キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

紀伊半島の山深い所にいる。
和歌山市を離れてから、コンビニはずっと見ていない。

今日歩いたところも、小さな村。
印は北山村。
飛地になってる和歌山県。

途中、熊野本宮大社と瀞八丁(どろはっちょう)を通って。
    ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に)

紀伊半島の山は深いから、修験道が発達したのかな。

s-18年3月15日 (1)

林道のような国道もいっぱい。 大変。   3つの県が入り混じっている。

s-18年3月15日 (2)

熊野本宮大社。   ※ 写真は、13日に買い物に出たとき撮っていた。

s-18年3月15日 (14)

石段の参道を登って。

s-18年3月15日 (12)

右の神門を行くと、本殿。  左に黎明(れいめい)殿。

s-18年3月15日 (3)

黎明殿。   狛犬の所に、八咫烏(やたがらす)。

s-18年3月15日 (4)

神様の使いの鳥。

s-18年3月15日 (5)    s-18年3月15日 (9)

今年は戌年か。 漫画の流れ星銀の犬みたい。  紀州犬が知られていますね。

s-18年3月15日 (6)

神門を抜けて。

s-18年3月15日 (7)    s-18年3月15日 (8)

本殿。

s-18年3月15日 (10)

八咫烏の八咫坊を買った。 アッカムイ神社に仲間入り。

s-18年3月15日 (11)    s-18年3月15日 (13)

河原の方に5分ほど歩いた。  大きな鳥居。  人が小さい。

本宮は、元々はこっちにあった。  それで、この奥に石の祠のようなのがある。

s-18年3月15日 (15)

熊野川は、暴れ川。  流されて今の高台に。

s-18年3月15日 (16)

こんな雰囲気。 

s-18年3月15日 (17)

国道169を北に向かった。  ※ 14日の午後。
瀞峡(どろきょう)。    深い峡谷。

s-18年3月15日 (18)

下が北。  3つの県境。   今は奈良県にいる。

s-18年3月15日 (19)

切り立った崖の下に。

s-18年3月15日 (20)

案内図とかは無い。  遊歩道を行ってみる。

s-18年3月15日 (26)

吊橋に来た。  渡ったら三重県。 2人いる。 

s-18年3月15日 (21)

向こうから来た。  観光船に乗れるよう。  ※ 観光地としては荒れている。

s-18年3月15日 (22)

なかなかの風景。 旅館は毎日はやってない。

s-18年3月15日 (23)

さっきの2人が、端っこに来て度胸試し。  自分も真似した。

s-18年3月15日 (24)

橋のたもとに家があって、人が住んでいた。

s-18年3月15日 (25)

国道169は、時々1.5車線に。 不安なく走れる道。 (バスの運転手はいやがるか)
14日の夕方、北山村に着いた。

  ※ ずっと昔は、北山村は飛地でなく、繋がっていた。  川沿いに。
    木材を流す。 紀州藩の木材として。

    ところが、十津川村が今の和歌山県に入り込んできた。
    つまり、和歌山県の一部の地域が、十津川村になった。

    どうして、そうなったか。
    十津川村は、江戸時代、厳しい土地なので税が免除。 それがあって。
     (十津川村は、時の権力者には、何かあったら協力。)

s-18年3月15日 (33)

筏(いかだ)。

s-18年3月15日 (34)    s-18年3月15日 (35)

散歩していたら、人がいた。
お店はどこに、とか聞いた。  いろんな話をした。

お酒を飲むことになった。  (この後自分は買いに行く)

s-18年3月15日 (27)

上の写真の作業場に、シカの頭蓋骨。  中間に、クマのがある。
ここの人は、今はハンターでも。 シカは、罠でもつかまえる。  イノシシも。

s-18年3月15日 (28)

筏はこのように。  観光かな。   スリルがある。

s-18年3月15日 (29)

シカ肉の燻製。  美味しい肉。 臭みは全くない。

レモンのようなのは、じゃばら。  ※ 意味は、邪を払うのよう。
花粉症にそれなりに効くと分かって、全国販売。  大きな収益。

お酒は、ビールと焼酎。  3人で。 ※ ここのご主人の友達も。

s-18年3月15日 (30)

2時間ほど飲んだでしょうか。  下から、今日。

別の小屋にボート。   ラフティングに使う。  村の備品。

s-18年3月15日 (31)    s-18年3月15日 (32)

小さなコンビニがある。   酒・タバコは無い。

s-18年3月15日 (36)

村を散策。   ツチノコならいいのに。
昔は話題になることがあったよう。

s-18年3月15日 (37)

隣にダム湖。

s-18年3月15日 (38)

キャンプ場。

s-18年3月15日 (39)

桜は間もなく。   例年より早い。  
京都の桜は、3月の末には満開になりそう。  あと2週間。 

s-18年3月15日 (40)

吊橋。  1㌧までの車は通れる。

s-18年3月15日 (41)

ダムが出来る時に、道の駅などが整備されたのでしょうか。

s-18年3月15日 (42)

三重県に来た。 紀和町。  2005年に熊野市と合併。 今は熊野市。

s-18年3月15日 (43)

10分ほど歩いたけど、村をちゃんとは見渡せなかった。

s-18年3月15日 (44)

戻って来た。

s-18年3月15日 (45)

高台にきた。

s-18年3月15日 (46)

どこの家も、見晴らしがいい。

s-18年3月15日 (47)

おひな様のように家が並ぶ。

s-18年3月15日 (48)

一番上に来た。  見福寺。

s-18年3月15日 (50)

古い歴史。  宝篋印塔は、墓地内にも。  

s-18年3月15日 (49)

これだ。  室町時代の物。  

s-18年3月15日 (51)

適当な道を戻った。

s-18年3月15日 (52)

猟の季節は終わって、これからは山菜の時期だという。
季節を楽しみながら暮らしているように、見えた。

いつかまた、北山村に来ます。   秋がいいですね。

【道の駅】   吉野路上北山

【明日の予定】    上北山村を。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
                         (2008年4月~2010年9月までの
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 ※ プロフィール・・・。 ⇒  ppkkpkk44xxx.jpg  2015021215202259f_20150219173812c9f.jpg  今までの記事には、この2枚だけ。

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旧安諦(あで)村の地図が、道の駅あらぎの里にあった。
それで、見学することに。

そうしたら、そこは紀子様の先祖の地と分かった。
面白さがプラスされたでしょうか。

少しずつ、有田(ありだ)川の上流に向かっている。
源流に近づいたら、そこは高野山。
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紀伊半島の山の中には、人の少ない所がある。
そこの国道は、林道と同じ。

うっかり入り込んだら、大変。

四国にも似た所が。  九州は、道の改善がハイピッチ。

s-18年3月11日 (1)

高野山から熊野本宮に向かう熊野古道は、小辺路(こへち)と呼ばれる。
その中に、絶景のポイントがある。

果無(はてなし)集落。  天空の郷と呼ばれる。
そこに行きたい。   明日の夕方には、近くまで。

横断する便利な道は無い。  天川村にも行きたい。  今回行けるか。
×の部分は、自分の車は通れない。

s-18年3月11日 (2)

印を見学。  赤〇に停泊。  

  ※ かつらぎ町は北の方に長い。  北の方の隣に、九度山町がある。
       九度山は、真田昌幸と信繁が上田を夢見て暮らした土地。 住居跡に今は・・。~九度山町~ 他 (2016/10/4)
    
s-18年3月11日 (3)

旧安諦(あで)村の中心街。  今は、有田川町板尾。   時計回りで動く。

s-18年3月11日 (4)

家並の手前に、空き地があった。   そこに車。

s-18年3月11日 (8)

有田川。  まだ水量は豊富。

s-18年3月11日 (9)

こんな所を。

s-18年3月11日 (7)

左はバイパス。   右は旧道。  手前の平屋の家は、有田川町の役場の支所。

s-18年3月11日 (10)

ここから左に。   阿弥陀堂がある。

少し前まで、地域の女性の方と話していた。
最後に、紀子様のひいおじいちゃんは、安諦(あで)の出身ですよねと聞いた。

そうですよと。
子孫の方が今も住んでいて、場所を教えてくれた。

この後、家の前を通った。
 ※ ここですとは、ここでは書けないですね。

s-18年3月11日 (11)    s-18年3月11日 (12)

紀子様の旧姓は川嶋。

曽祖父(そうそふ・ひいおじいちゃん)の名前は、川嶋庄一郎。 
Wikipediaでは下のように。  要約。

    1870年(明治3年)4月14日、和歌山県有田郡山保田組板尾村(現・有田川町)の農業・松浦平吉( - 1876年)の
    三男として生れた。

      ※ 板尾村は、明治の中頃合併して、安諦(あで)村に。

    幼名は力松。 (松浦力松)

    1876年(明治9年)3月16日に父の平吉が亡くなり、一家は貧しい生活を強いられ苦労するが、
    力松は二人の兄とともに母をよく助けた。

    また、寺子屋で一度習ったことは二度と忘れなかったことから「袋耳」の異名があった。    

    地元の開明小学校(現・有田川町立安諦小学校)を卒業後和歌山県師範学校に進み、1889年(明治22年)
    学力操行共に優等を以て卒業する。

    その後東京高等師範学校に入学するが、その優秀さが、跡取りを探していた和歌山市本町8丁の資産家で地主の
    川嶋庄右衛門の目に留まった。

    松浦力松は、東京高等師範学校卒業直前の1894年(明治27年)3月、川嶋家の婿養子となるに当たって、当主の
    庄右衛門の一字をとって庄一郎と改名し、同月25日に庄右衛門の長女・志まと結婚した。

この地に生まれ育ち、この地の小学校にと、分かりますね。

川嶋家に婿養子に入り結婚。 
紀子様は、川嶋庄一郎(松浦平吉)のひ孫になります。

※ 松浦の名前を忘れないで。 最後に出て来ます。(表札でなく)

この道を行って右に。   家の前の雰囲気がいい。きっと、景色もいい。

s-18年3月11日 (13)    s-18年3月11日 (14)

※ 川嶋庄一郎の写真は見つからない。
  子供の、川嶋孝彦の写真はある。Kawashima_Takahiko.jpg  紀子様のおじいちゃん。(Wikpedia)

紀子様は、結婚する前この地に来ている。(先ほど教えていただいた)

登った左に阿弥陀堂。  つまさき上りの坂。 (今日の歌は決まった)

s-18年3月11日 (15)

この道を上がってきた。   いい風景がいっぱい。

  ※ 紀子様も見た風景。  心に焼き付いたでしょうね。

子供たちが走り回っている。  4名いる。

s-18年3月11日 (16)

向こうに阿弥陀堂。 右の木の陰。

s-18年3月11日 (17)

広場になっている。  昔何があったのでしょう。

安諦小学校は、最初は阿弥陀堂での寺子屋からスタート。

右写真。   四角いのは宝篋印塔(ほうきょういんとう)。  まるいのは五輪塔。

s-18年3月11日 (18)    s-18年3月11日 (19)

先への道の風景。

s-18年3月11日 (20)

戻って、小学校に上がってきた。  自分の車が、橋の右向こうに小さく。

s-18年3月11日 (21)

安諦小学校のグランド。  右から来た。

s-18年3月11日 (22)

児童数は、10名ほどでしょうか。  さっき4名見た。

  ※ HPはこの2年間、書かれていない。 

松浦力松もここを卒業。

s-18年3月11日 (23)

校歌です。   

s-18年3月11日 (6)    s-18年3月11日 (25)

中学校。  やってるのかな。

s-18年3月11日 (24)

反対側に。   向こうで、バイパスと旧道が合流。

左を見たら、木の根が私をにらむ。 クマか?

