キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

黒部ダムに行く人は、みんな室堂まで行った。
標高、2450㍍。 目の前に立山。 3015㍍。

立山を調べたら、6時間で行って来れる。
失敗した。 夏に来るんだった。 
来年、富山側から入って、登るか。 

今回は、長野側から行く。 車は、大町市の扇沢まで行ける。
立山黒部アルペンルートは、ここから始まる。

  ※ 黒部ダムや立山の麓を通る道を、上のように読んでいる。 単に、アルペンルートとも。



10年10月31日 (1)

黒部ダムまでは、トロリーバス。 電車のように走る。 ずっとトンネルの中。

10年10月31日 (2)

黒部ダム。 1956年に作り始め、1963年に完成。 アーチ式ダム。
大きさは日本一ではないが、高さは、今でも日本一。

10年10月31日 (4)

工事での一番の苦労は、トロリーバスが通った、トンネルを掘ることだった。
途中に、岩が粉々な、破砕帯と呼ばれる所があった。
危険な工事が続き、殉職者は、171人。

工事については、プロジェクトXでも取り扱われ、中島みゆきが紅白で、ここに来て歌った。
※ 工事の様子も少しある。  いいですよ。 (クリックで流れる)

ppnakazimamiyuki.jpg 


10年10月31日 (3)

黒部川の上流で、ダムの地点は、富山県。 北アルプスの山の中。

10年10月31日 (5)

立山が、正面に見える。 
赤○の中に、駅が見える。 この後、ケーブルカーとロープウェーでそこに行く。

10年10月31日 (6)

3000㍍を越える、高い山だ。 ※ 3つの山をまとめて、立山。

10年10月31日 (11)

赤○の駅。  大観峰と呼ばれる。

10年10月31日 (9)

北にある、白馬岳。

10年10月31日 (10)

遊覧船もある。

10年10月31日 (7)

人が、小さく見える。 ※ 戸隠の杉並木と同じ。

10年10月31日 (8)

下に行ける。 行ってきた。 高さが分かる。

10年10月31日 (12)

人がいっぱいいる。 ほとんどが、団体客。

10年10月31日 (13)

ダム(堤)の上を歩いている。

10年10月31日 (15)

向こうから来た。

10年10月31日 (14)

ケーブルカーの駅は、山の中。

10年10月31日 (16)

これに乗る。 一気に登る。

10年10月31日 (17)

向こうから、登って来ている。

10年10月31日 (18)

黒部平から。

10年10月31日 (19)

黒部湖。

10年10月31日 (20)

次は、ロープウェー。

10年10月31日 (21)

黒部湖。 黒部湖の水をみんなで分けると、日本人一人一人に、約2トン(㎥)ずつ当たる。

10年10月31日 (22)

再度、トロリーバス。 山の下を通って、立山の向こうに行く。
ここは、立山の直下。

10年10月31日 (23)

室堂。 アルペンルートの最高地点。 2450㍍。
立山の頂上まで、高低差600㍍程。 山を見て、これなら登れるって感じた。
※ 今日は天気がいいから、完全な装備をしていたら、登れた。 登ってる人もいた。

10年10月31日 (24)

一大観光地だった。 もっと静かな所だと、思っていた。

10年10月31日 (26)

西の方。

10年10月31日 (27)

散策路は、どこまでもある。 池は、ミクリガ池。

10年10月31日 (28)

立派なホテルもある。

10年10月31日 (29)

駅は、右の方。 山の上だから寒いけど、今日は晴れた。

10年10月31日 (30)

地獄谷。 今日は通行止め。(ガスの状況による)

10年10月31日 (31)

歩いたのは、1時間程。 この辺りは、ライチョウの生息地という。

10年10月31日 (32)

立山は左にあって、登る時は、中央の谷に上がって、そこから左に登って行く。

10年10月31日 (34)

黒部ダムに戻った。 殉難碑があった。

10年10月31日 (35)

こんな写真が。 ここへ来るための道を、まず作った。 ※ 上のYouTubeの画像にもある。

10年10月31日 (36)

今でも、この道はあって、通れるようだ。

(YouTube)
無題ppkkoou6677888 


駐車場にもどってきた。 

10年10月31日 (37)

アルペンルートの交通費は、8800円。
高いから、何度も行く所ではない。
※ 団体客は、パックツアーで、きっと安い。

室堂は、山に登る時の、通過点に思った。

また、黒部ダムは、今も電気を生み出していた。
それを知って、ほっとした。
もし無用の長物になっていたら、どれだけ自然を壊したことになるか。

ダムの底には、砂や土が積り続けている。
それでも、今後200年以上は使えるという。

経済成長が始まった時、関西で電力が足りなくなった。
それを解消したのが、黒部ダムだった。
大きな役割を果たした時代があった。

【道の駅】    白馬

   

【明日の予定】  再度、新潟に向かいます。

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。
                             ☆ ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
【ランキング】  国内旅行は 9位、 旅行全体で22位 です。 放浪の旅は48位です。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
           

スポンサードリンク

 
 
スポンサーサイト
鬼無里を通るので、少しだけ寄ってみた。
この秋の大きな目的は、黒部ダムを見ることだった。
天気予報が変わって、明日晴れる。 明日行くと決めた。
                             ☆ ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg

鬼無里については、全ては、この歌を知ったことで始まった。 (クリックして、流れます)

10年10月30日 (28) 


右に上がって行ったら、賀茂神社、東京(ひがしのきょう)がある。
去年行った。

10年10月30日 (1)

ここは、鬼無里。 京都の地名がいっぱいある。

10年10月30日 (2)

937年、会津で呉葉(くれは)という女の子が生まれた。
ところが、両親が魔王に祈って生まれたため、本当は、鬼の化身だった。(伝説では、そうなった)
美しく賢かった。 京の都に上った。 名前は、紅葉(もみじ)と変えた。
琴を教えていたが、源経基の目にとまった。 
局となり、経基の子を宿した。 ※ 局(つぼね)~女中だけど位が高い。

御台所(正妻)は病にかかっていたが、それは、紅葉の呪いと云われ、そうなってしまった。
戸隠にとばされた。 その後、ひと山越えた、鬼無里に住む。

京の都を、鬼無里につくった。
でも、京に戻りたいとのことで、軍資金を集めるため、悪さをした。(伝説で、そうなった)
その噂は、京に伝わった。 
平維茂が、紅葉討伐にやってきた。 最後は、首をはねられた。
紅葉(呉葉)33歳の晩秋、10月25日だった。

ここが、紅葉が住んでいたとされる場所。 内裏(だいり)屋敷跡。  地図ではここ

10年10月30日 (3)

紅葉伝説は、形を変えて、色々ある。
歌舞伎や神楽で「紅葉狩」として、演じられる。

道路の右側の方。 小高い丘の上に、月夜の陵(はか)と呼ばれる、古い墓がある。

10年10月30日 (8)

