思わず声の出る美しさ。
鍾乳洞には、それがなければ、人は行かない。
関ヶ原鍾乳洞は、それの、ずっと手前の段階だった。
近くに、石の作品を展示・販売をしているお店があった。
見るだけでも大丈夫なので、行ってみた。
輸入物も、たくさんあった。
よかった。 退屈しなかった。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
場所は、関ヶ原の戦いがあった近く。
※ この辺りか、昨日いた大垣辺りは、麺類のスープの違いの、分岐点ですね。
東は、醤油っぽい。 西は、透明の塩っぽい。
自分は醤油の味が好きだけど、醤油の味で誤魔化されているようにも。
透明のスープは、ダシの味で、勝負している。
駐車場のそばには、昔ながらのお土産屋さんが。
今日は、自分がいるときは、他のお客さんは来なかった。
入ってしばらくは、人が掘ったトンネル。 100㍍以上。
鍾乳洞に着いたと思うが、狭かったから広げたのか、人が彫った感じに見える。
角(かど)のある岩が多い。
ありました。 下にある、石筍(せきじゅん)ですね。 確かにここは、鍾乳洞。
上と下がつながったので、石柱。
鍾乳石が、天井にいっぱい。 高い天井も、網越しにしか見られない。
ここにも。
ライトのそばには、緑の植物。 たくましい。
網がなく、撮影できた。
鍾乳石は、小さな規模で、数か所でお終い。
透明感のある鍾乳石は、ない。
川が流れている。
ニジマス。
また彫ったようなトンネルが続く。 岩に角があるので、彫ってると分かる。
群れで、ニジマス。 人がいないと、いつも暗闇。 普通に生きられるのだろうか。
ほとんど、人口のトンネルだった。
これでも、700円。 きびしい。
多くの鍾乳洞を見てきたけど、これでいいのかなって、思った。
※ どうしたらいいのかですが、
鍾乳石に透明感がないから、普通のライトアップでは、美しく見えない。
それで、カラーの照明にする。
駐車場の周りは、花でいっぱいに。
美味しいものを安く提供する。
水遊びができる、公園とかも。
それで、入洞料は、300円か400円。
何とかしないと、今の施設が老朽化したら、そこでお終いになってしまう。
今まで行った鍾乳洞のいくつかを、紹介します。
無数の鍾乳石が連なる、飛騨大鍾乳洞。 全長、800㍍。 標高900㍍。~高山市~ 他 (2013/5/21)
東洋屈指の大鍾乳洞 秋芳洞は、中が広かった ~美祢市~ わかれうた(中島みゆき) 他 (2012/4/19)
龍泉洞 ~地底湖は青い幻想風景 岩泉町~ 他 (2010/9/27)
乙字ヶ滝 小町伝説が残る、小野町 レベルが違った、あぶくま洞 ~阿武隈山地~ 他 (2010/7/19)
竜ヶ岩洞 ~地底の神秘~ 他 (2009/11/11)
滝観洞(ろうかんどう) 他 (2009/10/03)
たんぼアート 当麻鍾乳洞 滝上 ~旭川から滝上へ~ 他 (2010/8/13)
関ヶ原マーブルクラフトに行く。 情報誌に載っていた。
ここは、基本的にはお店。 個人も来るが、観光バスがやって来る。
輸入物の像。 1体、数百万円。
価値は分からないので、値段の見当はつかない。
いい表情を見つけるのも好き。
彫り方としては、コンピューターを使った機械で、だいたい彫ってしまう。
仕上げで、人が手を入れる。 そんな作り方と、説明してくれた。
細かな石を、貼り付けた。
別の部屋。 ここにいるだけでも、楽しい。 全部商品。
小さなさざれ石。 この地方の山で産出される。 伊吹山に登った時、見つけた。
国歌に出てくる石。
【今日の歌】 Besame Mucho Chacha
【その他】
【道の駅】 近江母の郷
【明日の予定】 明日も雨。 どうしましょう。 風があったら、歩けないかな。
長浜が近い。 ひこにゃんの彦根城は、見たし。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行、3位、 旅行全体、4位です。