  ※ 余談  和歌山県のクマの生息数は約200頭。
        紀伊半島のクマは、近い将来絶滅の不安。 他との行き来は出来ない。

s-18年3月11日 (26)    s-18年3月11日 (27)

このお家の前も、雰囲気がいい。  ※ 朝顔の花を見ながら冷たいビール。 スイカもいいな。

s-18年3月11日 (28)    s-18年3月11日 (29)

向こうに戻る。

s-18年3月11日 (30)

有田川に吊橋。

s-18年3月11日 (31)

大きなトラックは行けない。

s-18年3月11日 (32)

雪解けの冷たい水は、海に急ぐ。

s-18年3月11日 (33)    s-18年3月11日 (34)

戻る。   

s-18年3月11日 (35)

八重咲の梅。  
       ※ 余談  八重と云えば綾瀬はるかを思い出す。
             彼女や吉永小百合は、年を重ねても、心は若くなっていく。
             自分も、そんな生き方をしたい。
花の季節です。

s-18年3月11日 (36)

お店もある。  簡易郵便局か。

s-18年3月11日 (37)

ここにも。  酒が売っている。

s-18年3月11日 (38)

さっきは、ここを右に行った。

s-18年3月11日 (39)

支所の隣の建物に、これ。
紀子様の曽祖父の名前は、川嶋庄一郎(松浦平吉)でしたね。

松浦とあります。  説明はいいですね。

この後、下の寺に向かうが、道が不安で戻った。

s-18年3月11日 (40)

自分の車の近くに、神社があった。

s-18年3月11日 (41)    s-18年3月11日 (42)

車で北の方に入って来た。  校歌にあった、雨山の方に。

ここは案内にもあった、徳善寺。

s-18年3月11日 (43)    s-18年3月11日 (44)

振り返って。

s-18年3月11日 (45)

停泊場所を探しながら、奥に。  有田川町の一番奥の集落。

s-18年3月11日 (46)

観光地ではないけど、有田川沿いの小さな集落を歩いてみました。

どこも古い歴史がある。
北海道とは違いますね。 そだね~って。

【今日の歌】    つまさき坂 永井龍雲



【停泊場所】   印の場所。  明日は赤〇を通って。

s-18年3月11日 (5)

【明日の予定】     果無(はてなし)集落に向かいます。  
              集落には明後日。   熊野古道の小辺路(こへち)にあります。  ミニ登山。

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島は普通、海に。
それが、山の中にある。

滅多にに出会えない程、珍しい光景。
それが、あらぎ島の棚田。

まるく、有田川に包まれて。
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4つの赤〇の真ん中にある。  それぞれ行き来する道がある。 

s-18年3月10日 (2)    s-18年3月10日 (1)

赤〇を歩いた。  時計回りで。

s-18年3月10日 (3)

道の駅 明恵ふるさと館から向かった。  みかんの畑と有田川(ありだがわ)を見ながら。

s-18年3月10日 (54)    s-18年3月10日 (55)

着きました。  道の駅 あらぎの里。 右はバイパス。 歩いた後、こっちから戻って来る。
建物の左に旧道。 正面向こうに見える。  そっちに行く。

正面中央の谷に、あらぎ島。

s-18年3月10日 (5)    s-18年3月10日 (6)

サンショウが穫れるよう。  干し柿を買った。  250円だったかな。

s-18年3月10日 (53)    s-18年3月10日 (52)  s-18年3月10日 (4)

出発。  気温は低いけどいい天気。   散歩日和。

s-18年3月10日 (7)

南天の実が赤く。   右は?

s-18年3月10日 (9)    s-18年3月10日 (8)

この道は、有田市から高野山への道。

s-18年3月10日 (10)

ここに駐車場。

s-18年3月10日 (11)

展望台手前だけど、見えた。

18年3月10日 (12)ppp 

和歌山市から竜神温泉への道も、ここを通る。 昔の道。

s-18年3月10日 (13)    s-18年3月10日 (14)

あそこが展望台。    ※ 古いブログの時、一度来ている。

s-18年3月10日 (15)

有田川が左から右に。 ホタテの貝にも似ている。  奥に山があるから、水は向こうからですね。

s-18年3月10日 (16)

ここは昔、清水町。  集落は、山の陰にも。

s-18年3月10日 (17)

蘭(あらぎ)橋。

s-18年3月10日 (18)

※ なぜ島で、なぜあらぎ(蘭)なのかは、下に。  はっきりしない部分も。

                  右からお借り。国選定重要文化的景観 蘭島(あらぎ島)及び三田(みた)・清水(しみず)の農山村景観

あらぎ島の地名の由来

  あらぎ島は地元では単に「島」と呼ばれています。
  古くから川沿いの耕地を「島」と呼ぶことがあり、蘭島はまさに「島」と呼ぶにふさわしい場所です。

 「蘭」については、江戸時代の文化7年(1810)に著された『山保田続風土記』という書物の中に、
 「蘭」に「アララギ」とふりがなが振られており、「蘭」は本来「アララギ」と呼ばれていたと考えられます。

 「蘭」の解釈については、主に次の3つの説がありますが、定説はありません。

   1.「アララギ」とは「イチイ」の別称であることから、イチイの木を指すとする説
   2.「アララギ」とは「ノビル」の古名であることから、もとは野草のノビルが群生していたと考える説
   3.新しく開墾した土地として、全国に地名が残る「あらき」から転じたと考える説

洪水で水が増えたら、半島また島のようになりますね。(この意味で島になったのではないけど)

s-18年3月10日 (19)

池田って書いてある。  所有者か。

s-18年3月10日 (20)    s-18年3月10日 (21)

この次来た時は、下の全部を歩き回ってもいいかな。

江戸時代の終わりに出来たんですね。

s-18年3月10日 (23)    s-18年3月10日 (24)    s-18年3月10日 (22)

※ 以前来た時、夜までいた。  月が田んぼに写るのを待って。 でも・・・。

201006032334176d5_20180311075315355.jpg

集落の方に行く。  横から。

s-18年3月10日 (25)    s-18年3月10日 (26)

最初の橋。   小峠橋。   桁(けた)橋。  吊ってもいないし、アーチで支えてもいない。

右写真は、振り返って。   旧清水町の中心街。

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橋の上から。   水は向こうに。

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ここら陸地。  左の道を行く。   その前に、向こうの橋から眺める。

s-18年3月10日 (30)

川の水はこっちに。  向こうに、まるく見えていますね。

家の前の道を、この後通る。

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下りてきた。  用水路。  今は水は無い。

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ここで取水してるのか。  下流のどこかに。

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見えてきた。

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梅と桜が咲いて。

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右の桜は、何桜でしょう。 京都御所の糸桜のように、小さな花。  ちりちりって咲いて。

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この道を来た。  右に釣りをしている家族。

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下で見たら、普通の棚田。  

s-18年3月10日 (39)    s-18年3月10日 (41)

上に行く。   あぜがまるく。

s-18年3月10日 (42)    s-18年3月10日 (43)

一番上に来た。

   ※ 余談  Wikipediaから。

      一番上段の田、通称「天井田」で収穫された米や餅米でついた餅は、秋篠宮夫妻や悠仁親王に献上されてい。
      秋篠宮妃紀子の父方の曽祖父が旧安諦(あで)村出身であり、毎年9月6日に悠仁親王の誕生日を祝うため、棚田を
      ろうそくでライトアップするイベントが行われている。

   ※ 悠仁親王は将来、天皇の可能性がありますね。(まだはっきりしないけど)

   ※ 旧安諦(あで)村を明日見学の予定。

s-18年3月10日 (44)

もう一度見て、トンネルに。

s-18年3月10日 (45)

歩道は、車が走れるほど広い。  歩行者を大事にしている。

s-18年3月10日 (46)

道の駅が見えた。

s-18年3月10日 (47)

振り返ったら、ミニあらぎ島だった。

s-18年3月10日 (48)    s-18年3月10日 (49)

地図が。

s-18年3月10日 (51)

有田川町の一番奥に、旧安諦(あで)村。

s-18年3月10日 (50)

不思議な景観でした。

地元の人達が大事にしていると感じました。
今日見た風景は、今後、荒れることはないですね。

いつかまた来て、歩きましょう。

【記事の紹介1】  扇形に広がる千枚田 あらぎ島 ~有田川中流、有田川町清水~   他  (2010/6/3) 

【記事の紹介2】  重要文化的景観は、全国に61。 ここの他に特にいいのは、下。

     遊子水荷浦の段畑は、急斜面に石垣で。 ジャガイモ。 四国最初の重要文化的景観。~宇和島市~ 他 (2017/2/6)

【道の駅】    しみず

【今日の歌】    森昌子 信濃路梓川 1981年 Masako Mori Sinanozi Azusagawa

               ※ 美しい風景を見て、梓川を思い出しました。  上高地にもう一度行かなければ。



【その他】    13歳のトルソワが4回転2度。  ジュニア選手権優勝。

              ※ この子は以前、4回転跳ぶわよ、って言っていた。
              ※ 女子のフィギュアは、さらに新しい時代に入った。

              ※ ザギトワやメドベージェワも、練習では跳んでいる情報が。

22 Alexandra TRUSOVA RUS FS 2018 World Junior Champs

        ※ 最初は4回転サルコー。 次は、4回転トーループ。



【明日の予定】     上に地図のあった、安諦(あで)に。

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                         (2008年4月~2010年9月までの
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四国は毎年通る。
見学場所は残しておいていい。

和歌山に渡ることに。
徳島から和歌山へは初めて。

普通は、高松から瀬戸大橋に。
風の強い時は、フェリー。(橋よりフェリーが好き。 橋は怖い)

2~3週間、紀伊半島を。
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紀伊水道を船で。  ここも一応瀬戸内海。

s-18年 3月9日 (1)

フェリーターミナル。  夏になったら、阿波踊り。

s-18年 3月9日 (3) s-18年 3月9日 (2)

売店や食堂が。   左に藍染め。  ここで今日紹介する曲が流れてきた。  歌詞をメモした。

s-18年 3月9日 (5)

徳島には、人形浄瑠璃がある。   下の話は、間違って我が子を殺すのかな。

    涙を誘う 人形浄瑠璃 傾城阿波の鳴門 「巡礼歌の段」 ~県立阿波十郎兵衛屋敷 徳島市~  他  (2010/12/28) 

武将は、蜂須賀家政。   徳島藩の藩祖。 蜂須賀小六の子。  初代藩主の父。
姫のような人がいる。 分からない。    第九の里に昨日いた。

s-18年 3月9日 (6)    s-18年 3月9日 (4)

フェリーつるぎ。   剣山のつるぎですね。

   晴天に恵まれた、剣山。 鳴滝。 吉良のエドヒガン。~つるぎ町~  他  (2013/3/23)

s-18年 3月9日 (7)

出向は13時25分。  11300円。  いつもは渡れない。



トラックが先に乗り込んだ。

s-18年 3月9日 (8)

風が強いので、誰も出て来ない。

s-18年 3月9日 (9)

港を出た。   大河吉野川は、少し右の方に。  隣。

s-18年 3月9日 (10)

自分は左の席に。   奥に売店。  

s-18年 3月9日 (11)

売店を過ぎて、ここ。   横になりたい人は、こっち。

s-18年 3月9日 (12)

この後、海に出る。

s-18年 3月9日 (13)    s-18年 3月9日 (14)

紀伊半島が見える。

s-18年 3月9日 (15)

淡路島。   風速は約20㍍。  立っていたら、風に押されて動いてしまう。  船はまったく揺れない。

   淡路島の東岸に。  不動の滝に、荒滝不動明王。  生石(おいし)公園からの風景。~南淡路市・洲本市~ 他 (2016/3/23)
   大鳴門橋を渡って淡路島に。  四方見展望台からの風景。  道の駅うずしおで、橋の下に。~南あわじ市、他~ 他 (2016/3/22)

s-18年 3月9日 (16)

見えてきた。 

s-18年 3月9日 (17)

パナマ船籍の船。   貨物船。

s-18年 3月9日 (18)

見えました。

P7530102mmkmkpp.jpg

15時40分、着きました。



一番近い道の駅が、明恵ふるさと館。  向かった。   国道424。

s-18年 3月9日 (19)

ほとんど快適。   何ヶ所か、細くなる。   工事で迂回路を走った。 右写真。

有田(ありだ)みかんの里。  山一面。

s-18年 3月9日 (20)    s-18年 3月9日 (21)

ここはまあまあ。  もっと細いと、車載カメラのシャッターは押せない。 脱輪したら大変。

s-18年 3月9日 (22)

ここも国道。

s-18年 3月9日 (23)

着いた。   1時間半以上かかった。
この道は、国道480。  高野山に続く。  不安な道。   調べ切っていない。 

行けたら、どこまでも行ってみたい道。

s-18年 3月9日 (24)

古い歴史の詰まった紀伊半島。

行ってない所に行きたい。

【今日の歌】   京都物語 原由子【cover】      本人歌唱は見つからない。

              ※ 徳島港のフェリーターミナルで流れた。   歌詞を一部メモして調べた。

                                           ※ 京都に入るのは、今月の末でしょうか。  桜の花の咲く頃に。

 

Wii カラオケ U - (カバー) 京都物語      合成の声のようだけど、人が歌ってますね。



【道の駅】   明恵ふるさと館

【記事紹介】   

   紀州徳川家55万5千石の居城跡、和歌山城。~和歌山市~  他  (2014/1/12)
   貴志川線に乗って、貴志駅へ。  駅長は、猫だった。(代行のニタマ)~紀の川市~  他  (2014/1/11)

   中将姫伝説の得生寺。  熊野古道、糸我峠。  糸我稲荷の本えびす。~有田市~ 他 (2014/1/10)

【明日の予定】      数日間、有田川(ありだがわ)沿いを行ける所まで。  高野山まで行けるのか。 山道。

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高野山の敷地は、元々は、丹生都比売(にうつひめ)神社の領域だった。
そんなことがあって、今も、大きな存在。

重要文化財の建物が2つ。
国宝の刀剣が1つ。(東京国立博物館にある)

全国に約180社ある丹生都比売神を祀る神社の総本社。

紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録。
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高野山の下にある。

s-16年10月5日 (1)    s-16年10月5日 (2)

左の道の駅から向かった。

s-16年10月5日 (3)

外鳥居。  ここから本殿まで、一直線。

s-16年10月5日 (4)

境内図と説明。

s-16年10月5日 (5)

昔は左の方に、お堂があった。  右の山に、高野山への道。

s-16年10月5日 (7)    s-16年10月5日 (6)

外鳥居に屋根。  神仏習合の名残と説明に。

s-16年10月5日 (8)

輪橋。   神様が通る。  太鼓橋よりまるい。

s-16年10月5日 (9)

中鳥居の向こうに楼門。

s-16年10月5日 (10)