私が知りたいのは、昔あったかもしれない事実は、何なのか。
可能性がある、というものでいいから、知りたい。

想像で描かれた、紅葉。

10年10月30日 (9)

昔、この地に、ある女性が、事情があって流されてきたのは、事実でないかと思う。

ここは、流されるような土地なのかというと、戸隠と一緒で、辺ぴな所。
※ 戸隠は、天の岩戸の戸が、飛ばされて隠された場所。 遠くて、取りに行けない山奥。

10年10月30日 (7)

もう一つの事実は、紅葉が美しかったこと。

美しいがために、鬼にされた。
誰が鬼にするのか。
それは、彼女に嫉妬した者。 または、彼女を自分の意のままに出来なかった者。

こんな建物。

10年10月30日 (6)

彼女を鬼にしたとする、一番怪しいのは、上に書いた御台所。 (京都のことを事実とすれば)
次に怪しいのは、彼女を手に入れることが出来なかった、男たち。 誰かは、分からない。

ここまでをまとめると、鬼無里には昔、嫉妬されるか恨まれる状況の、美しい女性がいた。
それは、並大抵の美しさではない。 京から来たというのも、本当かも。

これだけの事実があれば、話はいくらでも膨らんでいくと思う。
語り継がれていくうちに、伝説になる。

田中冬二、という人の歌碑。 

10年10月30日 (4)

     月夜の陵(はか)        田中冬二

  信州の戸隠や鬼無里は 早い年には
  十一月に もう雪が来る
  鬼無里に月夜の陵という 古蹟がある

  白鳳の世に皇族が故あって
  此処に蟄居(ちっきょ)したが
  その墳墓(ふんぼ)と云われている

  その史実はもとより 伝説さえ
  日に日に忘却されようと している
  月夜の陵
  なんという美しく また 悲しい名であろう

10年10月30日 (5)

月夜の陵(はか)は、紅葉の女官とも言われている。

紅葉についてはもっと知りたい。
でも、私の知りたいことが書いてある文書は、まだ見つからない。
無いかも知れない。

紅葉伝説は、まったくの伝説ではないと、思っているんですが。

                    ※ 関連ブログ  紅葉(鬼女)伝説 他

白馬への山を越えて、大出(おおいで)の吊橋。

10年10月30日 (11)

この吊橋のどこがいいのか、最後まで分からなかった。
調べて分かった。 この橋と山を一緒に撮ったら、素晴らしい写真になるそうだ。

10年10月30日 (10)

こんな写真が撮れる。 今は、これより雪は少ない。 ※ ハイランドホテルさんのHPからお借り。

ooidenoturibasi.jpg

山の中に民家が、伝建地区になっているという。 こういうの初めて。
青鬼(あおに)地区。

道路が工事しているので、車を置いて歩いた。(通行止めの標示があった)
工事の人に、青鬼は遠いかいと聞いたら、歩くには遠いと言った。
通っていいって、通してくれた。 車に戻った。 有難い。

10年10月30日 (12)

白馬のスキー場が見える。 長野オリンピックで、ここでジャンプなどが行われた。

10年10月30日 (13)

家並みと、棚田などを含めた全体の景観が、価値あると認められた。

10年10月30日 (14)

砂利の駐車場に車を停めたのだが、駐車料金500円。 しっかりしている。

棚田は、小さな規模。

10年10月30日 (15)

こんな景観。
あれ! 茅葺が、鉄板で覆われている。 これでいいのかな。

10年10月30日 (16)

米搗(つ)き に使われた、ガッタリ というもの。

10年10月30日 (17)

こうやって、水がたまる。

10年10月30日 (18)

流れ落ちて、ガタンとなる。

10年10月30日 (19)

1軒、中を見ることができた。

10年10月30日 (20)

反対方向から撮影。 

10年10月30日 (21)

ここにも。 撮影には、耐えられない建物が多かった。

10年10月30日 (22)

少し高い所に、石仏群があった。

10年10月30日 (23)

どれも、きっと、江戸時代の物。

10年10月30日 (24)

こんな表情。

10年10月30日 (25)

泣いてるように見えた。

10年10月30日 (26)

青鬼集落は、歩いて楽しいという集落ではない。
壁も鉄板の家が多く、なつかしい古里の風景ではない。
どこか作戦が間違ってる感じがした。

荻ノ島の環状茅葺集落の魅力を学んだらいいと思う。 そのブログ

山を出たら、ここに。 鉄道は、大糸線。

10年10月30日 (27)

明日は、早い時間に出発する。 トロリーバスに乗って、ダムまで行ける。
その奥もある。 時間と相談しながら行くのか。
行けるとこまで行ったら、交通費は、バカにならない。

今日は、鬼無里の道を、ずっと聞いていました。
いい歌です。

【道の駅】   白馬

【明日の予定】 黒部ダム

【ランキング】  国内旅行は 9位、 旅行全体で45位 です。  放浪の旅は45位です。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 
樹齢400年を超える、杉並木の中を歩いた。
奥社へ向かう人々が、小さく見えた。

戸隠には、今、人が押し寄せているという。
須坂の東風さんのアドバイスで、土日を避けた。

人気の理由は、パワースポットとして紹介されてることと、吉永小百合のJRのCM。
人の数は、善光寺以上かもしれない。

ここは、戸隠神社の中心、中社。
昔は、寺と神社の両方だったが、明治以降は神社だけ。
信玄と謙信の争いの地だったので、苦難の歴史を持っている。 
安定したのは、江戸時代に入ってから。 修験の地から、門前町の中心として姿を変えていく。

10年10月29日 (1)  10年10月29日 (2)

今日は、全部歩く。 現在地から奥社に行って、鏡池へ。 
そこから、ピンクの所にある「そばの実」という、お蕎麦屋さんへ。 CMに出てくるお店。
歩く距離は、10㌔ちょっとか。

10年10月29日 (3)

この後の数日を含めて、雨が降らないのは、今日くらい。
だから、歩いてても楽しい。

この道は、戸隠古道。 昔の参道。 歩く人は少ない。 ※ 奥社の山の下にも、駐車場があるため。
女人堂跡の石碑があった。 明治以前は、ここから先、女の人は行けなかった。

10年10月29日 (4)

気温は低い。 雪が少し舞った。 手袋をはいて、冬の格好。 体は温かい。
石碑が見える。

10年10月29日 (5)

少し読みにくいが、面白いことが書いてあった。 こんな話は、初めて。

10年10月29日 (41)

山には霧があって、その下の風景。

10年10月29日 (6)

10年10月29日 (7)

奥社への入り口。 大鳥居が見える。

10年10月29日 (8)

この時10時過ぎ。 人が多い。 戻ってくる人もいる。

10年10月29日 (9)

奥社への参道は、こう。

10年10月29日 (10)

随神門(ずいしんもん)が見えてきた。 

10年10月29日 (11)