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鍾乳洞には、それがなければ、人は行かない。
関ヶ原鍾乳洞は、それの、ずっと手前の段階だった。
近くに、石の作品を展示・販売をしているお店があった。
見るだけでも大丈夫なので、行ってみた。
輸入物も、たくさんあった。
よかった。 退屈しなかった。
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場所は、関ヶ原の戦いがあった近く。
※ この辺りか、昨日いた大垣辺りは、麺類のスープの違いの、分岐点ですね。
東は、醤油っぽい。 西は、透明の塩っぽい。
自分は醤油の味が好きだけど、醤油の味で誤魔化されているようにも。
透明のスープは、ダシの味で、勝負している。
駐車場のそばには、昔ながらのお土産屋さんが。
今日は、自分がいるときは、他のお客さんは来なかった。
入ってしばらくは、人が掘ったトンネル。 100㍍以上。
鍾乳洞に着いたと思うが、狭かったから広げたのか、人が彫った感じに見える。
角(かど)のある岩が多い。
ありました。 下にある、石筍(せきじゅん)ですね。 確かにここは、鍾乳洞。
上と下がつながったので、石柱。
鍾乳石が、天井にいっぱい。 高い天井も、網越しにしか見られない。
ここにも。
ライトのそばには、緑の植物。 たくましい。
網がなく、撮影できた。
鍾乳石は、小さな規模で、数か所でお終い。
透明感のある鍾乳石は、ない。
川が流れている。
ニジマス。
また彫ったようなトンネルが続く。 岩に角があるので、彫ってると分かる。
群れで、ニジマス。 人がいないと、いつも暗闇。 普通に生きられるのだろうか。
ほとんど、人口のトンネルだった。
これでも、700円。 きびしい。
多くの鍾乳洞を見てきたけど、これでいいのかなって、思った。
※ どうしたらいいのかですが、
鍾乳石に透明感がないから、普通のライトアップでは、美しく見えない。
それで、カラーの照明にする。
駐車場の周りは、花でいっぱいに。
美味しいものを安く提供する。
水遊びができる、公園とかも。
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何とかしないと、今の施設が老朽化したら、そこでお終いになってしまう。
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無数の鍾乳石が連なる、飛騨大鍾乳洞。 全長、800㍍。 標高900㍍。~高山市~ 他 (2013/5/21)
東洋屈指の大鍾乳洞 秋芳洞は、中が広かった ~美祢市~ わかれうた(中島みゆき) 他 (2012/4/19)
龍泉洞 ~地底湖は青い幻想風景 岩泉町~ 他 (2010/9/27)
乙字ヶ滝 小町伝説が残る、小野町 レベルが違った、あぶくま洞 ~阿武隈山地~ 他 (2010/7/19)
竜ヶ岩洞 ~地底の神秘~ 他 (2009/11/11)
滝観洞(ろうかんどう) 他 (2009/10/03)
たんぼアート 当麻鍾乳洞 滝上 ~旭川から滝上へ~ 他 (2010/8/13)
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ここは、基本的にはお店。 個人も来るが、観光バスがやって来る。
輸入物の像。 1体、数百万円。
価値は分からないので、値段の見当はつかない。
いい表情を見つけるのも好き。
彫り方としては、コンピューターを使った機械で、だいたい彫ってしまう。
仕上げで、人が手を入れる。 そんな作り方と、説明してくれた。
細かな石を、貼り付けた。
別の部屋。 ここにいるだけでも、楽しい。 全部商品。
小さなさざれ石。 この地方の山で産出される。 伊吹山に登った時、見つけた。
国歌に出てくる石。