丹生都比売(にうつひめ)神社は高野山への入り口にある。

古くは、高野山に行く前に、丹生都比売神社に参拝する習わしであったという。

契橋と中鳥居。

中鳥居にも、屋根がある。  奥に楼門。

s-16年10月5日 (11)

社務所。  お守りはここで。

s-16年10月5日 (12)

重要文化財の楼門。 参拝は楼門で。  正式は拝殿は、右に。

s-16年10月5日 (13)

奥に本殿。

s-16年10月5日 (14)

振り返って。

s-16年10月5日 (15)

向こうの角は、鹿の角。 鹿は神の遣い。

s-16年10月5日 (16)

神饌所の向こうから、本殿が見られる。

s-16年10月5日 (17)

本殿。  重要文化財。  右奥が第一殿。 順に第4殿まで。  左端は若宮。

祭神は、丹生都比売神(にうつひめ)。 水の神。 水銀採掘の神とも。

s-16年10月5日 (18)

下のがある。 東京国立博物館に。

銀銅蛭巻太刀拵(ぎんどうひるまきたちこしらえ) 詳しくはここに

国宝。

s-16年10月5日 (30)

佐波神社。 この地域の神社の神を集めた。 この後、この後に行く。

s-16年10月5日 (19)

左に、昔はお堂が2つあった。

s-16年10月5日 (20)


s-16年10月5日 (22)    s-16年10月5日 (23)

古くは、神仏混淆で、下のようにあった。  壮大。  日本の塔婆からお借り。

amano45.jpg

碑がいっぱいある。 立っている4本の説明。  大峯に修験に行く前に作った。

s-16年10月5日 (21)    s-16年10月5日 (26)

梵字がいっぱいある。 光明真言というお経が書いてあるのか。

s-16年10月5日 (27)    s-16年10月5日 (25)

中には役行者の像。  どれも古い物。 他にあったのを集めた。

s-16年10月5日 (28)    s-16年10月5日 (24)

上天野地区。 それで、この神社は、天野大社とも呼ばれる。

観光客の中には、そう呼んでる人がいた。

s-16年10月5日 (29)

世界遺産という事なので、丹生都比売(にうつひめ)神社に行ってみました。

高野山と大きな関わりの歴史を持ってると分かりました。

【今日の一句】 「 空海は まずここにやって来た そして高野山を開くことに 」

【停泊場所】    亀岡市運動公園駐車場

【明日の予定】   大坂城に。    修理したカメラを取りに。

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九度山に行くなら、今かな。
今が旬。 そう思って行ってきた。

何が残っているのか、はっきりしない。
でも、昌幸・信繁たちが見た、山・川・空はある。

それを見るだけでもいいかな、と考えて。
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高野山は高いとことにある。
その麓にあるのが、九度山。

s-16年10月4日 (1) s-16年10月4日 (2)

電車も九度山を通る。 九度山を過ぎて、登り始める。

自分は、道の駅から歩いた。

左に雨引山。 この山が目立つ。 信繁たちが毎日見た山。

s-16年10月4日 (3)    s-16年10月4日 (4)

ここは、道の駅柿の郷くどやま。

真田屋敷跡は、写真中央遠くにある。

s-16年10月4日 (49)

真田屋敷跡(真田庵)を中心に見学。  小高い丘の上。

s-16年10月4日 (6)    s-16年10月4日 (7)

駐車場は、真田庵の近くにも。 車がいっぱい。

向こうに行く。

s-16年10月4日 (8)

橋の上から。 向こうに、紀ノ川。   右から左に流れている。  高野山は、自分の後の山奥に。

s-16年10月4日 (9)

3分ほど歩いて、小路に入る。

s-16年10月4日 (10)    s-16年10月4日 (11)

長屋門を通って。

真田屋敷跡に、寺が。 善名称院(ぜんみょうしょういん)。 1741年創建。

s-16年10月4日 (28)

真田太平記などの展示。

s-16年10月4日 (26)    s-16年10月4日 (27)

菊の紋は、善名称院が皇室と関係があったため。   六文銭も。

s-16年10月4日 (29)

善名称院。  屋根が複雑。 八棟造と呼ばれるよう。 他にも建物がいくつか。

現在、真田庵と呼ばれている。

s-16年10月4日 (12)    s-16年10月4日 (13)

真田屋敷跡となっているが、調べたら、はっきりしない。

昌幸は亡くなって、信繁は大坂城に行く。
後に、真田屋敷は取り壊される。

廃墟の状態が長く続くため、屋敷跡の場所は諸説ある。
ここの可能性もある、ということでしょうか。

s-16年10月4日 (14)

菊の紋。   観光客が絶えない。

s-16年10月4日 (16)    s-16年10月4日 (17)    s-16年10月4日 (18)

お堂があって昌幸の墓がある。

s-16年10月4日 (19)    s-16年10月4日 (15)

中央の宝篋印塔。 一応これも、昌幸の墓とされている。

 ※ 文書で分かっているのは、九度山で焼かれ分骨が、長野県の松代の長国寺と、上田の長谷寺に行ったこと。
            (松代藩の藩主に、信繁の兄の信幸が、沼田から行ってなる)
 
   他の骨は、九度山に葬られたと考えていい。
   それがこれなのかは、よく分からない。 一応墓となっている。
  
       長谷寺にある真田幸隆夫妻と昌幸の墓にお参り。 真田氏本城跡の近くに。~上田城~ 他 (2016/9/22)

s-16年10月4日 (20)

こんなお堂も。

s-16年10月4日 (21)

伝説のある井戸。  信繁(幸村)が、雷を閉じ込めたと。

s-16年10月4日 (22)    s-16年10月4日 (23)

右が真田庵。 向かいに、昌幸の墓。

s-16年10月4日 (24)    s-16年10月4日 (25)

真田屋敷の絵図が見たい。 ネット上にはない。

反対側の出口。

s-16年10月4日 (35)

真田屋敷の向こうに、雨引山が見える。 

昌幸・信繁、そして家臣たちが毎日見た山。

s-16年10月4日 (30)

関が原に負けて、2人は高野山に蟄居(ちっきょ)となった。 流された。
蟄居の寺は、蓮華定院(れんげじょういん)。

高野山や伊豆に流されるのは、普通は危険。
途中で殺されることの方が、多い。 

   ※ 秀頼が生まれて秀次は、秀吉に疎まれ流された。 そして、切腹。
     伊豆に流された誰だったかも、風呂に入っているとき襲われた。

高野山は女人禁制。
信繁は妻を連れてきた。  昌幸は、上田に置いてきた。

女性たちは、高野山の少し九度山側の下の、細川。

冬は寒いからかで、九度山に下りる。

   ※ 2人の他には、信繁の妻子と16人の家臣。

真田の抜け穴伝説の場所に。

s-16年10月4日 (31)

ここ。

s-16年10月4日 (33)

穴がある。  調査の結果、古墳と分かった。

s-16年10月4日 (34)    s-16年10月4日 (32)

少し丘の上の、真田道。  右の像は焼き物。 九度山焼。

s-16年10月4日 (36)

真田家の監視役は、紀州藩(和歌山藩)。
そうなんだけど、生活の支援をしている。

  ※ 藩主の浅野幸長(よしなが)は、秀吉の家臣だった時代が。 後に徳川方に。

生活を支えた中心は、信繁の兄の信幸(信之)。

休憩所の中。

s-16年10月4日 (37)

お店に、真田紐が売っていた。 東風さんが、上田では売り切れと言っていた。
1つ記念に勝った。

s-16年10月4日 (38)    s-16年10月4日 (5)

誰もが、上田に戻ることを願っていた。 何度も嘆願を。

また、昌幸は何時かのために兵法の研究もしていた。(前回の大河で出ていた)

さらに行く。

s-16年10月4日 (39)

大坂冬の陣の前、信繁は国許(上田)にいる父・昌幸の旧臣たちに参戦を呼びかける。
九度山を脱出して子の大助と共に大坂城に入る。

    ※ 豊臣からの謝礼は、黄金200枚、銀30貫。

脱出の責任を和歌山藩は問われる。
それを避けるため、監視の者を含めて盛大な宴会をやったよう。
その時に、脱出。

向こうに道の駅。

s-16年10月4日 (40)

大坂城から出た所に、陣地をつくる。 それが真田丸。(Wikipedia)

下の方には、茶臼山。 家康がいる。  冬の陣の時。
茶臼山については、下の記事に。 (6日に、大坂城に行く予定)

  新世界と天王寺公園に。  通天閣。 王将碑。 串カツ店。 茶臼山。~大阪市~ 他 (2015/12/6) 

Osaka_no_eki_winter.jpg 

川で遊んでる人が。  暑い。 夏が復活。

s-16年10月4日 (41)

道の駅に、資料館。

s-16年10月4日 (42)

信繁について。

s-16年10月4日 (43)    s-16年10月4日 (44)

奥は高野山について。

s-16年10月4日 (45)

高野山と熊野古道。

s-16年10月4日 (46)    s-16年10月4日 (47)

高野山の紹介。

s-16年10月4日 (48)

はっきりしてないものが多かった。

ただ、九度山にいたことは確か。
昌幸・信繁たちが見た、雨引山・紀ノ川は今も昔と同じようにあった。
同じ空気を吸って、自分は歩いた。

真田氏の性格上、命が助かっただけでは、満足は出来ないんですね。
信繁は、大阪城に行くことになる。

家康は、信幸がいるから、殺せなかったのか。

【今日の一句】 「 昌幸・信繁 再起を期すことは いつも心の中に 」

【ブログ紹介】

   奥の院には、歴史上の人物の墓がいっぱい ~高野町高野山~  コーヒーブルース(高田渡)  他  (2012/6/11)
   
   大門  徳川家霊台  女人堂  金剛三昧院多宝塔 ~高野山~  運命(指揮カラヤン)  他  (2012/6/10)

   高野山真言宗の総本山、金剛峯寺 ~高野町~  君と淋しい風になる(森田童子)  他  (2012/6/9)

   大門坂 熊野那智大社 那智の滝 ~熊野詣での終点、那智山~   他  (2010/6/10)

   湯の峰温泉の「つぼ湯」は、世界遺産。 その秘密は? ~熊野詣の湯垢離場(ゆごりば)~   他  (2010/6/9)

   熊野古道、昨日の続きを歩く。 ~継桜王子から熊野本宮大社まで。(22.1㎞)~   他  (2010/6/8)

   熊野古道は修験の道だった。 ~滝尻王子から継桜王子まで、歩く。(18.2㎞)~   他  (2010/6/7)

【道の駅】 紀ノ川万葉の里  九度山のは混んでたので。

【明日の予定】  近くの神社を見る。 世界遺産。

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3月の最後の今日、四国に渡った。

  ※ 九州の玄関、門司に入ったのが、1月18日。 (足の骨折のため、九州に入るのが、遅れた)
    いろんな人のお世話になって、70日間いた。
    温かくなって、北上。 まず、四国に。

もし、真珠湾攻撃をしなかったら、戦争は変わっていた。
多くの若者が死ぬことは、なかったかも知れない。

真珠湾攻撃は、爆撃機と潜水艇による攻撃。   ※ 潜水艇は、小さな潜水艦。
潜水艇は、全部で5隻。

その訓練は、佐田岬半島の、三机(みつくえ)湾で行われていた。
湾に突き出た、須賀公園に慰霊碑があった。

四国の山の中を横断して、西に向かうことに。
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佐賀関港に行ったら、10分後に出るという。
間に合うので、乗った。  12時。



乗って、やっと写真。 

14年3月31日 (1)

佐賀関港が、遠くなる。
龍馬は、四国から長崎に向かう時、ここを通っている。 道がある。

14年3月31日 (2)

川崎汽船の、シンガポールと関係のある船。  港は、外国を思い出させてくれる。

14年3月31日 (3)

港を離れたら、関サバの一本釣り。  ブランドのサバ

14年3月31日 (25) 

佐田岬半島が、近づいてきた。

14年3月31日 (4)

佐賀関は遠くに。

14年3月31日 (5)

佐田岬灯台。  駐車場から、1時間ほど歩けば着く。

14年3月31日 (26)

1時間ちょっとで、三崎港。  写真中央に、3つ木が見える。 まるく。  後で見る。

14年3月31日 (6)

南斜面は、みかん畑でしょうか。

14年3月31日 (7)

フェリーは、ここに付ける。

14年3月31日 (8)



三崎港を少し見学。   大きなアコウの木。

14年3月31日 (10)

根は何でも、抱え込む。  恐ろしいほどに。

14年3月31日 (9)

印の場所が、三机(みつくえ)湾。  戦時中、ここで、潜水艇の訓練が。



橋の袂から、見た。 右に広く、三机湾。  〇の左に、三机港。  〇の所で、後で、釣を見る。

14年3月31日 (11)

※ 三机(みつくえ)は、変わった地名。
  説の1つに、こんなのが。  
  昔は、御着江だった。  神武天皇が、この入り江に着いた、の意味。
  伝説が地名を生んだ、ということかな。

三机湾の中の、港の部分。  上から出た所が、須賀公園。

14年3月31日 (24)

夏は海水浴客が来るのか、広い駐車場。

浜で何かを採ってる人がいた。

14年3月31日 (12)

