り。 亀。

10年12月25 (23)

鶴でいいのかな。

10年12月25 (24)

道標(みちしるべ)。 今日歩いている道は、剣山(つるぎさん)への道。 
剣山の麓を通って、奥祖谷(おくいや)、東祖谷、西祖谷と続く。 西祖谷には、かずら橋

10年12月25 (12) 10年12月25 (11)

銭湯があったので入った。 いつもタオルと石鹸は、持ち歩いている。
人工的にラジウム温泉にしている。 ラドンとトロンを含んでいたら、ラジウム温泉だそう。
浴室には、ラドン温泉とも書いてあった。 ※ 天然のラジウム温泉は、二俣ラジウム温泉

昔の演歌がずっと流れていた。 番台の奥さまが好きだと言った。

10年12月25 (21)

今日は、旧永井家庄屋屋敷と織本屋で、丁寧に案内していただいたのが、うれしく、また有難かった。
二層うだつがあって、こて絵があって、うだつの軒飾りもあった。
貞光の二層うだつの魅力の大きさを、知った。

ここは、伝建地区には選定されていない。
今後どうするのか。 きっと、検討していると思う。
歩いて楽しい町並みを、どう作って行くのか。 その辺りも課題になると思う。

新しく家を建てる時、二層うだつのデザインで家を建てたら、30年後、町並みは一変する。
ここに住む人たちの考えを、共通にするのが一番大事で、最も大変でしょうか。

【道の駅】   貞光ゆうゆう

【明日の予定】 脇町かな。  写真を撮り直したい。

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そびえ立つような石垣の上に、小さな天守があった。
でもそれは、再建でなく、昔のままのものだった。
また、丸亀市のうちわの生産量は、全国の90%を占めていた。

道の駅恋人の聖地うたづ臨海公園で、ekさんと待ち合わせた。
今日は、丸亀市を案内してくれる。 道の駅のある所は、宇多津町。 
丸亀市にある城は、すぐ近く。  瀬戸大橋の付け根も、すぐ近く。 そこは、坂出市。 
狭い所にひしめき合っている。


昔のまま残ってる天守のことを、現存天守と言う。 全国に、12しかない。 
丸亀城は、現存天守。 それだけで、値打ちがある。
大阪城だって、あの有名な熊本城だって、現存天守ではない。 ※ 熊本城 (はブログに)

ekさんの車で行った。 駐車場が城の中にあるので、まずこの写真。
天守までの高さ、60㍍。 これは、日本一。 石垣が大きいから、小さな天守が、なお小さく見える。

10年12月24日 (1)

一旦、城の外に出た。
最初の門は、大手二の門。 入って右に曲がるとすぐに、大手一の門。

10年12月24日 (2)

大手一の門。 この2つの門も、昔の物。 空襲に会わなかったのは、運がよかった。

10年12月24日 (3)

石垣とサザンカを見ながら、天守への道を登った。
小さくても、風格はある。 ここから、四方が見渡せる。

10年12月24日 (4)

丸亀の市街地。

10年12月24日 (5)

瀬戸大橋が見える。 少し前に渡った。 ※ 瀬戸大橋 写真① 写真② 

10年12月24日 (6)

石垣の上の方は垂直に近い。 その独特の反りは、「扇の勾配」と呼ばれている。
1つの石垣の高さが、22㍍のところもある。

10年12月24日 (7)

※ 今まで見た、現存天守のある城は、弘前城 松本城 彦根城姫路城 松山城  。

駐車場に戻る時、おばあちゃんに会った。
毎日ここで水彩画を描いており、それが生きがいだと言った。
そして、好きなのを持って行きなさいと。

10年12月24日 (9)

黄色の花のを、私は選んだ。 ツワブキの花。 おばあちゃんは、私には左のがいいって、選んでくれた。
袋もおまけでいただいた。

10年12月24日 (19)

香川県の名物は、うどんの他に、骨付き鳥があるという。
美味しい所があると、ekさんが案内してくれた。 一鶴(いっかく)という高級料理店。
これでもかって言うくらい、強い味だった。 飲み物がいるので、ビールを飲んでしまった。

10年12月24日 (21)

丸亀港は昔、金刀比羅宮への上陸地として賑わっていた。   ※ 金刀比羅宮 
これは、江戸講中灯籠と言われるもの。

ここに上陸したら、反対回りが便利のようだ。 淡路島から来たら、1番からの時計回り。

10年12月24日 (10)

日本のうちわのほとんどが、丸亀市で作っていると言う。
ekさんは、うちわの港ミュージアムに連れて行ってくれた。
基本は、お店と工房。 写真は大丈夫。

こういう手作りもあれば、機械の大量生産もある。 

10年12月24日 (11)

竹の節の所に、穴を開けていた。 ここに細い竹の棒が通る。

10年12月24日 (12)

金の文字が見える。
丸亀市のうちわは、金毘羅参りの土産物として、製造が盛んになったそう。

10年12月24日 (13)

こんなのもある。 いいですよ。

10年12月24日 (14)