【今日の歌】 Besame Mucho Chacha
【その他】
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おくの細道の旅は、大垣で終わった。
どうして、大垣なんでしょう。
北陸から下りてきて、中山道にぶつかった場所。
芭蕉は、伊勢にも行きたかった。
伊勢への道は、もう、奥の細道の雰囲気ではない。
そんなことで、終点を大垣にしたのか。
※ ずっと一緒だった曾良(そら)とも別れていた。
少し前の山中温泉で。 曾良が腹痛。
曾良と別れてからは、どこかで、奥の細道の旅はお終いと、考えていたかも・・。
立派な記念館があった。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
大垣(おおがき)は、中山道の赤坂宿があったところ。
街道の、交差点に。
これを見て、大垣市が、芭蕉を大事にしていることが、見えてくるでしょうか。
奥の細道は、東北のイメージが強いので、旅の最後の方には、関心が弱かった。
芭蕉の句の秀作は、北方面に多い感じがする。
むすびの地と云う表現は、大垣市が考えたのかな。 最後の地と云う意味ですね。
上の写真の右側。 資料館は、広い。
入館料300円。
このような展示。 見る前に、15分ほどの映画を見た。 立体的に見える眼鏡をかけて。
奥の細道は、芭蕉が書いた旅行記。 みんな書き写すから、いろんなのが残っている。
芭蕉が書いたのは、左上。
ずっと行方不明だったのが、平成8年に発見されたとある。
芭蕉はいつも、推敲(すいこう)を重ねる。 芭蕉の句は、どんどん変わっていく。
「月日は百代の・・」で始まる、1ページ目。
上について、いくつか。
① 古人は、西行のこと。 他にもいるけど。
② 片雲は、ちぎれ雲のこと。 ちぎれ雲には、自由を感じるでしょうか。
下の歌が、大好きです。 久しぶりに聴きます。
③ 白河の関を越えたら、陸奥(むつ)。 陸奥は、おおざっぱには、東北かな。
能因法師の、「霞とともに たちしかど 秋風ぞ吹く 白川の関」を、意識してると説明にあった。
※ 能因(のういん)法師は、平安時代中期の人。
西行は、能因法師の歌を知って、東北を旅する。 平安後期。
芭蕉は、西行の500年後に、西行を追うように旅をする。
芭蕉を追う人は、数えきれない。
※ 百人一首の「あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり」は、能因法師の作。
④ 最後の方に、ひなの家とある。
手放した家に、新しい家族が住むけど、女の子がいたよう。
山寺の部分の説明。 何とか読めそうなので、載せます。
その句について、色々と。
※ この句を知ったのは、小学校の5年の時でした。 担任は、山形県の隣の秋田県出身。
山寺 ~人でいっぱい。 みんな、芭蕉のおかげ。 山形市山寺~ 他 (2011/10/18)
最上川です。 「五月雨を…」の句。 船に乗る前から、それなりの句は出来上がっていた。
芭蕉にとっては、よくあること。 行ったつもりになって、作ってしまうことも。
「はやし」は「すずし」だった。
最上川。 日本海に出る、少し前で上陸。 羽黒山に行くためかな。
最上川船下り ~五月雨を あつめて早し 最上川~ 稲刈り 他 (2009/09/29)
むすびの地、大垣。
記念館が、どうしてこの場所なんだろ、と思っていた。
芭蕉は、この近くから船に乗って、大垣を去り、伊勢に向かったよう。
※ 芭蕉は伊勢に着いて、下の句を詠んだ。
伊勢神宮外宮。 古市参宮街道を通って、内宮へ。 おかげ横丁。~伊勢市~ 他 (2013/4/29)
隣の展示室。
奥の細道の最北の地は、象潟(きさかた)。
でも、象潟の資料は、何もなかった。 残念。
芭蕉が行った頃は、今と違って、松島のように、島がいいっぱいあった。
象潟や 雨に西施が ねぶの花 他 (2009/09/21)