随神門。 ここから、悪い人間は入れない。

10年10月29日 (12)

門の両側に、随神の像がある。(見えづらい)

10年10月29日 (13)

奥社参道杉並木は、ここから。

10年10月29日 (14)

人が小さい。 木は並んでるので、植えたものに間違いない。 700㍍続く。

10年10月29日 (15)

穴のあいた木が、遠くに見えてきた。

10年10月29日 (16)

今は、入れない。

10年10月29日 (17)

雨があがったので、外をのぞいた。 そんな感じか。   CMは、これ
※ 他のCMもそうだけど、この人は、「さあ行くわよ!」っていう動きをする。 それが好き。

sayuripppplll.jpg

参道の両側には、昔のお寺の跡などがある。 昔は、神仏混淆(こんこう)だったので。
※ 明治に入って壊した。 もったいない。 全国でそうした。

10年10月29日 (18)

最後は、石段の上り。

10年10月29日 (19)

地蔵さんが。

10年10月29日 (20)

建物が見えてきた。

10年10月29日 (21)

九頭竜社。 水を司る神。

10年10月29日 (22)

上に奥社。

10年10月29日 (23)

お参りした。 うやうやしく頭を下げるよう書いてあった。 むずかしい。

10年10月29日 (24)

戸隠全体が高原。 その中でも、ここは高い。 日陰とかに、雪があった。

10年10月29日 (25)

全体は、こんな感じ。

10年10月29日 (26)

こんな写真ばかり撮ってる人がいたので、真似をした。

10年10月29日 (27)

随神門から、山の道に入った。 鏡池に行く。

10年10月29日 (28)

こうですよ。 後ろに山がそびえ立っていた。

10年10月29日 (29)

山を映すから鏡池か。 雨のせいで、少し濁っている。

10年10月29日 (30)

正確には分からないが、中央の山は、西岳かも。 2053㍍。 ずっと右に、戸隠山がある。 雲の中。

10年10月29日 (31)

全体は、こう。 CMに登場したので、私を含め、みんなやってくる。 いい所です。

10年10月29日 (32)

車道を歩いて戻った。 サルがいた。 ※ 熊がいるので、スプレーは持っていた。 だから、怖くない。

10年10月29日 (33)

ここが、そばの実 というお蕎麦屋さん。 お昼時だったので、30分ほど待った。

10年10月29日 (34)  10年10月29日 (35)

信州に来て、初めて蕎麦を食べた。 美味しい。 CMと同じ、ざるそば を食べた。
撮影に使った場所は、写真中央の窓際の小上がり。 お店の人の役も、プロの人。

10年10月29日 (36)  10年10月29日 (40)

また歩いて、車に戻った。 そうしたら、私を待ってる人がいた。
北海道の雄武町出身の方で、今は東京にいる。 戸隠に来て私の車を見つけた。 ブログで私を知っていた。

お蕎麦でも食べようと、神社の石段を下りた。

10年10月29日 (37) 

御馳走していただいた。 ここのお店も美味しい。 
雄武の話し、旅のこと、仕事のことなど、1時間ほど話した。

10年10月29日 (39)

正面から、中社を。

10年10月29日 (38)

戸隠には、魅力がいっぱいある。
土日で暖かかったら、どれだけ人が集まるのだろう。
※ 交通渋滞するので、平日以外は、シャトルバスが走る。

今日のような杉並木は、羽黒山以来だった。

吉永小百合の力はすごい。 松尾芭蕉に似てると思った。


【停泊地】     地図にある、中社の駐車場。 山の上なので、寒い。

【明日の予定】   鬼無里(きなさ)に寄って、白馬村の方に行こうかと。
          天気が良くないので、動きにくい。

【今日の動画】   善光寺のCM。  八戸の横町もCMになった。 動画はない。  ※ 関連ブログ 長横町れんさ街 他

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 6位、 旅行全体で13位 です。 
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
           

スポンサードリンク

 
 
「春風や 牛に引かれて 善光寺」
そう歌われた、善光寺に行ってきた。
雨というのに、たくさんの人が来ていた。

長野市は、善光寺の門前町として、今の大きな町になった。
ちゃんとは、知らなかった。

駐車場から本堂に向かった。 途中に、善光寺資料館。

10年10月28日 (1)

本堂が横から見えた。    場所はここです

10年10月28日 (2)

本堂を離れた所から見たいので、参道を下った。

10年10月28日 (3)

六地蔵があった。
一番右の地蔵の足が、台(蓮台)から足を出している。 
早く、みんなを助けに行きたいという、意志の表れだそう。  ※ 本当は足がしびれた。 そう思う。

10年10月28日 (4)
打ち消し文

三門。

10年10月28日 (5)

本堂を正面から。 国宝。 なぜ国宝なのか。
江戸時代中期を代表する建物とある。 他を探したが、分からない。 大きさは、日本で3番目。

10年10月28日 (6)

宗派がないという。 変わった寺だ。 
でも、そのお陰で、誰でもが行きやすい。 

10年10月28日 (7)

本堂に入る前に、左方面を撮影。 鐘楼が見える。
長野オリンピックの開会を告げる音は、この鐘の音だった。 
全世界に、ゴ~ンって響き渡った。  
※ それを、遠く海の向こうで聞いた男がいた。 次の年、日産の社長になった。 日産は復活した(?)。

10年10月28日 (9)

三門。

10年10月28日 (10)

本堂の中。 中での撮影は出来ない。 

10年10月28日 (11)

ここからの写真は、パンフレットなどの写真。
※ 有難味を増すために撮影させない、理由はそれだけだと、思っている。

本尊は、阿弥陀如来なんだが、見せてはくれない。
その秘仏があるのは正面ではなく、左の方。

寺の説明では、その秘仏は、百済から渡ってきた、日本最古の仏像とある。
そうであれば、国宝か、最低、重要文化財になる。
でも、実際は、どちらにもなっていない。 不思議だ。

本尊は、箱のようなものに入っていて、決められた時間に、ほんの短い時間だけ、カーテンが上がる。
上がる瞬間は見た。   見えるのは、もちろん箱だけ。
私は、その仕掛けを考えたことに、心の中で、すこし笑った。

10年10月28日 (27)

本尊を支える、弥勒菩薩と地蔵菩薩。

10年10月28日 (25)  10年10月28日 (26)

500円払って、メインイベント。 お戒壇めぐり。
ここからもぐって、本尊の下を通る。

真っ暗やみの中を進んだ。 途中壁に鍵があるという。 極楽浄土への鍵だ。
見えないから、壁伝いに歩くしかない。 それでも、暗闇は恐怖。
私の前に、母親と娘さんがいた。 怖くて動けない。
話をしながら、少しづつ進んだ。
鍵らしいものが、見つかった。 お互い教えあった。
これは、言葉で教えるのではなく、相手の手を取って教えるしかない。
私は、久しぶりに、女の人の手に触れた。

