キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

国定忠治って人が、幕末にいた。
侠客(きょうかく)と云われ、ヤクザの感じ。

人のことになることも、多少やったよう。
悪いこともいっぱい。  庶民を直接はいじめない。

下の人。 (Wikipedia)

剣を持ったら強い。    手下もいる。

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国定村出身なので、国定。  (清水次郎長みたい)

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場所は、国道406の山の中。  道の駅から向かった。 初めて走る道。

  ※ 赤〇の道は、草津街道。  草津温泉に行くから。
  ※ 途中からオレンジを行くと、須坂に。  そこは信州。 赤とオレンジで、信州街道

今日の道は、草津街道であり信州街道とも。

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須賀尾峠を越えて。  印の場所に、大戸(おおど)宿はあった。

 ※ 温川温泉辺りが、後で出てくる、浅間隠温泉郷。

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草津街道とある。  赤〇が、処刑場跡。 忠治地蔵がある。

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街道図。(グーグル)

下の方に、中山道。   紫は、北国(ほっこく)街道。

草津街道は、高崎で中山道から分かれる。

  ※ 中山道・北国街道を使うより、草津街道(信州街道)の方が近い。
    草津街道は、参勤交代では使わない。

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須賀尾峠を下ったら、須賀尾宿。 温泉は、この近く。

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大戸宿に入った。 

赤〇に、大戸関の北側の門があった。  黄色に、再現した大戸関。

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1㌔ちょっと走って、ここに来た。 向こうから。 南側の大戸宿の入り口。

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ここに、忠治地蔵。   バス停がある。 ※ 書いてある温泉が、須賀尾宿の近くにある温泉。

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処刑されたのは、1850年。 忠治地蔵は、13回忌で建てられたから、古い。

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仲間の敵討ちか何かで、ここを抜ける必要があった。

普通に通れる立場ではなかった。 関所破りを。 
捕まる10年ほど前、40才ころ。  山道を通ったのか。

 ※ 忠治は、上州(群馬県)と信州(長野県)で生きていた。

顔ははっきりしない。    ※ 余談 酒は伊豆の酒。

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像の後ろに、慰霊碑。   古くない。  右に、子分の名前。

日光の円蔵は、大戸宿を突破するときに、失っている。

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新しい墓のよう。 法名は、国定村にある墓と同じ。

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赤城の山も今宵限りと、こんな後ろ姿で去ったのか。

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大戸関跡に来た。  右に草津街道。  向こうに行って、高崎。

大戸関は、街道のこの場所にあった。   道の上に。 ここが、北出口。

飾りのような小さなのが、造られてある。

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脇道の奥に来た。   草津街道は、曲がって向こうに行く。   右に行くと、東吾妻(ひがしわがつま)町の中心街に。

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これに似たものがあったのでしょうか。   箱根の関所のは、立派だった。

    箱根関所は、昔の場所に昔の通り、復元されていた ~芦ノ湖の南端に~  駒野を慰めたバルデス  (2010/6/30)

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御番屋とある、休憩所。

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国定忠治は、歌にも映画にも講談にも、何にでも。

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何かが書いてある。

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関所破りは幕府に逆らうことになる。 だから処罰は厳しい。 斬首が基本か。

忠治が捕まったの処刑されたのは、1850年とある。

上州から草津や善光寺への最短ルートとある。

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処刑場は、左ずっと向こうに。 草津街道は、右上に行く。  自分は、右上に行く。

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見学終えて、草津街道を草津方面に向かう。

須賀尾峠手前にある、須賀尾宿。

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途中左側に、浅間隠温泉郷が。  この時は、あると知らなかった。

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浅間街道を初めて走った。
途中道の駅もあるので、再度来る時があります。
その時は、宿場を歩いてみますね。  温泉にも。

国定忠治は、バクチをやっていた。
おいちょかぶとか。 花札で。

8と9と3の札なら、足して20。 1の位の数は、0。   9が一番よくて、0はブタ。  最悪。
8と9と3は、役立たず。 つまり、ヤクザ(893)

侠客は、ヤクザでもある。

それが基本なんだけど、国定忠治は不思議と人気がある。

【今日の一句】 「 忠治は ヤクザと云うより 侠客か 」

【今日の歌】









【道の駅】        上田 道と川の駅

【明日の予定】   上田のどこか。  真田本城跡とか。

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織田郡から逃げる勝頼に、真田昌幸は、岩櫃城に来るように言った。
でも、大月市にある岩殿城に行くことに。

家臣の小山田信茂が裏切って、城には入れなかった。
最期の地、天目山に向かうことに。

  ※ 岩櫃城で戦っても勝てないと思ったのか。
    真田を守るために、岩櫃城には行かなかったのかなって・・。

雨の日だったけど、東風さんと、本丸跡だけを見てきた。

真田丸のオープニングの岩山は、岩櫃山。
   ※ 滝は須坂にある、米子大瀑布。  城は、備中松山城。

いつか山全体を歩いてみたい。
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ここは上州。   群馬県の北部。

s-16年9月18日 (1)    s-16年9月18日 (2)

ここは群馬県では、東西の道の最北の道   真田道と呼ばれる。

川は、吾妻(あがつま)川。   左のもっと上流に、八ッ場(やんば)ダムは出来る。

    吾妻渓谷。  鹿飛橋・八ッ場ダム・滝見橋。  川原湯温泉。~長野原町他~ 他 (2013/10/26)

s-16年9月18日 (3)

岩櫃山(いわびつやま)の中腹に。

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東風さんの車で向かった。

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広い駐車場がある。   城は右上の山に。

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国道からの入り口には案内がある。

左の方に、潜龍院跡とある。
ここにあった建物は、武田勝頼を向かい入れるために作った。

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案内所。   最後に見る。

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下の方に、小さな集落。

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〇の中を歩く。

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天気が良ければ、朝から出て、岩櫃山の頂上に行ける。

s-16年9月18日 (12)

昌幸の父の幸隆が、奪い取って自分の城に。

昌幸の子の、信繁(幸村)や嫡男の信幸が暮らしたことがあると。

上田城から沼田城への途中に。   

s-16年9月18日 (13)

勝頼は、敗走しているとき、どこの城に呼ばれていたかは、自分は知らなかった。
それが、岩櫃城とは、今回知った。

さあ出発。 自分は半袖なのに、東風さんはあの姿。 そのうちに脱ぐけど。

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栗林。  いくら拾ってもいいよって、案内所の人が後で教えてくれた。 1個だけ拾った。

s-16年9月18日 (15)

靴は泥だらけ。   他にも来てる人が。

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15分ほどで着いた。  左に、本丸跡。  堀の跡が見える。

s-16年9月18日 (18)

この上に。

s-16年9月18日 (19)

石垣とか、残っている物は無い。   櫓台(やぐらだい)。   見晴らし台か。

広く、本丸跡。

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吾妻町(わがつままち)。   吾妻川。  利根川の支流。 真田氏、上州の拠点とある。

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本丸跡。  岩櫃の櫃(ひつ)は、ご飯を入れるお櫃の櫃ですね。

s-16年9月18日 (23)

信繁(幸村)の父 昌幸は、幸隆の三男。   上2人は、長篠の戦いで戦死とある。
 
  ※ 昌幸はなぜ死ななかったのか。 調べてみた。

    昌幸は勝頼のそばにいた。
    兄2人は、前線で戦った。

    その頃昌幸は、武藤家を継いでおり、武藤喜兵衛昌幸を名乗っていた。
    武田勝頼に近い家臣として、本陣を守っていた。

    兄2人が死んで、真田家を継いで、真田昌幸に戻った。 

s-16年9月18日 (25)

反対側から戻る。

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案内所の見学。

s-16年9月18日 (33)

ビデオもある。

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頼朝が、山がお櫃(ひつ)に似てると言った。   それで、岩櫃山。
どの様に、似てるのかな。

s-16年9月18日 (28)

ビデオ。  川の反対側から見たら、このように見えるそう。

s-16年9月18日 (27)

真田丸のオープニングは、下の風景。

上の方が、岩櫃山。  下に滝が見える。  これは別。

s-16年9月18日 (37)

頂上に城が見える。  岩櫃山にはない。

s-16年9月18日 (38)

滝は、信州の須坂にある、米子(よなこ)大瀑布。  東風さんが以前連れて行ってくれた。

  米子(よなこ)大瀑布。  不動滝と権現滝。  ヒカリゴケを発見。~須坂市~  他  (2013/7/7)

2013070722314384e_20160919133956b94.jpg

城は、備中松山城と、東風さんが知っていた。

現存する天守の中では、一番高い所にある。 それで使ったのか。

   天空の城塞「備中松山城」 ~現存する天守では、一番高い所に。 高梁市~  他  (2011/5/29)

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勝頼を迎える予定だった、潜龍院跡の説明。

ここに来て戦っていたら、どうなったでしょう。
戦略家の昌幸がいるから、簡単には負けなかったか。

歴史は変わったかも知れない。

でも負けたら、真田家も滅びる。
勝頼は、それを心配した。

岩櫃城は遠かったという理由もあるのか。
逃げる間に、織田・徳川軍に追いつかれそう。

  ※ 勝頼たちは、岩殿城を目指す。
    家臣の小山だ信茂が先に行っていた。
    勝頼たちを裏切って、城に入れなかった。

    先祖が死んだ地である天目山を目指す。
    麓の田野の地で、力尽きる。

    信茂は、武田軍から離れたら、助かると思ったようだ。
    でも、織田軍率いる、信長の長男 信忠は、主に忠義を尽くさない小山田信茂が気に入らない。
    斬首。 一族皆殺し。

     (信忠は、本能寺の変の時、近くの寺にいた。 助けに向かったが、戦って負けた)

        五番町夕霧楼の舞台を、歩く。  本能寺の変ゆかりの、妙覚寺。  雁(がん)の寺の瑞春院、他。~京都市~ 他 (2014/11/10)

  ※ 家康も、信忠と同じ考えだったよう。
    勝頼の最期の地の近くに寺を建てて、弔った。
    家臣たちの面倒を見る。

       武田勝頼の最後は、天目山の麓の田野。 今はそこに、景徳院。~甲州市~  他  (2011/11/2)    

s-16年9月18日 (29)

真田街道の中での、岩櫃城の位置。

左に、真田氏本城と戸石城がある。 昌幸の父の幸隆が、村上氏から奪い取ったのこの一帯。(奪われていた) 
武田氏の世話になり、山本勘助が活躍かな。

s-16年9月18日 (30)ppp

昌幸の嫡男 信幸が沼田城の城主だった時、出浦昌相(いでうらまさすけ)が、岩櫃城を任されていた。
沼田城の支城として。

寺島(てらじま)進が、格好良く演じた。

s-16年9月18日 (31)

想像図。

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勝頼のことは、今でも忘れない。  

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コスモス咲く道を戻った。

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雨が強いので、東風さんと、「どうする?」って迷った。

でも行くことに。 車から出て歩き始めたら、雨は弱くなった。 真田家がそうしてくれたのか。 勝頼か。
車に戻って走り出したら、また強い雨に。

  ※ 以前、勝頼の母の諏訪御料人(大河では由布姫)の墓に行った時も、そうだった。

        由布姫  高遠城  絵島の物語  他 (2009/06/18)

    お参りは、2度。

        由布姫(諏訪御料人)と絵島の墓に、お参り。  絵島の囲み屋敷。  高遠城跡。~伊那市高遠町~  他  (2012/11/1)

岩櫃城が、少し分かったでしょうか。

【今日の一句】 「 真田の地奪還の恩は、昌幸そして末代まで 」

【動画】



【道の駅】    あがつま峡   東風さんとお酒を飲んだ。 2晩連続。 楽しい楽しい。

【カメラのケース】  旭川のMさんから東風さんに送ってもらった。 東風さんが、昨日持ってきた。
           今日から使い始めています。 便利。 今日の写真も、小さなX-70です。

【今日の歌】    憂鬱デス    この曲が気に入っている。  

              ※ 最近、車では森田童子を聞いている。  CDは、まだ買ってない。
                 YouTubuのをダウンロードして、2千数百円の小さな機器を使って、FMで聴いている。
                 CDに記録する方法を忘れた。  これなら、USBメモリーに記録すればいい。  簡単。



畳にうつぶしては
おもしろくなく

体をねじってみては
おかしい

ただ自堕落に
おぼれてゆく日々に
ひとり心地いい

明日に祈る気持ちもなく
明日に生きてみる


悲しい夢に目覚めて
歯を磨く

洗濯の乾き
淋しいにおい

ただ何もなく
青いだけの空は
ひとり心地いい

明日に祈る気持ちもなく
明日に生きてみる


淋しき夕べに 郷里からの小包を開き
ひとりさくさくと 柿を食らう
やがて 喉元に冷たく 腹にしみる
ひとりさくさくと 柿を 食らう


逆立ちして見ては
ひとりごと

物干し台の猫が
逃げた

ただ自堕落に
おぼれてゆく日々に
ひとり心地いい

明日に祈る気持ちもなく
明日に生きてみる

【明日の予定】    ブログの整理になりそう。  雨。

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江戸時代になっての沼田藩の藩主は、真田信幸。
後に、幸を之に変えて、真田信之に。

幸は、父昌幸の幸だったから、家康がそうした。
  ※ 真田は、そのまま。

また、沼田城は、小松姫がいたことで知られる。
信幸の妻。

少し前の真田丸で、信幸の父の昌幸を追い返した。
気丈な女性だったよう。
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沼田は越後への出入り口。 要衝の地。

s-16年9月17日 (1)    s-16年9月17日 (2)

沼田市の城と中心街は、利根川の河岸段丘の高い所にある。

s-16年9月17日 (3)

臨時の駐車場もあるから、大丈夫。   案内所は少しだけ見たけど、最後にちゃんと。

s-16年9月17日 (4)    s-16年9月17日 (5)

城は、幕府に壊されたから、ない。

一部が個人の力で整備された。 長い歴史の中では、大事にされた感じはしない。
何も残ってなかったから、仕方ないか。

  ※ 城をまた城跡をどれだけ大事にしたかは、その町によって大きな差がある。

DSCF9679vvvv.jpg 

鐘楼がある。 鐘は、それなりに古いよう。

s-16年9月17日 (8)

今は、沼田城址公園。

s-16年9月17日 (9)

向こうに見晴台。

s-16年9月17日 (10)

こんなのが、時々。

沼田城は、小松姫の話が面白いんですね。 本多忠勝の娘。
忠勝は、家康の家臣。(四天王)

真田昌幸の嫡男、信幸に嫁ぐ。  

家康は、真田家との関係を良くしたいとの考えがあったよう。

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利根川に近い、沼田の市街地。

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鐘楼の右。

s-16年9月17日 (13)

石垣があるので行ってみる。

s-16年9月17日 (14)

積み直された石垣のよう。 ほんの一部、このように。

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この桜が、沼田城の形見のように。

初代城主は信繁の兄の、信幸(之)。 

5代目城主の信直が、城主として問題があった。
領地を幕府に没収される。  天領に。  その後、城は壊される。

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こっちも御殿桜。

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別の方から鐘楼。

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5層の天守があった。

s-16年9月17日 (17)

何があるわけではなく、行ってみる。

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信幸が、沼田の基礎を築いたとある。 町づくりのことですね。

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お堂の中に天狗。

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迦葉山 は、沼田北部に。

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北の方が見える。

s-16年9月17日 (27)

中央遠くに、谷川岳。   岩の山 谷川岳  一ノ倉沢   他  (2009/10/19)

山の向こうは越後。

s-16年9月17日 (29)    s-16年9月17日 (28)

平八石。  戦国時代のこと。

沼田氏の内紛に乗じて、真田昌幸が沼田を手に入れた。

s-16年9月17日 (31)    s-16年9月17日 (30)

神社の横に、沼田城絵図についての説明。

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信幸と小松姫。 心が読み取れる像が好き。  ※ 例えばこんなの。 維新の門。 四国、梼(ゆす)原。

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金箔瓦が出たそう。

s-16年9月17日 (36)

資料館に来た。 女の子は、ずっと見ていた。  沼田城で、小松姫登場の場面。 

  ※ あの後、2人いる子供を、昌幸に見せに行ったよう。
    宿泊場所も準備してあって。 ご馳走いっぱい。

s-16年9月17日 (49)    s-16年9月17日 (37)

草刈正雄たちの服装は、名胡桃城の写真と同じ。  同じ日に寄ったのか。 3月20日だったかな。

s-16年9月17日 (38)

ドラマを面白くしてくれた。 役者を尊敬したくなる。

s-16年9月17日 (46)    s-16年9月17日 (45)