西行500回忌に当たる元禄2年(1689年)に、奥の細道の旅に出る。
芭蕉、45歳。 亡くなるのが50歳。
これだけ歩くのだから、健康面は、まだ大丈夫だったんでしょうね。
こんな持ち物。 カッパがある。 文字を書く道具も。
芭蕉は、源氏物語を読んでいたんですね。
45歳より、年取って見える。 曾良は、40歳。
曾良の袋の中に、上の写真の、もろもろが入っている。
草鞋(わらじ)は、靴擦(くつず)れしないのだろうか。 草鞋ずれというか。
右の写真は、出発地点。
お土産コーナー。
祭りのときの、山車(だし)ですね。 デザインが、凝っている。
※ 動画があるので紹介。 子供が何人も乗っている。
この記念館には、地元の人の紹介もあって、それに関係する、別荘。
記念館のすぐ横。 芭蕉は、この近くから出発。
少し向こうに、芭蕉の像があることを、後で知った。
立派な記念館でした。
東北にも、同じようなのが出来ないかな。 天童市辺りに。
芭蕉が、奥の細道で、本当に行きたかったのは、あっちなんですから。
夜から雨。 台風の影響。
いつまで降るのでしょう。
【関連ブログ】 中尊寺 高館義経堂 他 (2009/7/2)
松島 ~五大堂・観瀾亭・雄島・瑞巌寺~ 他 (2009/10/07)
山刀伐峠 封人の家 他 (2009/06/30)
奥の細道と尾花沢 芭蕉と義経 他 (2009/06/29)
良寛ゆかりの地、わしまと出雲崎を歩く ~妻入りの町並、荒海や佐渡によこたふ天の川・おけさ~ (2010/10/17)
【今日の歌】 プレスリーです。 彼は、全身で歌う。 心を躍らせるように。
ベサメ・ムーチョ(いっぱいキスして)。
曲名通りの画像が、数枚。
【道の駅】 池田温泉 ※ 新しい道の駅。
【明日の予定】 雨が強かったら、関ヶ原鍾乳洞。 止めば、関ヶ原を歩く。
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北陸から下りてきて、中山道にぶつかった場所。
芭蕉は、伊勢にも行きたかった。
伊勢への道は、もう、奥の細道の雰囲気ではない。
そんなことで、終点を大垣にしたのか。
※ ずっと一緒だった曾良(そら)とも別れていた。
少し前の山中温泉で。 曾良が腹痛。
曾良と別れてからは、どこかで、奥の細道の旅はお終いと、考えていたかも・・。
立派な記念館があった。
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大垣(おおがき)は、中山道の赤坂宿があったところ。
街道の、交差点に。
これを見て、大垣市が、芭蕉を大事にしていることが、見えてくるでしょうか。
奥の細道は、東北のイメージが強いので、旅の最後の方には、関心が弱かった。
芭蕉の句の秀作は、北方面に多い感じがする。
むすびの地と云う表現は、大垣市が考えたのかな。 最後の地と云う意味ですね。
上の写真の右側。 資料館は、広い。
入館料300円。
このような展示。 見る前に、15分ほどの映画を見た。 立体的に見える眼鏡をかけて。
奥の細道は、芭蕉が書いた旅行記。 みんな書き写すから、いろんなのが残っている。
芭蕉が書いたのは、左上。
ずっと行方不明だったのが、平成8年に発見されたとある。
芭蕉はいつも、推敲(すいこう)を重ねる。 芭蕉の句は、どんどん変わっていく。
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上について、いくつか。
① 古人は、西行のこと。 他にもいるけど。
② 片雲は、ちぎれ雲のこと。 ちぎれ雲には、自由を感じるでしょうか。
下の歌が、大好きです。 久しぶりに聴きます。
③ 白河の関を越えたら、陸奥(むつ)。 陸奥は、おおざっぱには、東北かな。
能因法師の、「霞とともに たちしかど 秋風ぞ吹く 白川の関」を、意識してると説明にあった。
※ 能因(のういん)法師は、平安時代中期の人。