その鍵は、紐かなんかで、本尊とつながってるそうだ。 

10年10月28日 (28)

やっと出てきた。
寺の人に聞いた。 あの鍵は開かないのかい、って。
あの鍵を開ける時は、あの世、つまり極楽浄土へ行く時って教えてくれた。
この仕組みは、善光寺本堂の大きな魅力になっていた。

本堂から出たら、親鸞聖人の像があった。 こんな若い表情は、初めて見る。

10年10月28日 (12)  10年10月28日 (13)

寒いから、鳩はふくらんだ。

10年10月28日 (15)

ここは、大勧進。 天台宗。 ここの住職が、善光寺を取り仕切っている

10年10月28日 (17)

びんずつ尊者。 みんななでる。 この人は、この場所をずっと。 
この後、水子地蔵の所に行って。しばらくそこにいた。 手を合わせて。

10年10月28日 (16)

これは、面白いですよ。 宝篋印塔。
誰が造ったか。 それは、義経を支えた、佐藤兄弟の母親。

10年10月28日 (18)

こんな説明。

IMG_1llllppj196

母親は、佐渡おけさで登場している。

pppppkkkkjjjjj.jpg

山頭火も来ていた。 昭和11年に。
「八重桜うつくしく 南無観世音菩薩像」

善光寺には、観世音菩薩像(観音像)はない。
それなのに、山頭火は、どうしてこんな歌を詠んだのか。

それは、日本百観音いわれる、百の寺があって、そこを全部お参りしたら、善光寺に来る習わしがあった。
山頭火は、そのことを知っていたので、この歌を詠んだと思う。

10年10月28日 (19)

小林一茶です。 一茶は、信濃の人。
「春風や 牛に引かれて 善光寺」

10年10月28日 (20)

善光寺の鳩を見て、東くめ という人が、はとぽっぽ の歌を作ったという。  東くめ(Wikipedia)

10年10月28日 (21)

作曲は、滝廉太郎。  鳩ぽっぽ(YouTube)

10年10月28日 (22)

経蔵。

10年10月28日 (8)

撮影するつもりはなかったけど、撮影禁止とあったので、遠くから。

10年10月28日 (23)

石の車を回せば、苦悩から抜け出せるとあった。 何回も回しておいた。

10年10月28日 (24)

さすが、善光寺。 並みの観光地は及ばない。 それほどの人。

一度お参りすれば、極楽浄土へ行けると言う。
でも、行けたかどうかは、あの世に行かなければ分からない。
今の世に、極楽浄土があればいい。

普通に生活できるのが、極楽浄土か。 
友達がいて、お酒が飲めて、健康で。 それ以上望んだら、贅沢だな。

【停泊場所】   戸隠まで、あと7㌔ほど。 山の上の空き地。 ずいぶん登った。

【明日の予定】  戸隠。 吉永小百合のJRの宣伝以来、人でいっぱいだという。(東風さんの情報)
         明日は、9時前には動く。   ここですよ(YouTube)。

【今日の動画】  長野オリンピックと言えば、これしかない。(YouTube)

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 5位、 旅行全体で12位 です。 
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 
小布施は、北信濃有数の観光地だそう。
それは、昔からでなく、最近の町おこしでなったよう。
魅力は何なのか、それを探してみた。

※ 昨晩は、須坂市の東風さんが訪ねてきた。 コメントをいただいた方。
  夕食を御馳走になって、お酒も頂いて、昨夜はぐっすり。

  今日28日は、冷たい雨が、朝から強く降っている。
  歩ける雨ではない。
  晩まで降り続ける予報。

  長野の山奥は雪だそう。 
  寒い。 指宿の1月より、寒い。

  午後から、善光寺の建物の中を見学しましょうか。
  中の写真が撮れなかったら、絵葉書買って。
 
  吉永小百合の戸隠は近いけど、この雨と寒さでは、行きたいけど無理。

上の部分、下の記事が終わったら、削除。


写真を掲載中。

10年10月27日 (1)


10年10月27日 (2)


10年10月27日 (3)


10年10月27日 (4)  10年10月27日 (5)


10年10月27日 (6)


10年10月27日 (7)


10年10月27日 (8)


10年10月27日 (27)


10年10月27日 (9)


10年10月27日 (10)


10年10月27日 (12)


10年10月27日 (11)


10年10月27日 (13)  10年10月27日 (14)


10年10月27日 (15)


10年10月27日 (16)


10年10月27日 (28)


IMG_10pppkk24


10年10月27日 (30)  10年10月27日 (31)


10年10月27日 (18)  


10年10月27日 (17)


10年10月27日 (26)


10年10月27日 (29)


10年10月27日 (19)  10年10月27日 (20)


10年10月27日 (21)


10年10月27日 (22)  10年10月27日 (23)


10年10月27日 (24)


10年10月27日 (25)


10年10月27日 (33)


10年10月27日 (34)


10年10月27日 (32)


【道の駅】

          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
  

スポンサードリンク

 
 
突然の長野県だったので、どう動くかを決めるのに、午前中かかった。
魅力的な町は、近くにあった。
須坂(すざか)市。 信州須坂と呼ばれる。 白壁の蔵の町並み。 

歩いていたら、忠治地蔵という珍しい地蔵があった。 
調べてみたら、ただの地蔵ではなかった。


市営駐車場に車を置いた。 1時間、100円。 良心的だ。  須坂市はここ

下の地図の、黄土色の所を歩く。

IMG_09ppllmmk51

地図の横の通りは、工事中だった。 写真にならない。
でも、この工事に、ここを観光地として良くしようとする、市の意気込みを感じる。

10年10月26日 (2)

感じのいい店が、所々にあった。

10年10月26日 (1)

笠鉾会館というのがあったので、入った。
この町には、祇園祭というお祭りがある。(7月21~25日) ※ 八坂神社と祇園は、このブログに
その時に使う、笠鉾(かさほこ)というものと屋台が展示してあった。

10年10月26日 (3)

京都の祇園祭にあこがれて、この町でも始めた。
※ 京都の祇園祭は、八坂神社のお祭り。 祇園は、八坂神社の前にある。

これは、屋台の一部。

10年10月26日 (4)

2階から見た。 まるいのが、笠鉾。

10年10月26日 (8)

これは遊び。 1階を見物してる時、この人の足が屋台の下から見えた。 誰かいるかと思って驚いた。

10年10月26日 (9)

この町の祇園祭は、墨坂神社のお祭り。 2階の窓から、神社が見えた。

10年10月26日 (6) 

芝宮神社とも。 さらに、通称は八幡神社とも。 ※ 祭神がいくつかあるから、複数の呼ばれ方があるのか。

10年10月26日 (7)

3階に、布を染めるための型紙があった。
この町は、東風さんのコメントにもありますが、製糸で栄えた町。

10年10月26日 (10)