ニナ貝。  塩抜きして茹でて食べたら、美味しい。 以前食べた。 それと、アサリ。

14年3月31日 (13)   14年3月31日 (14)

須賀公園の入り口。 

DSCF1933pp

右を見たら、港の奥。 あそこを通って来た。

14年3月31日 (21) 

公園に入ったら、和霊(われい)神社。  本社は、宇和島に。 ※ 霊が出そうな名前。 実は・・。
ここは、宇和島藩の参勤交代の中継地だった。

船で佐田岬半島を回るのは遠いので、半島の細いこの地を、山越えした。
船は、この港にも置いてあって、それに乗った。  船の置き場所が、神社の隣に。
   今日も雪、和霊神社まで散歩。 ~宇和島市~  心は、どこにある?  他  (2011/1/31)

14年3月31日 (15)

大きな碑があった。  大東亜戦争 九軍神 慰霊碑、とあった。

14年3月31日 (16)

この九人が、潜水艇に乗って、真珠湾を攻撃した。 10人のうち、1人は助かった。
5隻に、2人ずつ乗った。  軍神という神になって、祀られている。

14年3月31日 (17)

※ Wikipediaの写真はこう
  
  いつだかも書いたけど、
  日本の長い歴史の中で、一番人の命が粗末にされたのは、明治から昭和の戦争が終わるまで。
  戦国時代でも、島原の乱でも、多くの命が失われけど、比較にならないほど、小さな数。 
  
  歴史上、一番の犯罪人は、戦争を起こした者たちかなって。 腹が立つ。
  龍馬は、そんな世の中を願って、江戸幕府を倒したのではなかったのに。

  碑に大東亜戦争、とあった。  太平洋戦争でもなく、第2次世界大戦でもない。
  大東亜戦争を使う人たちは、あの戦争があって、今の平和があるとか、いろんな理屈を考えている。
  戦争の反省はない。 美化することに、熱心に見える。
  
  戦争を考える者がいて、多くの日本人は、それに賛成した。
  9人の若者を、日本人みんなで殺したとも、言えるかなと。 そんなことも。

※ 三机湾で、潜水艇の訓練をしたのは、ここが見つかりにくいと判断したから。
  訓練は、秘密だった。
  ネット上に多く見られる、三机湾が真珠湾に似ているは、間違いのよう。
  真珠湾を攻撃すると決める前に、ここでの訓練が始まっているので。  

釣をしている人がいた。  船は、小型巡視船の、たかつき。   宇和島が基地。

14年3月31日 (19)

この人は、なかなか釣れないけど、魚をいただいていた。  他の人から。

14年3月31日 (20)   14年3月31日 (18)

アジが釣れました。 ※ 諫早のKさんの、アジの刺身を思い出す。  うまかったな~。

14年3月31日 (27)

橋はこのように。   橋の上から、向こうの海も見える。    戻る途中。

14年3月31日 (22)

橋から少し行ったら、こんなのが。



途中、亀ヶ岡温泉が見えた。 
  国道九四フェリーで、四国へ。  亀ヶ池温泉。~別府市・伊方町~  他  (2013/3/11)

14年3月31日 (23)

八幡浜(やわたはま)で軽油を入れた。 明日から上がるので。

今日は、四国を、どのコースで走るか、ずっと考えていた。
決まったのは、冬には走れないコース、に。
山の中を、西に向かう。

九州の今回の旅は、中身が濃かった感じがする。
それは、旅を世話してくれた人がいたから。

みんなに、感謝。

【今日の歌】   みかんの花咲く丘



【道の駅】  清流の里 ひじかわ



※ 肱川(ひじかわ)では、「 ひじかわは つねってもいたくない ひじのかわ 」を思い出す。
  以前来た時、遊びでつくった。

  ここから山に入った所に、龍馬の脱藩の道がある。
    坂本龍馬脱藩の道を歩く  屋根のある御幸の橋 ~大洲市 川辺町~   他  (2011/2/4)
    渓流沿いの温泉宿、小薮温泉 ~有形登録文化財の建物  大洲市肱川町~   他  (2011/2/3)

【明日の予定】  梼原(ゆすはら)への途中の、渓谷かな。

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                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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紀州藩は、徳川御三家の1つ。  (他は、尾張藩、、水戸藩)
更に、ここから、8代将軍徳川吉宗を出している。

和歌山城は、紀州藩の城だから、大きい。
戦争で焼かれなかったら、立派な国宝の城として、残っていた。

和歌山市の中心部の案内は、ラーメン屋さんの紹介ばかり。
他に観光地はないのだろうか、と言いたいくらい。
1軒だけ行ってみた。  味は・・・。
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和歌山城は、街の中に。   駅から歩ける。  ※ 今日は、松葉杖なしで、初めてたくさん歩く。



昨日と同じ、伊太祈曽駅から。  和歌山駅まで、280円。 

14年1月12日 (1)

たま電車がやってきたが、反対き。   帰りに乗る予定。

14年1月12日 (2)

JRの和歌山駅。  貴志川線のホームは、一番端っこにある。

14年1月12日 (3)

和歌山駅

14年1月12日 (4)

駅前の道を、ずっと行くと、お城。  30分ほど。  

14年1月12日 (5)

道が広い。

14年1月12日 (6)

途中で、あるラーメン屋さんに。 まあまあっていう所。
美味しいけど、ケチを付けようと思ったら、いっぱい。  麺もスープも、チャーシューも。

情報誌で探すけど、店を見つけるのは大変。
以前食べた、井出商店がよかったかな。

14年1月12日 (7)

着きました。  一の橋。  大手門の入り口。

14年1月12日 (8)

お城は、広い。  さすが、紀州藩って。
きの薦(こも)が。  この中に、虫を閉じ込めるのだったでしょうか。
先日の虚無僧は、むかしは、薦(こも)そうだった。 

14年1月12日 (9)

天守は、再建されたもの。  空襲で焼けた。

14年1月12日 (10)   14年1月12日 (11)

※ アメリカは、ひどいことをした。
  でも日本が、真珠湾を攻撃していなかったら、和歌山城は焼けなかった。
  
一の橋。   ここから入る。

14年1月12日 (12)

城が焼けて、人が助かるなら、それでいい。
でも、和歌山空襲では、1000人以上が亡くなった。
街は、焼土と化した。

なぜ、狙われたかは、軍需工場があったからですね。
詳しくは下に。 (市のHP)

ppppppppkkk無題

緻密な石垣です。 これは、新しい時代のでしょうね。

14年1月12日 (13)

こんな石垣も。  時代と共に、城は変わっていった。

14年1月12日 (14) 

石垣だけでも、見応え十分。

14年1月12日 (16)

下に小さな動物園がある。

14年1月12日 (17)

並んでいる石は、七福神。

14年1月12日 (18)

紀州藩の手柄というか、大きなところは、将軍吉宗を出したことですね。

14年1月12日 (19)

上に上がります。  
正面遠くは、本丸御殿。  殿様他は、ここで暮らしていた。
天守は、左手前奥に。

14年1月12日 (20)

8代将軍吉宗は、家康の、ひ孫になる。

天守です。 残念ながら、鉄筋コンクリート。  城としての価値はない。
昭和30年ころだから、木造の復元は、思いつかなかったのか。

14年1月12日 (21)

将軍吉宗誕生に力を尽くしたのは、6代将軍家宣の正室の天英院。 
7代将軍は、家継。 家継は、天英院の子ではなく、側室の月光院の子。

月光院にも力があった。 月光院の右腕と言われたのが、絵島。
絵島は、天英院によって、つぶされる。(絵島事件)

こんなことがあって、英天院の思い通り、紀州藩から8代将軍吉宗を、となる。

  ※ 由布姫(諏訪御料人)と絵島の墓に、お参り。  絵島の囲み屋敷。  高遠城跡。~伊那市高遠町~  他  (2012/11/1)

  ※ 下は、絵島を歌った歌。(ボランティアでの移動の時。 仙台付近)



お店と城の入り口。

14年1月12日 (22)

歌碑があった。

14年1月12日 (24)   14年1月12日 (23)

聞いたことありますね。



天守。

14年1月12日 (26)

石垣が立派なので、城も立派に見える。

14年1月12日 (33)

ここから入る。
 ※ 説明の最後に、復元とある。 でも、鉄筋コンクリートの場合は、復元の言葉は使えない。

14年1月12日 (25)   14年1月12日 (27)

天守の中は、資料館。 コンクリーとの壁は冷たい。
写真の撮影は出来ない。

内部を撮影すると、コンクリートと、すぐ分かる。
撮影されて一番困るのは、その部分。

ここは天守の最上階。

14年1月12日 (28)

遠くに、駅ビル。

14年1月12日 (29)

和歌山市は、和歌山県の中では、都会。   
狭い所に、県の40㌫の人が集まっているという。(人口、36万6千)

14年1月12日 (30)

さっきは、ここにいた。

14年1月12日 (31)

海が見える。

14年1月12日 (32) 

別の方に、下りた。

14年1月12日 (34)

西の丸庭園。   いっぱい歩いて、疲れた。

14年1月12日 (35)

この後、バスで戻った。  和歌山駅。

14年1月12日 (36)

たま電車で。

14年1月12日 (37)

中はこうですからね。 本棚もあって、子供の本。

14年1月12日 (38)

伊太祁曽駅について、駐車場に戻る。

14年1月12日 (39)

和歌山城は、石垣と庭だけで、見応え十分。
徳川御三家と言われるだけあって、城の規模が大きいように、感じました。

吉宗を出した、紀州藩のお城でした。

【今日の歌】   昼間、流れてきたので。   場所は、京都の東福寺。



【道の駅】   ガレリアかめおか
        夜中走って、朝の3時に着きました。 寝不足。

【明日の予定】  京都に出ますが、どこかを少し見学をと・・。

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貴志川線は、和歌山駅から、貴志駅まで。
全長、14.3km。  和歌山電鉄が運営。

ローカル線なのに、人気がある。
みんな、終点貴志駅の、駅長さんに会いに行く。
駅長さんは、猫の「たま」。 
いそがしいので、代行の「ニタマ」もいる。

駐車場は、路線の途中の、伊太祈曽(いだきそ)駅に。
そこから、貴志駅に向かった。
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貴志川線は、和歌山駅から、内陸に向かっている。



伊太祈曽(いだきそ)駅に駐車場があると分かって、助かった。
これで、和歌山市内も見ることが出来る。

線路を渡って駅へ。  見える列車は、休んでいる列車。

14年1月11日 (1)

伊太祈曽駅から、貴志江駅まで乗る。



小さな駅舎。

14年1月11日 (2)

駐車料金は、1日200円。  中央の箱に入れる。 自己申告。
切符は駅で買っても、買わないで下りる時に料金箱に入れてもいい。

貴志駅まで280円。 私は、買ってみた。
 ※ 私のように、すぐに失くしてしまう者は、本当は買わない方がいい。
   少し前、京都から亀岡に乗った時、切符を失くした。
   
「たま」のグッズも売っている。

14年1月11日 (3)

沿線には、細かな見所があるよう。 あっちこっちで下りる人は、1日乗車券が便利。

14年1月11日 (4)

15時6分で行く。 和歌山に向かう、たまの絵が描いてある、たま電車がすれ違う。

14年1月11日 (5)

来た電車を撮り忘れた。
電車に乗ったら、たま電車がやって来た。

たまは、絵のように、おっとりした猫。
駅長になる前から、駅で、お客さんと仲が良かった。
駅のお店の猫だった。  1999年生まれ。 春が来たら、15歳になる。 

たまが、人々に好かれたのが、すべての始まり。

14年1月11日 (6)

家や畑も見えて、田園地帯を走る感じ。

14年1月11日 (7)

途中に、4つの駅。   この駅で、列車はすれ違えない。  すれ違えるのは、伊太祈曽駅だけかな。

14年1月11日 (8)

10分ちょっとで、貴志駅に。  人がいる。



この電車で来た。   これは普通。

14年1月11日 (9)

駅舎は、階段を下る。   駅長室は、写真の右隅に。  この時、気づかなかった。

14年1月11日 (10)

猫の形をした駅舎。  たまは、和歌山電鉄の役員にもなっている。  どんどん出世。
その報酬は、この猫の駅舎。  たまミュージアム貴志駅。   猫耳も付いている。
ちなみに、たまの1年分の報酬は、1年分のキャットフード。

14年1月11日 (11)

正面からは、こう。   たまは、三毛猫。

14年1月11日 (16)

たまは高齢。  出張は出来ない。  そんな時は、この、ぬいぐるみさんが、代理で行く。
少し前まで、みんなと記念写真。

14年1月11日 (12)

さあ、たまに会いましょう。   たまのあたまが見えます。

14年1月11日 (14)

この猫は、ニタマでした。  たまは、休みの日をもらっている。  たまに似た二番目の駅長猫、の意味。
普段は、駅長の帽子はかぶらないのかな。

14年1月11日 (13)

ちょっぴ緊張気味。 駅長として、勉強中。



こんな説明。  ニタマ駅長が、たま駅長を助けている。

14年1月11日 (15)

ここがお店。   食べ物も売っている。

14年1月11日 (19)

時計もたま。  何でもたま。  たまたまでなく。   おたまもたまなら、おもしろい。

14年1月11日 (20) 