西行は、能因法師の歌を知って、東北を旅する。 平安後期。
芭蕉は、西行の500年後に、西行を追うように旅をする。
芭蕉を追う人は、数えきれない。
※ 百人一首の「あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり」は、能因法師の作。
④ 最後の方に、ひなの家とある。
手放した家に、新しい家族が住むけど、女の子がいたよう。
山寺の部分の説明。 何とか読めそうなので、載せます。
その句について、色々と。
※ この句を知ったのは、小学校の5年の時でした。 担任は、山形県の隣の秋田県出身。
山寺 ~人でいっぱい。 みんな、芭蕉のおかげ。 山形市山寺~ 他 (2011/10/18)
最上川です。 「五月雨を…」の句。 船に乗る前から、それなりの句は出来上がっていた。
芭蕉にとっては、よくあること。 行ったつもりになって、作ってしまうことも。
「はやし」は「すずし」だった。
最上川。 日本海に出る、少し前で上陸。 羽黒山に行くためかな。
最上川船下り ~五月雨を あつめて早し 最上川~ 稲刈り 他 (2009/09/29)
むすびの地、大垣。
記念館が、どうしてこの場所なんだろ、と思っていた。
芭蕉は、この近くから船に乗って、大垣を去り、伊勢に向かったよう。
※ 芭蕉は伊勢に着いて、下の句を詠んだ。
伊勢神宮外宮。 古市参宮街道を通って、内宮へ。 おかげ横丁。~伊勢市~ 他 (2013/4/29)
隣の展示室。
奥の細道の最北の地は、象潟(きさかた)。
でも、象潟の資料は、何もなかった。 残念。
芭蕉が行った頃は、今と違って、松島のように、島がいいっぱいあった。
象潟や 雨に西施が ねぶの花 他 (2009/09/21)
西行500回忌に当たる元禄2年(1689年)に、奥の細道の旅に出る。
芭蕉、45歳。 亡くなるのが50歳。
これだけ歩くのだから、健康面は、まだ大丈夫だったんでしょうね。
こんな持ち物。 カッパがある。 文字を書く道具も。
芭蕉は、源氏物語を読んでいたんですね。
45歳より、年取って見える。 曾良は、40歳。
曾良の袋の中に、上の写真の、もろもろが入っている。
草鞋(わらじ)は、靴擦(くつず)れしないのだろうか。 草鞋ずれというか。
右の写真は、出発地点。
お土産コーナー。
祭りのときの、山車(だし)ですね。 デザインが、凝っている。
※ 動画があるので紹介。 子供が何人も乗っている。
この記念館には、地元の人の紹介もあって、それに関係する、別荘。
記念館のすぐ横。 芭蕉は、この近くから出発。
少し向こうに、芭蕉の像があることを、後で知った。
立派な記念館でした。
東北にも、同じようなのが出来ないかな。 天童市辺りに。
芭蕉が、奥の細道で、本当に行きたかったのは、あっちなんですから。
夜から雨。 台風の影響。
いつまで降るのでしょう。
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松島 ~五大堂・観瀾亭・雄島・瑞巌寺~ 他 (2009/10/07)
山刀伐峠 封人の家 他 (2009/06/30)
奥の細道と尾花沢 芭蕉と義経 他 (2009/06/29)
良寛ゆかりの地、わしまと出雲崎を歩く ~妻入りの町並、荒海や佐渡によこたふ天の川・おけさ~ (2010/10/17)
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ベサメ・ムーチョ(いっぱいキスして)。
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国道21を走ってきた。 昔の、中山道。
多くの、歴史を動かした人が、通った道。
その道沿いに、巨岩の集まった山。
鬼が住んでいたので、鬼岩と呼ばれた。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