こんな紙を貼り付ける。 

10年12月24日 (15)

房州うちわ。 竹を細かく割いている。 房州(千葉)から伝わったので、この名前。 

10年12月24日 (16)

私はこれを買った。 小さめ。 紙は、人間国宝の人が漉(す)いたとあった。 名前は、雨だれうちわ。
車に飾っておく。 袋に入れたまま。 私に出会って、欲しいと言う人がいれば、プレゼントする。 ピンクなので、女性の方に。

10年12月24日 (20)

ミュージアムの玄関前に、小さな柿がなっていた。 渋柿。 柿の渋も紙を染めるのに使うそう。

10年12月24日 (17)

世界のガラス館があったので、少しだけ。 写真は、これだけ。

10年12月24日 (18)

お城の石垣の上で、ekさんが言った。 竹田城には石垣に柵がなかったねって。
竹田城は、そういうとこだった。 危険だった。
丸亀城の石垣の雄大さは、竹田城に似ているかもしれない。 ※ 竹田城跡の写真 

今日はekさんにお世話になりました。 感謝。

【道の駅】   滝宮

 
【明日の予定】   南に下がって、吉野川沿いを下る。
            そして、去年お世話になった徳島トヨタに寄る。  そうするか。

【今日の歌】   ねがい星  きち兵衛さんです。



【徒然】   今日はクリスマスイブ。 店に寄らなかったので、何もない。
       明日何か買うか。 売れ残りのケーキだったりして。 そうだ、この歌でも聞こうか。



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時々コメントをいただくekさんが、丸亀市を案内してくれる。 明日。
それで、今日は近くまで来た。
道の駅のそばに、弥谷寺(いやだにじ)があったので、そこを見た。

分かってる魅力は、石段だけ。 他の魅力は、行ってから見つける。
そう思って出発。 この山門まで、道の駅から10分ほど。

10年12月23日 (1)

ここは、香川県。 善通寺は空海の生まれた町。


この仁王像の手がいい。 

10年12月23日 (2)

天気がいいので、お遍路さんに出会った。
気温は15度近い。 私は、セーター姿。 
この場所まで石段を、10分ほど。 

ここを上がったら、大師堂。 空海を祀っている。
大師堂は、88の寺、どこにでもある。 本堂でお参りしてから、大師堂に行くようだ。

10年12月23日 (3)

多宝塔があった。 行く道が分からなかったので、後に。

10年12月23日 (4)

小さな観音堂の天井。 モノクロの世界。 ほんのり紅。

10年12月23日 (5)

護摩堂の中だったでしょうか、建物が岩に入り込んでいる。
実は、これが、ここのお寺の特徴だった。 本堂も、大師堂の奥にある奥ノ院も、そうだった。
寺全体が、大きな岩の壁に、へばりつくようにある。

10年12月23日 (6)

ここを上がると、本堂。 

10年12月23日 (7)

本堂への道。 右の壁に、磨崖仏(まがいぶつ)。 後で詳しく。

10年12月23日 (8)

お遍路さんがやってくる。 私のような者も、訪れる。
最近は、観光目的の人も多いと聞く。 悩みのある者、無い者、目的は様々。

岩に包まれるように、本堂がある。

10年12月23日 (9)

遠くは、善通寺市か。  ※ 追記 訂正です。 三豊市です。 今いる町。

10年12月23日 (10)

少し石段を下りたら、正面に磨崖仏。  磨崖仏~岩に彫った仏像

10年12月23日 (11)
  
磨崖仏はたくさん見てきた。 よかったのは、国宝の臼杵の磨崖仏か。

磨崖仏の両側に、文字も見える。 南無阿弥陀仏のよう。

10年12月23日 (12)

石碑や石仏がいっぱい。 あまり風化していない。 江戸時代の年号が読めた。 奥に磨崖仏が。

10年12月23日 (13)

微笑んでいますよ。 いい顔です。 彫った人は、亡くなった人を思い浮かべて作ったのか。
女の人に見えます。

10年12月23日 (14)

同じ顔を、右下から見ると、泣いていた。

10年12月23日 (15)

細い道があった。 三重塔や多宝塔は美しい。  一番美しい塔は、これ

10年12月23日 (16)

戻ってきた。 右上に上がったら、大師堂。

10年12月23日 (17)

大師堂の奥に、奥ノ院。 ここで、空海は子供の頃学んだと言う。 全くの伝説ではない。

10年12月23日 (18)

左奥には、磨崖仏があった。

10年12月23日 (19)

お遍路さんは、こんなのを持っていた。
今日姉から電話があって、母の家にこれがあったよって言った。

10年12月23日 (20)

仁王さんに挨拶をして出た。 視線を意識して、撮ってみた。

10年12月23日 (21)

岩場の寺は、退屈しません。
ただここの石段は、昔風ではなかった。 写真は撮らなかった。 ※ 昔風の石段
もし、ここの住職さんに、どうしたらもっとお遍路さんや観光客を増やせますか、と聞かれたら、こう答えます。