またたまが。  ねこ駅舎の内側から。  口の部分。

14年1月11日 (21)

貴志駅は、山の中ではなく、家がいっぱい。

14年1月11日 (18)

駐車場の説明。   貴志駅に駐車場はない。

14年1月11日 (17)

帰りは、おもちゃ電車で。

14年1月11日 (22)

子供が喜びそう。

14年1月11日 (23)

流れる風景。  運転している車と違って、ずっと見ていられる。

14年1月11日 (24)

日差しは強くても、外は寒い。

14年1月11日 (25)

カーブは、特にゆっくり。



伊太祈曽駅に戻って来た。   待ってる人は、貴志駅に行く、たま電車に乗るために。

14年1月11日 (26)

たま電車とおもちゃ電車。
たまは、電車も駅舎も変えた。 和歌山県への経済効果は、10億円を超えたという話も。

14年1月11日 (27)

伊太祈曽駅構内。  ニタマは、貴志駅にいないときは、この駅にいる。

14年1月11日 (28)

近くを、熊野古道が通っている。

14年1月11日 (29)

たま駅長人気にあやかって、他の町にも、ウサギやカメなど、いろんな駅長が生まれている。
でも、元祖は強い。
動物園の人気を盛り上げた、旭山動物園と同じですね。

いろんな遊びのアイディアが、面白いです。

【今日の歌】  冬の旅路



【見停泊場所】  伊太祈曽駅の駐車場

【明日の予定】  貴志川線に乗って、和歌山市へ。  

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中将姫伝説は、宇陀市の青蓮寺(せいれんじ)と思っていたが、有田(ありだ)市にもあった。
寺の名前は、得生(とくしょう)寺。

寺の横を、熊野古道が通っていた。
その場所は、糸我(いとが)峠の手前だった。

近くに、糸我稲荷があり、正月の行事をやっていた。
福ぜんざいを、御馳走になった。

今日は、小雪の舞う、寒い一日。
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徳生寺は、有田市に。





中将姫伝説は、大きな伝説。
何せ、当麻(たいま)寺にある、国宝の大麻曼荼羅を作ったと云う。
雲雀(ひばり)山で殺されそうになるが、助かる。

この寺が、その伝説のある、得生寺。

14年1月10日 (20)

得生寺の徳生は、中将姫に家臣の名前ですね。 助けた家臣でいいのかな。
※ 中将姫は、継母に憎まれて、殺されそうになる。

14年1月10日 (21)

ここは、糸我峠の麓。  糸我の地。 歌碑があった。

14年1月10日 (23)

万葉集ですね。 古くから知られた地。
道を歩いている感じなので、熊野に向かっていますね。  熊野古道を。

14年1月10日 (22)

ここは、糸我の里。

14年1月10日 (24)

正面に、開山堂。   中将姫のためのお堂。

14年1月10日 (4)

中に、中将姫の坐像。   両側に、得生夫妻の像。

14年1月10日 (5)

説明です。   殺せと命じられたけど、助けたのが、得生。

14年1月10日 (3)

この通りは、熊野古道。 後ろに行くと、熊野。
ここに、一里塚。 一里塚は、20㌔おきに。

14年1月10日 (6)

帰ろうと思ったら、正月の飾りを持った人が、向こうに行った。
何かあるのかと、付いて行った。

14年1月10日 (7)

真っ直ぐ行って、糸我峠。  遠くない。

14年1月10日 (19)

右を見たら、こう。  ここは、糸我稲荷大明神。

14年1月10日 (8)

上の写真の左に、石碑。  白河法皇の車が、ここに停めて休んだ。

14年1月10日 (18)

正面に拝殿。   お参りした。  おみくじは大吉。 さいごにやっと。  車の神棚に置いた。

14年1月10日 (9)

ここに人に呼ばれた。 よそ者ですと言った。
そうしたら、いいんですよ、お代わりしてくださいと、言われた。

14年1月10日 (14)

御馳走になった。  美味しい。  美味しい物って、こういうものだなって、感じた。 
寒い日なので、温かさがいっそう。 

14年1月10日 (10)

古いのは納めて、新しいのを買っている。

14年1月10日 (11)

大きなクスノキ。  寺の四方にあったが、今は3本。   500年以上前に植えた。

14年1月10日 (12)

深草とあるのは、小町伝説の深草少将と関係がありますね。 行ってみたい場所です。

14年1月10日 (13)

隣に、熊野古道資料館。  糸我峠の様子。  みかんは昔からあった。

14年1月10日 (15)

点線が、熊野古道。  左の〇の所に、糸我峠。

14年1月10日 (34)

藤原定家が1201年に来ている。   800年前。   京都を出発。

14年1月10日 (16)

9日目にここを通った。 

14年1月10日 (17)

この後、道の駅明恵ふるさと館に戻る。

14年1月10日 (25)

場所はここ。

14年1月10日 (12)

深草とあるのは、小町伝説の深草少将と関係がありますね。 行ってみたい場所です。

14年1月10日 (13)

隣に、熊野古道資料館。  糸我峠の様子。  みかんは昔からあった。

14年1月10日 (15)

点線が、熊野古道。  左の〇の所に、糸我峠。

14年1月10日 (34)

藤原定家が1201年に来ている。   800年前。   京都を出発。

14年1月10日 (16)

9日目にここを通った。 

14年1月10日 (17)

この後、道の駅明恵ふるさと館に戻る。

14年1月10日 (25)

800㍍離れた所に、明恵の生まれた場所が。
足のリハビリを兼ねて、行ってみることに。

今日は、初めて、松葉杖を使っていない。
捻挫しないように、ギブスの代わりに、登山靴をはいて。

14年1月10日 (26)

※ 歩いていたら、車から、乗りませんかと声をかけてもらった。
  事情を説明して、遠慮して、お礼を言った。
  その人の車は、少し行って、Uターンして戻った。
  私を追っかけてきたようだ。
  こういうことがあると、その人だけでなく、この地にまでも、親しみを感じる。

800㍍離れた所に、明恵の生まれた場所が。
足のリハビリを兼ねて、行ってみることに。

今日は、初めて、松葉杖を使っていない。
捻挫しないように、ギブスの代わりに、登山靴をはいて。

14年1月10日 (26)

※ 歩いていたら、車から、乗りませんかと声をかけてもらった。
  事情を説明して、遠慮して、お礼を言った。
  その人の車は、少し行って、Uターンして戻った。
  私を追っかけてきたようだ。
  こういうことがあると、その人だけでなく、この地にまでも、親しみを感じる。

途中で、右に曲がって、着いた。

14年1月10日 (28)

ここです。



「ふるさとの やどにはひとり 月やすむ 思うもさびし 秋の夜のそら」

14年1月10日 (31)

明恵上人は、生き方に魅力を感じる人が多い。
京都の高山寺は、明恵上人の寺。

こんな歌も作っている。

 「あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月」

大原の寂光院の、建礼門院とも関わりがあったと、あります。
多くの人から信頼されていた。

14年1月10日 (27)

少し向こうに、橋があるので、行ってみた。

14年1月10日 (29)

有田川。  雪が舞っているので、遠くが白い。
川の流域で、有田みかんが栽培されている。
ブランド品だが、道の駅には、安いのが売っている。  1袋、100円。

14年1月10日 (30)

ここは、明恵上人の地ということで、直ぐ近くに、歓喜寺。

14年1月10日 (32)

戻っている。 どこも、みかんです。

14年1月10日 (33)

得生寺だけを考えていたが、熊野古道、糸我大明神、明恵上人の、おまけが付きました。
歩けば歩くほど、歩きやすくなってきます。
どこまでも歩けるまで、もうすぐ。

【関連ブログ】
   宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)。  中将姫伝説の青蓮寺(せいれんじ)。~宇陀市~  他  (2013/4/16)
   大津皇子を詠んだ歌が残る、二上山。  當麻寺。 ~葛城市~  J ( イ・ソンヒ、李仙姫)  他  (2012/5/19)

【今日の歌】   西島三重子 夕闇のふたり     作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお



【道の駅】   明恵ふるさと館

【明日の予定】  近くの温泉に行って、午後、貴志線に乗る。

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金山寺味噌には、製造過程で、刻んだ野菜も入れる。
野菜から出た水分のため、もろみ味噌の感じで、どろどろ。
その中の、汁だけを取り出したのが、醤油の始まり。 

それは、「湯浅の溜り」であり、醤(ひしお)と呼ばれた。
生産量は少ないが、今も作られている。
商品名は、「濁り醤(びしお)」として。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

和歌山県西部に。  醤油とみかんの町。
郊外を走ったら、段々畑に、みかんの木。





茶色の部分が、伝建地区。  
車は、現在地の近くの、角長(かどちょう)という醤油屋さんの駐車場に。

広くない。

14年1月9日 (2)

雨が止まず、3時頃、小雨になって、動き出した。

金山寺味噌のことが、書いてある。

14年1月9日 (1)

金山寺味噌は、昨日の、興国寺に伝わった。
興国寺は、由良町に。
隣の、湯浅で作られ始めたのは、ここは水がいいから。

歩き出した。
伝建地区には、5年前になった。
遅いので、建て替えた、普通の家も多い。 30年前なら、違った。

14年1月9日 (3)

角長。  
昔の製法で、醤油を作っている。  今は、ここだけ。  昔は、90軒あったという。

ここまで来たら、醤油の匂いが、風にのってやってきた。

14年1月9日 (4)

小さなお店。(ネットでも、販売)  
色んな醤油がある。  
中央に、江戸時代の製法を再現して作っている、醤(ひしお)。  大きなビンもある。
商品名は、濁り醤。

駐車場を使わせてもらって、この後、資料館も見せてもらうので、少しだけ買った。

14年1月9日 (17)

この中が資料館。

14年1月9日 (5)

中は、こう。  2階もある。  写真は、撮れない。

14年1月9日 (18)

大きな樽で作る。 小豆島も、同じように作っていた。 
樽を作る人がいないから、困る。 100年以上使う。

店の宝は、樽と、工場の天井や柱についている、発酵させる菌。

工場の様子。 (角長のHPから)

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歩いていたら、お風呂の案内。  細い小路(しょうじ)。

14年1月9日 (6)

こんな建物。  暖簾が下がっている。  
入れるんだろうかって思った。  でも、タオルは持ってないなって。

14年1月9日 (8)

昭和の終わりまで、使っていた。 入れない。

14年1月9日 (7)

こうです。   管理人が、説明してくれた。

14年1月9日 (16)

手前は深い。   立って入る。
どうしてって聞いたら、その方が、たくさん人が入れるから。
海から遠くないから、漁師さんも来た。

14年1月9日 (9)

手書きのポスター。  貴重なもの。

14年1月9日 (10)

上の左端の映画が、YouTubeにあった。  
読み方は、せきしゅんちょう。  惜春鳥は、メボソっていうウグイス科の鳥のよう。

有馬稲子、そして、若い十朱幸代が出てくる。
舞台は、会津若松。 飯盛山も。



たき口。  木のくずのようなのを、燃やしていた。

14年1月9日 (11)

住んでいた所は、資料館に。

14年1月9日 (12)

メガネがある。 デザインは、今でも使える。

14年1月9日 (13)

藩札。  本物。  珍しい物。

14年1月9日 (14)

道成寺縁起。  安珍・清姫のお話。

14年1月9日 (15)

道成寺は、御坊市の市街地に近い。   悲しいお話。
      安珍清姫の悲恋物語の舞台、道成寺 ~川辺町鐘巻~   他  (2010/6/5)

地図の下の道が、メイン通り。  そこを歩いている。

14年1月9日 (19)

こうです。  色んなのが、通りに、彩を添えている。

14年1月9日 (20)

醤油や麹(こうじ)に関わったお店が多い。
時々傘がいる。  今日の雨は冷たい。  松葉杖は、片方だけ。  左手に笠。

14年1月9日 (21)

上の方に、完全ひっぱり器とある。  
ひっぱり器って何だろうって、調べたら、こんなのでした

14年1月9日 (22)

いい雰囲気が続く。

14年1月9日 (23)

一筆龍とある。 これに気付かず、行燈ミュージアムに入った。

14年1月9日 (24)

右の建物は、さざえ堂。  さっきの映画の会津若松にある。 飯盛山の中腹に。
くるくる回って登って、くるくる回って、下りてくる。 同じ通路でない。  何とも不思議。

14年1月9日 (25) 

   ※ 鶴ヶ城  さざえ堂  白虎隊士の墓 ~会津若松市~  明日 吾妻山へ  他  (2010/7/20)

なお、一筆龍は、こんな絵でした

突き当りです。  ここの少し向こうに、熊野古道が通っていました。

14年1月9日 (26)

右に曲がったら、このように。   雨が強くなってきたので、ここで戻る。

14年1月9日 (27)

ここは、醤油の角長の裏。  醤油を積み出すための、堀があった。

14年1月9日 (28)

醤油発祥の地、湯浅を歩いてみました。
発祥については、他の考えもあるようですが、興国寺そして湯浅が、一番有力です。

濁り醤(びしお)の味見はまだしていません。
冷奴で試してみようと。

静かなたたずまいの伝建地区でした。

【今日の歌】  Queen(クイーン) - 'Crazy Little Thing Called Love'