今回のを少し変えたら、石田三成主人公のドラマがつくれそう。

山本耕史が演じたら、歴史上の人物の魅力を、高めてくれる。 土方歳三しかり。

  ※ 東風さんは、話すときの視線がいいと言った。 

s-16年9月17日 (39)    s-16年9月17日 (40)

寺島進の変貌に、驚き。 

今回の真田丸は、草刈正雄の代表的な出演作になった。

歴史の中では家康に負けたけど、ドラマの中での存在感では、家康に勝っている。

さっき見た石垣で。

s-16年9月17日 (42)    s-16年9月17日 (41)

脚本の三谷さんが、直々に出演を頼んだよう。 冷たい演技が続いた。 彼女にぴったり。

最初から右の写真ならよかったのに。

s-16年9月17日 (43)    s-16年9月17日 (44)

いつも不安そうに、上手に演じていましたね。

秀頼が生まれて、彼の人生は狂った。 一族皆殺された。

彼への秀吉の処遇の冷たさが、多くの武将の人心を、秀吉から離していく。

彼の墓は、京都の瑞泉寺にある。

    木屋町、祇園を歩く。  酢屋など、維新の史跡。 瑞泉寺。  祇園新橋、他。~京都市~ 他 (2014/11/15)

右写真は、信幸の最初の妻の、こうかな。  長野里美。

s-16年9月17日 (48)    s-16年9月17日 (47)

上の段に、本多正信。 演じてるのは、近藤正臣。

曾祖父に幕末の尊攘運動家近藤正慎がいる。 こんどうしょうしん。

清水寺の僧で、兄弟僧に月照がいた。 月照を支援する。
安政の大獄で捕まる。  月照の行方を聞かれるが、白状しない。 舌を噛み切って死ぬ。

彼の子孫は、清水寺内で茶を営むことを許される。 舌切り茶屋。 今もある。

上に書いた月照は、西郷隆盛が錦江湾に入水するとき、一緒に飛び込む。
月照は死んで、西郷は助かる。

近藤正臣の演技には、凄みを感じる。 近藤正慎の血が流れている。

再来年の大河では、正慎は必ず出てくる。
若くして死ぬから、近藤正臣は演じられない。

下の記事に、上のことが。

    世界遺産 清水寺  三年坂  二年坂 ~京都で人気ナンバー1観光エリア~   他  (2010/5/20)

脚本家の三谷さんの頭の中には、きりの存在がいつもある。

真田丸最後の最大の山場に、きりが登場。 
その時までに、彼女は、信繁の子供 阿梅(おうめ)を生んでいる。

    白石城は、木造での復元。  片倉小十郎の妻は、真田幸村の娘、阿梅(おうめ)姫。~白石市~ 他 (2014/10/12)   

s-16年9月17日 (51)    s-16年9月17日 (50)

信幸は、沼田城そして城下を整備した。
小松姫が、それを支えた。

沼田市での、小松姫の人気は絶大。

最後に、どうして、真田家は豊臣と徳川に分かれたか。

 ① 真田の血を残すため。

 ② 昌幸と信繁の妻は、豊臣方。  昌幸の妻と三成の妻は姉妹。 信繁の妻は、大谷吉継の娘。
   信幸の妻は、徳川方。     本多忠勝の娘。

【今日の一句】  「 小松姫の機転で 昌幸との争いは 大事にならずに 」

【今日の歌】   Morita Doji   君と淋しい風になる



【道の駅】    あがつま峡

東風さんが、須坂からやって来た。  ※ 写真は、東風さんが撮影。

20160917210806e4e.jpg

温泉がある。  400円。

   一句 「 露天風呂の寝湯 上州の雲を見る 」

20160917210806451mm.jpg 

夜は楽しい宴会。 おそくまで。

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【明日の予定】   岩櫃城

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群馬県に入った。
大河ドラマの紀行で紹介紹介されてる所を探訪。

最初は、名胡桃(なぐるみ)城。

            mmmk111.jpg  mmmk222.jpg         ここでちゃんと見られます

歴史の舞台には、たった10年程の登場の、小さな城。

この城が、歴史を動かすことに。
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新潟県から三国峠を抜けて、群馬県に。

山を下って、みなかみ町。

s-16年9月16日 (1)

印が名胡桃城。  赤〇は、沼田城。

s-16年9月16日 (2)pp 

城跡の隣に駐車場。  無料。

s-16年9月16日 (3)

左に駐車場。   名胡桃城址案内所。

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最後に見学する。  小松姫が。

s-16年9月16日 (5)

これを読むと、名胡桃城の大まかなことが分かる。

s-DSCF9630ppp

ここからです。

4つに分かれている。 三郭(さんのくるわ)、二郭(にのくるわ)、本郭(ほんくるわ)、ささ郭の順に。

   ※ 郭(くるわ)は、柵(さく)で囲われた所の意味。

   ※ 二郭の上下の入り口に名前。 二郭北虎口(こぐち)と二郭南虎口。

DSCF9506aaaa.jpg 

城は、信繁(幸村)の父の昌幸がつくった。  天守のない山城。

   ※ 昌幸は、父の幸隆と共に、武田信玄の元ではたらく。  幸隆が、真田家の祖。

s-16年9月16日 (6)    s-16年9月16日 (7)mmm

発掘調査を終えて、整備された。

s-16年9月16日 (8)    s-16年9月16日 (9)

三郭にいる。  前に、二郭。  橋の部分が、二郭南虎口。

  ※ 虎口は、元々は小口と書いた。 そこは戦いの場所であり重要なので、虎の字を使うようになった。

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虎口の説明。

s-16年9月16日 (14)     s-16年9月16日 (15)mmm

虎口の所には、深い掘がある。

s-16年9月16日 (13)   

二郭。 広い。 建物があって、多くの兵はここにいたのか。

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橋のこっちの部分が、二郭北虎口。

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説明。

s-16年9月16日 (21)

橋を渡って、本郭。  

s-16年9月16日 (22)

本郭。 城の中心。  左に、碑が見える。

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「名胡桃城址之碑」。  大正12年に。  城跡を大事にしたいという人々がいた。

s-16年9月16日 (25)

一番奥のささ(笹)郭。 

  ※ 笹郭は、小さい郭の意味。 どうして笹なのか。 笹は竹に比べて小さいからか。

ささ郭からは、広く見渡せる。

  ※ どの説明もそうだが、造りは詳しく書いてある。
    ただ、そこの郭がどんな意味を持っていたかが、書いてない。
    それがあるといい。 一番知りたい部分。
 
s-16年9月16日 (26)    s-16年9月16日 (27)    s-16年9月16日 (28)

下には、みなかみ町の中心部。  

s-16年9月16日 (29)

小さな城もあった。   誰かが、六文銭。

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左方面。  城は、名胡桃台地に。 国道17も、台地を通っている。   下に利根川。

s-16年9月16日 (33)

左奥に、沼田市。 沼田城は写真の右。 山のかげ。

s-16年9月16日 (32)

戻る。

s-16年9月16日 (34)

クマが出たことあるので、注意とあった。  クマ除けの鐘も。

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案内所を見学。

s-16年9月16日 (37)

お店もある。  みんないい表情。

   ※ 六文銭は、三途の川の渡り賃でしたね。
     戦死しても地獄に行かなくて済む。 命を懸けて戦える。

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さっき見た名胡桃城之碑は、山からこうやって運んだ。

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歴史マップ。

s-16年9月16日 (40)

ここは、今年の3月20日にオープン。

s-16年9月16日 (41)

この2人も、女性たちもやってきた。

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寺島(てらじま)進は、演じたら別人。  大きな役をやれそう。

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こっちにもいっぱい。

s-16年9月16日 (48)

脚本がいいのかな。  演じる俳優陣もいい。  

家康は、内野聖陽が。 風林火山の山本勘助とは、別な味。

右写真の右下に、昌幸の母。 昌幸を知将に育て上げた。

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昌幸の母は、風林火山にも出ていた。  演じていたのは、清水美沙。

  ※ 彼女は、昌幸の父の幸隆の妻。
    幸隆は一時、真田の地(上田)を追われる。
    山本勘助の苦労が実り、村上氏から、領地を取り返す。
    幸隆夫婦は勘助に礼を言う。 3人で、嬉しそうだった。

    あれがなかったら、孫の信繁(幸村)の活躍も、今回の大河ドラマもない。(写真はNHKから)

G2011033528SA000_x.jpg 

上の方の真ん中の写真の、左下に、武田勝頼がいる。
脚本を書いた三谷さんは、いい形で描いた。 ひ弱でなく。

勝頼が敗走するとき、昌幸は自分の所に来い、と伝えた。
でも、勝頼は真田氏に迷惑がかかるので、行かなかった。
死に場所は決めていて、そこに向かうことに。

   武田勝頼の最後は、天目山の麓の田野。 今はそこに、景徳院。~甲州市~  他  (2011/11/2)

左写真。 秀吉に不気味な迫力を感じた。

今回の大河ドラマで、石田三成像は変わった。(光成はあの世で喜んでいる?)
山本耕史は、新選組の土方歳三役もよかった。

真ん中写真の下、黒木華(はる)の演技が光った。

草刈正雄は、昌幸に魂が乗り移っている。

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堺雅人が主人公。 NHKは、視聴率を始めから心配していない。

s-16年9月16日 (55)mmm 

ビデオを見た。

名胡桃城も秀吉の裁定で、北條氏の領地になりそうだった。
昌幸は、先祖お墓があるとかで、譲らなかった。(出まかせで言ったみたい。 先祖は、上田の真田郷)

北條氏が、名胡桃城を落とした。 
秀吉は、勝手なケンカは許さぬと決めていた。
それに反した罪(かど)で、小田原の北条氏を攻め落とした。 北條氏は滅亡。 右写真。

これがあるため、名胡桃城は、歴史を動かしたとなる。

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石碑の前で。

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名胡桃城は、積極的な歴史上の活躍の場にはなっていない。

攻め落とされて、落とした北條氏が、秀吉の成敗を受ける。
そのことが歴史を変え、秀吉の天下統一となる。

小さな城だけど、歴史の中では、見過ごせない城に。

関ヶ原の戦いを経て、戦乱の世は終わる。

【今日の一句】 「 名胡桃城 攻め落とされて 歴史に存在感 」

【今日の動画】

《真田紀行》歴史の舞台 再び脚光 名胡桃城址



こんなのも。   大河ドラマ「真田丸」板部岡江雪斎役・山西惇の『名胡桃城は北条のモノ!』



【道の駅】    白沢     沼田市街地の町外れに。

【明日の予定】    沼田城  ※11日の大河で、小松姫が昌幸・信繁たちを城に入れさせなかった。 
                 心の中で涙か。komatu6667.jpg  
                 (夫である信幸が家康の信頼を得ることにも。関ヶ原の後、信幸が昌幸・信繁の命を助ける)

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国道292は、4月22日に開通。
この道は、志賀草津高原ルートと呼ばれる。

草津白根山の頂上直下を通って、渋峠を越え、志賀高原に。
渋峠手前に、国道最高地点がある。  2172㍍。
          (北海道の最高峰は旭岳。 2290㍍。  それに似た高さ。)

白根山の火山活動が活発なため、通れるのは、8時から5時まで。
亜硫酸ガスの臭いがする地帯は、駐停車禁止。

天気が良くなって、草津温泉でのんびりするのは中止。
今日、山を越えることにした。
気温は上がり、ずっと半袖。
     ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

印が草津白根山。    ※ 日光にも白根山があるので、このように。

s-16年4月26日 (1)    s-16年4月26日 (2)

この道は初めて通る。  赤〇が国道の最高地点。

    ※ JRの最高地点は、野辺山に。
            野辺山高原、JR最高地点。  野辺山宇宙電波観測所。~南牧村~  他  (2013/6/2)

白根山は噴火活動が激しく、通り過ぎるだけ。 亜硫酸ガスのため。

s-16年4月26日 (3)

吾妻渓谷を草津に向かう。

向こうが吾妻川の上流。  少し下流に八ッ場(やんば)ダムが造られる。 
古い道は左下にあるけど、そっちはダム湖に沈む。  家も沈む。  この道は新道。

        吾妻渓谷。  鹿飛橋・八ッ場ダム・滝見橋。  川原湯温泉。~長野原町他~ 他 (2013/10/26)   

s-16年4月26日 (4)    s-16年4月26日 (5)

草津温泉手前で、メロディーが聞こえる道。   草津よいと~こ~一度はあ おいで~どっこいしょ・・。



道の駅、草津運動茶屋公園。  草津温泉に来た時は、ここに車を置いて歩く。
       名湯草津温泉は、湯けむりの中に。  湯畑は、草津のシンボル。~草津町~  他  (2013/10/28)

今日はここでのんびりする予定だった。
天気がいいのでもったいない。 山を越えることに。

s-16年4月26日 (6)

少し行って右に曲がって下ったら、温泉街。

s-16年4月26日 (7)

山を登り始めた。   右にロープウェーが見える。 見に行く。

s-16年4月26日 (8)

これから行く方に行ってるので、乗らなかった。 

s-16年4月26日 (13)

途中、駐停車は出来ない。  停車してる車は、火山活動の調査。   何台か見た。



草津温泉から一気に、1000㍍登ろうとしている。   雪があちこちに。



車、バイク、自転車、今日はツーリング日和。

s-16年4月26日 (9)

見晴台で、停車。   下に、草津温泉。   左遠くに、日光白根山。
          日光白根山に登る。 頂上直下で、強風のため引き返す。  ヒカリゴケ。~片品村~  他  (2013/10/9)

草津温泉は、泊まりでも日帰りでも、退屈しない。 
無料の温泉もある。 湯畑と呼ばれる中央広場が、温泉街の中心。

s-16年4月26日 (14)    s-16年4月26日 (15)

右前方に白根山の頂上が見えてくる。  そのあと、頂上直下を通り抜ける。



白根山の裏側を登っていく。



上の動画で停車した場所から撮った写真。   向こうに行く。  正面は横手山か。

s-16年4月26日 (16)

向こうから上がってきた。  左向こうが、白根山の頂上。 雪の壁を通ってきた。   2119㍍。

s-16年4月26日 (17)

間もなく国道の最高地点。



国道最高地点からの風景。   草津温泉が見える。

s-16年4月26日 (18)

2172㍍。   昔は草津街道だったと。  善光寺と草津温泉を結ぶ道。   山越えの大変な道。

群馬県側に降った水は、最後は利根川。  長野県側は、千曲川・信濃川と。  何日で海に出るのでしょう。

s-16年4月26日 (19)    s-16年4月26日 (20)

渋峠を通る。  スキーを滑ってる人が見える。



信州に入った。  楽しんでる人が。  酒は無い。

s-16年4月26日 (21)

峠を下る途中に、横手山ドライブイン。



横手山。  登山道が分かれば、次の機会に登っていいですね。   この場所からは無かった。

s-16年4月26日 (24)

一帯の高原が、志賀高原。   スキー場や温泉。  トレッキングの道も。

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上の写真の左方向。   信州の山。   真田丸の上田は、あの山の向こう。

s-16年4月26日 (25)    s-16年4月26日 (26)

スキー場にあるホテル。  冬に賑わうのか。

s-16年4月26日 (10)

下りがずっと続いた。

s-16年4月26日 (11)

峠を下りた。 信州の大きな谷に出た。

s-16年4月26日 (12)

今日の道の駅は、もうすぐ。



通り抜けるだけの所が多かったので、動画が増えました。

山の上にも、やっと春が。

この季節になって、標高2000㍍の山は、登れるという事が分かりました。
2500を越えたら、まだ無理。
     ※ 北海道は2000㍍でも、まだ冬山。 自分には苦しい。

今日は信州に向かう、初めての道を走りました。

【今日の一句】 「 山の上は 春の始まり そして短い夏 花はいそがしい 」

【今日の歌】     夢をのせて       流れる雲も春の装い。

                ※ 余談  この曲はロシア民謡です。   
                        今の時代は、似てたら直ぐに分かってしまう。
                         昔は、情報の時代でないから、メロディをどこからかもらっても、分からなかった。
                         作曲は日本人になっていても、実際は外国の曲がいっぱい。
                         オリンピックのエンブレムのような盗作は、昔の音楽の世界では珍しくない。 
                     


【道の駅】       北信州やまのうち

【明日の予定】    菜の花を観る。   東風さんからの情報で。

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標高1390㍍。  そこで、Tシャツだけ。
昨日は震える寒さなのに、今日は真夏。