本堂の上の山に、1周300㍍くらいの道を作る。 危険に感じて、安全に。
途中に、見晴らしのいい場所を、何カ所か。 一番上に、観音堂か何か。  三重塔なら、完璧。
そして、さらに、行ける人間だけのための、危険な道も作る。 途中は鎖(くさり)場。 上からの風景は、絶景。  トンネルや橋も必要。 

他に、細かな見所も増やす。
例えば、上の地蔵さんは。「微笑み地蔵」と名前を付ける。
地蔵のそばに説明を付けて、下から見たら泣いてるように見えることも書く。
もし言い伝えがあれば、それも。

※ コメントにある、千葉県の鋸山の写真。   

【道の駅】   ふれあいパークみの

【明日の予定】  丸亀市内を見る。 ekさんが案内してくれる。

【今日の歌】   南風(かぜ)の景色  手仕事屋きち兵衛さん



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昨年は、別子銅山跡を素通りした。
今年寄ってみた。 メインの施設は、やはり魅力はなかった。
ところが、別の所に行ってみたら、よかった。 

山道を、600㍍一気に登った。
標高750㍍の、東平(とうなる)地区。 産業遺跡があった。
そこはまるで、インカの遺跡マチュピチュだった。

マイントピア別子に行った。
観光坑道となっており、入場料1200円。 高いから、少し期待した。


坑道の入り口まで、これで行く。 2~3分で着く。
桜が咲いていた。 名前は、小葉桜(コバザクラ)。 十月桜とも、冬桜とも言うそう。

10年12月22日 (1)

3月まで咲いていると、運転手さんが話してくれた。 次から次と咲くのかな。
桜を見たのが一番うれしかった。

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観光坑道の中は、昔を再現したのと、子供の遊び場。 写真は、ほとんど撮ってない。
去年、素通りした訳を忘れていた。

これは、昔の発電所。 産業遺産になっている。

10年12月22日 (2)

情報誌に、もう一ヶ所見学場所があった。 
施設は、冬だからか、閉鎖してると聞いていた。
※ 道の入り口に、通れる車の高さと横幅が書いてあった。 私の車の寸法とほぼ同じだった。



下のマイントピア別子から、600㍍登っていた。 ※ 高度計で調べた。
ここが東平(とうなる)地区。 ※ 平は「ならす」と読めそう。 それが、なまったのか。

標高750㍍。 
銅山があった頃、ここの斜面のずっと上から、ずっと下まで、家や工場があった。

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下を見たら、こう。 東平貯鉱庫跡。 銅を含んだ鉱石は、ここに貯めた。

10年12月22日 (4)

ここは人気があり、夏は車でいっぱいになるそう。 広い駐車場の他に、臨時駐車場があった。

ずっと下から、見上げることができる。

10年12月22日 (5)

上の写真の、右方向。 昔は、山の斜面に建物がいっぱいあった。

10年12月22日 (6)

ここから、下に降りられる。
今は階段だが、昔はインクライン。 レールを敷いて、トロッコをワイヤーで引き揚げた。
  ※ 京都にも、インクラインがあった。 銀閣寺他のブログの最後に写真がある。

10年12月22日 (8)

この感じが、マチュピチュと呼ばれる。

10年12月22日 (9)

もっと下から撮影ができた。 全体が見えないと考え、行かなかった。 行って確かめるべきだった。

10年12月22日 (10)

花みたいのが咲いていた。 名前は、コマユミ

10年12月22日 (11)

別子銅山は、昭和48年まで続いた。
貯鉱庫の建物は、こうだった。

10年12月22日 (7)

似た方向から写真を撮ると、こうなる。 下の部分が残った。

10年12月22日 (21)

林の中に道があった。 下の写真は、娯楽場。

10年12月22日 (12)

それがあった場所。 橋が残ってる。

10年12月22日 (13)

他に、保育所、病院などがあった。

下は、接待館の写真。 多くの有名人も来た。
昭和11年に、荒城の月の作詞者でもある、土井晩翠が来ている。 こんな歌を詠んだ。

  東平の山ふところに石楠(しゃくなげ)の 花ながめつつ鶯を聞く

10年12月22日 (16)

面影を探したら、石垣があった。

10年12月22日 (17)

こんな所も。

10年12月22日 (20)

瀬戸内海と新居浜市が見えた。

10年12月22日 (18)

新居浜の市街地。

10年12月22日 (19)

道の駅から見える、マイントピア別子の建物。

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昔の廃墟でも、産業遺産や遺跡と呼べば、様になってくる。
今まで行った所で、似た所はどこでしょう。 城跡以外で。

軍艦島タウシュベツ川橋梁、他に何があったろう。  ※ ブログにリンクしてある。

【道の駅】   マイントピア別子

【明日の予定】 丸亀市に近づきます。

【今日の歌】  さよなら恋歌(ワルツ) YouTubeになかったので。
        ※ カメラがゆれる。 止めてあるのが、ゆるんでいた。 



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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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