【停泊場所】  広川町の港。  歩いた所から、近い。



【明日の予定】  中将姫伝説の寺、得生寺かな。
         今日は、松葉杖を使わないで歩く。
         捻挫しないように、登山靴をはいて、足首を固める。
         登山靴は、簡易ギプスと、似た役割をしてくれる。
         
         どんな風に歩けるか、楽しみ。
        
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紀伊半島の小さな町の寺に、大きな歴史が、隠されていた。
寺の名前は、興国寺。

虚無僧(こむそう)って、いったい何なんでしょう。
知りたいのは、そこからです。

夕方、興国寺を見る頃、やっと雨は止んだ。
雨の予報だったので、御坊市を歩くのは止めた。

途中、温泉で、かたくなった足の筋肉をほぐした。
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興国寺の位置。
この辺りは、リアス式海岸が続く。  豊かな海。



詳しい地図。  右に、興国寺が見える。  左に、先日の白崎海洋公園。
下の○は、最初の写真を撮った場所。

14年1月8日 (20)

ここは、日高町。  海水浴場がある。 夏は賑わいそう。

14年1月8日 (1)

この場所は、由良湾に入っている。

14年1月8日 (2)

由良湾の奥に、由良港。  そこに、由良の町。

14年1月8日 (3)

上の場所から、少し走って、海の里みちしおの湯。  (写真は、日高町のHPから)
海が見える。
 
   ※ 海が見える、海が見えた、って言ったのは、林芙美子だったかな。   海は、いい。
男湯は、左右反対。

michishio1.jpg   img_onsenkan03.jpg

※ 右足のひざから下の筋肉が、かたまった。
  ジェットバスやマッサージで、柔らかくする。
  少しずつ、元に戻っている。

  筋肉は、ジワ~って押すと、柔らかくなる。
  ストレッチと、同じ効果のよう。

  歩く時はまだ、簡易ギプス。  車の中では、外して生活。
  来週金曜日に、ギプスはなくなる。
  それまでに、足を元に戻したい。

途中、由良の町で買い物。   やっと、野菜が手に入った。  アジの刺身も。  地物が、安い。

着きました、興国寺です。

14年1月8日 (4)

説明。   源実朝を弔って建てたとある。   百人一首の、実朝ですね。

 ※ 実朝は、兄がいたけど、鎌倉幕府3代将軍になった。
   そのせいなのか、兄の子供に、暗殺された。
   寺を建てたことを、母親の北条政子は、喜んだと言う。

普化(ふけ)尺八とある。  普化は、普化宗のこと。  
中国から、普化宗の僧が、つまり、虚無僧が4人やってきた。 尺八の始まり。

14年1月8日 (5)

※ 実朝の歌は、こんなの。  聞いたことがあると思う。
  評価の高い歌です。
  穏やかな世の中で、普通に暮らせることがいい、って歌っている。  

   世の中は 常にもがもな 渚(なぎさ)漕ぐ
     海人(あま)の小舟(をぶね)の 綱手(つなで)かなしも


   (世の中の様子が、こんな風にいつまでも変わらずあってほしいものだ。
    波打ち際を漕いでゆく漁師の小舟が、舳先(へさき)にくくった綱で陸から引かれている、
    ごく普通の情景が切なくいとしい。)

なだらかな、石畳の坂。

14年1月8日 (6)

虚無僧が伝えた味噌は、金山寺味噌。   ※ 寝かせる時間が短い。
金山寺味噌が生まれる過程で、醤油が見つかる。

金山寺味噌が、日本ではここから始まった。     ※ 普通の味噌は、別。
醤油も、興国寺から。

無縁仏を集めたよう。

14年1月8日 (7)

表情が分かるのも。

14年1月8日 (8)

宝塔。  これが、墓の代わりにも。

14年1月8日 (9)

金山寺味噌や醤油は、直ぐ近くの、湯浅の特産品。

銚子にあるヤマサ醤油の創業者は、この地方から出ている。
スタートは、興国寺の醤油。

小さな町で、寺の修繕費とかは、どこから出るんだろう。
そう思うほど、大きく、立派なお寺。

14年1月8日 (10)

お城のような石垣。

14年1月8日 (11)

正月が、あっという間に終わった。  山門の向こうに、本堂。

14年1月8日 (12)

瓦(かわら)にあった、寺の紋は、竜胆(りんどう)(笹竜胆)だった。
鎌倉幕府にかかわりが深いことが、分かるよう。

DSCF8483pppp

立派な本堂(法堂)。   建物の多くは、江戸時代もの。   秀吉に焼かれている。
この寺には、像などに、国の重要文化財がある。

14年1月8日 (13)

金山寺味噌、醤油のことが書いてある。

14年1月8日 (14)   14年1月8日 (15)

何か説明はないか探したが、無かった。
時代を感じながら、見学することに。

天狗堂の案内があった。

14年1月8日 (16)

法堂の後。  何の建物だろう。  どこかに、尺八道場がある。
左に、実朝供養塔。(後で知った)

14年1月8日 (17)

天狗が一夜にしてお堂を建てたという伝説があるため、このお堂がある。
お参りした。

14年1月8日 (18)

大天狗だった。

14年1月8日 (19)

最後に、虚無僧について。

320PX-~1

 ① 昔は、こもそう(薦僧)と、呼ばれていた。
   腰に、むしろのような、薦(こも)を巻いていたので。 
   こもは、地面に敷いて、座ったり、横になったりした。  木に巻く、薦(こも)まきの、薦(こも)。

 ② 虚無僧は、僧侶でもあり、武士でもある。
   だから、刀を持っていた。

 ② 深い編み笠をかぶる。
   これは、武士が托鉢(たくはつ)するのは、恥ずかしいと考えたから。  托鉢~物をめぐんでもらう。
   前がちゃんと見えるか心配。 隙間から、見えるよう。
  
   かぶってみたい。

 ③ 剃髪していない。

 ④ 武士が悪いことをしても、虚無僧になったら、罪を免除してもらえたそう。
   江戸時代、虚無僧は増えて行った。

 ⑤ 今の時代も虚無僧はいる。  
   虚無僧の衣装は、セットで売っている。
   趣味で、虚無僧の格好をして町を歩いても、怒られない。

この寺の虚無僧です。



今回のように、虚無僧や味噌醤油など、寺の紹介があって、だいたい正確なのは、珍しいです。

日本で最初と、寺は言っても、言ってるのは、その寺だけ、ということが多いです。
そう云う意味で、興国寺は、いいですね。

【今日の歌】    レーモンド松屋 featuring 乙三. 「想いで迷子」REC風景



【道の駅】  明恵ふるさと館

【明日の予定】  湯浅の町を歩きます。  和歌山県唯一の、伝建地区があります。

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全長、たったの2.7㎞。 
日本最短のローカル線。
  ※ この表現は、ちょっと気になります。
    日本最短の鉄道、または、日本一短い鉄道、ではないのだうか。

それはさておき、
どんな鉄道かを楽しみに、乗ってみました。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
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御坊市。 



御坊駅は、御坊市の町外れ。  紀州鉄道は、中心街までの鉄道。
駅は全部で5つ。



御坊駅。

14年1月7日 (24)

改札口で、どこから乗るかを聞いた。
ホームの向こうにあると言う。
料金は、列車の中で払う。

だから、改札口をそのまま通った。

左が紀州鉄道のホーム。 

14年1月7日 (1)

13時のに乗る。

14年1月7日 (2)

日本最短のローカル線。

 ※ このように日本一とかあったら、必ず本当か調べることにしている。
   2.7㌔で、本当のようだ。
   ただ、ローカル線での最短だった。 
   以前は、日本最短の鉄道だったが、千葉県の柴山鉄道の2.2㌔に抜かれた。
   
   それで、少し苦しいけど、日本最短のローカル線にした。

14年1月7日 (3)

バスがやって来たかと、思った。



実際にバスの車体を利用しているそう。 上の部分だけ。

14年1月7日 (4)

お金は降りる時に。  終点の西御坊まで、180円。

14年1月7日 (5)

この道はさっき通った。  お客は3人。

14年1月7日 (6)

自転車の速さくらい。  心なしか、道が近づくと、スピードを落とす。



危なそうな車があれば、プ~って鳴らす。

14年1月7日 (7)

線路が曲がっている。 だから、いっつも車体が揺れている。
60㌔で走ると、間違いなく、脱線。

紀伊御坊駅に、予備の車両があった。

14年1月7日 (8)

駅の中も、単線。  ということは、1つの車両が、行ったり来たりしている。

14年1月7日 (9)

間もなく終点。  西御坊駅。  10分かからないで着く。

14年1月7日 (10)

こうです。
運転手さんは、下りるお客さんに、ニコッと笑ってお礼。



小屋のような駅。   観光とかは、全く考えていない、地元の人の足。

14年1月7日 (11)

御坊市の商店街。

14年1月7日 (12)

向こうに行ったら、中心街。
行きたいけど、車を停めた駐車場が、30分までとあったので、直ぐに戻る。
  ※ 市営の駐車場は、トラックはダメだった。

14年1月7日 (13)

反対側から。   昔は、もっと長く線路があった。 駅も。

14年1月7日 (14)

駅に、地図が。 
  ※ 晩に調べたら、近くの港に、車を置けるかもしれない。
    天気が良ければ、明日見学したい。

14年1月7日 (15)   14年1月7日 (16)

御坊市には、日高別院という、西本願寺系の寺がある。
昔は、日高御坊と呼んでいた。

日高御坊があって、町が生まれた。  寺内町。
それで、町の名前は、御坊市。 川の名前は、日高川。

14年1月7日 (17)

戻ります。  お客は、私一人。

赤字だけど、会社は気にしていないよう。 別の不動産とかで、儲けているので。

14年1月7日 (18)

市役所前駅。

14年1月7日 (19)

お客さんが1人乗った。



ローカル線は、乗って楽しい。

14年1月7日 (20)

間もなく着きます。   写真を撮ってる人がいた。



こんなのを、運転手さんがくれた。
改札口を出る時に渡す物なのか、分からなかったので、いただいた。

14年1月7日 (21)

駅はこうでした。  乗る時は、時間がなく、撮らなかった。

14年1月7日 (22)

立ち食いのうどんがあったが、正月少し食べ過ぎ。 やめた。

駅前はこう。 私の車が見える。

14年1月7日 (23)

近くに道の駅はないので、日の岬のパーキングに。



駐車場から。   御坊市の市街地。

14年1月7日 (25)

岬の先端。

14年1月7日 (26)

紀伊半島の山々。 
この岬は、白馬山脈(しらまさんみゃく)が紀伊水道に突き出た、西端。

14年1月7日 (27)

遠く向こうは、和歌山市。

14年1月7日 (28)

ガタンゴトンと揺られながらの、ローカル線の旅。
ゆっくりと、時が流れる。
赤字続きでもやめない、経営者には、やめない理由があるんですね。

【関連ブログ】    犬吠埼  レトロでゆっくり、銚子電鉄 ~銚子市~   他  (2010/7/8)

【今日の歌】  EXILE ATSUSHI & 辻井伸行 / それでも、生きてゆく    
        いいですよ。



【停泊場所】   日の岬駐車場。

【明日の予定】  御坊市の寺内町を歩く予定。  雨なら、虚無僧(こむそう)で知られる、あるお寺。

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白崎海洋公園。
石灰岩の山があるのだが、他と違う。 真っ白。
出来た時代によって、石灰岩の質は違うのかと、思わせてくれる。

ここの石灰岩は、ルム紀に生まれている。
その頃の、地球は、どうだったのでしょう。
我々の祖先は・・。

岩山に、大きな穴があった。
終戦間際、人間魚雷回天がつくられた。
その基地の跡だった。
    
和歌山城の駐車場は、高さ制限があって、入れなかった。
京都に戻る時、再度、行くことに。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

大きな町に入る時は、ちゃんと調べないと、今回のように。
和歌山城は中心街にあるので、電車で行くことになるのかな。

仕方ないから、白崎海洋公園に向かった。 ラーメンも、食べそびれた。
結構走った。

途中、野菜を買いたかった。
2回、スーパーを見過ごしたら、もうなかった。

カーナビの案内で走ったら、海岸沿いの、細い道を通った。



駐車場に入って来た。 道の駅の建物。

14年1月6日 (1)

この一帯は、海で遊ぶところ。   だから、海洋公園。
今は寒いから、誰もいない。

14年1月6日 (5)

向こうに、有田市、海南市、和歌山市とある。  今日は風が強く、飛ばされそう。

14年1月6日 (3)

駐車場の方は、こう。   石灰岩の山。

14年1月6日 (4)

奥に行ってみることに。  賽の河原ではないけど、冷たい別世界。

14年1月6日 (6)

スキューバダイビングなどが盛ん。 今は、施設も、ひっそり。

14年1月6日 (7)

ここは、石灰岩の採石場だった。
でも、朝鮮人を使ったり、暗い歴史があるので、石灰岩の山についての説明は、どこにもない。
後で出て来る、回天の歴史も。

14年1月6日 (8)

階段の途中から。   道の駅の駐車場は、中央向こう。

14年1月6日 (18)

上に展望台。   岩は、冷たく白い。  カルスト台地の岩と違う。  つるんとしていない。  角だらけ。

14年1月6日 (19)