いいデザイン。 こういうのを見るのも飽きない。

10年10月26日 (11)

人形に、染めた衣装を着せていた。 ドキッとする表情の人形に会いたい。

10年10月26日 (12)

1階です。 洗練されている。 いいですね。

10年10月26日 (5)

工事区間を過ぎた。

10年10月26日 (13)

この通りは、伝建地区にはなっていない。
家の建て替えが進み、家並みの価値に気付いた時は、遅かった。 そう思う。
ここ須坂市は、道も鉄道も東西南北から来ており、交通の要衝。
経済が発展した時代、取り残されなかったので、ある面、仕方ないか。

地図のたて通り。 よくなってきた。

10年10月26日 (14)

古くて傷んでいる。 でもよく今の時代まで持ちこたえた。 お疲れさまと言いたい。

10年10月26日 (15)

商人の町なので、それに関わる店が多い。

10年10月26日 (16)

酒蔵ですね。

10年10月26日 (17)

いい感じです。 

10年10月26日 (18)

新酒が出来た合図でしょうか。

10年10月26日 (20)

上の建物の側に、奥田神社があった。
ここには、昔、須坂藩の建物(館)があった。
須坂藩は、幕末、明治政府側に付いたので、生き残った。 ある時期ここは、須坂県だった。(後に長野県に)

田中角栄元首相の、通称「目白御殿」は、須坂藩の江戸屋敷跡に建てられたものだった。
建築時に田中角栄が、この奥田神社に参拝に訪れている。  ※ 関連ブログ 田中角栄の故郷

10年10月26日 (19)


いい町並みが続く。 
個人の新しい家も、蔵のデザインにしている。
これはいいと思う。 優れた建築家に、流行の家を建ててもらっても、そのデザインは直ぐに古くなる。

10年10月26日 (21)

北向観音。 
戦国時代の武将福島正則の屋敷が、近くの高山村にあった。 
正則は、その屋敷の門を、ここに寄付した。

10年10月26日 (22)

門のそばに、忠治地蔵があった。

10年10月26日 (23)

笠をかぶって、木枯し紋次郎のよう。

10年10月26日 (24)

説明はこう。

IMG_0ppppl907

どんな「ゆかり」なのかが、分からない。 でも、忠治に関する詳しい資料にあった。

忠治には、野沢温泉に妾(めかけ)がいた。 名前は、畔上つま。 ※ あぜかみ と読むのか。
忠治は41歳の時に、捕まった。
そして、今の群馬県の吾妻町にあった大戸関所で、磔の刑になった。

そのことは、野沢温泉にいる、畔上つま に伝わった。
彼女は、忠治が死んだ3日後に、草津温泉に、忠治地蔵を建てた。      ※ 関連ブログ 野沢温泉他

その地蔵が、何らかの理由で、今はここにある。  ※ 理由は分からない。

下の写真は、田中本家博物館。 写真の撮影は出来ないので、入らなかった。

10年10月26日 (25)

普願寺大門。 石の積み方は、丸石つみ と言うそう。 少し削っている。

10年10月26日 (26)

変わった建物が見えてきた。

10年10月26日 (27)

八角太鼓桜。 いいですね。

10年10月26日 (28)

昔はここで太鼓を鳴らした。 法要を始める時間になったら、信徒への合図で。

10年10月26日 (29)

今は、太鼓を降ろしている。

10年10月26日 (30)

八角形だが、正八角形ではないのが分かる。

10年10月26日 (31)

脇道に入った。 右の家に、こて絵があった。

10年10月26日 (32)

鯛のこて絵。 左官職人が、こて(鏝)を使って、浮彫のように壁に模様をつくった。
こて はこんな道具。     ※ こて絵は、このブログに

pppppprrr.jpg

10年10月26日 (33)

墨坂神社を通って、戻った。

10年10月26日 (34)

今日は、寒かったですね。 急に。
1ヶ月ほど前、夏のように暑かった。 夏から冬になった。 ちょうどいい日が、短い。 

手袋をはいて、冬の格好で歩いた。
寒さは、関係なくなる。

須坂市は、10年後の自分の街を、どんな風にイメージしているのでしょう。
発展のカギは、成功している町から学ぶこと。
そして、その上に、どこにもないアイディアを、積み重ねること。

いつか、何が変わったかを見に、もう一度来てみたいですね。

【道の駅】    オアシスおぶせ 

         
大きな地図で見る  

【明日の予定】  この近くでしょうか。

【今日の歌】   氷雨です。(画像をクリック)  急に寒くなって、雨も冷たい。
         紅白で歌ったこの時のは、いい。
   
         defaultCACZBE8Cpp.jpg  

         氷雨は、本田美奈子も上手だ。
         彼女は、愛の終着駅を歌っている。 これはいい。
         須坂駅は、長野電鉄 屋代線の、終着駅。 それで、この曲。

         愛の終着駅(YouTube)   愛の執着駅ではない。        

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 4位、 旅行全体で10位 です。 放浪の旅は、36位。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 
秋山郷には、平家の落人伝説がある。
昭和の初め、この地を測量隊が訪れた。
村人から「源氏はまだ栄えているか?」と尋ねられた。

これが、逸話だったとしても、こんな話が生まれる程の秘境だった。
新潟側からも長野側からも隔絶され、自給自足の生活をしていた。

今でも、そこへの道は、深い谷の斜面にあるため、両側1車線以上の道はつくれない。
国道と言っても、舗装してある林道と同じだった。

秋山郷は、新潟県と長野県にまたがっていて、下の○の中。

kkppooi.jpg

国道405。 昨日も405。
道は、ヘビのよう。  動物を飲み込んだ所が太くなり、そこで、車はすれ違える。
カーブには鏡がある。 相手に分かりやすいように、ライトをつけて走った。

10年10月25日 (1)

ここは、へいけ茶屋。 新潟県側の一番奥。 ここを過ぎたら、長野県。
峠を越えるわけではなく、同じ川(中津川)の上流が、隣の県。
だから、秋山郷の一番奥も、新潟県の奥という感じがする。
国道も、新潟県側からしかない。 秋山郷の奥で、国道も終わり。

10年10月25日 (3)

茶屋の駐車場に車を停めたので、キノコ汁を食べた。

前倉橋。 中津川渓谷が続く。

10年10月25日 (2)

長野県に入ってすぐ。 県境に滝がある。

10年10月25日 (10)

じゃぶちのたき。

10年10月25日 (9)

名前の由来を、一応紹介。

  その昔、熊獲り名人が熊を追ってやってきた。
  川にかけられた丸太の橋を渡った。
  渡り終えて、後ろを振り向いた。
  ところが、丸太と思ったのは、丸太でなく大蛇だった。

淵は、深い所だから、滝壺に近い所か。

10年10月25日 (4)

いい紅葉になりそう。

10年10月25日 (5)