榛名富士に登るんだが、それは榛名山に登るのと同じ。
上からの風景を楽しみに、花を探しながら登った。

頂上まで1時間かからない。
反対側に下って、湖沿いに歩いて戻った。
     ※     ※     ※     ※  ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

下に妙義山が見える。 妙義山と榛名山の間に、中山道があった。
今は、北陸新幹線、高速の上信越道が通っている。 交通の大動脈。
              碓氷峠。  峠の釜めし。  アプトの道を、めがね橋まで歩く。~安中市~  他  (2013/10/13)

s-16年4月25日 (1)  s-16年4月25日 (2)

グーグルの地図に登山道が。

   ※ 山ナビの登山道をパソコンで見れるようだが、やったことない。
                      それが出来れば、地図を探さなくていい。 

のんびりのんびりでも、3時間。    

s-16年4月25日 (3)

さあ出発。   いい天気。  足取り軽い。  心も・・・。

湖に入る川に、ワカサギがいた。  まだ小さい。

s-16年4月25日 (5)    s-16年4月25日 (4)

暑いので、半袖1枚になった。

s-16年4月25日 (6)

花は探してもない。  下の方でタンポポを見ただけ。

s-16年4月25日 (7)

ずっと、背丈の低いササ。 

s-16年4月25日 (8)

隙間から、榛名湖。

s-16年4月25日 (9)

榛名山の上は、まるっこい。  傾斜が緩くなって、上が近いと分かる。

s-16年4月25日 (10)

ロープウェーの上の駅。

s-16年4月25日 (11)    s-16年4月25日 (12)

下が見えた。 自分の車もある。  

s-16年4月25日 (13)    s-16年4月25日 (14)

温泉街。

s-16年4月25日 (15)

南方向。 中央右に富士山があるのだけど、霞んで見えない。

昨日は、正面の道を来た。 この道は、よくない。  山道のよう。  北に抜ける道は、全部2車線。

  ※ 団体さんのお年寄りが来ていた。
    誰かが西の方の山を見て、富士山が見えると言った。 みんなそっちを見ていた。

s-16年4月25日 (16)    s-16年4月25日 (18)

関東平野。

s-16年4月25日 (17)    s-16年4月25日 (19)

頂上は、反対側。  もうすぐ。    榛名富士だから、富士山神社。  本家の富士山と同じ。

s-16年4月25日 (20)    s-16年4月25日 (21)

途中に石の神社。   こういうのって、見たことあったかな。

s-16年4月25日 (22)    s-16年4月25日 (23)

説明は読みにくい。  祭神は、コノハナサクヤヒメ。  山幸彦の母。 (山幸彦の孫が神武天皇)
     
        ※ 九州を旅したら、神話の話にしょっちゅう出会う。 もちろん、作った話。
          その頃の天皇は朝鮮半島からやって来た。
          よそ者と分かったら、みんな従わない。 尊敬されない。
          それで、古事記や日本書紀をつくった。 神様の子孫にした。  

s-16年4月25日 (24)    s-16年4月25日 (25)

関東平野。   手前は、埼玉県の山々。

s-16年4月25日 (26)

反対側に下る。

s-16年4月25日 (27)

急斜面の悪路が続いた。

  ※ 余談 登山靴の調子はいい。足は全く痛くならない。
         (左足のふくらはぎの下の方が、靴とぶつかっていたかった。 3回前の登山で。
                       その部分に薄いスポンジを貼った。 それが良かった。)

s-16年4月25日 (28)

やっとこの花に。 スミレかな。

s-16年4月25日 (29)    s-16年4月25日 (30)

ここから出てきた。

s-16年4月25日 (31)

山の上のサクラは、今咲いて。   群馬県の俳人の句。

s-16年4月25日 (32)    s-16年4月25日 (33)

風がひんやりするので、薄い風除けを着た。

花は無い。 遊歩道が続く。

s-16年4月25日 (34)

ルアーでのバス釣り。   ブラックバスのよう。 Largemouth_bass_-_Micropterus_salmoides.jpg   外来種なので、日本中に広まったら困る魚。 

s-16年4月25日 (35)

小さい。   虫を加えている。  シジュウカラかな。

s-16年4月25日 (36)

湖畔の道は続く。

s-16年4月25日 (37)

ビジターセンターに出て、着きました。

s-16年4月25日 (38)

苦労は無かったけど、これで榛名山に登ったことになります。

榛名湖に注ぐ川は小さい。  
湖の水全体は、どこから来たのでしょう。

川の無い摩周湖にも水はあるから、何とかなるのか。

【今日の一句】   「 はるなこ から3つの名前  はる はるな はるなこ 」   はな、はこ、・・・。  あそび。

【今日の歌】   この人が今のように。  もったいない。

         若葉の季節です。  これからって云う新緑の季節が、一番好きです。
         
         どんなふうにささやくのかな。 



【道の駅】    あがつま峡

【明日の予定】   草津を抜けて、志賀高原の方かな。  明後日の天気との関係で・・。

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11時頃、ビジターセンターの駐車場に着いた。
目の前に、榛名湖も山もあるはずだが、何も見えない。

Tさんが来たいというので来たけど、登らないという。
一緒の旅は今日までだったので、Tさんは北上することに。

自分は、霧が晴れるのを待つことに。
3時間後、視界がきくようになった。

山の上はまだ霧の中。
散歩しているうちに霧が取れたら、登る。

結局、山は明日登ることに。
湖畔を2時間ほど散歩。
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榛名湖は、榛名山の頂上付近にある。

湖畔の標高は、1100㍍程。
車は、登って登ってやっと着いた。

s-16年4月24日 (1)

榛名さんに登りたくて来た。

s-16年4月24日 (2)    s-16年4月24日 (3)

何も見えない。 山はどこだって感じ。

Tさんはこれを見て、足は本調子でないから大変と思ったのか、行かないと言った。
北の日本海に、Tさんは向かった。

s-16年4月24日 (5)    s-16年4月24日 (6)

自分は、せっかく来たからもったいないと、動かない。   待つことに。
寝不足が続いていたので、3時間寝た。

起きたら、こう。   霧はどこかに行った。

s-16年4月24日 (7)

榛名富士は霧の帽子。 これでは登っても、つまらない。  ビジターセンターがある。

s-16年4月24日 (8)    s-16年4月24日 (9)

いろいろある。   榛名湖は観光地。

s-16年4月24日 (10)    s-16年4月24日 (11)

この標高では、半袖は無理。 

s-16年4月24日 (12)

遠くに、旅館街。   歩いて行くことに。

s-16年4月24日 (13)

木道があるので行ってみた。 行き止まりで戻る。  小さな魚は、ワカサギのよう。

s-16年4月24日 (14)    s-16年4月24日 (15)

ロープウェーが動いている。

s-16年4月24日 (16)

寒いから、この時期にスイセン。

s-16年4月24日 (17)    s-16年4月24日 (18)

着いた。   大きな白鳥の船。   左の2つ目の建物が、湖畔亭。  「湖畔の宿」の宿。

s-16年4月24日 (19)

賑やかな通りに。  右に湖畔亭。

s-16年4月24日 (20)    s-16年4月24日 (21)

全国の湖の観光地は、どこも苦労している。  十和田湖なんかは特に大変。

榛名湖は、戦略が上手かなって感じる。
山、ボート、釣、ワカサギ料理、などなど。

特筆なのは、有料の駐車場がない。
まずお客さんに来てもらうことを、第一に考えた。

s-16年4月24日 (22)

神社。  

説明の下に、長野姫が入水したと。  湖に多くある伝説。
彼女は、木部範虎の妻。

範虎は、義経の兄の源範頼の末裔。
武田家に滅ぼされる。 その時に、入水。  範虎は武田家の家臣に。 天目山で勝頼が死ぬまで一緒に戦う。

s-16年4月24日 (23)    s-16年4月24日 (24)

山の上の霧が取れない。 

s-16年4月24日 (25)

少しの高台に、湖畔の宿記念公園。

s-16年4月24日 (26)    s-16年4月24日 (27)

前に立ったら、自然に曲が始まった。  こんな像も。   どうしてこんな像?

s-16年4月24日 (28)    s-16年4月24日 (29)




カルデラ湖。  周りの山は、外輪山。

s-16年4月24日 (31)

高峰三枝子が歌った。

s-16年4月24日 (30)    s-16年4月24日 (4)

変わった物があった。  たたいたら、曲に。

s-16年4月24日 (32)




近くに、竹久夢二アトリエ記念施設。   再現したもの。

s-16年4月24日 (33)    s-16年4月24日 (34)

山の霧はなくならない。 バスを釣っている。

s-16年4月24日 (35)

右の人は釣れた。

s-16年4月24日 (36)    s-16年4月24日 (37)

時々走りながら戻った。

s-16年4月24日 (38)

ビジターセンターの中。  小さな施設。

s-16年4月24日 (40)    s-16年4月24日 (41)

榛名山は何度も噴火をした。   頂上付近は、山だらけ。  阿蘇の外輪山とは違う。

s-16年4月24日 (42)    s-16年4月24日 (43)

そう云えば、群馬県は温泉がいっぱい。   代表は草津温泉。

  ※ 29日の木曜日に信州の須坂に入る。 草津温泉を通るかも知れない。 無料の温泉がある。 
     こう書いたら、90㌫はそうなりますね。  今までを考えたら。

s-16年4月24日 (44)

【ブログ紹介】  名湯草津温泉は、湯けむりの中に。  湯畑は、草津のシンボル。~草津町~  他  (2013/10/28)

         四万温泉。  積善館、元禄の湯。 千と千尋の、油屋の舞台は? ~中之条町~  他  (2013/10/25)
          
         伊香保温泉の魅力は、365段の石段。  石段街。 伊香保神社。 河鹿橋。~渋川市~ 他 (2014/10/16)

【今日の一句】 「 榛名湖 着いた時は霧に包まれ お昼寝 」  摩周湖は、霧に抱かれて静かに眠る。

           摩周湖は、摩周ブルーに輝いていた。  霧はなく。  昔は、2000㍍の山。~弟子屈町~ 他 (2014/7/16)

【今日の歌】



【停泊場所】    ビジターセンター駐車場横の空き地。

【明日の予定】    榛名富士に。 (榛名山の代表の山の感じ)

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群馬県には、大きな温泉地が2つ。
草津温泉と伊香保(いかほ)温泉。  
どっちも、県の西部に。  軽井沢が、遠くない。

今日は、伊香保温泉。
365段の石段が続く。
両側にお店。  石段街。
観光客はみんな、疲れるねって、登る苦労を楽しむ。

頂上に、伊香保神社。
その奥に、河鹿(かじか)橋。

戦国時代に、武田勝頼が真田昌幸に命じて、整備したという。
昌幸は、幸村の父。

歩くのを楽しみに、行ってみた。
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伊香保温泉は、山の中腹にあった。

tizu18987.jpg

見所は、石段街。   石段の下近くに、広い駐車場。  2時間まで、無料。  こういうのは、助かる。
こうです。  大きな温泉ホテルが見える。

14年10月16日 (1)

石段の説明。  長篠の戦で、武田軍は負けた。  鉄砲の弾がいっぱい飛んできた。  こんなの初めて。
    長篠の戦い。 長篠城。 決戦の地、設楽原。 鳥居 強右衛門。~新城市~ 他 (2013/6/12)
温泉は、傷を治してくれる。 
真田氏のあるのは、真田昌幸。  信玄の家臣だった幸隆の子供。  昌幸は、勝頼の家臣。
石段の頂上に、伊香保神社。

14年10月16日 (2)    14年10月16日 (3)

伊香保神社が見える。  今も、こんな風に。  後で分かる。
右は、明治の頃。

14年10月16日 (4)    14年10月16日 (5)

365段。  少し大変。   石段の温泉街は、他に知らない。
   ※ 急な石畳の温泉街なら、九州にある。  湯平(ゆのひら)温泉。  湯布院温泉に、近い。
        湯平温泉 ~美しい石畳と清流の温泉。湯布市湯院町湯平~   他  (2010/4/3)

14年10月16日 (6)

地図があった。  右地図の、赤〇の所を歩く。

14年10月16日 (7)      14年10月16日 (8)    14年10月16日 (9)

平日だけど、人は多い。  

14年10月16日 (10)    14年10月16日 (11)

振り返って。  
遠くの谷を、吾妻(あづま)川が流れる。  左のずっと上流に、八ッ場(やんば)ダムが出来る予定。
      吾妻渓谷。  鹿飛橋・八ッ場ダム・滝見橋。  川原湯温泉。~長野原町他~ 他 (2013/10/26)

14年10月16日 (12)

公衆浴場、石段の湯。   ここに入る予定。  だったんだが、財布を忘れたことに、後で気づく。

14年10月16日 (13)

石段は、このように続く。   望遠で撮影。
温泉まんじゅうは、伊香保が発祥。  大丈夫のようです。

14年10月16日 (43)

一休みの場所。  小路を行くと、旅館やホテル。
右は、与謝野晶子の文。  羅馬ってある。  これは、ローマのことなんですね。
野外劇場は、コロッセオ。  こんな風に、ライオンに人を食べさせたり。  戦わせたり

全てが温泉宿とある。  

14年10月16日 (15)    14年10月16日 (16)

212段まで来た。  疲れたの声が、時々耳に入る。  おなかいっぱいだし、を付け足したり。
水沢うどんの名前を、よく見る。  食べたことはない。
  ※ 調べたら、伊香保の水沢地区で作られ始めた。
    観光客向けの店が多い。
    香川県のうどんのように、地域に広まってはいないそう。(Wikipedia)
    こんなうどん。  庶民的でないか。

14年10月16日 (17)

足湯。

14年10月16日 (18)

石段の下を、湯が流れている。  その湯が、旅館に行く。
中央下の小間口から、見える。  反射して、見えにくい。

14年10月16日 (19)    14年10月16日 (20)

右に少し入ったら、薬師堂があった。  温泉が病気にいいから、温泉街に薬師堂ですね。
ここを登って、伊香保神社。

14年10月16日 (21)    14年10月16日 (22)

着きました。 写真を撮りながらだから、疲れない。
お賽銭のお金は、ない。    長くお願いする人も、いる。

14年10月16日 (42)

伊香保温泉の中心地が、伊香保神社の感じ。  ここに、人が集まる。
さらに、先に行く人も。

14年10月16日 (23)

万葉集にある歌。  この歌があるからでしょうか、伊香保温泉は、少なくとも、奈良時代にはあった。
大きく発展するのが、勝頼が整備した、戦国時代。
調子のいい歌。  「ろ」の意味を、やっと見つけることが出来た。  そうしたら、例文が、伊香保ろだった。

14年10月16日 (24)    14年10月16日 (25)    14年10月16日 (45)

御手植えの松。  昌子内親王とある。   明治天皇の第6皇女。
もしかしてと思って調べてみたら、そうだった。
ネットで騒がせてる、あの男は、玄孫(やしゃご)だった。   華原朋美は、愛想尽かした。

14年10月16日 (26)

河鹿(かじか)橋を見に行く。

14年10月16日 (27)

赤い太鼓橋のよう。

14年10月16日 (28)    14年10月16日 (29)

よく見たら、刎(はね)橋のデザイン。   本物の、刎橋ではない。
下の川で、河鹿(かじか)が鳴くので、河鹿橋ですね。  ※ 河鹿~カジカガエル  可愛く、いい声。

14年10月16日 (30)    14年10月16日 (34)

※ 刎(はね)橋は、両側からの、刎(は)ね上がる木で、橋を支える。
  代表的は橋は、猿橋。    日本三奇矯の一つ、猿橋 ~大月市~  他  (2011/11/4)

地図。   一番奥に来た。

14年10月16日 (31)

少し行って、飲泉所。
万葉集の歌があった。   意味が書いてある。 
 ※  万葉集の奈良時代とかは、朝鮮半島から人がやってきた。  文化を持って。
     下の歌を読むと、渡来人の感覚のような気がする。
        (和泉式部の歌だと、ああ日本人の歌だなって、思うんだけど) 

14年10月16日 (32)    14年10月16日 (33)

群馬県は、山深い県。   観光地は、西側に多いような。  草津温泉。  富岡製糸場。 碓氷峠。

14年10月16日 (44)

戻る。  財布を忘れたのを忘れて、店に入ったりする。

14年10月16日 (35)

歩くのが、楽しい石段。   疲れたねって言っても、不満そうでない。

14年10月16日 (36)

先陣を切るように、温泉街を整備したというんですね。

14年10月16日 (37)