正面向こうは、四国。

14年1月6日 (17)

紀伊水道と呼ばれる海ですね。

14年1月6日 (9)

ここを上がって来た。  遠くに、淡路島かな。

14年1月6日 (10)

向こうが、和歌山市ですね。

14年1月6日 (11)

穴だらけの岩。  雨がそうするのか。   不思議です。

14年1月6日 (12)

小さな生物は、身を守るため、固い殻(から)を作った。
その殻が、積もって、こうなった。  気の遠くなる年月をかけて。

14年1月6日 (13)

いつの時代にで出来たのか、調べてみた。
古生代の最後の、ペルム紀だった。   ※ 昔は、二畳紀と呼んでいた。
2億年以上前。   どのくらい昔かが、想像つかない。

  こうだった。 2億年の長さを1日とすると、この1000年は、1秒にもならない。

それでも、私たち人間の祖先は、生まれていて、進化しながら、命をつないできた。

ペルム紀には、哺乳類型爬虫類として、生きていた。
もちろん、爬虫類(はちゅうるい)もいた。

pp14年1月6日 (22)pp

その頃の爬虫類の生き残りが、ムカシトカゲだそう。 
絶滅寸前だけど、ニュージーランドにいる。

14年1月6日 (21)

ペルム紀の後期にいた、哺乳類型爬虫類の1つが、下の。
ゴルゴノプス。
  毛を生やし、自分の体内で熱を保温できたらしい。
  雪の積もる寒い地域でも、冬眠せず活動できた初めての動物だったかもしれない、とも。

14年1月6日 (20)

向こうは、御坊市。

14年1月6日 (14)

斜面に家。  同じ三角屋根。

14年1月6日 (15)

南の海岸沿い。

14年1月6日 (16)

戻って来た。  岩には、大きな穴がる。

14年1月6日 (2)

終戦間際に、人間魚雷回天がつくられた。 
回天の基地は、いくつもあって、その1つが、和歌山県の白崎海岸。 ここ。
紀伊水道を通る、連合国の船を攻撃するため。

基地は作ったが、回天が運ばれる前に、戦争は終わった。

船の上にある、回天。  若い顔が見える。  この人も、乗ったんだろうか。

14年1月6日 (24)

当時の国(軍部)は、人間の命なんて、何とも思っていなかった。
虫けらの命と同じにしか、考えていなかった。
お国のためになると、ほめ讃(たた)えて。

※ 先日、原爆の番組を見た。
  アメリカは、原爆を落とさないで、普通に攻めてきても、日本を降伏させることは出来た。
  でもそうすると、アメリカの若者の中に、相当数の戦死者が出る。
  原爆を落とした理由の1つは、それを避けるためでもあったと、説明していた。
  日本より、若者の命を、大事にしていた。

全体が魚雷。   中央に人が乗る。  人間魚雷。
乗り込んだ時に、その人の命は、もう助からない。

14年1月6日 (23)

※ 昭和20年まで、戦争が続いた。

  少し前の二条城のブログに、大政奉還のことを書いた。
  龍馬が大きくかかわった。
  大政奉還がなされて、龍馬は、将軍慶喜を思って、涙を流したという。

  龍馬は、江戸時代は江戸時代で、それなりの時代だったと、思っていたのでしょうか。
  刀で庶民は切られた。 貧しい生活だった。 
  島原の乱では、3万人が、殺された。
  ひどい時代だったはずなのに。

  今の時代になって考えたら、龍馬の涙は、不思議ではないですね。

  明治に入ると、戦争の時代の始まり。
  軍部があって天皇がいて、それを推し進める。
  太平洋戦争が終わるまでに、300万人と言われる、犠牲者。(Wikipedia)

  島原の乱で、3万人。 関ケ原の戦いでも、8000人。
  戦争の犠牲者の数と、桁が違う。

  江戸時代は、ひどい時代だったと思うけど、
  日本人を一番苦しめた時代は、明治から昭和20年まで。
  何せ、300万人を殺したのですから。
      ※ 他の国の人間をも、上の他に、殺している。

  龍馬の涙は、間違っていないような気もする。
  江戸時代は、明治・大正・昭和の初めより、ずっと命は大事にされていた。
  最近、知ったことです。
  
和歌山県に入って来ました。
見所を探さなくっちゃ。  
  
【今日の曲】   辻井伸行 ラ・カンパネラ



【道の駅】   白崎海洋公園

【明日の予定】  紀州鉄道に乗ってみたい。  御坊市に。  全長2.7㌔。

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晩の7時から、サッカー。
テレビの入る所を探した。 
紀伊半島の山は、深い。
どこの家も、屋根にはアンテナはない。
山の上に立てて、そこから引いてるようだ。
最後は結局、海に出て、やっと入った。

2年前の今頃、熊野古道を歩いた。
今日は、その地にやってきた。
    ※    ※    ※    ※

龍神温泉。 日帰り温泉が、700円とか1000円なので、入れない。
傘をさして歩くのも、やめに。

12年6月12日 (1)

龍神温泉の泉質は、調べてみたら、いいようだ。
場所は、ここ。



川沿いに温泉旅館が並んでいる。

12年6月12日 (2)

この後、湯の峰温泉に向かった。

近道を行くことに。 途中少しだけ、道が細い。 
 ※ この道は国道371。 紀伊半島の国道には、時々、酷道がある。
高野山の案内所で、通れることは確認してあった。 
行ってみたら、細い所が通行止めだった。

戻って、少し南の県道を通った。 この道はよかった。 
案内所のお姉さんは、この道と間違ったかもしれない。

しばらく走ったら、熊野古道沿いの、国道331に出た。
2年前の今頃、写真の滝尻王子から、熊野本宮大社まで、40㌔程を歩いた。 2日間かけて。
1日目は、雨の中を山越えした。 登山みたいだった。

12年6月12日 (3)

ここは、湯の峰温泉。 
すぐにテレビが入るか確認した。 全く入らない。
どこの家にもアンテナはなかった。 屋根のアンテナでは入らない。

12年6月12日 (4)

公衆浴場が、250円。 そこに入ることに。

12年6月12日 (5)

ここは、熊野本宮大社まで近い。 
京都や大阪から熊野古道を歩いてきた人達は、この温泉で体を清めた。
それで、熊野詣の湯垢離場(ゆごりば)と云われた。

若い人たちが遊びに来ていた。

12年6月12日 (6)

こっちに温泉。

12年6月12日 (7)

あっちこっちから湯が湧き出ている。

12年6月12日 (8)

ゆで卵が作れる。 男の人達も、あの後作って食べていた。

12年6月12日 (15)

つぼ湯。 岩の穴のような湯船の底から、湯が湧き出ている。
珍しい温泉であり、有名な伝説もある。
そんなことで、つぼ湯は世界遺産になっている。 
一人で入ったら、世界遺産の一人占め。 一昨年入った。

12年6月12日 (9)

反対側から。

12年6月12日 (10)

神社に見えるけど、寺。 東光寺。
この建物の後ろの方に、熊野古道がある。 ※ 熊野古道の多くは世界遺産。

12年6月12日 (11)

伝説と云うのは、小栗判官伝説。   ※ 小栗判官(Wikipedia

12年6月12日 (13)

ここが、公衆浴場。 つぼ湯は750円。 普通の所は、250円。 薬湯は380円。

12年6月12日 (12)

温度は43℃。 少し熱め。 ちょうどいい。 今の温泉は、どこもぬるい。
寒い冬に、熱い温泉に何度も出会えなかった。
※ 熱い温泉は、たいてい、かけ流し。 

12年6月12日 (14)

ここの駐車場でテレビが入ればいたが、ダメなの移動。
結局は、山から脱出することになった。
道の駅、紀宝町ウミガメ公園は、少し山の陰なので入らなかった。
2㌔ほど動いたら、入った。

6時半から、サッカーを見た。
勝った時のための乾杯用のビールを、飲み過ぎて寝ないように、気を付けて。

相手が強いと、日本は思い通りにならなかった。
時々、勝負って、前線にパスを出さないと、得点のチャンスは生まれない。
パスを回しているうちに、ボールを奪われるのは、最悪。

引き分けになったけど、相手の力を考えたら、いいとこかな。 前半は、押されていた。
相手は1人減ったのに、勝ち切れなかった。
日本は、オーストラリアとは、力は互角に感じた。

内田は反則を犯して、PKになってしまった。
実際は反則ではないかもしれないが、手を使った紛らわしいプレーをしたのは、問題。
その内田本人が、おもしろいコメントをしている。

 「あのプレーになる前に、今ちゃん(今野泰幸)と勇蔵さんのプレーがPKじゃなかったかと、
  スタジアムは盛り上がってた。
  それで審判も『取り返さないと』という心境だったと思うんですよ。」

内田は今後、もっと用心深くなりますよ。

審判については、長谷部が、下のように言った。
 「審判のレベルを上げないと、アジアのレベルは上がらない」

【関連ブログ】
  熊野古道は修験の道だった。 ~滝尻王子から継桜王子まで、歩く。(18.2㎞)~   他  (2010/6/7)
  熊野古道、昨日の続きを歩く。 ~継桜王子から熊野本宮大社まで。(22.1㎞)~   他  (2010/6/8)
  湯の峰温泉の「つぼ湯」は、世界遺産。 その秘密は? ~熊野詣の湯垢離場(ゆごりば)~   他  (2010/6/9)
  大門坂 熊野那智大社 那智の滝 ~熊野詣での終点、那智山~   他  (2010/6/10)

【今日の歌】



【停泊場所】  道の駅、紀宝町ウミガメ公園の2㌔南のパーキング。
        早朝、道の駅に移動。

【明日の予定】  十津川村へ

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高野山の寺の檀家は、地元以外に、いっぱいいることが分かった。
高野山の墓地である奥の院には、数えきれない墓があった。 
  ※ 数ははっきりしない。 10万とも20万とも言われている。(Wikipedia)
その墓の中に、大企業や金持ちの墓もたくさんあった。
高野山のお寺の経営が成り立つ理由が、やっと分かった。
    ※    ※    ※    ※

奥の院はお墓の集まりで、一番奥に、弘法大師の墓がある。 
左の一の橋の入り口から、弘法大師の墓まで、2㌔㍍程。
真ん中にも、二の橋の入り口があって、私はそこから入った。

12年6月11日 (1)

入り口近くの墓は、割と新しい。 企業や団体の名前も目立つ。

12年6月11日 (2)

東日本大震災供養塔の場所が、用意されていた。 

12年6月11日 (3)

突き当たって、右に行く。 奥の院の奥を目指している。

12年6月11日 (4)

さっそく、道の少し上に、江(ごう)の墓があった。 
高野山の墓は、その人のメインの墓ではなく、分滑して作った。

12年6月11日 (5)

となりに、娘の千姫の墓。 右奥は、江。  千姫の墓は、知恩院にある。

12年6月11日 (6)

芭蕉の句碑。  「 父母のしきりに恋し雉子(きじ)の声 」 
金剛峯寺で詠まれた句。 45歳の時。
行基が下の歌を歌っており、それを芭蕉は知って、歌っているそう。
 「 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思ふ 」(玉葉集) 

12年6月11日 (7)

法然上人。 高野山は真言宗。 ※ 正確には、高野山真言宗。
法然は、浄土宗。 宗派に関係なく、墓はある。

12年6月11日 (8)

忠臣蔵の浅野家。

12年6月11日 (9)

石造りの立派な墓。 霊屋(たまや)。 重要文化財。
右は、家康の二男の結城秀康の墓。 左は、母の墓。 母は正妻でなく側室。 
 ※ 双子だったこともあり、家康に大事にされなかった。

12年6月11日 (10)

右の道を行く。 涼しい。

12年6月11日 (11)

御供所の建物。 ここで、納経・御朱印をいただく人は、いただく。

12年6月11日 (12)

となりにあるお堂。

12年6月11日 (13)

12年6月11日 (14)

この後は神聖な場所なので、手を洗う。

12年6月11日 (15)

御廟(ごびょう)橋。 この先は、写真は撮れない。
正面の建物は、弘法大師のお墓がある、弘法大師御廟。 無料で参拝できる。

12年6月11日 (16)

※ 御廟の中は厳粛な雰囲気で、おしゃべりしている人はいなかった。 少しはいたかな。

戻って、一の橋に向かう。
信長の墓。 高野山を焼き討ちしようとしたためか、大きな墓ではなかった。

12年6月11日 (17)

全部歩くと4㌔ほどになる。

12年6月11日 (18)

秀吉の墓。 秀吉も焼き討ちしようとしたが、ある僧の取り成しでやめる。 金剛峯寺の前身の寺を建てる。

12年6月11日 (19)

墓は道沿いだけでなく、山の中まで。

12年6月11日 (20)

1375年に作られた石碑。 ある尼層のもの。
石碑に耳を当てると、極楽の声に似た音がするという。 
どんな声か知りたかったので、やってみた。 何も聞えなかった。

12年6月11日 (21)

道は続く。

12年6月11日 (22)

汗かき地蔵。 右隣に、姿見の井戸。

12年6月11日 (23)

これが、その井戸。 覗いて自分の姿が映らなければ、3年以内に死ぬという。
覗かない訳にはいかなくなった。 恐る恐る覗いてみた。 井戸の底に、私はいた。

12年6月11日 (24)