上の方の、オレンジの○から、滝はスタートしている。
滝壺が、3つ見える。 高さは15㍍なんだが、もっと高いのではないかな。

10年10月25日 (6)pp

滝から少し走った栄村の集落に、二十三夜塔があった。 ※ 関連ブログ 二十三夜待ち

二十三夜塔の隣は、庚申塔。  庚申塔(Wikipedia)    昔は、不思議な行事があった。 みんな信心深かった。

10年10月25日 (11)

この集落の近くの谷底に、大きな集落があった。 
そこに、昔、大秋山と呼ばれる集落があった。 秋山郷の名前の由来。
平家の落人は、南の草津側から、この辺りに逃げてきたようだ。(伝説)
落人というか残党の中心は、平勝秀という人物だが、この人がどういう人かは分からない。

上の集落の写真。(Wikipedia から)

sakaemura.jpg

疲れる運転が続いて、やっと終点の、切明(きりあけ)温泉に着いた。

10年10月25日 (12)

雄川閣(ゆうせんかく)という温泉旅館。

10年10月25日 (24)


大きな地図で見る

これが、面白そう。

10年10月25日 (22)

橋を渡って行くのだが、間違って、こっちの橋を渡った。 スコップは、旅館で貸してくれた。

10年10月25日 (13)

あの吊橋を渡ればよかった。

10年10月25日 (14)

反対側の橋の下に、別のホテルが。 

10年10月25日 (25)

温泉は、川が右に曲がったすぐの所に。
この写真は、吊橋から撮影。 
この時、女のひとが3人通った。(40代) 
私が掘るから、入らないかい、と言ったが、恥ずかしいって、笑ってお終い。

10年10月25日 (21)

ここです。 河原に掘った跡がいっぱい。 人もいっぱい。

10年10月25日 (15)

ここは、熱くて入れない。

10年10月25日 (16)

黄色の○の所を掘ることにした。

10年10月25日 (17)

出来た。 まだ、少しに濁っている。
小さいので足湯。 「アッカムイの足湯」と、名付けた。

10年10月25日 (18)

少しぬるいが、気持ちいい。 人は、誰もいなくなった。

10年10月25日 (19)

遊びで、小さな小さな温泉。 これは、指湯。
最近、右手の人差指に、力が入らない。 温泉で、いつもマッサージ。
人差し指は、後ろ指を指す時に使う、大事な指。

10年10月25日 (20)

戻って、雄川閣の温泉に入った。 湯船からお湯は、あふれ出ている。

DSC00998ppllkkl

ここにも足湯が。 一人で入っても、出会いの足湯にはならない。

10年10月25日 (23)

元来た道を戻ることにしていた。 
雄川閣で、林道を通って長野側に抜けれることが分かった。
一晩ここに停泊したかったが、雨が降り続いている。
土砂崩れがおっかない。
山の土が、水を満タンに含む前に動くことにした。

林道の割には、走りやすい。  正面に滝。

10年10月25日 (27)

紅葉だ。

10年10月25日 (26)

車の後ろに着いた。 走りやすい。 前の車が、露払い。 

10年10月25日 (28)

1時間以上走って、やっと家が見えた。

10年10月25日 (29)

中野市。 長野市の市街地まで、20㌔程。 そういう場所に来ている。

10年10月25日 (30)

放浪の旅の中で、今日が一番の秘境だったように思う。
今でも、冬は陸の孤島だ。

他との交流がない時代、若者はどんな青春時代を過したのでしょうね。
娘ざかりに、女の子たちは、ちゃんと化粧をできたのか。
何を楽しみに生きたのか、そんなことも、知りたいかな。

【道の駅】   北信州やまのうち        
      
大きな地図で見る

【明日の予定】   まだ調べていない。  

【今日の歌】    秋冬(YouTube)  木枯らしの情報が入ってkました。 季節の変わり目です。            

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 4位、 旅行全体で10位 です。 放浪の旅は、39位。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 
今はまだ秋だから、もちろん雪はない。
でも、今いる所の近くで、以前、7㍍85㌢積った。
雪は屋根より上なので、雪下ろしは出来ない。

今日は、林道のような国道を走った。
何十キロも走ったが、すれ違った車は数台。
こういう道は大好き。 たくさんの棚田に出会った。

走った道は、国道405。 ナビは、竜ヶ窪に設定。
冬は雪が多いから、孤立するような山の中。
ここは、やっと家が見えて、8件程の集落。 茅葺の家がある。

10年10月24日 (2)

上の写真の右奥に見える建物。

10年10月24日 (1)

こんな道。 不安のない道。

10年10月24日 (3)

棚田があった。 まだ、上越市と思う。

10年10月24日 (4)

はっきりしないが、十日町市に入ったか。 棚田はあっても、家は全くない。
 ※ 十日町市は、どうして、町と市が2つ付いているのでしょう。 元々は、十日町だったのに。
   いつの日か、人口が減って村になったら、十日町市村になる。

10年10月24日 (5)

木に、木の棒が縛り付けてあった。 どういう意味か?

10年10月24日 (6)

遠くの山並。 峠の頂上に近い。

10年10月24日 (7)

ここは、留守原の棚田。 茅葺の小屋が見える。 十日町市に入っている。

10年10月24日 (8)

場所はここ。  ※ この地図は動かない。 

無題rusuhara

十日町に入ると何が変わるかというと、米の呼び名が変わる。 
魚沼産コシヒカリに。 名前が違っただけで、値段も変わる。
十日町は昔、中魚沼郡だった。

※ 魚沼地方とは、旧越後国魚沼郡、明治以降の南魚沼郡・中魚沼郡・北魚沼郡の範囲を言う。
  現在の魚沼市・南魚沼市・小千谷市・十日町市・南魚沼郡湯沢町・中魚沼郡津南町・北魚沼郡川口町あたり。

魚沼産コシヒカリの生産では、温暖化で困っている。
この棚田のある所は、標高が高い。 きっと美味しいコシヒカリが収穫できる。

10年10月24日 (9)

こんな道。 黄色の丸は道。 直ぐに折り返してくる。

10年10月24日 (10)bbb

津南駅に着いた。 駅に温泉がある。

10年10月24日 (11)

津南駅の3つ西隣に、森宮野原駅がある。 
昔、7㍍85㌢の雪が積もった。 JR日本最高積雪地点を示す標柱がある。 昨年通った。

竜ヶ窪は、下の地図。


大きな地図で見る

池は、駐車場から200㍍ほど歩く。 
神社があった。 祭神は、池の竜神。

10年10月24日 (12)

ここの池は、豊富な湧水の池。 池がちゃんと見えない。

10年10月24日 (13)

いくつか伝説があった。 これが面白い。
雨乞いする人は、お酒を持ってきて、水を持って帰る。 そうすれば、雨が降る。
これを考えた人は、お酒の好きな人。

※ 神社は、お賽銭をあげてお参りしたら願いが叶うとした。
  これを思いついた人は、賢い。
  上の伝説の考えは、お賽銭の考えと同じかな。

10年10月24日 (14)