小路に、ちょっとだけ、入ってみた。
右上に、おちゃらか、と。  おちゃらかほいの、おちゃらかですね。

14年10月16日 (38)    14年10月16日 (39)

戻ってきた。

14年10月16日 (40)

駐車場の横に、徳富蘆花(とくとみろか)記念文学館。  この人の本は、読んだことない。

14年10月16日 (41)

石段の温泉街。  
歩ける温泉街は、いい。  しかも、石段だから、なおいい。

この後、草津温泉の道の駅に向かった。
草津温泉には、無料の公衆浴場があるので。

【今日の歌】   アントニオ・バンデラス です。   出身は、スペイン。



【道の駅】 草津運動茶屋公園   

tizu2547.jpg

鶴太郎美術館のお店にちょっと寄って、地蔵の湯に行きました。  途中、温泉まんじゅうを1ついただいて。

草津 (1)    草津 (3)    草津 (2)

草津 (4)    草津 (5)

【今後の予定】   須坂に一週間ほどいます。  BS のアンテナが故障。 直します。
             山奥に、紅葉を見に行くことになりそう。  東風さんと。
             ネットで購入するものを、東風さんにお願いする。

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浅間山が、一瞬光った。
と思った、その瞬間、真っ赤な火炎が、天に向かって吹きあがった。

同時に、灼熱の火砕流が、猛スピードで北斜面を襲った。
そこには、鎌原(かんばら)村。
村人477名は、必死で逃げた。 家族そして知人を、思いやりながら。

高台は、観音堂の場所しかない。 みんな、そこを目指した。
火砕流は、次から次と、人々を飲み込む。
石段の数は、50段。
登り切って、たどり着けたのは、たったの93名だった。

若い女性が、母親と思われる人を背負って、石段まで何とかたどり着いた。
最後の力を振り絞って、登り始めた。
でも、間に合わなかった。  力尽きた。

火砕流が収まった時、石段は、15段しかなかった。
35段は、埋まっていた。
十数分の、出来事だった。

天明3年(1783年)7月8日の、午前10時過ぎのこと。

火砕流の後、浅間山は、溶岩をさらに出した。
上で固まった溶岩は、山の斜面に、ずり落ちた。
今、その跡は、鬼押出し園として、公園になっていた。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
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嬬恋村(つまごいむら)は、群馬県の西の端。
鎌原観音堂の位置。



※ 嬬恋カルタがあって、「嬬恋の由来は古し 吾嬬者耶(あずまはや)」というのが。
  その解説は、こうだった。(嬬恋村文化協会)

    日本武尊が碓日阪(今の鳥居峠)にお立ちになって、なき妻弟橘姫を追慕のあまり
   「あづまはや」とおなげきになって、妻をいとしまれたという故事にちなんで、
    嬬恋村と名づけられた。

  妻と嬬の意味の違いが、難しい。 ネットで、見つからない。
  気になったので、上を載せました。  

鎌原観音堂。  
   ※ かまはら、が、かんばら。 「ん」への変化は、最近3度目の出会い。
     八ッ場(やんば)ダム。 向城(むこんじょう)。

13年10月29日 (28)

橋の向こうに、15の石段。  この手前に、35段が、地面の下に。

13年10月29日 (4)

右の建物に、人がいた。  今でも毎日、観音堂を守っている。

13年10月29日 (25)

浅間山の噴火による火砕流は、このように、流れて来た。

13年10月29日 (29)

鎌原村の人口は、570名。  観音堂に逃げられたのは、93名。

13年10月29日 (23)

石段の数は、50段と、語り継がれていた。
実際に掘ってみた。  残りの35段が、出て来た。

そして、二人の骨。  骨の位置とかで、背負っていたと、考えられている。

※ 頭の位置は、分かりますね。
  2つの手は、何を意味するでしょう。 
  負ぶっている、手か。  最後、抱きしめたのか。

13年10月29日 (24)   13年10月29日 (22)

2人の前の人は助かった。 石段に、他の骨はなかったから。
後ろの人は、助からなかった。

背負われた女性は、私を置いて、お前だけで行け、と言ったでしょうね。
でも、背負っていた女性は、離さなかった。
命(運命)を、共にした。

13年10月29日 (3)

※ 嬬恋郷土資料館に、2人の女性の、復元した顔がある

真っ赤な溶岩が、全ての飲み込んで、襲ってくる。
浅間山からここまでは、ほぼ、10㎞。
15分で来たとすれば、時速40㌔。 加速していたら、時速60㌔に。

    ※ 大正時代に起きた、上富良野の、十勝岳からの泥流は、時速60㌔。

13年10月29日 (2)

下の説明も、資料として、載せます。
火砕流は、吾妻川をせき止め、それが破壊し、泥流となって下流の村を襲う。
多くの人が亡くなる。

13年10月29日 (1)

赤い橋の下に、石段が見えた。
  
隣の石は、計りばばあ、とあった。 亡くなった人の服をはぎ取る、奪衣婆(だつえば)か。
15段から下は、地獄と考えて。

右は、「天明の 生死をわけた 15だん」

10秒早くて助かって、10秒遅れて火砕流につかまった。
そんな世界に、なっていた。

13年10月29日 (26)   13年10月29日 (27)

天明3年の、浅間山の噴火は、日本の空を曇らせた。
その前から不作は続いていたが、この噴火によって、天明の大飢饉を招くことになる。
    ※ 飢饉と、天明の大飢饉については、関連ブログで、最後に。 
日本の人口が減ってしまう、大飢饉。

次は、浅間山の、鬼押出しをみる。



道は有料道路。  西武が昔作った。 鬼押出しの施設も、西武。
観光面で、邪魔な道。  当時、国はどうして、作ることに、許可を出したのでしょう。
  ※ 何があってもおかしくない政治が、日本で、続いていた時代かな。

1度だけ見ておこうと、やってきた。 異様な風景。

13年10月29日 (5)

遊歩道が整備されている。  赤い門は、惣(そう)門。

13年10月29日 (30)

鬼押出しの、鬼。

鎌原村への火砕流の後、火口から溶岩が出て来た。  それが固まって崩れて、ここに押し出されてきた。
押し出したのは鬼と考えて、鬼押出しの名前に。  それで、鬼がいる。

13年10月29日 (6)

惣門の中に、二天尊像。   
ガラスで、全体は撮れない。  お腹にも、顔があった。

13年10月29日 (7) 

ここには、浅間山観音堂がある。 東京上野の寛永寺の別院として。
このような灯篭も、持ってきた。

13年10月29日 (8)

延宝九年は、1681年。 噴火より前に作られている。 五月八日も読める。 
辛酉(かのととり)も、読める。(右から読んで)

13年10月29日 (9)

  ※ 辛は、「甲、乙、丙、丁、・・・」の8番目。 全部で10個。
     酉は、「子、丑、寅・・・・」の10番目。  全部で12個。

    甲子、乙丑、丙寅、と順に組み合わせていくと、60通り。 そして、元に戻る。
    辛酉は、上で組み合わせた、干支(えと)と呼ばれるものの、1つ。
    60年に1度、同じのが、巡って来る。

    石塔の年号の下に、たいてい書かさっている。
    これが見えたら、年号の一部が見えなくても、何年かが分かる。

    ちなみに、辛酉の年は、60で割ったら1余る年。
                 1681÷60=28あまり1。
    2013年は、60で割ったら、33余る。  癸巳(みずのとみ)の年。
    壬申の乱や、戊辰戦争の名前は、干支から取っている。 

話がそれました。

固まった溶岩が、ごろごろ。  大きい。

13年10月29日 (10)

それでも木は、たくましく生えて来る。

13年10月29日 (11)

ヒカリゴケがあった。  少しだけ。

13年10月29日 (32)   13年10月29日 (31)

観音堂が近い。

13年10月29日 (12)

温泉によくある、地獄の風景とも違う。

13年10月29日 (33)

こんな岩が。

13年10月29日 (34)

お金を、はさんでいる。 こんな、たまに見ます。
  ※ このお金を持ってきたら、泥棒になるんだろうか。

13年10月29日 (35)

観音堂です。

13年10月29日 (36)

寛永寺とありますね。 
 
  ※ 寛永寺の開基は、天海僧正。
    こんな話が、歴史の論争から消えません。 以前触れたことがあります。
    この天海という人は、信長をやっつけた、明智光秀でないかと。
    筆跡が似ていて、本人でないとしても、光秀に近い人ではと。

13年10月29日 (37)

溶岩が、もこもこと山の上に出てきて、固まった。
それが、ずり落ちてきて、大きな岩だらけになった。  上でも触れたけど。
これが、現在の考え。 
溶けたのが流れてきたら、大きな岩にならない。  岩手山の麓の、焼走りのようになる

13年10月29日 (38)

後ろから流れてきたが、今日は曇って、後ろの浅間山は見えない。
1時間ほど歩けば、みんな見られる。

13年10月29日 (39)

ここは、奥之院。  

13年10月29日 (13)

岩の中に、仏様。   観音像。

13年10月29日 (14)

小さな木の、紅葉。  終わったのかな。

13年10月29日 (15)

ここの入園料は、600円。 道も有料だから、お金がかかる。 

13年10月29日 (16)

見える範囲、ずっと、大地は凸凹。  
それでも、鎌原村の助かった93名は、他に行かないで、元の場所で、村を復活した。

  ※ これについては、上に書いた上富良野も同じです。
    それを小説にしたのが、三浦綾子の泥流地帯。
    上富良野の人たちは、泥流を災難と考えないで、試練と受け止めた。
    そうして、ある人を中心に、立ち上がった。 関連ブログは、最後に。

もしかしたら、鎌原村の人たちも、同じように考えたかも知れない。

13年10月29日 (17)ccc

こんな道を、戻る。

13年10月29日 (18)

花の紹介がある。 花の時期なら、もっと楽しめる。  ハクサンシャクナゲも咲く。

13年10月29日 (19)

戻ってきました。  お土産の中心は、オニ。  大事にされている。

13年10月29日 (20)   13年10月29日 (21)

鬼押出しは、美しいというより、滅多に見られない風景。
自然にあったものだから、散策路だけ作って、無料で見られたら、一番。
そうしたら、この場所が、廃墟になることはない。

今の観光に失敗したら、鬼押出しは、悲惨な場所になってしまう。

鎌原村の人たちには、意志の強さを感じましたね。
村を復興させたことと、決して忘れることはないという姿勢に。

力尽きてしまった、あの女性に、心を打たれます。

【関連ブログ】    天明の大飢饉について、書いてあります。
         家の周りの瓦礫の撤去。  東北は、今も昔も、大変な苦労をしている。  それでも、キム・ヨナを中心に動く。  他  (2011/4/30)

ブログの中で、さらに、ブログを紹介しています。 面白いのも、ありますよ。
   ファーム富田 泥流地帯の舞台に・・。 他 (2009/07/26)

【今日の歌】   一昨日の人。  クラークって云う人。



【停泊場所】   国道沿いのパーキング。



【明日の予定】   白糸の滝    変わった滝です。

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「草津よいとこ 一度はおいで」って言うから、行ってみた。

平日なのに、人でいっぱい。
草津温泉は、日本屈指の名湯と呼ばれている。
それは、湯量の豊富さと効能の高さが、あるから。

でも、日本でトップクラスの名湯にしたのは、草津の人々の知恵。
歩いていたら、随所に感じることができた。

どんな観光客をも、温かく迎える。 
それは、草津の人々が考えた、基本姿勢だった。
長い間の取り組みが、今に実っていた。
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草津温泉は、群馬県だけど、生活圏は長野県でしょうか。



道の駅の案内所で、見所を教えてもらった。  湯畑が、メインと分かる。

13年10月28日 (12)pp

歩道橋の上から。 温泉街は、向こうに行って、下がる。

13年10月28日 (29)

坂道を下っていたら、足湯。  本を読んでいる。  
こんな入り方があると知った。 いい風景というか、シーンですね。

13年10月28日 (1)

ここを下ったら、草津温泉のシンボル、湯畑。

13年10月28日 (2)

左に、ホテルや旅館の建物。 この不景気な時に、荒れてる建物がない。

13年10月28日 (3)

湯畑に着いた。  この人です。  平日です。

13年10月28日 (4)

旅番組の撮影をしていた。 
真ん中の女性は、女優の大島さと子さんですね。
右の人は、何度も見たことあるけど、分からない。  
            ※ 追記  藤田朋子(ともこ)さんでした。 ある人からの情報。

 ※ 2人は話している。 大まかな設定はあっても、アドリブで演じている。
   そんな風に見えた。 どちらの方も、雰囲気が良かったですよ。   男は、?

13年10月28日 (30)

広い湯畑は、こうです。  日本一の湯の量のよう。  毎分、4000㍑。
手前で、湧き出ている。

13年10月28日 (5)

ここから、湧き出ている。

13年10月28日 (6)



足湯で楽しんでいる。  寒くなって来たので、気持ちいい。

13年10月28日 (7)

湯畑で、湯の温度を下げている。 
そうすると、水を混ぜないで、源泉のまま、温泉に使える。  かけ流し。



下から撮影。 湯けむりの、湯畑。

13年10月28日 (8)

滝になって、落ちて来る。 ここから、ホテルや旅館に、行くのかな。

13年10月28日 (9)

温泉街に、観光客が集まれる場所を作った。
そこで楽しむことが出来、そこから、別の見どころに行く。
戻ってきて、別の所に。 例えば、共同湯とか。

どのように楽しんでもらうかの、基本の考えが、あるんですね。

反対側の上から下を。

13年10月28日 (10)

別方向から。

13年10月28日 (11)

共同湯、白旗の湯。  
  
  ※ 共同湯は、いくつもある。  みんな無料。 足湯も。
    これらは、草津温泉に来た観光客への、感謝の気持ちなんですね。
    おもてなしの、心。
    この取り組みは、草津温泉の大きな特徴。

13年10月28日 (13)

湯畑の上に、御座之湯。  500円。   施設が充実している。
左に、白旗源泉。 頼朝が発見したと伝わる源泉。 上の共同湯も、これを使用。

13年10月28日 (31)

 ※ ここで問題です。
   草津温泉は、効能が高いと書きましたが、
   御座之湯に入れば、どんな病気も、治るそうです。

   でも、1つだけ治せない病(やまい)があるそうです。
   それは、何の病でしょう。 漢字、1文字。
   易しいかな。  答えは、右をクリック。 13年10月28日 (31)vv

白旗源泉。  お金がいっぱい。  黒くなってる。  どうするんでしょう。

13年10月28日 (32)

道に、こんなのが。 面白い。

13年10月28日 (14)

白根は、知らね、の意味もあるのかな。 ここは、高原なので。
  ※ 道の駅で、トラックの運転手さんが、ここまで来ると寒いな、って言っていた。

13年10月28日 (15)   13年10月28日 (16)

ここは、熱の湯。 
受付で、温泉に入れるんですかと聞いたら、入れません、と言われた。
湯もみの実演や、草津節の踊りを見る所だった。

3時半からのを、見ることにした。 時間があるので、西の河原公園に。

13年10月28日 (33)

お土産屋さんの通りを歩いて。

13年10月28日 (17)   13年10月28日 (18)

お店の感じは、今の時代に通用するものに、変わりつつある。 そういう、状態でしょうか。
悪くないですね。

13年10月28日 (19)

温泉卵。  65~68℃程度の湯に30分。  白身より黄身がやわらかい、半熟卵。

13年10月28日 (20)

草津片岡鶴太郎美術館。  お店の方は無料なので、そっちを見た。
色鮮やかなのが、特徴。     例えば、こんなの

13年10月28日 (21)

西(さい)の河原。  昔は、賽の河原だったけど、いつの間にか、西に。
  ※ 西の河原の中に、地蔵さんがあって、子供を抱いていた。
    確かに、賽の河原の時代があったと、分かる。

13年10月28日 (22)

お湯が出ているので、鬼の茶釜。

13年10月28日 (23)

工事をしていた。  全体に、少し物足りない。  何かを考えているのか。

13年10月28日 (24)

奥に、西の河原露天風呂。  有料。  人が見えた。 見える。

13年10月28日 (34)

急いで戻ってきて、熱の湯で、湯もみを見る。  500円。

13年10月28日 (35)

歌いながら。  これで、少しでも、温度が下がるのだろうか。



2階席もある。 私も、2階から。

13年10月28日 (36)

希望者は、お客さんも、やれる。

13年10月28日 (37)

草津節です。

「草津よいとこ 一度は おいで どっこいしょ」の、出だしの歌詞が、あまりにも有名。
それにつられて、私もやって来た。  

13年10月28日 (25)