徳川家が高野山にも墓所(霊台)を作ったため、他の大名は、それに習った。 有力な家臣のも。
これは、光秀。

12年6月11日 (25)

三成。

12年6月11日 (26)

薩摩島津家。

12年6月11日 (27)

正面向こうは、伊達正宗。

12年6月11日 (28)

信玄と勝頼。
勝頼の最後は、天目山。  
※ 関連ブログ 武田勝頼の最後は、天目山の麓の田野。 今はそこに、景徳院。~甲州市~  他  (2011/11/2) 

12年6月11日 (29)

左の石は、町石と云われるもの。

12年6月11日 (30)

町石は、道しるべとして、109㍍置きに建てられた。

12年6月11日 (31)

一の橋に近づくと、墓が新しくなってくる。 こんな像も。

12年6月11日 (32)

司馬遼太郎の文学碑。

12年6月11日 (33)

司馬遼太郎には、高野山が、他とは全く別の地に見えた。
※ 高野山は標高900㍍。 周りは山。 
  まるで高野山は、ハスの花の中。 だから空海は、ここを開いた。

12年6月11日 (34)

一の橋を出てきた。

12年6月11日 (35)

この後、高野・龍神スカイラインを通って南下した。
見晴らし台はどこも個人の所有になっていて、見られなかった。
※ 見るだけでお金がかかるので、見なかった。

やっと、公共の駐車場があった。 絶景は通り過ぎた後。

12年6月11日 (36)

高野山に3日いました。
京都とも奈良とも違う、別の世界にいる感じでした。

【今日の歌】
イノダって云うコーヒー店は、京都では誰でもが知ってるお店。
支店が、京都駅の地下にもある。
高田渡は、有名にするのに、一役買った。








【道の駅】   龍神   山の中です。 カジカガエルの声が聞えます。 近くに、龍神温泉。

【明日の予定】   この近くや龍神温泉を歩きます。
          その後、テレビが入る所に移動します。  サッカーを見るため。
          今日は、久しぶりにテレビが入らない。 それほど、山の中。

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高野山の2日目。
主に、世界遺産になっている所を見た。
高野山の人気の場所は、金剛峯寺と奥の院なので、観光客は多くはなかった。
    ※    ※    ※    ※

赤○の所に行く予定。

12年6月10日 (1)

駐車場の近くに、伽藍中門再建工事の作業館があった。
昨日見た大塔の近くに、覆(おお)いをした建物があった。 それが中門。 ※ 後ほど見る。

12年6月10日 (5)

屋根の下の部分の部材を、作っていた。

12年6月10日 (4)

この木が朽ち果てて交換されるのは、何百年後になるのでしょう。

12年6月10日 (2)

切りこみが、複雑。 宮大工と云われる人たちが、作業している。

12年6月10日 (3)

大門に向かった。  大門は、高野山の西の入り口。 ※ 最初の地図は、下が北。

12年6月10日 (6)

昔は、ここを通ってやってきた。

12年6月10日 (7)

1705年の建物とある。  世界遺産。

12年6月10日 (8)

高野山に入るには、7つの入り口があるが、この道が中心の道。
奥の院は、この反対側にある。

高さ25㍍。 圧倒される大きさ。

12年6月10日 (9)

金剛力士像ににらまれながら、ここを通る。

12年6月10日 (10)

戻る途中に撮影。 この中で、中門の再建工事が行われている。
2015年に、高野山が開かれて、1200年になる。 その時の完成を目指して。

12年6月10日 (11)

ここがお世話になっている駐車場。 正面に、金剛峯寺。

12年6月10日 (12)

徳川家霊台に向かっている。 ずっとお寺が続いている。

12年6月10日 (13)

高野山には117のお寺がある。
不思議に思うのは、どんな経営をしているのか。
檀家だって多くはないだろうし。
どの寺も、みすぼらしくはない。

半数の寺は、民宿を経営しているそうだ。
他に何かないと、きっと苦しくなる。
どんな収入があるのか、調べてみたが、はっきりしない。

こんなお寺が、ずっと続く。

12年6月10日 (14)

交番です。 現役。

12年6月10日 (15)

道は、ゆるい登りが続く。

12年6月10日 (16)

徳川家霊台に着いた。 突き当たり右に、受付。 200円。

12年6月10日 (17)

石段を登ったら、この場所に。 左上に屋根だけ見える。

12年6月10日 (18)

ここ全体を霊台という。
右が、家康の霊屋(れいおく)。 左は、秀忠の霊屋。  霊屋は死者の霊を祭ってある建物。
3代将軍家光が建てた。
日光の東照宮の建物に似ている。
世界遺産。

12年6月10日 (19)

隙間から撮った。

12年6月10日 (20)

女人堂に向かっている。
途中右に随心院と云うお寺があったが、京都の随心院との関わりは、分からなかった。
 ※ 京都の小野にある随心院は、小町ゆかりの寺。 一番信頼性が高い。

12年6月10日 (21)

門が見えた。 門の右に、女人堂はある。
ここはの入り口の名前は、不動口。 高野山の北西に位置する。

12年6月10日 (22)

女人堂。 明治時代に入るまで、高野山は女人禁制。 女の人は入れなかった。
どうして女人禁制なのかは、いくつか理由があるよう。
一番の理由は、女の人がいたら、男は修行に専念できない。 気になる。
※ 室生寺五重塔がある室生寺は、女人高野と呼ばれる。 ここは、女人禁制ではない。

女の人は、入り口にある女人堂でお参りした。

12年6月10日 (23)

高野山の7つの入り口に、それぞれ女人堂はあった。 残ったのはここだけ。 
※ 元々、ここが一番の女人堂でもあった。

12年6月10日 (26)

ここを下ると、高野山の中心に。

12年6月10日 (25)

高野山の周りには、高野山女人道があった。 7つの女人堂をつなぐ道。

12年6月10日 (24)

ここは、しばらく歩いて、金剛三昧院(こんごうさんまいいん)。

12年6月10日 (28)

この寺は、源頼朝の妻、北条政子が建てた。 頼朝の菩提を弔うため。 ※ 後の時代になって、実朝も。
鎌倉時代は、ここが、高野山の中心寺院。

※ 義経は頼朝に追われた。
  静御前は、吉野の山の中で捕まった。
  頼朝の前で、義経を慕って、下の歌を歌う。
   「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」
  頼朝は激怒する。
  このとき、静御前を助けたのが、北条政子。
  思い出します。

国宝の多宝塔が見える。

12年6月10日 (29)

本堂か、寺の建物。 昔泊ったのは、ここの宿坊かもしれない。 境内に多宝塔があった。

12年6月10日 (30)

これが国宝の多宝塔。 1223年に建立。 日本で2番目に古い。 これがあるので、世界遺産。

12年6月10日 (31)

なぜこんなに高野山が栄えたのか。
それを知りたい。


【今日の曲】
作曲は、ベートーベン。  指揮のカラヤンは、何度も日本にやってきています。 若いころ聴きました。



【停泊場所】   金剛峯寺前の駐車場

【明日の予定】  奥の院の見学

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高野山は、高原にある宗教都市。 標高800㍍。  ※ 周りは1000㍍ほどの山。 
有田川の上流にある。  ※ だから、和歌山県になるのか。

京都は暑かったけど、別世界のように涼しい。
少しずつ見学して、しばらくいたいなって思い始めている。

高野山と言えば金剛峯寺(こんごうぶじ)、と言っていいほどの中心の寺院。
大学1年の時、高校時代の友達と3人で来た。  ※ 旭川から列車で。
どこかの宿坊に泊まった。 懐かしい想い出。
    ※    ※    ※    ※

和歌山県の山奥にある。



山を越えて、盆地の中に入った。 ○の中が、金剛峯寺。 壇上伽藍と云う所も、金剛峯寺が管理している。
奥の院には、数えきれないお墓。 有名人のが多い。

12年6月10日 (2)

金剛峯寺には、ここから入る。 

12年6月10日 (1)

山門でいいのかな。

12年6月10日 (3)

金剛峯寺。 本堂とかがみんなくっ付いている。 境内は無料。 建物の中は、500円。

12年6月10日 (4)

建物の前の部分。 写真は、襖(ふすま)を直接撮らなければ大丈夫。

12年6月10日 (5)

左に大広間。

12年6月10日 (6)

大広間。 右に、お参りするところがある。 そこに向かって、左の外から手を合わせる。

12年6月10日 (7)

上で言ってる場所。

12年6月10日 (8)

外からこのように。  お遍路さんのような格好の人が見える。

12年6月10日 (9)

別の建物への、長い廊下。

12年6月10日 (10)

右に部屋が続く。

12年6月10日 (11)

どの部屋も襖が立派。 

12年6月10日 (12)

金剛峯寺を含めて、高野山の6つの建物が世界遺産になっている。
「紀伊山地の霊場と参詣道」という形で。 熊野や吉野も入っている。

12年6月10日 (13)

高野山は、平安時代初期に、空海(弘法大師)が真言密教の聖地として開いた。
※ 浄土宗や浄土真宗より、ずっと古くからある。

大広間。 一休み。

12年6月10日 (16)

お茶とお菓子の接待を受けた。

12年6月10日 (14)

先日のブログの広沢の池で、嵯峨天皇が登場したが、空海は嵯峨天皇から高野山の土地をもらった。
816年のこと。

来迎の図。 死んだ人を迎えに来た。

12年6月10日 (15)

金剛峯寺は、明治に入ってからの呼び名。 青巖寺と興山寺を合併した。
青巖寺は、秀吉が母の菩提を弔うために建てた。
こんなことがあった。

秀吉には当初子供がいなかった。
それで、姉の子を養子にした。 豊臣秀次。 秀吉の後継ぎに考えていた。
ところが、後に淀殿が秀頼を生んだ。
秀吉は、秀次が疎(うと)ましくなってきた。

何だかんだ理由を付けて、高野山の金剛峯寺の前身の青巖寺に追放した。
そしてすぐに切腹を申し付けた。
1595年の7月15日、青巖寺の柳の間で死んだ。 28歳。
これだけでは済まず、秀次の家族や側室・侍女も京都の三条河原で殺された。 39名。

秀吉のやり方をよく思わない者が、多くいた。
豊臣政権の内部は、一枚岩ではなくなって行った。
このことは関ヶ原の戦いの遠因となっており、よく思わなかった物は、家康側についた。
昔、一大事件がこの地であった。

※ 柳の間。 パンフレットを撮影。

柳の間865

この人が、空海(弘法大師)。

12年6月10日 (17)

梵字(ぼんじ)と云われる字かな。

12年6月10日 (18)

向こうに庭。

12年6月10日 (19)

石庭としては、我が国最大と説明があった。

12年6月10日 (20)

右の方。

12年6月10日 (21)

金剛峯寺には、昔、僧兵がいたのか、強い力を持っていたよう。
信長に逆らって、焼き討ちに遭いそうになった。 信長が死んで、難を逃れた。

12年6月10日 (22)

奥にも、別の石庭。

12年6月10日 (23)

昭和天皇が来た時の、夕食。 こんな御馳走を毎日食べていたら、病気になる。
兼好のことを考えて作っているのかな。

12年6月10日 (24)

こういう庭があちこちに。

12年6月10日 (25)

上段の間の、一番高い所。  昔、天皇や上皇が来た時に使った。 今は、儀式の時に。

12年6月10日 (26)

広い台所。 今は使っているのかな?

12年6月10日 (27)

こっちは、別の場所。 大伽藍(壇上伽藍)に行く。 高野山では、大事な場所。 金剛峯寺が管理。

12年6月10日 (28)

大きな塔や仏殿が並んでいる。

12年6月10日 (29)

高野山は真言密教だという。 密教って何だろう。 Wikipediaでは、下のように。 分かりにくい。
  文字によらない教えである曼荼羅や法具、灌頂の儀式を伴う「印信」や「三昧耶」等の象徴的な教えを旨とし、
  それを授かった者以外には示してはならないとされた点で「秘密の教え」とされる。

赤い塔が大塔。

12年6月10日 (30)

壇上伽藍は、説明では、高野山の2大聖地とあった。 もう1ヶ所は、奥の院。
大塔(多宝塔)。

12年6月10日 (31)

6角形の形。

12年6月10日 (32)

左右に神社。 寺を守る神社か。 

12年6月10日 (33)

西塔。 坊さんが、一つ一つの建物の前で、手を合わせていた。

12年6月10日 (34)

御影堂。

12年6月10日 (35)

不動堂。 これだけが、国宝。

12年6月10日 (36)

車道を戻った。 向こうに行くと、高野山の入り口の大門がある。 

12年6月10日 (37)

突き当たりを左に行くと、駐車場。 そして、金剛峯寺の建物。

12年6月10日 (38)

高野山は、狭い盆地の中に、100以上の寺が密集している。
奈良や京都と、雰囲気が違う。
標高800㍍と云うことは、高野山は、天空の宗教都市かな。

【今日の歌】



【停泊場所】   金剛峯寺前の広い駐車場。 夜停めても大丈夫。 無料。 

【明日の予定】  金剛峯寺以外。 国宝の多宝塔とかがある。 ブラブラする。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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