池の奥に向かった。 途中で広く見えた。 水底に水草があるので、水が緑色。

10年10月24日 (15)

いい色だ。

10年10月24日 (16)

水も空気もきれい。

10年10月24日 (17)

木の隙間から、このように。 今回の池の写真では、これが好きかな。

10年10月24日 (18)

祠があった。 池の一番奥。

10年10月24日 (19)

ここでは、この2ヶ所から水が湧いていた。 全体の湧水地点は、10数カ所だそう。

10年10月24日 (20)

風景は、あまりよくない。 どうして、このままにしておくのか。

10年10月24日 (21)

こんな道を歩くのは、いいですよ。

10年10月24日 (22)

観察地点から。 魚を探したが見つからない。 いることになっている。

10年10月24日 (23)

水が飲める場所があった。 
小さな男の子がいて、手で飲みたいと母親に言った。 めんこい手です。

10年10月24日 (25)

ボトルを2つ買って、水を入れた。 このボトルは、水がきれいに見える。

10年10月24日 (26)

駐車場の看板に、ここには、カワマスがいるとあった。

10年10月24日 (27)

カワマス。 Wikipediaから。 説明に、上高地の竜神池にもいるとあった。

200px-Brook_Trout_Salvelinus_fontinalis_2900px.jpg

ブログを調べてみたら、写真があった。 この時は、名前がはっきりしなかった。

20100621223808370pp.jpg

※ 関連ブログ  上高地 他

ここは、竜ヶ窪温泉「竜神の館」。 池の近く。 左では、果物や野菜が売っていた。 安い。

10年10月24日 (28)

ここは、小さな集落。

10年10月24日 (29)

リンゴも梨も、大きかった。 カボチャは、飾る。

10年10月24日 (30)

秋山郷までは、時間がなく行けなかった。
今日は、新潟県の山中を走りまわった。 そんな一日だった。

夜、竜ヶ窪の水で、ウィスキーを飲んだ。

【停泊場所】   竜ヶ窪の駐車場  管理人さんに了解をもらった。
         池は、真ん中に見える道を行く。  

10年10月24日 (24)

【今日の予定】  秋山郷の最奥まで。

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 4位、 旅行全体で10位 です。 放浪の旅は、37位。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
           

スポンサードリンク

 
 
城跡に、石垣がなかった。
山の斜面が急なので、必要なかったのか。
そういう面があるので、城跡の美しさは、特別ではなかった。 

ところが、謙信や兼続が大河ドラマに登場しているので、歴史の舞台を歩いている感じがした。
だから、退屈はしなかった。 
  
   ※ 今日は、関鉄之介が捕まった日ですね。
     映画について書きたい部分はあるのだけど、あの日のブログは、まだ写真だけ。
   ※ 予告編を
     もし、鉄之介が関川村の高瀬温泉で捕まっていなかったら、北海道に渡っていた。
     力を貯めて、今が時と思う日を待つことにしていた。
     
春日山城跡は、上越市街地の西側にあった。  ここです

                   10年10月23日 (21)
10年10月23日 (22)

上の図も下の図も、山は棚田のようになっている。

10年10月23日 (23)

城のある山は、元々春日山。 それで、春日山城になった。
また、山の麓に春日神社がある。 山の名前は、この神社から。 春日神社の本社は、奈良の春日大社。

駐車場の近くに、春日山神社がある。 上とは別の神社で、謙信を祀っている。

10年10月23日 (1)

城自体は南北朝時代からあったが、今の大きさになったのは、謙信の父の為景、謙信、景勝の時代に。

こんな道を登った。

10年10月23日 (2)

春日山城が活躍したのは、1500年代。 景勝が会津に移るまで。

このように、平らな所が多くある。 ここには、千貫門という門があった。 

10年10月23日 (3)

右に曲がって、直江屋敷跡。

10年10月23日 (4)

直江屋敷跡。

10年10月23日 (5)

直江兼続の出世のカギは、お船(おせん)の婿になったことだった。
お船の父は、謙信の重臣。 
また、兼続は、謙信の姉の仙桃院に大事にされた。 
仙桃院の子どもが、影勝。 兼続は景勝に仕えることになる。

10年10月23日 (6)

毘沙門堂が見えてきた。 このお堂は、昔の毘沙門堂の跡に建てた。
お堂の中に毘沙門天が祀ってあり、謙信は、戦いの前にここに来た。

10年10月23日 (7)

毘沙門天像は景勝が会津に持っていくが、火事で傷んだ。
その像は、昭和に入って修復された。 ここにある像の胎内に、元々の像の一部が入っている。

10年10月23日 (8) IMG_0444kkk

八合目くらいの高さに来たら、上越市の市街地が見えてきた。

10年10月23日 (9)

護摩堂が右に。 謙信は出陣前には、ここに籠って戦勝を祈願した。 昔は、右上に建物はあった。

10年10月23日 (10)

ここが一番高い。 本丸跡。 天守を持った建物はなかった。

10年10月23日 (11)

上越市街地。 ※ 直江津市と高田市が合併して、上越市。

10年10月23日 (13)

直江津港。
この港を開いたのは、直江兼続。 それで、直江津と呼ばれるようになった。 津は港の意味。
                  (※ もしかしてと疑って調べてみたら、兼続と関係があった)

10年10月23日 (12)

本丸跡のとなり。 天守台と呼ばれる。

10年10月23日 (14)

天守台の直ぐ下に、井戸があった。 山の頂上から、10㍍程しか下ってない。 
水面が見える。 こんな場所に水が湧くなんて不思議だ。 普通は、深い井戸を掘る。

10年10月23日 (15)

景勝の屋敷跡。 
景勝は、関ヶ原で初め西軍に付いたため、米沢30万石の小さな大名になってしまった。
   ※ その前は、会津120万石の大名。 1598年に、秀吉の命で会津に移っている。
でも、米沢藩の藩政確立に力を尽くした。 そんなことがあって、悪く言われない。

10年10月23日 (16)

この道を通って戻ったのだが、山の下におりてしまった。 延々と歩いた。

10年10月23日 (17)

ここに出た。 

10年10月23日 (18)  10年10月23日 (19)

再び山に登って、春日山神社の近くに。 

10年10月23日 (20)

ここを行くと神社。

10年10月23日 (24)

山の下の、埋蔵文化財センターで、「謙信公と春日山城展」があった。

左から、兼続、謙信、景勝の鎧。 本物。

10年10月23日 (25)

謙信は、義と共に生きた。 これは、川中島で信玄を襲った時か。 信玄は鉄の軍配で受けた。

10年10月23日 (26)

大河ドラマのセットを再現。

10年10月23日 (27)

上の写真の左の衣装は、阿部寛扮する謙信が着ていたもの。

10年10月23日 (28)