国道21が、ほぼ中山道と、初めて知った。 この道は、関ヶ原、米原に向かう。
※ 名古屋に行くのは、国道19。
鬼岩公園の入り口に、広い駐車場。
遊歩道と温泉がある。 そして、鬼も。
鬼岩弁天夫婦滝。 橋の上から撮ることに、気づかない。
さあ、遊歩道です。
道は、大まかに3つ。 川沿い、左の山の上、右の山の上。
脇道だけど、壊れている。 ※ 多くの観光地が、直ぐには直せない。
岩の隙間があれば、道はそこを。 狭間(はざま)を通る。
右に、鬼の住む穴がある。
穴に入ると、電気が点いた。 いた、鬼が。 でも、角はない。
この男は、太郎で、関に住んでいたんですね。
悪さをしたので、退治された。
後白河法皇とあるから、平安時代の終わり。
※ 後白河天皇は、海に沈んだ安徳天皇の祖父。 崇徳上皇を、讃岐に追いやったのも、弟のこの人。
西行法師の道を歩いて、崇徳天皇白峯の陵へ。 81番札所、白峯寺。~坂出市~ 他 (2012/12/26)
悪さは、1人でしたんですね。 たくさんでやったのは、清水次郎長。
上の説明について、何点か。
① 善光が、最初ここに善光寺を建てようとしたかどうかは、確認できない。 言ってるのは、ここだけ。
善光寺は長野にあるけど、元善光寺は、確かにあったんですね。 飯田市に。 今もある。
奇勝絶景、天竜峡。 善光寺の本尊は、最初、元善光寺にあった。~飯田市~ ああモンテンルパの夜は更けて (2012/11/7)
② 石川五右衛門と、昨日見た岩村城について。
この話は、確かにあるようです。
石川五右衛門は、長い間、伝説上の人物と思われていた。
最近、新しい資料によって、存在が確認されている。
岩村城とのかかわりは、このサイトに載っています。 悪人がやりそうなことを、やった。
③ 桜田門外の変について。
御嵩(みたけ)は、ここから8㌔ほど。 宿場町だった。
井伊直弼を桜田門で襲ったのは、水戸の浪士。
現場のリーダーは、関鉄之助。
この人たちが、江戸に向かう時、御嵩で1泊した。
中山道を通るのは、不思議でないので、あったんでしょうね。
襲ったとき、井伊大老の首は、刀一振りで落とされている。
薩摩に伝わる、示現流で。 キエーって声を出す。
首が、雪を血に染めて、転がった。
面白かったですよ。 関鉄之助は、変の後、北海道を目指していた。 義経を思ったのか。
関川村には、あったかい空気が流れていた。 ここは、関鉄之介の潜伏地だった。 ~新潟県と山形県の県境~ (2010/10/12)
毛虫が歩いていた。 アリの大群に襲われたら、大変。
山の上に出たら、松の湖。 ダム湖。
地図の右の道を、行ってみた。 岩の隙間を通った。
大きな岩を、1点で支えている。
いわは、何もいわないけど、すごいわ。
山の上へ。
谷底に突き出た、大きな岩。
問題です。 用心深いと云われる私ですが、どこまで前に行くでしょう。
ア.2㍍前。 イ.岩の真ん中辺り。 ウ.低い姿勢で、先まで行く。
答えは、下の写真の下に。
※ 答え。 私は、1歩も前には行かない。 すみません。
温泉街が見える。
駐車場も。
こういう、岩の山。 ロッククライミングの跡は、見られない。
岩は、花崗岩だとある。 火山で生まれた岩ですね。
右の絵が、人に見える。 最近は、何見てもこう。
トカゲ。 嫌いな人もいるから、写真は小さく。
尻尾がなかった。 何に襲われたんだろう。
元の道に戻った。
スタート地点。
別なところから出てきた。
渓谷での、観光は難しい。
廃屋があったり、写真に撮れないところも、いっぱい。
渓谷、滝、洞窟、岬、湖など、自然を見せる観光は、どこも大変。
滝や鍾乳洞は、日本一レベルでないと、賑わいはない。
それに比べて、「花」は、どこも人気。
バラでもダリアでも、イングリッシュガーデンでも。
北海道のラベンダーは、一大観光地。
また、マスコミで、話題になるところには、人は行く。
例えば、美瑛町の青い池。 いつも、人でいっぱい。