見たことない、流れるような振付。 湯を混ぜているのか。



湯を、跳ねあげている。  少しは、下がりそう。

13年10月28日 (38)

階段の壁に、こんな絵。

13年10月28日 (26)

共同湯を見る。  最後に入る。

旅館街の道。

13年10月28日 (27)

千代の湯。

13年10月28日 (39)

近くに、もう1つある。  そっちに。
道に案内。  地図を見て歩いているが、不安が消える。

13年10月28日 (28)

地蔵の湯。  いい感じの建物。 もちろん、無料。 寄付の箱もない。

13年10月28日 (40)

浴室の中に、靴置場と脱衣所。  物が無くなる心配はない。

13年10月28日 (42)

こうです。  湯の量が多いので、湯がきれい。  少し熱め。  これがいい。
 ※ 外が寒いので、最初は、かなり熱く感じる。 でも、少し経って、少しの熱めと分かる。

出ていく人は、お先にと、みんな言った。
地元の人が、言ってるんですね。
挨拶する習慣が、広まってるよう。

ちょうど人がいなくなった時に、撮影。

13年10月28日 (41)

湯畑に戻ってきたら、まだ撮影をしていた。 左側で。
同じところを、何度も行ったり来たりかな。

最後は、1回しか歩いていないように、するでしょうね。
放映されるのは、実際のが、前後していたり。

13年10月28日 (43)

下を見たら、まだ、人がいっぱい。

13年10月28日 (44)

坂道を上って、道の駅に戻った。

13年10月28日 (45)

温泉街を、どう変えて行くかは、難しい。
必ず、昔はよかったという声が、出る。
でも、その声を尊重しすぎるのは、危険と思う。

若者に、どう思われるかが、大きなポイント。
歩いて楽しい温泉街。

新しい時代のセンスを、どう生かすかだと思う。
その部分を学ぶのなら、九州の黒川温泉が、参考になります。

草津温泉は、湯畑から出かけて楽しい所を、数か所作る。
それを、今は目指しているでしょうね。
西の河原と、共同湯と、あと、2~3ヶ所必要でしょうか。

新しい時代に乗り遅れている温泉街が多い中、草津温泉は、いい状態に見えました。
若者を中心とした、観光客の多さが、それを示しています。

おもてなしの心を、いつまでも大事にですね。
たくさんお金を使わなかった観光客も、いい所と知ったら、「いつか泊りに来たいね」、となります。

私も、いつか、また来ます。

【今日の歌】   草津節です。  踊りには、柔らかな独特の動きがあります。 



【道の駅】  草津運動茶屋公園

【明日の予定】  浅間山の麓にある、鬼押出し。  火山流の跡。  
           悲しい話がある。 それを、詳しく知りたい。 

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田舎の集落が、重伝建地区になるのは、珍しい。
赤岩地区は、養蚕農家の建物も、昔のまま残っている。
富岡製糸場との関係で、世界遺産の暫定リストに、入っている。

江戸末期、幕府を批判して投獄された、高野長英が、一時隠れ住んだという家があった。
  ※ このことを言ってるのは、中之条町だけ、という問題はあるけど。

神社や小さな祠(ほこら)が点在している風景は、懐かしい、日本の風景に見えた。
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昨日いた吾妻渓谷からも、草津温泉へも、近いです。



下には、吾妻川の支流の、白砂川が流れている。
自慢してもいいくらいの、立派な渓谷。

川の向こうに、赤岩地区。  普通の集落に見えるので、ちょっと不安。

13年10月27日 (32)

赤○の所を、歩くことになる。
駐車場があるようなので、集落に入ることに。  ※ 不安なら、ここから歩く。

13年10月27日 (13)

右は、ふれあいの家。  ここで地図をいただいた。

13年10月27日 (1)

水車小屋。  動いている。  実際に使える。

13年10月27日 (2)

細い道を山に登ったら、上(かみ)の観音堂。  
何気ないこの建物が、1764年の建物。   赤岩では、一番古い。  
茅葺は、ここだけ。
中に仏像があるけど、見えなかった。  聖観音立像とか。

13年10月27日 (33)

六面地蔵ですね。   たまに見ます。  六地蔵と同じ意味なんでしょうか。

13年10月27日 (3)

住宅は、普通。  一目古くは見えないけど、古いのも。

13年10月27日 (4)

家々の庭の隅には、このようなのが多い。

13年10月27日 (34)

湯本家。   高野長英の隠れ家、と言われる家。 

13年10月27日 (36)

13年10月27日 (35)   13年10月27日 (5)

小説には、このように出て来る。  ※ いただいた資料に。
文中の、暮坂峠は、四万温泉に向かう途中、左の山に入ると、越える峠。

13年10月27日 (39)

※ いつのことかですね。

  高野長英や渡辺崋山は、幕府の鎖国的な考えに反対。
  幕府は、言論を弾圧し、蛮社の獄で、彼らを捕まえて、投獄。
  しかし、長英が入っていた伝馬町牢屋敷が、火事になる。 (長英の仕業とも)
  1844年のこと。(弘化元年)
  その翌年、逃亡の途中、この地の、湯本家に一時、かくまわれたという。

※ このことを言ってるのは、湯本家と、中之条町だけ。
  第3者がどういっているか探したが、見つからない。

  小説で言ってるので、可能性があるのかなと思う。
  高野長英の研究者が言っていると、可能性は高いのだが。

※ なお、高野長英は、5年後の1850年に、江戸で捕まる。
  その時の暴行で、亡くなったと言われる。
  明治政府は、長英の名誉を回復している。  

※ 湯本家には、長英の間が残されている
  
ここは、少し歩いて、稚蚕飼育所跡。(ちさんしいくしょあと)

DSCF2363ppp (2)

他にも、養蚕関係の建物は残っていて、これがあるので、世界遺産の候補に。

 ※ 世界遺産は、直ぐに登録されることはなく、一旦、候補に入ってから。
   もし世界遺産になったら、ここは観光地。
   重伝建地区としての整備が、一気に進む。

中の見学は出来ない。  ※ 出来る日はあるよう。

ポスターが貼ってあった。  
人形の目に、物を言わすことが出来るんですね。  徳島で出会った浄瑠璃の人形は、私を見つめた

DSCF2363ppp (1)   13年10月27日 (8)

上の所から、少し、山の上に、石垣があった。 諏訪神社跡。 立派な石垣。
明治の終わりに、他の神社と合わさって、赤岩神社として、山の上に。
後で行く。

13年10月27日 (6)

青空に、柿の実。 柿が食べたくなってきた。  ※ ついでに、牡蠣(かき)も。 ポン酢で。 熱燗。

13年10月27日 (7)

先に進む。  右に、はしご。  今は脚立だから、滅多に見ない。

13年10月27日 (9)

赤岩全体を、この風景にする必要がありますね。  今は、全体の3分の1でしょうか。

13年10月27日 (10)

寒くなって、菊の出番。  寒いから、押しくらまんじゅうのように、咲くのか。

13年10月27日 (11)

枝道を、山の中腹に。  向城の観音堂。 むこんじょう。

13年10月27日 (14)   13年10月27日 (15)

元々の読みは、むこんではなく、むこうでないかな。
むこうが、むこんに。

  ※ そういえば、やつば(八つ場)は、やんば(八ッ場)になった。
    似ている。  
    この地方は、言葉の発音が、「ん」に変化するのは、珍しくないのか。

1811年の建物。  昔は、茅葺だった。  中は、散乱していた。  小さな仏像が。

13年10月27日 (37)

お堂の横に、転がっていた。 宝珠の形。  何の一部だろう。
石塔の上の部分かな

13年10月27日 (17)

今日の一番大変な所。  山の上に、赤岩神社。 ここから、15分。

13年10月27日 (12)

荒れ気味。  昼なお、薄暗い。

13年10月27日 (18)

供養塔。  四国 西国 坂東 秩父 供養塔。
四国以外は、巡礼地の数は、33。
全部お参りが終わって、それで、つくった。

宝暦11年の物。 1761年。  ※ 宝暦11年は、少し前にも出て来た。  北斎が1歳。

誰かが、柿を1つ。  右の石像が、変わっている。  後でまた会う。

13年10月27日 (19)

山を上がって来た。   大変な状態。   工事中だった。
木の根は、力持ち。

13年10月27日 (20)

紅葉です。

13年10月27日 (21)

着きました。  ここは、木を切った。
ここは、世界遺産の候補。 このままなら、恥ずかしいということで。

13年10月27日 (22)

下の谷に、集落がある。

13年10月27日 (38)

この機械は、クレーン。  石段の石を持ち上げるのか。

13年10月27日 (23)

山を下りた。  さっきの石仏の辺りで、柿を拾った。
上を見たら、大きな柿の木。  実がいっぱい。  周りにはたくさん落ちていた。
動物がかじったのもあった。  拾ったのは、飾っておく。

13年10月27日 (24)

この花を、時々見た。  ※ 追記  アメジストセージって名前でした。 ある方に教えていただきました。

13年10月27日 (25)

川の近くにある、東堂(ひがしどう)。 江戸時代の終わりか、明治の初めの建物。

13年10月27日 (26)

よく見る、三界満霊塔。   右に、変わったのが。

13年10月27日 (28)

念仏供養塔。   このお堂では、念仏を唱えていたんですね。
女人講中(こうじゅう)とあるので、女の人だけか。  ※ 講中は信者の集まり。

13年10月27日 (27)  

山の上で見た像と、同じ。    お堂の中。   中心に地蔵菩薩。  十王像も。

13年10月27日 (29)   13年10月27日 (30)

戻る途中に、毘沙門堂があった。

13年10月27日 (31)

赤岩には、懐かしい風景や建物が、点在している。
工事していいる家が、数件。 

少しずつ、元の昔に戻そうとしている。
数年後に来たら、きっと、今より良くなっている。

江戸時代の物が、当たり前にある。   そして、明治の養蚕の遺跡も。
懐かしい日本の風景が、残っている。
それは、赤岩の特徴でした。

【関連ブログ】   農村風景と言えば、ここでしょうか。    五箇山とか、白川郷もかな。
              かやぶきの里 北村 ~南丹市~  他  (2011/12/1)

【今日の歌】 昨日と同じ人。  



【道の駅】   草津運動茶や公園



【明日の予定】   草津温泉

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八ッ場(やんば)ダムは、2020年完成予定。
あと、17年。
その時は、八ッ場地区も、川原湯(かわらゆ)温泉も、ダム湖に沈む。

八ッ場ダムの場所は、吾妻(あがつま)渓谷の、最上流部にあった。
渓谷を見ながら、そこへも、行ってみた。

川原湯温泉の共同浴場、王湯に入った。
地元の人と、話した。
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この辺りの川は、利根川の流域。  もしかして、群馬県のほとんどは、そうなのかな。



吾妻渓谷の全体。  八ッ場ダムの左に、あと少しある。  その部分が、ダムに沈む。

13年10月26日 (21)

橋の上から、下流を。 数百㍍で、渓谷はお終い。

13年10月26日 (1)

たてに。  渓谷の幅は、上流に行くと、狭くなる。  ここは、広い。

13年10月26日 (2)

走っていて、小さなトンネルだなと思った。
後で知るが、日本一短い、鉄道のトンネルだった。  
樽沢隧道(ずいどう)。  7.2㍍。  写真は、Wikipediaから。

どうして、岩を削らなかったんでしょう。  トンネルにした方が、落石がないかな。

※ 最長は、津軽海峡トンネル。  これは、鉄道でなくても、外国を入れても、全てで、1位。
  ダムの下流だから、ダム湖には沈まない。 この線路は使われなくなる。 
  トロッコ列車を、ダムの下まで走らせればいい。 片道乗って片道歩けば、楽しい。

13年10月26日 (20)

駐車場に車を置いて、鹿飛橋に向かっている。 少し戻る形。

国道沿いに、歩道。  ずっとある。  国道145には、バイパスもある。

13年10月26日 (3)

振り返って、撮影。  渓谷が狭くなってきた。  峡谷に。
この谷の、左の斜面に、草津、そして信州へ抜ける、街道があった。
それは今、遊歩道として残っている。

右は、真下を見た。  吾妻川は、小さな川ではないけど、細い。  下へ下へと、削った。 

13年10月26日 (4)   13年10月26日 (5)

久しぶりの青空なので、うれしい。  

13年10月26日 (6)

谷が狭くなったところに、鹿飛(しかとび)橋。

13年10月26日 (22)

橋の上から、下流を。  雨のせいか、濁っている。
右は、上流。   瀧が見える。

八ッ場ダムは、もう少し上流に。
ダム出来たら、夏場の雨の少ない時は、水はダムに貯める。  川にはほとんどなくなる。

13年10月26日 (23)   13年10月26日 (7)

鹿飛橋を渡ると、道は、このように続く。  昔の街道。
分からないのは、街道時代、鹿飛橋はあったのかどうか。

13年10月26日 (8)

こんな道を戻っている。 紅葉は、これからなのか。  それとも、よくないのか。

13年10月26日 (9)

八ッ場ダムの場所に気づかないで、通り過ぎてしまった。
滝見橋に行く。

13年10月26日 (24)

初め、鉄道の跡かなと思った。

13年10月26日 (10)

橋の向こうに、白糸の滝。   岩の途中に滝つぼ。
吾妻川の川底と、白糸の滝の滝つぼが、同じ高さだった時が、あったかも知れない。

13年10月26日 (25)   13年10月26日 (26)

下流を見たら、コンクリートの建築物。  八ッ場ダムは、この少し下流と、後で知る。

13年10月26日 (11)

上流。  八ッ場大橋。 鉄橋も、下に少し見える。  
遠くに、ダム湖を渡る大きな橋。 

13年10月26日 (12) 

写真が展示してあった。  木造の橋。  白糸の滝も。
右は、八ッ場大橋から見ている。 木造と分かる。

13年10月26日 (13)   13年10月26日 (14)

私も八ッ場大橋から。

13年10月26日 (15)

直ぐ近くの、川原湯温泉駅のパーキングに、下の地図があった。
八ッ場ダムの場所が、分かった。   戻ることに。

13年10月26日 (33)

滝見橋の駐車場に車を置いて、歩き出した。
さっき見た、コンクリートは、これだった。

13年10月26日 (16)

列車が通り過ぎた。   この場所は、全てが、ダム湖に沈む。

13年10月26日 (17)

同じものかな。

13年10月26日 (18)

少し歩いたら、何かが、見えて来た。  ここが、ダムの建設地だった。
大きな工事が、これから。

赤線は、ダムの中心線。

13年10月26日 (19)

こんな説明。   自分は今、ずいぶん下にいる。

13年10月26日 (27)

ダムの大きさを貯水量で考えたら、八ッ場ダムは黒部ダムの半分。
日本最大の岐阜県にある徳山ダムの、6分の1。   そんな大きさ。

重力式、とある。  コンクリートの重さを利用した、ダム。

13年10月26日 (28)   13年10月26日 (29)

※ それにしても、八ッ場の読み方は、変わっている。
  ダムの国道側が、八ッ場地区。  八ン場とは、書かない。

  元々は、八ッ場と書いて、文字通り、やつば、と読んでいた。
  いつの間にか、やつんば、になった。 この変化は、あってもおかしくないよう。
  そうして、さらに変わって、やんば、に。
  でも、表記は、昔のまま。

  こういうことでした。

近くに、何かの工事の跡か。  穴を掘って、何したんだろう。  地質の調査か。

13年10月26日 (30)   13年10月26日 (31)

再び、川原湯温泉駅に。 多くの新しい道が、完成している。

13年10月26日 (32)

案内地図で、共同浴場の場所を確認して、出発。
この辺り一帯、全てが、湖に沈む。  入っておこうか、となった。

共同湯、王湯。 普通は300円。 
 ※ 温泉のスタンプラリーのようなのがあって、それをするって用紙をもらえば、200円。

13年10月26日 (34)

新しい川原湯温泉は、代替地でスタートするよう。 泉質は違うけど、温泉は出た。

13年10月26日 (35)

地元の人が3人いた。 言葉になまりが少ないので、全てわかる。
みんな、ダムには賛成。  仕方ないという部分はあっても。

私の話なんか、私にとって、どうでもいい。
相手は聞きたい。 いろいろ聞いてくる。
でも、ちょっとだけ答えて、私は話を戻す。

もう、出てしまった人もいる。
代替地は、埋まらないよう。

13年10月26日 (36)