実際にあったんでしょうね。

10年10月23日 (29)

この植物が、外にあった。 この植物から採った繊維が、青苧(あおそ)。 麻と同じ。 
越後上布がつくられ、小千谷縮も青苧から。 

10年10月23日 (30)

今日は、城跡を歩きながら、歴史の舞台を歩いた感じかな。
春日城跡は、自然豊かなので、6月頃に登ったら、花もいっぱいあって楽しく散策できそう。

※ 今まで行った城跡で、石垣のきれいだった所を紹介しますね。
              竹田城跡    岡城阯

【道の駅】   雪のふるさと やすづか   ここです

【明日の予定】  ここまで来たら、秘境秋山郷に向かわないとダメかなと。 

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【今日の歌】   愛しのナポリタン(YouTube)   久しぶり。 東山紀之が結婚したので。

【ランキング】  国内旅行は 4位、 旅行全体で10位 です。 放浪の旅は、37位。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 
十日町市の松代(まつだい)の道の駅にいるが、この町を歩ける地図がない。
それでも、歩いてみることにした。
何かがあると思って。  松代はここ。   私鉄の駅と道の駅が一緒になっている。 

鉄道の名前は、ほくほく線。
線路の敷設が、国鉄 北越北線として始まったため、公募でこの名前になった。

10年10月22日 (1)  10年10月22日 (2)

ほくほく線は、犀潟(さいがた)と十日町の間。 59.5㌔。
山の中なのに、小さなカーブがない。 線路が真っ直ぐ。
秘密は、ほとんど、トンネルの中。 駅が12あって、駅が近づいたら、列車はトンネルから顔を出す。
トンネルは14あって、総延長は約40㌔。 全体の3分の2。

私鉄(第3セクター)だけど、大幅な黒字。
特急「はくたか」が走っている。
富山・石川方面から東京へ最短時間で行くには、この線路を使うことになる。

のんびりとした普通列車も走っている。
特急が追い越せるように、トンネルの中にも、普通列車が除ける場所がある。

無題ppppmmk

畑に、変わった作品が展示してある。 アートっていう感じ。
建物の中にも、レストランや何かがある。 全体が能舞台と呼ばれる。 ※ 建物には行ってない。

10年10月22日 (3)

山の上には、小さなお城。(新しい)  これから、そこに行く。

10年10月22日 (4)

山道を登って行くと、こんな作品が。 たくさんある。
これが芸術なら、何でも芸術になると思った。

10年10月22日 (5)  10年10月22日 (6)

松代の中心街が見えてきた。

10年10月22日 (7)

こんな道を。 この辺りには棚田があって、一番高い所に来た。

10年10月22日 (8)  10年10月22日 (9)

名前が分からない。 ※ 鳥の図鑑はあるのだが、どこかに行った。

10年10月22日 (10)

地図があった。 こんな所を散歩している。 

10年10月22日 (11)

頂上まであと少し。

10年10月22日 (12)

谷間の田んぼは、どこも棚田。 棚田の散策地図は、道の駅にあった。 大まかなその地図で歩いている。

10年10月22日 (13)

お城に着いた。 本物の石垣ではなかった。

10年10月22日 (14)

城の中も、全部がアート。 こんな感じ。 金色に塗装したものが、壁全体にくっ付いていた。
こういう建物は、少なくとも、資料館にしてほしい。
窓がなく、濁った空気を吸うのはつらい。

10年10月22日 (15)  10年10月22日 (17) 

10年10月22日 (19)

何とか屋上に出て、この風景。

10年10月22日 (18)

城は下の方で、オレンジの所を、時計回りで歩いてる。 
上の方に、松之山街道。 この時点では、街道はどこを通っているか分かっていない。

10年10月22日 (37)

これは、謙信が松代を通った時の図。 水を飲んでいるのか。

10年10月22日 (16)

松之山街道は、稲田から塩沢まで。 
謙信が関東に出陣の時は、松之山街道を通って、三国街道に出た。 ※ 三国街道は、高崎で中山道に合流する。
謙信の書いた文書に、こんなのがある。
 「春日山をたち、松代・塩沢を経て三国峠を越え、沼田に着く」
この道は、謙信道とも呼ばれ、松代は中継地だった。

※ 道筋は部分的には分かったが、全体が正確に分からない。 
  地図の道は、おおざっぱ。 街道の地図が見つかったら、書きなおす。

pp00989ppkkkppp

こんな道を下る。

10年10月22日 (20)

紅葉のようには、どの植物も美しくは終われない。

10年10月22日 (21)

大根はまだ元気。 大根は冷蔵庫にいつもある。 
包丁で切ることはない、ハサミで。 薄く切って味噌汁に。 時々、生のままで食べる。 あまい。

10年10月22日 (22)

畑の後始末。

10年10月22日 (23)

道の名前も「ほくほく」だった。

10年10月22日 (24)

この道は、バイパス。 商店街のあるほくほく通りは、1本山側。

10年10月22日 (25)

昔、泊まる所を宿駅(しゅくえき)と言った。

10年10月22日 (26)

旧道。 昔ながらの家並み。

10年10月22日 (28)

山側に入ると、玉石の石垣があった。 この石垣は、この町の特徴。

10年10月22日 (27)

道端に、水琴窟。 1滴でなく、多めの水が落ちていた。
パキ~ンではないが、甕の中で響いていた。 チョビ~ンかな。

10年10月22日 (29)  10年10月22日 (30)

この地方では、このような板張りの家が目立つ。

10年10月22日 (32)

豪雪地帯。 重い雪がこんなにも降ったら大変。 除雪機が強くないと、雪は飛ばないのではないか。

10年10月22日 (33)

突き当たった辺りで右に曲がったら、道の駅がある。 
この辺りから、100㍍程左に行ったら、松之山街道はあった。 知らなかった。

10年10月22日 (34)

里芋が干してある。

10年10月22日 (35)

夕暮れが早い。 少し前、高校生が汽車に乗り込んだ。

10年10月22日 (36)

上杉謙信が、どの道を動いていたかは、今まで分からなかった。
それが、今日分かった。
松代は、昔も今も、交通の要衝としての地だった。

【道の駅】   まつだいふるさと会館

【明日の予定】  西に動きます。 古道を歩くか、上越市に一気に行くかも。

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
    8,9月分だけ、タイトル一覧表が出来ています。

【ランキング】  国内旅行は 4位、 旅行全体で8位 です。 放浪の旅は、30位。
          
            記事は役立ったでしょうか。
            気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
                     ※ クリックするバナーは、下のです。 
                   
              ありがとう!!

                   ※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
            

スポンサードリンク

 
 

openclose

04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09 

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


09 | 2010/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -


-天気予報コム- -FC2-

現在の閲覧者数:

名前:
メール:
件名:
本文:

QR

気に入った所がありましたら、よろしく。