旭山動物園は、身動きが出来ないほど、混む。
他に、今は、山が人気。
手ごろな山は、子供も行く。
苦労して登って、美しい風景を見る。
山に登るというのは、達成感がある。
自然そのままの中では、山の上だけが、人気がある。
他は、みんな苦しい。
珍しいものを見せて、観光が成り立ったのは、一時代前のことですね。
人が集まる町並みも、決まっている。
楽しめる町並み。
観光に携わる人は、旅人の心をつかむことが、戦略を進める上での基本でしょうか。
行って来たと言って、周りから羨まれるところに、誰もが行く。
いいね、すごいね、どうだった、って。
【今日の歌】 ベサメ・ムーチョ。 メキシコのコンスエロ・ベラスケスの曲。
今日は、ビートルズで。
ポールは、元々、この曲が好きでした。
Besame Mucho と書くけど、kiss me much に似ている。
Besaの部分は、キス。 meは、私に。 Muchoとmuchは、いっぱい。
私にいっぱいキスして。
誰がそう言ったのか。 それは、
病気で、命が燃え尽きようとしているある男が、妻に言った。
「いっぱいキスして」って。
この場面を、妻の友人だった少女が、一緒に病院に見舞いに行って、見た。
その時、詞とメロディが生まれた。
ベラスケス、17歳の時と、云われている。
1941年のこと。 (二木紘三うた物語他参考)
歌の中の「チャチャブー」には、意味はないようです。(調べても、分からない)
ビートルズが歌うと、こうなってしまう。 他は真似できない。
【道の駅】 柳津
【明日の予定】 大垣かな。 奥の細道の、終着駅。 暑いから、記念館に入って涼しく。
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多くの、歴史を動かした人が、通った道。
その道沿いに、巨岩の集まった山。
鬼が住んでいたので、鬼岩と呼ばれた。
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国道21が、ほぼ中山道と、初めて知った。 この道は、関ヶ原、米原に向かう。
※ 名古屋に行くのは、国道19。
鬼岩公園の入り口に、広い駐車場。
遊歩道と温泉がある。 そして、鬼も。
鬼岩弁天夫婦滝。 橋の上から撮ることに、気づかない。
さあ、遊歩道です。
道は、大まかに3つ。 川沿い、左の山の上、右の山の上。
脇道だけど、壊れている。 ※ 多くの観光地が、直ぐには直せない。
岩の隙間があれば、道はそこを。 狭間(はざま)を通る。
右に、鬼の住む穴がある。
穴に入ると、電気が点いた。 いた、鬼が。 でも、角はない。
この男は、太郎で、関に住んでいたんですね。
悪さをしたので、退治された。
後白河法皇とあるから、平安時代の終わり。
※ 後白河天皇は、海に沈んだ安徳天皇の祖父。 崇徳上皇を、讃岐に追いやったのも、弟のこの人。
西行法師の道を歩いて、崇徳天皇白峯の陵へ。 81番札所、白峯寺。~坂出市~ 他 (2012/12/26)
悪さは、1人でしたんですね。 たくさんでやったのは、清水次郎長。
上の説明について、何点か。
① 善光が、最初ここに善光寺を建てようとしたかどうかは、確認できない。 言ってるのは、ここだけ。
善光寺は長野にあるけど、元善光寺は、確かにあったんですね。 飯田市に。 今もある。
奇勝絶景、天竜峡。 善光寺の本尊は、最初、元善光寺にあった。~飯田市~ ああモンテンルパの夜は更けて (2012/11/7)
② 石川五右衛門と、昨日見た岩村城について。
この話は、確かにあるようです。
石川五右衛門は、長い間、伝説上の人物と思われていた。
最近、新しい資料によって、存在が確認されている。
岩村城とのかかわりは、このサイトに載っています。 悪人がやりそうなことを、やった。
③ 桜田門外の変について。
御嵩(みたけ)は、ここから8㌔ほど。 宿場町だった。