ダムには、莫大な予算が必要。 そこに利権が生まれる。
そのため、本当に必要かどうかの議論に、利権が影響を与える。
利権に絡んでる人間は、作りたくて仕方ない。

昔ほどは、露骨ではないにしても、見えない所で、今も続く。

民主党は、建設をいったん中止したり、いろいろやった。 
利権から離れて考えているかに、見えた。
でも、民主党は、小沢や鳩山をはじめ、誰もが自分のことしか考えなかったから、
組織として動けず、空中分解。
国民の信用を、すっかり失って、今はダムのことには、口を出せない。

そうして、作ることが、再び決定。
2020年完成予定。

道の駅だって、出来ていた。 トイレの水は、温水。
全ては、ダムが嫌われないために。

13年10月26日 (37)

東京の水が足りていれば、八ッ場ダムは必要ない。
足りてなかったら、必要。
基本は、そういうことでしょうか。

完成まで17年あるので、桜の時期とかに、また来ることが出来ます。
その時はまた、共同湯の王湯に入りたい。

【今日の歌】   聴き比べです。  村治佳織は、体調悪いみたい。 大丈夫かな。   



編曲が違います。  いいですよ。

         

【道の駅】  道の駅八ッ場ふるさと館



【明日の予定】  赤岩地区。 山村の養蚕集落。  近くです。  伝建地区。

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雨の中、四万温泉の温泉街を歩いた。

元禄時代創業の湯宿、積善館に行ってみた。
東風さんの、お勧め。
元禄の湯に、入った。 いかにも、古い感じ。

そうして、こんな話が。
千と千尋の神隠しの、油屋という湯屋の舞台が、積善館ではないかと。
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草津温泉が近い。 その西は、信州。



ここを歩く。  ピンクの○が、積善(せきぜん)館。  上に、昨日行った薬師堂。

13年10月25日 (1)

上の道は、奥島ダムへ。  下を行く。

13年10月25日 (2)

紅葉が綺麗。

13年10月25日 (3)

市街地に入って来た。  通りすぎて、温泉街。

13年10月25日 (4)

途中に、飲泉所。 飲んでみた。  少しだけしょっぱく、他の味も。  温泉の味。
写真は、広くは撮れない。 町の中は、雑然としている。
  ※ 温泉地によって、商店街の様子は違う。 湯布院や山中温泉のように、いいところもある。

13年10月25日 (5)

ショウウィンドウの中に、お爺さん。 プロの人の、作品。

13年10月25日 (6)

ここから温泉街。

13年10月25日 (7)

共同浴場。 無料。  温泉街の環境の整備は、50点でしょうか。

13年10月25日 (8)

橋を渡ってこの道を。  少し行ったら、左に、積善館。

13年10月25日 (9)

積善館の前を、右に曲がった。  この道を、ずっと行くと、昨日の薬師堂に行く。
この道は、私の車は通れない。 山の上の道なら、通れる。

両側に、小さなお店。  温泉地の歓楽街。  
四万温泉は、昔のままの温泉地と分かる。  そこから抜け出せていない。
若い人は、この通りは、歩かない。

13年10月25日 (10)

スマートボール。   缶ビール片手に、やってる人も。

戻ってくるとき、また、ここを通った。 年配の女性3人が出て来た。
500円で楽しめたからいいよね、って言った。
いいことにしておこう、っていうニュアンス。 

その人たちは、大きなホテルに戻った。

13年10月25日 (11)

山に上がって来た。  後ろにずっと行くと、薬師堂。

13年10月25日 (32)

戻って、積善館の前を、山の上に少し上がった。  
大きなホテルの、四万たむら。   四万温泉を、代表するホテル。

13年10月25日 (12)

少し戻って、積善館。  元禄時代から続く、老舗旅館。  
新館は、山の上に。 廊下で繋がっている。

国ではないが、県の重要文化財。

13年10月25日 (28)

斜めから。  湯宿という感じ。

13年10月25日 (31)

※ 古いと言えば、松山に、道後温泉がある。
  道後温泉本館は、国の重要文化財。 古くても、中はピカピカ。 
  積善館も、そうであることを期待する。

風情のある建物。  元禄の湯と呼ばれる温泉は、右の建物1階に。 洋風の感じ。

13年10月25日 (30)

四万川の支流。   滝のように、流れて来る。

13年10月25日 (29)

これは、千と千尋の神隠しの、油屋と呼ばれる湯屋。

13年10月25日 (25)

油屋のモデルは、いくつかあるという。

宮崎駿が正式に認めているのは、2つ。  
1つは、下の道後温泉本館。(写真は、2009年に撮影。 お風呂だけなら、400円)

13年10月25日 (24)

もう1つは、江戸東京たてもの園の子宝湯。 (写真は、Wikipediaから)

Edo-tokyo-tatemono_kodakarayuppp

他にも、ここだと言われるところが。
これは、山形の銀山温泉。 (2010年撮影)
この温泉には、正面に、油屋のように、赤い橋がある。 

13年10月25日 (26)

※ 他には、宮城県の鎌崎温泉。  
  ここは、この秋に行こうとしたが、時間が遅かったので、遠刈田温泉に変更。

  あと、鳥取県の羽合温泉

  他に、長野県の渋温泉

この中で、赤い橋があるのは、銀山温泉と、四万温泉のここだけ。
宮崎監督は、何度か、積善館には来ているそう。

あそこだと言えば、他はがっかりする。
だから、監督は、言わない。

ぴったりの所はない。 
それぞれの温泉のイメージから、油屋は生まれたというのが、本当の所かな。

13年10月25日 (37)

休憩所があって、そこの前から、撮影。

13年10月25日 (36)

中に入る。  1000円。   少し高い。
もし良くなかったら、厳しく書くことになる。

13年10月25日 (35)

ここが、元禄の湯。  人がいなかったので、撮らせてもらった。
右に、小さなサウナがある。 2ヶ所。  入口が見える。
湯気が充満していたので、入らなかった。

かけ流しと思うが、湯は少ししか出ていない。 
人が入って出たら、元に戻るのに、しばらく時間がかかる。

清潔さは、大丈夫でしょうか。  ※ 元禄の湯の入口の前は、写真に撮れる状態ではない。
3ヶ所に、入った。

13年10月25日 (33)

館内の2階を歩いて、少し行って、下に下りて、岩風呂。  混浴。
左の、小さい方に入った。
混浴なのでしばらく待ったが、のぼせるので、上がった。
よくない心を持つと、うまくいかない。   ※ 恵山温泉では、うまくいったんだが

13年10月25日 (34)

展示物があったので、見た。

13年10月25日 (13)

元禄と見える。  確かにこの温泉は、元禄時代から。
芭蕉が来て、入ることも出来た。 
芭蕉になり替わって、1句作りたいもんです。
・・・。  出来ました。

 「 もみじ葉を ふり積もらせて 薬師堂

13年10月25日 (14)

13年10月25日 (15)

上毛とある。 群馬県の古い呼び名。
「世のちり洗う四万温泉」は、上毛カルタにある。  ※ 昨日載せている。

13年10月25日 (16)

どれも、何年も使う。 昔は、使い捨ての物はない。

13年10月25日 (17)

障子の格子が美しい。

13年10月25日 (18)

このように展示。

13年10月25日 (19)

知らない映画だけど、積善館で撮影。 

13年10月25日 (20)

吉永小百合。  赤い橋の上で。  

13年10月25日 (21)

実際にあった事件を映画化。  彼女は、死刑に。



昔の、積善館。  

13年10月25日 (22)

帰りにここを通った。  ちょうど閉まったところ。
人気の、焼きまんじゅう。   島村は、雪国の島村を思い出す。
今度来たら、食べる。

13年10月25日 (23)

積善館は、珍しい温泉に入れたということでは、よかったでしょうか。
館内の様子を見たら、1000円は高いかなという印象。 
廊下のカーペットを見たら、全てが見えてきます。

千と千尋の神隠しの、油屋については、積善館には赤い橋があって、有力です。

2日間の四万温泉。
昨日の、日向見(ひなたみ)薬師堂と、御(ご)夢想の湯は、完璧でした。
この2つのために、もう一度来ていい。
それが、四万温泉の印象です。

【今日の歌】



【停泊場所】   四万砂防ダムの駐車場。   四万温泉から、少し下ったところに。

【明日の予定】  吾妻峡と八ッ場ダム。

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群馬県の、左(西)の端に、草津温泉がある。
その右の山奥に、四万(しま)温泉。
東風さんが、いいよって、教えてくれた。

古くから、湯治で栄えた温泉地のよう。
何せ、四万もの病に効くという。

今日は、温泉街に入る前に、滝とお堂を見た。
そして、無料の共同浴場へ。
無料だから、入る前にもう、心は温まっていた。

美しく紅葉している木に、何度か、出会った。
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摩耶の滝は地図に載っている。 有名な滝なんだろうか。



四万温泉の地図。 (四万温泉協会からお借り)
上の方を、動く。

ezukkkkkk

滝への入り口に、駐車場はない。 脇道に、路駐。

駐車場がないのに、大きな滝とか、立派な滝って、見たことない。
先日の妙高高原の苗名の滝は、お店まであった。 
少し、不安。

13年10月24日 (1)

5分ほど歩いたら、説明。  20分あれば、着く。   伝説がある。

13年10月24日 (2)

深い谷の、急な斜面に道。  紅葉が始まっている。

13年10月24日 (3)

クマ除けの鐘がぶら下がっていたり、クマに対する注意が、続いた。
私は、鈴を鳴らしている。  ベストの右ポケットに、スプレーも。

視界を広くして、歩いている。

13年10月24日 (4)

古い遊歩道の柵は、壊れている。   下の板も。
新しい板が、その上に、40㌢ほどの幅で、敷かれている。

見える柵は、足で蹴ったら、間違いなく壊れる。 右の柵は、全部倒れている。

でも、紅葉は美しい。

13年10月24日 (5)

最後は、谷に下りた。 滝は、左前方に、まずある。
大きな滝は、右の奥。 ここからは、見えない。  轟音が聞こえる。

大きな音のするところは、熊が人に気付くのが、遅れる。  少し注意。

13年10月24日 (24)

この滝で、摩耶姫は男と出会った。  
滝不動の像があったが、今は、下の薬師堂の境内にあると、ある。
行かなければならない。

13年10月24日 (6)

大きい方の滝、摩耶の滝。

13年10月24日 (28)

高さは20㍍程だが、目の前なので、豪快。

13年10月24日 (25)

摩耶の滝は、観光の滝としてではなく、信仰の滝として、有名だったんでしょうね。
滝を信仰する人は、少なくなった。

今の時代は、自然の美しさとしての滝を、誰もが見に行く。
信仰で栄えた、小さな滝は、どうしても、寂れていく。

狭いけど、深そうな滝つぼ。

13年10月24日 (26)

摩耶の滝への古い道は、温泉街の奥にある、薬師堂を通って、ここに来ていた。

ここは、深い谷の、突き当り。   別の表現では、どん詰まり。

ほんのりとした紅葉も、悪くない。

13年10月24日 (27)



クマ除けの鐘を鳴らしながら、戻る。  
途中に、こんな表示。  ミズキの名前の意味を、初めて知った。
その水を集めたら、どんな味がするのでしょう。

13年10月24日 (7)

※  調べてみました。  
   切り口から、樹液である水は、このように出て来ます。    こんな風に、採取
   甘い味がするけど、美味しくはないと、ネット上には。

   白樺の樹液は、商品として売っているのを、見ることがあります。
   こんなのです。 ほのかな甘みと木の香り

いい風景が現れたら、停まります。 
右に1歩ずれても、左に1歩動いても、ダメ。  ここがベスト。 

ずっと下に、温泉街。  少し見える。 

13年10月24日 (29)

戻って来た。  トンネルを行くと、奥四万湖に。
     ※ 奥 四万湖って、女の人の名前のよう。 湖がいやなら、奥 四万胡 か、奥 四万子。

車の向こうの、細い道を、歩いて、薬師堂に。

13年10月24日 (8)

6~7分歩いて、右奥に、薬師堂。  詳しくは、日向見(ひなたみ)薬師堂。
左は、無料の共同浴場、御夢想の湯。  真ん中に、足湯。

13年10月24日 (9)

沼田城主の、真田信幸の、武運長久を願って建てたとある。
この地は、上野国(こうずけのくに)だけど、沼田藩なんですね。

  1598年の時は、真田信幸は、豊臣方。
  少し前のブログで書いたけど、真田家の血筋を絶やさぬために、関ケ原の戦いでは、下のようにした。
  兄弟の幸村たちは、西軍。 豊臣側に。
  ところが、信幸だけが、東軍の徳川側に付いた。
  後に、信濃上田藩の初代藩主。 そして、信濃松代藩の初代藩主になる。

  武運長久の願いが叶い、この薬師堂を建ててよかった。

唐風建築という、珍しい建物、とある。

13年10月24日 (10)

これが、唐風建築。  日本のお堂というか、お寺っぽくない。

13年10月24日 (11)

お堂の近くに、滝の説明にあった、滝不像の像は、見当たらない。
ただ、お堂の後ろの部分の工事があって、境内は、全部見られなかった。

後ろの、本堂にあたる部分の内部。 ここは見られた。
奥に、小さな、薬師観音像。  手に、薬壺を持っていた。

13年10月24日 (12)

別方向から見た。  風情があるというか、・・。

13年10月24日 (13)

こんな地図が。  共同浴場の場所も、分かる。

13年10月24日 (14)

御夢想(ごむそう)の湯。 似た建物は、他にあるのでしょうか。 
オリジナルのデザインなら、見事ですね。

13年10月24日 (15)

開湯は、日向守(ひゅうがのかみ)碓氷(うすい)貞光、とある。
源頼光の四天王の、1人。

13年10月24日 (16)   13年10月24日 (17)

※ 四万温泉のこの辺りは、日向見(ひなたみ)という地域。
  それで、お堂も、日向見薬師堂。
  四万温泉の発祥は、ここ。

  碓氷貞光が、九州の日向守だったので、それから、日向見の名前が。

  源頼光は、大江山で、酒呑童子を退治した人物。
  その時、だまして飲ませた酒が、鬼殺し。
  酔ってるところを、やっつけた。
  
  一緒に戦った、家来の一人が、碓氷貞光。
  右端に、貞光。 (Wikipediaからお借り)

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  酒呑童子を退治する話の、一部。

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※ 詳しくはここに。  (大江山は、本当は、京都に近い大江山と思う。  光秀が越えた、老の坂の近く)
       地底に真っ直ぐ下りた、質志鍾乳洞  日本の鬼交流博物館 ~福知山市、京丹波町~  他  (2011/6/16)

無料というのは、有難い。  寸志を入れる箱があったので、100円。

13年10月24日 (32)

着替えの服を入れる所は、4つ。
最初2つを使っていた。 いつの間にか、3つ。 
これでお終いと思っていたのに、気づいたら、4つ。
だらしないのか。 脱ぎ散らかしていた。

こうです。 独り占め。

13年10月24日 (31)

ここに入った。  多くて3人の、小さな湯船。 ちょうどいい温度。
石をくりぬいた、湯船。   贅沢。

「世のちり洗う四万温泉」と、四万温泉は言われる。
入っているだけで、心も体も、綺麗になっていく。  極楽。

13年10月24日 (30)

向こうから戻って来た。 右上に行く。

13年10月24日 (18)

車で、奥四万湖に。   ダムがあった。  ダムの下に、四万温泉。
もし、ダムがずっと下流にだったら、四万温泉は、湖の底だった。

13年10月24日 (33)

湖を一回り。

13年10月24日 (19)

紅葉。 そして、霧。  間もなく日が沈む。

13年10月24日 (20)

夕暮れになって、動物の動きが活発になった。
最初に、うなるような大きな声は、クマかも知れない。
距離は、50㍍。  飛び出して来るかもしれないので、車から離れなかった。
他の声は、何だろう。 イノシシ、サル、鹿、そんなのだろうか。
問題が起きて、騒いでいるのか。

クマがやって来たので、一斉に騒いでいるのか。



湖の奥から。  滝が見える。  湖がなかったら、谷底まで。  大きな滝だった。

13年10月24日 (21)

あの橋から、こっちを撮った。

13年10月24日 (22)

ダムの上から、温泉街の、一番上。  薬師堂は、少し行って、右奥に。

13年10月24日 (23)

宿もあるよう。   すっかり、日が暮れた。  

13年10月24日 (34)

知らない所が、日本には、まだいっぱい。
四万温泉は、大きな温泉地。
半日では、見切れなかった。

明日、温泉街の中心に。  傘をさしてでしょうか。

【今日の歌】



【停泊場所】   四万温泉の入り口にある、パーキング。

【明日の予定】  四万温泉の温泉街を歩く。

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峠を越えるのは、大変。 
だから、トンネルを掘って、楽に行き来が出来るようにする。
しかし、碓氷(うすい)峠は、それが出来ない。

碓氷峠は、登るだけ登って、下らない。  
トンネルを掘っても、山から出てくれない。   

峠の字は、山を上って下るのに、碓氷峠は、山を上って上って、お終い。
変わった峠。  中山道の昔の道は、ちょっと下るけど。

江戸から善光寺に行く人は、みんなこの峠を越えた。

峠の入り口に、横川駅。
そこに、峠の釜めしがある。
人気の駅弁。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

前日、どこに停泊していたか、詳しい場所が分からなかった。
中山道の坂本宿の、そばだった。
横川の駅からは、3㌔ほど、離れていた。



鉄道跡が遊歩道になっていて、そこを歩いて、横川駅に。  碓氷峠を下っている。 ゆるい坂。

13年10月13日 (1)

途中に、サルの家族がいた。   
自然のサルの目つきは、厳しいと、東風さんが言った。 動物園とは違うって。
子ザルは、めんこい。    楽しみは、何でしょう。

13年10月13日 (2)

トロッコ列車。 
横川駅の近くの、文化村駅から、 車を停めていたところに、とうげのゆ駅があって、そこまで。



昨日も今日も、快晴。  三連休の真ん中なので、人が多い。

13年10月13日 (3)

地図があった。  真ん中辺りから、下に歩いている。 最後は、上の方のめがね橋に。

右は、碓氷峠の鉄道の変遷。
今歩いている所は、明治26年から昭和41年まで使われた線路。  
  ※ アプト式が特徴。  これについては、後ほど。

13年10月13日 (4)   13年10月13日 (5)

横川の駅の近くに来ている。
碓氷峠は、ここから始まる。  峠の入口に、碓氷関所があった。

13年10月13日 (6)

おじぎ石という、石。
手形を出すとある。
  
  ※ 手形は、通行手形のことですね。
    どこでもらえるかって、庶民の場合は、住んでいる所の町役人や村役人
    または菩提寺に申請したら、手に入ったようです。

13年10月13日 (7)

実際より、険しく描かれている。

13年10月13日 (8)

横川駅。 高崎駅まで、線路がある。   信越本線。  

  ※ 昔、信越本線は、高崎から長野経由で新潟までつながっていたけど、今は、つながっていない。
    碓氷峠も、走っていない。  
  ※ ただ、新幹線は、つながっている。

13年10月13日 (12)

お腹が空いて、動けなくなる寸前。  東風さんは、朝を食べていない。
峠の釜めしを食べる。 ここで買う。  他でも、同じものは買える。
作っているのは、近くにある、大きな工場。

13年10月13日 (9)

出来たて。 ほんのり温かい。  外にテーブルがあって、そこで。

13年10月13日 (10)

具がいっぱい。  初めて。  日本一の人気と、言われたことも。
益子焼の釜は、戻さなくてもいい。 1000円。

お腹が空いていたので、美味しいかどうか考えているうちに、なくなった。
濃い味ではなく、体に優しい味。

13年10月13日 (11)

お店の向かい側に、資料室。 
1日、1万個以上売れている。   池内淳子と田村高廣。  2人とも、今はいない。

13年10月13日 (13)   13年10月13日 (14)

妙義山の、すぐ北を通る。

 ※ 鉄道は、碓氷峠を登り切ったら、長野県に入って、軽井沢。
   東風さんたち信州の人々は、軽井沢に着いたら、戻って来たと感じるそう。
   東風さんの母親は、水戸の人。 東風さんは、小さなころから、碓氷峠は、何度も通った。
   大人になってからは、駅弁食べて、缶ビール。 そして、一眠り、これがいつもだった。

13年10月13日 (15)

碓氷峠鉄道文化むらを見た。  500円。  体験型の鉄道テーマパーク。

浅間山のあさま。  軽井沢を通る時、浅間山が見える

13年10月13日 (16)

特急あさまは、こんな風に、動いていた。



アプト式鉄道について。   線路の真ん中に、ギザギザ。

13年10月13日 (17)

機関車の下は、こう。

13年10月13日 (18)

急な坂を、アプト式なら、登れる。

13年10月13日 (22)

調べてみたら、大丈夫のよう。 

右は、この後行く、めがね橋の様子。 
右の2両が、アプト式の機関車。 後ろから、押している。

13年10月13日 (19)   13年10月13日 (20)

日本中を走り回った、D51。
蒸気機関車は、煙を出す。  碓氷峠はトンネルだらけ。 大変。 
機関士の顔は、きっと、真っ黒。  客車の窓は、開けられない。

13年10月13日 (21)

鉄道の模型が、走っていた。



めがね橋に向かって、歩き始めた。 5㌔ほど。
3㌔歩いて、とうげのゆ駅。

13年10月13日 (23)

うすいね は、碓氷峯でいいのかな。
碓氷峠を下っていたら、山の南面になってきた。 
上には雪が残っていても、南面になって、下るにしたがい、春の様子がはっきりしてくる。 春が深い感じに。

13年10月13日 (24)

トンネルをいくつも、抜ける。  紅葉はまだ。

13年10月13日 (25)

妙義山が見える。 ○の所に、昨日のブログの、丁須の頭 がある

   ※ 丁須の頭は、ちょうすのかしら(あたま)。 岩が丁の字に似ている。 
   ※ 須は何だ、となります。 須は、須弥山(しゅみせん)の須ですね。 多分です。
     須弥山は、仏教の考えでは、世の中の中心の山。 
     ネット上に、解説はないです。 丁の意味は、上のリンクした写真の説明に。

13年10月13日 (26)

どれだけの人が亡くなったのか。   実際の数は、記録にある数より、ずっと多いでしょうね。

13年10月13日 (27)   13年10月13日 (28)

碓氷湖。 ダム湖です。

13年10月13日 (29)

碓氷峠の人気は、歩く楽しさがあるからですね。

13年10月13日 (30)

この蝶の名前が、分からない。 見たことない美しさ。  
     ※ 調べてみたら、アサギマダラに似ている。  人気の蝶のよう。   ふわふわ飛んだ。

13年10月13日 (31)

このように、トンネルが続く。

13年10月13日 (32)

着きました。

13年10月13日 (33)

明治時代に、作った。 木を組んで、そこに人が乗って。
東風さんが言った。  
昔は、木を組んでも、板はなかった。 どれだけの人が、落っこちたか。

13年10月13日 (34)

向こうが作られて、こっちが使われなくなった。  向こうは、電車が走った。

13年10月13日 (35)

下にも、人人。 足がすくむ。

13年10月13日 (36)

右の方に走ると、軽井沢に。  旧道。  走りやすい、別の国道もある。 高速も。

13年10月13日 (37)

反対側から見た。

13年10月13日 (38)

下は明日通るから、行かないで、戻った。

13年10月13日 (39)

こっちに行ったら中山道と、表示があった。
その表示を見て、小学生の子供が、こう言った。
「いってみて、いい?」って。

これは、どんな意味なんだろうと、思った。
みては、見るのか、行くだけ、って意味なのか。

※ 旧中山道は、麓は旧国道に近いけど、山に入ると、高い所を通る。
  歩ける道があるよう。

とうげのゆ駅に戻って来た。 車は、近くに。

ここは、中山道。 今の場所は、坂本宿。 

13年10月13日 (40)

歩いた人は、坂本宿から軽井沢まで、もちろん、1日ですね。 登山です。

13年10月13日 (41)

旧中山道は、最後に少し下る。
鉄道は、上って上って、お終い。  碓氷峠は、そんな峠。

13年10月13日 (42)

トンネルの道を歩くだけで、楽しい。
めがね橋は、大きなおまけ。  峠の釜めしも、おまけ。
楽するより、少し苦労した方が、楽しみは増すようです。

【今日の歌】  たまに聴きたくなります。



【停泊場所】   峠の湯の駐車場。

【明日の予定】  須坂に向かいます。 途中、どこかに寄ります。

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妙義山の頂上へ行くのは、1日がかりの登山。
普通の山より、ずっと危険なよう。

中腹に、散策路があるので、そこを東風さんと歩くことに。

山の入り口に、妙義神社。
この神社が、バカにできない。 見どころいっぱい。
見終わったら、今日はもう満足、とさえ思った。
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この辺りは、中山道の群馬県と長野県の境目なんですね。 初めて知った。



東風さんが、地図を道の駅で見つけて来た。
妙義山を歩くけど、広い。 中腹の道の一部を歩くことに。

入口を探したら、妙義神社だった。

13年10月12日 (14)

入口には、お札とかを売ってる店もある。 そして、この山門。
いい神社かも知れないと、思い始めている。

13年10月12日 (1)

そして、こうです。

13年10月12日 (2)

すごい、って、思わず声が出た。 美しい石段。

13年10月12日 (3)

横にあった建物の中。 見ごたえがある。

13年10月12日 (4)

大きな杉の木の根が、石段を持ち上げた。

13年10月12日 (5)

菅原道真と、鬼。  鬼のパンツには、虎かな。

13年10月12日 (6)

日光のにおいがする。

13年10月12日 (7)

こうです。  驚きましたね。 今日は、これを見てもう満足。

13年10月12日 (8)

特徴は、緑の使い方でしょうか。 日本人の独特な感性が、生んだんですね。

13年10月12日 (9)

妙義神社。  神社の後ろには、妙義山がそびえ立っている。

13年10月12日 (10)

中です。

13年10月12日 (11)

これは、山門の彫り物。  
人が触れる場所に。 どこにも、傷はない。
人を信用しても大丈夫、と思えて来る。

13年10月12日 (12)

拝殿の後ろの、本殿にあたる建物。  どこにも、隙がない。 見つからない。

13年10月12日 (13)

山への道は、拝殿の横にあった。
正式には、中間道と呼んでる、登山道。 

13年10月12日 (15)

右に行くと、山頂への道。

13年10月12日 (16)

秋だけど、暑い一日。 
ただ、夏とは違って、風までは暑くない。 そよ風が、心地いい。

下仁田町が見えている。  ※ この町の名前については、後ほど触れます。

13年10月12日 (17)

高速が見えている。  上信越道。  大きな建物の右は、温泉。 後で知った。

13年10月12日 (18)

山の岩は、どこもこう。  岩の中に、石が入っているように見える。
神社の階段も、この石だった。

13年10月12日 (19)

大きな木が倒れた。 根の一部は、地面に入ったまま。 この木は、生きている。
枝が、まるで1本の木のように、真っ直ぐ空に向かって伸び始めた。

13年10月12日 (20)

道は横に行くから、楽。 たまに、登ったり下ったり。 

13年10月12日 (21)

山の栗。 実は小さい。

13年10月12日 (22)

再び見晴台。

13年10月12日 (23)

あっちも妙義山。  いくつかの山が集まって、妙義山。 

13年10月12日 (24)

見晴らし台から戻って、休憩。 ここで、戻ることに。

13年10月12日 (25)

小川があった。 カニがいるかも知れないので、探した。  東風さんが、すぐに見つけた。
水の中です。 カメラは、透明な水を撮れない。 
人間の目には、水は見える。 人の目の方が、ずっと優秀。

13年10月12日 (26)

何のために、木は、こぶを作るのでしょう。  作りたくないのに、出来てしまうのか。

13年10月12日 (27)

変わった木の実。  ブドウのよう。 皮をむいて、なめてみたら、甘かった。

13年10月12日 (28)

こういう道を歩くのは、トレッキングですね。  楽しい。  登山の時の大変さはない。

13年10月12日 (29)

神社に着いて、山門の下を歩いていた。
その時、山門から、この犬が飛び出してきた。
私は、一瞬、狛犬(こまいぬ)だ、と思った。 かわいい狛犬。

13年10月12日 (30)

でこぼこの石の、石段。  いいですね。

13年10月12日 (31)

下仁田とある。

  ※ 昨日、富岡製糸場を見学しているとき、案内の人に説明してもらった。
    その人は、時々、シモネタ、と言う言葉を使った。
    私は、大胆な人だなと、聞いていた。
    最後に、それは、地名だと分かった。
    シモネタは、しもにたが、訛(なま)っていたから、そう聞こえた。

13年10月12日 (32)

道の駅に戻って、近くの温泉に。 途中に、地図があった。

13年10月12日 (33)

道の駅です。  私たちの車は、左の方の駐車場に。 見えない。

13年10月12日 (34)

妙義ふれあいプラザ、「もみじの湯」。

中に入った時、小さな女の子が、受付で、お母さんに「おんせんみたいだね!」ってささやいた。
お母さんは、この子に、ふれあいプラザに行くって言ったのかなと、思った。  もみじの湯でなく。

13年10月12日 (35)

こんなポスターが。   
てっぺんに上がるには、勇気が要りますよ。  自分は行けるだろうか。

13年10月12日 (36)

温泉前から見た、妙義山。  あの中腹を、少し歩いた。 右の方から。

13年10月12日 (37)

上の妙義山を、後ろから。 横川駅の近くに移動した。 
温泉の駐車場。  トイレもある。
夏に、建物の一部が火事になって、今は、休業中。

13年10月12日 (38)

今日は、妙義神社を見られたのが、一番の収獲。
情報誌には名前しか載っていなかったけど、いいか悪いかは、見なければ分からない。
こういうことがあると、知りました。

いつの日か、妙義山に登ってみたい。

【今日の歌】  百万本のバラ。  別府葉子さんという方です。  
        シャンソン歌手。  大阪・四国を中心に活動。  いいですよ。



【停泊場所】   横川駅に近い、パーキング。 

【明日の予定】  碓氷峠近辺を歩く。  そして、峠の釜めし。

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江戸時代が終わって、まだ5年。
明治政府の動きは、はやい。
国を作るには、まず産業を発展させる、と考えたんですね。

第一歩が、製糸業の近代化。
西欧と同じレベルの工場を。
そうして生まれたのが、富岡製糸場だった。

働く女性達は、つらくなかったのか。
それが気になる。

でも、大丈夫でした。
指導者を育てるのが目的だったため、一人前になったら、地方に行った。
そして、指導者として活躍した。
野麦峠の、あの悲しさは、なかった。
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富岡市は、初めて。



駐車場は、市営のがある。  安い。
そこから、5分ほど歩くと、見えてくる。

13年10月11日 (1)

富岡製糸場の魅力は、明治の初めにできたレンガ造りの建物が、今に残っていること。
他とセットで、世界遺産を目指している。 現在、候補に入っている。

見学料、500円。  

13年10月11日 (2)

建物は、長く、大きい。

13年10月11日 (3)

製糸場は、絹糸を作る所ですね。
明治の初めの産業の中心が、なぜ、絹糸なんでしょう。

明治政府は、産業を起こし、儲けることを考えた。
外国に輸出して、儲けること。

日本には、何があるか。 それは、絹(生糸)かお茶。
そんなことで、製糸場を。

富岡製糸場の説明。

13年10月11日 (4)

大きな建物の中心は、繭(まゆ)の保管庫。  倉庫。
繭の生産は、ある時期に集まっているよう。
そのために、倉庫が必要。  工場は、年中動かす。

13年10月11日 (5)

繰糸場。  

13年10月11日 (6)

ここで、繭から絹糸を作る。

13年10月11日 (7)

日本初の機械製糸工場。

13年10月11日 (8)

こんな仕組みだけど、正確には理解できない。
ただ、やってることは、機械が、繭の細い糸を引っ張り出して、何かに巻き付ける。

13年10月11日 (9)

建物を建てる技術も、生糸の生産の技術も、フランスから。
指導者がやって来た。 その人が住む建物。 ブリュナ館。  正面。
左は、診療所。

13年10月11日 (10)

ブリュナって人は、明治8年までいた。

13年10月11日 (11)

右は、ブリュナ館。  奥に、女工さんの寄宿舎。

13年10月11日 (12)

寄宿舎。  昔の大学の寮みたい。  
中で、どう過ごしたのでしょう。 恋せよ乙女、の人たちです。

13年10月11日 (13)

倉庫のレンガの積み方は、フランス積み。 イギリス積みとは、違う。
中央下の色の違う所は、新しいレンガ。 壊れたから新しく。

全体に色が白っぽいレンガ。  明治の初めは、低い温度で焼いたから。

13年10月11日 (14)

細い三角のレンガも。

13年10月11日 (15)

明治5年。 レンガは長持ちする。

13年10月11日 (16)

ここで、繭を乾燥させる。
乾燥したら中の幼虫が死ぬ。 放っておくと、さなぎになって、繭に穴をあけて出て来る。
穴の開いた繭は、糸を引っ張り出しても、切れている。

13年10月11日 (17)