井伊直弼を桜田門で襲ったのは、水戸の浪士。
現場のリーダーは、関鉄之助。
この人たちが、江戸に向かう時、御嵩で1泊した。
中山道を通るのは、不思議でないので、あったんでしょうね。
襲ったとき、井伊大老の首は、刀一振りで落とされている。
薩摩に伝わる、示現流で。 キエーって声を出す。
首が、雪を血に染めて、転がった。
面白かったですよ。 関鉄之助は、変の後、北海道を目指していた。 義経を思ったのか。
関川村には、あったかい空気が流れていた。 ここは、関鉄之介の潜伏地だった。 ~新潟県と山形県の県境~ (2010/10/12)
毛虫が歩いていた。 アリの大群に襲われたら、大変。
山の上に出たら、松の湖。 ダム湖。
地図の右の道を、行ってみた。 岩の隙間を通った。
大きな岩を、1点で支えている。
いわは、何もいわないけど、すごいわ。
山の上へ。
谷底に突き出た、大きな岩。
問題です。 用心深いと云われる私ですが、どこまで前に行くでしょう。
ア.2㍍前。 イ.岩の真ん中辺り。 ウ.低い姿勢で、先まで行く。
答えは、下の写真の下に。
※ 答え。 私は、1歩も前には行かない。 すみません。
温泉街が見える。
駐車場も。
こういう、岩の山。 ロッククライミングの跡は、見られない。
岩は、花崗岩だとある。 火山で生まれた岩ですね。
右の絵が、人に見える。 最近は、何見てもこう。
トカゲ。 嫌いな人もいるから、写真は小さく。
尻尾がなかった。 何に襲われたんだろう。
元の道に戻った。
スタート地点。
別なところから出てきた。
渓谷での、観光は難しい。
廃屋があったり、写真に撮れないところも、いっぱい。
渓谷、滝、洞窟、岬、湖など、自然を見せる観光は、どこも大変。
滝や鍾乳洞は、日本一レベルでないと、賑わいはない。
それに比べて、「花」は、どこも人気。
バラでもダリアでも、イングリッシュガーデンでも。
北海道のラベンダーは、一大観光地。
また、マスコミで、話題になるところには、人は行く。
例えば、美瑛町の青い池。 いつも、人でいっぱい。
旭山動物園は、身動きが出来ないほど、混む。
他に、今は、山が人気。
手ごろな山は、子供も行く。
苦労して登って、美しい風景を見る。
山に登るというのは、達成感がある。
自然そのままの中では、山の上だけが、人気がある。
他は、みんな苦しい。
珍しいものを見せて、観光が成り立ったのは、一時代前のことですね。
人が集まる町並みも、決まっている。
楽しめる町並み。
観光に携わる人は、旅人の心をつかむことが、戦略を進める上での基本でしょうか。
行って来たと言って、周りから羨まれるところに、誰もが行く。
いいね、すごいね、どうだった、って。
【今日の歌】 ベサメ・ムーチョ。 メキシコのコンスエロ・ベラスケスの曲。
今日は、ビートルズで。
ポールは、元々、この曲が好きでした。
Besame Mucho と書くけど、kiss me much に似ている。
Besaの部分は、キス。 meは、私に。 Muchoとmuchは、いっぱい。
私にいっぱいキスして。
誰がそう言ったのか。 それは、
病気で、命が燃え尽きようとしているある男が、妻に言った。
「いっぱいキスして」って。
この場面を、妻の友人だった少女が、一緒に病院に見舞いに行って、見た。
その時、詞とメロディが生まれた。
ベラスケス、17歳の時と、云われている。
1941年のこと。 (二木紘三うた物語他参考)
歌の中の「チャチャブー」には、意味はないようです。(調べても、分からない)
ビートルズが歌うと、こうなってしまう。 他は真似できない。
【道の駅】 柳津
【明日の予定】 大垣かな。 奥の細道の、終着駅。 暑いから、記念館に入って涼しく。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
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