こっちも倉庫。

13年10月11日 (18)

ここでの操業は、昭和62年まで続いた。

煙突。 今のは、コンクリート。 ずっと前は、鉄製。  台風で倒れた。

13年10月11日 (19)

右は、ランプの油を保管。  左は、石炭の燃えカスを捨てた。

13年10月11日 (20)

ここの製糸場の役割は、機械による製糸技術を、日本中に広めたこと。

13年10月11日 (21)

絹糸の大量生産を目的として、作られた。 指導者の育成と合わせて。
この地は、レンガ、瓦(かわら)、水、繭など、条件がそろっていた。

右は、中心になって動いた人。

13年10月11日 (22)   13年10月11日 (23)

真ん中の写真は、柱を作っている。 気の遠くなる仕事。

13年10月11日 (24)

作業時間は、フランスの労働条件に合わせた。 1日、7.75時間。 週1回の休み。
こき使って、はいお終い、ではなかった。

13年10月11日 (25)

機械の動きを見ているんですね。 糸が切れたりしたら、直すとか。

13年10月11日 (26)

みすぼらしくない。 近い将来、指導者に。

13年10月11日 (27)

繭は、こうやって運ばれた。

13年10月11日 (28)

岡谷の様子。 あの野麦峠の舞台。

13年10月11日 (29)

この人たちも、岡谷。   「みね」だったでしょうか。 この中に、いるのかな。

13年10月11日 (30)

世界遺産を目指している。 産業革命が、最初に日本に来た、と言う面を重視。

13年10月11日 (31)

最後にもう一度見て。

13年10月11日 (32)

世界遺産を目指しているけど、工場内の環境が、よくない。
写真に撮りたいところが、少ない。  散らかっていたり。
ここには、ユネスコから、イコモスという審査する機関が来てるんですね。
今の環境では、損をする。

ニッカの工場やワイン工場を見に行って、参考にすれば、見違える環境に出来ると思う。
市が運営しているけど、民間にどうしても負ける。

レンガの建物が、引き立つ環境ですね。
今のままでは、もったいない。
そんなことを、思いました。

※ 夜は、東風さんと、お酒を飲みました。

【関連ブログ】  野麦峠で、みねが見た飛騨の風景は、昔のままに・・・。  飛騨の匠の、古川の町並み。   他  (2010/6/19)
          「あゝ野麦峠」の主人公、政井みねの故郷を歩く ~飛騨市河合町角川~   他  (2010/6/18)

【今日の歌】   星めぐりの歌   東風さんのリクエストです。



【道の駅】  みょうぎ




13年10月11日 (33)

【明日の予定】  妙義山を歩く。 大変な所には、行かない。 東風さんと一緒。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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吹割(ふきわれ)の滝を見に行ったけど、水は、落ちて来ない。
滑り落ちるように、河床(かしょう・かわどこ)の割れ目に、吸い込まれていた。

似た滝は見たことない。 変わった滝。

川の中の島に、浮島観音堂。
左甚五郎作と伝わる、観音像があった。
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          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

  ※ 写真の大きさは、変えられません。
    別の方法で、気になる写真だけ小さくするのを、考えます。

日光の方から、山を下りてきたら、吹割(ふきわれ)の滝はある。



滝の駅が出来ていて、そこに無料の駐車場。  ありがたい。
少し向こうから、左の谷に下りて行く。

13年10月10日 (1)

右上から、左回りで。

13年10月10日 (12)

坂道に、お店。  やってない店も、目立つ。  
ここは観光地だけど、国道沿いも、無秩序にお店や駐車場が並んでいる。

13年10月10日 (2)

こんなにいっぱいで、100円。 いいんだろうか。

13年10月10日 (3)

坂を下りた所に、鱒飛の滝。  鱒(ます)は、この滝を登れない。

13年10月10日 (4)

ここは、吹割渓谷。  滝はいっぱいあっても、見上げる滝はない。

13年10月10日 (5)

川は、片品川。  上流に片品村。 日光白根山のロープウェーがあった。

人のいる辺りは、左に落ちたら、深い。 子供にとっては、危険な遊歩道。

13年10月10日 (6)

吹割の滝。  集められた水は、落ちていく。 そんな、変わった滝。

13年10月10日 (7)

滝つぼの底には、竜宮城があるとか。 そんな伝説。 滝に落ちて、見た人がいるんだろうか。

13年10月10日 (8)

※ こんな伝説。(Wikipedia)

  「竜宮の椀」の伝説

     昔から、吹割の滝の滝壺は龍宮に通じていると、言われる。
     村で祝儀がある度に、滝壺にお願いの手紙を投げ入れて、龍宮からお椀やお膳を借りていた。
     ところがある時、一組だけ返し忘れてしまい、それ以来二度と、膳椀を貸してもらえなくなった。

自分が吸い込まれそう。



上流から見た。

13年10月10日 (9)

川床を(さ)いて、水しぶきが、きあがるので、吹割の滝。

13年10月10日 (10)

見てるだけで、おそろしい。

13年10月10日 (11)



洪水の時は、どうなるのでしょう。   動画を探してみましょうか。
ありました。



上流にある、浮島橋へ。

13年10月10日 (13)

橋の上から。

13年10月10日 (14)

滝は、右寄りにありますね。

13年10月10日 (15)

渓谷の上。  蜂の巣が見えた。

13年10月10日 (17)m

スズメバチだろうか。  それ~って、集団で襲われたら、大変。

※ スズメバチがいた時は、私はあなたに関心ないって顔をするのが、大事。
  巣まで、10㍍程近づいても、静かにしてれば、大丈夫。

13年10月10日 (16)

中洲の島を、浮島と読んでいる。
浮島観音堂がある。

13年10月10日 (18)

日光の東照宮の彫り物の、左甚五郎が彫った、観音像があるという。
これを読むと、本当かも知れない。

13年10月10日 (19)

のぞいてみた。  中央。

13年10月10日 (21)

元々は、白木だったと言う。

13年10月10日 (20)

浮島から、対岸へ。

13年10月10日 (22)

川床は、どこも、岩。

13年10月10日 (23)

俳句の句碑が並んでいた。 俳句の小路だったかな。

13年10月10日 (27)

白いごはんに、味噌汁さえあればいい、に似ている。
寅さんは、あと漬物がちょっと、とか、上のように言いながら、直ぐ付け足した。

私にとっての、タンポポは、何でしょう。
酒をいくら飲んでも、こわれない体さえあれば、かな。

こわれたら飲めないから、今は、飲まない日の方が多い。

13年10月10日 (24)

細い管が見える。 
美味しいかって、聞けばよかった。

この蝶は、美味しいに決まってるべや、とは言わないな。
美味しいよ、吸ってみるかい、ってきっと言う。 

13年10月10日 (25)

ここの川、つまり片品川は、利根川の上流だった。
今気づいた。
 
  ※ 山の向こうの日光の方も、利根川の上流。 
    利根川の流域面積は、日本最大。(Wikipedia)

13年10月10日 (26)

作者は女性。 自分の過去を思い出していますね。   いや、今かも知れない。

13年10月10日 (28)

道をさらに行く。 展望台がある。

この後、ヘビが右の方から、飛び出してきた。  私もヘビも驚いて、びっくり仰天。
ヘビは大慌てで、斜面を滑り落ちていった。 枯葉を、かき散らしながら。

13年10月10日 (29)

ここから見えました。

13年10月10日 (32)

吹割の滝の全貌。

13年10月10日 (30)

人が、小さい。    五月雨を 集めて吸い込む 吹割の滝。

13年10月10日 (31)



こんな道を。

13年10月10日 (33)

あっちから来た。

13年10月10日 (34)

橋の上から見た、吹割渓谷。 ずっと向こうに滝。

13年10月10日 (35)

珍しい滝を見た。 東洋のナイヤガラと呼ばれることも。
1年間に7センチ、滝は、上流に動いているそう。
100年間で、7㍍。
水の中の小石や砂が、岩を削るんですね。

【関連ブログ】   東洋のナイヤガラは、他にも。
          原尻の滝 ~平地にある滝、東洋のナイヤガラ~  5連アーチの石橋   (2011/5/18)

【今日の歌】  藤圭子です。  彼女の声には、すごみがある。
        人生劇場をどのように歌うのか、気になりました。  やはり、いいです。
        彼女の歌唱力は、努力と言うより、天性のものに感じます。



【道の駅】  白沢 



【明日の予定】  富岡製糸場
         明日の夕方、道の駅、みょうぎに行きます。 東風さんが来ます。         

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白根山は、草津にもあるので、こっちは、日光白根山。
深田久弥の、百名山。

シラネアオイという美しい花があるが、その花のシラネは、日光白根山の、白根。
この山に、昔はいっぱいあった。

頂上付近は、台風並みの強風。
少し手前で、引き返した。

途中、ヒカリゴケを探したら、何か所も見つかった。
穴の中で、不思議な光を放っていた。
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写真を掲載中。


写真の大きさの調整が出来ないので、そのままです。

これは、FC2側に、問題があります。 数時間で、問題は解消されます。 たまにある。

※ FC2は今、メンテナンス中で、いくつかの面で、障害が出ているようです。
  10日の午後までかかるよう。 長いです。

  写真の大きさはそのままにして、文章を入れていきます。

日光白根山は、日光市と片品村の間にある。  栃木県と群馬県の間。
ロープウェーは、片品村に。



朝5時過ぎの天気予報を見たら、雨は降らない。
登ることにした。

金精峠から、昨日見た、湯ノ湖が見えた。

13年10月9日 (2)

湯ノ湖。

13年10月9日 (1)

金精峠を登る。   朝霧の中、青空が見え始めている。

13年10月9日 (3)

9時まで、前日のブログを書く。 10時前に、ロープウェーに乗る。

13年10月9日 (4)

ゴンドラに乗った。 頂上駅まで、15分。 今まで乗ったのより、長い。

13年10月9日 (5)

紅葉が、少し。

13年10月9日 (6)

山頂駅から、日光白根山が見えた。  後ろに、足湯。
ここの標高は2000㍍。  頂上は、2578㍍。  標高差、578㍍。 大変な山とはならない。

13年10月9日 (10)

山に登らない人は、こうやって楽しむ。  天空の足湯。

13年10月9日 (9)

広い地図。  下の黒っぽい所に、白根山。

13年10月9日 (7)

拡大図。  
赤の○を歩いて、黄色の○で引き返す。  強風のため。 頂上まで、250㍍でしょうか。

13年10月9日 (8)

シラネアオイですね。 花は見たことない。  夕張岳で、葉っぱだけ。

13年10月9日 (11)

二荒山(ふたらさん)神社の鳥居。  ここから山に入る。

13年10月9日 (12)

すぐ、二荒山神社の前に。  この山は、日光と関係あると分かる。
  
  ※ 二荒(ふたら)は、にこう、と読めますね。 それで、二荒を日光に、したようです。

13年10月9日 (13)

変わったきのこ。  カッパドキアに見えたので、撮った。  ※ カッパドキアは、トルコにある岩。 世界遺産。

13年10月9日 (14)

しばらくの間、道が広い。

13年10月9日 (15)

こんな看板。  木が可愛い。 木と仲良くすると、得ですね。  森林浴。

13年10月9日 (16)

信仰の山。 

13年10月9日 (17)

感じのいい道が続く。  登りがあったり、平たんな道も。  歩きやすい。  まだ山の裾。

13年10月9日 (18)

上がって来た。 あそこから出発。

13年10月9日 (19)

斜面が、急になって来た。

13年10月9日 (20)

遠くに山並み。

13年10月9日 (21)

人には会わない。  会ったのは、1人だけ。

  ※ ずっと森の中を歩くのと、ロープウェーが1900円だから、押しかけるようには、来ないのか。
    那須岳や岩手山のように、人は多くない。
    九重山や大山などもそうだが、見晴らしがよく、お金のかからない山が、人気が高い。

13年10月9日 (22)

ヒカリゴケがありそうなので、少し前から探していた。
すぐに、見つかった。

13年10月9日 (25)

穴の奥に。

13年10月9日 (23)

立派なヒカリゴケ。  暗闇に、浮かび上がる。  

13年10月9日 (24)

ヒカリゴケは、山では時々見る。 いつも、それなりに高い所。  北海道では、平地。

ダメと言ってるけど、右奥に、ほんのり光って見えていますね。



天気はいい。  上の方を見ても、頂上は見えない。

13年10月9日 (26)

今は、12時過ぎ。  2時間ほど歩いて、ここに来た。  上が見えた。

13年10月9日 (27)

木のない所に出た。  頂上まで、500㍍。  人が下りて来た。

13年10月9日 (28)

頂上は、左の岩の少し向こう。  人がいて、教えてもらった。

13年10月9日 (29)

この後、10人程の人と、すれ違った。
リーダーと思われる人が、頂上は、強風と言うレベルではないと、教えてくれる。
別の人は、立ってるのがやっとと。 それも、スットックを使って。

どうして行ったんだろうと思ったけど、縦走かも知れない。

行けるとこまで、行くことにした。

13年10月9日 (30)

遠くに、山頂駅。

13年10月9日 (31)

向こうから登って来た。

13年10月9日 (32)

少し行って、右に上がる。 馬の背に出て、左に行くと、頂上。
後で地図で確認すると、頂上まで、250㍍ほど。

この場所で、風速15㍍。 まだ立っていられる。  
風にはムラがあって、瞬間的に強くなる時も。

13年10月9日 (33)

この風景。 この写真も、水平に撮ることは出来なかった。 パソコンで修正。

13年10月9日 (34)

戻ると決めた。 迷うことはない。 私は1人だから、無理は出来ない。
何が何でも頂上をとか、1つでも多く百名山を、なんて、全く思わない。

山の天気は急変する。 今がそうかも知れない。 
2年目だったか、富士山の宝永山で学んだ。 あっという間に、目の前が見えなくなった。
大きな不安だった。

動画を撮った。 風の音ばかり。



下山を始めた。 下が見える。

13年10月9日 (35)

赤い屋根の左に、天空の足湯。

13年10月9日 (36)

下山をすると決めた15分後、山は雲に包まれた。

13年10月9日 (37)

退屈だから、ヒカリゴケ探し。

13年10月9日 (38)

あった。 右の部分も、ヒカリゴケ。 

13年10月9日 (39)

別の所にも。 ちゃんと探せば、いくらでも見つかる。  美しい。

13年10月9日 (40)

山の下も、雲。 いくら荒れてても、森が守ってくれる。

13年10月9日 (41)

お! ここにも。

13年10月9日 (42)

木の根には、滑らないように、切りこみ。
生きてる根には、決してしない。  あのね、この根、タコに見えて来たね。

13年10月9日 (43)

途中、血の池地獄があるというので、300㍍程、脇道に入った。
あったのは、小さな水たまり。

説明は、血の池地獄の意味だけ。 
ここがどうして、血の池地獄かの説明は、全くなし。 ひどい話。

13年10月9日 (44)

エゾリンドウ。 おつかれさま。 ありがとう。

13年10月9日 (45)

ハクサンシャジン。 ツリガネニンジンに似ているけど、少し違う。
少し違うだけで、こんな素晴らしい名前。 幸せ。 アポイ岳とかで、何度か見ている。

13年10月9日 (46)

山は、こうなってしまった。

13年10月9日 (47)

山の説明があった。   関東以北の、最高峰と。

13年10月9日 (48)

エゾノツガザクラ。  

13年10月9日 (49)

一輪だけ咲いている。  北海道の旭岳で見た、エゾノツガザクラ。(2009年)

13年10月9日 (50)

ゴンドラに乗って下る。

13年10月9日 (51)

右は、丸沼。  左、大尻沼。    白根山が、川をせき止めて、つくった。

13年10月9日 (52)

着きました。

13年10月9日 (53)

日光白根山に登るチャンスと、朝の天気で決めて、登りました。
台風の影響で、山頂は風が強かったですが、いい風景が見られました。

紅葉は、部分的な紅葉でした。
この山で、いつか、シラネアオイを見てみたいものです。

【今日の歌】   歩き疲れた時に、思い出します。 今日も。



【停泊場所】  吹き割の滝の東、1.5㌔の、パーキング。
         吹き割の滝は、駐車場が有料。 明日、ここから歩く。

        ※ 追記 無料の所が見つかりました。 10日の朝、移動。

【明日の予定】  滝を見る。 変わった滝。 大地に吸い込まれる。 うまく写真が撮れるか。

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by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、7回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
よろしく。


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